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■オープニング本文 とある隊商が二組、意気揚々と王都を出発した。 「この仕事を無事にやり遂げれば、里で自慢が出来るぞ」 隊商を取りまとめる商人が、上機嫌で言うのもある意味当然だ。 彼らが運ぶ荷物は、アル=カマルの名目上統治者である神の巫女セベクネフェルからの預かりものなのだ。 荷物の受け渡しも神の巫女の神殿前庭で、建物の窓から様子を眺めている巫女の姿も直接拝めたと、隊商一行は代表から見習いの子供まで、それはもう意気高揚していた。 目的地までの治安も、天候も、今のところは悪い話など聞こえてこない。この調子なら、何の問題もなく依頼を果たせるだろう。 家に帰ったら家族にいい土産話が出来るのを楽しみに、彼らは元気に歩みを進めていた。 ところが。 「荷物が入れ替わっている?」 「どうも、その様で‥‥なにしろ紛らわしい品物でしたからねぇ」 「呑気にしていないで、なんとかしろーっ!」 実は、彼らが運んでいる荷物は、本来の預かり品とは全く異なるものだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 アル=カマル人とは皆、こんな風だったろうかと、隗厳(ic1208)は首を傾げた。 羅喉丸(ia0347)は、商人は何処も同じかと苦笑した。 ケイウス=アルカーム(ib7387)は、熾烈な駆け引きの真っ最中だ。 「だから、吟遊詩人が竪琴を置いて行くって言っているんだから」 「そんなことせんでも信用する。それに、その書面はもう用がなかろう? 置いて行くのに、何の問題がある」 「‥‥腹を割って話そう、伯父貴」 早急に話をまとめて、次の段階に移りたいとうずうずしていた隗厳が、ここに来てあからさまに怪訝そうな顔付きになった。傍らの羅喉丸に、そっとこう尋ねている。 「伯父貴とは、親戚筋の方だったのでしょうか?」 「いや。あれは多分、目上に対する尊敬と親しみを表すのに適した表現なんだろう。天儀でも、時々使う人はいるよ」 同業者間に多く、後はどこの儀でも玄人筋の人々、裏街道の住人から旅芸人まで、お互いを親族のように呼び表すことは珍しくない。そう羅喉丸に説明されて、隗厳もなんとなく納得していたが、もう一つ分からないことがある。 「それで、いつ出発出来ますか?」 「うん。ケイウスに諦めてもらえば、今すぐにでも」 十分後。 「だってさあ、俺、まだ全然拝んでないんだってば」 「後にしましょう、後に」 「道案内がいないと、時間が掛かる。神殿に迷惑は掛けたくないからな」 「あーもー、分かってるよ」 ぶうぶうと文句しきりのケイウスを、二人掛かりでなだめすかしながら、彼らは移動を始めていた。 クロウ・カルガギラ(ib6817)は、皆が書類を拝むようにしているのを見ながら、分けてもらった水を遠慮せずに飲み干した。横では翔馬プラティンが、駱駝もかくやという勢いで飲んでいる。 「なるほど、事情は分かった。お咎めなしとは、神殿の温情にも感謝しかない。で、だがな」 「分かっている。一時的にでも、貴方がたが神殿から受けた仕事を、横から出て来て任せてくれと言うんだ。面白くはなかろうが」 「そう、そこが大切だ。間違いなく、『一時的に』だろうな。そのまま、自分達で運んで行っちまおうなんて」 神殿からの使者だからと、それは丁重にもてなされていたところから一転、仕事の横取りは許さんと詰め寄られて、クロウは予想通りと心の中で独り言ちた。自分が商人で、同じ状況になったら、間違いなく同じことにこだわるだろう。 「セベクネフェル様から依頼を賜った者から横取りなどしたら、精霊の怒りを買うのが恐ろしい」 こうしてもてなしても貰ったのだし、自分の部族と開拓者としての名誉にかけて、約束した通りに荷物を持って戻る。 翔馬を連れるような開拓者が誓うのを見て、商人達は荷物を馬車から下ろしだしている。 荷物をまるきり反対方向に向かう隊商に、間違えて渡してしまった。荷物である植物が痛まないうちに、早急に正しい隊商に入れ替えて渡してほしい。 回収方法も何も全面的にお任せという依頼は、言うほど簡単なものではない。集まった四人の開拓者は、問題の隊商二つの距離をざっと計算して渋い表情になった。 すでに四日の距離が開いていて、彼らはこれからそれぞれを追い掛けないといけない。相棒で追いかけて追い付いたとしても、隊商達の予定も大幅に狂わせることになるだろう。 「彼らも荷に間違いがあったら、セベクネフェル様からの依頼だから、余計に気を落とすだろう。あまり遅れない方法を考えないと」 「そうだねぇ。予定があんまり遅れたら、隊商の信用にも関わるし。彼らの荷を待っている人達も困るからね」 地図で今頃隊商が移動しているはずの位置を検討しつつ、アル=カマル人のクロウとケイウスが特に眉をしかめていた。神の巫女からの依頼を受けたとなれば、本人は当然、家族も誇らしいと言うに違いない。反面、誤ったとなれば落ち込むなんてものではなくなる。 流石に今回は、神殿側の確認漏れもあり、またこれらの植物に詳しい人物は双方の届け先にしかいなかったという事情を考慮して、誰かが咎められることはない。後は出来るだけ遅れを出さずに、荷物の入れ替えと輸送を完了させられれば最高だ。 「経路はお任せします。その間に、細かいものを用意してきますから」 移動が川沿いなら、一応川を渡ることも考慮に入れて、書面を包む油紙の用意を。他に植物の輸送に必要なものがあれば、直ぐ持ち出せるようにまとめておこうと、隗厳は地図から離れて、神殿の者と話し始めた。 この依頼では、出発までは神殿側が色々と補助してくれるので、こうした細かいものの用意は難しくない。隗厳達が的確に必要なものをあげられれば、それでだいたい済んでしまう。 確認したところ、植物はどちらの側にも、苗木に一抱えもあるものが何本もあり、相棒だけで運ぶのはいささか厳しそうだ。他に種子も何種類かある。これらの世話の仕方は、それぞれに覚書を渡してあるので、合わせてそれも回収し、苗木と一緒に渡せばいい。 植物の量を確かめたところで、羅喉丸がこう言い出した。 「神殿のご威光で、小型飛空船の手配をお願いできないだろうか」 快速小型船の起動宝珠は所有していると続けられて、神殿側はともかく飛空船に空きがないか確かめてくると人を出してくれた。一時間ほどで、船員に少し不足があるが航行に問題はない船が用意出来たと返してくる。 「船の運航をするぎりぎりの人員しかいないので、荷物の積み下ろしなどは皆さんにお願いするしかありませんが」 「それくらい、どうということもない。ご助力、感謝します」 相棒が乗ると狭くなるが、速度は落ちないと聞かされて、ケイウスがよしよしと頷いた。 「その速度なら、この航路を取って、多分この辺りで追いつけるな。こことここに、水場があるから休憩している可能性がある」 「随分とお詳しいのですね?」 「昔、ギルドに登録する前に、護衛仕事で使ったことがあるんだ。記憶は確かだよ」 地図にしっかりと水場や宿営地の印をつけながら、ケイウスが隗厳の問いかけに自信満々で答えた。それを聞いて安堵したのか、彼女は油紙に丁寧に包んだセベクネフェルの署名入り書面をケイウスに預けている。 「よし、俺は翔馬の千里行も使えるし、こっちを追い掛ける方が全体の合流が早いと思うがどうだ?」 クロウも魔の森跡に向かう隊商の移動経路を予想して、ざっと計算したそれぞれの移動速度での合流予想を皆に示した。 船は一隻、どうしても片方で荷を回収してから、もう一方に運んでいく必要がある。早急に追い付かねばならないのは、向こうも飛空船を使う予定の魔の森跡に向かう隊商だから、移動が速い翔馬連れのクロウの単独行は致し方ないようだ。 羅喉丸、ケイウス、隗厳が飛空船で河川沿いを移動し、隊商から荷物を回収。後は後日の合流場所を定めて別れ、クロウともう一方の隊商に追いつけばいい。こちらには、飛空船の港で待っていてもらうのが良策だろう。 そこまで出来れば、後は荷物を入れ替え、また最初の隊商に正しい荷を引き渡せば、それで依頼は完了だ。 「言うのは簡単だが、手間は掛かるな」 「飛空船のおかげで、随分楽になったんだぜ。終わってから、巫女様の頼みごとをお手伝いしましたって言えば、その辺の酒場でもてるよ」 「神殿内で、下世話なことを言うな、まったく」 神の巫女以外にも神職が多数いるのにと、ケイウスの軽口をクロウが叱るのを見て、羅喉丸と隗厳はこれは物言い一つにも気を付けた方がいい依頼だと心した。 実際は、アル=カマル人同士の珍品争奪になったりするのだが‥‥もちろん、この時にそんな予想など出来るはずはない。 こうした相談と準備に三時間。それから飛空船は一日半程度、クロウは更に三時間ほどを要して、目指す相手に辿り着いた。 「おーい、止まって止まって! 荷物を間違えてるよ!」 「神殿からの急使だ。足を止めて聞いてくれ!」 そこから先は、神の巫女からの書面を持って来た相手だと丁寧に遇されつつ、『せっかくの巫女様からの仕事を、横取りだけはされてなるものか』とか『その書面を貰えれば、更に箔がつく。それよりなにより、単純に欲しい』なんて言う思案が透けて見えるやり取りがあちらでもこちらでも展開されて。 ケイウスが、書面をよく拝んでおけばよかった。後で返してくれそうにないと嘆いていたが、まずは荷物の入れ替えまでが終了した。 ここまでくれば、残りは川沿いを気をもみつつ移動している隊商へと、正しい荷物を届けるだけだ。 「あ、おーい。お待たせしましたー。ついさっき、お約束の場所に到着しましたから」 合流地点には、まだ隊商がついていなかったので、隗厳がカミヅチ件で河を高速移動して探し当てた。荷物のことは早く知らせただけ、相手の安心に繋がるし、人の気配を探るに隗厳のシノビの術は適していたからこの役目。 この間に、他の者は船からそれぞれの相棒を使って荷物をゆっくりと下ろしていた。船ごと降ろしても良かったが、港以外で船を降ろすのは離陸が手間取ると聞かされたからだ。 幸い、超低空飛行も可能な無風状態だったから、皇龍の頑鉄や嵐龍のヴァーユがその力の程を見せつける結果になった。 隊商達も仕事柄、龍は見慣れているだろうが、ここまで進化したものは珍しいと喜んだ。隗厳のカミヅチの件は、噂しか聞いた事がなかったとしげしげと眺められている。船上でも同じだったので、件も平然としたものだったが。 荷物を無事に正確な運び手に受け渡し、神殿からの書状はもし返還と言われたらすぐに戻すことを約束させて隊商に委ね、それで彼らの仕事は一応終わりだ。 そのはずだったが。 「私は、このまま目的地まで同行してみたいのですが、よろしいでしょうか」 「報告は全員でなくてもいいだろうし、俺も魔の森の方に行ってみたいけど、どうだろ?」 隗厳が河川沿いを辿って泥地の干拓現場に、ケイウスが魔の森跡に行きたいと言い出した。つまり報告を羅喉丸とクロウにお願いとなるのだが、 「いいのか? もしかしたら、神の巫女と会えるかもしれんぞ?」 「セベクネフェル様なら、ありえるかもしれんな。俺は以前、都近くのアヤカシ退治でお褒めの言葉をいただいたことがある」 二人にこう突かれると、それは気になってくる。が、隗厳は目的地ではきっと自分や件が役立つと思っていたから、諦めきれない。ケイウスは魔の森の浄化作業に一方ならぬ縁があって、この機に進展具合を確かめておきたい。 どうしたものかと悩んでいる二人に、羅喉丸が肩を竦めた。実際には、確実にセベクネフェルと会える訳でなし、もし拝謁叶うなら全員でと頼んでみればいいこと。クロウも、魔の森浄化については故郷の事とて、無関心ではないようだ。 「わかった。行って来るといいさ。戻ってきたら、ちゃんと神殿に現地の様子を報告に上がるんだぞ」 彼ばかりは、飛空船の宝珠の回収があるから、船の移動ばかりで飽きている頑鉄には悪いが、このまま何処かへとはいかない。反面、当座の報告は一人いれば叶うし、届け先の様子が詳しく知らされる方が神殿にも有益だろう。 羅喉丸の漢気のおかげで、隗厳はそのまま隊商と一緒に干拓地に、クロウとケイウスはそれぞれの相棒を駆って魔の森の浄化作業の様子見に向かった。 そして隗厳は、件と一緒にまずは苗木を仮植えする作業を手伝った。更にからくりの隗厳とカミヅチの件なら水中の呼吸の心配もないと、住民達が悪戦苦闘していた泥地と畑地を区切るための杭の打ち込みを、それまでの何倍もの速度で進められるように尽力する。 「いやぁ、助かったよ。泥の中で杭を押さえておくのが、ほんとに大変で」 「からくりは溺れないので、主と一緒にでも、出稼ぎに来てくれる者を探すのも一案と思います」 隗厳のこの助言は、真剣に討議されそうだ。 かたや、ケイウスとクロウは予想通りに、相も変わらず角突き合わせている王宮軍と遊牧民の独立派の諍いに巻き込まれていた。 「なんだって、あんた達はいつまでもそうなんだよ」 「他の儀からも協力してもらって、森を作ろうって計画に参加してるのに、内情がこれじゃ詩にも出来やしない」 思わず、双方の有力者のうち、何かと言うと言い争うやつらを二人掛かりで叱り飛ばしている。彼らの背後では、穏健派がこっそり声援しているのは、まあ気が付かないことにしておいた。 とりあえず、近くのオアシスはこの諍いから距離を置いて、届いた植物の一部を利用して新たな産物を作ろうとしているようなので、そこは一安心だ。 仲間達があれこれしている間、羅喉丸はといえば。 「とまあ、こんな感じでした。後のことは、また三人が戻ってきたら、報告書を出させますので」 「お時間があるようなら、ぜひ直接お話を聞かせてほしいものです。そう、お伝えくださいな」 天儀に置いてきた相棒に、いい土産話になると思いながら、神の巫女に依頼の首尾を直接報告する名誉な役を果たしていた。 |