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■オープニング本文 とある地域の、ジルベリアでは珍しいもふら牧場では、春を迎えてもふらさまの毛刈りが行われていた。同じ放牧地の羊もくるりんと毛を刈られて、常とは違う痩身を晒しているが、もふらさまはちょっと違う。 毛を刈り取った直後は、いつもよりもふもふした感じが減るが、痩せ細った印象はない。 そして、個体にもよるが、一時間から一日程度で、また元のふさふさもふもふの姿に戻るのだ。もちろん、もう一度刈っても同じ。 だから、このもふら牧場では春から秋にかけて、人手と時間が許す限りもふらさまの毛刈りをしていた。その毛は特別な加工をされて、色々な品物になるべく出荷されるのだ。 もふらさま、ありがとうである。 ところが、この春は様子が違っていた。 もともとがかなり怠け者のもふらさまは、大体が毛刈りの最中もおとなしくしているのだが、一部は『あっち向け』とか『今度こっち』とか『おなか出して』と言われることに飽き飽きしていたらしい。なまじ言葉が通じるから、羊のように押さえ込まれてちょきちょきなんてことにはならないけれど、毎日のように毛を刈られるのが嬉しいわけではない。楽しくもない。 出来れば、日がな一日、気の向くままに食っちゃ寝出来れば最高だとでも考えていたのだろう。 そうして、この日。 牧場主が『ちょっと何日か、龍の世話の仕方を教えに来てよ』と依頼を出して、それに応じた開拓者達が訪れたその当日。 もふらさま達の一部が、反乱を起こしたのだった。 『もーいやもふっ』 反乱を起こしたもふらさま達は、『毛刈りは十日に一回』を主張して、牧場外れの物置を乗っ取った。ここには毛刈りの道具が閉まってあったから、占拠場所の選択としては正しかろう。そこで昼寝をしているあたり、本気の度合いは測りかねるが。 この事態に、牧場主と開拓者が驚いていたら、今度は反乱に参加しなかったもふらさま達も動いた。 『おいしいものがたべたいもふっ!』 この牧場は、もふらさまの毛による収入でなかなか潤っていて、結構なんでも食べるもふらさま達には週に一度くらい、人間と同じものを食べさせていた。もふらさまの食い意地が張った一派は、この週に一度のご馳走を減らされては困ると、反乱軍に立ち向かうことにしたようだ。 『もふもふ〜』 『もふ〜』 双方、人語は解するが余り自分が話す事はないのか、単に同族だから人語を使うほどでもないのか、あちらとこちらでもふもふ鳴きながら、睨みあっている。 決着が、いつつくかは分からない。 「夕飯になったら、帰ってくるんじゃないか? 今日はご馳走の日だし」 牧場主は、呑気にしている。 ちなみに現在は昼前。日暮れ時の夕飯まで、まだ七時間ほどあった。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
四方山 揺徳(ib0906)
17歳・女・巫
ミアン(ib1930)
25歳・女・吟 |
■リプレイ本文 もふら牧場は、見渡す限りの草原だった。まあ、割と近いところに山裾があるが、その途中まで羊や山羊の群れが草を食んでいるのが見える。下のほうには、幾らか牛もいるようだ。龍が降りた時には、流石にもふらさま以外は一通り遠くに逃げたが、そこも牧場の範囲内らしい。 「羊がこンだけ沢山いるのは、初めて見ただスよ、にゃんこ師匠」 大変立派な牧場ぶりに、赤鈴 大左衛門(ia9854)は大喜び。朋友というか、連れというか、付き添いの猫又・にゃんこ師匠に興奮して話しかけている。ちなみににゃんこ師匠がご機嫌斜めなのは、『この猫、喧嘩で尻尾を割ったのか?』と到着直後に牧場主に首根っこを掴まれてぶら下げられたからだ。大きさが違うだろうがと叫んでみたが、今度はびっくりした相手に放り投げられて、あまりの扱いにすっかりと臍を曲げてしまっていた。 それを赤鈴が宥めてやるかといえば、こちらはこちらですっかりと牧場の景色に魅入って、師匠の不機嫌に気が付かない。他の開拓者と一緒に、見える動物のことで盛り上がっていた。 「龍も牧場で飼うのですか?」 依頼も龍の世話の仕方を教えるだし、アーニャ・ベルマン(ia5465)が牧場主に尋ねたら、予想外に答えは否だった。 「一時預かりをやるんだよ」 長期で本格的に飼うのは餌が大変なので、休養や怪我療養目的の短期間だけ預かって世話をする商売を始めるつもりだとか。龍の他に開拓者が来てくれれば、出来うる限りのおもてなしをさせてもらう心積もりらしい。もちろん有料。 ちゃっかりしていると思わなくもないが、別に悪いことではない。なので、ルーティア(ia8760)は胸を張って、こう言った。 「ふっふっふ、龍の世話なら自分に任せろ。小さい時からフォートレスの世話をしているからな」 自信満々に背後に伏せていた甲龍・フォートレスを振り返ると、こちらはこちらで『そうだっけ?』とでも言いたそうな渋い顔付きだ。片方だけ薄目を開けてルーティアを見るところなど、彼女の言い分に納得しているとは思い難い。 ただし、そんなことを思うのは日頃龍を見慣れている開拓者だけで、牧場主はおとなしいもんだねと感心している。 確かに龍達はおとなしかった。それが初めての場所の緊張か、開拓者がちゃんと制御しているからか、単に怠け者なのかはそれぞれに違うが、牧場主はやはり龍が家畜に牙を剥くのが一番の心配だったらしい。それがないのでほっと一安心。お茶でも飲みながら、世話の仕方をまずは口頭で教えてもらおうという話になった。 その途端に、四方山 揺徳(ib0906)の甲龍・しゃげー丸が、がぶりと揺徳の頭に食いついたのは‥‥たまたま牧場主の目には入らずに済んでいる。 「何をするでござるかっ。あれほど齧ったら駄目だと言っているでござ‥‥言っているで、しょう、に」 揺徳の態度からすると毎度のことで、怪我をしないようにはしゃげー丸も手加減している‥‥と思えば思えないこともない。揺徳の口調があれこれ惑うのは、ここに来るまでで全員了解している。 牧場主が気付かないので、今のはなかったことにしたい面々の中で、今度はミアン(ib1930)が自分の連れてきた甲龍・グークに事細かに言い聞かせている。 「いいですか、勝手にどっかに行かないでくださいね」 続けて酒、龍の綺麗どころへの求愛、勝手な散歩禁止と、注意事項は延々と続いている。こちらも一癖ある龍らしい。 『変なのいっぱいもふ』 もふら・もふ龍の言い分に、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)はともかく、他の者は言いたいことがあったかもしれないが‥‥深山 千草(ia0889)が行くところ、どこまでもついて行きたそうな甲龍・寿々音も、牧羊犬に吼えられて腰が引けている赤マント(ia3521)の駿龍・レッドキャップも、到着直後から寝入ってしまったからす(ia6525)の駿龍・鬼鴉も、多少は変わっていると言えなくもない。当の龍達が納得するかは別として、見たところは。 「何かあったら知らせてくださいね」 和奏(ia8807)に当然のように頼まれて、生温かい目付きで相棒を見ている気がする駿龍・颯に送られて、皆が牧場主の家に向かおうとしたら、もふらさま達が大騒ぎを始めたのである。 ちなみにその騒ぎは、飽きっぽいというか、怠け者のもふらさま達には珍しいことに、彼らがお茶を飲みつつ今後の相談を済ませた後まで、続いていたのである。 今回龍の世話を覚えたいのは、牧場主とその息子二人の合計三人。慣れない一般人を連れて来た竜全部で囲んでも話が進まないし、説明する側もある程度人数は絞ったほうが効率もいい。よって開拓者も交代でお世話方法の解説をし、龍も個性が色々だと理解してもらうべく順次引き合わせることにしようかとなった。 引き合わせる以前に、グークと鬼鴉はそれぞれ居心地がいい場所を見付けて熟睡している。緩やかに動くおなかに気付かなければ、大きな岩が転がっているかのように丸まっているので、近くまで羊が戻って来ていた。しゃげー丸はさっきと全然違うところで、がりがりと脚で首筋を掻いているし、レッドキャップは嫌がる牧羊犬につきまとって、時々吠えられている。 そうかと思えば、寿々音とアリョーシャはすたこらとそれぞれの相棒のところに走り寄ってきて、また羊が逃げ惑う。比較的落ち着いているのは颯とフォートレスだが、二頭で頭を寄せ合ってなんだかひそひそ話でもしているような風情だ。これだけでもう、龍の個性の違いが見た目にも際立つというものである。 そして、紗耶香と一緒になってお茶を飲んでいたもふ龍はともかく、にゃんこ師匠はすっかりと姿をくらまして、行方不明中だった。 こんな龍達と猫又の態度に、相手は牧場の人々だから全員で掛からなくても説明は容易いと踏んだか、開拓者のうち五人、実に半数が『もふらさまの反乱を宥める』と称して、そちらに向かってしまった。もふらさまを連れている紗耶香はもちろん、もふらさまを見て感激していた赤鈴は大量の持参の酒を提げ、なぜか自前と牧場側でも作ってくれた昼用の弁当を二つ抱えてホクホク顔の揺徳、同様に食べ物とお茶を淹れるための道具を持ったからす、どういうわけかおはぎを持って来ていた赤マントが、てくてくと二派に分かれたもふらさまたちを目指して歩く。 「良く食べ良く遊び良く寝る‥‥もふらさま達には、遊びが抜けているなっ」 「働かざるもの食うべからず、とも言う」 赤マントとからすが口々に言う通り、ここのもふらさま達は家畜扱いなので日がな一日遊んでいるわけにはいかない。かと言って、赤鈴がびっくりしたように天儀でよく見る荷運びや畑仕事はさせず、毛を刈られるのが主な仕事なのだ。他所はどうだか知らないが、少なくともここでは毛刈りが仕事。 もちろん赤マントも、本気で遊びを教えようというのではなく、もふらさま達が気持ちよく毛を刈らせてくれるよう、毛を刈る時に遊びの要素を取り入れたらどうかと考えていた。そのためにもふら面も用意したし、おはぎも持ってきたし、準備は万端だ。 からすも、二派に分裂したもふらさま達を落ち着かせ、『ご馳走がどうして食べられるのか』を説明した後、どうしても嫌なことだけ聞き出せれば状況は改善すると思っている。多分お茶とお菓子で釣れば、あっという間に手懐けられる‥‥までは思っていないかもしれないが、話を聞かせることは可能だろうと予想中。 なにしろもふらさま連れの紗耶香とも、それが一番だと意見の一致を見て、どうにも話が通じなければもふ龍に間に入ってもらおうということになっていた。 ところが。 「あらま。もう飽きたのかしらね?」 紗耶香が首を傾げたように、件の物置小屋の周囲では、もふらさま達がごろごろとしていた。先程は一応睨みあっていた筈だが、すでに疲れたらしい。自分の周りの牧草を齧っているものが多い。腹を出して熟睡しているものもいる。 「よかっただス。もふらさまは精霊の御使いだスから、怒っとるのはよくねェだスしな」 御霊鎮めもこれなら早く済みそうだと、赤鈴が満足気に頷いている。どうも彼の故郷ではもふらさまはじめ精霊に繋がるとされるものが荒れたら、お神酒と餅を捧げて鎮めるという慣習があるらしい。借りてきたお盆に丁寧に酒を置いて、さっそくもふらさま達の中央に捧げ持って行った。お供えの餅は、他の人々が持って来た食料が代用品のつもりらしい。 他の人々が『そうなの?』と眺めていると、しずしずとお供えを持っていった赤鈴は、酒の匂いに気付いたもふらさま達の突撃を喰らって、もふもふした毛の下に埋もれて行ったのだった。 「うわぁ、すごいでござる‥‥いやいや、すごいねっ」 どうしても口調を正したいらしい揺徳は、面白いものを見ちゃった笑顔で座り込み、嬉々として弁当を広げ始めた。当然、もふらさま達と分かち合う予定はない。 他の三人も、とりあえずはもふらさま達が落ち着いたら話を始めようかと、適当なところに座って、もふもふした毛の山を眺めている。 この頃、働かされているのはアリョーシャと颯、寿々音だった。グークは変わらず熟睡中、フォートレスはルーティア以外を乗せる事を拒否するので、この三頭が牧場主達を背中に乗せて、えっちらおっちら歩いている。日々の肉体労働で鍛えた男性が一緒では、二人乗りなど無理無茶無謀の極み、もちろん彼らだけで飛ぶなど論外なので、歩いて乗り心地を体感してもらっているところだ。 「一から育てるわけではなくても、こうやって引いて歩くことはするでしょうし、鞍の着け方も知っておいたほうがいいわよねぇ」 手綱も牛や馬とは道具の大きさからして違うので、改めて考えれば結構取り回しも大変だ。開拓者は志体があって、たとえ女性でもそこらの男性より力があるから容易にこなすが、結構力仕事のはず。こつも教えねばと千草が考えを巡らせているが、これは龍を扱う基本は大丈夫そうだと確かめてのこと。 相手が牧場主達だからたいして心配はしていなかったが、龍も種別だけでは説明しがたい個性があって、体躯が大きい分、一匹ずつ世話の仕方にも配慮が必要だという基本は、相手もすぐに呑み込んだから。 それに和奏が注意を促す前から、龍に近付く時にはまず連れていた開拓者に断り、龍の前方から声を掛けつつ寄っていく。馬は後ろから近付くと蹴られるので、龍にも用心しているようだ。見るところが足の裏や爪だというのが、龍を珍しがる他の人々とは違う。 牧場を一巡りする間に、だいたい龍の気性や一般的な食生活、世話の仕方を説明したので、今度は実際にやってみることになる。和奏がお世話道具を一式用意してきて、まずは実演。 「突然動いて驚かせないためと、こちらのいる位置を確認してもらうのに、作業中はいつも話しかけています」 ざっくり汚れを落として、布で全身を拭いて、艶出しをして、爪は洗って拭いて蹄油を塗って保護‥‥されている颯はうっとり幸せそうだが、手順といい、掛ける手間といい、ついでに道具のお値段も、おそらく開拓者の中でも全てにおいて相当頑張っている部類の『お世話』である。ここまでされている龍もたくさんはいなさそうだが、預かり業ならこのくらいやったほうが繁盛するだろう。そんな訳で、牧場主達も加わって、他の龍のお世話を始めてみた。 こういうときだけちゃっかり起きて来たグークは『磨いてくれよぅ』と言いたげに皆に背中を向けて転がり、背中を触られるのは絶対御免だが角なら触らせてくれるフォートレスは頭が低い位置に下がってきている。 「グーク、転がったら洗うのが大変になるじゃありませんか。聞こえてるくせに、どうして起きないんですか」 「龍も好きなこととか、嫌なことがあるんだが‥‥案外ちゃっかりしている場合もある」 ミアンとルーティアは、流石に自分の龍のこの態度には少々頭痛を覚えたが、牧場主達は『なかなか賢いねぇ』と感心している。 「アリョーシャ、こちらの方々にはいつもの調子でじゃれたらいけませんよ」 もちろんアーニャが念押しするように、開拓者にやる調子で一般人にじゃれられたら怪我の元だ。人の側の注意は問題なさそうだが、龍にも最初に理解出来るまで言い含めておく必要があるかもしれない。 そういうことは、預かるときによく注意してくださいとか、本当は一頭ずつ別にお世話したほうがいいとか、龍舎を作るなら隣が見えないところと何頭がお互いに見えるところと造って、龍によって使い分けたほうが良さそうなんて話も出る。 その合間に、アーニャがアリョーシャでお手やお座りを披露して、なぜか他の龍がそれに付き合わされることになり、颯は待てとお返事も完璧にこなしていた。寿々音はきょとんと首を傾げ、フォートレスはルーティアを振り返り、グークはさらりと無視してのけた。 まあ、のんびりと今回の依頼は進んでいる。 さて、もふらさま達だが。 『もふ〜』 『もふもふ〜』 赤鈴を散々踏みにじって、甘酒と天儀酒を嘗め干したもふらさま達は、もふ龍も一緒に赤マントがくれたおはぎを貪り、からすの淹れたお茶を飲んでいた。まだ一応、反乱派と食い意地派に分かれているが、睨み合いは忘れ去られている。からすの焼き菓子も狙っているのだろうが、流石の騒ぎに重い腰を上げた鬼鴉が近くにいるので、突進は控えているようだ。 そんなもふらさま達を、揺徳は自分の弁当を楽しみつつ眺めているのだが‥‥ 『これ、貰うぞ』 ちょいと他所を向いている間に、楽しみに取っておいた最後の握り飯を取られた。犯人は、長らく姿を消していたにゃんこ師匠。握り飯は、羨ましそうに揺徳を見ていたもふらさま達の中で一番小さいのに渡された。 「せ、拙者の弁当がぁっ!」 この甲高い声に、からすと紗耶香が焼き菓子をお盆に並べていたのが崩壊。零れ落ちた焼き菓子にもふらさま達が殺到しようとして、鬼鴉に睨まれた。もふ龍が零れた焼き菓子をあちらこちらに押しやって、それを皆ではぐはぐ食べ始めたところ。 「何が起きただスか?」 「それを一言で説明するのは、無理だな。別に遊びが足りないわけじゃないみたいなんだが‥‥」 土埃にまみれた顔を洗って戻ってきた赤鈴の目の前では、もふらさま達の大乱闘が楽しげに繰り広げられていた。焼き菓子はあっという間に食い尽くして、今は揺徳の空になった弁当箱を交代で咥えて逃げ回っている。もちろん揺徳が追いかけてくるのが面白いから。 彼女ともふらさま達が落ち着くまで、龍のお世話の仕方を説明してこようかと、四人は腰を上げた。だって揺徳の形相がものすごくて、声を掛けるのは論外と意見がまとまったからだ。 龍のお世話教室前半戦を済ませた人々がもふらさま達の様子を見に来たときには、もはや反乱派と食い意地派は混在していた。まあ、彼らの主張は『毛刈り、めんどい』と『美味しいもの食べたい』に集中しているので、今から新しく聞き出すことなどない。 「あらまあ、元気なもふらさま達だこと」 千種も甘酒をあげたが、今度は突進されずに済んだ。すたこら走ってきて、押し合いへし合いしながらなぜか並んでいる。別に後方で寿々音が覗いていたからではないだろう。 そこにアーニャが入り込み、もふらさまのもふもふ振りを満喫している。もふられる側は甘酒が他に取られると体をゆすゆすしているが、その程度で振り切られる愛玩振りではなかった。ミアンが一緒になって抱きつき、和奏は甘酒を貰ってうはうはのもふらさまの毛を手櫛で梳いている。 「羊さんは毛刈りをしないと蒸れて大変だと聞きましたが、もふらさまにはそんなことはないのでしょうか? 丸刈りが嫌なら斬新な姿にしてもらうのはどうでしょうね」 もふらさまに尋ねる時にも和奏は敬語だが、手櫛をされているほうはうっとり顔で聞いちゃいない。それを見たルーティアが、綺麗にするのは好きなのかと他のもふらさまの毛も梳いてやろうとして、やって欲しいもふらさま達にもまれている。アーニャとミアンも巻き込まれて、一緒に歌を歌うと言っていたはずが、聞こえるのは悲鳴ばかりだ。 「賑やかねえ」 千草だけは巻き込まれずに、もふらさま達に食べてみたいご馳走を訊いている。 ところ変わって、龍のお世話の仕方教室後半戦を実行しに来た五人は、ひとしきり龍の食事のことで騒いでいた。赤マントが、 「ご飯はおはぎ!」 と明言したのだが、『大抵の龍は肉食だろう』と意見が一致せず、あれやこれやと話が賑わったのだ。大半は肉が主食だが、レッドキャップのように甘味を好むのも、野菜や魚が好物なのもいる。どの龍にも共通するのは、 「龍は大食らいだ」 からすが指摘する、この一点だ。人間と比べたら、それはもう沢山食べる。しゃげー丸は早くもおなかがすいたのか、また揺徳の頭を齧っているし。 龍の手入れの仕方はすでに体験済みだし、今度は餌をどのくらい食べるのかを実感してもらおうと準備をしているのだが、話題はなぜかもふらさま達のこと。先程、ちゃんともふらさま達の意見も聞いておいたのだ。 結論は簡単、ただ今もふらさま達と話し合っている‥‥はずの人々も、だいたい同じところに行きついている。経営の問題もあるが、もふらさま達があまり飽きない、嫌がらない程度に毛刈りの回数と日程を決め、それで収益が今より増えるなら少しばかりご馳走で還元してあげる。ついでに刈られている最中に退屈しないような歌でもあれば完璧。 ちなみにこれは、もふ龍納得の提案である。 「もふらも勧めるなら、それでもいいかもなぁ。嫌がる奴らが一日おきに毛を刈らせてくれたら、かなり増えるし」 「じゃあ、後はこれをもふらさま達にも伝えて、了解してもらわないといけませんわね」 せっかくなので、美味しいものを作って振る舞いたいと紗耶香が材料を見せてもらっていたら、作るほうはとんと興味がなさそうな揺徳が、食べたいものを列挙し始めた。からすに手伝えと言われていたところに、もふらさま達の相手をしているはずの五人が戻ってくる。 なんてことはない、もふらさま達が日が暮れる頃になって、『おなかがすいた』と普通に帰り始めてしまったので、一緒に戻ってきたのだ。 「それなら、おらが踊りで間を持たせるだスよ」 まだ準備も途中だよなんて言ったら、今度は勢揃いで暴れだしそうなので、赤鈴が間持たせに立候補。赤マントも遊び足りない、揺徳は料理を手伝うよりましと飛び出し、アーニャとミアンと一緒になって、もふらさま達の相手を始めた。 紗耶香とからす、千草にルーティア、下ごしらえ担当の和奏に牧場の人々で自分達の夕食ともふらさま達のご馳走の準備をする。ちゃっかりといる味見役はもふ龍とにゃんこ師匠だ。主に魚料理を狙っている。 やがて、自慢の料理を抱えた人々がもふらさま達が待ちかねているはずのところに向かったところ。 『もふもふの毛はもっふもふ〜』 『もっふもふ〜』 調子はずれな歌声に、頑張って演奏を合わせているミアンと、やけになったように手拍子を打っているアーニャと赤マント、そしてもふらさま達の中央で謎の踊りを奉納している赤鈴の姿だった。 翌日。 龍には運動が必要と騎乗者がいたりいなかったりする姿で飛び回っている龍達が激しい動きをしながらなかなか戻ってこないのは、地上でもふらさま達がこの上もなく調子外れに毛刈りの唄を歌いつつ、ご馳走に釣られて並んで毛刈りを待っているからかも知れなかった。 今まであまり食べたことがなかった甘味の魅力に目覚めてしまったもふらさま達は、今のところは、毛刈りに大変協力的である。 |