|
■オープニング本文 バクバクとフェトナは、同じ森で育った幼馴染み。 種族は違うが、一番の仲良しだ。 彼らの故郷はアル=カマル。魔の森と呼ばれる緑深い場所だった。 『バクバク様、どちらに行きましょうか?』 『フェトナちゃんにお水がいるから、水のありそうな方にしよ?』 しかし、最近は外から攻め寄せてくる人が森の木々を焼き、バクバクとフェトナの仲間を殺してしまう。 先日もたくさんの仲間が殺され、森と砂漠の境界はひどく後退させられた。 火事の中、小鬼のバクバクは植物アヤカシであるフェトナを背負って逃げ惑い、木々の下に埋もれていた大きな石の下に潜り込んだ。 そこで、妙に四角い石がたくさん並んでいるのを見付けて、その一つで入り口を塞げないかなと動かし‥‥ 「ええと、水があるとしたら向こうだね。人間は入ってきてないかな?」 「昨日も貰ったから、まだ大丈夫よ。人がいたら、無理はしないでね」 石の入れ物の中に入っていた人間のようなもの、どうやらからくりと言うらしいワラドとビントに付きまとわれる羽目になった。 なんだか鍵みたいなのを拾ったからって、鍵穴があったから突っ込んでみるなんて真似をすると、こんな見た目可愛くない奴らに付きまとわれるのかと、バクバクは反省しきり。 反対に、バクバクに背負われて移動していたフェトナは、彼の負担が減ったと喜んでいる。彼女が喜ぶので、バクバクもまあいいかなとちょっとは思い始めていた。 『あっ、敵発見!!』 『逃げますよ、バクバク様も掴まってっ』 「俺は自分で走れるよーっ!」 でも、自分まで小脇に抱えられてしまうのは、どうしても納得できないバクバクだった。 ところ変わって、魔の森の外。 具体的には、独立派遊牧民の統領と言えば聞こえがいいが、王宮に反発する勢力の親分としての方が名高いジャウアド・ハッジとその部下達の居留地では、親分が妙な報告に首を傾げていた。 「王宮の連中か、そのからくりじゃねえのか?」 「最初はそうかと思ったけど、アヤカシを抱えて逃げるっておかしいだろ。それに、王宮軍のからくりって成人型しかいないのに、こいつらは俺より小さい感じだった」 報告しているのは、ジャウアドの甥になるナヴィドだ。成人はしているが、外見はまだ少年と呼んで差支えない。 それでも率先して魔の森のアヤカシ討伐に出掛けていく彼は、ここ最近、からくりとアヤカシが連れだっているところを何度も目撃していた。 「からくりってのは、最初に目覚めさせた奴を主人にするんだったな」 「そんな基本的なこと訊くなよ。散々売ってるくせに。最近は、主人から離れて自主的に活動する奴を覚醒からくりって呼ぶんだぞ」 それになると、ジンに劣らぬ働きが出来ると解説している甥の言葉がどこまで耳に入ったか、ジャウアドは真剣な面持ちで何事か考え込み‥‥ しばらくして、こう言い放った。 「アヤカシがどこかでからくりの保管場所を見付けた訳だ。ってことは、そこを探し当てれば、からくりが手に入るな!」 「‥‥見付けたら、今度こそ協力してる各部族に配布しろよ」 「ここで使いてえなぁ」 なにはともあれ、魔の森のアヤカシ退治や樹木の焼き払いはもはや彼らの日常業務。いずれこの地に自分達の国を築くのだとか、そういう壮大な野望はさておき‥‥ 今日は小鬼と樹木アヤカシとからくり二体を探すことが、主たる目的だった。 |
■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567)
46歳・男・志
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
来須(ib8912)
14歳・男・弓
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 捜索を始めて三日目の、真昼近く。 「ころされるー!」 『足手まといの私は見捨てて、皆は逃げてちょうだい』 『そんなこと出来ないよ。死ぬ時は一緒だからっ』 「バクバク様達だけでも逃げてください!」 魔の森のあちらこちらで移動の邪魔になる樹木を伐採していたサーシャ(ia9980)が、目的のアヤカシとからくり達を追っていった仲間達を、アーマー・アリストクラートから降りて合流すべく歩いて行った先では愁嘆場が繰り広げられていた。 そう、愁嘆場。 「おいおい、これは何事だ?」 「‥‥とんだ光景だな」 すぐ後から追いついた津田とも(ic0154)と宮坂 玄人(ib9942)も、前者はあからさまに、後者は少しばかり呆れた様子を滲ませて、先んじている仲間達に事の次第を質した。 「いや、それがですね」 「言葉は分かるようだけど、この調子でさ」 移動中はアヤカシの襲撃を警戒して武器を手にしていた露羽(ia5413)とクロウ・カルガギラ(ib6817)が、それぞれの得物を鞘にしまい、背に担ぎ直していた。アヤカシを前にしてはありえない行動だが、情報を聞き出す目的のために害意はないことを示そうとしているのだ。 しかし、そんな彼らの目の前では、一見すると細い木にしか見えない植物型アヤカシと小鬼が悲恋ものの芝居よろしく、死ぬ時は一緒と誓いあっている。その傍らでは、十歳くらいの少女からくりが、殺されると喚きたてていた。 もう一人の少年からくりはもうちょっと落ち着いているが、敵意むき出しでぶんぶん武器を振り回している。とはいえ、その武器も先端が鋭いだけの枝なので、露羽の忍犬・黒霧丸も咆えることもせずにその場に座った。クロウの戦馬・プラティンに至っては、わざわざ皆の背後に下がっている。 『旦那様も下がった方が良さそうですよ』 興奮している相手に強面の開拓者など近付かないに越したことはないと、提灯南瓜の天照にひどいことを言われている皇・月瑠(ia0567)だが、アヤカシの怯え方に何か感じたのか、素直に従っている。ただし、そんなことにはからくりもアヤカシも気付いていないため、愁嘆場は続いたままだ。 植物型アヤカシがどこから声を出しているのかとか、小鬼のくせに人語を話せるのはどうした訳かなど、皆も多少は気になるのだが‥‥何よりもまず、こちらの話を聞いてほしい。アヤカシを退治するなら簡単だが、今回の依頼はこのアヤカシ達が連れているからくりの出所を探るのが主目的。 毎日、魔の森捜索に明け暮れている遊牧民達が、からくりがいた場所が見付けられずにいるのなら、その発見者かからくり自身に尋ねるのが早い。そう意見の一致を見た開拓者達は、アヤカシに敵対しないことでからくりから情報を得るという交渉を試みるつもりでいた。遊牧民達が聞けばアヤカシは退治しろと言い出すから、あくまで内密にだ。 ようやくその主従を発見したのに、どう話を持って行ったものかと悩んでしまう有様だが、離れた場所で周囲の警戒をしていた来須(ib8912)の一言が効果を見せた。 「あんまり騒いでると、他の連中が来るぞ。そうしたら退治しろって話になるだろ」 来須は仲間に向かって言ったつもりだが、その肩で大きな翼をはためかせた迅鷹のレアスの迫力も手伝ってか、最初に泣き喚いていた少女からくりがぴたりと口を閉じた。アヤカシ二体はすっかり自分達の世界に入り込んでいるが、まあ抱き合っているものを引き剥がさなくても、からくりからなんとか話は聞けそうだ。 さて、と一同は誰が口を開くのが良いか、お互いの顔を見回した。 時間は三日前に遡る。 魔の森の端に見える神砂船の周囲が、順調に切り拓かれている様子を目の端に入れつつ、クロウは遊牧民のジンの中で地図作製を担当しているヤースから借り出した魔の森の地図を広げて、ナヴィドとアヤカシとからくりを目撃した場所の見当を付けていた。 「この先はアヤカシ退治がまだで、この印はなんだろう?」 「旧首都の水路遺構に出入り出来る場所の印。ただ、ここは泥濘アヤカシが奥から湧いて来るんで、足元には気を付けろよ」 独立派の遊牧民は、神砂船の他に旧首都の住民達が使用していたのだろう貯水池遺構とそこに通じる水路跡を掌握している。しかし、水路跡の大半は崩れ埋もれていて、場所によっては泥濘型のアヤカシの密集地帯になっていた。 危ないけれども、そもそもアヤカシは退治対象。埋めて閉じ込めるよりは、地道に退治し続けることを選んだため、ところどころに要注意区域が存在した。 けれども、植物型アヤカシはともかく、移動可能なアヤカシはここ半年程度は森の外に逃れていく傾向が強く、先だっても大規模討伐を行ったので、強い個体に遭うことは滅多にない。大抵は知力が低く、逃げる能がないアヤカシだ。 その中で、からくり連れのアヤカシというのは目立つことこの上なく、一度でも目撃したジンならその位置をかなり詳しく覚えている。 「で、金にも戦力にもなるからくり探しをしようと思ったわけか。からくりってアヤカシも主人扱い出来んのか」 「出来るみたいだな。でも金はともかく、故郷の家族や家畜を守るのに使わせてもらう約束だから、たくさん見付かるとありがたいね」 来須やサーシャ、露羽も尋ねて回ったところでは、アヤカシとからくりの出現場所は徐々に森の奥に向かっている。要するに遊牧民達に追い立てられて、どんどん逃げようとしているのだ。時々森の外に向かおうとしたのか大きく移動して現われ、見付かってまた奥の方に逃げている。 「かなり適当に逃げ回っているようだから、最初に起動した位置をからくりが覚えているといいのですが‥‥言葉は、からくりとなら通じると思いたいですね」 全く露羽の言う通りで、クロウが貰って来た地図に記されたアヤカシとからくりの目撃箇所は、およそ理性的な動きをしているとは考えにくい。身も蓋もない言い方をすれば、見るからに行き当たりばったり。 この適当な移動で、アヤカシやからくりが最初に互いが出会った場所を記憶しているかどうかは不安なところだ。こればかりは、捕まえて質してみないと分からないが。 それともう一つ。 「アヤカシがからくりを連れてなんて、珍しいこともあるものですね〜」 「起動する仕組みを考えれば、ありえない話ではない。が、他にも連れ出されては面倒なことになるから、速やかに保管庫を見付けねばな」 サーシャが心底不思議そうに口にしたのに、天儀と違う気候に辟易した風の駿龍・義助の世話を終えた玄人が更なる危険性を指摘して見せた。アヤカシがからくりを戦力とみなしてどんどん連れ出して来たら、とんでもない騒ぎになる。 これは面倒事になる前に、何としてもからくりがどこで発見されたかを突き止めようという点で、開拓者も遊牧民も一致した。 考えがずれたのは、そこから先だ。 「情報を得るためには、穏便に話が出来るのが一番です。アヤカシ相手に交渉というのは、気が進みませんが‥‥からくりは主人を守るためなら何でもする傾向が強いですから」 自暴自棄になって暴れられたり、口を噤んでしまわれるよりは、アヤカシと敵対しない態度を取ってでも情報を引き出した方がいいのではないか。露羽の意見には、ほとんどの開拓者が頷いた。これがおそらく一番効率的だ。 もしもナヴィドやヤースがいれば、退治すべきだと主張しただろう。しかしアヤカシはジンを見てすぐ逃げることから考えても、今すぐ地域の脅威になるとは考えにくいし、ぜひともからくりを入手したい遊牧民側の事情もある。 それらを考慮したら、今回はアヤカシ懐柔も方策のうち。 「両方とも無力化して捕まえることも出来るけど?」 『あんまり抵抗したら、それでもよろしいと思いますよ』 ともは交渉で正直に言うかなと少し疑念もあったが、この面子なら取り囲んだだけでも威圧出来るかと思い直した。 天照の主人始め、皆してなかなか体格がよいので、彼女は相当見上げる必要がある。情報ではアヤカシもからくりも自分より小さいから、力量差を察してすぐ白状するかもしれない。 そんなわけで、まずはアヤカシとからくりの発見の後、アヤカシ退治を優先しないことを条件に、交渉でからくりの発見場所を確かめる。開拓者達の方針はそう定まった。 もちろん、遊牧民には秘密である。 開拓者七名のうち、玄人とともの二人は上空からの偵察になった。残り五人は、目撃が多い地域までナヴィド達に案内してもらい、そこから手分けしての捜索だ。本命以外のアヤカシを発見したら、それぞれに退治する。 かなりざっくばらんな上に、上空組の二人はそれぞれ単独行動。魔の森上空とは思えない作戦だが、現在の魔の森では飛行型アヤカシは逃げたか倒されたかで、ほぼ見掛けない。おかげで地上よりよほど安全に捜索が出来るのだ。 ただし、森は奥に行くほど瘴気で変容した植物とそれに擬態したアヤカシが繁茂しているため、見通しは利かない。地上を移動する存在を見付けるのは、なかなか困難だった。 特にともは滑空艇を操縦しながらの捜索で、捜索より仲間と遊牧民の連絡役などがどちらかといえば活躍の場になっている。特に、泥濘アヤカシの多い場所や水路遺構の地上現出場所の周辺をアーマーで整地しているサーシャに、次の目的地を伝える仕事を率先して行っていた。 「で、何をしているんだ?」 「ん? アヤカシを踏み潰してますよ。可愛くないし、これなら他の人も楽でしょ?」 サーシャはと言えば、アーマーらしからぬ仕事も平然とこなし、植物のそれに擬したアヤカシもまとめて引っこ抜いたり、泥濘アヤカシを踏み潰したりと、皆が移動しやすい場所を広げていた。 しかし、脚部の背面には目が行き届かず、一度はともに太腿の位置まで這い上がってきたアヤカシを撃ち落してもらっていた。何にしても、事前情報通りに強敵といったアヤカシには出会わない。 それは義助で上空移動中の玄人も同様だ。低空を飛行させているから、一、二度は蔓の姿のアヤカシが鞭のように飛んできたが、心眼・集を使用しているので不意打ちは喰らわない。 けれども、目的の二体か四体の集団で動いている存在も、なかなか感知出来なかった。反応は多いが、植物型のアヤカシばかりなのだ。動かないからと無視も出来ないので、確認に時間がやたらと掛かる。 「からくりも一応反応するはずだが‥‥アヤカシが起動すると、違いがあったりするものかな」 義助がアヤカシ相手に暴れたいと態度で訴えてくるのをなだめつつ、玄人は視線もあちらこちらに向けているが、目的のものはなかなか見いだせなかった。 進展があったのは、二日目の午後のこと。 「裸足ですねぇ」 「こんなところで裸足は危ないな」 一人と言うか一体は担がれて移動なので、三体分の足跡があれば目的の一団に違いない。この露羽の予想が当たって、足元が幾らかぬかるんだ場所に乾ききらない足跡が発見された。いずれも裸足で、二つが人と同じ、一つは少し歪な足型だ。 からくりとはいえ、裸足で足が傷付かぬものかとクロウはあからさまに心配し、来須と皇の二人も平然とした顔付きではない。 何はともあれ、目撃証言が多い場所からさほど離れてもいないし、昨日から人型のアヤカシはほとんど見ないことから、これが目指す相手と睨んだ四人はプラティン、黒霧丸と天照を従えて、足跡を追い始めた。向かう方向は、森の外縁に近いところを目指しているようだ。 途中で上空を通った玄人に他の者への連絡と、その後の先回りを頼んで、足跡が消えた後も外縁に向かう方向で歩きやすいところを探して進む。 「レアス、見付けても突つくなよ。こっちに追い立ててこい」 来須が迅鷹にも指示を出して先行させたが、上空からではやはり見付けにくいのだろう。しばらくして、ひたすら旋回し始めたのが見えた。 大アヤカシ亡き後とはいえ、魔の森の瘴気は異常な濃度だから、迅鷹に限らず開拓者も活動時間に制限がある。そのぎりぎりまで、アヤカシとからくりが通りそうなところを歩き回っていた四人は、地面に大きな石が敷かれているところまで辿り着いたところで、この日の捜索を終えねばならなかった。 地図には記載がない大きな石は、遊牧民達もまだ踏み入っていない場所になる。しかし、からくりの目撃証言があった区域から人と出会わない方向で外縁に向かえると、帰りながらの簡易な測量で判明した。 よって、翌日は上空担当の二人に外縁からその辺りを集中で捜索してもらう。ついで、遺跡の可能性が高い石の周辺は、サーシャに地ならしも依頼された。その上で、地上は開拓者と遊牧民で手分けして、また地道ながら捜索となる。 一行の計画からして、遊牧民より先にアヤカシとからくりを発見せねばならないのが、もっとも苦労するところだろう。 そして三日目。 宿営地から近い場所から森に入らず、最初の目的になる遺跡らしい場所を目指して外縁部を回り込み、森に入ったのは地上移動の開拓者も遊牧民も同様だった。適当なところで二手に分かれて、開拓者達が選んだのは、昨日の足跡を見付けた場所よりその向いていた方向に幾らかずれたあたり。 昨日のともと玄人の報告で、すでにその辺りに池のようなものがあると知っていたので、また足跡を探すつもりで向かったが、 「あらー、これは蹴散らしましょうか。遺跡もこの向こう側ですよね」 池と思しきところは、なにやらうねうねと動いている。いわゆるスライムより相当緩いが、アヤカシの一種であることに間違いはなかろう。 まずは皇が大きな石を投げ込んでその深さを確かめ、アーマーが沈むような塊ではないと確認してから、サーシャが陽気にアリストクラートに乗り込む。この時、予想以上にアヤカシが伸び上ってきたが、ともの射撃で飛び散った。ただし、退治出来たのか、逃げたのかはよく分からない。 玄人も加わって上空からも警戒してくれる中、アリストクラートの豪剣「リベンジゴッド」が撫でるように池の姿のアヤカシを斬った。それで一気に水と見えたものが半分くらいに減ったが、残りは一気に動く。 波のように寄せてきたアヤカシを、プラティンの蹄が蹴り消した。その横で銃声を轟かせたのは、天照だ。それでも残ったアヤカシに、黒霧丸の咆哮烈が襲い掛かる。 上に伸び上ったアヤカシは、義助とレアスの爪で切り取られ、慌てたようにしぼむ。 これでまた量を減らしたところに開拓者の攻撃では、大した時間もかからずに池と見えたものは消え失せた。後に現われたのは、これまた石畳のような地面だ。 この辺り一帯に街か何かがあったようだと、クロウが地図に印を書き込み、サーシャが周辺の樹木を斬り倒し始めた時、露羽の超越聴覚が遊牧民のものではない会話を聞き取った。 「この先、離れて行こうとしています」 玄人とともがそちらの方向を見やって、まるで見通しが利かないと地上に降りるのを選んだ時には、もう四人が走り出している。追われる側も走っていたが、体格に大人と子供の違いがあれば、おのずと距離は縮まって、 「ころされるー!」 いずれも決して経験少なくはない開拓者達が、声を掛けるのもためらう愁嘆場が繰り広げられることとなった。 結局、話は露羽とクロウ、それから士道を使った玄人の三人が主に進めていった。 基本的に穏やかに、ただし情報が得られなかったらアヤカシは退治して、からくりを連れて行かねばならないとか、近くに遊牧民達がいるので逃げるのは得策ではないとか、押したり引いたりの会話だ。合間に天照が弁当を差し出したり、クロウがキャンディボックスを示したりしたが、人の食べ物とは縁がないためか、これでは丸め込まれない。 とはいえ、まるで交渉技術がないからくりは勿論、ひしと抱き合ったままのアヤカシが抗する手段はないけれど、そもそもからくり自体が、自分達の覚醒した場所を欠片も覚えていなかった。 また思い出す気も、あまりない。当たり前だが開拓者にいい印象など抱いていないから、思い出す努力も形ばかりだ。一応そうしないと、アヤカシ達が危ないと考えるくらいには、知恵が回るらしい。 そんな様子に真剣みを加えたのは、珍しく口を開いた皇の一言だ。 「からくりは、主をなくすとどうなる? 後を追ったりしようとするなら、そういうものは見たくないな」 ましてからくりでも子供姿の存在なら、危険な目に遭わせたくはないものだと、実は一子の親である彼が口にすれば、人の感情に疎いアヤカシやからくりにも実感のこもり様が伝わったのだろうか。 『そこまで案内したら、バクバクを苛めない?』 相変わらずどうやって話しているのかさっぱり分からない、でもフェトナという名のアヤカシが、すごく嫌そうな口調で申し出た。発音はかなり変だが、そんな雰囲気が伝わってくるくらいには通じる。 そうして、フェトナを背負ったバクバクを、名前のないからくり二体が間に挟んで、開拓者から少し距離を取っての案内が始まった。 「やれやれ、依頼人から姿を隠すとはね」 途中、来須がぼやいたように遊牧民の一団に見付からないように隠れてみたり、アヤカシとからくりととも、後は黒霧丸と天照以外が通り抜けるのがきつい枝の密集の下を潜らされたりしたが、歩いた距離はそれほどではない。あの大きな石のすぐ近く、葉が真っ赤な灌木の茂みに横に、畳一枚分くらいの石の扉めいたものがあった。上に蔦が張っているので、ちょっと見には扉があるとは思えない。 「ちょっと空気がこもってるけど、中は広いみたいだ」 天照がぼんやり照らした内部の様子をともが覗いて、その間にアヤカシの有無をそれぞれの術で確認し、格別問題はないと言うことで一行は内部に入った。バクバク達は、どんどん奥に入っている。それだけ奥行きがあるのだ。 それを追いかけたのが半分、残りは部屋より広間と呼べそうな中に並んだ石の棺めいた箱の列から、二つだけ蓋がないのに気付いて覗きこんだ。中は空っぽ。 どうもここにあのからくり二体が入っていたようだと当たりを付け、そこのところを確かめようとした時のこと。 「あーっ」 何人かが叫んだのが反響して大変な音に上がった。 原因は、バクバク達が入ってきたのとは反対側、別の通路に繋がると思しき石の扉の裂け目を潜って逃げ出したからだ。慌てて皆で追いかけたが、その裂け目を潜れるのがとも以外には相棒達だけとなっては、無闇と追うわけにもいかない。 「いや、行っちゃ駄目だから。戻れなかったら大変よ」 足止めすればと裂け目を潜りかけたともはサーシャが抱えて制止し、その間に残る五人で裂け目が広がらないかと試してみたが、一朝一夕でどうにかなる気配はない。 「ここが保管庫かどうか、確かめてみるか」 玄人が騙されていなければいいと縁起でもないことを口にしながら、手近の石棺の蓋を押した。石造りでも薄いので一人の力で十分開けられたその中には、人で言うなら三十代くらいの男性からくりが収まっている。 他にも幾つか開けてみると、年齢は十歳から四十代半ばくらいまでの外見のからくりが一体ずつ入っていた。今のところ、男性の方が多い。 石棺が四十はあると数えたところで、入口の外に待っているプラディンがしきりといななくので、一行は外に出た。幸いアヤカシではなく、ナヴィド達が近付いたのに、反応していたようだ。 「どうだ?」 尋ねられたクロウがらしくもない妙な笑い方をし、他が肩を竦めるので、尋ねた側は何事かと不審そうな顔付きになった。最終的に皇が石の扉を示して、中にからくりがあるのを確かめた遊牧民達はそれはもう大喜びしたのだが‥‥ アヤカシとからくりの一行を逃したことを打ち明けるべきか、開拓者達は目顔で話し合っている。 |