裏開拓者ギルド〜終の棲家
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/29 04:36



■オープニング本文

『よう、開拓者でもふな。この世の修羅場、開拓者ギルドにようこそでもふ。ここのギルドで依頼を受けるのは初めてもふ? ふふふ、大丈夫もふ。最初は苦行でも、それが快感に変わり、いつの間にか依頼なしではいられなくなるもふ‥‥そうなる頃には、一人前の開拓者の完成もふよ』
 そこでは、一頭のもふらさまが、含み笑いつきで出迎えてくれていた。そもそも顔の造りが笑っているようだとは、言ってはならない。

 場所はジョレゾの一角。入口には『うら・かいたくしゃぎるど』と華やかな黄色い文字で大きく書かれた看板が掛けられた、どう見ても倉庫っぽい建物だ。
 確かに、位置は開拓者ギルドの正しく裏。
 覗いてみれば、中には一応カウンターらしきものがあり、そこには見慣れた受付の姿は‥‥なかった。
『いよう、開拓者がや。覗いとりゃせんで、ずずぅっと中にへえれや。ちょんど、依頼が入っただよ』
 いや、それっぽいものはいる。
 どこの訛りかも分からぬ謎言語を操る、土偶ゴーレムがカウンターの向こうには立っていた。
 依頼書らしきものを手にしているが、書かれているのは明らかに人語ではない。

 と、土偶ゴーレムの背後から、ゆらりと立ち上がった影がある。
 古びたクッションに横たわっていた、真っ黒艶やかな毛皮をまとったそれは、長い二本の尻尾を持っていて、どこからどう見ても立派な黒猫又だ。
『ギルドマスターのお成りもふ』
『やいやい、マスター直々のご説明だじぇ。よんぐ聞げ』
 裏開拓者ギルドのギルドマスター様は、真っ赤な口を開いて仰った。
『お前達、家を探しておいで』
 家? その辺にもたくさんあるけど、建物のこと? それとも誰かの家をご指定?
 そもそも知る人ぞ知る感じながら、黒猫又は正規の開拓者ギルドマスターの家に住んでいるはず。
 もしや、仲違いしたから出ていく先を探せとか、そういう面倒な話はあまり嬉しくないのだけれど‥‥

『ほらほら早くお行き。こちらの姐さんの新しい家を探してくるんだよ』
『ほっほっほっほっほっ。すまないねぇ、今まで一緒に住んでいた友人が亡くなったんだよ。その子供達は犬を何匹も飼っていて、一緒に住むのはお互いに落ち着かないからさ。他所に移ろうと思ってね』
 よく見ると、黒猫又が座っていたクッションの横の椅子には、上品な外出着をお召しの仙猫がちんまりと座って、こちらを見上げていた。



■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
何 静花(ib9584
15歳・女・泰
葛切 サクラ(ib9760
14歳・女・武
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

 犬が、いささか困った体で鳴いている。
 名前はまろまゆ。松戸 暗(ic0068)が連れてきた忍犬だ。
「猫っ、死ねーっ!」
『ほっほっほっ』
 まろまゆが見ている方向には、したたかに酔っ払った何 静花(ib9584)が、仙猫の夢路と棒でぺちぺちと叩き合っていた。正確には、静花が一方的に叩きまくられている。
『あんたの主人、酒癖悪すぎ』
『すみません、今日は依頼の予定がないので油断しました‥‥』
 からくりの雷花が吹雪に怒られて頭を下げているが、別に彼女に責任はない。夢路が虎柄というだけで苛めだした静花が悪い。ゆえに、静花の劣勢を誰も助けないのだ。さして痛そうでもないことだし。
 それどころか、裏開拓者ギルドでうっかり依頼を受けた一行は、別のことを考えていた。
「お育ちが良い割に、案外強いじゃない。番犬ならぬ番猫になるかもね」
『お子様がいる富裕なおうちでは、歓迎されるかもしれませんよ』
「でも‥‥猫さんは気紛れだから、それを強調したらいけませんよね?」
 これなら手が掛かるばかりではないと紹介出来るだろうかと、葛切 カズラ(ia0725)が皆に同意を求め、皇・月瑠(ia0567)の提灯南瓜・天照が真っ先に頷いた。少し慎重なのは柚乃(ia0638)だが、
「猫好きで人手があるおうちを捜せば、番犬代わりには扱われないわよ」
 仙猫らしい身軽さだけ先に話しておけばいいとの真名(ib1222)の発言に、それがよさそうだと納得した。
 ちなみに彼女達がいるのは、裏開拓者ギルドからほど近い食堂の中。静花と夢路の戦いはその軒先で行われていて、窓から様子を覗いているところだ。
 卓の上に大量の料理が並んでいるのは、夢路や吹雪のためではない。報酬を現金でと迫った真名に、吹雪が現金はないと出来る範囲で利益供与した結果だ。
 つまり、ただいま猫又のツケで食事中。店は吹雪のおかげでネズミはじめ害獣被害から守られているとかで出来る技だが‥‥
『これだけ支払える働きがあるなんて』
「驚きましたね」
 露草(ia1350)と管狐のチシャは、手を出していいものか迷っていた。真名の宝狐禅・紅印もなんとなく申し訳なさそうな態度でいる。
 対照的に、葛切 サクラ(ib9760)は美味しくいただいていた。
「あ、食べ物の好みを尋ねるのを忘れてましたね」
 すでに夢路の希望や生活ぶりは一通り聞いていたが、食べている内にサクラが食生活の確認を思い出した。楽しそうに『運動』しているところを悪いが、連れ戻して尋ねることに。
 ちなみに夢路は人と接するのは老若男女いずれも問題なくて、賑やかなのも好き。今までは割と静かな生活をしていたものの、多少騒がしいくらいは気にしない。
 ただ猫の習性で、小鳥やネズミは近くに来ると捕まえてしまう。そのくせ根っからの都会育ちで、残念ながら天照推薦の郊外農家はあまり気が進まないようだ。体験したことがないので、行ってみれば案外気に入る可能性もあるが、まずはジェレゾの中から探すのがよさそうだ。
「犬はやっぱりいない家がいいのだろう? まゆまろくらいの小型なら平気のようだが」
 犬好き家族と合わないゆえの転居だからと、これも誰もが聞き忘れていたことを暗が改めて訊いてみると、ちょっと予想外の返答があった。
『犬も付き合いやすいのなら、大丈夫よ』
 ではどうして息子家族と別居に話が至ったかといえば、先方は家の内外で大小様々な犬種を二十頭も飼っているからだ。流石にそんな多数の犬とは同居したくないらしい。
 という話をしながら、夢路は魚を薄い塩味で煮たものを、フォークを器用に両前足で挟んで使いながら食べている。食べるのは魚や肉を煮たもの。味は薄味か、水煮に自分で塩を付けて食べるそうだ。人と同じ味付けだと、おなかを下すことがあるという。
『仙猫だって、こんなにお行儀がいいのに‥‥』
 嘆く雷花の主は、相変わらず酔って夢路に絡もうとして、皇に尻を叩かれているところだった。まるきり子供扱い。聞き分けのなさは子供同然かと、雷花はがっくり肩を落としている。
 それはさておき、夢路の好みと希望は大方確かめたので、一同はそれぞれの心当たりを元に、引受先を探してみることになった。良さそうな家と家族を選んでから、当の夢路と対面させてみるのが良かろう。
『じゃあ、旦那様。こちらの方と行ってまいりますからね』
 天照は雷花と一緒に出掛けて行き、皇は酔っ払いの見張りに残されている。

 仙猫の新たな住居という名の引受先探しを引き受けた中で、暗は少しばかり皆と違うことも考えていた。彼女は忍犬を育てる家系の出身だが、育てて役目に送り出した忍犬が老犬になった際の世話までは手が回っていない。
 この機会に犬を引き受けてくれる家庭もないか、まとめて調べてみようと思い付いたのだ。しかしジェレゾに土地勘があるわけではないから、シノビの人脈をまず頼る。老犬を飼ってくれなんて、単純な犬好きでは多分無理だからだ。
 結果、犬を引き受けてくれそうな家として即答された家が一軒。
「なんと。夢路様のご自宅でしたか」
『おや、知らずに来たのかい? ま、お入りよ』
 なるほど、夢路が居心地が悪いと言うだろう犬屋敷である。暗がざっと見ただけで、庭には八頭の大型犬がいる。家の中からは最低六頭の鳴き声がした。こちらは鳴き声からして、愛玩用の小型犬だろう。更にまだ六頭いるのだから、夢路が新天地を求める理由も理解出来る。
 しかし、突然の訪問でも夢路の依頼を受けたと聞いて会ってくれた息子夫婦は、亡母の猫好き友人達を通じて引受先を探していること、しかし高齢の方ばかりでなかなかはかどっていないことなどを話してくれた。
 ついでなので夢路の荷物を見せてもらうと、吹雪の言い分は確かに正しい。
「荷運びなどもうちでやるつもりですが‥‥母は服作りが趣味で」
『ふふ、楽しそうだったね』
 別に仲が悪いわけではない息子夫婦と夢路の関係は素晴らしいと思いつつ、暗は早急に他の皆に連絡を取ろうと決心していた。
「箪笥が、こんなに大きいなんて」
 それはもう立派な箪笥があったのである。一番小さい引き出しでも、まゆまろが簡単に収まりそうな、そんな箪笥が。

 その頃、柚乃はこの近所にいた。夢路のことを知っているだろう人達から話を始めて、いいおうちを見付けようという計画だ。いくら提灯南瓜のクトゥルーが勝手に引き受けた依頼とはいえ、困っている仙猫を放置などしておけない。
 いや、クトゥルーことくぅちゃんはときどきろくでもない依頼を勝手に受けてくる悪癖があるので、そういう時は断固拒否したいが、今回は柚乃の感性にも合致したのだ。
「そうなんです。夢路さんが少し距離を置いて生活したいとご希望だそうで」
 流石に仙猫、近所はどこも夢路のことを良く知っていた。おかげで話が早いが、柚乃もこの話を聞かされている。
「え? そんなに大きな箪笥が必要な衣装持ちなんですか?」
「お子さん達が仕事で遠方に出ていて、お孫さんにもなかなか会えない分、夢路ちゃんに手間暇かけてたもの」
 羨ましいわよねとご近所の奥さん達が口を揃えるほどの衣装持ち。これは相当だと考えた柚乃の予想は、もちろん間違いではなかったのである。
 子供が独立したりして、部屋が空いているご夫婦ならどうだろうかと考えていた彼女だが、大きな箪笥の上の段が開けられないなんてことになると困るなぁと、色々気を回している。

 箪笥問題が知らされる前、真名と露草は開拓者ギルドを訪ねていた。相棒は紅印が一緒だが、チシャは姿を鳥に変えて、夢路の引受先になれそうな豪邸探しに飛び立っている。
 そして二人は引退した開拓者や趣味人の貴族などで、仙猫と同居してくれそうな人物がいないものか、ギルドの係員に尋ねに寄ったのだ。別に係員でも、ちゃんとした人なら問題はない。
「吹雪さんの依頼? また裏の倉庫で?」
「なぁに、公認なの? ジェレゾってジルベリアのギルドの中心でしょ。変わってるのね」
「言っても聞かないし、一番は皇帝陛下の側室の猫又が出入りしているから手が付けにくい。まあ、たいして害もないけどね」
 うっかり道を間違えたばかりに夢路の問題に巻き込まれ、現金収入もないことにはやや不満そうな真名だったが、うっかりでも引き受けたからにはちゃんとやることはやっている。係員にこれこれの条件でと先に立って話していて、返答の一部に反応した。
 条件の厳しさに困惑気味だった露草も、もちろん身を乗り出している。
「ご側室で猫好きなら、仙猫だって気に入ってくれるかもしれませんよね? すごく性格も良い仙猫さんなんです」
「そうよね。本人がお世話しなくても、やってくれる人がいればいいのよ」
 なんとか繋ぎが取れないものかと、二人がかりで詰め寄られた係員だが、そんな業務外のことをしたら何かと問題があるらしい。それに今の家の家族だって、申し入れるには覚悟いる相手だ。そちらの意向も確かめるのが先。
 後は吹雪が側室の飼う猫又を一方的に嫌っているので、うっかり紹介するとギルドに乗り込んできて大騒ぎするのが嫌だとか。それでも夢路が行きたいと言うなら、それこそ吹雪に連絡してもらうのが早道らしい。
『もしも他にいいところがなかったら、吹雪さんにお願いしてみましょうか。夢路さんのためなら、頑張ってくれそうな気がします』
 その際には、相棒同士のよしみで自分も頑張ると、紅印が真名ばかりか露草にも胸を張った。これは吹雪の説得のことである。
 確かに人より相棒の意見に耳を傾けそうな吹雪なので、露草は戻ってきたチシャにもよくよくお願いしている。
 なお、チシャは五軒ほど、家が広くて、庭に猫がいる家を見付けてきていた。

 皆がせっせと引き受け先を探している歩いている頃。
「雷花ー? 雷花はどこ行った? あれれ、なんで一人なんだっけ?」
「‥‥‥‥」
 裏開拓者ギルドでは、酔いが回りまくりの静花を横目に、皇が吹雪の毛を梳ってやっていた。何故と言って、彼女に紹介された猫好きの家を見てくる間にと天照に言われたからだ。
 ついでに雷花からも、静花のことを重々お願いされている。
『旦那様は、ちゃんと待っててくれてますかねぇ』
『うちの静花の方が心配です‥‥』
 相棒達は、何かと心配が多いようだ。

 本命は財力があって猫好きで若い人。対抗は猫好きで健康な、多少お年を召したご隠居さん。
「大穴で、猫好きが多い住人の集合住宅でどうでしょう?」
 特にそう言わないし、誰も問わなかったが、多分姉妹のサクラとカズラは、二人でジェレゾでも商家が多い一角を歩いていた。
 今はサクラが夢路の行き先として適当と思われる候補を挙げていたが、カズラはもうちょっと具体的に狙いを定めていた。
「新進気鋭の商家なら、珍しいものも喜んで受け入れとくれそうだし、お金も困ってないだろうし、家は‥‥広いといいわね。なんにしても使用人がいるような家なら、お世話する人でも困らないでしょ」
 ついでにいい男とかいると最高よねと、忙しそうに人々が立ち働く商家を覗きながら歩いている。サクラも最後の部分はともかく、他は異論がないので二人してあちらこちらの店先を覗きこんでいた。
 彼女達はまるで当然のようにしているが、実は人妖の初雪や提灯南瓜のLUCK=JACKがふよふよと飛んでついて回っているから、二人はたいそう目立っていた。見慣れない格好の、珍しい相棒連れの女性二人となればそれも当たり前か。
 しかし、そんなことに気付かない二人は、周りが思いもしないところで足を止めた。
「あら‥‥あのおばあさま、よほどの猫好きね」
「すごくなつかれてるわね」
 てくてく歩いていた通りから店の裏に回ると思しき路地の奥、やたらと猫の声がするので覗いてみたら、猫ネコねこ、猫の大集会だった。どうやら食事をもらっているようで、ひとりの老婦人の後をついて回っている猫が多い。
 このご婦人がどこかの商家の大女将あたりで、たくさん家族がいれば、夢路も喜んで引き取ってくれるかも?
 二人は目を合わせただけで互いに同じことを考えているのを見て取り、すぐさま近くの店の人に声を掛けた。特にカズラが熱心に。なにしろ、そこにいたのはちょっときつい目が商売人としては損しそうだが、かなり逞しくて豪胆な性格も見て取れる、見た目が悪くない三十半ばと思しき男だったからだ。サクラは後ろの方で、にこにこと愛想を振りまいている。
 けれど。
「あ、テレジアばあさん? あの人は、うちの家政婦。二人とも猫好きかい?」
 だったら、もう少し待ってから行くと猫も触り放題だよと、目の前の油問屋の主人だった男性は親切に教えてくれたが‥‥商家の家政婦さんでは、忙しくて夢路の世話どころではないかもしれない。
 いや、誰かが賑やかなのが大丈夫なら商家や旅館も候補になるのではと言っていたが‥‥やはり、そこの主人が相当の猫好きでなければ、引き受けてはもらえまい。
 けれども、カズラの目が爛々としているのを、サクラは見てしまった。
『また、あの人は〜っ』
 しばらく後、きいきい言っている初雪を連れて、サクラだけが裏開拓者ギルドに戻ってきた。
 その頃には、他の全員が戻っていて、空から見付けた大きな家と、歩いて探した猫好きな家や人の情報をすり合わせていた。これで良さそうな家を絞り込んで、一応ギルドにも評判など尋ねてみて、実際に話を持っていくのは明日になるだろうか。

 そして翌日。
「案外、少ないものですね」
 昨日のうちに見付けた候補の家が八軒ほどあって、そこからご近所情報やら家族構成を加味して、残ったのが三軒。外された五軒のうち、大家族過ぎて家が広くても居場所がなさそうなのが二軒。貴族の一軒は度々家族、使用人に猫まで領地と行き来する時に移動の条件が夢路の希望と合わず。もう一軒は主人の素行に少し問題があるので、念のため。
「この情報収集能力が変じゃない? ジェレゾのギルドってどうなってるのかしら」
 この三軒でいいところがあればいいけどと不安そうな露草が溜息を吐いている横では、真名が家庭内のことまでよく分かると眉を寄せていた。
 しかし、それは何のことはない。たまたま吹雪や夢路、その猫又仲間がネズミ捕りで出入りしている家の近所だったりしただけだ。恐るべしは猫又繋がり。
 さて、三軒のどこから話を持っていこうかと皆が相談を始めたところで、昨日からやる気は見せていない静花が不思議そうに首を傾げた。本日は雷花に厳しく言われて飲酒していないが、虎猫嫌いは変わらないので元気は今一つ。
 それはさておき。
「なんか一人足りなくない? 一抜けありなら、あたしも」
「いえ、ここのお店の方に交渉に行っている‥‥はず、です。多分」
 静花がすたこら逃げようとして、サクラの説明にさらに首を傾げてしまった。『ここのお店』が、主人の素行で外された一軒だからだ。もちろん、昨日サクラとカズラが分かれた店のことである。
 この店、広さ、財力、人手、猫好きに問題は全くないのだが、主人がかなり女好きで、それが原因の揉め事が年に一、二回ある。夢路は人の恋愛模様など気にしないが、落ち着かなそうなので外したのだ。
 そういう店にカズラが行ったままと聞いて、露草や柚乃は明らかに心配そうな顔になり、暗はまろまゆを呼び寄せた。開拓者が単なる女好きに捕まる可能性はないが、念のため探しに行こうかと言い出しそうな様子だ。真名は、今にも飛び出しそうな静花を目で叱っている。
「先に宿泊先に寄ってみましょうか? 単なるお寝坊かもしれませんし」
 柚乃の意見が一番妥当なので、まずはサクラと真名が見に行って、昨日から帰っていないと確かめてきた。
 と、昨日からほとんど一言も発していない皇が立ち上がり、ただでさえいかつい顔を更に険しくして、ぼそりと口にした。
「事情を聴いてくる」
 どう聞いても、皆には喧嘩を売りに行く口調にしか聞こえなかった。大半は一人で行かせては駄目だと心配し、一部は面白がって、一人は頭痛を覚えつつ、問題に店に向かってみたらば‥‥
「こら、まろまゆ、尻尾を巻いてどうする」
 これまた猫のごはん時間で、多数の猫の姿にまろまゆがビビっている。宙を移動する組は飛びつかれて、迷惑顔。
 そして、カズラはご機嫌麗しいお顔で皆に手を振っている。店先に椅子を出して、老婦人のテレジアと並んで猫を構いつけていたらしい。
「あらやだ、遅れたから心配してくれたの? 悪かったわぁ。話が弾んで、泊まらせてもらっちゃったのよ」
 どう話が弾んだか、聞いてはいけない気がするのは一人二人ではなかった。なにしろ店主と妙に仲がいい。明らかに意気投合していた。
 ちなみに後刻、彼女はしれっと『家の中とか雰囲気を確かめておいたの』と口にするのだが。
『それは良かった。お宿に戻っていないので、心配いたしましたよ。では、夢路さんのご依頼に戻りましょうか』
 皇も安心したのを見て取り、天照がカズラを誘うと、今度は店主やテレジアが首を傾げていた。夢路は天儀名だから珍しいのかと思いきや。
「ケットシーの夢路か? なに、カズラの言ってた猫の引き取り手って、夢路のことかよ」
「そうよ? 知り合い? でもどうして?」
「あそこの亡くなった旦那と取引あったから。あの息子め、帰ってきて早々夢路を追い出すとはけしからん」
 猫好きの世間は狭かったらしい。
「ちょっくら『お話し合い』に行ってくらぁ」
 どう聞いても、さっきの皇よりよほど不穏当な空気を纏った女好き店主を、慌てて止めに入るのは柚乃と露草くらい。後は慌てず騒がず、けしかけようとした二人ばかりを押し留め、理性的な説明という大人手法に持ち込んでいた。
『邪魔したらいけませんって』
「もう、面白がるのは止めてくださいよ。皆さんに心配までかけて‥‥それに自分ばっかり」
 幸い、テレジアはカッカする方ではなく、すぐに事情を呑み込んで店主も宥めてくれた。自分が生まれる前からいるテレジアには、店主にとって母親同然らしい。
「先方も夢路様が落ち着いて暮らせるようにと、気に掛けていました。ご縁がある家なら、安心されるかも」
 女癖には問題があるが、夢路と息子夫婦が気にしないならいいかもと、こそっと相談した一行は夢路達に他の候補と合わせて知らせることにした。相手方に行く前に、当人達の希望をはっきりしてもらうと楽だろうし。
 残る三軒にも夢路が知っている家があって、息子夫婦も入って話し合いがなされた結果。
「私、ジェレゾに来たらここに泊めてもらうわ。よろしくね」
『はいはい。他の人達も、たまには顔出してよ』
 テレジアが専属お世話係ということで、カズラ推薦の商家に夢路が落ち着くことになった。
「専属とは羨ましい」
「どうも、テレジアさんにはもうお仕事引退してゆっくりしてほしいのに納得してくれなくて、それならこの仕事ってことらしいですよ」
「さっき、夢路さんに無理しないように見ててって頼んでたわ。どっちがお世話係かしらね」
 暗が贅沢だなあと感心していたら、柚乃が店員に聞いた話を、真名は自分で見たことを教えてくれた。それを一緒に聞いていた露草が、チシャといいところが見付かって良かったと胸をなでおろしている。
 皇は黙々と荷物を運び、これまた夢路専用の個室に手際よく置いていた。一緒になんだか運んでいたサクラは、家の中を覗いて歩いている。どういうところか気になるのだろう。
 吹雪も様子を見に来て、ご機嫌にひげをふるわせていたが、その首を真名ががしっと掴んだ。
「今日の日当分、ご馳走してもらうわ」
『昨日食べさせてやったろ?』
 だから今日の分だと、しっかり主張する真名に静花が加わり、本日は辛い料理中心の泰国料理店に行くことになったらしい。もちろん全員で。
 夢路とテレジアが、並んで手を振って見送ってくれた。