【神乱】護送支援
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/18 22:05



■オープニング本文

 コンラート・ヴァイツァウ。
 前南方辺境伯にして、禁じられた神教会の信仰を捨てることを拒否して帝国に滅ぼされたヴァイツァウ家の遺児で、昨年末から四月まで帝国への反逆を意図して活動した青年の名前だ。
 アヤカシの被害とその対策のための増税、ひいては帝国の支配に不満を抱いていた南方諸侯は、オリジナルアーマーを擁したコンラートの元に多くはせ参じたが、反乱そのものは開拓者を味方に引き入れた帝国軍が勝利した。
 背景を上げれば、コンラートの理想主義から来る政治の失策や諸侯の統制のなさ、反乱軍に要となる将がおらず戦線が維持できなかったことなどもあるが、最たるものは参謀格のロンバルールがアヤカシであったとされることだ。
 ロンバルールに率いられたと思しきアヤカシが帝国側諸侯の領地や人民を襲い、多くの犠牲を出したことで、かえって帝国軍の気概を高める結果にもなった。こうした事実が判明するにつれ、反乱軍から離反する者も出て、結果として反乱は失敗に終わった。

 コンラートはその後もしばらく逃亡生活を送っていたが、四月中旬に開拓者により発見され、開拓者ギルドに身柄を送られた。
 その後、帝国からの引き渡し要求とコンラート本人の要請とで、身柄はスィーラ城に送られ、事は政治の世界に移行した。
 城内のことはなかなか知れることではないが、コンラートはロンバルール重用の責任は自身にのみあると主張、甘言に乗った諸侯、特に戦死者の領地への増税を減じるように願っているとも聞こえる。
 当人の心持ちが変われど、その罪が免じられることはなく、コンラート・ヴァイツァウの処刑が決まったのは四月下旬に入った頃。
 処刑の場所は、反乱の舞台となった南方と決まった。


 開拓者ギルドに掲示された依頼は、飛行するために地上からの討伐が困難なアヤカシ退治の依頼だった。目立つ点は至急の但し書きが付いているのと、討伐地域が細かく決められている点だ。
「至急は分かるけど、この細かい場所の指定は意味があるの?」
「指定の地域以外は、まだ避難した住人が戻っていないから、人が住んでいるところ優先って事だね。あと、何箇所か街があるだろ? そこはコンラート・ヴァイツァウの移送経路で、道々罪状と処罰を触れて進むから、予定通りに進みたいってこともあるだろうね」
 コンラート・ヴァイツァウは小さな護送馬車に乗せられて、虜囚として処刑の場所まで運ばれる。経路の大きな街で罪状や処遇を公開するのは、見せしめの意味合いが強い。今回は、当人が間違いなく処刑されるのだと知らしめるためもあるだろう。処刑が南方なのも、ジェレゾで行うよりも反抗心を摘み取るのによいと判断されたからだ。
 コンラートを取り返そうとする者や、処刑を間近に目にすることでかえって反抗心を募らせる者がいるのも考慮のうち。それでも断罪の斧を振るうことを躊躇う大帝ガラドルフではなかった。
 よって、露払いの役目が開拓者に回ってきたわけだ。
 敢えて帝国軍の騎士達ではないところに何か意味があるのかどうか、そこまでは掲示された依頼書には書かれていない。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
露羽(ia5413
23歳・男・シ
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
ルーティア(ia8760
16歳・女・陰
夏 麗華(ia9430
27歳・女・泰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
マリー・プラウム(ib0476
16歳・女・陰


■リプレイ本文

 依頼の基本はアヤカシ退治。それが処刑される罪人が通る道の露払いであっても、今現在難儀しているのは現地の人々だ。
 それを改善するためにもと露羽(ia5413)、マリー・プラウム(ib0476)、アレーナ・オレアリス(ib0405)が思えば、滝月 玲(ia1409)は今後に反乱の火種が残らないことを願っている。
 だが護送そのものは帝国軍が行うのに、幾つか偽の護送依頼も出されているし、このアヤカシ退治が開拓者に回ってきた疑問をルーティア(ia8760)がぽんと口にしたら、
「案外使える者が多いと仰る方がいるので、試してみることにした。それだけだ」
「龍使いが少ないわけじゃなかったんですかぁ」
 アヤカシ出没地域の地図を渡すついでに彼らの顔を見に来たと思しき騎士は、あまりにあっけらかんとしたルーティアの言い分に呆れたのか、目を細めて彼女を上から下まで眺めやったが、口に出しては、
「よく務めろよ」
 その一言だけだった。付き添ってきた従士の方は、憤懣やるかたないといった表情だが、確かに今のは叱責されてもおかしくないような発言だったろう。
 処刑されるコンラートに多少なりと同情的だったジルベール(ia9952)やフェルル=グライフ(ia4572)、鶯実(ia6377)には、帝国の威容を嵩に着た人物でないのはまあよかったものの、依頼人として身近にいて欲しいような人ではなかった。特にアレーナとマリーが、着ていた制服が皇帝の親衛隊のものだと指摘したので、余計にだ。一緒に移動ではなくて良かったと、思った者が何人かいたことだろう。
 ともかくも、ハーピーの群れが出るという地域までは龍で先行し、途中休息は滝月の提案で情報収集をかねて人里に下りることにした十名は、速やかに出発することにした。その際には、相談で決めた三組、フェルルとルーティアと玲璃(ia1114)、鶯実と滝月と夏 麗華(ia9430)、露羽とマリーとアレーナとジルベールとに分かれて移動の足を揃える。現地でも一緒に行動する組だ。
 ハーピーは三人以下の人間しか襲わないから、ルーティアとフェルルと玲璃は囮役。ハーピーが来ればまず本隊が攻撃し、別働隊はもう一群の警戒に当たる予定だ。その前の索敵も重要だが、現地でなら行動習性等も何か追加で判るかも知れず、滝月からその情報収集の時間を取ろうとも提案があって、十人は特に道行きを急いだのだった。

 道中情報を仕入れに寄った町で、事前情報に一つ追加がされた。片方の群れには、一体だけ羽色の違うものが混じっていて、おそらくそれが群れの頭だろうと判明したのだ。襲われたが命拾いした被害者からの証言で、他の被害状況と合わせて考えると、群れの活動範囲もある程度絞られてくる。
 まずはそちらの群れに囮作戦を仕掛けることにしたが、なぜだか現地は鳥の姿も見えはしない。しばらく囮担当の三人が方々を回ったものの、アヤカシの出る気配もない。半日ほど過ぎる頃には、フェルルの炎龍・エインヘリャルが地上に降りても鼻息荒く、辺りを見回していた。アヤカシ退治で意気盛んなのに、一向にそれらしい姿が見当たらないので不機嫌らしい。フェルルが言うところでは、普段からそういう風に見えることが多いそうだが、それをおいても確実に不機嫌だ。玲璃の駿龍・夏香やルーティアの甲龍・フォートレスなども、冷静ではあるが周囲を見やる目付きは厳しい。
 人だけ見れば、一見若い娘が三人。玲璃は実際男性だが、少年と言って通る年齢だ。ハーピーには程よい獲物と見えるだろうが、龍を連れていてはあからさまに危険だと察知したのではないか‥‥と皆が気付くには、少しばかり時間が掛かった。開拓者達は龍の存在に慣れているから、危険だと認知されるところまで頭が回らなかったのだろう。
 それでもこの季節に小鳥一匹見えないのは、やはり龍の姿に気配を潜めているのだろうと思い至り、さてと考える。龍が姿を隠し、それでいて相手に見付けて貰うのなら場所を考えねばならず、これまでの探索とは違う視点が必要だ。
 鶯実は囮役が龍と離れることに多大な抵抗を感じていたが、アヤカシを退治しておかなくてはならない期日は迫っている。滝月と麗華、特に後者の顔を見て、どういう方向性だか分からないが、自分を納得させたようだ。『両手に‥‥』と呟いた続きは、見られた二人も敢えて聞かなかった。
 ともかく。
 今までに襲撃された場所の近くで、龍が隠れられる場所にまず囮班の三人が向かい、その近くで別方向に本隊と別働隊が隠れることにした。しばらく後、小鳥の声がし始めたところでジルベールの鏡弦が放たれて、初めてアヤカシの存在を感知する。
 その連絡が超越聴覚の能力で本隊の鶯実に伝えられ、相手が確かに連絡を受けたことは露羽が同様に聴き取った。問題は囮の三人に伝える術がないことだが、天気がよい中、地上に影が移動するし、羽ばたきの音もした。元から警戒している三人が、奇襲を受けるようなことはない。
「さて、こちも準備をいたしましょう」
 玲璃がまだ何も気付いていないように上を見上げることなく、神楽舞を舞う。アヤカシの魅了の能力への耐性を最初に、出来る限りの能力付与を行っていく。それを終えて、空を見上げた時には、ハーピーの群れは彼女達のほぼ真上で旋回を始めていた。
「エインっ、もう出てきて構いませんよ!」
 その中の一体が、自分目掛けて急降下してきたのを機に、フェルルが自分の炎龍を呼んだ。木々の間に伏せさせられていたエインは、降りてくるハーピーを弾き飛ばす勢いで出てきて、フェルルが飲む前に飛び立ちそうな勢いだ。
 かたやルーティアは霊鎧を使ったフォートレスの影から、次々と槍を繰り出していた。別にルーティアが隠れたいのではなく、フォートレスが進んで盾になった上、近付きすぎたハーピーは尻尾で弾く活躍ぶりだが、庇われている方はあまり納得していない。
 十文字槍を振るって、とうとうフォートレスの背の上でハーピーに対しているルーティアに、龍の側でも言葉が通じれば言いたいことはあったかもしれないが、今はそれどころではない。
 玲璃だけは、早くに夏香に乗って飛び上がっていた。上から一方的に攻撃されるのは駿龍と巫女には不利しかないからだ。続けて上がって来たフェルルとエインと一緒に、地上のルーティアとフォートレスとの間に、ハーピーの群れを挟みこむように飛び回る。
 三騎ではもちろん限界もあるが、その頃には本隊の三騎も加わった。上下の間を抜けて逃げ散ろうとしていたハーピー達の正面から向かっては魅了の餌食になると、滝月と炎龍・瓏羽は急降下での突撃を、鶯実は炎龍・炎璃に軌跡を不自然に変えさせつつ、当てることより足留めを目的とした手裏剣の雨を降らせていた。麗華は少し離れた位置から、駿龍・飛嵐に安定した高度を保ってもらいつつ、まずは重機械弓『重突』で一体ずつ狙い打つ。
 いずれも一撃でハーピーを瘴気に返すまではいかないが、群れの統制を失わせることには成功していた。話に聞いていた毛色が違う一匹がいないから、群れとしても少し弱いほうなのかもしれない。時に開拓者達の方に何か叫んで見せるのは、おそらく魅了や封呪をかけようとしているのだろうが、玲璃の神楽舞の効果の方が勝っている。
 飛び回るので、離れた位置の麗華ですら正確な数を数えるのは攻撃しながらでは難しいが、事前情報だと十数体の群れ。六人で相手取るとして、一人が二体か三体を滅すればいいとおおむね全員が考えていた。好戦的な性格の龍なら、自分が一体は屠って見せると思っていたかもしれない。
 実際、近付いたハーピーに鬣を少し毟られた瓏羽は、耳をつんざくような威嚇の声を上げたし、炎璃は鶯実の指示よりハーピーに近いところに向かおうとすることがある。飛嵐もハーピーの間近への突撃を告げられた途端の全力移動は、それまで前線にいなかった憂さを晴らすかのように速かった。
 それでも、数体が相手に何か仕掛けることより、囲みを抜けて逃亡しようとしたが、それも叶わなかった。周辺空域の警戒をし、もう一群は存在しないようだと確認した別働隊の四人が加わったからだ。
「逃げ場はありませんよ。残念ですが、ここで消えてもらいます!」
 露羽の声はハーピーには理解されなかったろうが、最初の攻防で少しばかり疲れが出てきた囮担当の三人には頼もしいことだった。三人とも変わらず攻撃や支援を続けているが、滝月と鶯実はその三人の背を守る位置に移動している。
 破れかぶれの攻撃をそちらに食らわそうとした一体は、露羽に打剣を乗せた刹手裏剣を投げられ、駿龍・月慧からすれ違い様のソニックブームを食らわせられて、ふらふらと下降し始めた。そこに矢を射込んだのはジルベールだ。その間、駿龍・ネイトは飛ぶ位置を保持しつつ、代わりを努める心積もりか周辺に首を巡らせていた。
 それでも逃げようと暴れるハーピーには、駿龍・ウェントスを操るアレーナが向かった。こちらは流れるような動きでハーピーの進路を邪魔しつつ、その爪が届かない位置を掠めて見せた後に、流し斬りの一撃で確実に相手を仕留めていた。マリーが放とうとした斬撃符は行く先を一旦失ってしまい、甲龍・鉄閃が僅かに首を回して、次の指示を催促した。
 だがその頃には、もうあらかたのハーピーは瘴気に還っており、残ったものも誰かしらが向かっていて、
「鉄ちゃんはちゃんと周りの警戒してくれたでしょ。すごく役に立ったんだよ、ね?」
 今ひとつ出番がなかったと拗ねているようにも見える鉄閃の上で、マリーが必死に声を上げている姿を見ることになった。それぞれが託された仕事をこなしたわけで、マリーが言う通りなのだが、これには思わず笑みを誘われた者も少なくない。

 その後、もう一つの群れを発見したのは日が暮れかかろうとする頃だった。ハーピーが夜に目が見えるかどうかなど誰も知らなかったが、龍や人も夜空で飛行戦闘出来るほど目がいいわけではない。黄昏時など、地上で戦うにも時間が悪いが、
「ここで逃しては任務が果たせません」
 確かめるように口にしたアレーナの言葉に、皆頷いたのだった。
 今回は別働隊が先に相手を見付け、囮がハーピーの群れから見えやすい位置に移動したおかげで、囲い込むまでの時間は掛からなかった。玲璃の神楽舞も変わらず全体に付与され、そのために夏香が忙しく飛び回っている。そこが攻撃されないようにと気を配るのは、滝月と瓏羽だ。
 もとより必要以上に味方にハーピーが近付かないように、ジルベールと麗華、マリーが弓矢や符での攻撃を間断なく続けている。ネイト、飛嵐、鉄閃の龍にしたら、高度と速度を出来るだけ一定に保つ必要はあるし、自分の出番はやや少ないと不満があったかもしれないが、龍が十頭も狭い空域に飛び回れば味方同士の事故もありえる。そこまで理解しているかは別として、いずれも相当頑張ってくれていた。
 その包囲から逃げようとすれば、露羽が一体ずつ的確に追いかける。月慧が速度を活かして先回りし、人龍一体で逃走路を塞ぐ間に、大抵は炎璃で鶯実が追いついて、近接と中距離攻撃を取り混ぜた二人掛かりで止めを指す。前線維持はフェルルとエイン、ルーティアとフォートレス、アレーナとウェントスが主に担って、ほぼ開拓者有利で戦況は進んでいた。滝月が狙ったように、一体ずつ喉や目を潰すのは相手も飛ぶので難しいが、こちらに混ざっていた大型の一体を最初に狙ったのがよかったろう。
 だが、流石に死に物狂いのハーピーの魅了を掛けられた者は幾人かいて‥‥攻撃の意思が消失して呆然と佇んだところを、他の者に竜ごと戦域外に蹴りだされたことはあった。危うく落下しかけた者もいるが、そこは龍の方が踏ん張っている。同時に魅了されずに済んだのが、不幸中の幸い。
 徐々に暗くなっていく中、かなり無茶をした部分もあって負傷者は零とはいかなかったが、そこは玲璃が自分の出番と心得ている。
 あけて翌日、念のために周辺地域の警戒を引き続いて行っていた一同の前に、予定より四時間くらい早く、護送の列が見えてきたのだった。
「依頼のアヤカシは退治したが、護送が終わるまでは依頼で問題はないだろう?」
 全員がそう思っていたわけではないにせよ、滝月は護送の最後まで安全確保が重要だと考えていた。それで、護送の責任者の従士に確認を頼んだところ、むすっとした顔で尋ねて来てくれた。もちろん断られはしない。
「なんや、怖い顔やな。あの子、最初から不機嫌やねぇ」
 ジルベールも妙に嫌われている様子に首を傾げていたが、上空から護衛することに否やはない。護送の列は粛々と進んで、目的地に予定と大差ない日時で到着することが出来た。


 処刑場は、街の城壁の外、秋に家畜の市が開かれるような場所だった。急ごしらえの台の上には、処刑人が使用する斧がすでに準備されている。街の内外から集まった人々は、押し合いへし合いしながらそれを眺めて、あれこれ噂していた。
 これからコンラート・ヴァイツァウが処刑されれば、一人一人の心の内はさておいても、南方を半年に渡って混乱に陥れた反乱は終結する。帝国の支配を嫌っていようとも、流石に万を越える軍勢が激突し、何百という人々が死んだ戦いの継続を望む者はいなかった。
 やがて、小さな檻がそのまま馬車になったような護送馬車が到着し、その後に皇帝の親衛隊の制服を身に付けた軍人とグレフスカス辺境伯の馬車もやってきて、処刑を見届けるために設えられた席に着いた。集まった人々からすれば、辺境伯とて滅多に見られる相手ではなく、見慣れぬ制服には声を潜めて素性を尋ねあう姿もあった。
 けれど、それもコンラートが台上に連れ出されてくるまでのこと。清潔そうだが、富裕な庶民にも劣る貴族らしからぬ衣類に身を包んで、顔には幾つか痣をこしらえた姿に、皆の注目が集まって‥‥一瞬後に口々に何か言い出した。恨みつらみ、罵倒にその身の不遇を嘆く声、帝国への不満など、熱に浮かされたように叫ぶ人が多い中では兵士達の制止もたいした効果はない。兵士の数名が見届け人の貴族二人を仰いだが、すうっと声が引いたのは、台上でコンラートが頭を下げたからだ。貴族の礼法だが、身分がない人々に向けてのそれは、興奮を醒ます作用があったらしい。
 自ら進んでとしか思えぬ足取りで、コンラートは処刑人の傍らに向かい、斧が振り下ろされる位置に引き据えられる前に、見届け人二人に顔を向けて何かを言ったようだった。だが見届け人の手が挙がったのは、それに答えるためではなく、処刑人への合図で。
 悲鳴や喝采、怨嗟の声に、血を見て倒れた女性達を運び出せと命じる兵士の長の叫びが混じる中、掲げられた首級を確かめた見届け人は互いに言葉を交わすでもなく、混乱が静まるのをじっと待っていた。
 その様子を遠目に眺めた開拓者達の心中は、様々だ。
 これでようやく南方の反乱も終結かと、ほっと肩を落としたのが露羽。
 最後に何を言い残したのかと気にして、自分が知ることではないかとジルベールは頭を振っている。
 玲璃や麗華は周辺の興奮に目を細めて、子供までいるのに表情を少し曇らせている。
「まだ死ぬ年齢でもない人を死に追いやるのは‥‥まあ、仕方ないのでしょうね」
 鶯実が珍しく生真面目な表情で零したのに、俯いたのはフェルルだった。『全ての人に笑顔を』を目標に掲げた南方反乱で戦った彼女だが、今見えるのはその理想とはかけ離れた現実だ。コンラートへの同情、罵倒と自分や大切な人への嘆きは笑顔とは程遠い。
『貴種、旗印であろうとも、数百人が死ぬ理由を作った存在が同情されてよいものか。そうしたものは心情も物も、弱きものに向けられるべきではないか』
 護送中、アレーナがアヤカシ相手でも殺したものへの鎮魂の念を示したことに激怒した従士を抑えつつ、依頼人はそう口にした。まだ少年の従士の兄は反乱で負傷して療養中、どこかで開拓者がコンラートに同情的だと聞き及んでいたなら、少年の態度が冷たいのも納得出来る。
 だが、理想と現実の差は知っていて、なおなんとかしたいと思うのは悪いことではないだろう。
 言いたいことを迷っているかのような、こちらも常ならぬ様子のルーティアとフェルルに、マリーが『龍にお肉をあげよう』と言い出した。仕事が終わったのだから、龍にも美味しいものを食べさせてあげようと、そういう心積もりらしい。
「私もお役に立てますよ」
 料理と聞くと身を乗り出す者は麗華以外にも結構いる。少しばかり表情が和んだ一行は、でも食事の前に、
「お手伝いしますね」
「喧嘩は駄目だろ」
 人ごみに酔ったり、血に卒倒したり、意見の相違で掴み合いを始めたりする人々が、一刻も早く普段の生活に戻れるようにと、少しばかりの力添えを始めたのだった。
 しばらく後、街中や人が多い地区には入れずに待たされていた龍達は、自分の相棒が戻ってきたのに合わせて、ゆったりと首を向けて‥‥肉を先に取ったか、いつもの挨拶をしたかは龍の個性によるようだ。