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■オープニング本文 その日、ジェレゾの開拓者ギルドにやってきた人々は、ちょっと驚かされたことだろう。 「やあ、お嬢さん。踊りに興味はありませんか?」 無闇と派手な服に、目鼻立ちをくっきり際立たせる化粧。 どう見ても、そこらの店の人でもなければ、職人さんでも、開拓者ギルドの関係者でもない人々が、開拓者と見るや片端から声をかけまくっていたのだ。 踊りや芸事、曲芸に興味はないかと尋ねる彼らを、ジェレゾに縁が深い人なら知っているかもしれない。 彼らはジェレゾの下町では、そこそこ有名な曲芸団の面々だ。派手なのも道理、舞台衣装でのお出ましである。 曲芸団とは名乗っているものの、曲芸を一月やったら、次の一月は劇団になってみたり、その次の一月は吟遊詩人の一団だったりと、多芸な人々でもある。専用の劇場を持っていて、そこでほとんど一年中、何かしらの面白い出し物が見られるはずだ。 実は主力面子の他に、地方巡業中心の一座がジェレゾでの出稼ぎ先として加わるので、こうした多彩な演目が用意出来ている。 「いやはや、我々はとある筋から聴き込んだのですよ。皆さんが、儀の外でなにやら大変な戦いをしている真っ最中だとね」 「そんな中でも、ここに来れるあんたはきっと腕利き。ちょっと骨休めする時間があるんじゃないかい? ただいま、おいらたちは楽しい曲芸のご披露中だよ」 「来週からは、踊りに歌に手品にと、他国の芸人も招いての色んな芸が見られる月末の十日間なんだけど、ちょっと手違いで人が足らないんだよね。あんた、何かいい芸持ってないかしら?」 本日は、何をどう聞いたのか不明ながら、開拓者に慰労だと劇場の観覧券をお安くご提供中。 挙句には、来週からの演目で足りない人材を、急きょ募集中でもある。 しかし、宣伝はともかく、人の募集なら受付を通した方が確実だと、誰かが親切に教えたその時。 「こらーっ、開拓者を雇いたいなら、ちゃんと手数料と報酬を出せーっ!!」 開拓者ギルドから、受付の係員が飛び出してきて、こう叫んだ。 「見付かっては仕方がない。では、これで勧誘を続けさせてくれたまえ」 「それだけ派手にやって来て、何が見付かっては仕方ないですか。って、現物支給!?」 その後、開拓者ギルドには人材募集の張り紙と、『劇団の観覧券の無料提供・早い者勝ち』の殴り書き紙片が張り出された。 |
■参加者一覧 / ニーナ・サヴィン(ib0168) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / クロウ・カルガギラ(ib6817) |
■リプレイ本文 誰かがこう叫ぶのは、今日だけで三度目だった。 「誘拐だぁっ!」 今日だけで三度目。昨日は未遂が八回、なんとか実行に至ったのが四回もあって、皆はもう誘拐騒ぎに慣れていた。 「また? 随分ともてるわねぇ」 だから本日の夜公演に向けて、ハープ「歌姫」の弦の具合を見ていたニーナ・サヴィン(ib0168)が顔を上げなかったとしても、彼女を責めてはいけない。 更には、 「おぅい、そのパンダは怒らせると怖いぞー」 誘拐犯に向かって、愛馬プラティンの毛にブラシを入れていたクロウ・カルガギラ(ib6817)が、冗談半分で声を掛けたのも無理のないことだった。 なにしろ誘拐犯ときたら、せいぜいが十三、四歳の男の子を筆頭に、子供ばかり五人ほど。いやに手際よく抱えて行ったなあと思っても、悪ふざけだと信じて疑わなかったのだ。 しばらく後。 「今回は本物だったのっ! 目付きが違ったでしょ、目付きがぁっ!!」 どこからどう見ても可愛らしい子パンダこと、ラ・オブリ・アビスでそう見えるリィムナ・ピサレット(ib5201)がぷんすか怒りながら、子供を手先にした窃盗犯を一網打尽にして戻ってきた時は、誰もが少しばかり驚いた。 てっきり、ここ二日の騒ぎ、パンダの愛らしさに目が眩んだ子供達のお菓子で釣って持って帰ろう事件とか、愛娘の土産にしたいと手を出した困ったお父さん事件、はたまた求婚の贈り物に欲しいとごねる青年貴族事件あたりと大差ないと思っていたのだ。リィムナもそんなのが続いて、ちょっと油断もしていたらしい。 実行犯が子供だったので更に騙されてしまったが、クロウには別の言い分もある。 「しかしなぁ、ほら、最初に追いかけたら別の騒ぎになったし」 一番最初だけは、いきなりパンダを抱えて走り出した少年少女達を本気で追いかけたクロウは、その勢いだけで相手をビビらせすぎて悲鳴を上げられ、不審者扱いされたのだ。彼もそんな目に、何度も遭いたくはない。 「次からは、こっそり付いて来てよ」 お客の前では絶対に人語は口にしないリィムナだが、流石に本物の事件は御免だと事の次第を細かく説明はしてくれた。まだまだぷんすかしているので、ニーナが官憲からご褒美にと差し入れられた果物を剥いてやっている。 「リィムナちゃん、林檎がうさぎさんにむけたわよ〜。はい、どうぞ」 「あーん」 もちろん官憲の皆さんも、リィムナが開拓者で本物のパンダではないと知っている。しかし果物を持って来たのは、女の子はこういうのが好きだろうと思ったのか、それとも見た目がパンダでついやらかしたのか。 そう考えてしまったクロウは、当然ながらそれを口に出しては言わなかった。言ったが最後、パンダの華麗な跳び蹴りを食らう羽目になる。いい宣伝になったかもとは、思っても顔にすら出したらいけないだろう。 そうしても、後で投擲攻撃されたのだけれど。 異国風味の珍しい歌に踊りに、あれやこれや。 そんな十日間と銘打たれた興行の初日は、色々と悲鳴が響く日になっていた。 最初の悲鳴は、甲高い。 「ぬいぐーるーみー」 「ぎゃー、動いた!」 小屋の入り口、木戸銭を受け取る人がいるはずの場所に、白と黒のころんとした生き物が寝っ転がっている。体の大きさからすると子供らしいが、これがなんだか知っている人はジェレゾと言えども多くない。集まった子供達は、なかなか手の届かない台の上にいる白黒の存在を見上げては、やいのやいのと言葉を交わしていた。 そのうちに、それがあくびをしたので、怖がっているのと面白がっているのと半々の甲高い悲鳴が響いたのだ。 「おっ、これはパンダだな。泰国の珍しい生き物だぞ」 そのうちに、誰かが親戚か近所のお兄さんを連れて来て、彼らにその存在の名前を教えてくれた。風体と語り口からして、儀を渡る船乗りだろう。説明は多少大げさだが、嘘は入っていない。 「あら、人がいっぱいね。あと一時間で木戸が開くから、ぜひ見に来てね」 集まっていた子供達が、この生き物は葉っぱだけ食べるのだと聞いて、物珍しそうに頭を撫でているところへ顔を出したのは、すっかりと舞台衣装に着替えたニーナだった。異国風、正確にはアル=カマル風に装った彼女に、子供達は目を輝かせ、お兄さんは少々鼻の下が伸びている。 「そろそろリィムナちゃんも、舞台の衣装にしましょうよ」 人好きのする笑顔を振りまきつつ、ニーナがパンダに声を掛けると、白黒の生き物はすたすたと小屋の中へ。なんて頭がいいんだろうかと子供達は感心しきりで、なんとか公演を見たいと家へ取って返し、何人かは家族で見に来ることに成功した。 しかし。 見るからに異国の吟遊詩人、実はジルベリア旅芸人一座出身のニーナの演奏の間、延々と舞台の端で丸くなって寝ているとしか思えないパンダの姿に、期待外れでむくれていた。それだけでも可愛いじゃないかと、初見の家族はたいていが満足していたが、動いたらもっと可愛いのである。 そこはそれ、綺麗な吟遊詩人のお洒落に視線がいったり、とりあえず顔を眺めて嬉しい大人と子供の違いだ。もちろん演奏にも、大人は聞き入っている。 パンダに心奪われ、恋歌にはまだ反応が鈍い子供達が立ち上がったのは、ニーナの曲がジェレゾの子供ならだれでも知っているものに変わったから。しかもこの曲は、ついつい体を動かしたくなる旋律でもある。 やがて、歓声が上ずって悲鳴にしか聞こえない声が上がった。 すんなりと後足だけで立ち上がったパンダが、音楽に合わせて身軽に踊り出す。最初は左右に揺れているだけの簡単に動きで、幼児から年かさの子供達まで一緒になって踊っていた。ここまでは、きゃっきゃと歓声が上がっていた。 それが悲鳴に転じたのは、パンダが突然軽業師もかくやという身のこなしで、前回り、後ろ回りの宙返り、側転も手を使ったり使わずに、身軽に飛び回り始めたからだった。階段式の座席から転げ落ちそうな子供もいて、親達は大慌て。 床でくるくると頭や背中を支点に回り出したパンダに合わせて、途中からはニーナが踊に加わった。こちらはジェレゾの祭りのものを、跳ねてはくるりと回る動きを多くしている。衣装が薄い布の重ね着で、ふわふわと広がる裾が開いた多弁の花のようだ。 そんなニーナがパンダの両手を取って、力を入れたとも見えないのに宙に放り投げた。突然のことで、落ちると顔を覆った子供もいたけれど、実際はそうならない。 「はい、空も飛べるパンダさんですよ〜。皆さん、目を離さないでね」 きらきらと輝く羽根が付いたパンダが、宙から一つずつ紙に包まれた大きな飴を投げ始めた。無造作に投げているように見えて、実は子供の一人一人に取りやすいように放っている。それでも見入ってしまって、飴が取れていない子供は多かったが。 初日はそんなこんなで、空飛ぶパンダが話題をかっさらっていた。この後の、クロウと空飛ぶ馬プラティンの華やかな馬術も掠れている。 そして、度々のパンダ誘拐騒ぎが起き始めたのだ。 二日目の早朝。 クロウは、しばらく踊っていなかった故郷の踊りを劇団の人々に披露していた。男女で踊るものは、多少なりとアル=カマルの知識があるニーナが相方だ。 いや、知識だけならリィムナもあるのだが、そもそもの身長差がある上に、パンダ姿に見えるのでは踊りの相手にはなりにくい。よって手拍子で参加してもらう。 「なんで、武器を持って踊るんだい?」 「遊牧民の男は、一人前になるとこういう曲刀を作るか、一族の年長者から譲ってもらうんだ。それを掲げて踊るのは、まあ‥‥勇敢さなんか表現かな」 「でもそれ、だいぶん大きい刀よね。皆、もう少し小ぶりのをさしてたでしょ。たまに女性がそんな大きさを持ってたけど、あれは特別だったのかしら」 「ジンや護衛仕事に就く女性だろうな。あ、そこは左に回る」 音楽はニーナが手本を示して、後は地元の面々が聞き覚えて演奏し、踊りも段々と見覚えて皆が加わってくる。後日の演目に加えるためだと、勉強熱心だ。クロウは本職ではないから、自分の部族や近隣の祭りの円舞くらいしか知らないが、随分珍しく見えるらしい。 本当はプラティンとの、曲乗りまでこなす息の合った騎乗技術こそ真似してみたいが、幾ら何でもこればかりは一朝一夕には無理である。飛ぶところは別にしても、やはり普通の馬とは身体能力も知能も翔馬は桁が違うのだ。 よって、踊りの教授となっているのだが、クロウの得意はやはり騎乗動物の扱いにあった。ひとしきり踊って見せたところで、練習する人々はその場に残して、厩舎へ移動する。 「この馬なら、少し訓練すれば手綱なしでも走るんじゃないか。難しい動きは無理でも、体格もいいし、かなり速度が出せるだろ」 「そうかい? だけど、走るだけじゃなぁ」 「乗り手が何かすればいい。他にも馬がいれば、色々出来るんだけどなぁ」 広い場所なら、全力疾走する馬をぴたりと並べて、乗り手がその上を移動するのは熟練を要するので、遊牧民でも誰もが出来る訳じゃないとかなんとか。本当に色々と説明し始めたクロウの話を聞いた団員は軽業師で、 「俺、素直に上で軽業やる修行する」 遊牧民はとてつもない騎乗民族だと、後で仲間に語っていたらしい。クロウはそれほどでもないのにと、本気で思っているようだ。 この日の午前の公演が終わったあたりから、ニーナに花や菓子がちらほらと届くようになり、夜の公演から騎士や貴族と思しき、今まであまり見なかった客層が目立ってきた。 パンダは、やはり時々誘拐されている。近所の子供なら、少し相手をして戻ってくる。 そして波乱の三日目の翌日。 ニーナは知る限りのアル=カマルの勇壮な曲を、片端から弾き続けていた。まだ他の皆に教えていない曲まで出したので、合奏になったり、突然独奏に戻ったりと不自然極まりないが、お客は誰も気にしていないだろう。 後になって、あまりにわーきゃーと声が響くので、また官憲の皆さんが様子を見に立ち寄ったと聞かされて、ニーナもさもありなんと思ったものだ。 「あらぁ、翔馬ってあんな低い位置も飛べるのね」 小声で感心したのは、プラティンが舞台の上一メートルもない辺りを横切り、客席間近で綺麗に天井まで飛び上ったからだ。体がかなり斜めに傾いでいたが、手綱がないのにクロウは顔色一つ変えずに跨っている。 暴れ馬よろしく入場するプラティンに、さっそうと飛び乗ったクロウが、それは見事な足捌きをさせて見せると言うのがどこから広まったものか。一昨日から、馬に縁がありそうな人達が顔を出すようになっていた。 翔馬を操るクロウが只の曲乗り軽業師でないことは素人にも分かるだろうが、アル=カマルの砂迅騎ならではの馬術は珍しいのだろう。どんなものか見てやろうといった雰囲気を、ニーナは感じ取っていた。 彼女も異国の吟遊詩人と思われているので、衣装も化粧もそれらしく仕上げてあった。髪型だけは、ジェレゾの最近の流行とアル=カマルで長らく親しまれているものを適当に組み合わせて、少しばかりのジルベリアっぽさを加えてある。こういう場ではまるきりの異国風より、その方が人目を集めやすいのは経験で承知している。 だが、今は人目を引くのはまず無理だ。舞台では、ニーナの手でこれまたアル=カマル風に飾られたリィムナ・パンダが、ナディエの技で柱へ梁へと飛び回り、クロウに飴玉を投げ付けていた。飴玉とはいえ、どう見ても攻撃的。ものすごい勢いで飛ぶそれを、しかしクロウは片端から受け止めて、客席の子供達に撒いてやる。 そうかと思えば、舞台の上でコサックダンスを踊るリィムナ・パンダの足拍子に合わせて、プラティンも踊るような足取りで斜めに移動。舞台の端にいるニーナ達には、絶対にぶつからない位置でくるりと方向を変えていく。クロウが指示を出しているのか、プラティンが判断しているのか知らないが、客席の反応で今のはすごいんだなと彼女にも伝わってくる。 やがてリィムナ・パンダが下がって、プラティンが舞台の外周を目を見張る速度で走り出す。ニーナ達の背後を通り過ぎる時も、風を感じる速度だ。 「髪が崩れる〜」 「そんなやわな結びにはしてないから」 あんまり勢いが良すぎて、実はまだ練習始めて間もない天儀の三味線を必死に弾いていた劇団員が小声で嘆いた。彼女や他の面子の髪や化粧は、ニーナが指南してやったものだ。アル=カマルや天儀の流行に、リィムナから泰国の基本も色々と教えてもらい、一人として同じ髪型、化粧にはしていない。それだけ凝ったので、崩れたらクロウが恨まれるだろう。 そんなこととは露知らず、クロウはプラティンの背中に立ち上がって曲乗りを始めていた。鞍もついていないから、客席がどよめくかと思いきや。 「きゃー、素敵ーっ!!」 黄色い声援が上がっていた。しかも一か所ではない。他のお客は、あんまり声援が嬉しそうで、笑ってしまっている。 演奏がなくても誰も気にしないかもとは感じたが、クロウから頼まれていた曲を弾くのはここだと、ニーナはハープを支える腕に力を込めた。曲の最高潮で、また飛び上がったプラティンの背からクロウが滑り落ちたように見えた時には、手が止まるかと思ったが。 「あれ、かっこつけだったよね」 「先に言っといて欲しかったのは確かね」 するりと舞台上に降りて、お客に挨拶したクロウに対して、公演がはねた後のリィムナとニーナの最初の言葉はこれだった。 だが、この日の公演後に届いた贈り物の大半が、パンダと翔馬主従を従えるように剣舞を踊ったニーナ宛てだったのは、多分クロウの馬術を見に来た青年方の為だったろう。 さて、本職でもあるニーナは当然、そうでないクロウとリィムナもすっかり舞台になれた一週間目。 「ふーん、器用なもんだ。こんな感じかな」 「ちょっと違うね。ここのところは、その結び方じゃ解けちゃうよ」 大量のリボンを花の形に結んで、髪飾りを作る手伝いをしている二人は、ニーナからわざと離れた場所に座っていた。 「じゃあ、今日は天儀風にしようか。お化粧は昨日やったとおりだから」 すっかり劇団の女性陣と仲良くなったニーナは、衣装の色合わせや着方、崩し方、化粧の仕方と様々な情報交換に余念がない。それだけならいいのだが、何故だか彼女あてに送られてくる大量のリボンを使って、パンダのリィムナのみならず、クロウとプラティンも飾り付けようとするので、過剰装飾は動きにくいと二人とも彼女の視界に入らないようにしていたのだ。 だが、しかし。 「クロウさん、今日は雰囲気が違うのがいいよ」 「リィちゃんも、パンダだからって気を抜かないの」 「ぬ、抜いてないよぅ」 「アル=カマル風が売りなんだから、着流しはいらないだろう、着流しはっ」 別にニーナが熱心なのではなく、他の女性陣が首謀者なので、 「二人とも、諦めが肝心よ?」 ニーナに諭された。 日々見た目が華やかに、また演目も派手になっていくと話題の舞台は、もうちょっとだけ続く。 |