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■オープニング本文 それは、ある依頼の帰り道。 「たーすーけーてー」 依頼でとっても頑張ったから、帰ったらお風呂に入って、ごろごろしたい。 そうでなければ、美味しいものを食べに行こうか。 そういえば、ギルドの傍に新しいお店が出来たとか? 「だーれーかー」 いやいや、実は依頼はまだ終わってない。 依頼人に、この羊のぬいぐるみを返したら、それでめでたく終了なのだ。 しかし、このぬいぐるみ、ホントに良く出来ているなぁ。 「ひーつーじーがー」 そう、まるで本物みたい。 もしも本物の羊と並べても、すぐには分からないかも。 あ、さっき通った牧場で、ちょっと見比べてみればよかったかも。 「にーげーたー」 ところで、後ろからなんだかすごい足音が聞こえてる? 誰かが叫んでいるみたいだし。 いったい何があったんだろう? それは、依頼の帰り道。 開拓者さん達が何人か、走る羊の群れに飲み込まれてしまったのです。 もこもこのあちこちに、頭とか足とか腕とか見えている気がします。 悲鳴が聞こえているかもしれません。 嬉しそうな声にも聞こえます? 「たーすーけーてー」 誰かが助けを呼んでいるみたいです。 でもでもだけど、考えてみて? 開拓者さん達が脱出できないのに、誰かが助けに行ける訳がないのです。 |
■参加者一覧 / 霧雁(ib6739) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 その人達は、なんだか変わっていたのです。 まず、 「はぁ‥‥早く、服が着たいでござる」 ブーツはちゃんとしていますが、体にはふんどししかつけていない、謎の人がいます。 お名前は、霧雁(ib6739)さんです。 どうしてこんな格好になったのでしょう? よく分かりませんが、何かの大きな袋を提げています。後はふんどしとブーツだけ。 とっても、変な格好ですね。 「ギルドまでの我慢だ。幸い、今日は暖かいからそれほど辛いこともなかろう?」 あんまり寒くなったら、自分のマントを貸してあげるからと、親切なことを言っているのはラグナ・グラウシード(ib8459)さん。 ラグナさんは割と普通の格好ですけれど、なぜか背中にうさぎさんのぬいぐるみを背負っています。 時々、話し掛けてもいるようです。変わってますね。 でもなにより、先にマントを貸してあげれば、ちょっとは見た目が普通っぽくなるのでは? まあ、近くで見れば変な人達に変わりはないんですけどもね。 そんな変な人達は、二人で楽しそうに何かお話ししながら歩いています。 そんな人達からちょっと離れて、大事な大事な羊さんのぬいぐるみを抱えて、とーっても嫌そうな顔をしながら歩いているのはエルレーン(ib7455)さんでした。 一緒に依頼にお出掛けした開拓者さん仲間です。でも、一人はふんどしブーツで、もう一人は背中にうさぎさん。 しかも、背中にうさぎさんはエルレーンさんには兄弟子にあたるのです。 あぁ、嫌だ。今すぐ縁切っちゃいたい。ギルドに帰るまで、あと何時間? エルレーンさんの頭の中は、こんなことがいっぱい渦巻いています。 うら若き女性としては、当たり前のことではありませんか! 「もう、やだ。なんで、こんなのばっかり」 あんまり当たり前すぎて、考えが口からどーっと漏れています。 「まあまあ、そんなに怒りなさんな。あの恰好で街に入れる訳に行かないから、ギルドの報告を頼まれてくれれば、俺が服を手配するから」 四人の開拓者さんのうち、一番普通な感じはクロウ・カルガギラ(ib6817)さんです。 ふんどしブーツではありません。 背中にうさぎさんとも違います。 口からどばどば愚痴が流れ出してもいません。 霧雁さんとラグナさんのような不思議な格好でもなく、エルレーンさんみたいに世をはかなんでもいません。 前向き、朗らか、まあ‥‥流石に嬉しそうではありません。 こんな感じだから、そこは仕方がありません。 と思ったら、クロウさんの顔付きが渋くなりましたよ。 「さっきの牧場で、古着でも譲ってもらえばよかったな」 「あーっ、そうだよ。あんなの、街の人に見られたらまとめて変な奴って言われるもん。今から戻って、お願いしよ!」 それはいい考えだと、エルレーンさんも大きな声を出しました。 そう、ふんどしブーツに服を着せれば、とりあえず見た目は変ではなくなります。 中身はどうだか知らないけれど、ちょっと、いえ大分ましになるはず。 「ひーつーじーがー」 前の方を歩いていたラグナさんと霧雁さん、後ろの二人が騒ぐので振り返りました。 「何事でござろう?」 「さて? エルレーンは、時々奇天烈な振る舞いに及ぶこともあるからな」 妹弟子から『いつも奇天烈な奴』と思われているラグナさん、何事だろうと首を傾げている霧雁さんと呑気にお話しています。 その間に、クロウさんとエルレーンさんは『牧場に引き返しそう』と相談してしまいました。 クロウさんも、流石にこの四人組の一人でいるのは、ちょっと嫌だったのかも? そうして、こちらの二人が牧場の方を振り返った時。 「にーげーたー」 もこもこした群れが、こちらに向かって、それはそれはすごい勢いで走ってくるのを見付けたのです。 なんで? どうして? 全然分からないけれど、羊さん達がすっごい顔して走ってきますよ!! この時、クロウさんは落ち着いていました。 なぜって、クロウさんはアル=カマルのだけど遊牧民の出身です。 人より羊さんの方が多い場所で、ずっと暮らしておりました。 「ふっ、羊の扱いには慣れている。群れていたって、どうってことはないさ」 羊さん達はどこからどう見ても混乱して、慌てふためいて走ってきます。クロウさんも、何回か見たことがありました。 近くでいきなり大きな音がしたとか、そんな理由でも羊さん達はびっくりして走り始めることがあるのです。多分、今回もきっとそんなことなのでしょう。 「ぶつかってくると結構痛いし、羊が怪我しても大変だからな。早めに離れた場所に避難していてくれ」 「う、うん。そうするよ。ぬいぐるみが汚れたら大変だしね」 ここは慣れた人に任せるのが一番と、自信満々のクロウさんにお願いして、エルレーンさんはとっとこ離れようとしました。 だって、それでなくても羊さんは目が怖く見える時があるのに、今はものすごーく怖くて仕方がないからです。 ところが、 「なんで、邪魔するのよー!」 「なんと、邪魔などしておらんでござる。ぬいぐるみと一緒に、この塩の袋も預かってほしいだけでござるよ」 「うん、羊をおとなしくさせるのは三人でやるから、エルレーンは荷物番を頼んだぞ」 羊さん達がおかしいと、てくてく近くに戻ってきた霧雁さんとラグナさんとに、エルレーンさんは激突してしまったのです。 ぬいぐるみ、落としそうになってびっくりしましたよ。 あと、ふんどしブーツが近くにいるのは、嫌。 ラグナさんがいるのは、もっと嫌。 なんて、思っている間も、霧雁さんが大きな袋を押し付けてきます。 この袋、ぬいぐるみを取りに行った先でふんどしブーツになってしまった霧雁さんをかわいそうに思った優しい人が、これを服代にしなさいとくれたものです。 出来れば、古着の一枚でもくれた方がよかったんですけどね。 まあそれはそれ、塩が入った袋がここにはあるのです。 仕方がないので、エルレーンさんは荷物番をしようと考えました。 と、その時です。 「なんだ、お前、うぎゃ!」 なんとも情けない悲鳴が聞こえました。クロウさんの声です。 振り返った三人は、見てしまいました。 『邪魔する奴は、蹴り倒してやる』 多分、そんなことを言いたいのでしょう。 もこもこ、もこもこ、もっこもこの毛の塊が、クロウさんを踏みつけにして、三人を睨んでいたのです。 毛の塊だけど、目はありました。多分、ある‥‥と思う。 「な、アヤカシかっ!」 「ささ、ぬいぐるみだけでも、逃げるでござる」 「だけでもって、なんでよーっ」 それは実はちゃんとした羊さんなのですが、あんまり他の羊さんと違って膨らんだもこもこさんだったので、クロウさんはびっくりして‥‥ 見事に蹴り飛ばされてしまったのです。 大丈夫、生きてはいますよ。 そして、残りの三人は。 「「「ぎゃーっ!!!」」」 他の羊さん達の中に、飲み込まれていきました。 あ、霧雁さんの塩の袋がバラバラに千切れて、開拓者さん達と羊さん達の上に降っていきます。 塩は、羊さん達の好物なのです。 「ぬいぐるみが〜っ」 エルレーンさんの悲鳴が、聞こえましたね。 持ち主なので当たり前ですが、塩を一番たくさん被ったのは、霧雁さんでした。 他の人なら、服からはたけば良かったのでしょう。 でもふんどしブーツの霧雁さん、暖かい日で程よく湿った体に、塩の粒がぺたぺたくっつきます。 走ってきた羊さん達に蹴飛ばされて、ごろごろ転がっていきます。 止まったところに、また羊さん達がやって来て‥‥ 「羊さん達、何故そんな目で拙者を?」 そんな目がどんな目だか分かりませんが、霧雁さんは思いました。 食われる。きっと、羊さん達に食われる。 羊さん達は、霧雁さんを美味しいものを見付けた目で見ていたようなのです。 本当は、好物の塩を見付けてしまっただけかもしれません。というか、多分それが正解。 「だ、駄目でござるよーっ」 羊さん達が、霧雁さんの手や足やあちらやこちらをべろべろ舐めはじめました。 塩です、羊さんは塩を舐めたいだけなのです。 別に霧雁さんはどうでもいいのでしょうけれど、いっしょくたなのは仕方がありません。 「ぐひひひひひ!」 何か、妙な声がします。 「やめ、やめるでござるぅぅぅ」 言ってわかってくれるなら、羊さん達はそもそも走り出していないのです。 「らめっ、ちく、ちく」 羊さん達の鳴き声に混じって、何か聞こえていますが‥‥聞かなくても、多分いいことでしょう。 とうとう意味不明の叫び声になってきたことですし。 どうせ羊さんに踏まれたくらいでは、きっと死なないので放置しても大丈夫。 そういうことに、しておきましょう。 その頃、最初に羊さんの体当たりを食ったクロウさんは。 「いてっ、いててっ、あれお前? いてっ」 もっこもこの五乗くらいの謎物体に、これでもかと体当たりを繰り返されていました。 もはや一騎打ち。 ところでこの謎物体、良く見ると‥‥? かたやエルレーンさんはといえば。 「わーん、ひつじくさいよー。べたべたするぅ」 羊さん達が押し合いへし合いする中で、ピーピー泣いておりました。 もこもこして気持ちいいんじゃないかって? 羊さんの毛は、確かにもこもこしています。 でも野原を駆け巡って汚れているし、よく洗わないと結構脂ぎっているのです。 いやん、ぎっとぎと。 そんな羊さん達にもみくちゃにされて、大喜びなのはラグナさんでした。 「わぁい、もっこもこだぉ!」 羊さん達の中によいしょよいしょと入っていって、あちこち撫で繰りしています。 とっても嬉しそうですが、羊さん達は押されたり、ぐりぐりされてご機嫌ななめ。 ラグナさん、嬉しくて力が入り過ぎていますよ。 「気持ちいーね、可愛いーね、うさみたん」 うさみたんは、背中のウサギのぬいぐるみのことです。 無口なうさみたんは何も言いませんが、羊さん達に頭で押されたり、噛みつかれたり。 実は、こんなところは怖くて嫌だと思っているかもしれません。 「うーん、刈り取って冬用のおふとんにしたいぉ‥‥そうしたらうさみたん! もっちもちの寝心地のいいお布団になるぞー」 ラグナさんは、ものすごく幸せそうです。 でも遠くから見たら、羊さん達にどつきまわされているようにしか見えません。 本人が幸せなら、それでいい? 三十分くらい、経ちました。 羊さん達にあれこれされた霧雁さん、ぜえはあしながら、やっと気が付きました。 「そ、そうでござる。夜で脱出すれば‥‥!」 シノビの霧雁さん、夜という時間を一瞬停められる術の持ち主でした。 これを使って、羊さん達の群れから抜け出して、ぬいぐるみを届けに一人でも走ろうと思ったのです。 お仲間さんのこと? 「皆さんの犠牲は忘れな‥‥ぎへへへへへへへっ」 人のことを心配する前に、今のもみくちゃ状態で何か術を使うなんてことか、そもそも無理なのでした。 あと、ふんどしブーツだったのが、ただのブーツになっているから‥‥ きっと、街には入れてもらえません。 そして、犠牲扱いされた一人のクロウさん。 「お前、何年毛刈りされてないんだよ!」 もっこもこの五乗を押さえて、何年も毛刈りされていない羊さんだと調べ終えていました。 クロウさん、他のことは忘れちゃってませんか? 大事なぬいぐるみを抱えていたはずのエルレーンさんは。 「ぬいぐるみちゃ〜ん、どこぉ?」 羊さん達の群れから一度は弾きだされたのに、ぬいぐるみの羊さんがいつの間にやらいなくなっていたもので、泣きそうな顔で羊さん達の中を探そうとしています。 押しのけないと、中には入れません。 もう、ほんとに泣きそう。 羊さん達のど真ん中では、どんとかごんとか音がします。 羊さん達が、ラグナさんに体当たりしているのです。 めげずにラグナさんが撫でくり回すから、羊さん達も大興奮で抵抗していました。 「むふぅ、フカフカで気持ちがいいぉ。うさみたんもたのしいだお?」 うさみたんは、もう羊さん達の汚れを移されて、べったべたになっています。 でもうさみたんは、ラグナさんの悲しむようなことは言いません。 言えません、ぬいぐるみだから。 『お風呂に入りたい』 うさみたんが口を利けるなら、そんなことを言ったかも? あとで洗ってあげないと、夢枕に立たれちゃいそうです。 「はぁ、こんな風に美女たちにおしくらまんじゅうされたいものよ」 とうとう羊さんの一匹を枕にして転がったラグナさん、そんなことを言い始めました。 あ、うさみたんはちゃんと背中から下ろして、抱えていますとも。 でもラグナさん、落ち着こうよ。 今のラグナさんは、明らかに夢の世界を彷徨ってる目付きです。 それから、さらに一時間が経ちましたよ。 「あー、もうっ。お前と決着つけないと、駄目なのか!」 羊さん達の足跡をいっぱいつけたクロウさん、荒縄を使って、羊さん達を牧場に返す華麗な技を見せるところです。 でも、もっこもこの五乗羊さんに邪魔されていて、どうにもなりません。 「えーん、ぬいぐるみ〜。どこぉ?」 エルレーンさんは、羊さん達の中から羊さんのぬいぐるみを探すのに大変そう。 それは当たり前ですね。見分けが付かないくらい、そっくりなんですから。 「うーひゃひゃひゃっ、きゅけーけけけけけけっ」 あと、羊さん達の中から怖い叫び声がするので、その辺りには近付きません。 そんな声がするから、もっこもこの五乗羊さんも大興奮なのです。 邪魔だけど、怖いけど、気持ち悪いけど‥‥ 「うーん、うさみたん、天国だぉ」 その声に一番近いのは、もぞもぞしている羊さん達の中で、羊さんのぬいぐるみを枕に横になっているラグナさん。 この人は、全然他のことなんか忘れているので、叫び声も気になりません。 羊さん達の暴走は、まだまだ続きそうです。 |