砂の大地に翠を
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/22 10:14



■オープニング本文

 アル=カマル、エルズィンジャン・オアシス。
 以前は大アヤカシが棲む魔の森に最も近かったオアシスだ。
 その大アヤカシが退治された後は、これまでの遺跡での宝珠採掘の他に、魔の森の処分に働く王宮軍と遊牧民独立派への水や食料の提供を、その産業に加えていた。
 さらに今回。

「じゃあ、ここからあそこの目印までの土地をお借りして、苗木の栽培をさせて貰うということで。水の使用料と支払方法は先程相談した通りで」
「ええ、お願いします。しかし、あの魔の森で普通の木が育ちますかな?」
「こればかりはやってみないと。まずは苗木が育たないことには、始まりませんがね」

 何かと角突き合わせる王宮軍と遊牧民独立派が共同で、いずれ魔の森跡に植えるためにと苗木栽培を始めることになった。エルズィンジャン・オアシスは、そのための土地の貸し出しを了解したのだ。
 実際に苗木を移植するのはかなり先になろうが、それが育つ保証は全くない。王宮軍と遊牧民独立派がそれぞれに開拓、調査している区域で、多少なりと水が出ることが分かったので、先を見越しての行動だった。
 元が千年は魔の森だった土地、水の浄化だけでも大問題ながら、いずれ自分が、それが無理でも子孫が住める場所にしていこうとの意欲は、この土地に関わる全ての人にあった。

「それで、苗木はいつごろ届きますか?」
「もうそろそろ‥‥肥料や土も運び込むので、開拓者も頼んだから、しばらく賑やかですよ」

 いつか、魔の森が普通の木々に囲まれたオアシスに変わるように。
 その一歩目が、新たに始まる。




■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / レムリア・ミリア(ib6884) / ジョハル(ib9784


■リプレイ本文

 こんな荷物運びは、自分の仕事ではない。
 背中に大量の土が詰まった箱を背負わされた轟龍ヒムカが、主人のはずの柚乃(ia0638)に向けて不満表明の鼻息を吹き出している。
「駱駝がいいわよ。おとなしい子、選んでこようか?」
「‥‥お願いします」
 自分の部族からも人手を出す決定をしたため、視察に訪れていた旧知のメリト・ネイトに苦笑交じりに勧められ、柚乃は不承不承頷いた。移動中は機嫌が良かったのに、仕事になったら一転とは‥‥確かに、轟龍向きの仕事ではないのだけれども。
 それでも、背負った分は運んでくれたヒムカから土を下ろすのには、すでに苗木育成地で立ち働いていた羅喉丸(ia0347)や菊池 志郎(ia5584)らの男性陣が請け負ってくれる。
「まだ土は入れる場所が決まらないから、箱はその辺りに積んでおいてくれ」
「後は王宮軍の皆さんが運ぶって、張り切っていましたよ。せっかくなので、お任せしてあげてください」
 柚乃やメリトが運んできた分も受け取った羅喉丸が、箱を綺麗に重ねて積み上げ、菊池はそれを数えて石板に白墨でなにやら書き付けながら、あちらと少し離れた場所を指し示した。
 そちらの方角では揃いの服装から王宮軍の人々だと分かる面々が、大きな黒板に描かれた図面を前にしたレムリア・ミリア(ib6884)の説明に聞き入っている。ちなみに遊牧民は出身部族の特徴を備えた服装のままだから、どちらがどちらかは一目で分かった。
「紐、結び目を作れましたよ〜」
 小柄な体には不似合いな、大きな紐の束を片手に提げた礼野 真夢紀(ia1144)がとことこと足早にやってくる。長さを計って、等間隔で紐に結び目を作っていたのだ。
 彼女が担当したこの仕事は、クロウ・カルガギラ(ib6817)とジョハル(ib9784)が地図と現地の実測を合わせて検討した、苗木の植え付けの間隔を簡単に示すためのものである。
 植え付ける木は、アル=カマル産のごく一般的なものばかりだ。他の儀のものは日照と降雨の割合が極端に異なるので排し、地元産の特に丈夫な樹木を選定している。種類は色々で、中には地面を這うような育ち方の木もあった。
 そうした木々も、今回の植え付けは仮のもの。いずれは魔の森跡地に移植して、育つかどうかの観察を行う訳だ。枯らさず、移植も簡単なように植えると言うのは、これでなかなか難しい。
 このあたりの計画を、ジョハルとクロウ、レムリアのアル=カマル出身者達が移動中から綿密に練り、今はクロウとジョハルが現地確認の真っ最中だった。
 なお、今回の苗木植え付けの土地は、オアシス内の水路の端に位置している。魔の森に近い方角で、ここまでは水路も作られてはいないが、まったくの砂地でもない。雑草も生えないほど固い土に、砂が被っていた。幾らか王宮軍と遊牧民とで掘り返しているが、砂礫と言って良い土地ではある。
「場所が決まったよ〜。まずは境界線から土をかえして、持ってきた分と混ぜよう」
「境界に植える木は二種類。それと雑草でいいから、隙間に植え付けていく必要がある」
 地図を頭上で振ったクロウが、真夢紀の作ってくれた紐の束を受け取って、あちらの方角から作業開始だとレムリア達にも聞こえるように叫んでいる。
 ジョハルは土の運び込みを手伝っていた遊牧民側の穏健派達に、最初に植える木の種類の他、細かい指示を与えていた。
 木の隙間に雑草を植えると聞いて、柚乃とメリトが土の栄養を取られてしまうのではと心配したが、もちろんこれには訳がある。遮るものがない土地柄、強風が吹くたびに土が取っていかれないようにするためだ。
「なるほど。肥料をあげても、風で飛んで行ってしまったら無駄骨ですものね。こちらの風は、天儀ではめったにない勢いのことが多いですし」
 砂漠は遮るものがないからと、柚乃は納得しきりだが、メリトには強風など当たり前。そんなに違うものかと不思議がり、柚乃と真夢紀にあれこれ説明されている。もちろん三人とも、口同様に手も動いて、肥料を運ぶ手はずを整えていった。
「ここ、水の入りはどんな感じかしらね。訊いてみたら、あちらには農家の出身が何人かいるから、水やりの担当してもらったらどうかと思って」
 王宮軍の人々に作業手順の説明を終えたレムリアが、色々書き記した手帳を片手に開拓者仲間のところに戻ってきた。依頼に先んじて農業や灌漑の手法や注意点をまとめたものを持参していたが、当然土地に合わせての調整が必要だ。特に水の管理は慣れた人物がよいからと、作業の説明ついでに適任者探しもやっていたのである。
「水やりって、やっぱり経験がものを言うものですか?」
 菊池が尋ねると、ジョハルやクロウ、メリトにまで頷かれてしまった。
「ここみたいに他所から水を回してもらうのだと、必要以上に使うともめる原因になるから。聞いたところじゃ、支払いがいいからそうそう文句は言われないだろうけど、一応ね」
「そう。遊牧民と定住民の揉め事の何割かは、水を巡ってのものだからな。遊牧民側にもおいおい慣れてもらうにしても、最初は経験者を頼るように言っておこう」
 素直に聞いてくれるといいけどねと、クロウとレムリアが鼻の頭にしわを寄せて言い合うのに、真夢紀がそこまで仲が悪いのかとしんみりしているかと思いきや。
「じゃあやっぱり、お互いの作業のあら捜ししたりするから、交代で出来ることはやってもらうといいかも?」
「それはあれか、競い合うからよく進むだろうってことか?」
 羅喉丸が思わず聞き返したが、どう聞いても他の意味はなさそうだ。真夢紀が口にすると妙な違和感があるが、確かに真理ではあろう。双方の耳に入ったら、大変なことになりそうだけれど。
 もちろんメリトは聞いていたが苦笑交じりに受け流し、他の穏健派は『それもありだね』と乗り気な様子でいる。
「‥‥とりあえず、作業の割り振りをしてみるか」
 ちゃんと作業してくれるなら、負けん気を出すのも自由だろうと、ジョハルが細かい手順をまずは仲間に説明し始めた。これを遊牧民や王宮軍の人々に伝えるのは、羅喉丸と菊池の役目となった。開拓者でも他の儀から来た人物の方が、指示されても反発されにくいとは‥‥
「「なんてめんどくさい」」
 何人もにそう言われても当然だが、円滑な作業のためには有効な手段なのである。

 気合の入った掛け声が、あちらこちらで響いていた。
 王宮軍の作業監督に回ったジョハルは、菊池と一緒に苗木植林区画の境界線に印をつけて回っていた。その内側を掘り返し、肥料や運んできた土とここの砂礫を植える木に適した配分で混ぜ戻すくらいのことは、定住民中心の王宮軍兵達にはそれほど難しいことではない。
 彼が問題視しているのは、この場所の水はけ具合。あまりに吸収が良すぎると、オアシスで一般的な、必要に応じて水路から畑に直接水を流し込む方式では反対端まで水が届かないからだ。菊池はその方法がよく分からなかったようだが、天儀の田んぼ風に水を入れると説明したら想像がついたらしい。
「天儀では、畦があるから田んぼから土を流されるなんて考えもしませんが、ここだと水がよそに流れるだけで大損害ですしね」
「そうか、畦で囲う手もあるな」
 水利の他に、多少の風なら畦を高く作って囲うことで土を守る。わざわざ遠方から運んできたのだ。砂漠に飛ばれては、大損害である。土と砂礫を混ぜ、その上に草を生やして根で土を定着させることはジョハルも考えたが、それが出来るまでの間が心配だったのだ。
 有益そうなことは、経験者も交えて相談すべきだろうと、ジョハルはまず菊池に、それから開拓者仲間、王宮軍側の穏健派と手を広げて、畦作りに詳しい者を探し出した。
 まずは水路から一番遠い辺に畦を作るのが順当だろうが‥‥すでに王宮軍と遊牧民達とが『自分達が』と張り合っているのは、さてどうしたものか。

 砂の大地がいつか緑に覆われる姿を想像するのは、天儀出身の羅喉丸にとっても楽しいことだ。大アヤカシとやりあった時、すぐそこから彼方まで広がっているようにしか見えなかった魔の森も、今はオアシスから随分と離れている。
 そのことは大変喜ばしく、ここに緑が根付くための協力は惜しまない気持ちを更に強くさせるが、
「競わせて効率を上げるのもいいが、少しは交流もないと角突き合わせるだけで終わらないか?」
 この点は、気になる。確かに真夢紀の見立て通り、ものすごく作業の進みはいい。けれど双方の不信感を煽ったりしないように気を配るのは、かえって大変だ。
 遊牧民側頭目ジャウアドの甥、ナヴィドについ漏らしたのは、彼がそうしたことはよく理解していそうだとこれまでの会話で分かっていたからだった。でも、個人的にはナヴィドにも色々あったらしい。
「あー、まあねぇ。でも俺も、相手が商人って聞くとつい目付き悪くなるしな」
「いきなり作業で一緒になっても、喧嘩しそうだしね。そのうち宴会でもしたらいいんじゃない? でも、商人が嫌いってどうしたの?」
「父親が隊商の護衛に出て、相手の契約違反が原因で死んだから‥‥母親が泣いてたの思い出して、つい睨んじゃうんだよなぁ」
 レムリアが『男ってたいてい面子にこだわるしね』と羅喉丸ばかりでなく反論が難しいことを口にしながら、ナヴィドに問い掛け、わしわしとその頭を撫でた。
「じゃあ、今はお母様が喜ぶことをしましょ」
「‥‥女親の考えって、息子には分かりにくい時も多いけどな」
 何かと利権が対立してきた間柄、他にも諸々の衝突があった定住民と独立派の遊牧民が今すぐ仲良くなどできるはずはない。でもこの場では、緑化を進めるという目的は同じだから、競ってもお互いの行動が無駄にならないようにせねば。
 そう何かにつけ言っていたレムリアに、まずは家族のことを考えてと諭された形のナヴィドは、彼女が呼ばれて走り去った後に頭を掻いていた。が、羅喉丸の言葉には、素直に頷く。
「真面目に働くよ」
「それが一番だな」
 じゃあ仕事だと、羅喉丸は苗木に掛けろと種類を記した札を手渡した。
 それからしばらくして。
 放牧地にない木は分からんとナヴィドが相談に来て、羅喉丸も分からず、レムリアが見当たらず‥‥結局二人して、詳しそうな王宮軍の兵士に尋ねに行った。
 相手が嫌な顔もせずに教えてくれたので、二人もすんなりと作業に戻っていく。

 紐の端を真夢紀に持ってもらい、クロウはそれがまっすぐに張られるように走っていく。苗木の植える範囲を畦で囲い、端から耕して土を入れる作業がある程度進んで、ようやく一列目の苗木を植え付ける。
 こちらでは遊牧民達が、離れた場所で王宮軍の兵士達が、同じ方法で苗木を植えるべく、手に手に道具と苗木を持って移動を始めていた。
「こういうところだけ見てると、大差ないんだよな。やりたいことは一緒だし」
 独立にはクロウは全く心惹かれないものの、遊牧民の伝統や慣習には共感している。同様に王宮軍の大半を占める定住民達の習慣にも、相応の道理があると思う。どちらもいいところと悪いところがあって、生活の違いから事の善悪が異なる場合もあることは、双方を知っていれば分かることだ。
 どうせなら、こうして同じ仕事に携わるようになったことで、その辺りをすり合わせて、いいところを吸収し合えれば良いのだろうが、まだそこまでは行っていない。何かにつけて張り合うのが当然と言うより、仲間への見栄や何かが原因になっている風情が見て取れた。
 でも。
「この結び目のところに、植えて行ってくださいね〜。肥料が先ですよ〜」
「おう。嬢ちゃんの手が疲れないうちに、さっさと済ませるからな」
 相手が開拓者だからというのではなく、一同の中でも年少の真夢紀に対してはどちらも親切だ。ジンではない者まで、彼女が力仕事をしようとすると助けに寄ってくるくらい。仲間でなくても、年少者は大事にするところは共通しているのだ。
 真夢紀自身は、砂漠が緑になれば生活が楽になるだろうと、土地の利害関係などの諸々は気にせず、単純に手伝いを志願していたのがいいのかもしれない。双方競わせるのも、素直に両者の関係を見て取って、作業が進む方法を考えただけ。おかげで、どちらにも『負けずに頑張って』と励ましを送っているが、ほとんど嫌がられていなかった。
 こういうところを活かせればいいがと、クロウの思案は深いが、あいにくとそればかり考えてもいられない。
「おい、植えるのはその木じゃないぞ。そっちは肥料が多すぎる」
 紐を持っている仕事しかさせてもらえない真夢紀と違い、とっとと紐を固定走り回っている彼は、作業の進行に目配りするのに忙しかった。
 ついでに、自分達がいなくなった後の作業で指揮役になれそうな人物も探している。やることが多すぎて、目が回りそうだ。

 どうも力仕事は任せておけ的な人物が多くて、オアシスでの仕事が回ってこないもう一人の柚乃は、魔の森跡地に入っていた。分けてもらった苗木を一本背負い、ヒムカと案内役の遊牧民、それとメリトも一緒だ。
「やっぱりオアシスよりは少し瘴気が濃いようですね。‥‥育つかしら?」
 彼女の目的は、魔の森跡地の一部を精霊の聖歌で浄化して、そこに苗木を試験的に植えてみることだ。聖歌の効果が薄れるにつれ枯れたり、育っても元の植物から変異する可能性もあるが、まずは試してみることに。
 もちろん、精霊の聖歌は時間が掛かる上にその間が無我の境地だから、護衛役としてメリトはじめ数名が付き添っている。ヒムカも今度はやる気十分だ。
 瘴気払いが済んで、運んできた土と湿り気が多いその場の土とを混ぜて木に適した状態にして、植えたのはなつめの木だった。いつかこの木から採れた実が食べられると良い。そういう願いも含んで、頑張るように言い聞かせながら植えた。
「後で、誰かに応援を引き継がないと」
 植物だって、誰かに気に掛けられていることは伝わるはず。だから見回りを頼んでおこうと、固く決意してオアシスに戻った柚乃達は真夢紀の満面の笑みに迎えられた。
「最初の植え付けが終わったお祝いです。皆さんとお茶にしましょう」
 お菓子でも作れれば良かったけれど、とりあえずお茶を配合してみたので飲んでください。と続けた真夢紀の言葉に逆らうことなど、当然柚乃達は思いもよらなかった。
 それは開拓者ばかりではなく、立場問わず皆同じと見えて、妙な表情で茶器を回し合っている人々の姿もある。彼らの間を巡って、干し果物を配っているのは開拓者達だ。
 やがて、仲間ごとに輪を作りつつ、皆が一時に茶を啜る光景が出来上がっていった。