吉報を待つ人々へ
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/29 05:36



■オープニング本文

 隣の村に続く峠の道が、黒い霧で覆われてから十日。
 峠を通って毎週来ていた行商人は、姿を見せず。
 村から様子を見に行った者は、大怪我をして帰ってきた。
 なんと、峠には大きなアヤカシが居座っていたのだ

 隣の村とは、互いに親戚も多い関係。
 行き来が出来なくなれば、不安にならない訳がない。
 でも、アヤカシがいるのでは村の誰も様子を見に行くことも出来やしない。

 村人達は相談して、開拓者を呼んだ。
 怪我して帰った者の話では、アヤカシは大きいけれど一体だけ。
 強い開拓者達なら、きっと倒してくれると期待して。
 そう思って、皆で開拓者達を見送ったのは昨日の朝のことだ。

 それから。

「大変だ、峠が光っているぞ!」
「なんだろう、山火事か?」
「あたしが子供のころにひどい山火事があったが、あんな色ではなかったよ」
「ばあさんの言うとおりだ、ありゃ、火の色じゃねえ」

 昨日の昼過ぎから、峠の辺りが妙な色に光り始めた。
 光は虹のようだったり、白っぽかったり。
 色々に変わりながら、ずっと夜まで、いや次の日の朝まで光り続けた。
 朝には、ひときわ眩しい光と、何かどんと破裂するような大きな音がした。
 でも、その後は静かなまま。
 もう、あの黒い霧も消え失せていた。

「開拓者さん達は、どうなったんだろう?」
「あそこまでは、俺らだって三時間もあれば着くんだ。そろそろ帰って来てもいい」
「もしかして‥‥やられちゃったとか?」
「馬鹿言うな。それなら霧が晴れるわけない」
「じゃあ、怪我をして動けないのかも?」

 吉報を待ち焦がれる人々は、不安げな顔を見合わせた。


 その頃。

「おぉい、誰か動けるか?」

 開拓者達は満身創痍で、まだ峠に倒れている。




■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
翆(ic0103
29歳・男・魔


■リプレイ本文

 最初に正気に返ったのは、弓術師の草薙 早矢(ic0072)だった。
 後衛であり、馬術のために鍛えた身体が功を奏したか、意識が遠のいていたのは僅かの時間のようだ。
 太陽の位置からそう判断したものの、彼女の実感は満身創痍。初夏の陽気のはずだのに、寒さを感じた。
「これは、相当まずい状態だな。この私が一番ましとは」
 皆の状態を視線を巡らせて確かめながら、早矢は矢筒に残っている矢を指で数えた。かろうじて四本、練力は幾らか残っている。
 どうにもしゃっきりしない頭で、村の方角を思い起こし、空鏑が届けと二本ずつ、二度の合図を送った。アヤカシの派手な光が絶えた後に、空鏑が聞こえれば自分達が生きていることは察してくれる‥‥とは淡い期待だ。
 先に気付いたのは、死んだように失神していた中の一人だった。
「‥‥どこ?」
 うわごとめいた呟きを漏らしたフェンリエッタ(ib0018)は、だが早矢の声掛けには反応しなかった。意識が朦朧としているのだろう。唇を動かし続けているが、何が言いたいのか、聞き取ることは出来ない。
「おい、おいっ、出血を止めないと危険かな。縛るほかに、焼いた鏃で消毒した方がいいのか?」
 薄眼は開けていても、声掛けに反応しないフェンリエッタの額にぱっくりと開いた傷に手拭いを置いて、上から誰かの破れた袖で縛り上げた早矢は、うろ覚えの知識で次の手を悩んでいた。
 かえって重傷になるだけかもと迷った挙句、彼女がとにかく片っ端から声を掛けていくことにした。途中から、外見上の怪我がない相手には、手荒だが頬を張ってみる。
「おい、大変だ。一人足りない」
 引っ叩かれて失神から覚めた中には、御鏡 雫(ib3793)と戸隠 菫(ib9794)の二人がいた。他にケイウス=アルカーム(ib7387)と翆(ic0103)が唸っているが、明確な反応を返すには至らない。
「お団子‥‥スイカ‥‥‥‥水蜜、おいしい」
 やけにはっきり食べ物の名前を羅列しているのは雅楽川 陽向(ib3352)だが、こちらは明らかに寝言とうわごとの境を漂っていた。全く目が覚める気配はないが、何か歌を呟いているフェンリエッタや、家族か友人の名前を呼ぶケイウス、右手だけが動いている翆よりは安心そうだ。
 なんとか上半身を起こして、目の下にくっきりと隈を作って顔色も冴えない雫が、そういう仲間の外傷の有無を見ながら、数を何度も数え直している。
「なんで、一人いないのかしら。最後まで攻撃に参加してたわよね?」
「‥‥あ、猫又さん!」
 足りない一人の柚乃(ia0638)は、術の効果で昨日から猫又の姿になっている。実際はどうだか周りにはよく分からないが、とにかく皆から見るとそうなのだ。早矢と雫が一生懸命に人間の柚乃を探しても見当たらないのも道理。
 何はともあれ、目立った出血もなく生きているのを確かめ、ぜいぜいと荒い息を吐きながら、雫が何かの入れ物をまず二人に寄越した。自分も水筒を探っていた菫だが、甘酒だと聞かされて、早矢と一緒に一気飲みした。
 人を助けるには、まず自分がしっかり立てないとどうにもならない。

 耳元で名前を何度か呼ばれて、自分もとうとう駄目なのかと思いかけた翆は、水を掛けられて瞼を無理やり盛り上げた。
「あ‥‥脚、よし、ちゃんとある。腕も、動‥‥く、うん、動く」
 右腕で足を叩き、彼はなにやら恐ろしい確認をした後、左腕を動かそうとして顔をしかめた。右腕を添えて、あちこち動かしたり止めたりして、片膝を立てて肘を固定する。
 それからおもむろに自分の懐を探って、小ぶりな瓶を取り出すと、中身を嗅いだ。気付けの薬で強烈な臭いがするこれが、壊れていなくて良かったと思う。
「それ、何の薬?」
「気付けです。舐めると半日は味覚が麻痺しますよ」
 涙が出たから、自分はまだ体に水分が残っている。そんな会話もしながら、雫に投げ渡された甘酒を少しずつ飲み下して、翆は代わりに自分の手持ちの薬の説明を始めた。彼が見たところ、雫も腹部に相当の打撲があるが、自分も左腕の骨折は免れなかったらしい。動かし方から、雫も左手小指は骨折していそうだ。
「もうちょっとしたら、プリスター掛けますから」
「先に自分に掛けて。その腕、二か所は折れてるわよ」
「い、今、あたしが覚戒使って、それから翆さんを治しますからっ。翆さん、雫さんをお願いしますね。お医者が我慢するのはなし!」
 雫は練力切れ、翆は集中力切れで術の実行が怪しい状態。それで、回復の術を自分以外にとやり始めたので、甘酒でなんとか体力を、とっておきの節分豆で練力を回復した菫が二人に噛みついた。
 菫も応急手当なら出来るが、本職には及ばない。ここで二人がやせ我慢して、他の皆に影響があるようなことだけは御免こうむりたかった。自分がさっさと術が使えればよかったのだが、今まで腕が震えて集中など無理な状態で、ようやくまともに術が使えそうだ。
 全体に判断力が鈍っているなと自覚した彼らは、気付け薬を嗅ぎ直している。

 家に置いてきたはずの養い子が、どうしてかお菓子を買えとしつこくねだってくる。そうかと思えば、どうして怪我をしたとものすごく怒る声もする。自分はよく無茶をすると注意されるが、今日は特に激しく怒らせているようだ。
 いや、ようなのではない。思い返せば、丸一日近く休みなく戦い続けるなど真っ当な神経のなしえることではなかった。最後の方は、意味もなく笑えて来て色々な意味で危険だと思いつつも、やはり笑ってしまった。
 それは怒られるかと思った途端に、顔に思いきり良く水を掛けられた。ちょうど開いた口に入って、砂と一緒に喉に流れ込んでくる。ひどく不味いのは、砂の他に血も混じっているからだろう。
 しかし、不味かろうが水を得て、ひび割れていた唇が少し動きやすくなった。開けた目に映ったのは翆で、ケイウスの体をあちこち触っている。見たところはそうなのだが、今一つ感触がない。
「痛っ、そこ痛いっ!」
「内臓が打撃で傷んでいますね。こちらはどうです?」
 ないと思ったら、激痛が走って身悶えするケイウスに翆が反応があるのは良いことだと、すごい言葉を寄せてくれた。続けて押されたところがまた痛いので、それに文句を言うことも叶わないが。
 吐き気はどうだとか色々問い質されたが、息も絶え絶えのケイウスにまともな返答は出来かねる。何度か目の前が白くなったが、養い子を置いていけないと必死に堪えた彼の痛みが不意に消えた。
 見れば、翆が治療の術を使ってくれている。額に浮かぶ汗の量が尋常でなく、彼とて本調子でないのが察せられた。
 今度は身を捩っても痛みがなく、先程告げられた恐ろしい状態からは脱したのだと自己判断して、ケイウスはなんとか体を起こした。すぐさま水が差し出されて、礼を言うより先に口を付ける。
「ありがとな。水も何時間ぶりだろ?」
 そもそも何時間戦ったのか、良く数えられずにいたら、今度は甘酒とチョコレートの一かけらが差し出された。過ぎたことを数える暇があったら、まず飲食して元気になれということらしい。
「一気に入れたらいけませんよ。大分無茶なさいましたからね。治したと言っても、胃の腑に傷付いた時の血液が残っているかも」
 その場合は気分が悪くなりやすいと涼しい顔で指摘され、ケイウスはかえって顔色を悪くした。医者って強いと、今更のように思い知る。
「俺の荷物にも、薬草があるから‥‥使ってくれ」
 言う間にも、視界が揺れる。まったく本調子ではない自分は、今は出来るだけ手間を掛けずに帰り道で役立とうと決心して、ケイウスはチョコレートを口に含んだ。まだ喉が痛むが、少し休んだら武勇の歌の一回は歌えるだろう。
 気力を振り絞ってでも、そしてそれを周りに気付かせずに歌ってみせると、彼はひそかに決心しているところだ。

 残る三人、うち一人はどうしても猫にしか見えない。その柚乃と、ひたすらに食べ物を呟く陽向の二人は、幸い大きな怪我はしていなかった。とはいえ、命に別状がなかった状態とは程遠い。
「呼んでも反応がないが、揺するのはなしだったな」
「飲食を断って動き過ぎると、しばらく動けないじゃない。あれのひどい奴だから、とにかく飲ませるしかないわよ」
 全員にその症状が出ているが、基礎体力や戦闘中の動き方で差が現れて、体格が小さめの二人は未だ意識が戻らない。柚乃は顔色などが測れないのでかなり心配だが、脈が落ち着いてきたから回復傾向にあるはずだ。
「みたらし団子ぉ」
『にゃあ』
 先程から、陽向が何か呟くと、柚乃がそれに何か応えている。どうしても猫の鳴き声に聞こえるので、返事なのかも分からず、布に甘酒を水で薄めたものを浸して口に寄せている早矢と菫とは心配顔だった。
 特に柚乃は時折じたばたと苦しげに動くので、どこか痛いのかと抱き上げてみたくなる。安静第一としつこく指示されていなければ、実行していただろう。
 実際は、陽向はとにかく思い出深い美味を走馬灯よろしく思い返している、ある意味栄養の足りなさを如実に物語る状態にあった。人は気になるものが夢にも出て来る、それの体現だ。
 柚乃は似たような状態で、でも方向性がまるで正反対。最近、依頼での怪我が多いことがこの体力減で意識のどこからか呼び起されて、うなされている。
 同様に、こちらは医者二人掛かりで容態を確かめられているのはフェンリエッタだ。うっすら意識があって、何かしようとしているのだけれど、頭を打っているためか一貫した行動になりえていない。
「頭は、傷だけ治しても危ない時もあるし‥‥」
「体温は上がってきましたよ。この方、シノビと聞いていましたが、吟遊詩人の経験があるのかもしれませんね」
 歌を口ずさんでいるのは、まだ戦闘が続いていると思っているのではないかと推測されているフェンリエッタの意識は、確かにそれに近かった。負傷者多数で危ういところまでは覚えていて、そこから脱するための手段を講じようとする行動が続いている。
 ただ頭を打ち付けた状態ではまともに呪歌が発動するはずもなく、ヴォトカや甘酒を含ませたが、意識が回復するには至らない。体温低下が著しいので、汗を吸った衣類の下に肌襦袢を入れて、上は毛布で包んである。打ち所が悪くないのを、雫も翆も祈るばかりだ。
 意識が戻らない三人を抱えて戻ることも検討したが、そもそも三人も背負う体力は残り五人を合わせても足りていないのは明白。もう少し様子を見て、三人とも意識が戻らなければ、誰か一人が先に降りて、人手を頼むことにしようと相談がまとまった時。
「食べもんの匂いがするぅっ!」
 三人の中では、疲労で寝ているだけに近かった陽向が、突然飛び起きた。匂いの素は甘酒だが、やっと立ち上がれるようになったケイウスが温めていたのに反応したのだろう。いきなり動くなと早矢に羽交い絞めにされたが、食べ物と騒ぐので、菫がチョコレートを差し出した。
「もっとあらへんの?」
 ぺろりと一枚平らげた陽向が、親鳥に餌をねだる雛のように騒ぎ立てていると、
「‥‥お菓子、ちょっとあったかも」
 先程まで猫又が横になっていた場所から、人の声がした。柚乃の術がようやく解けて、聞こえた声に反応したようだ。こちらはいきなり起き上がるのは無理で、ぼんやりした顔で横になったまま空を見上げつつ、しきりと首を傾げている。
「なんだか、夢の中でどこかに食料を運ぶ依頼に参加していて」
 聞いていた陽向以外の五人が、しょっぱい表情になった。
「届けたけど、ちっとも足りなくてどうしようって困っていたような」
 猫又になっていても、ちゃんと言葉は分かっていたんだと、五人は陽向と並べて寝かせていたのを反省した。ついでに、陽向が柚乃のお菓子に興味津々なのに、薄めた甘酒を与えて気をそらす。食糧は少ないから、残りは柚乃本人とフェンリエッタに取っておきたいところだ。
 まあ、おなかがすいたと言うなら、全員が同じ。ここで出来ることももうないので、二人が少しでも動けるなら、降りる算段をするべきだろう。怪我だって、全員を綺麗に治せたわけではない。
 すると。
「ちょっと待っててや。瘴気回復で、治癒符で皆を治したる」
 甘酒で元気を出した陽向が、にこやかに練力の回復を図り出す。続いて治癒符を作って、まずフェンリエッタに使う。それから皆の細かい傷にも対処しようとして、へたり込んだ。
「お?」
「まだ栄養が身体に回ってないのね。少し座っていれば良くなるわよ」
「お菓子、食べます?」
 柚乃が自分用のプリャニキを一つくれようとしたが、流石に陽向も手は出さない。二人が譲り合っていると、ケイウスが苦笑を漏らしながら、武勇の歌を歌い始めた。これで練力が切れようと、陽向が治療はしてくれそうだし、そうしたら後は降りるだけだと腹に力を込めている。
 これでなんとかと陽向が集中し始めるより一瞬早く、フェンリエッタがぱちりと目を開けた。
「今、どうなってます?」
「皆、無事だ。やれやれ、目が覚めないからどうなるかと心配したぞ」
 多少の怪我人は数えない早矢の返答を、フェンリエッタも最初は信用した。しかし、体を起こしたらすぐに分かることだ。精霊の歌で治せると言い出すのを、医者二人が後だとたしなめ、まずは薄めた甘酒を飲ませる。
「相棒さんが一緒なら、帰りが楽でしたね」
 同じものを飲まされている柚乃が、でも相棒同伴だったら自分は紛らわしかったかしらと悩み始めたが、すぐにそんなことを今考えても仕方がないと気が付いた。
「うーん、頭の中がぐるぐるしてます。ちゃんとしないと、また怪我しちゃいますね」
 それは良くない。最近怪我が多いのも駄目だ。自分がどうしたのか、きちんと考えないとと、やはりぐるぐるし始めた柚乃の顔色は冴えない。
 それを目にしたフェンリエッタが、自分がくるまれていた毛布を柚乃に掛けてやった。空腹だと寒気がするからと、陽向も一緒にどうだと声を掛けて、
「あなた、自分が足を怪我したままじゃない?」
「いやぁ‥‥これは、さっき立とうとして捻ったっちゅうか」
 ちょっと調子こいたと頭を掻いた陽向の頭に、雫の拳骨が落ちた。だから無理はするなと怒っている横から、フェンリエッタが精霊の歌を始めるので雫は渋い顔から戻らない。
 でも、これで傷む怪我を抱える者がいなくなって、後は峠から降りるだけ。
 菫と早矢が切り出した杖をそれぞれ手にして、荷物は運べる者が持つとまとまるまでに五分ほど。
「では、行きましょうか」
 翆が号令と言うには優しい声で皆を促して、なんとか全員が歩き出した。どこまで歩けるか、いささか危ぶまれる者もいるが、その時は自分が背負うと考えている者も複数いる。
 ゆっくりと村に吉報を届けるべく歩み出した彼らが、鏑矢に気付いて様子を見に登ってきた村人達と合流するまで、あと一時間ほど。