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■オープニング本文 ジルベリアでは、春は天儀に一月近く遅れてやってくる。 多くの草木は一斉に芽吹き、花は我先にと咲く。 そんな季節を迎えたせいか、開拓者ギルドの一角では弾んだ声が響いていた。 「それでね、あのね、おにわのさくらがきれいなの。みんなでみにきてね」 受付の職員を一人捕まえて、一生懸命話しているのは、四つか五つの女の子だ。身振り手振りを交えて、自宅の庭にあるらしい天儀から運んできた桜の木が満開だと説明している。 だが、非常に分かりにくい。子供の話なので、『自分が知っていることは誰でも知っている』を前提に進んでいる。よくあることだが、付き合うほうは大変だ。 でも流石に、どこの誰だか分からない女の子の家に、『お子さんに誘われました』と開拓者がどっと押し寄せたら迷惑だ。しかも女の子は『きていい』と主張しているが、親が許可するとは限らないし。 そんな訳で、職員は尋ねた。 「おうちの人にも訊いてみないとね?」 「だいじょーぶー。だって、かいたくしゃのひと、きたばっかりだもん。おとうさん、おこらないよ」 最近、ジェレゾで開拓者を派遣した依頼はあったろうかと職員は悩んで、思い当たることもないままに、念のためにもう一つ訊いた。 世の中、夫と妻なら後者の方が強い家庭など幾らでもあるのだ。先程からの女の子の話に、お父さんよりお母さんの方が多々出てくるのは、まあ当然のこととしても。 「お母さんはいいって言った?」 「おかあさんは‥‥おきゃくさん、たのしーって」 だから来てと、ここまで言われれば、後はもう親に確かめたほうが早そうだ。そう考えた職員が、女の子に名前を問いかけようとしたところ、 「あ、おとーさーん」 女の子が、これまで以上の大声で叫んだのだ。どうやら親が迎えに来たらしい。 なんて、職員は思ったのだけれども。 「カーチャ?」 女の子を呼んだ声は、職員の一番上の上司のものだった。 女の子の名前は、カーチャ・ヤシン。四歳。 『お父さん』の名前は、ジノヴィ・ヤシン。仕事はジルベリア開拓者ギルドマスターだ。 そして。 『お父さん』はすぐにはうんとは言わなかったが、十ヶ月の次女・マーシャを抱いて、カーチャを迎えに来た『お母さん』ことヴェラ・ヤシンが『あら、いいじゃない』と了解したので‥‥ ギルドマスター宅でのお花見、桜は散りそうだが林檎か何かあるらしい花を見て、庭で気楽にお食事会。 これが決行されることになった。 |
■参加者一覧 / カンタータ(ia0489) / 富士峰 那須鷹(ia0795) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 九法 慧介(ia2194) / 猫(ia2215) / 玲瓏(ia2735) / 安達 圭介(ia5082) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / 玖守 真音(ia7117) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / レートフェティ(ib0123) / ナーザニン・アディル(ib0175) / 十野間 月与(ib0343) / フィーネ・オレアリス(ib0409) / ニクス・ソル(ib0444) / キオルティス(ib0457) / グリムバルド(ib0608) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 尾花 朔(ib1268) / ミヤト(ib1326) / 白梟(ib1664) / クラウン(ib1804) / セプト・シーズナー(ib1808) / 月野 魅琴(ib1851) / 黒色櫻(ib1902) / 晴雨萌楽(ib1999) / ケロリーナ(ib2037) / ヤマメ(ib2340) / 久悠(ib2432) / yvonne(ib2445) / 真珠(ib2485) / ごもく(ib2553) / Eriamu(ib2566) / 七夜零時(ib2613) / 十五月(ib2651) / 桜雨(ib2653) / 蓮 神音(ib2662) / 霸月(ib2665) / シキ(ib2670) / 銀☆時(ib2672) / 斬丸(ib2691) |
■リプレイ本文 「いらっしゃいませぇ」 門のところで笑顔を振りまいているカーチャに挨拶をして、三々五々にやってきた開拓者達は、招待客らしくおとなしく‥‥などはしていなかった。 「奥さん、台所を借りたいんだがな‥‥って、奥さん?」 一際大量の食材を軽々といった様子で肩に担いできた巴 渓(ia1334)が、カーチャが『おかあさん』と呼んでいる女性に思い切り指を突きつけてしまった。友人のカンタータ(ia0489)が慌てて指を退けさせている。巴の顔には思い切り疑問符が浮かんでいるが、こんな反応はヴェラも慣れたものらしい。動じることなく、今の出来事に呆気に取られた様子の人々をてきぱきと案内し始めた。 ジノヴィの蔵書が見たい人だけは、当人に訊いてくれと言われたが、その当人は次女マーシャを抱いてあやしているところだ。 「あの、よければ抱っこさせてもらえます?」 そこにうきうきと寄って行った明王院 月与(ib0343)が、慣れた様子で抱かせてもらっている。とらのぬいぐるみも持参、持たせてもらったマーシャも上機嫌で腕の中に納まった。あっという間に女性陣の輪が出来て、皆で構いつけている。 お食事会を兼ねた花見は、こうしてなし崩し的に始まった。 台所は広く、調味料も種類豊富。これは腕の振るい甲斐があると、カンタータと巴はさっそく腕まくりをして、材料を並べ始めた。 「こちらは全部合わせてから、少し冷やすとおいしいんですよ」 台所に立つには飾りが多いひらひらした服の上に、ヴェラのエプロンを借りて着けたカンタータが、手際よく魚を捌いている。 魚の種類が色々なのは、巴が使うものも一緒に処理しているためだ。巴のほうは、使う野菜を片端から切ったり刻んだりしている。 それを横で覗いて、調理方法を尋ねているのがヴェラで、そのまた背後でふむふむと頷いているのは礼野 真夢紀(ia1144)。知らない料理は傍らで見るのが一番と、ヴェラと二人で勉強に勤しんでいる。 かと思えば、台所で小麦粉とキャベツを探し当て、大振りの器と一緒に運び出している設楽 万理(ia5443)もいる。こちらは何を作るかと思えば、たこ焼き。屋台の食べ物だから、庭の一角で着々と調理に掛かる準備をしているのだった。 「何か面白い具材に挑戦するのもありかしら‥‥」 ついでに、中に入れる具材も探しているようだ。海産物に各種ジャム、あんこと他の人々が用意していたものも、たこなどと交換で貰っていく。 軽食はすでに用意されていたから、集まった人達は適当に散って、花見を楽しんでいた。桜は終わりかけ、林檎がかなり咲いていて、他にもちらほらと花が見える。 「しっかりした造りだけど、やっぱ雪が積もっても潰れないようにかな」 一応花を見る会のはずだが、玖守 真音(ia7117)が興味津々眺めているのは建物の方。テラスに通じる扉の木製の細かい透かし彫りを『欄間みたい』と口走って、一緒に訪れた友人のナーザニン・アディル(ib0175)に呆れられている。 「屋根に、角度を付けて、雪は積もらないようにするところが多いよ」 雪を積もらせたままにしたら、それこそ潰れてしまうとナーザニンの説明がちゃんと耳に入っているものか、玖守は別の窓に嵌められた色硝子に見入っている。この調子ではなかなかのんびり出来ないかもとナーザニンが思っていたら、持参した差し入れを玖守は思い出したらしい。 桜茶を淹れねばと道具を探しに走り出した玖守のおかげで、彼らの花見はまだ先になりそうだ。 多数の開拓者からの差し入れが零れんばかりに載せられた卓の横に置かれたジルベリア風火鉢の上に大きな鍋を置いて、からす(ia6525)は火の具合を確かめた。これが沸くまでの間は、ジノヴィの蔵書を見せてもらおうと姿を捜していたら、先客がいる。先程まで、差し入れの菓子を見繕っていた玲瓏(ia2735)とモユラ(ib1999)の二人だ。名前はどちらも『もゆら』だが、見た目がかなり違うから間違えることはなかろう。 この三人で書斎に入れてもらったが、玲瓏には残念なことに書籍閲覧中は飲食厳禁。写しを取れるから、興味があるものを見せて貰って、後で写しを見ながらお茶を楽しむようになるだろうか。 「周りに注意すれば、テラスで読ませてもらってもよいだろうか?」 どうせなら心地よい状況で本を見たいとからすが申し出て、あっさりと頷かれた。早くも本を数冊抱え込んだ玲瓏は、もう一冊をどう持つのか悩んでいるが、モユラに持ってもらって、その問題を解決している。 「挿絵付きの本があるなんて、嬉しいわぁ」 「あたいも花の説明に絵が付いてるのを見付けた」 玲瓏とモユラは目的の本を見付けてほくほくしているが、からすが選びあぐねているので振り返ると‥‥彼女は薬学系等の書籍十冊余のどれから読もうと贅沢な悩みに浸っていた。 花見発案者のカーチャは、有志が持参したお土産を前にとろけそうな笑みを浮かべていた。 「これもあとで〜」 「あらあら。固くなってしまうので、包んでおきましょうね」 「そのくらいの大きさなら、箱を作りましょう」 食べきれないお菓子から後で食べるものを分けているカーチャに、こちらも相当めろめろな様子で、フェンリエッタ(ib0018)が持参の苺入り大福を選り分けてやっている。言われないうちに胡桃餡のパイも三つ取り分けているところに、自分が作った物を気に入ってもらえた嬉しさが溢れている。 それらのお菓子満載の卓の端では、和奏(ia8807)が折り紙の真っ最中だ。ジルベリアでは珍しいかもと、千代紙、色紙で鶴や花など折っていたのだが、それらは幾つかある卓の飾りになっている。思いついて箱も折っているが‥‥花を見ている暇はない。 「こういうのはどうだ」 子供にはご馳走が集まるとばかりに近くにいて、美味しいものを満喫していたセプト・シーズナー(ib1808)は一通りの味見が済んだのだろう。こちらも器用に、庭から摘んできた葉っぱで草舟を作ってやっている。 「ちび殿は、かわいい物が好きか?」 「うん! おねーちゃんのふくもきれい」 こちらも自分で狩っても、作らなくても出てきたご飯に散々目移りし、あれもこれもと摘んでいたヤマメ(ib2340)が、草舟と折り紙を両手に抱え込んだカーチャに尋ねている。ジルベリアは初めてか、最初はなんでも珍しがっていたが、食事をしているうちに落ち着いたようだ。 服を誉められて嬉しかったようで、草舟なら自分でも作れると色々な葉っぱで作り始めたが、彼女の服装は見る目があるとちょっとちぐはぐだ。色合いが華やかで、背中に飾りの羽付きだから、子供には綺麗に見えるのだが。 ともかくもヤマメとカーチャはご機嫌で、草舟に胡桃パイを載せて、皿に飾ったりし始めた。それに和奏が折り紙の花を添えてやると、より美味しそうに見える。実際美味しいのだが、セプトがカーチャにお世辞でなくヴェラの料理を誉めると、彼女はどこだかの店名を挙げた。どうやらヴェラの修行先らしい。フェンリエッタが記憶するためか繰り返し呟いていたが、どこにあるのか分からない。 後でヴェラかジノヴィに訊けばよかろうと思う者もいたけれど、どちらも多数の客の相手に忙しそうだ。 ちなみに、ヴェラがこのとき忙しかったのは、ほぼケロリーナ(ib2037)のせいだった。 「ジノヴィおじ様をなんて呼んでいるのか、教えて欲しいんですの〜」 素敵に大声で、彼女がそう尋ねたからだ。この家を訪ねるのは二度目、あれこれ訊けなかった前回の反省か、『教えてくれなきゃ離れない』と態度で示している。 ついでにヴェラの年齢や馴れ初めの詳しいところも、興味の赴くままに質問し続けると、 「れんあいこーざですね〜」 すかさず寄って来たのは石動 神音(ib2662)だった。今までは人の輪には入りそびれていたのだが、恋愛話は聞き逃せないものらしい。持ち帰りたい相手がいるのか、料理やお菓子を折に詰めていたが、それも脇に置いている。神音もケロリーナも十代半ば。恋愛ごとに興味津々なのだろう。 「あなたとかジノさんとか。二十も違うと、呼び捨ては出来ないものね」 ちなみにヴェラは二十四歳。馴れ初めは、ヴェラの実家が食堂を営んでいて、ジノヴィはそこの常連。 そこからの進展具合が、少女二人どころか、増殖した野次馬達の一番聞きたいところだが、ヴェラは説明に悩んでいる。ある時突然『この人と家族はいいかもと思った』程度では、誰も納得しない。ケロリーナは『小説がかけない』、神音は『センセーのおヨメさんになれない』と騒いでいた。 実のところ、恋に恋する乙女達が参考に出来るかも知れない人達は、ここにもいた。例えば、ただ今並んで座って、おむすびを食べている最中の九法 慧介(ia2194)とフィーネ・オレアリス(ib0409)だ。 二人が食べているおむすびは、フィーネが持参した材料を使って作ったもの。具の梅干や鮭の塩焼き、海老の天ぷらだけつまみ食いするのがいて、最後のほうは塩むすびになってしまったが、九法はそういう素朴なものも喜んでいた。フィーネは具があるものを他の人々に回して、自分はやっぱり塩むすびを食べている。 フィーネはジルベリア出身で服装も上品にまとめているが、顔立ちから明らかに天儀生まれの九法も本日はジルベリア礼装だ。こちらはやや服に着られている感が否めないものの、なんとか様になっている。そこに至るまで、大分フィーネに細々直してもらっていたのは、彼にしたら役得だろうか。首周りが擦れるのも収まって、のんびりと塩むすびを堪能中だ。 と、そこに近くの卓にあったのだろう料理を差し出されて、 「ちゃんと‥‥色々食べないといけませんよ」 「おむすびだけでも美味しいんだが」 花見のはずだが、多分九法は花を見ていない。フィーネも怪しい。でもまあ、二人とも楽しそうだ。 桜も散りかけの庭では、ともすれば人が着ている衣類の方が華やかな色彩だ。特に富士峰 那須鷹(ia0795)の着ている泰国一地方の伝統衣装は、天儀の着物やジルベリアのドレスにもなかなかない色合いで目立っていた。 ついでに彼女と、その傍らで敷物に座って幾つかの花を眺めている安達 圭介(ia5082)とは、呑んでいる酒量でも人目を引いていた。安達が持参した煮しめと軽食などを摘みつつの、二人にしたら『程々』の飲酒は普通の人にしたら『結構』な量だからだ。 だがそれだけ呑んでも、二人とも乱れる気配もなく、楽しげに会話を交わしている。先程までは那須鷹が土産に持って来た桜の苗木を植えていたのだが、一仕事終えて、本来の目的に立ち返った風情だ。不思議と、もっとも穏やかに花を眺めている二人だった。 広いとはいえ、首都の中の家の事。四十人余りもいれば、必ず視界に誰かが入るような状況だ。 林檎の木の枝の上で、月野 魅琴(ib1851)は人間観察の真っ最中だった。戦闘を伴う依頼時は、大抵誰でも多少の緊張感を持っているから、こういう時こそ本来の性質が見える。そんなことを考えているようだが、月野当人もすっかりと緊張感の失せた顔をしていた。他人には見えにくい場所だから、つい気が抜けるのかもしれない。 本当は書斎の本も見せてもらいたいと思ってはいるのだが、ちょうど日差しも暖かく、今の位置から動くのも勿体無い。まだ先客がいるから、あちらが落ち着いたらと思っているうちに‥‥月野は枝の上でうとうとし始めた。 確かにうたた寝したくなるような陽気に、シキ(ib2670)は伸びをして、なんとか眠気を払っていた。花見だと聞いて、気晴らしも兼ねてやって来たが、珍しい料理が並んでいるのを摘んでいるうちに、すっかりおなかがいっぱいだ。少し酒も貰ったので、眠気を誘われるが寝てしまうのも勿体無い。率先して人の輪に混じることはしていないが、時折世間話に混じってみたりするのも、なかなか面白いものだし。 「何か‥‥始まりそうだしな」 でも寝てしまいそうと思っていたシキだが、この後の賑わいでそれは流石に無理だった。 庭の端では、一般家庭なのに屋台が二台出ている。その片方では、ミヤト(ib1326)が飴細工の真っ最中だった。どこで憶えてきたものだか、他の者からも甘刀の差し入れを貰ったりして、あれこれ作成中。もう片方は万理のたこ焼きだ。 「食べるのが惜しいわよねぇ」 開拓者ギルドに登録間もないので手始めにとここに来た霸月(ib2665)が、花木を見るのも堪能したと寄ってきて、貰った小鳥に苦笑している。確かに口に入れるのは勿体無い出来だ。 そういう誉め言葉に、最初は緊張でなかなか笑顔が出なかったミヤトだが、大分表情もほぐれてきている。その割に必死そうなのは、目の前に張り付いているカーチャがいるから。彼女の手には、すでに炎龍と甲龍、駿龍まで揃っているのだが、次は馬だと待っている。両親に続き、お土産のお人形のワーリャの分らしい。 流石に、ちょっと休ませて欲しいとミヤトが思っていたかどうかは謎だが、カーチャは動かない。 こちらも開拓者ギルドに登録して日が浅い久悠(ib2432)は、誰でも参加可能で、食事が出来て、会場はギルドマスターの家と各種興味をそそる話にやってきていた。おなかも満たされたし、花も愛でたし、垢抜けている他の開拓者を眺めて楽しんでいると、数人がごそごそやっているのに気が付いた。吟遊詩人もいるから、そろそろ腕を振るいたくなったかと見ていると、ワイズ・ナルター(ib0991)に混ざったらと誘われた。久悠は趣味の程度だから腰が引けたが、何かありそうだと両手に食べ物と飲み物を持ったままやってきた猫(ia2215)が混ざると断言したのに巻き込まれる。 かと思えば、こちらも酒の瓶を片手のキオルティス(ib0457)が出番だとやってきた。散々呑んでいたようだが、楽器を操るのに不自由はないらしい。楽器がないと久悠が言えば、手拍子、足踏みでもいいだろうと猫は断じ、ナルターはイーグルリュートを出してくる。 そんなことをしている間にレートフェティ(ib0123)とモハメド・アルハムディ(ib1210)、琉宇(ib1119)の三人もちゃっかりと輪に加わっている。演奏が始まるようだと、庭の散策をしていたような人々も腰を落ち着け出したが、こういう席でじっくり座って聞いてもらうばかりではつまらない。 「こういう時には、小さい子に手伝ってもらうのがいいわよね」 レートフェティがうふふと小さく笑って、ブレスレッドベルを取り出した。カーチャとマーシャに持たせたら、さっそく振って楽しんでいる。 いきなり集まって、何か演奏が出来るものかと思うのは吟遊詩人以外。歌や演奏が生業の者達は、その土地ごとに好まれる有名曲はある程度頭に入っている。 一曲目は、ジェレゾでよく演奏される曲。キオルティスやワルターが歌を添えていたが、途中からヴェラが入ってきた。つられて、知っている者が歌いだす。主旋律の二度目になると、猫も歌詞が分からなくても調子を合わせて手拍子で盛り上げだした。 曲は次々と変わっていって、琉宇もモハメドも自分が知っている曲を幾つも披露している。そのうちに皆から希望を聞いて、知っているものを演奏したり歌ったりするようになった。この頃には、猫が次々と見物人を誘って踊りだしている。 この時に判明したのが、ジノヴィは踊りが苦手らしいことだ。誘ってもどうしても応じてくれないので、猫は妻子の方を連れ出している。 その程度は気にしないのも吟遊詩人というものか、モハメドが『唄でも一曲』と言い出した。誰かが知っている曲なら一緒に歌うからと言う条件でジノヴィはようやく曲名を二つあげたが、モハメドとレートフェティの出身地の唄だ。はっきり言って、子供でも簡単に歌える程度の難易度、更に相当短い唄だが、ジェレゾで知っている人間に会う事が珍しい。 どちらか一方の気持ちだったろうが両方歌わせて、皆が珍しいと感心したのを機に、演奏会は少し規模縮小と相成った。別のお楽しみが待っているからだ。 ここにいるからには開拓者のはずだが、その姿はどこからどう見ても道化師のクラウン(ib1804)が、なぜだかフリル満載、スカート丈短めの華やかなドレス姿の真珠(ib2485)に引き摺られるように登場したのだ。クラウンはかなり前からいたのだが、ものの見事に隅で目立たないようにおとなしくしていたから、初めて気付いた者もいる。 「ウンチャがど〜しても芸がしたいというから、見てあげて欲しいのよ」 なんだか粗末な扱いで皆の前に引き出されたクラウンだが、彼は大道芸人の外見を裏切らない腕前だった。ナイフでお手玉をするのだが、最初は取り落とすし、危機一髪だし、はらはらして見ていられないくらい。 もちろんナイフの刃は多少経験がある開拓者なら潰してあると分かるし、失敗して見せるのも芸のうちだ。そう分かっていても見入ってしまう話術や大袈裟な動作、何より散々失敗した後に素晴らしい技を見せる腕前は開拓者とどちらが本職かという出来だったが‥‥真珠が掲げて見せた仮面の数々には、本当に顔が強張ったようだった。 クラウンお宝の仮面でお手玉という、どこまで本当か分からないが無茶なお題に、どこまで芸だか分からない真剣さで取り組んだクラウンは、皆の笑顔を引き出すことに十分成功していたが、真珠の手からお宝を取り返すまでにはもう少し掛かるようだ。 賑やかな演奏が、会場に添えられるようなものに変わって、また庭の散策に戻った人達もいる。泉宮 紫乃(ia9951)もその一人だが、桜の木の下で右往左往していた。桜色に柄も桜の着物に枝垂桜の紅色の簪と、若葉の色が目立つ木の下に溶けていきそうな様子だが、桜の気に当てられた訳ではない。 舞い散る桜の花びらを受け止めると幸運の印だと聞いて、ただ今翻弄されている真っ最中なのだ。 彼女と一緒にやってきた幼馴染のニクス(ib0444)と尾花朔(ib1268)はその様子を微笑ましく眺めていたが、桜と紫乃のどちらを主に愛でているのかといえば、多分後者だろう。幼馴染とはいえ、常から一緒に行動しているわけではなく、久し振りに集まっての花見。積もる話があるようでいて、いちいち報告しあうほどでもないと思うのか、先程までは花を眺めての飲食を楽しむばかりだった。 少しばかり涼しいが風が出てきたので、紫乃がまたくるくると踊るように動き出した。そのうちに目が回るのではないかと二人が心配していたら、ぴたりとその動きが止まった。 「これ、落ちる前に取れると、よいことがあるのですって」 息を弾ませて、紫乃がニクスに開いた両掌を差し出した。花びらが一枚、今にも吹き飛びそうな様子でのっている。どうぞと言われて、ニクスが笑みを浮かべて取り上げたところに、尾花が言葉を添えた。 「それ、幸運のお守りとか吉兆の印と言われますが、恋愛のお守りという話もあるんですよ」 ものの見事に桜色に染まった幼馴染二人が、視線をあっちやこっちにやり、紫乃が尾花を見たり、ニクスが見られなくて困ったりしているのを全然視界に入れずに、尾花も桜の花びらを追っていた。こちらは案外と要領よく受け止めて、はいと紫乃に差し出している。幸運がありますようにと、先程の言ったことなど忘れたかのような口振りだ。 ついでのようにもう一つ取って、ニクスにも。もう少ししゃんとしてくださいとはご挨拶だが、悪意あってのことでないのは、貰った二人も知っている。 二人から花びらを貰ったニクスは、でも自分も追いかける気にはならないようで、貰った花びらを軽く握った手で紫乃の頭を撫でている。それを子供じゃないんだからと、混ぜっ返した尾花には、軽い拳骨を見舞っていた。 「大事にするからな」 ニクスのその一言に、紫乃は笑顔で頷き、尾花はしゃんとしていないと返している。 日も中空から幾ら傾いで来た頃。 グリムバルド(ib0608)はテラスの隅の椅子の上で困っていた。ギルドマスター宅で桜を愛でる花見は珍しいと、アルーシュ・リトナ(ib0119)を誘って来たのだが‥‥そういう席ならとアルーシュが髪形を変え、着飾ってきたのに動悸がしている。いい加減慣れればよかろうに、まだ全然収まらない。 ちなみに彼自身は、普段の服装が略式でも軍礼装なので埃を払い、金具部分を磨いて、後は髪を撫で付け、修行で付けている眼帯を外した格好で赴いていた。最初は髪と眼帯だけなんとかすればいいだろうと高を括っていたが、本職は機織師のアルーシュが服について助言してくれたので、予定より見られる姿になっているはず。 現在、アルーシュは他の数人にヴェラと四方山話の真っ最中だ。女の集団は、どうしてこんなに恋愛話が好きなのかとグリムバルドは感心したり呆れたり。口を挟む余地などないので、アルーシュお手製の林檎ジャム入り菓子をもりもり食べている。 ただ今盛り上がっているのは、どこだかに差し入れにやってきたジノヴィが大変可愛らしい飾りつきのバスケットを持っていたことらしい。もちろんヴェラの持ち物だが、文句も言わずに持ち歩くほうもすごい。それは愛ゆえかと言う辺りで、先程から話が異様に盛り上がっている。 誰か自分だけでもここから連れ出してくれないかなと願っているグリムバルドに、救いの手は現われなかった。 そろそろ少し涼しくなってきたからと、黒色櫻(ib1902)は台所でお茶を淹れていた。もちろんまだ沢山飲み物があるのだが、彼女が作っているのは生姜入りの体が温まるものだ。そろそろこういうものも恋しくなる頃合だろう。 大方の準備が終わって庭に運ぼうとしたら、十五月(ib2651)が顔を出した。先程、演奏会の折に『巫女なら踊れるはずだ』と、興が乗った人達に庭の真ん中に引きずり出されていた少年だ。どうも彼の地元は男性の巫女が少ないのか、巫女は女性がなるものですよねみたいな事を言っていたが、開拓者ギルドには男性巫女も多数いる。そんなことはないと教える名目で、あちらこちらに声を掛けられていたはずだ。 それで逃げてきたかと思えば、酒量がすごい人がいるから酔い覚ましの水を取りに来たらしい。ついでなので、一緒にお茶を運んでもらう。 「開拓者ギルドの集まりって、初めてだから大丈夫か不安だったんですけど‥‥」 「あらまあ。こんな賑やかだとは思わなかったでしょう。美味しいものはちゃんといただきました?」 まだちょっと緊張することもあるけど、飲食は皆が次々勧めてくれたのでと返事をした十五月は、今度は皆にお茶を勧めて回ることになった。なにしろ、櫻は淹れるほうに忙しい。 どこかで、カンタータが作った菓子の中にからしが詰められたものに当たって悲鳴を上げる人がいる。すると、もちろん甘い飲み物が供されるが、わざわざ食べに来る者もいた。 「挑戦せずにいられないんだな〜」 猫など当たるまで食べている。その後に飲むのが、十五月が心配そうに持って来てくれた、生姜がばっちり効いた紅茶なのは、もうわざとだろう。 そんな騒ぎを他所に、書斎ではセプトがどこかに埋もれている戦術書を、月野は三十冊くらいある遺跡やアヤカシに関係する書物から自分が目指す情報を、ワルターは興味を引くものを、琉宇は短くて読みやすい伝承や詩の載った本を探すのに忙しい。 「おうちの見取り図も描きたいけどね〜」 「本を写すならともかく、見取り図は何に必要なんです?」 「私の欲しいものが見付からないとは、整理のなっていない書棚だな」 写してもいいと言われたら、なんとかして少しでも持って返りたいと思う者もいて、書斎のインクと紙はどんどん減っている。そして見取り図の必要性は、まったく謎のままだ。 その家の見取り図を描かれそうになっていたジノヴィは、モハメドと一見不思議な壷を挟んでの会話中だった。ジルベリアでも風変わりな風習のあるモハメドの地元で、男性陣の世間話の際に必須の喫煙具だが、ジェレゾで見る事はほぼない。 「これも見るのは二十年ぶりくらいかな。君の一族には、隊商も多いだろう」 「ナァム、はい。アーニー、私も商人の生まれです」 ジルベリア各地を廻った経験があるジノヴィの話は、普段なら聞き手が多数集まったろうが、今回は別だ。なぜかといえば、更なる人気の存在が二人もいるからで。 とらともふらのぬいぐるみに、ちび駿龍まで加わって、抱きかかえる物が増えたマーシャは、昼寝もしたので元気いっぱいだ。人見知りすることもなく、笑顔を振りまいている。 抱っこしてもむずがることもないから、フェンリエッタは先程から抱っこを堪能していた。ほとんど一日子守をしていた月与は、慣れた様子で母親代わりを努めている。 そこにケロリーナがかえるさんのお人形も持ってきた。マーシャは時々それを放り投げるのだが、周囲の人達は嬉しそうにそれに振り回されている。神音が鞠を持たせてやると、流石に投げられなかったが転がして遊ぶことを憶えた。 そのうちに、鞠がヤマメの所に転がっていって、二人の目が合った。これはどうするのだろうと固まったヤマメを、ケロリーナと神音が鞠ごとこっちに来いと引きずり込んでいる。 「子供というのは、道化より笑顔をいただくのが上手で羨ましい限りです」 そんなことをぼやいたクラウンもやっぱりマーシャへの奉仕に駆り出され、仮面を取りたいマーシャとの攻防に明け暮れることになった。なにしろ周りは助けてくれないから、大変なことなのである。 姉のカーチャもお姫様扱いで、『ゆめみた〜い』と繰り返していた。こちらも両親が傍にいなくても全然平気で、現在九法の服の袖を開いて中を覗いているところ。ここからぬいぐるみが出てきたので、仕掛けを捜しているのだが見付からない。目と口を開いて彼を見上げているので、流石にフィーネが口のほうは閉じさせた。お上品にねとの注意には言われたとおりにしたが、九法の服からまたぬいぐるみが出てきて目が更に真ん丸になっている。 そのうちに、これはきっと魔法だと魔術師の子供らしく自分を納得させていたが、目が真ん丸は玖守がナーザニンとモユラの演奏で剣舞を見せてくれた時に復活した。曲に合わせて縦横無尽の動くものだから、見ているカーチャも一緒に左右に揺れて、皆の微笑を誘っていたが‥‥不意に前のめりに倒れて驚かせた。 何事かと周囲が騒然とする中で様子を見に来たジノヴィはあっさり『疲れて寝ている』と説明してくれた。強いから大好きの炎龍ぬいぐるみを手放さずに寝ているカーチャに、慌てた人達は一安心だ。 かたや、まだ食べるのに夢中な人もいる。さっきまで忙しく皆を盛り上げていた真珠は、万理が最後の一舟だと寄越してくれたたこ焼きをはふはふと食べている。よほど熱かった様で、シキが寄越した水をぐいと煽ってもいた。万理はたこ焼きの食べ方について、一説ぶち上げそうな様子で見ている。 他の者は、巴と真夢紀とヴェラが甘味の作り方談義を繰り広げている中、からすや櫻が淹れたお茶を楽しんでいた。演奏で忙しかったレートフェティやキオルティスは、時々楽器を鳴らしつつ、合間に軽食を摘んでいる。そんな二人には、櫻とからすが喉によい香草茶なども世話していた。真夢紀の持参した桜湯もある。 玲瓏は散々本を見ていて目が疲れたのか、折り紙三昧だった和奏も二人してかなりぼんやりと花木を眺めている。こちらへの茶も、冷めたら取り替えられたりちゃんと目配りされていた。 「初対面でも親切にしてくれる。案外いいところなのかも知れぬなぁ」 そうした光景にふいと漏らしたのは久悠で。玲瓏に取って食ったりしないと笑みを向けられ、少しばかり慌てている。 それにひとしきり笑った霸月が、では改めてよろしくと冗談交じりに頭を下げ、つられた和奏がこれまた丁寧に挨拶をし始めた。 おかげでお茶を楽しんでいた面々は、今頃挨拶三昧の不可思議な行動を取っていたが‥‥そろそろ花見もおしまいの時間である。 「お片付けも手伝いますから、なんでも言って下さいっ」 日が暮れる前に散会の声を掛けられた開拓者達は、辞去の挨拶をしながら三々五々に散っていきかけたが、ミヤトは居残り志願だ。他にもばらばらと続いたが、沢山いても邪魔になる。大半はここで帰された。 残った中には、紫乃が片付け志願したので咄嗟に自分もと口走ったニクスと尾花も含まれている。食器を運ぶのがこの二人で、洗うのが紫乃とミヤト、片付けるのはヴェラの分担で、家事に慣れた六人の作業はどんどんと進んでいく。庭などの片付けは、ジノヴィがやはり居残り志願の数名と行っていた。 この調子なら、遅くならないうちに綺麗に片付くことだろう。 日暮れ時の帰り道、片付けはあの人数で足りたかなと気になっていた安達と那須鷹だが、今更取って返すわけにもいかない。今日はたっぷり美味しいものを食べて飲んだので、寄るところもない。 「また、こうして美しいものを見て、二人でお酒を呑みましょうね」 別に今日も二人きりではなかったが、安達が『大切に思える時間だったから』と那須鷹に語りかけ、那須鷹も優しい笑顔で大きく頷いていた。 「ぬしとゆっくりしていると、気持ちが安らぐよ」 その理由は、どちらも追及する必要などないと思っている。 そのもう少し後のこと。 グリムバルドはアルーシュを家まで送って、今日はお誘いありがとうと挨拶されていた。ここに到るまで、彼は言わねばならないことを言っていない。しかし言わずに済ませるわけにも行かない。 「あー‥‥アルーシュ、今日のそれな‥‥似合ってる。すごく‥‥綺麗だ」 ようやく誉めてたが言葉が使える彼に、アルーシュはあっさりと『グリムバルドさんも素敵です』と返してきた。 いつまで彼が固まっていたのかは、アルーシュしか知らない。 |