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■オープニング本文 年末のアル=カマルの開拓者ギルドに、少しだけ妙な依頼が張り出された。 「餅つき? アル=カマルで? このオアシスって、どこにあるの?」 「そのオアシスは、魔の森の近くにある。遠いは遠いが、王宮が用立てた飛空船が出てるよ。で、モチツキってのはなんだ?」 天儀からやって来ていた開拓者が、自分には見慣れた行事の名前と知らない地名とに、たまたま近くを通ったアル=カマル出身の開拓者に声を掛けた。 掛けられた側は簡潔な説明の後、自分の疑問を投げ返す。 「餅つきはね‥‥」 天儀人の餅つき講座が、ギルドの片隅で始まっている。 そして話題になっているエルズィンジャン・オアシスでは、大アヤカシが滅した後の魔の森を焼き払う作業を紆余曲折の末に支援している天儀神教会神父の神楽シンが、知人からの荷物を呑気に待っていた。 「こっちの大根って、おろしてもうまいもんかね」 彼は王宮とは何かと対立する遊牧民独立派の首領ジャウアド・ハッジの客分の身分で、この場にいる。身体的には一般人でアヤカシ退治や魔の森内部での作業では役に立たないが、布教目的で天儀から派遣されるだけあって交渉能力はそれなりだ。 よって、同じ仕事に従事しながら何かと角突き合わせる遊牧民と王宮軍の折衝を担当したり、遊牧民宿営地の物資、予算の管理に携わっていた。特に予算は、金遣いが荒いジャウアドに勝手をさせないよう、きっちり財布の紐を握っている。 それらの仕事をこなすシンは、しっかり給金も貰い、今回はそれをはたいて知人でアル=カマルと天儀を行き来する商人に、頼みごとをした。 『餅つきがしたいので、道具一式ともち米その他の必要物資を送ってくれ』 別に正月に間に合わなくてもいい。そもそも商人が天儀に戻っていたら、手紙を目にするのも一月は先になる。気長に待とうとのんびり構えていた彼は、自分の手紙を預かって里帰りした遊牧民の勘違いで、手紙が開拓者ギルドに届いて、依頼扱いされたとは知らない。 今から準備して、オアシスに向かう飛空船に乗せてもらえば、正月のうちに砂漠を眺めながらの餅つきが楽しめるだろう。 報酬はほとんどないが、いつもと違う正月を楽しみたいなら行ってもよさそうだ。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
皇・月瑠(ia0567)
46歳・男・志
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ミーファ(ib0355)
20歳・女・吟
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂 |
■リプレイ本文 大荷物だった。 それはもうびっくりするほどの大荷物。 「なんだ、それ?」 依頼人の神楽シンが不審も露わに尋ねるのも、ある意味当然。開拓者六人でも運び切れず、王宮軍から荷車を借りて引いてきた大荷物は、まるで引っ越しか何かのようだ。 これににこにこと応えたのは、まずミーファ(ib0355)だった。 「臼と杵が一組では、皆さんで搗くには足りないと思いまして‥‥四組用意してきました。これで足りるでしょうか?」 もちろんその分だけ蒸篭やざる、その他諸々の道具類も同じく増えている。そこにもち米はじめ、シンが頼んだ以外の食品類が加わって、荷物が山を為しているのだった。 「お米、十俵で足りるといいですねぇ」 もち米だけで十俵もあるのを、ものすごく楽しそうな表情で和奏(ia8807)が次々と下ろしはじめた。細身の和奏がひょいひょい抱えているから軽そうに見えるが、彼とて勿論開拓者。米俵が軽いはずはない。米だけでも、すごい量。 依頼を受けた六人のうち、オアシス住人と同様に『餅つきって何?』状態のナザム・ティークリー(ic0378)以外があれやこれやを持参した結果が、この大荷物なのだ。 「先に相談してから買いに行けば良かったんですが‥‥集まった時には、もうこの有様だったもので」 自分はチーズを何種類か買ってきただけなんですと、鈴木 透子(ia5664)が説明してくれたが‥‥彼女自身の視線が不安定に泳いでいる。背負った荷物の中にチーズが入っているのだろうが、それだって結構な重さに見えた。 「せっかくの新年で餅つきだ。色々な味を楽しめた方がいいと思ってな」 羅喉丸(ia0347)が力強く口にしたが、物事には限度があるとシンは思っているようだ。いや、ぶつぶつそう言っている。 しかし、オアシスの住人や遊牧民達は、見慣れない米俵や臼杵などに興味津々。遠慮がない子供や若者が早速近付いてきて、弄り出していた。 「餅はなー、柔らかいのに腹持ちが良くて、色々な味が楽しめるんだぞ」 ここまでの道中で知識だけは仕入れたナザムが得意げに説明しているが、実は実際に食べたことがない。だから細かい質問には答えられず、近くにいた皇・月瑠(ia0567)を振り仰いだ。 しかし、皇は一行の中でも特に無口で無表情。別の誰かに助けてもらおうと、ナザムが考えても無理はないのだが、 「餅つきは、まず米を研ぐところから始まる」 天儀神教会の宣教師がいるなら、自分は餅つきの伝道師だとでも言い出しそうな真剣な顔付きで、皇は語り始めた。 無闇と語りが長くなりそうなので、誰か代わりに簡潔な説明をした方がよいだろう。 餅つきを行うのに必要な道具、臼、杵。 蒸し器、ざる、桶、布巾は大きさが合うかどうかを考えなければ、アル=カマルにももちろんある。のし餅を作るためののし板やのし棒も代用出来るものはあるし、切り分ける包丁はナイフでもなんとかなる。 依頼人はそういう考えで臼と杵だけ頼んでいたが、開拓者とは凝り性が多いのか。今から餅屋が開店出来そうな品々が揃っていた。 しかし、あいにくと道具があれば餅つきがすぐに始まるわけではない。もち米を研いで水に浸すのは勿論、臼や杵も水に漬けたりしないとならないのだ。 「なんでー?」 「‥‥誰か、よろしく〜」 事前にも解説はされていたようだが、オアシスの子供達は一日待たされるのが不満で仕方がない。集団で声高に説明を要求した先がナザムだったもので、結局また救難要請が上がった。 『なんじゃ、またか? ナザムは船で、何を聞いていたのじゃ』 この要請に応えたのが、羅喉丸とやってきた羽妖精の蓮華だった。他の開拓者は遊牧民達を指揮して、明日の用意の真っ最中。体が小さい彼女だけが、少し時間の余裕に恵まれているらしい。 そのため、蓮華が先生役で餅つき教室が始まり‥‥かけた。 「あら、皆さん、お手すきですか? 明日の準備のお手伝いをお願いしても大丈夫でしょうか?」 『あ、それが良いな。話だけ聞いても、退屈じゃろ』 何かがぎっしり入った袋を抱えたミーファが通りかかり、こちらの道具がいまひとつ使いこなせないから教えがてらに手伝ってと言うので、子供達とナザムが大喜びで付いていった。蓮華も論より実践と、小難しいことを口にしながら小さい子供の足に合わせて飛んでいく。 そこで彼らを待っていたのは、見たことがない木の実と良く知っている道具だった。岩塩などを割って、擂るのにも使う石製の、天儀風に言うならすりこ木。 「これ、割ればいいのか? 中の実をすりつぶすとこまで?」 「割って中身を取り出したら、水に漬けてあく抜きしないとすごく苦いですよ」 あく抜きしても割と苦いのが栃の実だが、ミーファももとより子供向けではないと思いながらの持参だ。誰かがうっかり口にしないように、子供達の様子には目を配っていたが。 「うわ、苦っ」 ナザムが齧るとは予想外。見慣れないものに興味津々だった子供達は、彼が激しく咳き込む姿に悪戯心を静められている。 「俺、これはもういらない」 「甘いものもたくさんあるから、それにするといいですよ」 結局ナザムも子供と同列扱いで、次はあんこのための小豆洗いが待っている。 なにやら子供達がざわざわやっているところからちょっと離れて、こちらは道具類の準備中。しかし、手と一緒に和奏の口はものすごくよく動いていた。 「お正月前に家人や郎党が集まって、うちの分から始めて、全員の家用に鏡餅を作るんです。毎年賑やかで、ぜひ一度最初から最後まで自分で搗いてみたいものだと思っていました」 鏡餅というのはと、形から始めて謂れやらなにやら、鏡割りの習慣までとうとうと解説している和奏の声を聞きながら、臼の汚れを洗い終えた羅喉丸は重要なことに気付いていた。 話の内容からして、和奏は地元で相当の名家か裕福か、その両方を含む家のお坊ちゃま育ち。餅つきを実践せずとも、誰かがやってくれるお家柄。故に自分もやってみたかった気持ちは分からなくもないし、この機会にぜひ実行したらよかろうと羅喉丸は思う。 ただし、うっかり記憶の通りに家人や郎党が力を込めて杵を振っていた様など真似されたら‥‥臼と杵が破壊され、もち米が無駄になるのは確定だ。力加減を最初によく言い聞かせる必要があるだろう。 「栃の実の入ったほろ苦いお餅に甘いきな粉もなかなかいいですが、個人的には搗きたてに生卵を絡めるのがお勧めですよ。搗きたてでないと出来ないので、ぜひ試してみてくださいね」 ナザムやミーファが割っている栃の実は、実は和奏の持参品だ。ただし彼はあく抜きの仕方やその必要性など全然知らず、ミーファがいなかったらこれまたきっと食材が無駄に‥‥生卵など食す習慣がない遊牧民達は、このお勧めにはあまり乗り気ではない。 まあ、卵は他になんとでも料理の仕様があるので問題はないと、羅喉丸は考えた。 「干しエビを入れた餅は、磯辺揚げに合います。磯辺揚げというのはですね」 和奏のうきうきとした解説は、まだまだ終わる気配などなかった。 天儀風の餅の食べ方準備は万端。依頼人であるシンは単純に故郷の味を喜んでいるが、だからこそアル=カマルの人々にも食べやすい形で提供すべきだと、透子は思い悩んでいた。美味しくないと思われたら、シンの布教活動にも支障が出るだろうし。 だがここで問題なのは、透子は至極簡単な家庭料理しか作った経験がなく、餅のような季節食材は食べるばかりだったこと。それに参考資料がアル=カマルの甘味マップでは、明らかに偏りがある。分かっているが、他になかったのだ。 「チーズとお醤油とオリーブオイルって、火を通したら美味しそうだと思ったんですけど、こちらの方の舌に合うでしょうか」 「悪くはないだろうけど、ちょっと足りないとか言いそうだな。味付けが濃いと言うか、香辛料効かせたりするのが好きだから」 好みで追加できるように、胡椒や塩も用意しておこうかとシンと相談しながら、透子は延々と米とぎをしている。周りでは、皇に米のとぎ方を厳しく教授された遊牧民達が、おぼつかない手付きでやはり米とぎをしていた。 「‥‥‥‥」 貯水池から水を汲んできて、米をとぎ、とぎ汁は大きな桶に入れる。その水汲みを担当している皇だが、戻ってくると米のとぎ具合を鋭い目で見まわすのだ。米を零すともちろん怒られるから、最初はふざけたりしていた遊牧民達も真剣である。 透子にしたら、移動中はあんなに無口だった皇が別人のように色々説明し始めるので、何が起きたらこうなるのかと観察したい気持ちになる。それに意外にも料理が得意そうなので、自分の案以外にも何かないかと尋ねる機会をうかがっていた。すぐに尋ねないのは、単に米が多すぎるから。米を浸す容器だけでも、実は量が多くて借りてくるのが大変だったのだ。 しかし、オアシスの家々から容器を山ほど借りてきたのに、途中で足りなくなってきた。原因は分かっている。とぎ汁を別に溜めておくのに容器を使うからだ。 「これ、畑に流したらいませんか? あまり水はいらない作物だとか?」 「いや、畑に回す水の配分は色々決まりがあるから、とりあえず溜めてあるだけ。俺の取り分だけ、先に使っていいか訊いてくる」 オアシスの周囲には、青々とした畑や果樹園が広がっている。透子や皇が知っている作物、知らない作物の両方があるが、流石に稲は見当たらない。そもそもアル=カマルで稲作がされているのかと、不思議に思った透子が遊牧民達に尋ねてみると陸稲の栽培をしているところは少しあるそうだ。 あくまで『少し』なので、遊牧民達もほとんどは餅どころか米を食べたことがない。それならうるち米も持ってきて、自分でも作れるおにぎりもありだったかもと透子が思いを巡らせていたら、 「うちの娘は、蒸したもち米が好物でな」 「おっさん、子持ちだったのか!?」 水汲みから気配もさせずに戻っていた皇が会話に入ってきて、ついでにその内容に口の悪い遊牧民達が驚いていたが‥‥ 透子には、彼らがうっかり零した米の方が気になる。もちろん皇の反応と共に、だ。 そんなこんな、あれやこれやの一日の後。 小豆の煮方をオアシスの女性陣に説明しようとして、開拓者一行とシンの間で漉しあん粒あん論争が勃発したり、胡麻はすり胡麻と餅につきこむ食べ方のどちらが美味しいか熱く論じられたり、磯辺揚げに塗る醤油は生のままか甘辛かで軽い衝突が起きたり、ずんだ餅は季節に合うかどうかで意見がちょっとぶつかったり、雑煮の汁の味付けと具材の種類で負けられない戦いが起きたりしていたが、まあその程度は大したことではない。 すべては、もう待ちきれない表情のナザムのこの一言が解決した。 「それ、どれも食べてみたいな」 そう、天儀の素敵な食文化を知ってもらうことが大切。それだけにこだわらないが、いさかいを起こしている場合ではなかった。 「シンさんが布教のために私財を投じたお餅つきですもの、皆さんを失望させるわけにはいきませんね」 ミーファが早速やる気を出して、もち米の蒸し方の火加減を説明しに向かった。が、シンの表情からすると、そこまで崇高な思考の結果ではなさそうな。何にしても、布教を行う大前提の地元に受け入れられる点では、シンは相当成功しているだろう。 やがて餅が蒸しあがり、まずはお手本に羅喉丸と皇が搗いて見せることにした。何故だか皇は下帯姿で、背中の天女の彫物に注目を集めている。当人はこれが餅つきの正装だと言うが、それに同意した開拓者がいないので今のところ誰も見習っていなかった。 こちらも服装は変えない和奏が自分もやりたい素振りでいるのだが、未経験者は絶対後回し。理由は彼以外が知っている。 で、餅を搗く時には返してくれる人が欲しいのだが。 「やったことがありません。あれは、どういう時に手を入れたらいいのでしょう?」 そこが分かれば見様見真似でなんとかと、妙に構えた透子に任せるのはちょっと不安。よってシンが返しを担当することになった。 「ぺったんぺったんって搗くんですよ」 和奏が次こそは自分もと、臼のすぐ近くに陣取って、手を出そうとする子供達が怪我をしないように見ながら、また説明を開始している。餅に付ける諸々を用意しているミーファと透子も同じ印象だった。 どっかんどっかん。 なのに、見本の餅つきは説明の数倍力強い。ちゃんと羅喉丸と皇は力を加減しているが、早さと音が『ぺったんぺったん』からは程遠かった。 「ほら、餅は手早く搗いた方が美味いからな」 『そりゃそうじゃが』 見本は分かりやすく、少しゆっくりやれと蓮華に叱られた羅喉丸が、一応そのつもりだったと頭を掻いている。遊牧民もオアシス住人も、自分も負けるものかと腕まくりをしていて、力加減については危ぶまれてきた。 こればかりは、最初につききりで教えるのが安全と羅喉丸が考え、皇は子供からやらせるつもりで一番小さな杵を取り上げていた。 だが、それよりも先にやるべきことがある。 「こう指で輪を作るように摘まんで、一口大に摘み取ってくださいね。味見用なので、小さめで」 「はい、お餅はこちらのお皿のどれかをつけて食べてくださいね。柔らかいですが、よく噛まないと喉に詰まりますよ。気を付けて」 そう、味見。全員分には足りないが、そこは子供とお年寄りを優先で。 ミーファと透子が餅の扱いや食べ方を細かく口にしながら、せっせと丸めて並べた先から子供達が手を出してかっさらっていた。自分もちゃっかり貰いつつ、ナザムがちゃんと皆に行き渡るように仕切り始める。 「一人一つだぞ。もっと欲しい奴は、手伝いしてから!」 まったくもっともな意見な上に、子供達は餅つきもしてみたいので、口に餅を入れるや否や、今度は餅つき現場に走り出す。誰か喉に詰まらせないかとひやひやするが、一口大なのが良かったのだろう。心配していた事故は起きずに済んだ。 そうして、子供達が一通り杵を握った後。 「じゃあ、一回搗かせてくださいね」 「あ、あたしも一回だけ」 餅つきを待ちわびていた和奏と、ちょっとだけ体験したい透子が、どちらも『一回やる』と杵を手にした。けれども、透子の一回は『ぺったん』なのに対して、和奏の一回は搗き上げるまで。 ナザムや子供達もまだまだ実践し足りない様子で、搗き手に困ることはなさそうだ。 もちろん、もち米も他の食べ物も、まだ十二分にある。 |