堕天使の島
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/22 23:51



■オープニング本文

 国を形成する儀と儀の合間には、島のように浮かぶ小さな儀も存在する。
 中には人が住み、また飛空船の施設が置かれ、場合によっては軍事施設が存在していたりする小儀の多くは、大体定まった地点に儀と同じように浮いている。
 しかし、稀にはふらふらと漂い移動する儀もなくはない。
 何がどうして、そのような動きをするのかは諸説あるが、この際それはどうでも良かった。
 問題は。

「堕天使と使い魔の蝶が、この浮島に巣食っているという訳か。最近姿を見せないと思えば‥‥」
「彼らの飛行能力も無限ではなく、浮島が陸に近くなると降りてくるようです。該当する浮島が五つ、どこにどれだけの数がいるのか分かりませんが、いずれにも複数の堕天使が存在して、蝶の指揮を取っているのは間違いありません」
「そして、しばらく陸から離れていた奴らは、確実に飢えている‥‥と」

 ジルベリアのある海岸付近に、間隔を置いて出没していたアヤカシの群れがある。
 堕天使と称される、片翼だけを背に持つ人型のアヤカシと、それに率いられる多くは白、時に赤茶の個体が混じる蝶の姿のアヤカシ。
 この両者は堕天使が蝶の中の赤茶個体を何らかの方法で操り、赤茶の個体の周辺の白の蝶は赤茶に従って動くという群れを形成しているらしいと、これまで数度の接触を経て推測がされていた。
 居場所に関しては、以前にこのアヤカシの群れが大規模に人里に現われた際、迎撃の一翼を担った開拓者達の目撃情報から偵察を重ねて、やっと浮島の存在に辿り着いたところだ。
 浮島がどういう経路をたどって動いているのか、風の流れなどで移動が左右されるのかはまだよく分からないが、ともかくもアヤカシが巣食う島が五つあることまでは突き止められた。
 ならば、後はその島を攻めれば、簡単に決着がつくのでは。そう考えてしまうが、浮島という条件が色々面倒にしている。

 まず、浮いている島故に、逃走経路がほぼ全周。上下左右のどこにでも散られてしまうと、地上で飛行する相手を追うより手間が多い。それでなくても、相手の大半は小型に過ぎる蝶の姿だ。撃ち漏らしは出来るだけ避けたい現状、これが難点の一つ。
 そして、飛空船を降ろすにも十分に広さや空き地を抱える浮島だが、人を降ろせる環境にないのが別の難点だ。遠目にはアヤカシが身を隠すのにちょうどよい林や茂みが点在する緑の多い島という印象だけだが、夜間偵察を試みた一隊の報告では島の植物もアヤカシ、土中にも何がいるのか予想が付かない、ほとんど魔の森と呼べる状況だというのだ。
 最後が、浮島の現在位置。儀の外縁部より僅かに内側に入っており、落とせば海中に没する可能性が高い。それが海流や陸地にどんな影響を及ぼすか分からず、またアヤカシが海中を移動出来た場合は被害拡散の可能性もある。
 戦闘方法が限られ、しかも高確率で空中戦が予想される中、アヤカシを退治する。
 今回の依頼は、そういうものである。




■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

 眼下に臨む浮島は、海上にあれば良い島だと言えただろう。
 緑は豊かで、泥池ながら水がある。これで清水が湧くところが一つでもあれば、船が寄るのに十分な条件だ。
 しかし。
「うーん、みっしりだね」
「どのくらい?」
 白き死神と名のある滑空艇改を操るルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)を護衛に頼み、こちらも滑空艇改弐式マッキSIに搭乗して浮島に近付いたリィムナ・ピサレット(ib5201)は、瘴索結界「念」でアヤカシの位置を確かめようとしていた。その回答が『みっしり』なので、ルゥミが首を傾げたのだ。
 同様の会話は、ルオウ(ia2445)が用意した快速小型飛空艇『飯綱』の甲板上でも交わされていた。こちらはからす(ia6525)が懐中時計「ド・マリニー」と鏡弦を使用して、アヤカシのいる場所を掴もうとしたが、結果はたいそう芳しくなかった。
 成果がないのではなく、あり過ぎたという意味でだ。
「射程内、万遍なくアヤカシに埋め尽くされているようだな。気軽に降りられる場所ではないぞ」
「確かになぁ。良く見ると木の枝が、風と反対に動いてるんだ」
 飛空艇に乗り込んだ船員から見張り用の望遠鏡を借りたルオウが、傍らで島の形を記録している成田 光紀(ib1846)に望遠鏡を回した。
「捕食対象がいない浮島にこの環境‥‥いかなる経緯から生まれるものか、興味は尽きないな」
 妙にそわそわしている成田の様子に、船員達が『船は降ろさないよ』と無言の圧力を掛けているが、当人は気付いてもいない。
 浮島には目標の堕天使と蝶以外にも、大量のアヤカシが生息しているとは事前に聞かされていた。故に開拓者達も相応の心積もりをしていたが、実際に確認してみると。
「アヤカシの巣に飛び込むなど、しばらく前まで考えられなかった手段だが‥‥巣と言うより坩堝か?」
「いやはや、ゾロゾロいるわけだねぇ」
 索敵の結果が『島中隙間なくアヤカシまみれ』と聞かされて、竜哉(ia8037)と不破 颯(ib0495)が島の全景を見下ろしながら、事前に立てた作戦が通るかどうかと相談していた。
 そもそも殲滅対象は堕天使と蝶の二種類。これを、数名が囮になって誘き出し、範囲攻撃の可能な者を中心に、撃ち漏らしのないように滅していく。基本の方針はこうだった。
 相手が空を飛ぶ上に、浮島の上を離れればどこへでも逃げ散れる上空なので、浮島の地表で火を使い、移動の方向性を狭めることも計画されていた。空中なら、炎を放つ系統の攻撃で進路を妨害出来る。
 これは浮島地表を一部の開拓者も移動するのが前提で、そこをアヤカシが埋め尽くしているとなれば危険性を減らすための計画変更は必要だ。
「あの木や草がアヤカシということはだ、あの島に火事の心配はほとんどないと言うことか?」
 ルゥミとリィムナから連絡を受けた草薙 早矢(ic0072)が、愛馬の夜空の首を撫でながら渋面を作った。火事の心配がないのに渋面とは不思議だが、火責めが計画に入っているのに現地に可燃物が期待出来ないのでは面倒だ。
「堕天使は人魂の効果範囲では見付からないが、森以外には蝶もおらぬ」
 人魂を白蝶にして放った宮坂 玄人(ib9942)が、森の奥まで入れないと憮然とした顔になった。植物型のアヤカシが予想外の動きをするので、人魂が消されてしまうのだ。
「仕方がありません。順序を変えて、先にどこか一か所、アヤカシを根絶してから降りることにしましょう。堕天使が森の中と分かっただけでも、範囲が絞り込めます」
 何度も人魂を飛ばすのは練力の無駄と、エルディン・バウアー(ib0066)が他の船に合図を送った。乗り込んでいる一般兵士の指揮のためもあって、開拓者は三隻に分乗しているから相談もいささか手間が掛かる。
 飛行系の相棒を連れた者が交代で飛空船の間を行き来して、意思統一を図っている間、浮島は彼らの存在に気付いていないように静かなままだった。


 浮島には、堕天使の大きさでも隠しおおせる森が三つあった。他に林も幾らかあるのだが、そちらは事前の観察で人型のアヤカシが隠れていないことは判明している。
 三隻の飛空船は、それぞれ甲板に複数の篝火を熾して、浮島を囲むように展開していた。高度は地表より大分上。
「なにより篝火を絶やすなよ。それぞれ火種と松明の準備はしてあるか?」
 成田が船員達に声を掛けている。傍らの炎龍は、甲板を走り回る人間達をまだのんびりとした目付きで眺めやっていた。自分に声が掛かるまで、まだ間があると承知しているものらしい。
 すでに空中では、からすや不破を乗せた二頭の空龍、鬼鴉と瑠璃が旋回していた。
 それより高度を少し下げ、地表に大分近い位置取りでリィムナとルゥミの滑空艇がゆるゆると移動している。
 飛空船に近い位置には、夜空に跨る早矢と空龍・義助に騎乗した玄人の姿もある。こちらの二人とまだ飛空船に残る囮役のルオウ、竜哉、エルディンの三人、それと成田は、忙しく作業している真っ最中だった。
 甲板に積み上げられていた枯草に油を掛けて、火を付けることなく島の円周に投げ落とす。たまに油壷を直接投げている。これらは、囮役の三人が浮島に降り立ってから、必要に応じて火を付けるものだ。先んじて燻りだすのも良いかもしれないが、彼我の数の差を考慮して、しばし様子見である。
 先に火を付けて、いきなり逃げ回られては敵わない。ある程度、相手の行動範囲を絞り込んでからが、囲い込みの開始である。
「よぅしっ! 行っくよー!!」
 威勢の良い掛け声に続いて、リィムナが鐙に掛けた足に力を込めて、伸び上がった。その喉から歌声が、髪飾りの宝珠から蛍のような燐光が零れ落ちる。
 頑張れと、口の中でだけ応援しながら、ルゥミはすぐ眼下の浮島の様子に注意を払っていた。万が一に、リィムナの呪歌「魂よ原初に還れ」を潜り抜けて向かってくるアヤカシがいたら、自分が止めを刺してやる心積もりだ。
 しかし、ルゥミの炎の精霊力を宿した魔槍砲の出番は、ここではなかった。
「うわぁ、草一本ないって‥‥全部アヤカシだったってことだよね?」
「土の中に残ってるかもしれないから、近付いたら駄目よ〜」
 リィムナが地表のアヤカシを呪歌の範囲で掃討したら、そこから囮役の三人が活動を始める。その計画の最初の一撃で、草とまばらな灌木に覆われていると見えた地表から緑が消えたのに感心するあまり、ルゥミの滑空艇が機首をかなり下げていた。リィムナに声を掛けられて、慌てて高度を取り直す。
 その頃には、進化形態こそ様々だが迅鷹を基にする相棒に、飛空船に残っていた三人が合図している。
「コウ、半ばまでは速度は緩めるな」
「さあケルブ、出番ですよ。少々大変ですが大丈夫、私と一緒に来てください」
「ヴァイス、行くぞぉっ。おっさん達、船は頼んだぜ!」
 上級の迅鷹、光鷹には竜哉が手を差し伸べ、輝鷹のケルブにまとわりつかれるエルディンがその羽を撫でながら、ヴァイス・シュベールトより先に船べりから飛び出す勢いのルオウが背後から爪を立てられつつ、それぞれに浮島への降下を始めた。
 それを追うように、不破とからすの空龍も少しずつ地表に近付いていく。

 最初に浮島に足をつけたのは、途中までかなりの速度で落下した竜哉だった。最終的には着地に十分余裕を持てるところまで緩い速度になっていたが、靴裏に感じた衝撃は固い土くれのものだ。元の見た目通りの草原だった場所なら、もう少し柔らかいはずと思う。
 引き続いて降りてきたエルディンとルオウも、相棒との同化は解かないままに土の感触を確かめて、同様の感想に至ったらしい。
「こういう浮島って、大抵水がないから固いんだよな。岩の塊みたいなのも多いし」
「緑豊かなのは見た目だけですねぇ」
 多分見える景色のすべてがアヤカシなのだと、土くれの感触からも確かめた三人は、速やかに次の行動に移った。まずは堕天使と蝶を殲滅することが目標で、他のアヤカシ退治に優先される。
 つまり、ずるずるとこちらににじり寄ってくる灌木の相手をする暇はない。
 文字通りに飛んで移動する三人の足元で、それまではまだ普通に見えていた植物達がうねるように蠢きだす。時に枝が身体をかすめるが、植物型のアヤカシは移動する彼らを捕まえるには柔軟性も速度も足りていない。
 その調子で、それほど離れてもいなかった森の一つに辿り着いた彼らは、ようやく目的とするアヤカシに遭遇した。
「おや、早いお出迎えでしたね」
 中まで入らずに済んで何よりだと、エルディンが場違いな微笑みで相手に声を掛ける。堕天使の表情に比べれば、こちらの方がよほど神々しい。ジルベリア帝国内では、単に穏和と言うだけだろうか。
 もちろんアヤカシ相手にはどんな笑顔も通用せず、こちらの様子を窺っていたのも僅かの間。蝶の群れが向かってくるのを目にして、三人は少しずつ違う方向に走るか飛ぶかで移動し始めた。
「たくさん誘き出すには、一緒に行った方が良かったかな?」
 もとより森の周辺では別行動と決めていたから、それの通りに移動を始めたのだが、ルオウは自分についてくるアヤカシが随分少ないのに気付いて、少し足を止めた。あまり引き離し過ぎて、散り散りになられても困る。
 上を見れば、手筈通りに滑空艇が二機と空龍が二頭、頭上を旋回していた。
「なんかなぁ、あの威力でぶっ放すほどじゃないと思うんだけど」
 仲間の強力に過ぎる攻撃を想像して、ルオウは自分に群がろうと蠢く蔦を目にもとまらぬ早業で切り落とした。その技も、他者から見れば十二分に強力だが、それには気付かない。
 何はともあれ、動けるアヤカシは片端から引き廻してやると、ルオウはまた走り始めている。
 そんなルオウとは百メートルばかり離れた場所で、竜哉がひたすらに足を動かしていた。付いて来ている堕天使は二体、蝶は百くらいいるだろうか。それを引きずり回しながら、向かう先は別の森だ。その横を通り抜けた先の平地に、またリィムナが空白地帯を作ってくれている。そこで上空組と合流するのが、当座の目標だ。
 速度ならアヤカシの方が早かろうが、最初に寄ってきた堕天使の腕を一本撃ち削ってから、アヤカシ達も少し距離を置いて追ってくる。竜哉の銃の威力は思い知ったろうに、それでも追ってくるのは危険を察知する能力が足りないということ。
「この調子なら、取りこぼしの心配はなさそうだな」
 手間と時間は掛かりそうだがと、竜哉は合流地点を目指して移動の速度を上げていった。

 その頃。
 進行よしと見たリィムナは、ルゥミに状況の確認を任せて、また地表のアヤカシ殲滅に乗り出していた。他の者の攻撃でもアヤカシ一掃は出来そうだが、
「これだけアヤカシがいるなら、瘴気回収も使いたい放題だもんね。練力の心配はいらないよ」
 どうしてアヤカシがこれほど発生したのか。そこは気にならなくもないが、まずはアヤカシを殲滅するのが先。注意すべきは、アヤカシを一気に倒し過ぎて、瘴気回収が出来ないで練力が枯渇すること。
 それを避けるには、どこから緑を削るのが適当かと、アヤカシの動きも加味して常に検討しつつ、リィムナは機嫌よくまずは眼下の地表から緑を消し去った。
 思った通りの効果に、よしと肩から力を抜いた途端。
「上昇してーっ!」
「行かせませんよっ」
 ルゥミとエルディンの叫び声が届いて、咄嗟に操縦桿を握りしめた。
 急上昇を掛けて足元を見やれば、スパークボムの閃光が走り、轟音が続いた。それだけでは何が何やらだが、アヤカシに追われていたはずのエルディンが地表から何か叫んでいるところを見ると、堕天使がこちらに向かってきたものらしい。
「もー、リィムナちゃんが歌ってる時に襲ってくるなんてっ。次に見たら、どんどん撃っちゃうんだから!」
 でも堕天使を先に撃つと、蝶が散ってしまうかもしれないから、方法には注意する。とにかく心配しないでと身振りも交えて主張するルゥミに、リィムナは手を振り返し、その様子を見たエルディンは早くも別の森の方向に移動をし始めた。

 二つ目の森の近くで、竜哉がそれまで追ってきていたのとは別の堕天使と蝶の群れに、横合いから襲撃された。当人も予想していたから、素早い身のこなしで二つの群れに挟撃される位置から外れていく。
 途端に、まず上空からからすの魔風を纏った矢が降りそそいだ。撃つ矢の数は少ないのに、効果は降ると表現しておかしくない状態を作っている。群れの一つが、これでごく少数を残して消え去った。
「体力のない相手で良かったが‥‥植物の方がしぶといか」
 残った僅かの蝶が、しばし行き先を見失って暴れ飛び、すぐにもう一体の堕天使の群れに飲み込まれていくのを冷静に観察しつつ、からすは自分の技から逃れたアヤカシの数も数えていた。いずれも植物型、そこそこに大きい樹木に見えた存在で、今は枯れ木のようだ。
 だが、それももう一体の堕天使と共に、今度は地表近くを薙ぐ不破のバスターアローで瘴気に還る。瑠璃が自分に絡みつこうとする蔦のアヤカシを爪で切り裂きながら、上手に堕天使達に近い高さまで降り飛んでいた。
 その器用さのまま、今度は安全圏まで戻ってくる。
「お、火が点いたな。瑠璃、風向きに注意だ」
 手信号で竜哉とからすにも、森の外周から火の手が上がったのを知らせる。続けてつがえた矢は、そのまま一直線に森の際を消していった。
 直線状に消えていく草と葉の緑の中から、かろうじて残った太い枝がうねりだす。その動きが周りにどんどんと伝播して、うねうねとした動きが森から草原に、その先に広がっていた泥池まで連なった。その向こう側に、飛空船の一隻が見えている。
「泥濘は打ち払っておく」
「もうちょっと頼むな」
 地表を蠢く連中は消しておくから、堕天使と蝶だけに集中して誘き出しを良しなに。竜哉のみならず、ルオウとエルディンも合流しかけているのを見て取り、からすが泥濘アヤカシの巣を潰しに、不破はその先の船までの道を拓きに、振り返ることもせずに向かって行った。
 鬼鴉も瑠璃も、時折突風に吹き寄せられる煙から乗っている主を庇うのに忙しそうだ。

 森の姿をしていたものが、油の燃える黒い煙の中で身悶えながら焼かれていくのは、見ていて気持ちが良いものではない。相手がアヤカシだと分かっていても、年若の兵士の中には顔が蒼褪めていく者もいる。
「余計なことは考えるな。アヤカシ退治だぞ。気を抜いて、あれに襲われたくはないだろう!」
 とっとと仕事を済ませて、報酬を貰って家に帰るぞと声を張り上げた早矢に、年長の兵士が誰がお待ちですかとからかいの声を投げてきた。
「うむ、きっとそろそろ夫が寂しがっている」
 あまり堂々と言い返されて、兵士達に苦笑の気配が漂ったが、それで緊張はほぐれたようだ。早矢の合図で、先からの取り決め通りに燃える森へとそれぞれの武器を構えた。
 撃ての合図で、銃声が轟き、続いて火矢が放たれる。目的は、森の中から炎を逃れて中空に塊を作った堕天使と蝶の一群れ。当たったのは半分くらい、蝶に囲まれた堕天使は無傷のままだが、彼らの役割は浮島からアヤカシを逃さぬこと。
「右に追い込め。当たれば、簡単に倒せる弱い連中だぞ。船、高さを上げるな!」
 堕天使が消えると蝶の統制がなくなる。故にそれは最後だと、折に触れて指示を飛ばしつつ、早矢は夜空の馬首を巡らせて、もう一隻の指揮のためにも移動している。見掛けはどうでも脚は速い夜空に騎乗するからこそ、早矢は自分がやるべきとアヤカシの島を目前に浮足立っていた兵士達の気を引き締めることに集中していた。
 突風が船と開拓者と、アヤカシも翻弄したのは、その時のこと。
「堕天使に構うなっ、自分達の身を優先しろっ!」
 これまでになく強い突風で煽られつつ、ぐるりと宙で一回転して義助の姿勢を直した玄人は、手近の船の甲板に飛び降りた。さっきまで彼女の指揮下にあった船には、突風で吹き寄せられた蝶が何十匹か、暴れ回っている。飛空船に慣れていても、突然に船の姿勢が変化したことに攻撃に集中していた兵士の三分の一ほどが、その蝶にたかられて転げ回っている。
 一瞬で距離を詰めた堕天使も、帆柱にしがみつくように皆の動きをうかがっているが、玄人の手にある八又剣を警戒したのか、甲板まで降りては来ない。その間に、兵士にたかった蝶は用意の松明を近付けられて散っている。幾ばくかは、その場で焼け失せたようだ。
「全員、大事ないか? なければ、火矢だ」
 応、と息切れこそ激しいが、しっかりした返事があって、弓手達が弦を鳴らす。玄人の最大の攻撃方法は敵味方問わずの悲恋姫で、甲板上ではとても使えたものではない。ここは兵士達の戦力をあてにしたが、それとは別に義助も自分も役割をよく心得ていた。
 火矢と火炎に追い立てられて、堕天使が島の方角に戻っていく。蝶も引き連れたその背後から火矢と銃弾が放たれて、島を舐める炎を除けながら逃げて行った。
「さて、囮役の位置はどこかな?」
 近くにいるなら先方に任せるが、そうでなければ自分が手を下す。
 再び義助に騎乗した玄人は、飛空船から距離を取るべく堕天使の背中を追っていた。

 突風で炎が舞って、視界を塞がれたり、姿勢を崩したりした開拓者はほぼ全員だった。しかしアヤカシ達には死活問題で、攻撃を受けることも解さずに手近の餌になる存在、開拓者に向かってくる。
 囮を買って出たルオウやエルディン、竜哉が一番の被害者だろうが、アヤカシにとってはあいにく、彼らはこの程度の出来事に揺るぐことはない。かえって、手が届く位置に集まったことを喜んでいた。
 彼らが直接戦うのは、どちらかと言えば取りこぼし。あくまで誘導役なので、攻撃は飛空船の兵士や早矢、玄人に、からすと不破が加わって、四時間ほどかけて倒した堕天使の数は十一体を数えた。
 この間に、浮島の端から綺麗さっぱりと魂よ原初に還れで浄化していたリィムナと、その身辺を守ることを完遂したルゥミとは、徐々に浮島を土くれの塊に変えていった。
「形は大差ないものの、大きさは流石に萎んで見えるかな。さて、この岩の塊がどうして浮いて、しかも動くのか‥‥手掛かりになるようなものは、外見には見当たらないねぇ」
 戦うのは炎龍にほとんどお任せで、ひたすらに堕天使や他のアヤカシの動きを記録し続けていた成田は、最後に飛空船に浮島の周囲をぐるりと巡らせて特徴を調べていたが、目新しいものは見出せなかったようだ。
「ねえ、それって何の役に立つの?」
 ルゥミがちょっと尖った声で尋ねたところ、成田はひどく生真面目な表情で、
「他にこういう小儀があった際、落としまえれば人手も危険性も少なくて済むんではないかと‥‥ま、試すのは簡単ではないが、検討は出来るようにね」
 そう答えた。
 別部隊が堕天使は滅ぼしたが、島のアヤカシを全滅させるには至らなかったと後に聞いて、開拓者達は色々と思うところがあっただろう。