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■オープニング本文 ジルベリアはジェレゾの開拓者ギルドに、女の子が二人でやってきた。 係員の大半が顔を見知っている姉妹は、姉がカーチャ、八歳。妹がマーシャ、四歳。 「あら、おつかい?」 「ギルドマスターは、もうちょっとで昼休みに入るんじゃないかなぁ」 「ちがうの」 「お父さんのご用じゃないの」 どうして知っているかと言えば、彼女達がギルドマスターであるジノヴィ・ヤシンの娘達だからだ。時々弁当を届けに、ギルドまで来たりする。 そんな時は、大抵ジノヴィの相棒と言うか、もはや家庭の一員である猫又の吹雪が付き添ってくるのだが‥‥ 今日に限って、姿が見えない。珍しいこともあったものだ。 「吹雪ちゃんは、一緒じゃないの?」 「ふぶきには、ないしょなの」 「あのね、吹雪ね、ケット・シーになったのよ。それでお祝いしたいの」 ケット・シーとは、猫又の進化形、仙猫のジルベリア風呼び名だ。 多くが後ろ二本足で歩くことが出来るようになり、新たな技を身に付けたりもする。 他にも色々あるが、細かいことはさておいて。 姉妹の希望はこうである。 「おいわいは、おきゃくさまがいるの」 「それはパーティーだってば。えっとね、吹雪に内緒でお祝いの用意したいけど、なにしたら喜んでくれるかなぁ? 誰か教えてくれる人、さがしていい?」 「それはつまり‥‥ギルドに依頼をするんじゃなくて、自分達で開拓者にお願いするのを、このギルドの中でやりたいですと言うことかなぁ?」 「「うん!」」 開拓者への仕事の斡旋所であるギルドの建物内で、独自交渉する許可を求められて、係員は頭を抱えている。 内容的には可愛らしいものだから、ギルドを通す必要はない。しかし、こう正面切って尋ねられると、あっさり頷くのは係員の職務上問題があるわけだ。 なにしろ、姉妹はギルド内にいる開拓者達に話し掛けようと、虎視眈々と狙っている。 と、そこに先輩がやってきた。 「カーチャちゃん、マーシャちゃん、大きな声出さないでお願いするならいいよ。それで誰が色々教えてくれることになったか、後で教えてね」 「「はーい」」 いいお返事と共に、姉妹は開拓者達に突撃していった。 『子供と相棒の世話』なる依頼が、ギルドマスターから出されたのである。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 葛切 カズラ(ia0725) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / 无(ib1198) |
■リプレイ本文 自称裏開拓者ギルドマスターにして、ジェレゾの街のとある区画ではネズミ捕り名人と同時に、ネズミ捕り請負猫又、猫集団の取りまとめ、そして自他ともに認めるヤシン家の子守り猫又として知られる吹雪が、このたび仙猫に進化したという。 それで、世にも珍しい猫又に子守りされて育った姉妹のカーチャとマーシャが、その進化をお願いしたいと開拓者達に言い出した。 『女の子が困っている‥‥』 姉妹に話し掛けられたわけでは全くないが、上級の迅鷹に進化済みの光鷹は、ギルドの建物の梁に乗って、冷静に事態を理解していた。 迅鷹なのに、人語を正確に解するとは何事かと疑問に思ってはいけない。おそらく相棒の竜哉(ia8037)との間に育まれた強い絆が、愛称コウである光鷹の人語理解度に少なからぬ影響を与えているのだろうし‥‥ そもそも、彼がそこまで深い理解をしているなどと、建物内の人は誰も思ってすらいないのだ。 『お祝いか。品物を贈るのが、一般的な儀礼であろうな。品物‥‥』 困っている年少者は男女問わず助けるべきだと、人に負けない紳士思考を繰り広げたコウは、棲家に戻って荷物を漁り始めた。 もちろん、竜哉の荷物である。 自立心溢れた迅鷹は一時離脱したが、他にも姉妹の要望に応えた人々はいた。 「吹雪さんも、ついに進化したのね〜」 尻尾が二本で、人語をべらべら話すが、見た目は普通の猫とあまり変わらない吹雪のことを思い出しながら、葛切 カズラ(ia0725)はしみじみと感心していた。感心の対象は吹雪ではなく、姉妹の方だ。 相棒が進化、厳密に言うなら吹雪は父親の相棒だが、ともかく進化したからと、すぐお祝いしようと考え付くとは。 「桃もお祝いしてあげてなかったわよねぇ。ごめんね」 相棒の闘鬼犬・桃の頭を撫でつつ、御陰 桜(ib0271)もうっかりしていたと反省しきりだ。桃は全然気にした様子はないが、こういうのは気分の問題だ。この機会に一緒にお祝いしてあげるのもいいかもしれないと、桜は思っている。 似たようなことが頭をよぎったが、それよりも吹雪のお祝いがしたいという姉妹の手伝いをすることを優先させたのは羅喉丸(ia0347)だ。 「知らぬ仲でもないしな」 「なあに?」 「うーん、知っている人のお祝いをするのは楽しいからだよ」 思ったままを口にしたら、マーシャに首を傾げられて苦笑する。吹雪は人ではないが、当然マーシャはそんなことは気にしない。満面に笑みを浮かべて、お祝いするのだと繰り返した。 「私と睡蓮もお手伝いしますね。どんなお祝いをしてあげたいかしら?」 こちらもにこにこと、上級からくりの睡蓮と共に、姉妹に合わせてしゃがみこんで声を掛けたのは十野間 月与(ib0343)である。こちらから色々言いだすより、まずは二人の希望を聞き出しそうとする彼女の態度に、周りの皆も耳を傾ける態勢に入ったが。 「きゃーっ、尻尾がない子ははじめて見たっ! 狐さん、お名前は?」 より具体的な希望が言えるはずのカーチャは、无(ib1198)の連れていた玉狐天のナイを両手でがっちり掴んで、質問攻めにしていた。質問の返答には、まったく役に立たない。甲高い声が外まで響いたか、空龍の風天が窓から中を覗いてくる。 「いやはや、管狐の系統と一目で分かるとはね。協力してあげると良いよ」 无が相棒達に言い聞かせたもので、カーチャは小躍りして喜んでいる。 そして、その横では。 『仙猫仲間が増えたってか。これは見逃せねえな』 開拓者達が思い浮かべる猫又、仙猫らしく幾つかのアクセサリーを身に着け、サングラスを掛けたミハイルが、慣れた様子の二足歩行でギルドを飛び出していった。相棒であるアーニャ・ベルマン(ia5465)には、一言もない。 「あれ、ミハイルさん? もう、どこに行ったんでしょう」 姉妹に偉いねぇなどと話し掛けていた隙に相棒が消えていたことに、アーニャはそれほど危機感を持ってはいなかった。この段階では。 何はともあれ、開拓者が六人、相棒が八体の吹雪進化お祝い計画支援は、賑やかに始まったのだ。 それから小一時間ほど後の、ヤシン邸でのこと。 『なんだよ、気を利かせて差し入れの手配をしてきたんだぜ』 「依頼人の希望も聞かずにっ。しかも、この注文書って何ですか!?」 『俺が全部持って来れるわけないだろ。後で取りに行け』 お祝いされるはずの誰かを思わせる偉そう口調で、ミハイルがアーニャに『注文書兼請求書』を突きつけていた。 ミハイル曰く、食べるのが嫌いな生き物はいない。だから飲み食いパーティーで良いではないか。って、それは間違いなく、彼自身の希望であろう。アーニャが怒るのも無理はない。 「ぱーてぃー、するぅ!」 「やっぱり仙猫でもお祝いにはご馳走がいるわよね」 けれども姉妹もまずはご馳走と思っていたので、ミハイルがお仕置きされるようなことはなかった。 「吹雪は何が好きなんだ? やはり、好きなものを揃えてやらないとな」 「お買い物は、お手伝いしますからね」 羅喉丸と月与に、食べるものなら何にするか、手作り出来るのかなどと、細かいことを尋ねられた姉妹が、考え考え計画を立てていく。料理に詳しい月与が、挙げられた吹雪の好物に必要な材料を口にすれば、相棒の睡蓮が書き留めて、買い物準備は万端だ。 もちろん、買い物から姉妹が行うのが前提で、皆は手伝いという名目の各種支援と一致していた。彼女達が頑張ってこそ、吹雪も喜ぶというものである。 故に自分達に甘えてはいけないのだと、カズラがやんわりと釘を刺した。 「こういうことは真心が大事よ。だから、二人が頑張って準備しなきゃ駄目。いい?」 皆はお手伝いだけ。吹雪に詳しい姉妹が中心になって何事もやるのだと、天妖の蓮華にまで頑張れと励まされた二人はたいそうやる気だが、もちろん皆も見守るだけで済ませる心積もりはない。 『お買い物の付き添いは、お任せくださいね。荷物がいっぱいになっても、大丈夫ですよ』 睡蓮が荷物持ちに立候補して、桃も尻尾を左右に振って付き添いの意思を示している。 「じゃあ、お買い物の間にテーブルの準備をシようかしら? ちょっとは飾った方が、お祝いらしいものねぇ」 仙猫と言えど、猫じゃらしの誘惑には弱かろうからと考えている桜だが、それだけでお祝いに足りないのは承知している。買い物付き添いは相棒に任せて、自分は何をしようかと首を巡らせていたら、ここでも窓から覗いている風天に気付いた。一度いなくなっていたのが、ちゃんと追いかけてきたものらしい。 何かくわえているけどと、桜につつかれた无が外に出てみると、 「風天くーん、一緒にお買い物行く?」 龍が好きだというカーチャが、恐れげもなく追いかけて来た。風天も相当人好きな龍だが、これほど平気で近付いてくる子供も珍しい。それに喜んだわけでもなかろうが、風天が彼女の足元に置いたものがある。 ごろんと転がったのは、風天の脚絆の留め具飾りだ。龍用なので、もちろん相応に大きい。それと无とを、風天の前足が指して動くので、カーチャは足の動きにつれてきょろきょろしている。カズラに連れられて、こちらはこわごわ出て来たマーシャは、ぽかんと口を開けたままだ。 「それ、贈り物で貰ったって言いたいんじゃないの?」 「確かに、風天用に作ってもらいましたね。ナイには、こういう飾りとか」 依頼で役に立つからという理由もあるが、何よりそれぞれの相棒に似合うのを探したのだと、无が説明した。途端に、目がきらきらしてくるのは女の子らしいというべきか。 「なんか、可愛いのあげる」 「うん、かわいいの〜」 可愛い物なら、こういうのもありますと、祈りの紐輪などを月与に見せられて、姉妹は大興奮状態だったが、今度は天妖二人が注意する。 『中途半端になったら、いけないんだよ』 『あれもこれもと欲張ると、良いものは出来ぬからの』 それで悩み始めた姉妹を見やって、応援の人と相棒とでこっそり相談した結果、吹雪用のお祝い料理とプレゼント作りはとにもかくにも二人に任せ、それ以外は皆が担当するのもありということでまとまった。ここで悩ませておいても、時間が過ぎるばかりだ。 「それに、吹雪さんって今まで何にも着けてないから、いきなりごてごて身に着けるとは思えないのよね〜」 「そうですね、仙猫はこだわりも強いですから」 吹雪を知るカズラの意見に、仙猫を相棒とするアーニャの嘆息が加わって、姉妹も『いっぱい用意しても駄目』とは、なんとなく理解したらしい。 「物ばっかりじゃなくて、きちんとお世話してあげるのだって、大事だシね」 一つずつ用意しましょと、桜に促されて、姉妹は料理の準備がマーシャ、買い物がカーチャと役割分担して働き始めた。 買い物の付き添いは睡蓮と桃、それにミハイルの注文を受け取りに行くアーニャに羅喉丸と蓮華が、料理他の準備はカズラと初雪、桜と月与と无が手伝うことになった。 皆が忙しく動き出す中、こういう時は庭の番でもしているしかない風天がおとなしく座っていると‥‥ 『様子はどうだい?』 『‥‥誰の相棒だっけ?』 何か包んだ布をしっかりと足に掴んだコウが、さも当然のように庭に下り立ったのだった。 吹雪は、自分が仙猫に進化したのをたいして喜んではいなかった。 今まで通りに歩ければいいのに、時々無性に二本足で立ちたくなる。おかげで姿勢が変わってしまい、ネズミ捕りをするのに具合が悪い。 これは彼女にとって死活問題だ。開拓者ギルドに出入りするのに、相棒が一般的な開拓者ではない吹雪は、依頼や戦闘とは縁遠い生活をしている。代わりに小さな子供の世話をし、時に教育も施し、充実した毎日を送っていたのだ。 子供達の安全と自らの本能行動、およびジノヴィの妻に対して自分がいかに役立つかを見せつける目的のネズミ捕りが評判になって、あちこちから頼まれるのを機に収入を得るようにもなった。猫又ながら、自ら稼いで好きなものを買える生活に、何の不満もなく‥‥はっきり言って、猫又のままで良かったのにと思っていた。 ところが。 「ふぶき〜、これあげるぅ」 「二人で作ったのよ。お料理は、ほとんどあたしだけどね」 昼に一度帰ってきた時には普通だった家の中が飾られて、どういう訳か開拓者達が何人も、それから色々な種類の相棒達が中で忙しそうに動いている。家の前に龍がいて『おかえり』と言ってきても、誰かジノヴィを訪ねて来ているのだなとしか思わなかったが、どうも事情が違うらしい。 差し出されたのは、三つ編みに編んだ細いリボンの中程に宝珠のかけらを上手に飾ったものだ。姉妹が首飾りで同じものを着けているから、首輪っぽいものなのだろう。 『これ、どうしたんだい?』 『女の子が困っているのに、見て見ぬ振りは出来まい? ちょうど三つあったから、一つずつ分ければよいと思ってね』 『一つ多いのは、うちの月与さんからです』 確かに良く見ると、飾りは吹雪の分だけ二つ付いている。得意そうなコウと、楽しげな睡蓮は見事に要点しか言わず、吹雪はまだ何事が起きているのか今ひとつ分かっていなかった。 『もうっ。仙猫になったお祝いだよ。二人がどうしてもって、カズラに頼んだんだから』 『うちのご主人も、その姿にほだされたのだ』 『堅苦しいことはどうでもいいじゃねえか。お前さんが仙猫になったお祝いだとよ。ま、飲んで食おう!』 『先にやることがあるではないか。無粋な輩じゃのう』 コウ以外は人語でまくしたてるから、相棒ばかりが話しているのに賑やかこの上ない。窓からは風天が、无の懐からナイが覗いているが、こちらは今のところ静かだ。 『おいわい‥‥』 「そうなの、ふぶきのおいわいなの」 「仙猫になるって、すごいんでしょ?」 それで開拓者に頼んで、お祝いの用意をしたと自慢げな姉妹に目をやった吹雪は、すぐ近くにいた羅喉丸に視線を向けた。意図を汲み取った彼は、名目上の依頼人がギルドマスターだとあっさり告げ、 「そう言う話は、後だと思うが?」 費用がどうとか、気にしている場合ではないと姉妹を示す。 「カーチャさんは器用ですね。リボンはマーシャさんが選んでくれたものですよ」 「仙猫さんが何にも着けていないのも、ちょっと珍しすぎますからね」 无の解説に、月与の駄目押しで、報酬の心配なぞしていた吹雪もようやく我に返ったらしい。相当、この状況に驚いていたのだろう。 仙猫らしくもなく、あっという間にマーシャに床に押さえつけられ、ぐぇとか漏らしながら、カーチャに首にリボンを巻かれている。ちょっと締めすぎかもしれない。 「あぁ、それじゃ苦しそうですよ。ぴっちりはきついですから、指がちょっと入るくらいでね」 アーニャが慌ててリボンの調整をさせて、綺麗に結べるように月与が的確な助言をする。 そうして、マーシャに後ろ足が引きずられるような形で抱えられて、吹雪は相棒用の低い卓に盛られたご馳走の前に引っ張ってこられた。 「お料理も、お二人が頑張りましたからね。お手伝いはしてないんですよ」 しっかり見てはいたが、手出しはしなかった月与がにこにこしている。が、隣の桜と同様、姉妹の心尽くしに文句を言ったらいけませんと、何か見えない気配で訴えていた。これは、吹雪が乗り気でない顔をしていたのがいけないのだろう。 待ちくたびれたと、こちらは口にしたり、顔に書いてあったりする相棒達が、吹雪用の器に乾杯用の飲み物を入れてくれた。飲み物と言っても単なる水だが、なんだか器がいつもより豪華なものになっている。 「二人のおかげで、桃の進化お祝いもシなきゃって気が付いたのよね」 桜がいい機会だったと、桃の頭を抱えて撫でまくった。当然のように姉妹が真似をして、吹雪は結んだばかりのリボンが解けていきそうな様子だが。 「せんねこ、おめでと〜」 「吹雪、いつもありがとうね」 今度は嬉しそうに、でも多少我慢しながら、撫でさすられている。 それを横目に、既にご馳走に手を出す者もいて、相棒から怒られたりしていた。 そんな彼女ら、彼らの一部を、後に桜がこしらえた特製猫じゃらしが翻弄するのだが‥‥続くマッサージの魅力で、更に懐柔されてしまうことになる。 『うぅむ、なんということ』 へたばっている犬猫系を眺めていたコウが唸るので、初雪と睡蓮がどうしたのかと彼を見やった。明確に言葉が通じる訳ではないが、コウが機嫌よく酒を飲んでいる蓮華やしっかりご馳走が用意された風天にも目をやって、なにやら考え込んでいるのは分かる。 なんでと言われると説明しにくいが、相棒同士、何か通じるものがあるのだ。多分、そんな気がする。 『進化しても、ご主人に祝ってもらった覚えがない!』 少なくとも、自分の相棒に対して何か怒っているのは間違いないと、どちらも理解した。深刻そうではないから、わざわざ突きはしないけれど。 同じことに蓮華も気付いたものの、せっかくいい酒を開けてもらったので素知らぬ振り。ミハイルや桃、吹雪は、猫じゃらしで散々踊らされ、その後ふにゃふにゃになるまでマッサージされて、気付く余裕などありはしない。 『皆、楽しそうだな』 窓から覗いている風天は、色々気付いていないが‥‥依頼人の姉妹が楽しそうなのは、ちゃんと見ていた。 今日は吹雪のお祝いだけれど、姉妹が楽しそうであればいいはずだ。 |