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■オープニング本文 世の中では様々な大事件が起きて、とりあえず世界が破滅に向かう危険もあったのだが、それはなんとか避けられたそうだ。 これに尽力した開拓者達が、世界の英雄として崇め奉られているかと言えば。 『はあっ、港で猫又集会して何が悪いのよ!』 「普段はいいけど、あんた方は春先になると騒がしすぎるの。他の相棒達から苦情が来てます」 『忍犬どもだって、さかってうるさいじゃないさっ!!!』 「さかってるとか言わないの。恋の季節って言いなさい」 「あー、もう誰か頼んで、説得してもらおうよ。ここで騒がれると仕事にならない」 相棒達の恋の季節で悩まされているジルベリアの開拓者ギルドの面々に、無茶を言われていたりする。 そうかと思えば。 「お父さんに、お弁当持ってきました〜」 「あたしも」 「お姉ちゃ〜ん、一緒にお昼食べられる?」 「今ね、大事なお客さんが来ているから、しばらく無理〜」 「じゃあ、終わるまで待ってる。あそこの人に、お話聞いてもいい?」 「あの人達が、お話してくれるって言ったらね」 ギルド職員の家族である子供達に、きらきらした目でお話をせがまれている人もいる。 更には。 「困り、ました‥‥」 「ん、どうかしたの?」 「開拓者ギルドって、この辺だったと、思うん、だけど‥‥あんまり、久し振りで‥‥疲れて、もう動けない」 「おいおい、君が背中を向けている扉がそのギルドの入り口だよ。ちょっ、そんなところで横にならない」 「あら、大変。気分でも悪いの?」 「十五分も続けて歩いたのは、一年ぶりくらい、です」 ギルドの正面の扉は、依頼人らしい誰かが転げて塞いでしまっていた。 ごくごく平凡な、ありふれた一日である。 さて、今日もいつものように、依頼に出掛けようか? |
■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567)
46歳・男・志
ラヴィ・ダリエ(ia9738)
15歳・女・巫
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●それは深夜の事 この晩、辺境に出現した中級アヤカシの群れが近くの街まで襲来しそうと、緊急の依頼が入った。 しかし、そういつもギルドに開拓者がいるわけではない。生憎と、その時は一人だけだった。 「緊急でしょ? 誰か都合が付いたら、後から追いかけて‥‥来なくてもいいよ、これなら」 さらりと言い置いて、リィムナ・ピサレット(ib5201)は素早く愛機のマッキSIに飛び乗った。 「飛行型が十体に、地上型が二十体。遠距離攻撃が可能な奴もいる、と。ちょっとは楽しめるかなぁ?」 夜が明けるより早く、また通常の滑空艇では無理な速さで目的地に辿り着いたリィムナは、アヤカシの姿を上空から認めて、それはもう嬉しそうに目を輝かせた。 ジェレゾを遠く離れた山の中。 そのまた奥の谷の向こうで、難産の妊婦がいると報せが来たので行かねばならぬ。そう意気盛んな老婦人を背負子で担ぎ、皇・月瑠(ia0567)が走り続けてはや三時間。 「熊の鳴き声がしたけど、遭わずに済んで良かったよ」 無事にお産場に手練れの応援を送り込んだ皇は、何を思ったのか、山の中に分け入っていく。 ここはジェレゾのとある家。 「お兄様へのお土産は‥‥恋愛小説も読まれるかしら」 いつもならとっくに寝ているラヴィ・ダリエ(ia9738)が、色々書き付けた覚書を片手に唸っている。 ●そろそろ夜明けが近い 相手が夜行性とのことで、一晩に及んだアヤカシ退治は多少手間取ったものの無事に終了。村人には休んでいるように伝えておいたが、夜が明けたらすぐに報告出来るようにと暗い道を戻った笹倉 靖(ib6125)とケイウス=アルカーム(ib7387)の二人は、明々と点けられていた篝火にまた何事が起きたかと一瞬驚いた。 「えーっ、戸締りちゃんとしたら、寝てていいって言ったのに!」 「そりゃ、待たせて悪かったなぁ。きっちり退治してきたから、安心してくれ」 まだ何かあるかと身構えたそれぞれの相棒、ヴァーユと赤紅に楽にして大丈夫と身振りで伝えつつ、ケイウスと笹倉は村人達に天儀の神輿よろしく担ぎ上げられた。 寝ずの番をしていたところの朗報に、妙な高揚感に包まれた彼らには、何を言っても無駄のようだ。 一対三十。かたや開拓者とはいえ女の子、アヤカシは種類雑多な中級ばかり。 普通なら絶望的な状態だが、結果は普通ではなかった。 「うーん、ちょっと困ったかも」 飛行型のアヤカシの一群を、更なる上空から強襲したリィムナは、地上に不時着した滑空艇を横に呟いた。 滑空艇の横腹には、アヤカシの攻撃で派手にへこんだ跡がある。ここまでの衝撃を受ける予定はなかったが、どうにも進路が偏るので致し方なく地上に降りたのだ。アヤカシ達は、そのまま押し包むつもりだったろう。 ちなみに現在、彼女の周囲にアヤカシの姿などない。一体残らず駆逐して、 「ちぇ、あんまり手応えがある連中じゃなかったのに、まぐれ当たりだけは強かったなんて」 リィムナが呟いたのがこれである。 彼女がどうやってアヤカシをすべて平らげたかは、当人が良く知っている。他人が見ても夢を見ていたと思い込むようなとてつもない戦闘で、案外あっさり片付いてしまったのだ。 問題は。 「思ってたより、街が遠い〜」 滑空艇の修理をしたいのに、必要な道具を得る先が離れていることだ。 ●もこふわ いつもと変わりはなさそうだが、昨日より風が柔らかい気がする。 「これも春の芽吹きかしら? ね、ミルテ」 大きく伸びをして、傍らの大型犬に話し掛けたレティシア(ib4475)だが、相棒忍犬のミルテは『通りで無作法しては駄目』とでも言い出しそうだ。長年一緒に居るからなんとなく通じてくることがある。 特にレティシアがうっかり寝坊して、食事や散歩が遅れた時など、視線だけできつく咎めてくれる優秀かつこだわり屋の相棒だ。でも、大アヤカシとの戦いやら世界の危機だのと危険な依頼に飛び込む時に一緒に居たり、戻ったところを迎えてくれた大事な友人でもある。 今日は久し振りに、そんなミルテと散歩をする予定。しかし真面目な顔をしていないと‥‥ 「分かってますよ〜。お仕事ですものね」 いつまでも自分が保護者気分らしいミルテと一緒に、レティシアは大通りを歩き始めた。 依頼は天儀へ居を移す老夫婦から、ジルベリアの春を思わせる歌を聞かせてほしいというもの。耳慣れた歌の中に彼らの為だけの一曲を混ぜてあげようと、レティシアは春の気配を探している。 走り回りたくなるような、暖かい日なのは間違いない。 「だ、大丈夫、お姉ちゃん達が、捜してきてあげるから、待ってて」 開拓者ギルドの入口で、泣きじゃくる子供相手に何事か約束しているのはアイリス・M・エゴロフ(ib0247)とレジーナ・シュタイネル(ib3707)の二人連れだ。泣く子供を探していた親に預けて、彼女達は子供が引き摺っていた毛布を手に歩き出した。 毛布は土埃に汚れたもの。それを大事そうに抱えたレジーナの姿に、アイリスが小さく笑いを漏らした。 「依頼を見に来たはずなのに、子犬さん探しを安請け合いして。そんなに見たかったの?」 そう、レジーナが親友のアイリスを誘って、依頼探しに出向いたのに、当のレジーナが依頼でも何でもない子供の困りごとの解決を約束してしまったのだ。相手が子供では、報酬もない。 でも、だけど。 「そ、そりゃあ、子犬が五匹もいたらふわもこで可愛い‥‥いや、そうじゃなくて!」 可愛い動物をもふもふとしたい希望にいつも溢れているレジーナのことは、アイリスも良く知っている。なにしろ親友だから、子犬と聞いてうずうずした気持ちはすぐ伝わるのだ。 もちろんのこと。 「心配もしてるんでしょ? 子犬さんとさっきの子と。ゆきたろう、匂いで辿れるかしら?」 心配している気持ちも分かるので、アイリスは相棒の又鬼犬ゆきたろうに子犬探しを手伝うように言った。 そんなアイリスに、レジーナはどう礼を言えばいいのか、ちょっと悩んでいる。 由緒正しい、お買い物である。 お買い物にどういう種別があるのか、ラヴィも良くは知らないが、久方振りで帰省する実家にお土産を抱えていくのは至極当然の事だろうと思う。両親に兄に、ご無沙汰してしまったお友達‥‥ 「それからええと、あ、お兄様の婚約者様にも何か」 新たにお土産が必要な人を思い出し、ラヴィは現在立ち止まっている装飾品のお店の前で慌て始めた。よほどたくさん、郷里にお土産をあげたい人がいるようだが‥‥それはそれとしても落ち着きがない。 実は彼女、駆け落ちの果てに、ようやっと家の許しを得たばかり。今回は結婚の報告に出向くのである。 ●いつものこと 仕事が終わり、村人への説明を行い、親切にもねぎらいの供応をしてもらい、ケイウスと笹倉はとっくに帰路についていい頃だった。 「お嬢も飛び足りないだろうし、ちょうどいいさ」 「なんだよ」 「世の中には、家出息子ってのが案外いるもんだな」 帰るのとは反対方向への指示に赤紅がきょとんと首を傾げたのは一瞬で、散歩の一言に『さあ行くわよ』としゃべり出しそうな態度を見せた。ヴァーユも急がずのんびり、好きなように飛べると察して上機嫌だ。 そして、笹倉は依頼とは全く無関係に村の老夫婦からの頼まれごとをあっさりと引き受けた友人に、にこやかに言い放っていた。 「いつものことだろ?」 困っている人から頼まれると、どうしても嫌とは言えない。人がいいと言うか、後先考えないと言うか。そうでないケイウスは思い付かないので、友人はこれでいいのだと笹倉は思うのだが。 それを素直に話してやるほど、率直な友情の持ち合わせは二人ともに、ない。 市場に春の野草を並べてあるのを見付けて、何が出ているのかと小走りに寄ったレティシアは、自分に合わせてミルテも足を速めたのに気付き、不意に笑いがこみ上げた。 旅に出た時は、自分がミルテに合わせるのに大変だったのが、今は追いかけられることもある。少しは成長したのだと思ったわけだが、敏いミルテはレティシアが何を思ったのか理解したらしい。 「あ、ちょっとミルテ。どこに行くつもり?」 自分がお兄さんですからと言いたそうに、トコトコ早足で歩き出した相棒を追い掛けて、レティシアもまた足を速めた。 ●帰る道 子犬の首には、可愛らしいリボンがくるり。この目印が功を奏して、三匹はあっさりと追いかけて見付けることが出来た。 「こんなに大きなおリボンつけて、良く走り回れたわね。元気な証拠だけと、もう逃げたら駄目よ」 弾むように言葉を紡ぐのはアイリスで、レジーナは見つけた三匹を『逃がしたらいけない』としっかり抱きかかえてご満悦だ。ふわふわもこもこで、更にふりふりのリボン。至福のひとときである。 だがまだ二匹が見付かっていないので、ふわもこ感触を延々と楽しむ訳にもいかない。取り急ぎ、三匹を飼い主に渡して、また探しに行くべきだろう。心配している子供のことを考えたら、ここで自分だけ良い思いをするなんて、レジーナには出来ない。当然アイリスも良しとはしない。 「全部見付けたら、しばらく遊ばせてもらいましょうよ」 「そ、そんなこと、お願いしても‥‥大丈夫?」 三匹を探している最中に、人目も気にせず、細い路地に走り込んだり、荷物が積まれた下を覗いたり。アイリスが度々拭いてあげなければ、今頃埃だらけになっていたろう彼女の頑張りは、きっと子供にも分かるはずだ。 だからきっと遊ばせてくれるし、なにより子犬達がどこで見付かったのは報告するのは義務だと請け負いつつ歩いていたアイリスが、先に鳴き声に気付いた。 「あら? もしかして」 二匹は自力と近所の人のおかげで、すでに帰り着いていたのを確かめたレジーナは、それはもう大喜びで‥‥ 「ええと、もう迷子にならないような、賢そうな名前にしましょう」 子供から、一匹の名前を付けてと頼まれて、アイリスと二人、一生懸命に考え始めた。 行きより荷物を一つ増やして、リィムナはちょっと塗装に難がある状態の愛機から飛び降りた。完璧な修理もしたいが、今はそれより優先すべきことがある。 「お湯沸かして〜、お風呂のお湯ね〜」 手に提げているのは、何かの植物が大量に収められた包み。依頼先の街の名産で、その種類を次々当てて見せた彼女に、お風呂に入れると温まるからとたくさん分けてくれたのだ。 そうとなれば、恋しい相手とのんびりしたいに決まっている。お風呂が沸くまで、今日のちょっとした苦労話も聞いてもらおう。それからお風呂で、たくさん甘えなくては。 熊、これは襲ってきたから致し方なく仕留めた。 密猟者。これは捕まえた方がいいので、引っ括った。 山菜。密猟者確保のお礼に、土地の人がくれた。 相棒。熊と山菜を主に担がせて、今夜はご馳走だと南瓜も龍も弾む足取りだ。 『今夜は新鮮なお肉が食べられる〜』 「熊鍋を作るのは初めてです。腕の振るい甲斐がありますね!」 無口な主の何倍も一体と一頭で、通じているのかよく分からない会話を続けて、彼らは何故だか地上を行く。 そんな皇一行の姿が人里に現われると、住人がぎょっとしたように足を止めるが、おしゃべりな南瓜が事情を説明するので怪しまれても最初だけ。 人里を出る度に、物々交換がどう発展するのか、荷物が増えるのだけが皇には不思議だった。 この調子でいつ帰り着くのか分からないが、今夜は娘にご馳走を食べさせてやれそうだ。 どちらが速いか、競うように歩いている内に、街の外に出ることになってしまった。春の気配を探すのには、ジェレゾの街の中だけではどうかと思っていたから、レティシアにもそれに不満はない。 だが、しかし。 「野原に出たら、勝てるわけないじゃありませんかーっ」 その途端、ミルテは彼女を置いて駆けだしたのだ。よほどいつもと違う予定続きに嫌気がさしていたらしく、珍しくもミルテは彼女の言うことに耳を貸さない。 しばらく走り回って、わざわざ高いところでこちらを待っているのにようやく追い付いて、レティシアはその背中にしがみついた。 「おんぶです、おんぶ」 このままよじ登って、乗せてもらうんだからと、幼児の頃に戻ったような我儘を口にして、レティシアはふと思い出した。 本当に小さい子供だった春のある日。ミルテにおんぶをねだっているうちに、もたれてうたた寝してしまったのだ。あの時、風邪をひかなかったのはミルテが離れずにいてくれたから。 そんな思い出も感じられる歌が、今なら紡げる気がする。 老夫婦の息子が住んでいたのは、聞いたのとは別の村だった。幸い隣で、仕事でよく訪ねてくると居場所がすぐに分かって、手紙と荷物は無事に渡せた。 仕事選びで衝突した親子が、この先どうするのかは分からないが、息子はわざわざ開拓者が訪ねて来た事情に驚いていた。親はともかく、友人や親せきが心配だと口にしたのは、多少照れ隠しがあったかもしれない。 その息子に家族への連絡を説いたケイウスは、説得に予期せぬ応援を寄越した笹倉が、自分の今回の行動に一言も文句を言わないことに今更ながら気が付いた。からかわれはしたが、嫌な顔一つされていない。 挙句に、勝手な行動を詫びようとしても、食事を作ってくれの一言で済ませてくれた。なんとも、友人とは有り難いものだ。今更の自覚だが、娘を持って、自分も少しは人のことを考えるようになったのかもしれない。 「おいこら、ちんたらしてると置いてくぞ。娘が待ってるんじゃないのか」 「はいはい。あ、夕飯は赤紅の分も用意するからな。期待してくれよ」 じゃあ、と献立の希望を告げようとした笹倉を、しかしケイウスは娘の希望が優先とはねつけた。 どうせ好きなものなどお互い知り尽くしているのだから、今更聞くまでもなし。せいぜい、食べる時に驚かせてやろうと企む彼を置いて、笹倉は空に上がっている。 お土産に悩み過ぎて、帰省は予定より半日も遅くなった。ようやく近くの街まで遠距離馬車で到着したが、ここからまた歩かねばならない。 やれやれと溜息を吐きかけたラヴィは、背後から掛けられた声に文字通り飛び上った。慌てて振り返れば、そこに居たのは記憶より随分と落ち着きを増した兄だ。何故一人だと問い掛けてくる声が厳しくて、彼女は首を竦めた。 髪飾りを作ってくれた親友の為、なにより愛する夫の為、きちんと挨拶せねばと拳を握ったラヴィは、 「結婚の挨拶は、二人で来るものだろう」 困った奴だと子供のように頭を撫でられ、何を言おうとしたか忘れてしまった。 「さ、帰るぞ。いい飾りに服だな。うちの妹を射止めた奴は、趣味と稼ぎは悪くないと見える」 髪飾りは親友の作で、服は旦那様のお見立てで‥‥ 色々言いたいのに、ラヴィは頷くのが精いっぱいだった。 |