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■オープニング本文 『よう、開拓者でもふな。この世の修羅場、開拓者ギルドにようこそでもふ。ここのギルドで依頼を受けるのは初めてもふ? ふふふ、大丈夫もふ。最初は苦行でも、それが快感に変わり、いつの間にか依頼なしではいられなくなるもふ‥‥そうなる頃には、一人前の開拓者の完成もふよ』 そこでは、一頭のもふらさまが、含み笑いつきで出迎えてくれていた。そもそも顔の造りが笑っているようだとは、言ってはならない。 場所はジェレゾの一角。入口には『うら・かいたく者ギルド』と華やかな黄色い文字で大きく書かれた看板が掛けられた、どう見ても倉庫っぽい建物だ。 確かに、位置は開拓者ギルドの正しく裏。 覗いてみれば、中には一応カウンターらしきものがあり、そこには見慣れた受付の姿は‥‥なかった。 『いよう、開拓者がや。覗いとりゃせんで、ずずぅっと中にへえれや。ちょんど、依頼が入っただよ』 いや、それっぽいものはいる。 どこの訛りかも分からぬ謎言語を操る、土偶ゴーレムがカウンターの向こうには立っていた。 依頼書らしきものを手にしているが、書かれているのは明らかに人語ではない。 と、土偶ゴーレムの背後から、ゆらりと立ち上がった影がある。 古びたクッションに横たわっていた、真っ黒艶やかな毛皮をまとったそれは、長い二本の尻尾を持っていて、どこからどう見ても立派な黒猫又だ。 『ギルドマスターのお成りもふ』 『やいやい、マスター直々のご説明だじぇ。よんぐ聞げ』 裏開拓者ギルドのギルドマスター様は、真っ赤な口を開いて仰った。 『お前達、春を捜しておいで』 春? 自称裏開拓者ギルドマスターの猫又吹雪は、相棒が本物の開拓者ギルドマスターだというばかりでなく、顔が広い姐さんだ。 まず開拓者ギルド出入りで、係員達と顔馴染み。 またギルドマスター、ジノヴィ・ヤシンの娘達から、その友達とも仲良し。 そして、子供達に時々お菓子を買い与えるためと自分のおやつ代稼ぎに、近所の鼠退治請負業を展開中。 最後のお仕事は、猫又仲間から近隣の野良猫まで駆り出して、相当手広くやっているらしい。 そんな彼女が、捜して来いと言ったのは。 「春って、季節の春?」 『そう。捜しておいで』 「春っぽいものを捜して来いってこと? 具体的に目標があるの?」 『見ただけで春が来たって分かるもので、持ち運べるもの』 春の訪れを告げる『何か』、しかも持ち運び可能なもの。 そういうことらしい。 さて、どうしよう? |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
皇 那由多(ia9742)
23歳・男・陰
フォルカ(ib4243)
26歳・男・吟
ハティ(ib5270)
24歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ジルベリア帝国の都ジェレゾの開拓者ギルドの裏には、裏・開拓者ギルドがあると言う。 「噂の裏ギルドを覗きに来てみたが、予想以上に変わっていたな」 「猫‥‥だったしな」 その裏ギルドの戸口の前で、そこから出てきたばかりのハティ(ib5270)とフォルカ(ib4243)は、ややひそめた声で囁き交わしていた。小さくても通る声は、一緒に出てきた人々にもよく聞こえている。 知っている者ならよく知っているが、裏ギルドのギルドマスターは猫又だ。名前は吹雪。話振りはとっても偉そう。性格は我儘。 そんな彼女が、今回は『春を探して来い』とのたまった。 「猫が、春を探して来いとはこれいかに」 「だいたい、一言で春って言っても色々なのよね〜。どういう『春』かしら?」 珍しいものを見てしまった的な態度の先の二人と違い、吹雪とは顔馴染みの羅喉丸(ia0347)と葛切 カズラ(ia0725)は、一体何が目的でこんなことを言いだしたのかと首を傾げていた。猫又のやること、気まぐれの可能性も高いが‥‥それにしては、なんだか切羽詰った様子があったような? 『三月なのに、雪が降るか』 『ほんとだ。このお天気で春っぽいものなんて、見付かるかなぁ』 二人が連れている天妖の蓮華と人妖の初雪も首を傾げていたが、もっと困惑しているのはルオウ(ia2445)だった。一緒に来た神仙猫の雪に、 『地道に歩いて探していらっしゃい。私はここでお茶をいただいてから行きますので』 と、他の皆とまとめて追い出されたからだ。多少呼び名の違いはあれ、猫同士火鉢の傍が好きなのは変わらないらしい。 「春って、簡単に言われてもなー」 なんと薄情な相棒かと、もう一羽連れていた輝鷹のヴァイスに愚痴を呟いていたら、横にいた叢雲・暁(ia5363)があっさりとこう口にした。 「春と言ったら、僕の地元じゃ冬眠明けの爬虫類と咲き掛けの蕾が代名詞だけど?」 それって、雪国も同じじゃないの? それとも違う何かがある? 帝国生活が長いハティが、咲き掛けの蕾には頷いてくれた。しかし、爬虫類には反応が薄い。 否。全体に『何も爬虫類でなくてもよいのでは』感が漂っていた。 だが、しかし。 「冬眠明けの熊を連れて来ても、吹雪さん、お怒りになるでしょうし。でも蛙なんて連れてきたら、それはそれで‥‥ねえ?」 さらっと『熊』と言っちゃう皇 那由多(ia9742)よりは、まあ実現しやすい意見だったようだ。でも、吹雪のみならず、雪もいるところに爬虫類は、やはり危険な気がする。彼女達ほどではなくても、ハティの忍犬リアンや暁の又鬼犬ハスキー君だって、目の前で放されたら弄りたくなるかもしれないし。今のところは、どちらもいい子に座っているのだが。 そんな風に、なぜか入口でこそこそ話し込んでいた七人は、突然揃って同じことをした。 『だから、何事です? 何かお悩みでしたら、話くらい聞きますわよ?』 わざわざ春を探せなんて、人を使うからには理由があるのでしょう? 裏ギルドの中で、雪が吹雪に口調は穏やかに、しかしきっぱりした調子で尋ねるのが聞こえたからだ。それでどうして気配を消すのかとは‥‥訊かれたところで、誰も応えたりはしないだろう。 それから、しばらくして。 「では、出来るだけ急いで」 それを合言葉に、皆は『春』を探しにそれぞれ思い付いた場所へと向かい始めた。 春と言えば、やはり‥‥ 「花見だよな」 「ジルベリアなら、春を呼ぶ祭りがあるのだろうな。それにつきものの食べ物も」 「お昼寝に最適のぽかぽかした場所でいいなら、楽だったけどね」 「早生の野菜果物も、狙い目だと思うのよねぇ」 ちょっと郊外に出掛けてくると言った皇とフォルカ、ハティの三人と別れて、ルオウと羅喉丸、暁、カズラの四人は街中へと足を向けていた。目的とするものは多少異なるが、春を感じる食べ物を探すのが良さそうだと考えているところは同じ。 さっきは雪がちらついていたが、今は雲の切れ間から暖かな陽光が落ちてくる。この暖かさを満喫出来る場所で良ければ、一時間くらいで何か所だって探してくる自信が暁やルオウにはあるのだが、残念ながら今回はそれでは駄目なのだ。 最初はうっかり日向ぼっこが出来ればよいだろうと早合点していたルオウも、事情が分かった今は知恵を絞っている。とりあえず食べ物関係で攻めてみようとは思ったが、他にも何かないかと周囲を窺っているのだ。 見た目は同様の暁は、しかし単純に食べ物の匂いにつられていた。要するに、注意を払うのは美味しそうな匂いとか。ハスキー君を連れて、早々に一行から離脱した。 だって、美味しそうな燻製が売っているのに、羅喉丸とカズラは全く興味がなさそうなのだ。これはもう、別行動でいいはず。手分けして、いいものを探すのだと思えば問題はない。 「あ、二人とも。ちょっと待って」 カズラに呼び止められた暁とルオウは、あることを耳打ちされて、そちらの方が得意だから任せておけと胸を張った。 「じゃあ、情報は頼んだ」 『遊んでいる場合ではないぞ?』 続いて、羅喉丸と初雪とも別れたカズラは、以前に顔見知りになった仙猫を訪ねていった。彼女の場合、その飼い主である男性とも非常に仲が良いが、まずは仙猫が目当て。 「あらやだ、夢路さんたら。服のボタンが掛け違ってるじゃない」 『それはいいんだよ。よく来てくれたねぇ』 今日も今日とて凝った服を着ている仙猫の夢路は、顔見知りの訪問に髭をふるわせて歓迎の意を示した。 それはもう、大歓迎である。 さて、重要な情報収集はカズラにお任せするとして、羅喉丸は蓮華と一緒に食堂の店先に佇んでいた。最初は図書館で調べ物でもと思ったのだが、季節のものはやはり取り扱っている人々の方が敏感だという気もしたので、まずはこちらに。 『羅喉丸、あれ』 「酒? なんだ、興味があるのか?」 『えぇい、飲みたいわけではない。あの瓶を見ろと言うておるのじゃ!』 入り口から覗いた限りでは、春だからと特別な飲食をしている様子はなかったが、蓮華が見付けた瓶は確かに少々気に掛かる。店員も賑やかにしている彼らに気付いて、さあ入ってと言わんばかりの身振りで挨拶を寄越していた。 「すまん、ちょっと教えてほしいんだが」 空いた席に座って、そう切り出した羅喉丸の持ち出した相談に、店員は奥から商品を幾つかと、料理人とを連れ出してきてくれた。 爬虫類で済むなら、一番簡単だったろう。ちょいとその辺りの野原で、これと思う場所の石でもひっくり返し、下からえいやと掴みだしてくればいい。そのひっくり返す『石』が、大抵の人が『岩』だという代物だとか、多くの女性は蛙も蛇も掴めないことはさておくとして、暁には非常に簡単なことだ。 しかし、どうも事前情報からすると爬虫類はよろしくない。もしかしたら平気かもしれないが、まあ冒険しなくても良かろう。 そんなわけで、彼女はハスキー君と屋台を巡っていた。もちろん春らしい食材を探す目的もあるが、今のところ主眼はお肉だ。燻製とか、腸詰とか、塩漬け肉のスープなんかも悪くない。ハスキー君には、薄味か塩なしがいいのだけれど。 「店先で美味しいものが食べられて、春っていいよねぇ」 商売もしやすいし、いい季節になってきたものだと話を合わせてくれる屋台の店主に、暁は右に腸詰、左に焼き肉の串を持ちながら、本日の目的について尋ね始めた。 足元ではハスキー君がお預けを食って、右を見たり左を見たりしている。 春と言えば、やはり花見。花より団子という言葉もあるが、花見には弁当はじめ欠かせないものが色々とある。まあ花見は、なにより誰と行くかが問題であって‥‥ 「あ、場所探し」 春にも祭りがあるのは、ジルベリアも変わらないだろうかとか、花見は何の花を見るんだろうから始まって、結局食べることとか自分の幸せ状況に考えが飛んでいたルオウは、お遣いから戻ったヴァイスが肩にとまるぞと鳴いたので我に返った。 こちらもちゃっかり買い込んでいた焼き肉串の中から、塩が少ないところを千切ってやると、ヴァイスは器用に受け取って食べている。その前の態度からすると、捜せと伝えた場所はめぼしいところがなかったようだ。 そもそも人の目で見ないと、いい場所は探せないかと思い直したルオウだが、あいにくとジェレゾの街に詳しい訳ではない。詳しそうな人は別に出掛けているし、雪は相変わらず裏ギルドだろう。そろそろ迎えに行かないと、また何か言われそうだとルオウは考え‥‥ そういえば、ものを尋ねるならあそこがあったと、慌てて踵を返している。 街中を歩いて港の方角へ。 郊外に出ようと決めた三人は、足早にフォルカの甲龍サフィーヤと皇の駿龍乙女の元に向かっていた。途中で、ハティは鉢とシャベルを入手して、他の二人にも配っている。 「おっと、鳥籠がないと駄目だった。ちょっと先に行ってて」 「港で迅鷹用の籠を借りては? 野鳥を入れるなら、大きい方がよくはありませんか」 鉢を持たされて、フォルカも自分の計画に用意が必要だと思いだしたが、皇の言い分がもっともなのでまずは港で頼んでみることにした。 彼らの用意は、郊外で春告げの植物や鳥を見付けて持ち帰るためだ。もちろん鳥は一時的に来てもらうだけ。植物も摘むのではなく、鉢に植え替えて持ってくるつもりでいる。 幸いにハティが帝国生活が長いので、今の時期に見られるものは大体わかる。後は手分けして、目的のものを探すだけのはず。 「もうちょっとひねりが必要な気がするけど‥‥何がいいかねぇ。単に春ってだけなら、雪解けして歩きやすいってのも春だからだし」 ハティはまだ首を捻っているが、歩きやすいから春の気分は日頃から雪国生活をしている彼女ならではの実感だ。確かに道行人も上着が薄手になっているようだが‥‥天儀に比べたら、まだ大分厚手。皇は、春はまだ遠い感じを受けているようだ。 「なんだ、きみはこの楽しさが分からないのか。ほら、日陰に残った雪と乾いた道の埃、秋の終わりから下敷きにされた枯葉が砕けた名残なんかが出てくると、もう春を感じるんだよ」 「枯葉で春‥‥ですか」 「そうか、なんで枯葉が落ちてるのかと思ったら、そういうことか。桜でもあれば、分かりやすいのにな」 どちらかと言えば生活圏が天儀の二人は、ハティの力のこもった語りに少しついていけていない。埃っぽいと言えば冬の印象だし、枯葉はやはり晩秋のもの。そりゃあ天儀でも雪深い方なら似たようなことを言うかもしれないが‥‥とりあえず、石畳の上にまだ湿った枯葉がへばりついていたりすると滑って危ないのはよく分かった。 あと、郊外はまだ雪がかなりあると思って良さそうだ。日陰に残っている雪の量から、そう思う。間違えて、龍を畑に降ろしたりしないように注意しなくては。そんなことをフォルカと皇は思っていた。ハティの語りは、大分耳を右から左に通り抜けている。 なんにしても、出掛けて戻るとなれば、それだけで時間もかかる。雪相手にぶーすかぴーすかぶちまけていた吹雪が爆発しないうちに、急いで行ってくる必要はあるだろう。 だというのに。 「乙女、そこの女の子が気に入ったからって、お出掛け拒否は認めませんよっ」 港に預けていた龍を連れ出す段になって、皇は乙女となにやら始めてしまった。乙女というから雌かと思えば、実は雄だったようだ。確かに春は生き物全般の恋の季節かもしれないが‥‥ 「なんで、雄に乙女?」 「赤ん坊の時に、雌と勘違いしたんじゃないか?」 龍舎で隣にいた妙齢女性龍と別れ難くしている乙女を引きずり出している皇の姿に、フォルカとハティは首を傾げている。 ちなみにこの間、『乗れ』『乗せるんだ』と互いに言われたリアンとサフィーヤは、どうしたものだろうかと顔を見合わせていた。サフィーヤも単なる移動で速度を要求されなければ、フォルカ以外にもう一人と一匹は乗せられるが、安定するかと言えばいささか問題が‥‥ なんにしても、三人と三頭のお出掛けは色々荷物も抱えた上で、そこそこ順調に実行されたのだった。 目的は、揃って春を探しに。 しばらく後に彼らが持って帰ってきたものは、それぞれに随分と違うものだった。 突然だが、ここに夢路という虎柄の仙猫がいる。 彼女は最近、長年一緒に暮らした老婦人を看取った後、その息子夫婦が飼う二十匹の犬との同居は気が進まないと引っ越しをした。その際も、やはり裏ギルドを訪れた開拓者達が、転居先探しに奔走した。 ちなみに夢路の転居先は商家だが、そこでは主人が恩人と大事にする老家政婦が夢路のお世話役になっていた。隠居を勧めても頷かない働き者に、あまり手が掛からない夢路の世話をさせることで、双方に楽をしてもらおうということだ。この家政婦の名前は、テレジアという。 そのテレジアが、羅喉丸に背負われて、住み込んでいる商家近くの喫茶店にやってきたのは、皆が再度集合してから一時間もたたぬうちだった。 「こちらの席がいいわよ。日当たりも景色も極上で。ルオウ、いいところ捜してくれたわね」 「掛け合ったのは俺だけど、ギルドで教えてもらっただけだから」 特別に作ってもらった猫用席では、その夢路と雪、吹雪がすでにちゃっかり座っていた。もちろん日当たりがいい、二番目にいい席である。 一番目には、右足を包帯でグルグル巻いているテレジアが、カズラと羅喉丸に助けられつつ、ゆったりと腰を下ろしたところだった。 「ギルドマスターの娘さん達に贈り物かと思ったら、違ったんだな。最初にそう説明してくれれば良かったのに」 『うるさい』 自分は呼ばれただけみたいな顔をしていた吹雪は、羅喉丸にからかわれてぷいと他所を向いた。 今回の騒ぎは、雪道で転んで足を痛めたテレジアが、すっかり気落ちして『自分はもう春まで持たないかも』と口にしたことに始まった。去年、長年の飼い主と死別したばかりの夢路が慌てふためいて吹雪に相談に行き、大分考え方が人がましいとはいえ猫又の吹雪も対処に迷い、猫又仲間や土偶やもふらさまなどと額を突き合わせて相談した結果、 『春らしいものを見せたら、夏まで頑張る気になるかも』 そうまとまって、『春を探せ』になったのだ。 お見舞いとして考えれば悪くないが、なんでそこで『夏まで頑張る』なのかは‥‥七人とも不思議に思ったが、あえて指摘しないであげた。吹雪も夢路も、今回はいっぱいいっぱいだったのだろう。 そして、突然訪ねてきたカズラに驚いたテレジアは、更にぞろぞろと開拓者がお見舞いと称してやって来たので、身に沁みついた家政婦魂でおもてなししようとして、反対にもてなされ始めている。 『見て見て、イチゴ!』 『はいはい、あんまり触るとおいしさ半減だから、こっちに置きましょうね』 目の前では、初雪とユーノが小ぶりの苺を綺麗な器から取り出して、皆に見せたり、置かせたり。 お茶は皇が一番近くに見えた山まで乙女を急がせ、そこで汲んで来た雪解け水で淹れようと、卓上に焜炉を出してなぜか鍋で沸かそうとしている。 「雪が入っていますが、綺麗なところを選んで取ってきましたからご心配なく。もう大分溶けてしまいましたけど」 「なんで鍋?」 天儀風のお茶もいいかなと、皇が器を色々用意しているのには手を出さず、雪の手助けで中庭に温室栽培の花を飾っている喫茶店を見付けたルオウは焜炉の上の鍋に首を傾げていた。雪が見えるようにだと説明されて、なるほどと暁と一緒に感心している。 「あ、この茶碗は使いたいな。桜湯、見付けたから持って来たの」 そんなお水で淹れるなら、自分の買ってきた桜湯も出したいと、暁は荷物をがさごそさせ始めた。最初より妙に嵩張っていると思ったら、他にも色々買い込んできたらしい。 最初に雪が吹雪から大まかな事情を聞き出してくれたので、爬虫類は駄目だと悟った彼女は随分あちこち歩き回って、春らしいものと一緒に自分達の好みの食べ物もたくさん仕入れたようだ。 これらと皇が仕入れた雪の下保存で美味しさ倍増の野菜は羅喉丸が回収して、ブリヌイはじめジルベリアや天儀の春につきものの料理になっている。怪我で気落ちしたテレジアのお見舞いと聞いている店の方も、こころよく厨房を貸してくれたのみならず、ハティの桜餅、フォルカが近所のパン屋で見付けた春の新作パンなどの持ち込みも許してくれた。 更に部屋中に、郊外に向かった三人が集めた春告げ草の数々が鉢植えで飾られている。別に鳥籠があるのに、猫勢がちらちら目をやっているが、これはフォルカががっちり守っていた。 「いくら猫だからって、この鳥を襲ったら許さんぞ」 そんなこと分かっているが、種類は違えど猫族達は鳥が気になるのだ。雲雀も警戒しているのか、あまり鳴かないのが残念なところ。わざわざ吟遊詩人の技能を使ってお招きしたので、ここは春らしく鳴いてほしいのだが。 猫族達がわさわさしていると、犬族達もちょっと落ち着かない感じでいる。が、彼らがうろうろすると、一つ困ることがあって。 「あ、ハスキー君、毛が落ちるからあんまりうろうろしたら駄目よ」 外ならいいけど、お店だから座ってなさい。と暁に指示されたハスキー君、素直に床に伏せた。リアンもハティの足元にうずくまったが、その飼い主の方はなぜかフォルカを見ている。 「そういえば、フォルカは今の時期に髪が抜けたりするのか?」 「えっ、そうなんですか? それは大変ですね!」 「‥‥季節ごとに髪が抜けたら、そっちの方がよほど大変だろうが」 まずそこを察してくれと、フォルカの力が抜けた抗議に、皇がなぜか残念そうにそうかと納得したようなしていないような態度で、ルオウと暁は遠慮なしの爆笑で応えた。もっと遠慮がないハティは、自分が尻尾を梳ってやろうかとからかっている。 と、それまでは皆の勢いに押されていたテレジアが、ころころと笑い声をあげた。 「そうねぇ、もうそういう季節なのね。夢路さんも、いつもより念入りにブラシを掛けてあげなきゃ」 『うん、よろしくね』 最近はそういうのもご無沙汰していて、さっき少しカズラに背中を掻いてもらっていた夢路だったが、仙猫的笑顔でテレジアを見上げていた。少し元気が出てきたので、ほっとしている様子だ。 それを横で見ていたカズラも、一安心と表情で語っている。テレジアの雇用主である男性と懇意にしている彼女も、今回はそれなりに心配したのであろう。男性からも、なんとかしてくれと頼まれてもいたらしい。 「ぜひ元気出してくれなきゃ。また来た時に、テレジアさんの美味しいご飯を食べたいものね」 「ふうん、上手な方の口に合うか分からないが‥‥今度手ほどきでもしてもらおうかな」 ちょうど羅喉丸が、人用は勿論のこと、犬猫用に人妖向けと取り揃えた料理を運んできてくれて、それぞれの好みに合わせて飲み物も、酒込みで配られた。この酒は昨年秋に漬けた果実酒の封を切ったばかり。 乾杯の声の後、しばらくは食べたり飲んだり、おしゃべりしたりとしている内に、カズラがあらと窓の外を見やった。 「雨の音がしたと思ったけど、今は晴れてるわよね?」 「あぁ、それはね」 テレジアが指して、ハティが窓を大きく開けて見せてくれたのは、屋根の雪が解けた水が滴るところ。その音が雨音に聞こえたのだ。 「なるほど。これが春の音か」 さっき話していた意味が分かったと、フォルカと皇が頷く。 「面白いねぇ。晴れた時の方が、水の音がするなんて」 暁も外を覗いて感心していたが、流石に外の風が入ると肌寒い。また熱いお茶を貰って、ハスキー君の首を抱え込んだ。 しばらくして、少しだけ開くように直されて窓の中から、吟遊詩人達の歌が聞こえてきた。 拍手や笑い声と一緒に。 |