雪のたからもの
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 3人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/29 00:31



■オープニング本文

 一月半ば近くのジルベリアはジェレゾの開拓者ギルド。
 今日も今日とて雪が降り、積もれば雪かきをしなくてはならない天気が続く。
 石畳の上の雪が凍ると、歩くのも大変になる。

「うわぁ、また降って来たぁ」
「今日くらいは、良い天気かと思ったけどね」

 何かよい依頼でもないかと、ギルドを訪ねて来ていた開拓者の数人が、窓の外に見える曇天から落ち始めた雪に溜息を吐いた。
 寒い、冷たい、積もると色々面倒。
 雪が降って楽しいのは、犬と子供くらいではなかろうか。
 そんなことを思っていたら。

「うわっ、なんか出たっ」

 窓の向こうに、何かがぺたりと張り付いた。

「あ、こら、どこの子だ?」
「え、子供?」

 突然、窓硝子に顔の形が変わる勢いでへばりついたのは、十歳になるやならずの子供だった。
 もこもこの毛皮の帽子に、ふわふわの毛糸の襟巻、目の周り以外はほとんど見えないが、とにかく子供。
 何か探している様子だけれど、部屋の中を窺っているようには見えなかった。

「おーい、どうした? 誰か探してるのか?」

 窓ははめ殺し。声を掛けても気が付かないようだから、親切な一人が扉に回って声を掛けた。
 すると、どうも通りのあちこちで随分たくさんの子供が、硝子窓を見付けてはへばりついているらしい。年齢は色々、性別は男女半々くらい。

「あったー?」
「なーい」
「見付からないよ〜」

 彼らは何か探しているようだが、それは部屋の中にあるわけではないのだろう。
 窓をしきりと観察して、口々にないと言いながら、今度は道の真ん中に集まっている。
 何かに夢中になって、周りが見えていない感が満ち満ちた風情の子供集団だ。

「何を探してるんだ? 道の真ん中でうろうろしてたら危ないぞ」

 声を掛けること、三回か四回か。
 ようやく開拓者に気付いた子供達は、探し物を教えてくれた。


 雪が降っている時に見付かるもの。
 透明な硝子によくくっついている。
 雪みたいだけど、もっと透明。
 それで綺麗な模様で出来ている。
 とっても小さくて、見付かりにくいもの。


 彼らの探し物は、そんな不思議なものらしい。




■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 玉響(ia1590) / キャメル(ib9028


■リプレイ本文

 翼妖精のネージュ。
 彼女は泰拳士の羅喉丸(ia0347)を、相棒としている。人の側から見れば、彼女が羅喉丸の相棒かもしれないが、そこはそれ。
 今現在、行動の主導権を握っているのはネージュの方だった。
「ネージュ、こら皆もだ。覗き見は、行儀が悪いぞ」
『それはその通りですけれど! でも羅喉丸、滅多に間近に見られない出来事なのですよ!』
「妖精さん、しーよ、しーっ」
『そうですね、お邪魔してはいけません』
 普段は礼儀正しいネージュが、子供達と一緒になって、道の曲がり角にへばりつき。
 その向こうで何事が行われているか、だいたい察している羅喉丸は、非常に申し訳ない気持ちで彼らを角から引き剥がそうと試みているのだが。
「ネージュ、いい加減に」
『だって羅喉丸、あなたは泰拳士として素晴らしい実績があるのに、こういうお話には縁がないじゃありませんか。私だって、興味がない訳じゃないんです!』
「二人とも、しーってばっ」
 なにやらとてもひどいことを言われた気がする羅喉丸と、自分の発言のとんでもなさに気付かないネージュと、本来の主役であったはずの子供達は、曲がり角でごそごそしている。
 彼らの大半の視線の先では、玉響(ia1590)がなんとも言えない表情に、キャメル(ib9028)が目を丸くして驚きを示す顔になっていた。
「タマちゃん、皆が探しに来たみたいよ?」
「‥‥うん、そうみたいだね」
 キャメルは遅れてごめんねと子供達に声を掛け、何故かものすごく期待外れの表情で迎えられていることを不思議がっている。もうちょっと事情が分かっている玉響は、溜息を吐くしかない。
『続きは?』
 うっかり余計なことを尋ねたネージュが、玉響にむにっとほっぺたを摘ままれてもがいているのを、羅喉丸は当然助けなかった。


 事の起こりは、子供達の探し物だった。
 小さくてきれいで、雪の時に、透明硝子のところでしか見えない。
 子供の説明で要領を得ないが、『綺麗』に最初に反応したのはキャメルだった。彼女自身が、子供に混じって違和感のない体格だけれど、着ているものが豪華すぎて目立っている。
「雪の時にしか見えないなんて、気になるのよ。一緒に探しに行ってみましょ?」
 ね? と同意を求められたのは、彼女をジルベリアへの度に誘った玉響だった。子供と一緒の探し物などもちろん予定していなかったけれど、キャメルも乗り気だし、子供達を放置するほど情のない人間でもない。
「探すのはいいけど‥‥」
 もう少し詳しく、どういう物なのかを訊いてからと、玉響が子供達に色々尋ねようとしていたところ。
『私も見てみたいです!』
 子供達の集団の反対側で、翼妖精のネージュが力強く同行を約束する声がした。
「行くのはいいが、道の真ん中を歩くのは危ないだろう。ちゃんと人にぶつからないように、気を付けなきゃ駄目だ」
 あら大変と、キャメルが道のど真ん中から端に歩くのにつられて、子供達もずさーっと端に寄った。もちろんネージュはふよふよと飛びながら付いていき、玉響と羅喉丸は皆の安全に目を配りながら、二人でより詳しい情報を尋ねてみた。
 結局のところ、最初に聞かれさた以上に細かいことは、目撃者である子供達もうまく説明出来ないのだが‥‥羅喉丸はこんな仮説を立てた。
「溶けた雪が硝子の上で再度凍って、模様のようになっているのかな」
 なるほど、それならありそうだと、玉響、キャメルにネージュまでもが頷いたが、三人と一体はそこで気付いた。
「あら、それじゃあ、硝子にくっついちゃったら」
「そんな薄い氷だとしたら、見付ける前に吐く息で溶けてしまったかもしれないね」
『皆さんにも、注意してもらいましょう』
 さあ、まずは子供達に探す時に硝子に張り付かないようにと、きちんと言い聞かせるところから始まるようだ。

 それからしばらくして、硝子窓にへばりつかない、建物の中に人がいたら挨拶すると教え込まれた子供達は、先程までよりはゆったり調子で、でも相変わらず熱心に硝子窓を覗き回っていた。中には、背が届かないからとネージュに無理矢理持ち上げてもらっている幼児もいる。いかに翼妖精としては大柄なネージュでも、これはなかなか大変そうだ。
 しかし、羅喉丸が手を貸そうとすると子供が嫌がるのでは、ネージュも頑張るしかないだろう。一度ならず、キャメルも手を貸そうとしたのだけれど、やはり駄目だった。
 要するに、子供達にしたら、なかなか出会うことがない翼妖精に構い付けたいだけなのだが、修羅のキャメルは少々意気消沈してしまった。
「キャメルが一緒だと、迷惑なのかしら‥‥」
「まさか。妖精が珍しいだけだよ」
「キャメルがちっちゃいから、頼りないって思われてる?」
「それはないと思うなぁ」
 普段は人ごみだとやや臆した様子を見せるのに、子供に頼られないと気にするキャメルに、玉響は苦笑を押し隠した。確かに年齢にすれば大層小柄な彼女だが、それでもネージュよりは頭一つ近く背が高い。開拓者だと子供達には知らせているから、力仕事くらい頼まれても不思議はなかろう。
 実際に頼むとしたら、自分か羅喉丸に来るのが普通だとも玉響は考えたが、もちろんこれも黙っている。彼も大柄な方ではなし、見た目で行くなら羅喉丸が一番頼りにされる‥‥なんてことは、キャメルに言いたくなかったからだ。
 しかし。
「やっぱり、いっぱい食べてもふわふわな女の人になれなかったから、頼ってもらえないのかしら」
 思わず、これには吹き出した。『ふわふわ』である。よく大人っぽいとか、女らしい、もうちょっと具体的に身長やら身体的にどこが成長したいと願う女性の言葉は直接、間接に耳にしたことがあるけれど、
「ふわふわって‥‥あぁ、ごめん。でもキャメルは十分可愛いよ」
 この表現は初めて聞いた気がするし、彼女の抱く印象がどうか知らないが、『ふわふわ』はキャメルに似合わない言葉ではないと思ったのだ。だからつい笑ってしまい、恨みがましい目で見上げられた。
 自分より相当小柄なところといい、こうした言葉の使い方といい、今まで妹みたい、子供みたいで可愛らしいと思っていた。けれど、良く見てみれば、若いとはいえ成人した女性で、いささか申し訳ない認識でいたと反省すべきだろう。
 それに、なにより。
『お嫁さんになってあげる』
 先日のこと、場所が居酒屋というのがいささか引っかかるが、玉響はキャメルからこう言われていた。その瞬間は冗談だと思ってしまったが、隠れ里育ちで多少世間知らずなキャメルであっても、そんなことを冗談で言う性格ではないはずだ。
 もし冗談でなければ、きちんとした返事をすべきだと分かっている。が、それを確かめるのに、知人などに邪魔されないようにとジルベリアまで来たら、予想外のこの状態。さて、どう話を持って行ったものか。まずは綺麗な何かが見付かるまで待つか等と、玉響が頭の中で考えを巡らせていたら。
「この間のことなら、本気よ」
 何もかも察したような顔で、キャメルがにこっと微笑んだ。
「この間のって、あの」
「うん、お嫁さんになってあげるって言った時の」
 考えが見透かされて慌てた玉響は、しばらく言うべきことに迷ってしまった。やがて気持ちが落ち着いて、やっと言おうと思っていたことを口にしようと腹に力を入れかけた時。
『あ、何か言いますわね』
「なにかな?」
 小さいが、うきうきした調子の可愛らしい声が聞こえて、玉響は我に返った。
 振り返ると、ものすごく申し訳なさそうな顔でネージュの首根っこを掴んでいる羅喉丸と、じたばた抵抗するネージュや女の子達が見えて‥‥
「タマちゃん、皆さんが探しに来たみたいよ?」
 いつの間にか、皆さんは向こう側まで行っちゃったのねと、キャメルが皆に合流すべく、小走りに行ってしまった。
 道端で大事な話をしようとしたのがいけなかったと玉響は自分を慰めつつ、未だ興味津々のネージュの頬を摘まんで伸ばしてしまった。

 ちなみに途中から目的を違えたネージュはさておき、羅喉丸は子供達と一緒に謎の綺麗なものを探し求めていた。合わせて、何事かと不審がる硝子窓のある店などへの挨拶もこなしていた。
 大抵の店では、事情を聞けば笑いつつ納得してくれ、怪我がないようにと言ってくれた。しかし、探し物については心当たりがない人達ばかりで、はてさて『綺麗なもの』とやらは発見出来るのかと、
「こら、硝子窓にくっついたら駄目だと言ったろう。それに、道を横切る時は左右をちゃんと確かめてからだ」
 子供達の指導に忙しくしながら、思い悩んでいた。
 注意したことを忘れた子供には、お尻を叩くぞと脅かしている。もちろん本当に叩くつもりはないが、羅喉丸の太い腕を見ると腕白坊主であっても怖くなるものらしい。子供だけであちこち行かせても、とりあえず見守っていれば問題ないとなって来て、様子を見に来た店のご隠居から有益な情報を得たところで、彼はネージュと女の子の一部が曲がり角に張り付いているのに気が付いたのだった。
 何をしているのかと近付いて見れば、こともあろうに覗き見。見ているのが年長といっても十歳かそこらなのに、女の子は早熟なものだと半ば呆れつつ、覗かないようにと注意したら、
『こういうお話には縁がないじゃありませんか』
 翼妖精まで、同じでなくてもいいではないかと、羅喉丸は心底思ったのだった。

 そんなこんなから、三十分くらい後のこと。
「あったーっ!」
「こっちにもあるわよぅ」
 降る雪の粒が大きくなって、皆の上着にくっつく天気に変わってしばらく。風で硝子窓に限らず、つるつるとした壁などにも吹き寄せられた雪の粒を覗いていた子供達が、あちらこちらで歓声を上げた。
「本当ね、雪の粒の中に模様なの」
『一つずつ模様が違います。どうなっているのでしょう?』
 羅喉丸が子供達の騒ぎの理由を説明した人達の中に、うんと寒い日には硝子や平らなところに落ちた雪の中に模様が見えるのだと教えてくれた人がいたのだ。捜す場所が増えた子供達が諦めずに走り回った結果、少し雪が強くなってきたのも幸いして、ようやく探していたものを見付け出すことが出来た。
「このまま取っておけないものかな」
「うん、いい飾り物になりそうだ」
 一つずつ、大きさも模様も違う。雪の中に模様が見えるのもあれば、雪粒が幾つか折り重なって模様のようになっているものもある。いずれにしても、確かに綺麗なものだった。
 しげしげと見入った玉響が、飾り物になりそうと口にしたのに、羅喉丸はあえて返事はしなかった。そんな装飾品が売っている店を知っていたら教えるところだが、あいにくと心当たりがない。その気があるなら、二人で探したら良いのである。
 と、羅喉丸は大人らしい対応を心掛けたのに、子供達と一緒に勢い付いたネージュは、キャメルから色々聞き出そうとしていた。彼女には珍しく、子供達に乗せられているかもしれない。
「んーと、皆さん、どうしてそんなに熱心なの?」
「いや、気にしなくていいから。ほら、子供はもう帰る時間だぞ」
 ネージュは片手で吊るして、羅喉丸は子供達に解散を言いつけた。まだそこまでの時間ではないが、雪がひどくならないうちに帰った方がいいからだ。天気が相手では子供達も文句が言えず、同じ方向の者同士でまとまって帰って行く。
「お姉ちゃん、ネーちゃん、おじちゃん達、ばいばーい」
「ありがとね〜」
 おじちゃんはないよと思ったけれど、羅喉丸と玉響は笑顔で手を振り返していた。


 それから。
 キャメルは、玉響がやっぱり少し様子が変だわと思いながら歩いていた。どこに行くつもりか知らないけれど、玉響が考えていてくれるだろう。
 なにより、腕を組んで歩くのが楽しくて、キャメルもこのまましばらくは歩いていたい気分だった。雪がひどくならなければ、一時間でも二時間でも歩けそうだ。
 彼女はたいていいつでも子供扱いで、誰かと一緒に歩いていても、手を引かれることの方が多かった。だから、腕を組んでいるのは新鮮だ。
 それにしても、玉響は何か言わないのかしらと、キャメルが流石に首を傾げたくなった頃。
「ボクの家は大した武家じゃないし、贅沢もさせてあげられないと思うんだけど」
「うん?」
「それでも、いいのかな」
「だって、タマちゃんは子供扱いしなかったでしょ。だから特別」
 宝物な人だとキャメルが言おうとしたら、玉響はそれより先にこう言った。
「ボクも特別。陽だまりのような君が好きだよ」
 だからずっと、一緒にいよう。
 二人は腕を組んだまま、のんびりと歩いて行った。

『ねえ、羅喉丸』
「人様のことに首を突っ込まないで、とにかく反省しろ」
 羅喉丸とネージュは、本日の反省会に忙しい。