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■オープニング本文 ジスーセイゲーン。 この地名を聞いた開拓者には、時に常とはひどく異なる攻撃性を生じさせる者もいる。 だが、それも致し方ない。 「もう、こんな経路は撤廃すべきだーっ!」 「しかし、あそこを通らなければ、連絡が一日以上遅れるところも出るじゃないか」 「グライダーか龍を使えばいい!!!」 ジスーセイゲーン。 この谷には時折、これという原因も見当たらないのに、どういうわけか、アヤカシが大量発生するのだ。 格別に強力なアヤカシではない。どちらかと言えば、超弱い。 けれども、いつも数が異常に多かった。 ジスーセイゲーン。 ただの枯れ谷のはずだが、時折大量のアヤカシに埋め尽くされる土地。 今回のアヤカシは、小さな人型。羽妖精などよりも小さくて、せいぜい十五センチ。 大抵は顔に目鼻もないが、何故だか服は着ている。赤地の服に、襟や裾、袖口などに白の縁取り、半数くらいは赤い帽子。 挙句に三分の一くらいが、顔に白ひげっぽいもこもこが付いている。 こんな奴らが、ぎゅうぎゅうと谷を埋め尽くして、もぞもぞしっぱなしである。 ジスーセイゲーン。 とうとう利用する郵便・荷物の配達夫や軍の通信兵から、あんな経路は撤廃しろと叫ばれている。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 皇・月瑠(ia0567) / 北条氏祗(ia0573) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 叢雲 怜(ib5488) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) |
■リプレイ本文 ●混乱している模様です? ジスーセイゲーンのアヤカシ退治。 これがうまくいかなかったり、退治してもすぐにまたアヤカシが発生するようなら、残念だが枯れ谷ジスーセイゲーンを通る街道は閉鎖せねばなるまい。 そういう依頼を開拓者ギルドに出した際、あまりのアヤカシの数に慌てふためいていた関係者達は、撤廃という言葉を使っていた。街道に使う単語ではないが、そのほど慌てていたということだ。 しかし、どうもこの撤廃という単語が、良くなかったらしい。 「なんか、おかしかったな?」 「おかしかったです!」 ジスウセイゲーンに向かう開拓者達を見送った依頼人達は、こそこそとそう囁き交わしていた。 そう。開拓者達は多数の敵に立ち向かうからという理由だけでなく、やたらと興奮していたようなのだ。 それこそ、親の仇でも見付けたかのように‥‥ 「ジスーセイゲーンの撤廃、望むところだ」 くわっと目を見開いた皇・月瑠(ia0567)が地の底から洩れ聞こえるような含み笑いと共に口にした言葉が、依頼人達に聞こえなかったのは幸いだろう。彼らは、問題がないのであればジスーセイゲーンの街道を使い続けたいのだから。 でも、こんな態度は彼一人のものではない。 「そうなんです、お料理の依頼の時なんか、ほんっとーに困るんですよねぇ」 こちらも地を這うような声を発しているのは、礼野 真夢紀(ia1144)。料理に関係する依頼とジスーセイゲーンに関連性がいつもあるとは思えないが、彼女にとっては大問題らしい。 今も大量のアヤカシ退治に時間が掛かると踏んで、調理用具一式を背負い、口の中ではぶつぶつとまだ何か言い募っている。 はっきり言って、その姿だけでも怖い。 「う〜ん、ジスーセイゲーンは、あんまり縁がないのですよね」 そもそも年に一度程度、アヤカシ討伐依頼が出る以外は、さほど通行利用が多い街道というわけではない。縁がなくても不思議はないが、柚乃(ia0638)の口振りはなんだかちょっと違う。 「削るのもそんなに大変ではないですし、そもそも詰める方に苦労することも多くて」 ぎろり。 真夢紀と皇から向けられた視線には、鋭い音が付いていそうなきつさがあった。が、向けられた当人は気付いていない。 代わりのように飛びすさったのは、叢雲 怜(ib5488)だった。二人ともどうしたのだろうかと、顔にでかでかと書いてある。 「やれやれ、アヤカシといい、おぬしらといい、ほんに賑やかじゃのう」 そんな叢雲の頭を一撫でして、椿鬼 蜜鈴(ib6311)がくつくつと笑いを漏らした。こちらは艶っぽい、暗さのない笑顔だ。 彼女はジスーセイゲーンのアヤカシ退治は初めてではなく、前回とはまた外見が違うのが出たと聞いて、面白いものだと感心していたくらいだ。どれだけいても確実に全滅させられると思っての余裕だろう。 依頼人からの話によれば、またこれまでの前例でも、ジスーセイゲーンのアヤカシは素手で叩けば潰れる程度のひ弱な存在だ。故にその余裕も不思議ではないのだが、皇や真夢紀の苛立った様子とは対照的だった。 賑やかなんて言葉では収まらないと、またよく分からないことを口走る二人に、それまで無言を保っていた羅喉丸(ia0347)がもう止せとはっきり告げた。 「撤廃などとんでもない。地獄の釜の蓋が開くぞ。自由と無法地帯は違うんだ」 何のことですかと、叢雲がぽかんと口を開いて山と荷物を背負った羅喉丸を見上げた。ちなみに彼の荷物の大半は、真夢紀が引きずるように持ってきた食糧である。 叢雲の視線に気付かない羅喉丸の主張は、まだ続く。 「ジスーセイゲーンのせいで、今までは六百が限度だった。だがもし撤廃されてみろ。千でも万でも、億、兆、京、そう那由他の彼方まで増やしても問題なくなってしまう。人間の処理能力では、耐えきれんぞ!」 「六百が三百の時もあるじゃありませんか。全部一律で六百なら、なんとかお芋料理が詰め込めるのにぃ」 「奴らのせいで行動を制約された、あの雪辱を忘れられるものか」 足は迷うことなく進んでいる。羅喉丸も、こちらも荷物を半分を引き受けた皇も、彼と一緒になって恨み節全開の真夢紀も、目的地に向かってずんずん歩いていた。それはもう、ものすごい勢いで。 「えっとぉ‥‥皆、どうしちゃったんだろ?」 「‥‥うーん、これは説明しにくいですね」 「ふふっ、大人になれば分かる。多分のう」 何がどうだかさっぱり理解出来ない叢雲が首を傾げるのに、柚乃は困ったように全身を歩きながら左右に揺らし、蜜鈴はまたくすくすと笑っている。 分かる開拓者には、よく分かる。分からない人にはさっぱり分からない。そんな会話が延々と繰り広げられながら、一行は運命の谷ジスーセイゲーンへと向かっていくのだった。 到着した時には、叢雲が一生懸命自分に『単なるアヤカシ退治だから』と言い聞かせていた。そうしないと、色々混乱しそうなのだろう。 ●そして、ジスーセイゲーン そこは枯れ谷だと聞かされていた。実際に見たことがある者達は、これこれこういうところだと具体的に説明してもくれた。 しかし、今彼らの前にあるのは、 「あの赤いお服は噂に聞くジルベリアの‥‥なのだけれど、アヤカシだからプレゼントは」 いかにも噂に聞いたサンタクロースの外見っぽいちまちましたアヤカシの姿に、叢雲がどうせならプレゼントをくれる精霊ならいいのにとがっくり肩を落としている。見様によっては、ぅぞぅぞと蠢く小さな存在は気持ち悪いが、幸いにして彼の肝を冷やすには至らないようだ。 もちろん、ジスーセイゲーンの制限数六百とか三百とかで道中延々と熱く語り合っていた羅喉丸と皇と真夢紀は、意見の相違はともかくとして退治する気に満ち満ちていた。素早く荷物を降ろして、戦闘の被害を受けなさそうな場所に隠して、それぞれの装備を整え直す。 目の前の景色にしばし嫌そうな顔付きになっていた柚乃と蜜鈴も、気を取り直して魔術の媒体に手をやった。彼女達の能力は、やはり乱戦より先制の範囲攻撃に適しているから、露払いが役目と心得ている。 まずは荒ぶるままに飛び込んでいきそうな仲間を、待てと留めるのに忙しくさせられたけれど。 こんな状態だと銃で役に立つ技は限られるなあと、魔術師達との連携を考えていた叢雲は、誰か巻き込まないように注意せねばと気合を入れ直している。うっかりすると、活躍の場がなくなりそうだし。 そんな様子を横目に、蜜鈴がアイアンウォールを立てて他に影響がいかないようにしてから、にこやかに宣言した。 「では、露払いと行こうかの」 「はいはーい、先にブリザーストーム行きます〜」 すると柚乃が元気に手を挙げて、言った通りに吹雪でアヤカシの真ん中を割った。が、アヤカシが消えた先から、その場所に両側に残った連中が転げ落ちてくる。ではと叢雲がブレイカーレイを撃ち放ち、ようやっと何メートルか開けた道に、六人が入り込んでいった。 そうして、あっという間にじたばたするアヤカシの中に見えなくなっていく。 服装だけならめでたいアヤカシが首筋にポトリと落ちてきて、柚乃は我に返った。 他の皆の勢いにつられて飛び込んだが、自分の能力を鑑みるに、いくら相手が弱っちくても前線はない、ありえない。 けれども突っ込んでしまったからには、今更後戻りなど出来なかった。なんたって、じっとしていたら体中にアヤカシがまとわりついて来るのだ。 「いや〜っ、気持ち悪い〜」 慌ててトネリコの杖をぶんぶんと振り回し、当たるを幸いに片端から消し飛ばしているが、谷を埋め尽くしていたアヤカシは次から次へと彼女の方に転がってくる。中には風で飛ばされているのまでいるようだ。 弱すぎるにも程があると思いながら、やっぱり近寄るでないとばかりに杖を振り回していると、かろうじて瘴気に還らずへろへろになったアヤカシを、柚乃の足元から他のアヤカシが運び始めた。仲間を助けようと言う気持ちがあるのだかどうだか。 それを杖で突こうとしたら、他のアヤカシが止めに入る。やはり助け合い精神が無きにしも非ず? 「運ぶ、戦う、増える、そして‥‥」 ぞろぞろ落ちてくるので増加しているように見えるアヤカシに目を細めて、柚乃は元来た方向を振り返って、ぶんと杖を一振り。 「やっぱり、応援がいいです〜っ!」 ブリザーストームを、多分誰もいないはずだと決めつけて後方に撃ち放ち、柚乃はすたこらさと戦線から抜け出した。 やはり魔術師は、後方支援が本分だと思うのだ。 同じ魔術師でも、蜜鈴は全然思考が違っていた。どうせ怪我をさせられるほど強い敵でもあるまいから、ここは一つサクサクと退治にしたい。両手にアゾットを握っての剣舞が、こんな場所でいかほど舞えるものか、自分の力量を見るにもよかろう。 ついでに、ちょくちょくアヤカシの雪崩で姿が隠れるものの、すぐ近くで奮闘している叢雲を少しくらい援護してやってもいいかなという気分でもある。開拓者としての力量は彼女がぐんと上という訳ではないが、まだまだ成人前の少年砲術士が、こんなアヤカシの密集地域で思うような動きが出来るとは思い難い。 「ま、吹けば飛ぶよな相手ではあるがの。纏わりつかれては、あまり気分も楽しくないゆえ」 武器でなくとも、扇の一振りで塵と消えそうなアヤカシが、それでも腕にしがみついていれば煩わしいと振り払ってから、蜜鈴は先程から勇ましい声がする方に視線を向けた。 「まったくもうっ、どれだけいたって、すぐに退治しちゃうんだからな!!」 流石に他の者がどのあたりにいるのか、声で推し量るしかない状態では先程のような大技は使えない。それで叢雲は魔槍砲の槍の部分を使用して、その届く範囲のアヤカシを消して回っている。 ただし、その方法だけだと谷の上から零れてくる連中が背中に積もった挙句、服の下に潜り込もうと暴れたりし始める。だけなら良かったが、何体かは入り込んで、もぞもぞ暴れていた。 見るからに、とても気持ちが宜しくなさそう。確実に集中を削ぐ有様だが、アヤカシが狙ってやっているというよりは偶然の産物なのが、また嫌な話。 「怜、少し耐えるのじゃぞ」 「は?」 なんとか背中からアヤカシを出そうとしている叢雲に一声掛けて、蜜鈴が平手でその背中を叩いた。これで退治出来るアヤカシなので、二度叩けば背中もすっきり。 さあ、まだまだ敵は残っているぞと顔を見合わせて頷いた二人は、今度は互いの背後を気に掛けながら、アヤカシの群れにまた飛び込んでいった。 その頃。 「今回は、アヤカシの数が前より多いと聞いて、宿泊も可能性も考えて天幕持参なんですよ。食べるものもたくさんありますし、お酒まで持ってきちゃいましたからね」 さくさく、すっぱり。 これまた後方支援が本分の巫女のはずの真夢紀が、ものすごい勢いで刀を振り回して突き進んでいた。立ち止まったりはしない。刃がちょんと当たれば消し飛ぶアヤカシなど、巫女の彼女にとっても敵ではないのだ。 加えていうなら、巫女でも経験では相当上位にいる開拓者の真夢紀は、駆け出し前衛職より多分攻撃も手慣れていた。 「さあ、全滅するまでやっちゃいますからね!」 多分、彼女には今、何かが憑りついている。 似たような状態にあるのは、皇だった。 「貴様ら、かち割ってやろう!」 何を今更の基本事項だが、敵アヤカシはちんまりした弱々しい存在だ。掌で叩けば退治出来る、問題は数だけのアヤカシ。もちろんその数がろくでもないが‥‥ 「うおりゃあああぁぁぁぁーっ!」 斧を振り翳して、奇声を上げて襲う相手かといえば、そんなはずはない。絶対に非効率だ。炎魂縛武なんて、使う意味が分からない。当人にも分かっていなさそうなのが、これまた怖い。 唸りをあげて斧が振られて、大量のアヤカシを消滅せしめた後に硬質な音を立てて谷の岩肌に食い込む。それを力任せに引っこ抜いて、また同じことの繰り返し。 もはや彼の周りでは、逃げようとするアヤカシが引き波のように蠢いているが、あいにくと体格が人一番良い彼の足取りの方がアヤカシより早い。 『ぴきゃー』 アヤカシの悲鳴が聞こえた気がする。 『ぷきゃー』 悲鳴は、別の場所でも上がっていた。こちらの悲鳴は、宙を舞いながらかぼそく消えていく。 「アヤカシは六百を超えてもいい、別に千でも万でも気にするものか。だが、ジスーセイゲーンの撤廃だけは許さんぞ」 一般の人々が聞いたら、アヤカシの数を気にしようよと間違いなく突き上げを食らう発言を繰り返しつつ、人の限界を超えた速度で移動しているのは羅喉丸だった。 こちらも何故だか瞬脚を使い、アヤカシ達を宙に巻き上げる勢いで谷の奥へ奥へと入り込みつつ、使う技は崩震脚。どう見たところで、練力の無駄遣いでしかない。彼ほどの使い手ともなれば、歩いて払うだけでもアヤカシ十体は一度に消し去れるはずだ。 しかし、当人は至極真面目な顔のままで、せっせと移動してはアヤカシ大量消去に勤しんでいる。 「六百、その中に何をどう詰め込めるかが大切なんだ。ただだらだらと書き留められるようなことになれば、世界の崩壊すら見えてくる」 もはや彼が何を言いたいのか、全部聞いている人がいたとしても理解不能。当人は聞く人の有無に関係なく、とりあえず言いたいようなので言わせておこう。 何が六百で、書くとは何のことかなんて、訊いてはいけない。ただし、ジスーセイゲーンの谷に来る開拓者達の大半がこの数字にこだわるので、何らかの意味はあるのだろう。 ある、と言うことにしておこう。否定したら、羅喉丸に怒られそうだから。 「世界を守るため、ジスーセイゲーンは存在せねばならんのだ!」 別の場所では、そんなものなくなればいいと叫んでいる開拓者が最低二人存在するが、いずれもがアヤカシ退治に邁進している限りは、きっと問題など生じるまい。 ●日は暮れている 鍋の中では、くつくつといい具合に野菜が煮えていた。 「お味噌はこのくらいでいいかしら」 「少な目に入れてみて、調整すればよかろうよ」 「俺、焼きおにぎりもしたいなぁ」 大きな鍋を前に、味噌の分量で悩んだ柚乃は、蜜鈴と叢雲に相談していた。せっせとおにぎりを拵えている二人は、味噌の香りに顔がほころんでいる。 すでに冬の早く夕暮れが訪れて、周囲はとっぷりと暗くなっていた。アヤカシが大軍過ぎて、本日はここに泊りと決まったので、三人はせっせと夕餉の支度中。この後は、蜜鈴希望の熱燗をつけて、おいしくいただくだけなのだけれど‥‥ 「三百とか、拷問でしかありませんーっ!」 どがーん!!! ずがーん!!!! ジスーセイゲーンの谷には、鬼気迫る声と、もはや言葉を忘れた戦鬼達の破壊の音とが、いまだ途切れることなく轟いていた。 「「「いただきます」」」 とっくに谷から引き揚げてきた三人は、先に食事を始めている。 |