二階の女が気に掛かる
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 3人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/17 03:58



■オープニング本文

●二階の女が気に掛かる

 その日、開拓者ギルドにやってきた青年は、見るからに気弱そうだった。
 なにしろ用件を言い出すのに、促されても十分も掛かっていた。
 どこからどう見ても、人見知り。

「二階の女性? どこの二階です?」
「ええと、あの‥‥」

 係員との会話は非常にまだるっこしいので、要点だけ抜き出そう。
 彼は人見知り激しい内気な青年ながら、事務仕事は得意。おとなしくも正直なので、大きな商家で経理を任されて、日々しっかりと働いていた。
 ところが最近、そんな彼に落ち着けない出来事が。
 まあ、春らしい話題で、とある女性に一目惚れしたのである。

 相手の女性は、彼の仕事先の隣の家に、つい最近引っ越してきた天儀人の商人一家の娘らしい。
 天儀の本店がジルベリアとの取引を広げるに伴い、主人の弟家族がうち揃ってジルベリアのジェレゾに居を据えたのだ。
 この商人一家は、店を構えているのではない。問屋として、天儀からの品物をジェレゾの商家に卸し、こちらの問屋から天儀に送る商品を買い付けている。
 だから、娘が店の看板娘になることもなく、滅多に家から出て来ない。青年の勤める商家とも取引が盛んなのに、こちらの主人とも最初に挨拶したきりだそうだ。
 でも街ゆく人々の様子は気になるのか、よく二階の窓から外を覗いていて‥‥

「その姿に一目惚れしたけれど、名前も分からないので調べてほしい‥‥って、自分の店の方に訊いたらいいじゃありませんか」
「そ、そそそそそそそんな、旦那さんに知られたら、ものすごくからかわれますよぅ」

 それは恥ずかしいから困る。でも何とか、彼女の名前は知りたい。
 じゃあ、自分で隣を訪ねて行って、訊いてみたらいいじゃないか。
 なんとはなしに会話を耳にしていた開拓者は、大抵がそう思ったのだけれど。

「なななななななんとか、かか彼女の名前を知る方法を教えて、もももらえませんか?」
「そういうのは、お友達に頼んだ方がいいと思いますよ〜」

 だいたい教えたからって、実行出来るのか?
 そこが一番の疑問だけれど、面白そうなので近付いた者が何人か。
 さて、どうしよう?




■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / ティア・ユスティース(ib0353) / 丑(ic1368


■リプレイ本文

「さて、正直に白状してもらおうかな?」
「な‥‥なななななな、な‥‥に」
 灰色がかった髪に左右の色が違う瞳、更に目の下から顎に朱く線を描いた顔で、丑(ic1368)が依頼人のハルヒに凄んでいた。特別脅すような顔付きはしていないが、地を這うどころか潜っていきそうに低い声に、ハルヒはまともに声も出ない状態だ。
 事情を聞かせてでいいのにと、『職場向かいの家の娘さんの名前を調べる依頼』を引き受けた柚乃(ia0638)とティア・ユスティース(ib0353)は思いながら‥‥ハルヒが答えるのを、一応待っていた。待たないのは、柚乃の連れ、玉狐天の伊邪那だった。
『ほらほら説明しなさいよ〜、ゆっくりでいいから。ね?』
 確かに、説明はしてほしい。
 けれどもハルヒは何を説明しろと詰め寄られているのかも、よく分かっていないらしい。ぜーはーと肩で息をしながら、ようやく口にしたのはこんなこと。
「白状って、なにを?」
 この答えに、丑が『にっこり』と微笑んだ。
 次の瞬間には、先程無理やりハルヒを座らせた開拓者ギルドの椅子がみしみしいう勢いで、相手の両肩を押さえて口を開く。
「ハルヒ君、実は‥‥あのお嬢さんと、かなり仲いいでしょ? 名前知らないって、ほんと?」
 嘘なんかついていませんと、いい歳をした青年が泣きかかっているのを、ティアと柚乃は盛大な溜息を吐きながら眺めていた。
『うっそ〜、正直になりなさいっ』
 伊邪那にも詰め寄られ、ハルヒは今にも失神しそうだった。


 時間は、依頼が持ち込まれた時に遡る。
 柚乃は依頼を受けるかどうかも決めない状態で、なんとなく開拓者ギルドにやって来ていた。一日一度は必須とまでいかないが、まあギルドの様子を知っておくための習慣だ。掲示板を眺めていると、連れ立って来ていた伊邪那は早くも『つまらない』と騒がしかった。
 何のことはない、伊邪那好みの依頼がないだけだ。彼女の好きなのは、恋愛ごと。まあ滅多に依頼で出てくるものではない。
 しかし、この日は違っていた。
「何、名前を聞くのに人の手助けが必要だって? まったく‥‥女性の一人や二人落とせなくて、何が男ですかねぇ」
 ちょっと心得を指南してあげるから、そこに正座しなさい。無駄に偉そうな口調の丑が、受付で真っ青になった青年をからかっているところだった。苛めているわけでないのは、顔を見れば分かる。多少言葉通りに呆れてもいるらしいが、本気で正座させようとか、そんな様子には見えなかった。
 が、いきなり横に立たれた青年は相当驚いたようで、声もなく硬直している。
 そこに、伊邪那が突っ込んだのだ。
『恋バナ? 依頼なの? 柚乃が受けてあげるわよ!』
「何の話ですかーっ!」
 自分は何のことか分からないと、思わず声高に主張したのが青年を余計に驚かせたのか。まさか伊邪那にぐいぐい押されたからではあるまいが、彼は椅子ごと横に転げていったのだ。
 行きがかり上、柚乃と丑が受付を手伝って助け起こす羽目になったのは、当然の成り行きであろう。たまたま近くにいて、見捨てておけなかったティアが一番の迷惑をこうむっている。

 そうして、三人は受付の補助がないと意味不明の迷路を彷徨い歩きまわる青年の依頼内容を、聞いてしまった。
 いや、すでに丑はだいたい聞いていたのだが。

 話を聞いて、誰でも思うのは『職場で訊けばいいのに』だ。それで解決、次の段階にすぐ移行可能なのだから当然のこと。
 しかし、彼にとって知人にこの恋心を知られるのは、只事ではないらしい。要するに、恥ずかしくて死にそうというやつだ。
「それはまあ、第三者の方が相談しやすい事柄は誰にでもあるでしょうけれど‥‥お名前を知るだけでは、当然ですが何も進展しませんわよ?」
 この気弱振りではそこまでとは思いつつ、恋心をこじらせた挙句に妙な方向に走る輩では困ると、ティアが一応探りを入れた。けれども、名前を調べてあげたら訪ねていくのかと問われた青年、ハルヒは視線を左右に泳がせているばかり。
 これはちょっと、どうなんだろうか。
 とにかく恋バナよと目をきらきらさせている伊邪那を抱え込んだ柚乃と、この情けない反応に困惑したティアが掛ける言葉を失っていると。
 丑が、彼の肩を軽く励ますように叩いた。
「名前が分かれば、手紙は書けるでしょう? 届ける方法まで、相談に乗ってあげなくもありませんよ」
 あんまり情けなさ過ぎて同情が溢れてきたと、たいそう失礼なことを口にした丑だが、ハルヒには同性の彼の方が幾らか反応もしやすいらしい。がくがく頷く姿は、全然信用出来ないというか‥‥
『この人、大丈夫?』
 まさに、伊邪那の言う通りで‥‥柚乃とティアは心底心配なのだけれど。


 名前が分かったところで、本当に手紙が書けるのか。
 その心配は消えないが、まあ次の段階のことは後で考えればいい。まずは相手の女性の名前を調べることと、三人は額を突き合わせて相談をした。真ん中には、伊邪那が頑張っている。
 相手は深窓の令嬢であるようだから、当然丑は表立っては動かない。相手の目に入るところで動くのは、ティアと柚乃の二人になった。
「代わりと言ってはなんだけれど、恋文の書き方はちゃんと教えるから」
「そうですね。殿方のご指南の方が、自然なものが書けますよね」
「私だと装飾過剰になりそうですし、お願いしますね」
 自分のことが相談されているのに、同じ卓を囲みつつすでに真っ白に燃え尽きた感があるハルヒはさておいて、三人が立てた計画はだいたいこんな内容だった。
 相手の女性は、朝夕と昼前後に外を眺める習慣があるらしい。だから、まずその時間帯を狙って吟遊詩人と占い師の二人連れを装ったティアと柚乃が通りを歩いて、注意を引いてみる。当人でなくとも、家族でもよい。接触する切っ掛けを掴むのだ。
 なかなかうまくいかなかったら、伊邪那に一働きしてもらい、直接相手に話し掛けて、こちらへ注意を引く計画も立てた。幸いにして、人目を引かずに声を掛けたりする方法には、二人合わせれば事欠かない。
 その間、仕事の合間を縫って、丑がハルヒに効果的な女性あしらいは一足飛びには無理だから、せめて緊張を解く方法を伝授。その上で、手紙を書かせて、届けようというのだ。
 ちなみに手紙の届け方は、真ん中で『あたし、あたし!』と主張してやまない小さいものにお願いする予定でいる‥‥一応。頼んで安心なのか、柚乃もちょっと心配。
 こうして、三人はまずその日の夕方に、相手の女性の顔を確かめようと、話題の家の窓がなんとか見える道端での世間話中を装っていた。他の時間にも、ちょっと様子は見ていたが、姿を見ることは叶わなかったので‥‥
 そうして。


「さて、正直に白状してもらおうかな?」
 丑が、ハルヒにもう一度同じ台詞で詰め寄っていた。
「な、ななななななな、なにを?」
『だーかーらー、あの子と知り合いでしょ?』
 伊邪那が遠慮も容赦もなく言い放ったのに、ハルヒは慌てて三人の顔を見回したが‥‥
「そう見えましたわよ? だって、あの方、あなたの仕事が終わられる時間頃から、お店から出て来るまでの間、窓の外を見ていらっしゃって」
「ハルヒさんも、ちゃんと窓を見て、ご挨拶していましたよね?」
 また、視線が泳いでいた。何か言い出そうとしてはいるが、全然言葉が出て来ない。
 だが、いい加減待っているのも大変だし、ちゃんとした説明がないと困るのはどんな依頼でも同じだ。ついでに、色々気になる。
 気になって、仕方がない!
「ちゃんと説明してください」
「ゆっくりでいいですから、ね?」
 励ますように、にっこり。
 たぶん、ハルヒの目には彼女達の笑顔が肉食獣のそれにでも見えたことだろう。
 でも伊邪那と丑の方が、もっと怖い何かに見えていたのは間違いなかった。
「えと‥‥」
『聞こえなーいっ』
 随時突っ込まれながらの説明は、吟遊詩人のティアにしたら可愛らしい、柚乃にもほのぼのとするような、そんな話だった。
「‥‥帰りたい」
 丑だけは、投げやりな気分になっている。


 さて、この翌日の昼のこと。
「あの家のお嬢さんは相当な引っ込み思案で、知らない土地に来たものだから余計に家に引きこもっているそうですよ。出入りの商人でも、滅多に顔を見た人はいないとか」
「‥‥どうして?」
「ん? このくらい、ちょっと出入りする人やご近所に尋ねればいいことです。大丈夫、あなたの名前は出していませんから」
 昼食はいつも近くの食堂で取るというハルヒに付き合った丑が、すらすらと並べた情報に相手は食事も忘れている。しかし、この程度は丑にしたら初歩の初歩、せめても自分の楽しみに、尋ねるのは女性に限定したが、同性相手でも顔を出さないとは相当の人見知りであろう。
 その人見知り娘が、これまた人見知り男が家の前を通るのを待ち構えて、窓の外を一心不乱に窺っていた。他の人目に触れるのは嫌のようで、最初から観察していると挙動不審な娘さんがいるようにしか見えないが‥‥丑が見たところ、あれは相当気合を入れて、待っている。
 ちなみにこの意見には、ティアと柚乃も頷いていた。ティアは彼女が髪を結ったばかりだと、柚乃は着ているものが日常着にしてはかなりお洒落で華やかなものだと見て取っている。
 つまり、頑張っておめかしして、窓から通りを覗いているのだ。
 何がきっかけなのか、ハルヒを幾ら突いても当人もよく分かっていないらしい。たまたま窓の方を見上げていて、ひょいと顔を覗かせた彼女と目が合って、ハルヒは慌てて天儀人でも滅多にしないくらい頭を深々と下げて挨拶した。
 その後も何度か似たようなことがあり、毎回丁寧に頭を下げている内に、毎朝夕とたまの昼に窓越しに挨拶するようになっている。同時に、だんだんと気に掛かり、とうとう思いつめて依頼に及んだわけだ。
 第三者が観察していたら、片方は出て来るのを待っているし、もう片方はいるかどうかと窓を見上げるのだから‥‥
「もう勝手にしてくれても、いいんですけれどねぇ」
 挨拶するだけの関係から進めるよう、手紙の書き方くらいは教えた方がいいだろうなと、丑も思ってはいる。なんか馬鹿馬鹿しいが、後押しは絶対に必要だ。
「手紙の便せんも緊張して選べないって、子供ですか。よく知らないと思うから緊張するんですよ。でも今まで顔を合わせた中で着ていたものから、好きそうな色とか想像出来るでしょう」
 女性を口説く基礎の基礎を指南しながら、丑は他の二人が頑張ってくれることを切に願っている。


 その少し前のこと。
 柚乃とティアは二人連れで、とことことハルヒの働く商家を訪ねる素振りで歩いていた。相手の娘の家が小売ならよかったが、問屋を吟遊詩人や占い師でございと行くのは不自然過ぎる。幸い、ハルヒのいる店は生地商いだから二人が行っても不思議はなかった。
 しかし目的は店ではなく、ハルヒが昼食に出掛けたのを見送っている娘の方にある。本日は薄紅の色無地らしい振袖に、桜か桃の簪を合わせているようだ。昨日も赤系統を着ていたから、そういう色が好きかもと二人は確認怠りない。
 と、そういうことには無頓着、既に恋バナで頭がいっぱいの伊邪那が、するりと二階の窓辺に登っていった。彼女が近付いて、ティアが『貴女の声の届く距離』で接触を図るのが計画である。なにしろ、ハルヒを見送るとそそくさと家の奥に戻ってしまうので、急がねば。
『あのねぇ』
「‥‥‥‥お、おおおおお父さーんっ!」
 勢い込んだ伊邪那が話し掛けたら、戻ってきたのは悲鳴だったのだけれど。あまり人語を解する相棒と縁がない人だったらしい。
「えーと、どうしましょう?」
「あらぁ。まあここは、連れがお騒がせしましたってお詫びに行くのがいいわよね」
 お詫びついでに、何曲か披露させてとお願いして、色々情報を仕入れよう。
 そう決意したティアと柚乃に連れられた伊邪那は、首の後ろを摘まんでぶら下げられ、たいそう不満ではあったけれど、一つの呪文を唱えて耐えた。
『恋バナ、恋バナ‥‥』
 速やかに件の家を訪ねた二人は、ちょうど天儀から商売仲間が来ているので色々話をと歓迎された。おかげであっさり入り込めたが、目的の娘に会ったのは二時間も後のこと。
 とことん人前に出るのが苦手らしい相手に、これはなかなか難物だと思いはしても、ティアは笑顔で相手の緊張をほぐす術も心得ている。柚乃は天儀出身ということで、まだ緊張せずに済むらしい。
「さっきはうちの伊邪那がすみませんでした。綺麗なお着物だから、気になったみたいで。私が神楽の呉服屋さんに間借りしているもので、この子も着物や生地がつい気になるんです」
 今日も向かいの店を見ようと思ってきたところだと、虚実取り混ぜた柚乃の言葉が良かったのか、娘も少しずつ受け答えするようになってきた。
 それを見て、ティアがそう言えばと切り出す。
「名前も申し上げずにごめんなさい。こちらは柚乃さん、私はティアと言うんです。この子は伊邪那」
「あ、こちらこそ失礼しました。伊邪那さんも、驚かせてごめんなさいね。私は‥‥」


 夕方になって。
「いきなりそんな高い便箋でなくてもいい」
「お名前にちなんだ色柄がならこの辺りですね。でもこちらの流行も気にしていらしたから」
「飾り物に興味があるようでしたから、便せんを丸めてリボンで結んだりすると喜んでくれるかも」
 丑にがっちり腕を取られて逃亡防止されているハルヒが、紙を扱う店の中で途方に暮れていた。柚乃が彼女の名前にちなんだ柄の髪を選んで目の前に並べ、ティアは紙の厚みを確かめてやっている。
 ペンは慣れたものが良いが、インクはちょっとこだわってもいいかも。いや、いきなりそんなにすると後が大変だから、出来るだけ等身大で。
 もはや呆然として役に立たない当人を他所に、三人は真剣に検討を重ねて、最終的に三種類の便せんからハルヒに書きやすいものを選ばせた。どうせ失敗するので、十枚ほど。
 その上で、ギルドに連れて行って、そこで書かせている。伊邪那に届けさせるため、とっとと書いてもらわないといけないのと、丑の恋文書き方教室があるからだ。
「あ、ハルヒさん、その字じゃありませんよ」
「こちらの画数が多い方です。この字」
 下書きは別の紙にさせたら、いきなり名前から間違えた。柚乃とティアに手を取られそうな勢いで、これだこれだと教えられている。
 その名前が書けても、今度はそこで止まってしまったのだが。
「‥‥‥‥今度直接お話ししたいです、とだけ書くといいですよ。そんな震えた手で、長い文章は無理でしょう?」
「は、はい。さ、く、ら、さ、ま‥‥」
 三人に見詰められつつ、ハルヒがようやくなんとか清書を始めた。恋文と言うのもあれな、短い短い手紙。
 一行目には、少し震えた線で、相手の名前が書き記されている。



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