なつかぜ なう
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/18 00:29



■オープニング本文

 夏風邪は、ナントカしかひかないと言います。

「だからほら、この間の依頼の帰りで夕立に降られたのがね」

 どうしてそんな風に言うのか。
 多分、暑い夏に風邪をひくほど体を冷やすのはナントカだ、との戒めでしょう。

「熱はない、熱は。だから風邪じゃない」

 なにはともあれ、うっかりすると夏風邪は来ます。

「ちょっと鼻が詰まるだけだから。鼻だけ」

 鼻が詰まって、夜眠れなかったり。

「喉が痛いよぅ」

 喉が痛くなって、ご飯を食べるのが大変になったり。

「それでさ、げほげほっ、あーごめんね、うんそれでね、げほげほげほ」

 咳が出て、苦しくなったり。

「はー、辛い」

 色々な症状のせいで、ぼんやりしたりするのです。

「う、また熱が出た」

 もうこうなったら、横になっているしかありません。
 やらなきゃならないことがあっても、起きてなんかいられないのです。

「こら、寝てる場合かっ!」

 運がいい人なら、誰かが看病してくれます。
 違う人は、やっぱり働かないといけません。

「夏風邪なんて、ひくもんじゃないねぇ」




■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
露草(ia1350
17歳・女・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
二式丸(ib9801
16歳・男・武
エマ・シャルロワ(ic1133
26歳・女・巫


■リプレイ本文

 からくりさんは、もちろん夏風邪などひきません。
「熱暴走か。いやはや、からくりのことはからきしなので、理由が分かって安心した」
「たまにあるんですよ。でもあれですね、からくりを治してくれって駆け込んでくる人は珍しくありゃしませんが、熱を測って脈を取ったって人は初めてですよ」
「医者の家系なもので、ついね」
 自分より頭半分ちょっと小柄なからくりさんをおんぶして、エマ・シャルロワ(ic1133)さんはからくり技師さんに挨拶をして、工房からお帰りです。。背中の小月ちゃん、普段はエマさんからジルベリア風にリュネットと呼ばれるからくりさんは、こてんと頭をエマさんの肩に伏せたまま、動きません。
 どうやら今年は夏風邪が流行で、行く先々に逗留をしては、各地の医学を学ぶエマさんのお宿にも、噂を聞いて患者さんが駈け込んできます。
 今日も朝から何軒か、患者さんがいるお家を巡って、やっとひと段落したと思ったら、突然小月ちゃんがぱったり倒れてしまいました。エマさん、咄嗟にいつもの行動で、小月ちゃんの熱の有無や脈の異常を調べて‥‥しばらくしてからはっとして、からくりさんの修理を請け負う工房に駆け込んだのでした。
 理由が分かり、つまり人なら疲れて寝ている状態だからとにかく休ませてと教えてもらったエマさんは、小月ちゃんを背負って急ぎ足で宿にお帰りです。
 小脇には、職人さんに借りたからくりさんの状態異常に関する覚書がしっかりと挟み込んでいます。

 ところ変われば、品変わると言います。
 多分、からくりの特質も変わるのです?
「武蔵殿、からくりが風邪をひくなどという話は聞いた事がないのだが」
『いやいや、これは夏風邪でござる』
「しかし」
『風 邪 で ご ざ る』
 真夏だと言うのに、厚い布団にくるまったからくりさんの武蔵さんが、姫様と呼ぶ皇 りょう(ia1673)さんに、無茶な主張を行っています。
 ゲホゲホ、コンコン、ああ苦しいなどと、武蔵さんは忙しく夏風邪闘病中のふりをしていました。そう、『ふり』です。からくりさんだから、風邪などひくはずなんかありません。
 ならばなぜ、武蔵さんはわざわざ病人の振りなどしているのでしょう。
「からくりも病に掛かるとは、不勉強にして今まで知りませんでした。それで武蔵殿に苦しい思いをさせるなど、なんとお詫びすればいいものか」
『いえ姫様。家臣たる者が、このようなことでお手を煩わせるなど』
「何を言うのです。今日はゆっくり養生せねば。そうだ、栄養も必要ですね」
 風邪の看病には、額に濡れ手拭い、食事は粥と相場は決まっています。りょうさんはやるべきことを見付けて、忙しく立ち働き出しました。たらいを出そうとして、早速ひっくり返していますが‥‥
『これで、姫様の女子力も向上するはず』
 武蔵さんの野望は、まだ留まるところを知りません。

 別に女子力向上とは何の関係もなく、上級の羽妖精さんであるところのネージュさんは、木杓子で一生懸命お鍋をかき回していました。いつも羅喉丸(ia0347)さんが使っている時は、小さくて軽そうに見えましたが、自分で使うとなかなか重くてうまくいきません。
『こ、今度、市に行ったら、私用に色々買ってもらわないとっ』
 お鍋の中には、お粥がくつくつと煮えています。ちょっと水が多かった気がしますが、羅喉丸さんは喉が痛いようだから、固いよりはいいはずです。
 そう、羅喉丸さんは珍しく風邪で寝込んでしまったのです。昨日、夜遅くまでどこかの水路で賞金首を追い掛け回して、ずぶ濡れでくしゃみしながら帰って来たのがいけませんでした。疲れているからって、行水で済ませたのもまずかったとしか。
 だから、ネージュさんは羅喉丸さんがゆっくり休めるように、お料理を頑張っているのでした。風邪の時には、お粥を食べるのが良いと聞いていますし。作るのは、初めてですけれども。
『あ、魚が焼けた‥‥と思う。うん』
 お粥だけでは羅喉丸さんもおなかがすくと思ったネージュさん、塩漬け魚を一切れ、炭火で焼いているところです。これをほぐしてお粥に入れてあげれば、羅喉丸さんはさぞかし喜んでくれることでしょう。
 今度は自分用のお箸を使って、焼き魚をほぐしてみたら、いい具合に焼けていました。お粥も煮えたし、お食事の用意は万全です。
「へえ、ネージュが作ってくれたのか。ちょうど腹が減ったと思っていたんだ」
 寝ていた羅喉丸さんも、美味しそうな匂いで目が覚めました。出来立てのお粥と焼き魚のほぐし身に、にこにこしています。でもまだ熱があるのか、顔が赤いのです。
『お茶も淹れてきましょう』
 ネージュさんが満足そうに台所に戻るのを眺めながら、羅喉丸さんはほぐし身入りのお粥を食べ始め‥‥ちょっとむせました。お粥、塩加減バッチリで美味しいです。焼き魚、塩漬けでした。合わせると、少ししょっぱい。
「まあ、汗もかいたし、この位ならいいか」
 ネージュさんが土瓶いっぱいにお茶を淹れてくれたので、羅喉丸さんはお粥を食べ続けています。

 夏風邪はバカがひく。
 はっきりきっぱりそう思っていました。ええ、昨日までの叢雲・暁(ia5363)さんは、お友達の誰かが夏風邪をひいたら、大笑いしていたことでしょう。
「あ〜、暑いからって、贅沢はやりすぎるもんじゃないねぇ」
 今日からは、笑ったりしません。夏風邪は、油断するとひくのです。
 昨夜、暑くてたまらないし、闘鬼犬のハスキー君も苦しそうだったからって氷を寝床に満載して、一緒にごろごろしている内に寝てしまったのがいけません。暁さんは、熱が出て、背筋がぞくぞくして、時々咳がげいんげいんと出る、苦しい状態になっていました。
 もう、げほげほなんて可愛いもんじゃありません。咳の出方もおかしいのです。
「お水‥‥ハスキーく〜ん? あれ、いないのかな」
 さっきまでは、びしょ濡れの寝茣蓙を外に干したり、お布団を敷いたりとせっせと働いてくれたハスキー君の姿が見えません。
 お水と、元気を出すために何か飴でも取ってもらおうと思っていた暁さんですが、自分で起きるのはだるくて無理。ハスキー君が戻って来るまで、じっと我慢の子です。咳をすると喉も痛いので、早く帰ってきてほしいのですが。
 暁さんはこんな状態なので、お財布がなくなっていることにはまだ気付いていませんでした。

 先程、露草(ia1350)さんのおうちからは、悲鳴が轟き渡りました。響くなんてもんじゃありません。すごかったです。
 今は静かな露草さん、どうも相棒の天妖さん衣通姫ちゃんが、ぱったりとひっくり返ったのに驚いたみたいです。ご近所の皆さんは、露草さんの声に、何事かと慌てて家を飛び出しましたが。
 なにはともあれ、天妖さんだってたまには風邪くらい引くかもしれず、露草さんは看病に明け暮れているのです。
 しかし。
「この、どうしても浮いてしまうのは、どうしたらいいのでしょう?」
 畳の上には、小さなお布団。そこは衣通姫ちゃんが寝ているべき場所です。しかし、どういう訳か、衣通姫ちゃんはさっきから寝たままでぷかぷか浮いているのでした。おなかの上には夏掛け布団、姿勢は横になったまま、たまに鼻をぐずぐず言わせながら、ぐっすり寝ているのに。
「背中が蒸れなくていいかしら? でも、体が冷えないかしら」
 風邪の時に背中を冷やすと良くないしと悩む露草さんには、もう一つ切実な問題がありました。今日は買い出しの日だったのです。衣通姫ちゃんも一緒に、色々足りないものを買いに行こうと計画していた日。
 つまり、おうちには食べ物がほとんどありません。衣通姫ちゃんを残して買い物に行っても平気なのか、それとも塩味お粥だけで耐え忍ぶべきか‥‥
「だ、大問題です」
 そうなのです。

 生真面目で努力家のしばわんこにして、闘鬼犬の桃さんは、港の一角で苦悩していました。
『どうして私は犬なんでしょう』
 しばわんこに生まれたから犬なのですが、そんな当たり前のことを言ったら前足ではたかれそうです。
 どうして桃さんがそれほど苦悩しているのか、話は昨日の夕方に遡ります。ご主人の御陰 桜(ib0271)さんが、いつものように桃さんや他の相棒さん達に訓練をした後に、あんまり暑いからって、井戸で一緒に水浴びをさせてくれました。それでいい気分で、板の間で皆でうたた寝したのです。
 そ う し た ら。
『こんな前足じゃ、ご主人の看病も満足に出来ませんっ』
 大変ありがちなことに、桜さんは風邪を召されてしまいました。まあ、よくあるお話です。濡れ髪で板の間にごろごろって、風邪の他に背中も痛くなります。
 そんな訳で、風邪が移っては大変と桃さん達は一時港の宿泊所に泊めてもらいなさいとおうちから出されたのですが‥‥桃さんは納得出来ません。ここでお役に立たずして、なんのための相棒でしょう。
 取り急ぎ、兄弟分達は港にやって、桃さんは何か出来ることはないかと悩みながら、家までの道を急いでいるところ。なかなかいい考えが浮かびませんでしたが、
『仕方ありません。封を解くことにしましょう』
 何かを決心して、猛然と走り出しました。

 はて、もしやこれは風邪というものだろうか。
 今朝、起きたばかりの二式丸(ib9801)さんは、自分の体がちっとも動かないのを不思議に思い、さんざん考えた末にそう思い付きました。
 なにしろ今まで生きてきた中で、色々な嬉しくない目にもあいましたが、不思議と風邪だけは小さな頃に数えるほどしかひいたことはなかったのです。そういえば風邪ってこんなだったと思いだすまで、時間が掛かってしまいました。
 あと、あれです。咳がコンコンとやたらと出るので、考えがまとまりません。修羅で武僧の二式丸さんでも、段々疲れてくるのですから、普通の人が風邪を引いた時にはさぞかし大変なことでしょう。
 しかし、どうしてこんな時期に風邪なんだろうと、夏風邪って言葉が思い出せない二式丸さんはぼんやり考えていたら、
「ナナツキ、か‥‥師匠に、修業が‥‥足りないって、言われるな」
 又鬼犬さんの七月丸ちゃんが、心配そうに顔をぺろぺろ舐めはじめました。ちっとも起きてこないので、心配になって顔を見に来たようです。
「あ、朝飯がまだ」
 七月丸ちゃんのご飯をあげていなかったことを思い出して、二式丸さんは頑張って起き上がりましたが、とにかく咳が止まりません。それでもどうやら、七月丸ちゃんのごはんは用意しましたが、自分の分はありません。
 いえ、食べ物は幾らかあるのです。でも咳で喉も痛いのに固い物や辛い物は欲しくありませんし、他は料理しないといけません。
「果物でも買って来よう」
 お水を飲んで、ちょっと咳が治まったのに安心して、二式丸さんはよろよろおうちからお出掛けし始めました。後から、七月丸ちゃんがお財布を加えて、慌てて走っていきます。
 おうちからすぐのところで、二式丸さんはまたごほごほしていました。



 病気になるなんて、お医者様の先生の助手なのに、困ったからくりです。先生は小月ちゃんに、今日は一日横になっていなさいと言いつけていきましたが、もちろん小月ちゃんは寝てなんかいられません。
 さっきまでは、ちゃんと寝ていましたとも。だって先生が一緒にいて、横で子守歌を歌ってくれて、それはもう幸せだったのです。だから言われた通りに布団にくるまって、寝たふりをしていました。もう元気になったけれど、甘えていたかったので。
 ところが、先生は急患さんのところに走っていきました。お薬をあるだけ持ちだして、ちょっと心配そうな顔をしていたのを、小月ちゃんは見逃していません。
『風邪のお薬は‥‥これとこれ、先生が帰ってきたら、見てもらってから擂りますよ』
 もうお薬の残りが少ないと気付いたから、小月ちゃんは生薬を計り始めています。

 桜さんは、まだ日があるのに誰かが家の中に入って来て、ちょっと不思議に思いました。お出掛けしているからくりさんはまだ帰る時間じゃありませんし、桃さん達は港にいるはずです。
『ご主人様、お医者様に来てもらいました』
「え、桃? あらぁ、寝ていたら治るって言ったのに」
 だって心配だったからと、わんこなのに顔付きで語る桃さんに、桜さんは一体どこのお医者さんを呼んできたのかしらと心配しています。なにしろお話しするわんこなんて、うっかりするとアヤカシに間違えられそうです。
 でも、来てくれたのは同じ開拓者のエマ先生で、闘鬼犬さんがお話しするくらいじゃびくともしません。桜さんの喉を見て、苦ぁいお薬を塗って、それからお鍋でお薬を煎じ始めました。
『鍋のこの線まで汁が減ったら、火から下ろして、ご主人に飲ませるのですね』
「‥‥桃、大丈夫なの?」
『ご主人のためですから』
 鼻が敏感なわんこの桃さんが、煎じ薬の番をするのは大変に決まっています。すごい匂いがするのですから。
 でも桃さんがお鍋の横から退くつもりがないので、桜さんは早く治そうと、それからもう風邪なんかひかないと、固く決心しました。


 一寝入りしていた羅喉丸さんは、なんだか息が苦しくて目が覚めました。
 苦しいはずです。びっしょりと濡れた手拭いが、顔全体に被さっていたのですから。鼻も口も塞がれたら、呼吸が出来ません。
『あら、羅喉丸。寝ていなくてはいけませんよ』
「ネージュか。うん、たまたま目が覚めた」
 普通の手拭いを濡らして絞るのは難しかったのでしょう。ネージュさんが服をびしょ濡れにしながら、濡れ手拭いでまた羅喉丸さんの顔を覆おうとしていました。
 熱のある時は額を冷やすと気持ちがいいですが、顔全体はいけません。羅喉丸さん、そっと手拭いを畳み直して、自分で額に乗せました。
『羅喉丸、調子はどうです? お薬が必要なら、買いに行ってきますよ』
「そこまでではなさそうだ。さっきよりだいぶいい。でもお茶を貰えるか」
 汗をかいたら水分を取って、また寝るのが一番。そう言いながら、土瓶にまたいっぱいお茶を淹れて来てくれたネージュさんは、羅喉丸さんがお茶を飲み終わるとおもむろに、
「ちょっ、なんで眠りの粉?」
 とにかく寝なくてはいけませんと、ネージュさんは頑張り中。
 でも、自分も疲れていたので、羅喉丸さんの横でうとうとし始めました。

 体に良いものを買ってきましたと、尻尾をパタパタさせているハスキー君がくわえてきた籠に入っていたのは、すじ肉の煮込みとヴォトカと卵とネギと梅干。ネギは何本も入っています。良く見ると、煮込みとは別に、鳥ガラのスープもあるみたいです。
「ハスキー君、これ、どうしたの?」
『買ってきた!』
 いいお返事に、暁さんはこわごわお財布をのぞいてみました。予想通りです。
 ハスキー君は、お店で一番いい煮込みやスープ、お野菜や卵を買ってきたに違いありません。お財布の中身ががっつり減っています。
「ま、まあ、風邪の時は栄養が大切だしね」
 治ったら、報酬がいい依頼を探そうと思いながら、暁さんは買ってきてくれた煮込みを食べようかなと起き出しました。すると、ハスキー君がネギをくわえています。
『あのね、額に梅干しを張って、お尻にネギを入れると風邪は飛んでくって!!!』
 それとスープと卵とヴォトカを混ぜた卵酒を飲めば、きっとすぐに元気になれるから!
 きらきらした目でお話しするハスキー君から、暁さんはどう逃げようかと一生懸命考えています。
 熱が上がりそうです‥‥

 梨と桃、それから生姜の蜂蜜漬けを手に入れて、二式丸さんはなんとかおうちに帰りつきました。お買い物の最中も咳ばかりしているので、八百屋のおばさんから生姜の蜂蜜漬けの他に、花梨酒も勧められたのですが、お酒は飲めそうにないので果物と蜂蜜漬けだけ。
「あー、疲れた。風邪って、案外辛いんだな」
 もう二度とひかないようにしなくてはと、かなり難しい目標を立てた二式丸さんは、生姜の蜂蜜漬けにお湯を掛けはじめました。味が薄いくらいになったのをたくさん用意して、もう一寝入りしたいのです。枕元に飲むものがあれば安心でしょう。
 ところが、ここで思い出したことがあります。
 七月丸ちゃんのごはんにするもの、なくなっていました。煮干しならありますけど、猫じゃないからやっぱりお肉が良いと思うのです。
「仕方ない、もう一度」
 布団に入りかけたのに立ち上がろうとした二式丸さんの服の裾を、七月丸ちゃんがしっかりとくわえました。お夕飯は煮干しでもいいのです。又鬼犬たるもの、食べ物にとやかく言いません。
 前足で布団をばんばん叩かれて、二式丸さんは夏掛けを被って横になりました。今日は特別、七月丸ちゃんを抱えています。
 ちょっと暑いけど、一緒にいてもらえば、きっと怖い夢も、咳で苦しいのもなくなっていくはずです。
 元気になったら、いつもよりたくさんお散歩に行かなきゃいけません。

 梨に葡萄に桃に李に西瓜、あれもこれも。
 更に籠城でも計画していそうな勢いで、今の時期でも保存が安心な食べ物を山ほど買い込んだ露草さんは、最後に花梨酒と生姜の蜂蜜漬けと橙の甘露煮に、飛び切りお高かったけれども林檎の蜜煮の瓶詰を買いました。
 さあ急いで帰らなくては。おうちでは衣通姫ちゃんが病気で寝ているのです。もしかしたら、目が覚めて心細くて寝ているかもしれません。
 お買い物をものすごく素早く終えた露草さんが、荷物を放り出してお部屋に入ると、
「あぁ、良かった。いつきちゃん、お布団に戻ってます」
 半分くらい背中が布団の外に出ちゃってますが、衣通姫ちゃんはさっきより楽そうに寝ていました。ほっとした露草さんが、果物を持って来てあげようと思ったら、衣通姫ちゃんがむくっと起きあがりました。なんだか、様子がちょっと変かも?
「いたぁっ!」
「え、いつきちゃん、どこが痛いの? 喉? 胸かな?」
「痛くないよ。いなくなっちゃう夢、見たの」
 悪い夢を見た衣通姫ちゃんは、ちゃんと露草さんがいてくれて良かったとしがみついています。もちろん露草さんは、どこにも行ったりしません。
 お買い物に行っていたのは、内緒です。後で美味しい果物を、一緒にいっぱい食べるとしましょう。

 風邪の時には、栄養を取るのが大切。
 だから、りょうさんはお鍋にお米を入れて、ざっと洗い、お水をどっさり入れて、ぐつぐつ煮込み始めました。すごい勢いで煮立っていますが、お粥はお米が柔らかくなるまで煮なくてはいけません。
 後ろの方で、偽夏風邪っぴきの武蔵さんが、どきどきしながらお粥の様子を見ていました。お水をたっぷり入れたので、一応お粥らしくなって来たようです。火加減はもうちょっと弱くてもよいはずですが、今は混ぜている手を止めると大事故に繋がる気がします。
 しかし、味付けがまだ。一体どうなることかと見守っている武蔵さんの視線の先では、りょうさんがこう言いました。
「風邪の時には汗をかくのが良いと聞きましたから‥‥確かこの辺りに、泰国の香辛料が」
 取り出した香辛料を、りょうさんはお鍋の中へ瓶の半分を投入してしまいました。真っ赤っ赤です、真っ赤っ赤。
「うん、いい感じに赤くなってきた」
 満足そうなりょうさんの声に、武蔵さんは思いました。そんなの、誰が食べても明日はお尻が大火事になってしまいます、と。
 それ以前に、人には食べられない域に達しているかもしれません。
「さ、風邪にはお粥ですよ」
「いやぁ、姫様も腕が上がりましたな。手料理を毎日食べられる、未来の旦那様が羨ましゅう御座います」
「そんな‥‥さ、食べさせてあげましょう」
 お粥が出来たんだから、前よりは腕が上がっていると判断した、姫様大事の武蔵さんが、偽夏風邪から床上げ出来るまで、あと何日かかりそう?