極彩色の鱗の群れ
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/07 03:27



■オープニング本文

 アル=カマルの首都ステラ・ノヴァのほど近く。
 からりと晴れ渡った空の下、焦げるような日差しをきらきらと反射する大きな河があった。
 周りにはよく手入れされた畑が広がり、そこだけを見ると大半を沙漠に覆われる儀とは思えない豊かな光景だ。
 それだけなら、平和な光景なのだが。

「こらーっ、そっちに舟を寄せるなっ。巫女様に失礼だろ!」
「そんなこと言ったって、船が勝手に進むんだよ〜」

 漁をしていたと思しき小舟が一艘、他の舟から離れていく。
 その船が向かう方、かなり先には屋根付きの豪華な装飾の小型船と、付き従う三隻の漁船とは形が違う舟がある。
 首都やその周辺の住人なら誰でも知っている、神の巫女セベクネフェルが舟遊びをする時に使う船と、その護衛船だった。
 今の時期なら川の上を吹く風で涼を取りつつ、両岸で働く人々の姿を眺めるのが目的だろう。
 セベクネフェルは温厚な人柄で知られ、自分の気晴らしで庶民の生活に影響が出ることを嫌う。舟遊びの際にも、交通を止めたりすることはなく、皆に感謝されていた。
 だから、船を見たら漁船や貨客船の類は川岸に寄った上ですれ違う時に、また両岸の人々もその場から巫女に一礼するのがこの辺りでの常識だ。
 それなのに。

「舟が止まらねえ、どうしよう?!」
「なあ、あいつの舟、下に何かくっついてるぞ。魚か?」
「他にもでかい影があるな‥‥あんな魚、この辺にいるか?」

 漁船は漕ぎ手の櫂捌きを無視して、小型船と護衛船の方にまっすぐに向かう。まだまだ距離はあるが、遮るものもない川の上、向こうも常ならぬ動きには気付いたようだ。
 そして、他の漁船と近くの岸では、川面の下に妙な影を見付けていた。

 ばしゃん

 魚が水面を跳ねるような音がして、空中に姿を見せた『それ』を見た人々は、口々に悲鳴を上げた。
 魚のようだが、極彩色の体は、この河にいる生物ではない。
 続いて跳ねあがったいずれもが、違う色と形をして、普通の生き物とは違う特徴を備えていた。
 誰の目にも明らかな、アヤカシの群れである。

「だ、誰か、街からジンを」

 呼んで来いと言おうとした漁師の前に、数人が現れた。

「あんた達は」
「通りすがりの開拓者、かな?」




■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
焔翔(ic1236
14歳・男・砂
シマエサ(ic1616
11歳・女・シ


■リプレイ本文

 ぽかんと口を開いて突っ立っていた焔翔(ic1236)が、目にも止まらぬ早業で膝を折られ、頭を押さえつけられて、地面に平伏していた。
「うわ、今の面白〜い」
 借りた服の裾をばさばささせながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)が正直な感想を漏らしたら、クロウ・カルガギラ(ib6817)にものすごい険しい目付きを向けられる。
 しかし、今の早業は一種芸術的な動きで綺麗に目的が達せられ、素晴らしい見物だったと思っているリィムナに気後れなどない。今の面白いは褒め言葉だとばかりに、ふんと胸を反らした。
 傍らでは、シマエサ(ic1616)もクロウの妙技に思わずといった様子で拍手を送っていた。こちらもリィムナ同様に借りた服。同様に睨まれて、目をぱちくりさせている。
「え? すごかったですにゃ」
「俺の心配してくれよー」
 すごいすごいと拍手を続けるシマエサに、焔翔が膝を強打したための涙目で訴えている。
「お前達はぁ」
 クロウの地を這うような声を止めたのは、上品な笑い声だった。


 焔翔がクロウに突き飛ばされるより、一時間ほど遡って。
「通りすがりの開拓者、かな?」
 周りの必死な視線に気圧されて、つい適当な言い方をした焔翔は、その襟首を砂迅騎の先輩であるクロウに力一杯引かれた。突然のことに、息が詰まってじたばたするが、クロウはまるで気にしない。
「ジンたる者、神の巫女を守るのは義務で使命だ! 悪いが誰か、船を貸してくれっ」
 朗々と声を張った彼を、わあと歓声が包んだ。岸に戻っていた舟のどれもが自分のを使ってくれ、または手を貸そうと申し出たが、クロウは冷静だ。
 さっと、あと二人の依頼同行者、シマエサとリィムナを見やり、二人がにぱっと笑い返したのを確かめると、四人が乗るのに良さそうな船に目を遣った。
 しかし。
「あ、私は水蜘蛛で移動しますにゃ」
「あたしも! まずはあいつらの数を確認だね」
 依頼で出向いた街道も川沿いだったから、術の備えがあって何よりだと少女二人は元気に川岸に走り寄り、どの辺りから水面に入るか相談を始める。砂迅騎二人は、その間に最も小さな漁船を借りて、川面に漕ぎ出した。
 櫂は二人同時に手を伸ばし、焔翔が漕ぐことになる。
「先輩が攻撃した方が、早く終わりそうですからね」
「そう言われりゃ気張るが‥‥焔翔、舟を漕いだことは?」
「俺、陽州生まれだし?」
 語尾の疑問形はどういう意味だと、クロウは後輩を詰問したかったが、もちろん余裕はない。問題の漁船は徐々に神の巫女の御座船に向かっているし、あちらの船足は漁船より少し遅い。
 魚類アヤカシの速度が知れない以上、早急に根絶やしにせねばと、アル=カマル生まれのジンらしい思考で行動するクロウの耳に、何とも形容しがたい黄色い声が届いた。
「やっほー、河の真ん中あたりまでで、九匹いるよー。続きはちょっと待ってねー」
「向こうの船は、任せてほしいですにゃっ」
 楽しんでいるとしか思えない、弾んだ声のリィムナとシマエサが、水上を地上と変わらず走り抜けていく。アヤカシに操られている漁船にへばりついていた親子が、ぎょっとした顔でそれを見るが、クロウが開拓者だと叫ぶとがくがくと頷いた。
 確かにこの状況でいきなり水の上を走られたら、怪しいのが来たと思うかと、クロウは考えて‥‥すぐさま対アヤカシに気持ちを切り替える。
「とにかく見えてる奴から行くか」
「はいよー、先頭のからだね」
 漁船に先んじて、御座船の方に向かうのを先頭と見立てた焔翔が、力強く櫂を漕ぐ。手付きはいささかおぼつかないが、舳が水面を切って動く船は見る見るうちにアヤカシに近付いた。
「俺の出番、ないかもなぁ」
 クロウの射撃の腕前はもちろん、リィムナの呪いの凄まじさも、シマエサの身軽さも、終えたばかりの依頼で目撃している焔翔は、気楽な様子で呟いた。油断はしていないが、緊張もしない。
 水の上と、確かに地勢は不利だ。だがその程度で体が強張るような駆け出しではなくなっているし、やるべきことは明白に過ぎる。
「よっしゃ、一匹目!」
 射撃の反動で揺れる船の姿勢を、クロウの動きを先読みした体重移動で最小限にしながら、焔翔は自分の魔槍砲を肩と二の腕で支えつつ、櫂を操り続けていた。
 クロウが一匹を撃ち消したことで、アヤカシの意識は御座船から開拓者達に向けられてきている。

 別に相談した訳ではないが、シマエサとリィムナはアヤカシにへばりつかれた漁船の左右を挟む形で展開した。漁船を解放するにはアヤカシを退治せねばならないが、その最中に漁師二人が転落した場合に、救助を優先できる距離だ。
 この間に、一匹がクロウの射撃二回で消し飛ばされた。
「向こう側までの合間に、加えて四匹。全部で十三匹、十三体かな?」
「どっちでも気にしないですにゃん。どうせ」
 倒すだけだし。
 声が重なって、漁船の親子が不思議そうな顔で二人を見やっている。助けに来たのに、そんな変な顔をしなくてもとどちらも思ったが、確かに自分達の外見と頼りがいという言葉が結び付かないのは経験で知っていた。
 ならば、その目で見て理解してもらえばいいわけだが、今回は場所に問題がある。
「二人とも、頭を低くしててね。水鉄砲を飛ばしてくるのもいるかもしれないし」
 うっかり攻撃されても大変。でも自分の術を見て慌てられるのがもっと大変と、リィムナは人好きのする笑顔で親子に話し掛けた。彼女は慣れているが、確かに見た目が可愛い術ではないのだ。
 親子が漁船の底に這うようにうずくまったのを確かめて、リィムナは黄泉よりしい出る者を発動させた。途端に、川岸から悲鳴が上がったものだから、思わず。
「失礼しちゃう」
 正直な感想が、口から零れ落ちた。
 実は、川岸ではリィムナの術の姿を知らない人々が、新たなアヤカシの出現だとおののいていたのだが、流石にそこまではリィムナにもシマエサにも分からない。
「こいつ、引き剥がしますにゃ。そしたら、よろしくしても平気かにゃん?」
「だいじょーぶ、任せて!」
 リィムナが見える範囲のアヤカシを次々と瘴気に変えていく間、シマエサは漁船に張り付いた魚類アヤカシと丁々発止を繰り広げていた。見た目がコバンザメに似ているアヤカシは、習性も模倣したのか漁船に頭部を張り付けて離れない。
 シマエサも握った如意金箍棒で、突き、払い、叩き、押して、漁船からアヤカシを離そうとするのだが、なかなか成功しない。その間、左右に激しく揺れる船の上で悲鳴を上げつつ、親子はうつ伏したままで船にしがみついていた。

 漁船を挟んで、懸命にアヤカシを打ち払っていたリィムナとシマエサは、退治した数はきちんと数えていた。すべてリィムナの戦果だが、六匹または六体。
 かたや、こちらもクロウの戦果が五匹または五体。合計で十一体。
 残りは漁船にへばりつくコバンザメと、もう一体川底を移動する奴だと、リィムナは警戒していた。もちろんクロウと焔翔は、更に積極的に移動を重ねて、アヤカシを釣りだそうとしている。
 一人、シマエサが僅かに周囲への注意を忘れていた最中。
「足を踏ん張れっ!!」
 彼女の背中を、焔翔の叫びが打った。
 咄嗟のことでも、体は言われた通りに反応した。けれどもシマエサが踏んでいたのは土ではなく水で、真下から突き上げてくる存在を止めることが出来ない。元から前屈みだった彼女の体は‥‥漁船にかなりの勢いでぶつかり、上を飛び越えるように水面に落ちて行く。
「シマエサちゃんっ!」
 船の転覆は、反対側からもぶつかるように取り付いたリィムナがかろうじて食い止めたが、おかげでこちらも姿勢を崩した。水蜘蛛の効果は転倒すれば消えてしまう。
 なんとか漁船の縁を掴んで水から半身を浮かせ、水蜘蛛を掛け直したのはリィムナだけで、シマエサは水中に沈んでいる。否、アヤカシに足を掬われた時点で、水に飛び込む態勢を取ったのは、間近にいただけに三人とも見て取っていた。
 しかし、水中にはアヤカシ二体。一体は漁船に張り付いているとはいえ、もう片方に襲われれば、なまじ漁船二隻が近付いているだけに暴れられまいと、三人が懸命にその姿を水中に捜していると、
「       !!」
 激しく泡が上がって来た。同時に水の中とは思えない勢いで振られた如意金箍棒が、船底とアヤカシの間に差し込まれて、船底を軋ませながらアヤカシを引き剥がした。
 コバンザメが一旦少し沈み、妙な反動の後に浮いてきたのを、焔翔の魔槍砲が貫いた。銃声が遅れて響き、コバンザメともう一体のアヤカシが銃弾で消え失せた。
 もう一体も不自然に浮いてきたのは、シマエサが下に回って突き上げたからだと気付いた砂迅騎二人は、銃を片手に水面を覗きこむ。
「怪我はないか? まったく、無茶をして」
 ずぶ濡れで、でも怪我一つなく浮かんできたシマエサは、差し出されたクロウの腕を掴みつつ、何故か親子の船に乗り込んだ。そちらの方が広いのは確かだから、クロウも苦笑いして、乗り込みやすいように手助けしてやる。元気な彼女に挨拶され、親子もようやく人心地がついたらしい。
 この時には、リィムナはすでに周辺を水蜘蛛で走り回り、アヤカシの存在の有無を確かめ終えていた。
「あんまり手応えなかったなぁ。今回は、強すぎても問題あったけどさ」
 もうちょっとだけなら強くても良かったと、大半の開拓者は思わない感想は彼女ならではだ。それからふと思い立って、漁船が目指していた方向に向き直り、ぶんぶんと手を振った。
 巫女さまーとは叫ばなかったのは、彼女の仕草に両岸で見守っていた人々が大歓声を上げたからだ。いつの間にやら集まっていた人の多さに、ちょっと驚いたせいである。
 漁船がシマエサに焦がれて岸に向かい、もう一隻が自分に向かってくるので、リィムナは素直に船に乗って岸に戻ることにした。
 この後は、四人とも大事に至らなくて良かったと意見の一致を見たし、シマエサが力任せにアヤカシから引き剥がした漁船も壊れていないと確認できたので、改めて開拓者ギルドに報告に戻ろうと難しいことなど考えなかったが。
 当然、それで済むはずはない。

「さあ、どうぞ」
 緊急時に的確な対処を、依頼帰りだというのに行ってくれて云々と、小難しいことを述べる神の巫女の護衛隊からお礼を言われていたうちは良かった。だが、当の本人が直接労ってくれるとなってから、クロウはいささか挙動不審だ。最初に、うっかり見惚れた焔翔を体術でひざまずかせたのにはじまり、今は手ずから淹れてくれた珈琲を前に固まっている。
 かえってリィムナとシマエサの方が遠慮もなく、アヤカシ退治の様子を問われて面白おかしく話して聞かせている。それに聞き入る姿から、焔翔は感嘆の眼差しを反らさなかったが、流石にクロウの固まりっぷりに気付いたらしい。
「先輩、冷めるよ。すごい美味しいのに」
「それは分かってる」
「見ただけで分かるにゃ?」
「巫女様がどうぞって言ってくれたら、ただの水でも美味しいって言うかもよ?」
 薫りで分かると、リィムナをひと睨みして、クロウが珈琲の小さな椀を手にしたのを見て、セベクネフェルがにこりと微笑んだ。あまりに固まっているので、気分でも悪いのかと気をもんでいたらしい。
 だが、その後も話の大半はリィムナとシマエサが担当していた。焔翔も、自分は最後にちょっと仕事しただけだからと聞き役に回り、出されたお菓子を遠慮なく摘まんではクロウに手を叩かれたりしていたが。
「いや、焔翔が攻撃の力が増す術を使ってくれたから、アヤカシ退治も上手くいきました」
 途中から、クロウが焔翔、シマエサ、リィムナがお互いに気付いていなかったり、言わずにいた仲間への支援や漁師親子への気配りを説明し始めた。自分のことは言わないので、それは焔翔が補足する。
 そんなセベクネフェルとの面会の最後に、四人には王宮から河の安全を守ったと報酬が出された。上品に籠に収められた報酬をセベクネフェルの前で差し出されては、そんな気の欠片もなかった四人も受け取らざるを得ない。断って、神の巫女の表情を曇らせるなんてことは、特にクロウには出来ない相談だ。
 しかし、御前を辞してから『かえって申し訳ない』と思い悩んでいたクロウは、漁師達やその家族とがお礼に食事をご馳走したいと神殿前で待ち構えていたのに出くわし、
「よし、皆も今日は仕事にならなかったんだろう? 巫女様からのお振舞で、元気を出してくれ」
 残ったら、河の安全を祈願するのに使おうと言い出した。
「アル=カマル人って、皆、あんなにゃ?」
「先輩、すごく義理堅いからさ」
「一人でかっこよくなってずるーい」
 三人の言葉は、皆の歓声にかき消されて、クロウの耳には届いていない。