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■オープニング本文 世の中は、間もなくバレンタインデーとやらを迎えるそうだ。 チョコレートなる菓子を持って、意中の相手に恋心を打ち明ける者あり。 単純に仲良し同士で、甘味の探求に勤しむ者あり。 ここぞとばかりに、甘味に限らず酒食に走る者あり。 食べ物に限らず、自分にご褒美と財布の紐を緩める者あり。 このように色々な考え方が、バレンタインデーとやらにはある。 けれども基本は、大事な人に何か贈ることらしい。 つまりは、チョコレートのような甘味に限らずとも良いわけだ。 そんなわけで、とある一角では相棒達が井戸端会議をしていた。 「甘いもの食べたーい」 「そもそも、なぜ甘いものになったんだ?」 「小難しいことはどうでもいい。酒が欲しい」 「チョコレートは毒だーっ!」 「まあまあ、君のとこの相棒は分かってるよ」 「そう言えばさー、皆は自分の主人に何かあげるの?」 「違うでしょ、こっちが貰ってあげるのよ」 バレンタインデーだから、自分の相棒に何かあげるのか。 それとも貰うのか。 考えることはそれぞれだが、せっかくなので何かしてみようか? |
■参加者一覧 / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ジョハル(ib9784) |
■リプレイ本文 ●バレンタインの冒険 人見知りも程々にねと、大好きなお姉ちゃんのシルフィリア・オーク(ib0350)に時々諭されていた人妖の小鈴だが、最近は少し違う。相棒同士の井戸端会議に混じり、発言は滅多にしないが、色々と話を聞いてくることも増えた。おかげでお姉ちゃんには、外に行くならお洒落をしてと新しい髪型を教えてもらってもいる。 そこで聞いたのが、バレンタインデー。別に恋人が相手でなくても、大事な人にチョコレートを贈ってもいいなんて素敵だと、珍しく勢い込んでチョコレート数種を入手した小鈴だが‥‥ 「つ、作り方が、全然分からないのです」 要するに溶かして固めるのが基本だとは聞いたけれど、どう溶かせばいいのかさっぱり分からない。弱り果てて、珍しく井戸端会議で自ら発言した彼女に、いかにも手慣れた一人が集まって作ろうと言い出して、小鈴もそこで習いながらチョコレート菓子作りに挑戦することにした。 材料はもちろん、エプロンも道具も、一揃いきちんとある。足りないものなんて、多分ない。やる気は溢れるほどだ。 「お姉ちゃんに、美味しいのを食べて貰うの」 手順を良く知っている他の相棒達の手元を良く見て、人妖寸法の調理道具を使って、同じようにチョコレートを溶かしていく。こういうのが作りたいと思って、見本に高級チョコを買ってきたが、職人手作りのそれに似せようにもどうにもならず。 こてでチョコをかき回していたはずが、指先全部がチョコまみれになるに及んで、小鈴は自分がこの作業には向いていないのではと思い始めていた。いきなり同じものが出来たら、職人の方が嘆きたくなるとは考え付きもしないのだろう。 あまりの小鈴の落ち込みぶりに、傍に居たオートマトンが優しくこう言ってくれた。 「お店と同じ形でなくても、別に良いのでは?」 「そう、でしょうか。でも‥‥綺麗なのが作りたいです」 綺麗なものや可愛いものが大好きなお姉ちゃんの為と、健気な決心を固めている小鈴にオートマトンが示されたのは、生と干したものが色々揃った果物だ。これの一部をチョコレートに浸して、たくさん揃えたら見栄えも良いと実際にやって見せてくれる。 そこからはひたすらに果物と溶かしたチョコレートと向き合い、せっせと作り続けた小鈴の顔までチョコがぽつぽつと飾られてしまったが、当人はまったく気付いていなかった。ついでに、自分が作った量を自覚したのは、二つほど山をこしらえてから。 「あの、あの‥‥味見、してください」 いっぱい作れたから、教えてくれたお礼と一部を差し出した小鈴に、皆もそれぞれに作ったチョコ菓子の一部を提供してくれた。中には玄人はだしの代物もあったりしたが、誰も小鈴の果物チョコが美味しくないとは言わない。綺麗で美味しいと、まんざらでもなく褒めてくれる。 ほっとして、小鈴は今度は果物チョコを入れた籠をどう包むのか、それはそれは一生懸命に悩み始めていた。 ●愛の日とは何かが違う バレンタインデーとは、愛の日だと聞いた。 しかし、人によってはただのお祭りだとも、商魂たくましい商人達の陰謀だとも、関係者はとにかく爆発すればいいのだとまで、色々と見解があるらしい。 とりあえず、オートマトンの波美が調べた範囲で優勢なのは、恋しい相手にチョコレートを贈る日だということ。別に相手が友人や家族などで、感謝の気持ちを示すのには別のお菓子でも構わないらしいが、基本はチョコレート。 何故チョコレートなのか、そこには彼女の調査では辿り着けなかった。多分、正月に鏡餅や節分に豆と、似たようなものなのだろう。 何はともあれ、ご近所の相棒井戸端会議に加え、買い物に行ったお店でも事前調査を終え、チョコレート菓子の作り方も多種多様に押さえた波美は、本日某所にて調理に勤しんでいた。 もちろん家で作ってもいい。けれども作業中には結構チョコレートの匂いがこもると聞いたし、寒いのに開け放してというのも気が引ける。それで、相棒達が集まって調理するところに混ぜてもらったのだ。種族も色々、料理の腕前も様々な相棒達が、知恵を出し合い、やり方を教えあいしつつ、チョコレートと向かい合っている。 オートマトンらしくと言えばいいのか、波美の調理の手際に問題はなく、調べた通りの手順で、思っていた通りのチョコレート菓子が完成した。包装も完璧で、見た目には一点の問題もありはしない。これは彼女の判断ではなく、居合わせた相棒達からのお墨付きである。 「でも何か、バレンタインというのとは違う気がするわ‥‥」 何に違和感があるのか、波美自身もよく分かっていなかった。とにかく何かが違うのだと、無性に感じられて仕方がない。けれども、自分が何を求めているのかも、よく分からなかった。だから余計に困ってしまう。 散々悩んでいたら、一緒に調理に勤しんでいた人妖の女の子がどうしたのかと尋ねてきた。あちらもなんとか目当ての物を完成させて、これから主に渡すのだと意気込んでいる。 「すごく、美味しかったですよ。きっと喜んでくれます」 波美にはいまひとつ自信が持ちがたい味の部分で、味見に協力してくれた一人の再度の後押しが効いて、波美は包みを手に家路を辿った。今更あがいても仕方がない。作ったからには、無駄にならないように食べて貰おうと、少し諦めの気分も入っている。 本当に、自分はどうしたかったのだろうかと、悩みながら帰り着いた家では、主の海神 江流(ia0800)がいつものようにからくり部品を弄り回していた。波美の主は、いつの頃からかこの趣味に熱中しているのだ。波美がいないのをいいことに、部屋中に広げて楽しんでいたらしい。 「おぅ、おかえり。あれ、もう日が暮れて来たか?」 『灯りを付けないと、また目が疲れますよ。あと、お疲れでしたら、甘いものをどうぞ』 いつも通りの海神に少し気が抜けて、波美もいつもと変わらぬ様子でついとチョコレートの包みを差し出した。それでも、力の入った包装だから、海神も日頃買ってくる菓子とは違うと分かったらしい。手の汚れを丁寧に拭いてから、ようやく気付いて微笑んだ。 「そうか。今日はそういう日だったか」 わざわざありがとうなと優しく頭を撫でられて、その手のぬくもりを感じて、波美は心の中のもやもやが少しだけ晴れたと思った。 ヒトが言う愛の日とは、その愛とは違うのかもしれない。でも、波美の気持ちは本物だ。 愛しているという言葉だけで、思いのすべてが伝わるのかは分からないけれど。 ●ばれんたいんのただしいにんしき それは、礼野 真夢紀(ia1144)の家でのこと。ただし、本人は相棒の龍と依頼で出掛けたのか、留守だった。 留守番は、いつものように子猫又の小雪とオートマトンのしらさぎの二人(?)組。のんびり、おっとり、お子様思考な彼女達は、大抵は留守番である。今日も今日とて、お昼ご飯の後は真夢紀の持っている本の一冊を眺めて、一緒にころころしていたところ。 本と言っても、絵草子に近い。絵が主体で、外見から十歳差っ引いた年齢が普段の思考年齢になるしらさぎに面白く、小雪にも絵でだいたい内容が理解出来るようなものだ。 「しらさぎ、まだめくったらダメよ〜」 「え〜、ここはさっきもいっぱいみたでしょ?」 一冊の本を押し合いへし合いして覗きこんで、頁をめくるか戻るかで、手と前足がじたばたじたばた‥‥ 小雪は猫又で、真っ白け。真夢紀のお手入れが良いので、ふわふわの毛並がご自慢だ。 オートマトンのしらさぎも、髪は真っ白け。ふわふわの毛質に、くるくると可愛らしく巻いた長い髪の毛は、毎日真夢紀と一緒に櫛を入れてお手入れしている自慢の種。 どちらも白くて、長短差はあれ、ふっわふわの毛。それがじたばたした日には、当然のごとく。 「こゆき、かみのけ、ひっぱらないでってばぁ」 「ちがうでしょ、しらさぎがからんできてるんでしょ」 おおむね、小雪の爪にしらさぎの髪の毛が絡んで、爪は引っ込められないし、腕や足はどちらも髪に引っかかるし、白いところに白いものが絡んで見えにくい。つまりは外すのが、とても大変な状態だ。 「はなれてよー」 「そっちこそー」 双方で思う方向に相手を引っ張ったりして、かなり大量のしらさぎの髪の切れ毛を床にまき散らし、ようやく二人が自由の身になったのは小一時間も過ぎてからだった。 小雪、とりあえず顔を洗って落ち着く。 しらさぎ、切れた髪の毛を屑籠に放り込んでなんにもなかったことにする。 二人して、本が無事なのを確かめて、ほっとする。 それから、思い出した。 「そうだ。まゆきにもらったちょこ、たべようっと」 「こゆきもたべるー。これ、おさらにあけてー」 今日はバレンタインデーだからと、真夢紀は家の全員にお菓子を用意してくれたのだ。だいたいはチョコレート、小雪はチョコは食べられないので猫用クッキーと牛乳。いつもはおやつの時間も決まっているが、これは好きな時に食べてもいいのである。 だから、今が食べる時だ。 「いつもよりたかくておいしいの、かってきてくれたのよ」 クッキーの袋を前に小雪が自慢をすると、しらさぎも負けてはいない。 「なまちょこだから、これだってたかいのっ」 礼野家のバレンタインは、真夢紀が皆に美味しいものをくれる日。 否、他の相棒達は正しい意味を知っているかもしれない。だが、今いる二人にとってはそういうものだった。 おいしいもの、ばんざーい。 「ぎゅうにゅうはあっためてねって。まだのんだらダメ」 「えー、のどかわいたー。はやくぅ」 お鍋を出して、牛乳を移して、火を起こして、お鍋を乗せて温める。熱くなりすぎたら、ふーってして適温まで冷ますこと。なにしろ小雪は猫舌だ。 オートマトンと猫又の童女達が、揃って美味しいおやつを食べられるまで、もうしばらく掛かりそうだ。 ●愛の日なんて関係ない 炎龍のリリは、最近色々なことでひどく不機嫌だった。 もともとジョハル(ib9784) に自分以外の女子が近付くのは、とてつもなく嫌。そう言うと同族の女子会では種族が違うと笑われるのだが、そんなのは知ったことじゃない。嫌だったら、嫌なのだ。 それになんと言っても、戦場の空を翔るなら、自分を超える相棒などジョハルには存在しない。彼が何を言わずとも、一番安全で、一番はジョハルが必要とされ、そこにいたいと思う場所が分かるのだ。この長年の絆には他者の割り込む隙などないと、リリは自信を持っていた。 この自信は、戦場に限ったことではない。彼が何を言わずとも、きっと自分はその望むとおりに空を飛んでいけるだろう。 けれどもジョハルは元々戦いが好きではないし、それなのに参加した戦いの中で目を損なってしまった。もう空から景色を楽しむことさえ、出来ないのだ。 だからもう、空を飛びたいとは思わないかもしれない。そう思い付いて、ものすごく気が塞いでいたのだ。自分に元気がないと、ジョハルに心配をかける。それは分かっているので申し訳ない気持ちでいっぱいだが、どうしても元気には振る舞えずに、リリ自身も弱り果てていた。 そこでたまたま耳にしたのが、バレンタインデーのこと。 好きな相手に贈り物をしていい日だとか。人は色々と理由を付けるのが好きだが、これもその中の一つだろう。まあ、そこはリリにはどうでもいい。 怪我をしたジョハルに、大きな獣を獲ってきてあげよう。これはいい考えだった。いい肉を食べたら、怪我も少しずつ良くなって、また空を飛ぼうと言ってくれるかもしれない。そう思い立って、リリはほとんど一日掛けて、ようやっと目的を果たしてきた。 「リリ、どこに行っていたんだい?」 彼女がいないことに気付いていたジョハルが、羽音を聞き分けて声を掛けてきた。その傍らに、仕留めた獲物を置くと、彼は手で探って何かを察したらしい。 それからどうしてか、リリに鼻を近付けた。 「木のいい匂いがする。いったいどこの山まで行ったのかな? 次は一人で行かないで、俺も乗せていっておくれよ?」 掛けられた声に、リリは翼を振るわせて、短く返事をした。 そう。ジョハルが何も言わずとも、自分なら彼が行きたい場所がきっとわかる。迷うこともなく、そこに連れて行ってあげられる。 彼の目がもう景色は見られなくても、風や匂いを届けてあげることは出来るのだ。 『もちろんよ。私は、貴方の一部だもの』 |