雪原に舞う蝶
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/31 08:30



■オープニング本文

 最初に姿を見せたのは、昨年の夏の終わり。
 それ以降、堕天使と呼ばれるアヤカシは一月か二月を置いて、姿を見せていた。

 堕天使。ジルベリア帝国では禁教になった神教会で言う、神を裏切って悪に染まった御使いのこと。
 その教義を研究することを許された、信徒捕縛の役に就く役人で帝国内でもごく少数の研究者達は、堕天使は人型のアヤカシを示していたのだろうと推論を立てていた。
 確かに、その堕天使達も人の姿で背中に鳥のような翼を一枚だけ持っている。過去にこのアヤカシを目撃した者がいて、それが神教会信徒ならば堕天使と呼んで怖れたかもしれない。
 なにしろこの片翼の堕天使は、人の血を吸って殺してしまうのだから。

 けれど、その堕天使達は出現回数を重ねるにつれて、変化していた。
 元は成人と変わらぬ大きさだったものが、徐々に小さく幼児の大きさに。変わらないのは、背中の片翼だけだ。
 その片翼で宙を飛び、人や生き物を捕えては血を吸う。
 そして、五回目の今回。

「前回は、とうとう羽妖精の大きさまで確認されたな。今度はどうなった?」
「蝶です、白い蝶が含まれました。人型じゃありません。いえ、人型もいて、それが蝶の群れを率いているように見えます」

 人型堕天使の大きさは、不思議と成人に戻った。
 これまでは少なくて数体、多ければ十から二十体くらいの群れで飛来していた堕天使は、今度はほぼ一体で現れる。
 ただし、一か所に一体だ。複数の地区で目撃されるから、総数はもっといるだろう。
 一か所に一体。代わりに蝶の群れを率い、そいつらに人や家畜を襲わせる。
 堕天使も蝶も建物の中に入り込む知恵はないので、人家があるところなら逃げ込んで行き過ぎるのを待てばいい。
 しかし、問題は。

「この季節の蝶なんて、見付けたら誰でも怪しんで逃げるだろう? それとも、飛ぶのがそんなに速いのか?」
「風に乗っていれば、速いかもしれませんが‥‥このアヤカシ蝶は白いんです。今の季節、屋外では目立ちません。それで被害者が出ました」

 三月に入っても、雪が降るのは珍しくないジルベリア帝国で、白いものが風に舞っていても誰も警戒はしない。
 特にこのアヤカシ蝶を連れた堕天使が出るのは、大陸の海岸部。海沿いでは波とも見間違え、逃げ遅れた犠牲者がいる。
 堕天使の姿が見えれば危険だと察知できるが、蝶の方が先に現われるので、このままでは被害が拡大する可能性が高い。

 堕天使とアヤカシ蝶の目撃多発地域にて、その警戒を行い、発見時には速やかに退治すること。
 そしてもし可能なら、堕天使と蝶がどこから来るのか。その捜索が開拓者達に依頼された。




■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
藍 芙蝶(ib9912
25歳・女・泰
ベアトリス・レヴィ(ic1322
18歳・女・魔


■リプレイ本文

 鳴子の材料になる薄板と紐、窓や戸口に張る蝶除けの網。
 網は網でも、漁師のたも網の目が細かいもの。加えて、子供から借りてきた古い虫かご、等々。
 開拓者達に入り江の漁村から貸し出されたかなり広い漁師小屋の中には、彼らの装備の他にも雑多なものが積み上げられていた。
「このくらいのかごで大丈夫かな。色違いがいるというから、ぜひとも二匹以上‥‥いや、雌雄の別を調査するならもっと必要だから」
「確かに調べるべきことは多々あるが、それが主目的ではないのだよ?」
 前半はベアトリス・レヴィ(ic1322)が、一般人でもアヤカシの被害を受け難くする為に、色々と知恵を巡らせて用意してきたものだ。
 後半の、あからさまに『虫取り』風情が漂う物品を揃えて、使い勝手を試している成田 光紀(ib1846)の様子に、藍 芙蝶(ib9912)が声を掛けた。声には『大丈夫か?』と成田本人と、その言動が依頼に支障ないかの二つを案じる調子がないまぜになっている。
 通称堕天使と呼ばれる人型のアヤカシと、その先触れを務める蝶の姿のアヤカシ。二種類のそれがいかな存在か、どこから来るのかを知ることも依頼には含まれるが、これはあくまで『調査出来るなら』だ。
 基本は被害が出ないように、退治することが優先されるというのに、成田の振る舞いはそこを忘れてでもいそうな様子。思わず芙蝶が声を掛けたのを、誰も不思議に思わなかった。
 返答は、大半の予想と異なっていたが。
「ああ‥‥そうだったな。だが、調査も大事だ」
「おいおい、被害を出さないようにするのが一番なんだからなっ。うっかり自分がやられるなんてこと、止めてくれよ」
「範囲攻撃の場所に突っ込んで来たら、助けられませんからね?」
 呆れたと表情だけで分かりやすく語った天河 ふしぎ(ia1037)の忠告は、今一つ効果があったように見えない。柚乃(ia0638)の言い様が冷たいとも聞こえる心配にも、あまり変わりはないようだ。
「蝶型と天使型の関係は気になりますが、まず一番は退治することですからねぇ」
「でも‥‥先に蝶型を数匹焼き殺して、他の個体に影響があるかどうかは見た方が良いと思います。それで反応が変わるなら、警戒方法も違ってくるでしょう?」
 菊池 志郎(ia5584)の真っ当な言い分も、珍種研究に盛り上がった成田には大きな影響を及ぼさなかった。が、それを受けてのベアトリスの作戦、単純に当った先から殲滅ではなく、群れとしての行動具合の確認を早めにというのは聞き逃さなかったらしい。
 とはいえ、語らせると長そうなのは、もう成田以外の全員が分かっていた。
「堕天使ってのはよく分からんが、聞くからに昆虫ぽいじゃないか。どこかに巣を作っているかもしれない」
 何度も侵攻と撤退を繰り返し、最近は必ず海の方から来るのだから、クロウ・カルガギラ(ib6817)の疑問は、他の者も抱えていたことだ。
 だから群れを乱した時の反応をまず確かめて、取りこぼしがないようにしつつ、『巣』の位置や行動傾向を確かめる。特に誰がアヤカシを調査して、誰が追っていくのかを大まかに決めた後に、彼らは漁師小屋から外に出た。
「三月だというのに、この寒さ‥‥信じられんな」
「海沿いで風が強いですから。でも、大分寒さは緩んでいますよ」
 クロウが吹き付けてくる風に目を細めてぼやいたのに、ベアトリスは炎龍・バーナーに乗るのでなければ、マフラーも薄地で済んだのにと寒さに強いところを見せていた。
 空は曇天。
 天河がそれは嫌そうに唸りをあげたので、何人かが視線で問いかけると、彼は空を指した。
「風はそれほどでもないけど‥‥この雲の色は、ちょっとした保護色だな」
 確かに、灰色の雲の下、小さな白いものが群れているのを見て取るのは、少しばかり難しそうだ。

 開拓者の大半が、アヤカシの襲来を素早く察知するために上空に向かったが、闘鬼犬の初霜連れの菊池と駿龍の蓮羽を警戒役に飛ばせている芙蝶とが、人里に残っていた。
「いいか、ここまで寄せ付けないようにするが、もしもアヤカシが来たら家の中でおとなしくしているんだぞ」
 戦っているところが見たいからって、窓を開けたりしないように。びしっと言い聞かせる芙蝶の注意に、物珍しそうに集まっていた子供達が素直に頷いた。流石に蝶の形だろうと、アヤカシの怖さは身に染みているらしい。
 それでも一人だけ、何か言いたそうにしている。菊池が見付けて声を掛けると、他の子供達と顔を見合わせつつ、ようやく口を開いた。
「家の中に入ってきちゃったら、どうしよう?」
「私達がいる間は、中に入った奴がいれば退治しますが‥‥入られないような準備も色々考えてあるので、一緒に試してもらえますか?」
 よく聞けば、一度だけアヤカシ蝶が家の中に入ってしまい、群れが去った後に窓から追い払うまで、それは大変な思いをしたそうだ。大きくても大人の掌大のアヤカシ、開拓者なら苦労せず退治出来るだろうが、普通の漁民達に冷静な対応を求めるのは酷というもの。
 それで、ベアトリスが用意してくれた網を、各戸の窓に張るところから始めた。鳴子はどの位置に巡らせれば効果的か分からないので、あちらこちらに試験的に張ってみる。
 そうした作業の間、蓮羽は上空を旋回して警戒している姿を示し、地上でも初霜が離れて作業する人達の周りで周辺に首を巡らせていた。芙蝶や菊池だけでは目が届かない時もあるが、住民達も慌てることなく一通りの対処は済ませることが出来た。
「こんなことを延々続けていては、気力が損なわれる。元凶を見付ける必要があるな」
「漁に出る季節も近いですからね」
 二人の呟きは、住民達には聞こえない場所で交わされていた。

 陸地でそうした作業が行われていた頃。
 地上の警戒方法も検討していたベアトリスは、炎龍を操る成田と翔馬プラティンに跨るクロウと共に、上空での警戒巡回を続けていた。流石に上空に出ると空気が冷たいはずだが、クロウの保天衣のおかげで手綱を握る手の動きも滑らかだ。
 そして、地上と変わらず成田は雄弁だった。
「まず、蝶と堕天使、この二つが同種かどうかは重要だ。別種なら交信手段があり、双方にはそれを理解するだけの知恵は備わっていることになるからだ」
 同種なら、これほどの外見の違いがどうやって生まれたのか。また今までの外見の変化の意味は何か。考えるべきことは山ほどある。等々。
「分かったから、もうちょっと周りも見てくれ。どうしても捕まえたいって言うから、わざわざその炎龍にも飛んでもらってるんだろ」
 ついでに相棒には名前を付けろ。一緒に行動する仲間に失礼だと、これが何回目かの苦情を成田にぶつけるのはクロウだった。成田の言うことを否定はしないし、重要だと承知もしているが、心底楽しそうに語られるのも違うと思うのだろう。ベアトリスも、もうちょっと周りに気を配らないと危ないとは思う。
 しかし、アヤカシ退治とは別に、やはり気にはなるのだ。
「昆虫のように知能がほとんどないのか、それとも蜂のような集合知があるのか。そこは見極めたいのですが‥‥それと」
 何となしに口の中に消えた語尾に、バーナーが心配するような唸り声を寄越した。それには首を叩いて大事ないと伝え、どうしたのかと尋ねてきた二人には、
「堕天使の外見は、犠牲者の姿を映していての変化の可能性と、蝶が見た者の姿の流用か、単に人型を模したのか。それによっては、私達がいない時の皆さんの心構えも変わってきますから」
 最後のものだったら良いが、前の二つだと自分の縁者の姿をしたアヤカシが襲ってくることになる。また姿だけ映すのか、記憶や知性が多少なりと遺るのか。対処方法を考えるのにも、悩ましい問題だ。
 まずは知性の有無を表情や会話能力の有無で調べて、外見特徴と犠牲者のそれを比べるのは次のことと、ベアトリスは考えたが。
「そこっ、危ないから覚書なんかするな!」
「いやぁ、ベアトリス君の推察は検討の価値があるよ。後でじっくり取り組もうじゃないか」
 成田が大喜びで、クロウに気を引き締めろと怒鳴られていた。クロウにしても、もう怒鳴るしかあるまい。それでなくとも会話が難しい上空で、相手はこちらに注意を向けていないのだから。
 もしもアヤカシの群れを見付けたら、まず何匹か焼き払って反応を観察、それから捕える以外の蝶は確実に仕留める計画の中で、適した攻撃方法を持つ成田がこうでは、ベアトリスも多少心配である。自分より経験豊かな者が、下手を打つとは思わないのだけれど。
 しばらく入り江の周回をしていた三人だったが、異常は発見出来ず、相棒の休息を兼ねて陸地に降りた。示し合わせたように、入り江の反対岸から滑空艇・改二式の星海竜騎兵と轟龍ヒムカが休憩を終えて飛び立っていく。

 下から空を見上げるよりは、上から海を見下ろして探した方が、アヤカシの白は幾らか目立つような気がする。海には素人の柚乃がそう思うのだから、飛空船乗りの経験が長い天河などもっとそうだろう。
 問題は、そのためにヒムカに負担を掛けることだが、風がないのでそれほどきつそうではないのが幸い。天河は巧みな操縦で星海竜騎兵を操って、長時間飛行を可能にしているようだ。
 またクロウと同様、バタドサイトの使い手である天河は、時折遠方を透かしての警戒も行っていた。このスキルの効果時間中、万が一に近くのアヤカシを見逃していると視認が難しいことや何やかやで、単独の警戒飛行は避けている。
 よって、天河が沖の方角を見回している間、柚乃は周りに目を配っていた。段々と眼下の波頭を見分けるのにも慣れてきて、『あれはどうか』と度々緊張していたのが、程よく解けてきたところだ。おかげで、今までより少し余裕がある。
 だから、自分より数メートルずつ上と左に離れている天河が、不意に警戒の態勢に入ったのを気配で察することが出来た。
「アヤカシですか?」
「いや違う。‥‥この先に、島があるなんて、村の人も言わなかったよな?」
 入り江の先に小島が見えた気がする。ただし遠い上に、その辺りは海面にもやがかかって島なのか、海流の交わりが影を濃くしているのか、天河にもはっきり見分けが付かなかった。
 仮に島があるなら、もちろん依頼の時にアヤカシが巣食う可能性がある場所として知らされていただろう。それに地図も見せられて、天河は船乗りの習慣で問題の海域にある土地なら、島はおろか岩礁に至るまで確認していた。緊急時、自分が、また龍や翔馬が降りられる場所の有無は生死を分ける。これはもう意識するしないを超えた習慣だ。
 天河の習慣は知らずとも、柚乃もアヤカシがどこから来るのかと、皆でめぼしい土地がないかを地図上で探した記憶は新しい。ここに来てからも、村人達にアヤカシが潜むような場所の心当たりを尋ねて。はかばかしい応えは一つもなかった。
「潮の加減で、たまに出る岩‥‥あんな沖にあるとも思えませんし」
「‥‥‥‥来たッ! 蝶だ!!」
 同じ方角を見ても、影すらも見付けられなかった柚乃が額にしわを寄せている間も、天河は何か呟いていたが、突然叫んだ。柚乃の瘴索結界「念」にはまだ反応はないが、島が見えたと示された方角にそれまでなかった雲のような塊が湧き蠢いて、陸目掛けて移動を始めたのはなんとか見える。
 柚乃がためらわず撃ち放った狼煙銃の音と光とが、陸地目掛けて飛んでいった。

「大丈夫、慌てずに家に戻っても平気だ。家に入ったら、声を掛けるまで出てくるんじゃないぞ」
「初霜、我々は港ですよ」
『分かりました。地面に近いものはお任せを』
 合図を耳にして、漁村のあちらこちらで作業していた住民達は浮足立ったが、どこまでも冷静な芙蝶の指示にそれぞれの家へと走り出した。アヤカシ相手はともかく、体には自信がある漁師達は、足の遅い子供や老人は抱えていく。
 おかげで菊池も初霜と一緒に、港へと素早く走り出した。芙蝶は身軽く降り立った蓮羽に一言二言指示を与え、自分は手近にあった棒を持って駆けだす。
「これはこれは」
「五百はいそうだな」
 港に辿り着いて、雲霞のごとくとはこういうのだと、芙蝶が珍しく吐き捨てる口調になった。
 海面ぎりぎりを蠢く白っぽい渦がアヤカシであることは、仲間と相棒達がそれに向かっていることで分かる。彼らを突破してくるモノがあってもここで食い止めると、二人は目を凝らした。

 陸から注視を受けている海面では、堕天使警戒に後ろに回った天河とクロウが、蝶の群れの動きに首を傾げていた。
 攻撃方法の都合で、普段は後衛に入る柚乃や成田、ベアトリスが多くは火の属性の攻撃を蝶にぶつけて始めた。一個体の大きさが小さいためもあろうが、蝶は範囲攻撃など喰らえば瘴気の影すら残らず消え失せていく。
 攻撃の前には、動いている存在には何の区別もなく纏わりつこうとしていた蝶の群れが、炎を喰らうと明らかにその使い手を避け始めるのだ。ちょうどこの三人が乗るのが炎龍やその進化系たる轟龍で炎を吐くから拍車が掛かるのか、彼らから逃げるために今にも群れがばらけていきそうだ。
 本当に散り散りになってしまうと、今度は各個撃破に手間取ることになる。そのことに気付いたクロウと天河は、群れが左右に分かれ掛けているその突端に近付いた。相談する時間などないが、まだ直接的な攻撃をしていない自分達には、誘き寄せられると踏んだのだ。
 案の定、分かれ掛けていた群れは二人を追って、また先の方で一つにまとまった。攻撃した三人は、すっぱりと無視している。
 これには、五人ともに程度の差はあれ驚いた。最初に立ち直ったというか、反応したのは成田である。
「虫のくせに、炎に寄るのは怖いか。しかもその発生源を認識する知恵はあるらしい」
 楽しそうだと感じたのは、四人とも。
 成田はたも網を取り出して、群れを追いかけ蝶を十数匹掬いあげた。この時、群れの中に頭を突っ込む羽目になった炎龍が、五月蠅げに頭を振って蝶を振り払い、あっさりと消し飛ばした。
「へえ、案外弱いなっ」
「弾の無駄遣いがなくてありがたいよ」
 それぞれに銃を用意していた天河とクロウが、素早く剣を抜き放つ。その一振りで蝶の数匹は瘴気に戻せると分かって、意気盛んだ。群がられては対処が難しいのは変わらないが、範囲攻撃を逃れた少数を追い回すのは任せておけと、まずは群れからさっと飛び離れる。
「ヒムカ、お願いねっ」
 飛び方は一任と、ただ一言で理解したヒムカが、トネリコの杖を構えた柚乃を群れの正面に連れていく。
「バーナー、右に!」
「よし、炎龍。俺達は左だ」
 もしも直接たかってきたら、これで叩き落とすとやや蒼い顔で魔術書を抱え込んだベアトリスと、たも網から器用に虫かごへ蝶を移している成田とが、それぞれの龍に指示を出した。柚乃の攻撃で、また左右に割れるだろう群れにもう一撃食らわせるのが目的だ。
 炎龍達も、自分の炎でアヤカシが分かりやすく逃げたから、恐れげなく飛び回る。
 その群れの奥、どこかに堕天使がいるはずと、群れを飛び越えたクロウと天河は交互にバタドサイトを使って辺りを見回し、海面すれすれでこちらを見上げている片翼の姿を見出した。そこまで白い唇が開いて、声は聞こえないが、蝶の動きが急激に変化した。
 突然統制を取って、しかし沖に逃げる群れは、相変わらず龍騎の三人が。
 こちらも身をひるがえした堕天使には、翔馬と滑空艇が追いすがった。
 後者は退治するのが目的ではないが、前者は蝶を可能な限り落とすことに集中した。一人、細かい反応をいちいち観察していたが、率先して避けられる以外の新たなものは見いだせていないようだ。
 やがて。
「二十匹くらいは来ましたけど、見付けた分は全部潰してしまいました。人家に潜り込まれると困りますからね」
「あの程度の手応えなら、数が少なければ村人でも叩き潰せそうだが‥‥群れはどうだった?」
 緊張から解放されて、肩で息をしていたベアトリス達に付き添う形で降りてきた柚乃に、菊池と芙蝶がそれぞれ港の様子を知らせて寄越した。彼女達が群れとの戦いを説明するより先に、成田がうきうきと炎龍と一緒に降りてくる。
「色々実験したいが、まずは炎への反応をもっとよく確かめよう。弱っていないといいんだが」
「‥‥あと二人はどうした?」
「堕天使を追いかけて、島を見に行きました」
「そうそう、村の皆さんに沖に島があるかどうか、確かめておいてって」
 ちなみに、蝶は炎を避ける上に、普通の棒で殴っても潰れるくらいに単体は弱いです。
 この時の報告は、とりあえずこれだけだったが、成田が持ち帰った蝶を文字通りに突きまわして、他にも幾つかの特徴が分かった。
「二人の報告から、堕天使が消滅した時点で、蝶には群れとしての行動が見られなくなった。やはり堕天使が、群れの頭として何らかの役割を果たしている。その指示を受けるのが、この赤茶の蝶と疑われるね。群れの小隊長というところだ。ただし、炎を避けたのはその指示ではなく、このアヤカシの本能だろうね」
 滔々と成田が村人を相手に特徴を説明しながら、蝶を入れた籠の隣に火を灯したランタンを置く。それだけで反対側に一度に飛び離れた姿は、村人にも非常に呑み込みやすかったようだ。
「色々試してみたが、火が大きいほど遠くに逃げるらしい。それにさっき見せたように、叩けば消える。もしも誰かが襲われても、火を近付ければ助けられる」
「松明を用意しておいて、すぐに火を付けられるように火種を絶やさなければ、かなり安心だと思います」
 ずっと村の警戒に当たっていた芙蝶と、最初から対処方法に心を砕いていたベアトリスにも補足されて、村人達は先に比べると幾らか安心した様子を見せた。特徴が分かれば、海岸に出る時もちゃんと準備がしていける。このままでは漁の季節が来ても、船も出せないと怯えていたのに比べれば、気の持ち様は随分違ってくるだろう。
「もしも蝶のアヤカシに血を吸われても、普通の止血で大丈夫です。大きな傷になった時にいい薬は‥‥」
 柚乃は吸血された場合の対応を教えていたが、なにより一番は近付かれないこと。これに尽きる。
 それで、堕天使が逃げ戻った先を追いかけ、やはり島があったと確認してから退治した天河とクロウは、菊池にも手伝ってもらって、村人と一緒にその位置を割り出そうとしていた。
 しかし。
「こちらの依頼人からの地図にも、まったく記載がないんですよ。皆さんも、ご存じありませんか?」
「島はないねぇ‥‥この時期に、大きな船も出てないと思うんだが」
「おっかしいな。計算は合ってるし、絶対に島が見えたんだが」
 自分と天河のそれぞれの移動速度や時間を考え、島までの距離を弾きだしたはずのクロウが、訳が分からないと頭を悩ましていた。もちろん菊池や村人も、そうした計算に間違いもなく、また彼らの見間違いとも思えず、弱り果てている。
「消える島なんて、飛空船乗りの怪談話にはよくあるけど‥‥どこに消えたんだ?」
 翌日にもう一度確認に向かって、綺麗さっぱり消えていた島に、天河は自分の知識とどこかで重なるものがないかと頭の中を探り続け、どうしてもこれという情報に行き当たらなかった。
「宙に飛んだか、海に潜ったか。その可能性も合わせて報告するしかなかろうね」
 遠からず、その可能性を調べさせてくれたら、またよい調査が出来そうだ。
 この成田の言い分にどこまで同意するかは人によるが‥‥まず今回は一人の被害者も出さず、それなりの対処方法も見出した。これは十分に満足してよい結果であろう。
 帰りを見送ってくれた村人達の明るい表情が、それを物語っていた。