|
■オープニング本文 秋です。 夏の後で、冬の前の秋なのです。 秋といえば、なんでしょうか。 芸術? いやいや、そんな高尚なのは用がないです。 興味もないのに、秋だからってどうすればいいの? 運動? えー、だって依頼で戦ったら、もういらなくないですか。 暴れたりないなら、また依頼に行けばいいのです。 読書? 寝ます。本なんか開いた瞬間に寝ますよ。 普段読まないのに、いきなり楽しめるわけがありません。 紅葉? 赤や黄色の葉っぱが綺麗だと、肌寒いのにしみじみ眺めろと? 葉っぱなんて、落ちたら汚いだけですよね。 食欲? 美味しい旬のものが沢山あって、目移りしちゃいますか。 その前に、自分の体型を直視しなくても平気ですか? らぶらぶ? 爆発させてやる 収穫? やっといいところまで来ましたね。 食欲を満たすには収穫が先。 育ててくれた農家の皆さんに感謝の心は忘れずに。 だけど、秋の主役は別物です。 そ れ は 「じゃ、船で漁に出る人と、浜で塩漬けにする人に分かれてくれる?」 秋鮭漁に決まってます。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 皇・月瑠(ia0567) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 開拓者まで頼まなくてはならないほど忙しい。 つまりは大漁で大変だと言うことになるのだろう。とある漁港の漁師元締めたる網元は人数を数えて首を傾げた。 「六人って聞いてたけど?」 「あ、しらさぎはからくりなのです。修業に連れてきたので、一緒に使ってください」 『よろしくおねがいします〜』 鮭を捌くのは出来るけれど、ちょっと子供っぽいところが強いので、お給金は一人分で十分。とにかく鮭の加工の経験をさせてあげたいのですと、網元が初対面だというからくりをしげしげと観察している間に礼野 真夢紀(ia1144)は四回くらい頭を下げた。 外見だけなら真夢紀の方が妹だが、しっかり者ぶりは明らかのこちらが上。網元達の懐が予定外に痛む話でもなく、六人と一体が二手に分かれて仕事に向かうことになった。 「姉ちゃんは浜の方がよかないか?」 「心配ない。こやつは胸の平らさ同様、女であることは忘れているからな!」 それでも、女性のエルレーン(ib7455)に船の上は厳しくないかと心配されたが、開拓者なのだからそこらの若者に負けるはずもない。と、本人が説明するより先に、兄弟子のラグナ・グラウシード(ib8459)がいらん横槍を入れて、エルレーンに殴り飛ばされている。 この光景で、漁師一同納得したようだ。大の男を拳一つで数メートル吹っ飛ばす力があれば、腕力と元気の心配は必要ない。 そんな訳で、見るからに力がある羅喉丸(ia0347)はもちろん船に大歓迎。その体格に似合わぬ割烹着をするりと取り出した皇・月瑠(ia0567)は、おかみさん達に面白がられている。 「あぁ、憧れの遠洋漁業! 新巻鮭を自作できる日が来るなんて、夢のよう‥‥開拓者になって良かった」 「どちらかといえば、沿岸漁業だぞ」 しみじみ、うっとりと沖を眺めている和奏(ia8807)には、羅喉丸が訂正の声を掛けてやったが‥‥耳に入った様子はない。あんな細っこいお兄ちゃんを船に乗せて大丈夫だろうかと、いかに開拓者とはいえと心配していた漁師さん達も多かったが、あまりのうっとりぶりにどう声を掛けていいのか分からないらしい。 なにはともあれ、船には羅喉丸、和奏、エルレーンとラグナの四人、加工場には皇、真夢紀としらさぎと分かれて、それぞれお仕事に励み始めたのだった。 鮭は漁に行った船が獲ってこなくてはならない。 しかし、浜の加工場には昨日の漁で水揚げされた魚が、大量に積まれていた。 「こんな感じに捌くんだけど、わかった?」 お手本を見せてくれたおかみさんの一人は、最初に『ゆっくりやるから』と言った。言ったはずだが、掛かった時間は一匹一分くらい。 『え? えぇえ?』 しらさぎが手で途中まで動きを真似ていたが、大分前の方で止まってしまっている。目をぱちぱちさせて、何が何やらと言いたそうな顔付きだ。 けれども、戸惑っているのはしらさぎばかり。真夢紀も皇も細かいところを確認したら、もう全然平気な顔で、それ以外の作業場所や鮭の運搬などの手順を教えてもらっている。 「しらさぎはここで作業して、動き回ったら駄目よ。他の人にぶつかるから」 包丁仕事は出来るが、作業中に他の人にまで気配りできないしらさぎに、真夢紀は細かい作業手順を教え込んでいる。自分はまず、鮭の運搬をするつもりだった。 けれども十人は横に並んで余裕がある作業台の上を、細長い木箱に入れられた鮭がどんどんと流れてくる。こんな滑らかに流すって、おかみさん達すごいと思って見てみれば、箱をがんがん送り出しているのは皇だった。 すでにおかみさん達は、サクサクと手を動かし始めている。箱の中には十匹以上の鮭が入っているが、あっという間に片付きそうな勢いだ。しらさぎも三、四倍は時間が掛かりつつ、鮭を捌き始めている。 「あ、白子ってどうすればいいですか?」 「湯がいて、酒のあてが旨い」 自身はおかみさん達の五割り増し速度の包丁捌きを見せた真夢紀は、腹から出した白子に失念していた疑問を思い出した。と、答えたのは、一番端でこれまた手際よい包丁捌きを披露している皇だ。 手にした鮭で示されたところに、白子を入れる箱が用意されていて、真夢紀も止まっていた手をすぐに動かし始める。燻製や鍋の具材にしても美味しいよと、手同様に口も動くおかみさん達から料理法を学ぶのも忘れなかった。 皇は鮭の運搬と加工を行き来しながら、まったく疲れた様子もなく、ひたすらに鮭を解体している。あまりに手際よく、少ない動きで作業するので、もうからくりよりからくりっぽい。 もちろん一日中働くわけではないから、時々休憩がある。 「これ、後で食べるのに下拵えしていいっておばさま方が」 「筋子を漬けるたれは、醤油と酒をこの配分でだな」 休憩中にも、彼らは鮭とたわむれている。 同じ頃の船の上では。 和奏が漁場が近いと知らされて、満面の笑みを浮かべながら、海を眺めていた。何もそこでなくてもよさそうだが、船の舳先で似合わない仁王立ち。 「あの兄ちゃんは、案外頼りになりそうだね」 「見た目はどうあれ、志体持ちだから力はある。そこは心配しないでくれ」 羅喉丸は大型漁船の操船方法を見せてもらいながら、漁師達と四方山話を楽しんでいた。仕事である以上もちろん真面目だが、集団で力を合わせて網を引くと言うからには、息を合わせるために馴染んでおくのも重要だ。 それがなくても、いつか別の漁に行くことがあるかもしれないし、アヤカシ退治が船の上という可能性は更に高い。今回はいい経験が積める、悪くない依頼なのだ。 しかし。 「「‥‥‥‥‥」」 船尾の辺りでは、ラグナとエルレーンの兄妹弟子二人が、船酔いの真っ最中だった。乗る前の意地の張り合い的な大騒ぎはどうしたのかと思うような蒼白い顔で、うずくまっている。多分、船に乗ってからも興奮してうろうろしていたから、そのせいだろう。 最初の威勢の良さがないと仕事にならないぞと、皆からもからかわれている。それに対して、エルレーンが何か口にしてはいるが、ぼそぼそした声で聞き取れなかった。ラグナは声もなく、甲板に転がってしまっている。来た時から背負っていたうさぎのぬいぐるみのうさみたんは、今はしっかり抱え込んでいた。 「お加減はいかがですか? あ、ぬいぐるみは汚れないようによけておきますね」 「う、うさみたん‥‥」 弱り切った二人の様子を心配した‥‥と言うには朗らかな調子で、和奏が近付いてきた。ラグナが抱えていたうさみたんが濡れそうなのを見て、よいしょと取りあげてしまう。ラグナがじたばたしているが、立ち上がるには元気が足りないらしい。 その間に、和奏は羅喉丸に手伝ってもらって、うさみたんを帆柱にぶら下げてしまった。濡れないようにしてあるが、なんとなく首吊り風‥‥ もちろん、和奏も羅喉丸もそんなことは気にしない。なにしろ、これから漁なのだ。そう、全力で働かねばならない! 「船酔いはしばらく目を閉じて横になっていると治るそうですが‥‥まだ調子が悪いなら、胃の中を空にすると楽になるかも?」 「「は?」」 かもって、不確定情報で何をしくさるとかなんとか、二人仲良く抵抗していたようだが、船酔い開拓者が元気いっぱい開拓者に勝てるはずがない。ひょいと背後から抱えられて、船べりに連れ出されたと思えば、胃の上をえいやと押され‥‥ 「ほら、水を飲んでしゃっきりしろ」 漁師さん達は勿論、羅喉丸も漁の準備に忙しいので、船酔い組を労わらない。とりあえず水を与えて、もう少ししたら『働け』と言い出すだろう。 「向こうの船と呼吸を合わせて、網を引くだけだから」 漁師さんの説明は簡潔。ある程度網が上がったら、今度は中の鮭をたも網で船の上に続々と引き上げるとか、それが済んだら次の漁のための網入れだとか、帰り道には鮭とそれ以外の魚の仕分けだとか、山ほど仕事が詰まっているのだが、その辺りの説明は抜けている。 「お、お小遣いで‥‥豪遊‥‥」 「なんだ、姉ちゃん、貯めこんでるな?」 「ごーゆーしてやるーっ!」 元気がなくてもお尻を蹴飛ばされそうな雰囲気に、なんとかエルレーンが気合いを入れて立ち上がった。顔色は悪いままだが、足取りはしゃんとしている。 かたやラグナはよろよろしたまま帆柱からうさみたんを取り返し、背負い直したところで顔色が良くなってきた。 「ふふん、エルレーンより仕事が出来ることを見せてやるのだ、な、うさみたん」 「ほら、足を踏ん張れよーっ!」 大漁過ぎて人手が足りないから、彼らが乗っている船は一緒に網を引くもう一隻の半分しか人がいない。それでだいたい力が釣り合うだろうと予想されていたのだが、まだ余裕があった。 「いやはや、力があるなぁ。姉ちゃん、魚を上げてくれ」 「手を離して大丈夫か?」 故にエルレーンが魚をあげるよう指示されて、ちょっと迷ったらすぐラグナが偉ぶってくる。 「ふっ、貴様などいなくてもだな」 「なんでもいいから、魚!」 でも船の上で一番強いのは、やはり漁師さん達だった。 それからしばらくして、網入れまでが済んだところで。 「‥‥これは、魚か?」 「たまに網に入るなぁ。煮ると旨いぞ」 鮭とそれ以外の魚の選り分けが開拓者、鮭の細かい仕分けを漁師さん達がやりながら、漁港に戻る最中に、羅喉丸は妙な物体を摘み上げていた。多分魚だが、目付きは鋭いし、体は歪だし、アヤカシと言われたら信じそうだ。 この顔が煮付けになって出てきても、あまり食欲はそそられなさそうだと思いつつ、鮭以外の魚を入れる箱に放り込んだ。 「どんな味でしょうかねぇ」 同じ作業をしている和奏は、興味深げに魚のいかつい顔を覗きこみ、食すつもり十分のようだ。 「「‥‥‥‥うげ」」 また船酔い再発して、蒼を通り越して真っ白な顔で、でも意地を張りまくりなんとか仕事をしている二人組は、率直に言えば気色悪い魚の顔を目にして、仲良くよろよろと船べりに向かっている。他の人々は、もちろん親切に見ないふり。 「あら汁、食べるかね」 小さな雑魚を味噌で煮込んだ汁物。それはもう仕事後に最適の、寒さ吹き飛ぶ素晴らしい美味さを賞味出来たのは、羅喉丸と和奏だけだった。 漁港に戻れば、また水揚げだ加工だと目の回るような忙しさで、仕事から解放されたのは帰港から何時間も経ってからだった。 「魚くらい、自分にも捌けるはず」 「運べ」 途中で、自分だって鮭は捌けると主張したラグナが、二つくらい山を作れそうな量の鮭を担いだ羅喉丸に冷たくあしらわれる一幕もあったが、多分目撃した人はほとんどいないだろう。なにしろ忙しい。 「ええと、ここに塩」 「あ、もっとたくさんだそうですよ」 新巻鮭加工に回されたエルレーンがちまちまと塩を振っていたら、和奏に横からどばっと足された。エルレーンも塩漬けになりそうな勢いだったが、その位真っ白にしないと長期保存は難しい。 そんな戻ってきた漁組が綿渡していた間に、もとからの加工組はといえば。 「塩味の海鮮鍋に、味噌味と、湯引き用のポン酢と胡麻だれと‥‥煮物に酢の物も用意してみました」 「酒粕も用意出来た。鍋にしよう」 身が裂けて加工に回らない鮭と雑魚色々を調理していた。他の者の希望も交えて、なにやら大量の料理が出来上がっていく。人数はいるから、どれだけ作っても大丈夫と作りたいだけ作っている風情が、料理好きになら伝わってくるだろう。 『ごーはーんーでーすーよー』 やがて、しらさぎが元気に皆を呼ぶ声がした。 自分で作ろうとしていた鍋があると知った羅喉丸がいそいそと、ラグナが相変わらずうさみたんを抱えて、それから塩を払ったエルレーンがラグナの荷物から勝手に財布を抜いて駆けつけた。 この仲良しだか仲が悪いのか分からない二人組の財布移動を見ていた和奏は‥‥ 「鮭の皮でお財布を作るって聞いたことがありましたっけ。本当でしょうか」 誰かに聞いてみようと、とことこ歩き出している。 |