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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCの『相棒は』(←ここ大事)シナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 また、このシナリオではPCの『相棒の』(←ここ注目)子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。 後継者を登場させた場合、相棒本人は登場できません。 PCはそもそも登場権がありません。そういうシナリオです。 ジルベリアの大地から、魔の森が消えてからそろそろ四十年だか五十年。 世の中にアヤカシを見ることは、半世紀前に比べたら相当減っていた。 もちろん、アヤカシを見たことがある人も同様だ。 その昔は、人里離れた場所にはちょくちょくアヤカシが出ていたとは信じがたいほど。 そんな世の中でも、開拓者への依頼は減っていなかった。 アヤカシ退治が減っただけで、盗賊退治や危険な地域の調査、あれやこれやと仕事はあるのだ。 という訳で、テイワズが選ぶ仕事の中で、開拓者はまだまだ優良な選択肢なのである。 故に、今日も今日とて新しく開拓者ギルドに登録したばかりの、前途洋々たるはずの若者達が港にやってきた。 いずれもが、ギルドから貸与される龍選びに真剣な面持ちだ。 けれども。 『ほほう、来たね。若いの。ここは一つ、気を落ち着けるために年寄りの思い出話を聞くといいよ』 『そうそう。私のお父様とお母様の武勇伝を聞いて、開拓者になる気構えをお知りなさい』 『ぴぎゃー、ぷぎー(こいつら程度をいなせないなら、俺に乗る資格なんぞねえ)』 『ひひひん(また始まったか‥‥)』 港の相棒達は、自分達が命運を共にする相手の品定めをする気と、単に自慢話と自分語りをするつもり満々で、一同を待ち受けていたのだった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
皇・月瑠(ia0567)
46歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●季節の風物詩 ジェレゾの春には、風物詩が色々とある。 しかし、一斉に花が咲くとか、晴れるほど雪が解けて川が増水するとか、そういうのはさておいて。 ここ、相棒達が集う港の一隅では、今年も春らしい光景が繰り広げられていた。 その光景を横目に、皇龍の頑鉄は我関せずと居眠りを決め込んでいる。 すると。 『あら、兄さん。そんなことばっかりしてると、早く老け込むわよ。ほらほら、動いたらどう?』 『‥‥おぬしは騒がしすぎる。それこそ歳をわきまえろ』 龍同士の会話は、人が聞いても唸り声にしか聞こえないことが大半だが、当然龍同士なら相当の意思疎通が可能である。ましてや話し掛けられた頑鉄と、話し掛けた駿龍の黒兎は港の古株。鼻息一つで相手の体調も分かる程度には、お互いによく知っていた。 なにしろ、頑鉄は対大アヤカシ戦に複数参戦したという、相棒だった羅喉丸(ia0347)同様に名の知れた皇龍。かたや黒兎も生涯現役を貫いた相棒の皇・月瑠(ia0567)が他界して十五年、駿龍からの進化を拒み続けながらも、新米開拓者と相棒達に稽古を付けて回る珍しい龍として有名だ。 今朝も黒兎は、どこぞの開拓者と相棒の訓練に乗り込むつもりだろう。朝食の固まり肉をくわえたままで走って来て、それでも頑鉄には挨拶を忘れずに立ち止まったものらしい。当然、話し掛ける時には肉は足元に置いている。くわえたままで話し掛けでもしたら、名前に似合った頑固老龍の頑鉄から、尻尾の一撃を喰らいかねないのだ。 付け加えるなら、黒兎の進路上に居て、避けられなかった港の飼育員達が跳ね飛ばされたり、来たばかりの小型相棒達が驚いて暴れたりするのも、春の風物詩の一つと化している。この程度の試練、乗り越えられないようでは開拓者の相棒も飼育員も勤まらないとは、その取りまとめをする人物の口癖だった。 そして何より、そういう光景に目を丸くする新人開拓者達が多くやってくると、古株達は春が来たと感じるのである。 例えば、春の名物の一つはこれだ。 「はい、そこ〜。よそ見したら駄目だよ。女性に見惚れる前に、手続きは覚えなきゃ」 これから相棒になる龍に引き合わされて、貸与か買取の手続きをするにあたっての注意点を説明するのは、どういう訳か天妖だった。 しかも、男女問わずに目が合うとどぎまぎしてしまいそうな、幼い外見に似合わぬ艶がある存在である。名前は初雪と名乗ったが、さて何人がきちんと記憶したものか。近くの女性より、初雪を食い入るように見ている新人もいる。 当人は慣れたもので、呆然としている者をからかって正気付かせたり、反対に流し目で混乱させたり、傍から見るとやりたい放題。時折、妖しい雰囲気に耐えられずに説明会から脱落したり、こんなのおかしいと立腹したりする新人も珍しくなかった。 それも当然、初雪は新人達の性質を短時間で観察、判断して、どう反応するかを試しているのだから。その様子は飼育員達も見ていて、後で彼らの持つ性格がいい方向に作用するよう、端的に言うなら暴走しないように、適した龍に引き合わせる参考にされる。 例えば。 「なんで天妖が説明役かって? 私個人の事情なら、相棒が隠居したからギルドの手伝いに来たってところだよ。若者を指導するのは、年寄りの務めだろう?」 なんでギルドの係員が説明をしないのかと、短気を見せた青年に対して、引退まで当世有数と評価された陰陽師の傍らで相棒を務めた天妖は、にこりと笑顔を見せた。噛みついた当人のみならず、周りも咄嗟に謝罪しそうなイイ笑顔だ。 今年はまだ、実は押しに弱い初雪をどぎまぎさせるような期待の大型新人は現れていないらしい。 第一関門を乗り越えた新人達には、次の試練が待っている。 「ほー‥‥またヒヨッコがぞろぞろと集まる季節になったか」 龍が多数集う区画の入り口。歩く新人達を一望できる位置から降ってきたのは、いかにも偉ぶった声である。人語故に、勝気な者は反発を含んだ視線を向けるが、一目見れば彼我の差は理解出来るものらしい。反発を声に出す奴は、滅多にない。 声の主は、上級人妖の狐鈴。面倒だから天妖にはならないとの弁が事実でしかない、経験豊富な相棒のうちの一体だ。対大アヤカシ戦の経験もあり、力量は当然、人を見る目まで肥えているという、未だに上級人妖なのが港の謎に数えられる存在である。 今日も、龍選びをさておいて、周囲に集まってきた新人達を相手に、狐鈴は先輩風を吹かせていた。実際、種族違いはあれども大した先輩なので、どれだけ偉ぶっても港では誰も文句は言わない。 ただし。 「ふむ、話が聴きたいと? それは良いが、口を滑らかにするには色々と必要じゃぞ」 懐が寂しい新人相手に、高級な寿司だの茶だのを無心するのは止めてあげてほしいと、思っている者もいなくはない。この人妖、こともあろうに舌まで肥えている。 「うむ‥‥奴が買うてきたのに比べるとちと落ちるが、ヒヨッコではこんなものか。ん? 先の相棒か? 十年も前に、生意気にも畳の上で往生しおったわ」 まあ、彼女の相棒の名前を聞くと、毎年何人かは、特に泰拳士か泰国出身者は身を乗り出す。二つ名はもふら仮面、本名は梢・飛鈴(ia0034)と言えば。 「うーん、当時の泰拳士の十指には入ったじゃろうな、五指は‥‥ちと厳しいか」 その型に囚われない戦い方で名高く、近年の有力泰拳士を上げる談義では名前が外されることのない人物なのだから。人によっては、当時随一と推すこともあるが、他にも有力な拳士が多く、未だ決定稿は出ていない。 ともかくも、貴重な実体験に基づいた話が聴けると車座になった新人達は、時折寿司の追加の買い出しに走らされながら、狐鈴を質問攻めにし始めていた。 ●試練を超えたその後に 港に居る相棒のすべてが、難しい存在ばかりではない。 『こんにちは〜』 龍達の区画に近い一角、でも忍犬の区画ではない場所で、一頭の豆柴犬が可愛らしく吠えている。甘えるような鳴き方で、犬好きは確実に足を止めるだろう。 今も幾つかの関門を乗り越えた新人が数人、豆柴の頭を撫でたりしていた。首に提げられた名札を見て、空白なのに首を傾げてもいる。 だが、忍犬になりたての豆柴に問いかけたところで、名前が分かるはずはない。更に、実はこの豆柴、まだ正式な名前を持っていなかった。話が出来ても、ないと答えられただろう。 名無しの豆柴を港に送り込んだ元開拓者の御陰 桜(ib0271)の訓練所では、訓練中には便宜上の名前を付けているが、正式な名前は相棒で主人たる開拓者に付けてもらう慣習なのだ。 『ねえねえ、どこからきたの? あいぼう、まだみつけてないよね?』 豆柴は犬好き達に可愛がられつつ、せっせと自分を売り込んでいるつもりだが‥‥ 『うきゅぅぅぅぅ〜〜〜〜』 おなかをくすぐられて、そろそろ最初の目的を忘れていた。そもそも育ての親である桜のようにもふもふが上手な人がいいと考えていたのだから、豆柴自身も前途多難。うっかり愛でていた方は、情が移ってこれまた大変だ。 しかも、名高い忍犬訓練所出身と聞いては諦めるのも難しく、ここでも足止めされる新人がいたりする。 新人の相棒は機動力の面からも、龍が勧められることが多い。しかし、当人の財力や拘り、相性の面で、違う相棒を求める向きも少なくはない。 しかしながら、人懐こい豆柴と異なり、こちらの霊騎は遠巻きに眺められることの方が多かった。というより、誰も寄ってこない。 『なんと嘆かわしい。この地には、霊騎を乗りこなせる剛の者は存在しないのでしょうか。私の血統の良さが滲み出て、近付きがたいとでも思っているにしても、度胸がなさすぎます』 威風堂々とした佇まいで、落ち着き払って見える牝馬三歳。洗い上げたような真っ白の毛並みに金色のたてがみ、遠目にも分かる姿の良さと、霊騎を求める開拓者には垂涎の的のような存在だが‥‥見る人が見れば分かる。 彼女は、相当焦っていた。新人達が目をきらきらさせて、『すごい霊騎がいる』と寄って来たのは二時間前。乗りたいと願ってきた一人の為に鞍を着けたはいいが、これがまた乗馬の仕方も良く知らない素人で。 歩くより早く馬に乗ると言われるアル=カマルの遊牧民の中、何十頭もの霊騎を育て上げたクロウ・カルガギラ(ib6817)が最後に手を掛けた一頭と幼い頃から誉めそやされてきた彼女は、我慢出来ずにあっさり振り落してしまったのだ。 『ええ、反省していますとも。開拓者にだって、馬と縁遠い人はいるでしょう。私が名高いひいおばあ様のように空を翔るには時間がいるように、人だって成長には経験も時間もいるのです。でもですよ、誰も来ないなんて、どうなっているのかしら』 あんまり気位が高い上に、初めての相棒選びの緊張がみなぎる霊騎に新人の腰が引けるのは仕方ないと飼育員達は納得しているが、当の霊騎は焦りで余計に近付きがたい空気を放ちまくっている。 だから彼女は、先程振り落とした少年が怖々と物陰から自分の様子を窺っているのに、まったく気付いていなかった。 ●相棒の条件 先の相棒と死別してから五十年。 諸国漫遊を極めて、儀も地上も大抵のところは見て回り、大好きな歌と踊りに磨きをかけ、人妖のままで過ごした年数相応に歳も取った。人のように数えるなら、多分六十歳くらいになったのだろう。 雰囲気も随分と変わったと、そう指摘してくれる人はなかなかいないが、人妖テラキルは元相棒のジョハル(ib9784)に似て来た自分の姿が気に入っている。早世だったジョハルは顔を隠していたこともあって、家族以外の人の記憶にはあまり残っていないのだけれど、不思議と相棒達には忘れられていなかったらしい。 久方振りで相棒を探してみようかと立ち寄った港で、以前一緒に依頼に出向いたことがある相棒達が『仮面のエルフの相棒じゃなかった?』と問い掛けてくれただけで、来てよかったと思ったほどだ。ついつい以前を思い出し、もう無理も無茶も出来ないと言いながらも、いつもよりかなり饒舌に新人開拓者相手に相棒を迎える心得を助言してみた。 でも、だいたいはテラキルの歌や踊りで緊張をほぐして、やはり最初は龍を借りようとそちらの区画に出向いている。確かに人妖は意思疎通が容易でいいのだが、新人が連れて行くには必要な装備と懐具合が合わないことも多い。 別に今すぐ相棒が欲しい訳でなしと、テラキルがゆったり構えていたら、先程見た魔術師の女性が道に迷っていた。当人が言うのだから、そうに違いないが。 「あなた、ここの人じゃないの?」 見たところ五十代前半、黒髪にはかなり白髪も混じっているが、くりっとした黒目で柔和な顔付きの人間女性。装備もしっかりしているし、絶対に案内役の開拓者だと思っていたのに、実は相棒探しに来た新人なのだそうだ。 世の中にはまだまだ予想外のことがあると、テラキルもしばし目をぱちくりさせていたが、道はきちんと教えてあげる。いかに久し振りの港でも、彼は一度通ってきた道は簡単には忘れない。その辺りは、砂迅騎だったジョハルに随分と仕込まれたのだ。それが今までの旅でも、どれだけ役に立ってきたことか。 「ありがとね。二十年ぶりだと、覚えてた道と全然変わっててねぇ。あ、あたし、今回二度目の新人登録なのよ。そういうのって、新人とは言わないかしら」 一度引退して、故あって戻ってきたという女性に共通するものを感じて、テラキルは彼女が見覚えているあたりまで送ってやることにした。彼女はテラキルが五十年ぶりに相棒探しをしていると聞いて、まずその年齢に驚き、それからやっとお互いに二度目の相棒探しだと気付いて笑い出す。 その姿は性別も種族も性格も、なにもかもがテラキルの思い出の中のジョハルとは異なっていたけれど。 「先輩のお名前は? あたしは春、新城春よ」 「シンジョー、ハル‥‥俺は、テラキルだ」 なんだか縁を感じる名前だけれど、見た目が違いすぎて相棒にしたいのかどうかは分からない。春も何も言わないので、テラキルはのんびり考えることにした。 しばらくはここで歌って踊って、皆と昔話をしたりして‥‥ ジョハルの思い出話を春が聴いてくれるのなら、一緒に依頼に向かうのも悪くはないだろう。 いつかはこの名前の意味も、教えてやれるかもしれない。 新人達が右往左往して、ようやく半数ほどが相棒を定め、残りは明日以降にまた立ち寄ることになって、皆とはようやくいつも程度のざわめきに落ち着いた。生き物が多数いるから、ここに静寂はあり得ない。 それでも歩いているのは相棒か、飼育員、または自分の相棒のところにやってきた開拓者がほとんどになった港の一角は、まだいつもより少しばかりうるさかった。何人か、手続きが終わっていない者もいるためだ。 『あのねっ、このひとね、すごーくなでなでがじょうずなの! ねえ、きいてる? それでね』 「はいはい、良い人が来てくれてよかったわね。後で聞いてあげるから、静かにして! はい、じゃあ、ここに名前を書いて」 「え、あの、人妖って忍犬と話が出来るんですか?」 「慣れ。これからはあなたが主人なんだから、しっかりしつけないと駄目よ」 何故だか顔が真っ赤な初雪が、忍犬を相棒に迎えた新人に書類を書かせていた。訓練所に教えを乞いたいと相手が希望すれば、地図をさらさらと描いてやる手際の良さ。引退した葛切 カズラ(ia0725)が見ていれば、誉めるかからかうか、とにかく可愛がったことだろう。 「忍犬の名前は杏? まだ花の季節でもないのに?」 実家が杏農園だという新人は、忍犬の目が杏の形だと事実か微妙に怪しい主張のもと、名付けをしていった。 『まったね〜。おねーさん、ありがとー』 杏はご機嫌で、新しい主人の足元に擦り寄りながら出て行こうとして、一人と一匹で盛大にすっころんだ。でも楽しそうに抱き合って歩いて行く。また転ぶだろうが、当人達がいいなら初雪に文句はない。 もし、誰かに言うとするならば、こういう奴だろう。 「アル=カマルの生まれだと言うから、名前は向こう風のにしたいんです。幾つか候補は考えたんだけど」 「いいから、相棒になってくれって言ってから出直して来て」 「ケートなんてどうですか。可愛いと思うけど」 お嬢様霊騎に惚れたはいいが、振り落とされた怖さが残っていて近付けないとか、最近の新人は軟弱すぎる。それともこやつが特別かと、初雪の苛々は募りっ放しだった。実は苛々の原因は別にあるので八つ当たりだが、とにかく落ち着かない。同族の狐鈴に愚痴を言いたいが、あちらはあちらでなにやら忙しい。 名高い泰拳士の相棒を務め、自身もその道に通じている狐鈴だから、港の誰もがまた泰拳士を選ぶのかと思っていたが、当人指名で砲術士の少女を相棒と決めてしまった。 「まったく、男の視線が怖いなぞと開拓者が言っておれるか。胸の形が悪い訳でなし、男の目をくらます方法もみっちり仕込んでやるからの」 「だから、そういう話は苦手なんですぅ」 「だまらっしゃい! そんなことで、この狐鈴の相棒が名乗れるか!!」 なんていきなりそんな話になっているのかと皆も思ったが、異性が苦手なら龍より狐鈴の方が何倍も頼りになるので知らない振りをしている。 「大丈夫なの?」 「うむ。あやつの孫と同じ名前じゃ。生憎と孫は仙人骨ではなかったから、しばらくこやつを鍛えてやろうと思ってな」 進化程度は違えど同族間の会話は、彼女達なりに筋が通っていたらしい。二人して、勝手に書類を書きあげていた。 結局、霊騎ケートが相棒として登録されたのは、更に一週間程経ってから。気合を入れ直した少年が、拝み倒すようにしてなんとか乗せてもらえるようになったからだ。 『曾祖母が親しくしていた方と似た名前ですし、悪くはありません。が、貴方はもう少し、いえ相当修業してもらわないと、恥ずかしくてアル=カマルには連れていけません』 へっぴり腰の相棒を、鳴き声と前足のいなしでしつける霊騎は、育ての親の名前は挙げそうだが‥‥相棒が名を成すには大分と時間が掛かりそうだ。彼が霊騎を乗りこなす頃には、ケートもその姿と自尊心とにふさわしい実力を手に入れていることだろう。 そうして、更に三日ほど。新人の相棒選びも終わり、港はいつも通りではなく、随分と静かになっていた。 「ねぇ頑鉄、黒兎はどこいったの? あと、初雪は?」 お菓子持って来たから食べろと、頑鉄には小さすぎる焼き菓子を片手に、今日も女の子がやってきた。 「いないのかぁ。初雪の服、面白いのになぁ。で、黒兎はどこ?」 『おい、カーチャ。孫が五月蠅い』 いつもなら、この時間は黒兎が走り回り、頑鉄にもなにくれと話し掛けてくるのだが、もう黒兎と呼ばれる駿龍はいない。一年余りも通い詰めてきた男装の麗人にとうとう口説き落されて、今頃は初仕事に出向いているだろう。 頑鉄は名前を変えるなどごめんだが、彼女には別のこだわりがあるようで、今はリリアーヌなる名前を貰って名乗っていた。似合うかどうかは、頑鉄の知ったことではない。リリアーヌは気に入っていたから、それでよかろう。 そして現在、頑鉄のところにも通ってくる子供がいる。子供と言っても、一応は開拓者だ。よちよち歩きの頃から、この辺りをうろうろしていたのが、とうとう開拓者になってしまったらしい。 ちなみに頑鉄は、この子供の親はもちろん、祖母とは良く知った仲で、更にその親まで知っていた。顔かたちは曾祖父に似ているが、性格は祖母そっくりだ。 『カーチャ』 「あら、またいた。あんた、昨日も初雪の服を弄ってたんだって? 謝って来なさい」 「だって、狐鈴は服を触っても怒らないのに、初雪は逃げるから面白いもん。女同士だから、おかしくないもん」 今日は着替えを持って来たのだと、人形の服を出した孫娘を抱え上げて、港の責任者であるカーチャ・ヤシンは音高く尻を引っ叩いた。最近彼女の孫娘は、人妖で着せ替え遊びをするのが楽しいらしいが、嫌がる初雪をも追い掛け回す。初雪にとっては、十日前にいきなり皆の前でスカートをめくられ、『可愛いパンツはいてるー』とやられて以来の危険人物だ。 当然、偉い人の身内であるからお目こぼしなんて甘っちょろい空気はなく、カーチャは毎日孫の尻を叩きまくって叱り飛ばす。そうすると。 「頑鉄ぅ、おばあちゃんが怒ったぁ」 なぜか彼女は頑鉄のところに来て、足元に居座るのだ。前は時々だったのが、今は毎日である。 『あたしの翼は、誰より大きくて力強く美しいって。小娘だと思ってたけど、見る目はあったようよ。兄さんを頼るあたり、その子も見る目だけは確かじゃない?』 リリアーヌはにやにやとそう言い置いて行ったが、頑鉄は同意出来ない。五月蠅いだけで、とても自分を乗りこなす根性があるとも思えないからだ。 「頑鉄、後で訓練場を見に行こうよ」 霊騎や忍犬が色んな訓練をしていたり、人妖が相棒を鍛えていたり、色々面白いのだと話し掛けてくる子供を横目に、頑鉄は今日も昼寝を決め込んでいる。 しばらく放っておけば、どちらも久し振りで顔を見た人妖と魔術師とが、彼女の相手をしてくれることだろう。 いつもより少し静かな港では、人や相棒達が通じているのかいないのか、今日も楽しげに会話していた。 |