魔の森炎上
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/28 09:37



■オープニング本文

 雨など一年に一度降るかどうかの、辺境の砂漠。
 オアシス以外で植物のある土地はないはずの場所だが、ここだけは違う。オアシスから離れて、不気味な色合いの木々を茂らせる魔の森が未だ存在しているからだ。
 それでも、大アヤカシが滅ぼされた後の魔の森は、少しずつ勢力を削られていた。
 異様な植物と、それに姿を似せた植物型のアヤカシ、居場所を移す知恵のない蟲や泥濘型のアヤカシ達が巣食う森は、王宮が派遣する軍や、彼らと対立する立場の遊牧民独立派の活動で、端から刈られ、焼かれている。
 いずれはその姿が消えて、はるか昔の王都の遺跡が現れ、更に未来には人の住む土地になる。それは、どんな立場の者であろうと、魔の森に立ち向かう人々に共通する思いだった。

 夏の終わり。
 魔の森の何処かから、火が上がった。一か所ではなく、何か所も。
 乾燥しすぎた森の木が自然発火したものと推測され、魔の森を刈っていたはずの人々は消火に走り回った。
 ただ燃えるだけなら、そのまま全て燃え尽きるまで放置したい。けれども、瘴気に満ちた魔の森の木々が燃え、その煙や灰がオアシスに流れ込むと、住人や家畜、畑にいかなる被害が出るものか分からない。
 しかし。

「今の季節、こちらの方角に風が吹くことはまれらしい」
「あまよみの術者がいれば、急な風の変化にまごつくことはないか」
「ならば、いっそ」
「炎の誘導に、アヤカシ退治、風が変わるなら住民の避難もさせねばならないが‥‥」

 季節風は、オアシスから魔の森に向かう。
 そして天候は、あまよみで予測が出来る。
 このまま風が吹く方角を変えないなら、魔の森が燃え続ける限りは燃やしてみようかと、日頃は意見が対立しがちな王宮軍と遊牧民独立派が、珍しく手を組んだ。

 燃え続ける魔の森周辺は、未だ瘴気が濃い地域。
 活動出来るジンの数が限られると、開拓者ギルドに支援を求める使者が訪れた。




■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
レムリア・ミリア(ib6884
24歳・女・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●一日目
 魔の森が炎上したと聞いて、そのまま全部灰になればいいと思った開拓者は多い。そうなれば瘴気を祓って、跡地の利用も出来る。
 けれども、その前に片付けねばならない問題があることを、クロウ・カルガギラ(ib6817)やケイウス=アルカーム(ib7387)、レムリア・ミリア(ib6884)はよく知っていた。
 アル=カマルでは、定住民と遊牧民は利害が対立しやすい。特に魔の森跡地に独立国を作ることを目的とする遊牧民の独立派と、国の分裂に反対する王国軍とは、それ以前からの対立も多々あって不仲である。
 今は魔の森の消去を同一の目的としているおかげで、直接角突き合わせることは控えている。今回の火災は何が起きるか分からない点で危険なことだが、これを機に両者の間が少しでも縮まってくれと、ケイウスやクロウは期待していた。
 それと同時に、どちらも大半が男の大所帯にやって来たレムリアや雁久良 霧依(ib9706)、椿鬼 蜜鈴(ib6311)、北條 黯羽(ia0072)、柚乃(ia0638)といった年ごろから妙齢の女性陣にいいところを見せようと浮かれている姿には、苦笑を禁じ得ない。
 しかし。
「失礼しちゃう」
「そうか? まとわりつかれなくて、かえっていいぞ」
 同じ女性でも年少のリィムナ・ピサレット(ib5201)と、名前と口調と服装とで性別誤認された様子の宮坂 玄人(ib9942)とは、正反対の感想を持って、無闇とちやほやされている仲間達に大変そうだなという視線を向けていた。柚乃以外は男あしらいに慣れているから、心配はしていない。
 とはいえ、いつまでも彼らを浮かれさせている場合ではない。
「ほらほら、とっとと仕事しようぜ。そこでいいとこを見せてくれるのが、開拓者を口説くには有利だよ」
 笹倉 靖(ib6125)が顔合わせで集まったはずの二勢力に、冗談を混ぜた言葉を掛けた。柚乃が力強く頷いて、
「お話しするなら、お仕事が一区切りしてからです」
 仕事に邁進したい姿勢を見せたので、やっと話が先に進み出す。
 実際には、自己紹介と称して話し掛けられている間に、延焼地域の監視に使用している物品や合図を蜜鈴と黯羽が聞き出し、物品の管理と負傷者の回収や手当の方法と責任者をレムリアが自前の手帳に書き込み、霧依が必要な品物の給付を受ける手段を確かめている。ちゃんと話し合いが始まった時には、もう話し合うべき事柄の半分くらいはまとめられている状態だった。
 後は勝手に汲んだら怒られる水の補給場所と、万が一に今と逆方向に風が吹いた場合の対象方法を相談して、まずは現場確認方々、監視に出ることになった。


●二日目
 拠点とするオアシスから魔の森までの距離は、普通に歩くならけして近くはない。ただ強風が吹けば、遮るもののない土地故に、火の粉や灰が届くのは間違いがない。
 季節柄、風はオアシスから魔の森の方角に吹いて、滅多に変化することはなさそうながら、もしも変わった時の対処はこれと明確に決まっていなかった。
 瘴気に耐性が強いジン以外を避難させるにも『どこへ』という問題がつきまとう。柚乃がオアシスの住民の故郷を守るのだと自分に言い聞かせていた通りに、彼らの生活まるごとを移動させるのは難しい。農地もあれば、家畜もいるのだ。農地があったかと緊急時には避難を考えていたクロウが肩を落としたが、笹倉が妙案を出した。
「王宮軍のでかい天幕、あれがい〜感じに使えると思うんだ。濡らして被せれば、飛び火も防げるしさ」
 ある限りの天幕や資材梱包用の布を濡らして、農地を覆うのはどうか。全部が無理なら優先順位は住人につけてもらえばいい。
 口調はいささか間延びしていて、真剣さが足りなくも聞こえたが、提案そのものは実行可能だ。それで当人と腐れ縁だというケイウス、それにレムリアと柚乃の四人が、オアシス内の農地面積と使用出来る布等の確認で、オアシス内を歩き回っていた。
 ちなみにレムリアは開拓者一行とオアシス、独立派、王宮軍との連絡調整に物資の供給、補充の担当を志願。そんな彼女が、貰ったオアシスの地図に書き込んでいるのは、農地などの情報ばかりではなかった。
「人家が点在しているから、もしもの時はどこかに集まってもらう方が安心かしらね」
「そうしてもらえれば、柚乃も結界が張りやすいのです。お天気は予想をしてもらえるので、事前に警戒出来ると思いますけれども」
 アヤカシの侵入対策に、柚乃がオアシスの各所に張る予定の結界、護衆空滅輪の位置を記録する。柚乃はアヤカシの侵入警戒にも使えると考えていたが、それはすでにムスタシュィルで対応出来ていた。練力はいざという時の結界に温存をと願われ、より完璧に近い発動箇所の確認に余念がない。
 幸いにケイウスが精霊の聖歌で使えるから、オアシスで瘴気感染を起こす可能性は限りなく低い。けれども拠点の安全は、出身や所属を問わず全体の精神状態にも反映する。対策は一つでも多い方が良いに決まっていた。
 そんなわけで熱心に地図と実際の様子を見比べる柚乃やレムリアに対して、ケイウスと笹倉は力仕事をしていた。オアシスのあちこちに、旗を立てて回っているのだ。
 これはケイウスの発案で、オアシスと魔の森の間、オアシスから多くの人々が見えるぎりぎりの距離には、昨日のうちに竜旗を立ててあった。火災地域近くの風は渦を巻くことが多いので、僅かな変化も目に見えるようになる。
「この旗はどこから出て来たんだ?」
「さっき、ここの子供が作って持って来たから活用してる」
 オアシスの中に何本も旗がなくても良かろうとは、二人とも思わなくもない。だが旗は見て分かりやすい対策なので、土を掘って旗を立てる作業を繰り返していた。そうして魔の森の方角に風が吹いているのを見れば、幾らか安心するのは事実である。
 瘴気祓いでも期待されるケイウスは、笹倉が水源地を眺めつつ、もしもここが汚染されたら、親友をど真ん中に叩き込んで精霊の聖歌を使わせようと思い付いていたことには気付きもしなかった。

 同じ頃の、魔の森の際では。
「そうか、水が使えないのは厳しいな。だが、この天候では仕方がないか」
 オアシスには水がふんだんにあるので、ここが砂漠だと失念していた。そう反省しきりの玄人の肩にぶら下がるように、上級人妖の輝々が心配そうに目の周り以外は布を巻いている相棒を見上げていた。輝々も、他の人々もだいたい同じ格好だ。
 他の開拓者と違い、飛行型の相棒を連れていない玄人だが、ここまではクロウの翔馬プラティンに相乗りさせてもらって移動してきた。クロウが頼むので致し方なく乗せたと、つんとした態度のプラティンに輝々がむっとしていたが、体力消費が少ないのはありがたい。なにしろこれからの仕事は、相当な力仕事だからだ。
 クロウに独立派の遊牧民も王宮派の兵士も混じって、やることは伐採である。オアシス側から、どちらの勢力も伐採と焼き払いを併用して魔の森を削り取っていて、最もその勢力が大きかった時に比べれば、その領域は随分と後退している。それでも人との距離は遠いに越したことはないので、まだ火災が起きていない地域を危険域から切り離しに掛かるのだ。
 どうせ火事から逃げてくるアヤカシを退治するなら、迎え撃つつもりで森に入っていた方がいいとか言う乱暴な意見に賛成した訳ではない。クロウも流石にそういう連中には警告をしていたようだ。
けれども燃えた後の灰に水を掛けてもすぐ蒸発するのと、そもそもの水量が限られて無駄遣いは出来ない事情で、灰が舞い上がらないようにするのは難しい。オアシス近くで火や灰を出さないようにするのが、玄人やクロウ達の本日の役割だった。
『瘴気がすごいんだから、無理したら駄目だよ』
「戦うより、よほど楽な仕事の気がするぞ」
 当然、アヤカシの警戒も含んでいて、作業に直接関係しない輝々は見張りの中心となる。労役馬の扱いには拒否を示したプラティンの鞍の上で、魔の森の奥、時折炎の音が聞こえてくる方角を睨み始めた。
「木を倒す場所を、間違えるなよ。ここから東西に広げていくからな」
 これは他の儀では森林火災の鎮火方法にも使われる有効な方法だが、間違えたら元も子もない。それと所属勢力違いで諍いを起こしたら、ただじゃ済まさんとクロウが凄んでいる。彼より年長者は幾らでもいるのだが、勢力間の諍いとなると部外者には子供っぽいとしか見えない事柄でも意地を張り合う。
 おかげで、アル=カマル出身でも第三者の立場にあるクロウに叱られる羽目になっていた。顔には出さないが、玄人も大変だなと思っていた。もちろん、クロウがである。
 しかし、彼は現在強気だった。
「作業を乱した奴が出たら、あの話はしない」
 少し前、ひょんなことから神の巫女に直接目通りする機会を得たクロウは、皆からその話をせがまれていた。聞きたいなら、まずは目の前の難問を片付けるのが先と言い放っているのだけれど‥‥
「昨夜、リィムナが教えてくれたが、まずかったかな?」
「なに? 俺だって色々言いたいのを、我慢してたのに」
 同じ場にいたリィムナが、あっけらかんと開拓者女性陣に語っていたと知って、何かぶつくさ言いつつも作業に取り掛かっていた。


●三日目
 天候は、風も含めて早朝から安定している。龍や霊騎の類と違い、自己判断では飛んでくれない滑空艇を操るには最良の天気だ。
 残念なのは、眼下に広がるのは見目良い景色ではないこと。しかし、一昨日と昨日は幾らか動く姿があったが、今はもう炎に浸食される暗色の森があるばかりだ。
「これが全部植物のアヤカシだったら、あたしの歌で一掃できるのにな〜」
 もう一つ、リィムナにとって残念なのは、眼下の森が瘴気に染まった変種であるとはいえ、植物であること。本人の言葉通りに、もしもアヤカシならば綺麗さっぱりと消し去ることも可能な強力な術を彼女は持っている。
 初日は子供の大言壮語かと聞き流していた人々も、一度ならず、アヤカシの集団を一人で消し去って見せたリィムナの術と、それを支援する霧依の索敵眼、二人の滑空艇マッキSIとカリグラマシーンの操縦手腕とに、今ではすっかり脱帽していた。
「リィムナちゃん、そっちの方角は火が強いから、そのまま近付いたら駄目よ〜」
 器用に操縦と望遠鏡での索敵をこなす霧依が、火勢が強い場所に近付きかけたリィムナに声を掛ける。その向こう側の炎龍と空龍に気を取られていた彼女は、慌てて機種を巡らせた。そのまま半円を二度描いて、上手く霧依の隣に寄ってくる。
「ここのアヤカシ、蟲ばっかりでつまんないよ。人型は全然見えないね」
「そういう知恵がありそうなのは、念入りに潰したって言ってたものね。ああいう物言いの場合、話半分に聴かなきゃだけど」
 手ごわい敵がちょっと欲しいリィムナと、いつでも落ち着き払った霧依とは、魔の森の上空でのんびりとしか見えない会話を交わしていた。なにしろ男性にありがちな武勇伝の語り方と、他人が耳にしたら目を剥きそうな内容だ。
 しかも、その内容が的を射ているのが空恐ろしい。リィムナの耳年増度が少し上がる間、二人は視界の内の火災状況を確認してもいる。午後からは、どこの火勢を弱める算段をした方がいいか、報告するのも仕事のうちだ。

 昼からは、オアシス方向に移って来ていた激しい火を少しばかり弱めるために、蜜鈴が天龍の天禄の、黯羽が炎龍の寒月の、それぞれの背に砂袋を積み込んだ。三日目ともなると、相棒達も慣れたものだ。
 火事と言えば、天儀などでは水を掛けるのが一般的だけれど、アル=カマルの魔の森では砂を掛ける。水は貴重過ぎて無理だ。
 これを予想していた蜜鈴は、砂をまくにあたって完全消火はしないように心掛けていた。燃え過ぎなければよい、消えては困る。
 全部燃えればとは、水が使えなくて残念に感じている黯羽も同感だった。灰が湿れば風が出ても舞い上がらず、灰を何かに再利用出来るなら、運び出すにもまとめやすいと考えていたからだ。
「先に浄化してもらわなきゃいけないとは、面倒なことだね」
「あっさりすべてがうまく行くと、今度は土地争いが始まるしのう。アヤカシが時々出てきて、描き回されるくらいがしばらくは良かろうて」
 二人の担当時間に出たのは、掌大の蟻の群れだけ。これなら開拓者がおらずとも対処可能だ。蜜鈴の言う通り、今はお互いの理解を深めるための接触を増やした方がよさそうだと、黯羽も頷いた。慣習などの違いはあれ、二人にしたら、どちらもしつこいが可愛げはある男達である。たまにいる女性陣は、いずれもしっかり者だ。
 彼女達には、自分達がいる間だけでも完全鎮火はしないようにしてあると伝えておこうと、交代時間を見計らって戻った蜜鈴と黯羽は、良くない報せを告げられた。
 明後日、この近辺の風が荒れる。


●五日目
 普段は交代制の魔の森の監視も、今日ばかりは不測の事態に備えて、ジンは全員がいつでも移動出来る体勢を整えていた。その中で甲龍のブラック・ベルベットは担架を背に括りつけられ、他の龍が次々と飛び立つ中で待機を命じられていた。レムリアが立ち働くのを視線で追いかけ、時折唸るのは何かさせろとでも言いたいのか。
「ちょっとこれを踏んで、いいと言うまで動いたら駄目よ」
 天幕という天幕は昨日のうちに骨組から外されて、家畜小屋や農地の選ばれた場所を覆うのに使われている。風は昼から向きが変わり、あちこちから吹き寄せていた。重しが足りずにはためくところを、レムリアは自分の相棒に塞がせている。
 オアシスの住人達も、ほとんどが屋内に引っ込んだ頃。玄人は魔の森に作った防火帯まで辿り着いていた。上空を移動した柚乃も、他の何人かと一緒に地上に降りてくる。
「輝々、怪我人が出たら、すぐに治療するんだ。知らせて来なくてもいいからな」
『言わなかったら、無防備になるってば』
「ひとつだけ、結界を張っておきますね。その中なら少しは安心ですから」
 治療の間は周りを見ててもらわねばと、輝々はしっかりしたことを言う。ただし、玄人の足にしがみつくようにしているから、あまり恰好はよろしくなかった。結界を張って、いざという時は声を掛けてと言ってくれる柚乃を見上げて、飛ばされそうになっている。それくらいに、風が強まっているのだ。
 故に、輝々は柚乃の轟龍のヒムカの手綱に掴まって、その頭上から索敵に入った。高さがあれば、遠くまで見渡せるのは翔馬でも轟龍でも変わらない。
 その頭上、上空に広がった龍や霊騎、鷲獅鳥に滑空艇など、飛行型の相棒達は位置取りに苦労していた。それでも魔の森の上空で、熱に炙られているのは、
「うわ、今まで擬態してたんだ。真上飛んだのに、気付かなかったよね」
「そうね。でもこれで、空き地が作れるわよ」
 昨夜は天幕が借り出されてしまい、毛布数枚に二人でグルグル巻きになって寝ていたリィムナと霧依の滑空艇の下を、もぞもぞと動き回る草が居た。自力移動は出来ないようだが、今まで火災から辛うじて外れていたのが、この風の運ぶ熱に煽られて擬態を保っていられなくなったらしい。
 二人とも、少し開けた場所でアヤカシが逃げ込んでいないかと目視を繰り返した場所だったから、予想外の獲物の存在に、周りも念入りに確かめ始めた。すると、案外居る。
 この連絡が回り始めた時には、もう黯羽の氷龍が顕現していた。風と火災の熱とが絡んで、つむじ風を起こしたのを見付けざまに、式の吐く息で相殺を試したのだ。自然現象が相手で、どこまで効果があったものか分かり難いが、最初のつむじ風は冷気と共に消え失せている。
「火が残っている場所に、風が出やすいか。昨日、散々砂を撒いた甲斐があったな」
 火勢が強いままなら、今頃この高さを飛んでもいられなかったしと、黯羽が結果に満足して呟きを漏らしたちょうどその時。
 風で煽られて巻き上がった炎に、更に大きな炎がぶつけられた。こちらもすぐに火の高さは落ちたが、火種は地表に広がっている。
「蜜鈴!」
「なんじゃ? 火で火を消すのは、火消しの基本じゃろう?」
 それにしても周りには断れと、声を荒げた割には落ち着いている黯羽と違い、他の人騎は度肝を抜かれていた。が、蜜鈴も黯羽も意に介さず、あちらこちらで風と炎が巻き上がるのに、次々と相棒の首を巡らせていく。すぐに、皆もそれに倣い出した。
 派手なことをしていると、たいして驚きはしなかった男性開拓者の三人は、クロウが見付けた動くモノの姿に急行した。ケイウスの空龍ヴァーユと笹倉の轟龍赤紅は先陣を競う勢いだったが、ヴァーユは中空で突然速度を落とした。
「どうした、蟲型のアヤカシ‥‥あぁ、ま、あれもアヤカシだな」
 追いかけて来たプラティンの背から、クロウがケイウスに声を掛け、その円く開かれた目の先に動くアヤカシを認めて、少し嫌そうな声になった。
 けれども、ケイウスにはアレがとんでもなく強敵に見えるらしい。黒くててらてらとした外見の虫が、一メートルくらいの大きさになったアヤカシが。
 親友ならケイウスの苦手も知っていそうだが、赤紅の上で振り返った笹倉には彼が嬉しそうに見えたらしい。もしかすると、わざと言っている。
「ただの虫だろ、虫! 攻撃が音だからって、及び腰でどうするよ」
「いやさ、だってアレだよ、アレ」
 地上なら、後ろから尻を蹴飛ばす勢いで笹倉がケイウスを怒鳴っている。その間にも移動するアヤカシの群れに、クロウが銃弾を撃ち込みだした。範囲攻撃が出来ればよかったが、砂迅騎の得意分野ではない。地道にやらねばと、火の様子も気に掛け、親友同士の罵り合いも耳に入れつつ、銃を撃っていると。
 黯羽と霧依が、離れた場所から避けろと叫んできた。二人の声を元に、クロウも笹倉も、ケイウスもそれぞれの相棒を動かしたら、すぐ横を何かが通る。炎や壮絶な衝撃が。
「雑魚ばっかりだね〜」
「周りも見ずに、ちょろちょろするでない。巻き込まれても知らぬぞ」
 三人の背後から戦果をかっさらったリィムナと蜜鈴が、平然と次の敵を求めて移動していく。霧依と黯羽も、前後左右の警戒怠りなく、その後を追っていた。
「いやはや、お前も働け?」
 またどこからか這い出して来るアレに、銃撃を加えるクロウの視界の端で、ケイウスはやはり下を見ないようにしながら楽器を鳴らし始めた。位置の指定は、笹倉だ。
 ほとんどが開拓者の技である範囲攻撃の音は、防火帯にいる柚乃と玄人にも届いていた。攻撃が効果を上げているのか、アヤカシの姿は見られない。
「灰はどうなっているでしょう」
「風は‥‥まだ収まらないな。でも言われたほど強くもない気がする」
 輝々がそんなことあるもんかという顔をしたが、予報は砂嵐並になるかもと言っていたのだ。立っていられるなら、酷いとは言わないだろう。
 確かに風はオアシスまで僅かな火の粉と、砂と灰とを届けてきたが、各所に広げられた布の色が隠れるほどではなかった。全身を厚手の上着や布で覆ったレムリア達が、速やかにそれを集めて回る。後で浄化してもらってから、オアシスから出してしまえば、住人も安心するに違いない。

 しばらく後、風が止んでから二時間もしてから戻って来た人々と相棒達は、今日ばかりはふんだんに水を使って手足や顔を、相棒達は全身を洗いあげた。
「氷も作っておいたから、飲み物に入れたい人は遠慮なく使ってね」
 火災は種々の理由でまた勢いを増してきたが、風はまた二日間は、元の方向に向かう。
 依頼期間は残っているが、開拓者達も水を飲もうと動き出した。一休みしたら、今夜の見回りを誰かのするのか、くじ引きで決めることになっている。
 流石に今夜はぐっすり寝たいと、誰もが考えていた。