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■オープニング本文 ※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 時は大正、帝都東京。 季節は秋、空は高く澄み渡る。 懐具合さえ問題がなければ、良い時期だった。 昨日までなら。 浅草にそびえる凌雲閣。 赤煉瓦造りの建物は、今や紅蓮の炎に包まれていた。 最初は火事だと叫んでいた人々も、もう近くには姿がない。 以前ははるか遠くの山まで眺められた、十二階の展望室を持つ塔は、後は倒れるだけのようだった。 だが。 「そろそろ東京駅も燃え落ちたか?」 その凌雲閣の展望室には、いまだ一人の男がいた。 若くはないが、年寄とも見えない男の手には、なぜか身の丈よりも長い杖が握られていた。 紳士の嗜みで持つステッキとは違う、ねじくれた樹の枝をそのまま切り出してきたような杖は、だがあちらこちらに煌めく何かを埋め込んでいる。 宝石のようだが、美しくは見えない輝きを放つ『何か』を。 そして。 彼の口から洩れるのは、冷たい響きの笑い声と、人の不幸を喜ぶ言葉ばかり。 だが、確かに帝都東京は、今や炎と血のアカに染められていたのだ。 何が原因かは、まるで分からない。 彼らが今まで、どこでどう暮らしていたのかも。 けれども、彼らは突然巻き起こった火災と共に、その悪意ある手を伸ばしてきた。 人とは思えぬ能力を持ち、人とは思えぬ残虐さで、出会う人すべてを殺しつくす『彼ら』。 その防御を止めようとした市政の者も、警察官も、軍人さえもが地に倒れ伏し‥‥ 帝都は、殺人鬼達の享楽の遊び場と化していた。 |
■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567)
46歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
観那(ib3188)
15歳・女・泰
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
小苺(ic1287)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●凌雲閣 眼下の惨状を眺め渡せる展望室の、エレベーターから程近く。 「シャオのお父さんは、もっと優しかったよ」 「それは仕方がない。大抵の父親は、自分の娘達が一番可愛いものだよ」 「なのに、殺しちゃったの?」 二人の距離は、常人なら接触するのに数秒は掛かる程度。けれども小苺(ic1287)は、今の自分なら一瞬で目の前の男を殺せると確信していた。空を飛ぶように近付いて、男の首を蹴り折ることが出来る。 けれど、ここに辿り着いてすぐにそうしなかったのは、男の傍らに飾られたモノを見たからだ。 骨と皮だけになった木乃伊が三体。髪型と大きさ、服装から母親と娘二人と見た小苺に、おかしな杖を持った男は不思議と優しい笑顔を向けてきた。騙され、失意のうちに殺されてしまった父親と、母親や兄弟姉妹を思わせる存在に、小苺はなぜか納得していた。 目の前の男は、自分の妻子を殺してしまったのだろう、と。 「まあ、言い訳は幾らでも出来るが‥‥滅びを招くのは、信じる心の欠如だよ」 「難しい話は分からないよ」 面倒なので殺してしまおうかと思った小苺に、男は『しばらく付き合っておくれ』と言い出した。跳ね付けなかったのは、提示された『お駄賃』が彼女にはとても魅力的だったからだ。 しばらくして、紺絣の中振袖に朱色の袴には似合わぬ大きな馬を駆る小苺の姿が、展望室からも眺め下ろすことが出来た。 ●駅舎の快楽 横浜からの列車に乗って、降り立った品川の駅は人でごった返していた。 「ふうん、賑わっている‥‥と言うより、騒がしいね」 誰もが東京の方向から逃げ出そうと慌てている中、悠々と列車から降りた郭 雪華(ib5506)はぐるりと辺りを見回しつつ呟いた。大陸の民族衣装にしては扇情的な姿の雪華は、近年稀にみる大火災でうろたえる人々の中にあっては異装だ。 しかし、それでも若い娘であるから警戒心を抱かないのか、下心を抱いてか、一人の男性が彼女に声を掛けた。一見して紳士と呼んで良さそうな、人品卑しからぬ服装と態度で、これより東京方面は危険なのだと教えてくれる。 「人殺しが大手を振って歩いているって?」 紳士の忠告に雪華が顔をしかめたのは、人には考えもつかぬ理由からだった。 「なんてこと。出遅れたなんて、僕としたことが」 若い娘らしからぬ一人称に紳士が首を傾げようとして、勢いよく後ろに倒れた。大変な轟音を伴ったのは、雪華が太腿に結んだベルトから取り出した大型拳銃の仕業だから。 上気した頬に返り血を散らして、雪華は轟音に振り返った人々と間近で彼女の蛮行を目撃して浮足立った人々とが押し合いへし合いする駅のホームで、場違いに穏やかな微笑みを浮かべていた。 「ふふ、これだけの人がいれば、色んな血を味あわせてくれるね? 若い女や子供より美味しい血に出会えるかなぁ」 その快楽を知ったのは、さて大陸だったか、日本に来てからか。そんなことは忘れたが、血潮を浴びる愉しみを渇望する雪華は、他所で暴れる同類達に心の中で宣言した。 品川駅は、自分の快楽の園。誰にも邪魔されぬうちに、血の色に染めてやろう、と。 ●赤、紅、朱 どんっと腹に響く音がして、煉瓦造りの建物ががらがらと崩れ出す。誰かが巻き込まれたか、騒音には悲鳴も混じっているようだ。 「まっかな世界‥‥綺麗だなあ‥‥幸せだなぁ!」 少女と思しき声が、軽やかに耳を打つ。明らかにその移動する先々で悲鳴が上がり、何事が行われているかは明白なのに、なぜだかラシュディア(ib0112)は駆け付ける気になれなかった。 自分の身分は承知している。軍人だ。災禍に遭う人々を助けないなど、ありえない。代々続く軍人家系に生まれたから以前に、人命を軽んじるのは人として許されざる行いだ。 そう、自覚している。親と同じく軍人の道に入り、このまま上司の勧める見合い相手と結婚して、子供をもうけて、うまく行けば将来勲章の幾つか貰えるくらいの地位に上り詰め‥‥そんな予想の根幹には、軍人として勤め上げるのだという意識があった、はずなのに。 「あれぇ、おにーさんはちょっと赤が足りないかなあ?」 つらつらと考えを巡らせているうちに、ラシュディアの前には奇態な少女が立っていた。全身真っ赤な衣服に、顔や手にはやはり赤のペンキか何かを塗りたくっている。ところどころが黒っぽいのは、返り血のせいらしい。 あぁ、このアカは血の色、炎の色か。 「そうだな、足りないな」 「大丈夫だいじょうぶぅ、私が赤くしてあげますからねぇ!」 小太刀二本を振り翳した少女が襲い来るのを、ラシュディアは腰のサーベルを抜いて打ち払った。少女が目を剥いて飛び離れ、それからきゃっきゃと笑い声をあげる。 「ふふふ〜ん、おにーさん、いい赤になったねぇ」 炎の色が顔に照り映えたことを言われたとは分からないまでも、ラシュディアもにんまりと笑い返す。退屈な日常の連続が、こうも突然途切れて‥‥ようやく自分の望みが分かったのだ。 「ああ、この刺激は‥‥たまらないな」 少女が無造作に、どこで手に入れたものだか手りゅう弾を人影が見えた方向に投げる。それを止めるどころか、ラシュディアのサーベルは必死に逃げてきた娘の足の腱を切り裂いていた。どこかで見たような、懐かしい思いを掻き立てる異国の娘の悲鳴が心地よくて、サーベルを振るい続けるラシュディアは、 「おにーさん、さよーならー。赤は幸せの色だからねぇ?」 自分の迷いを吹き飛ばした少女の名前が観那(ib3188)だと知ることもなく、切り刻んだ娘の髪を一房と、その荷物に紛れていた仮面とを手に入れていた。 ●発露 裏切りとは、誰の心が決めるものだろう? 血塗れた物言わぬ骸は、誰のものだったか。 それを為したのは、本当の自分なのか。 栄えある帝大の学生なら、下駄より革靴が似合うと、そう告げられて成程と思わなかったわけではない。すぐに直さなかったのは、いかなる理由だったか。 そんな些末事はもう記憶にないが、皇・月瑠(ia0567)は下駄で良かったと哄笑していた。その歯の下には、柘榴のように潰れた子供の頭がある。傍らに倒れ伏しているのは、先程まで子供の命乞いをしていた母親だ。 「く‥‥くく‥‥この世は狩場だ」 心地良かった。華族や帝大生の身分も何も振り払い、悪鬼羅刹のごとく凶行を続けるのは、腹の底から笑い出したくなる楽しさがあった。 「あの二人には、感謝せねばな」 婚約者と親友の不義密通、二重の裏切りと思いはしたが、今にして思えばどちらも自分にとってそれほど大切な存在だったろうか。もはや、彼らを惜しむ気持ちも、あの時感じた怒りも思い出せはしない。 否。この悦楽に導いてくれたのだ。二人はやはり素晴らしい存在だった。 血の川が流れる都電の線路の上で、場違いな子守歌が流れていた。 周囲には伏して呻く人々。いずれも足を斬られ、逃げようにも動けない状況だ。その真ん中には、微笑みながら子守歌を歌う女が一人。 「理不尽で不条理なこの世界で死のみが平等。死は安息を齎す至上の音楽。共に耳を傾けましょう?」 楽し気に話し掛けられたところで、誰にもまともな返事など無理なこと。 挙句に、自分達をかかる窮地に追い込んだのがその女であれば、罵倒か呪詛か悲鳴しか出てくるまい。命乞いが無駄なことは、誰もがその身に深く刻み教え込まれている。 話し掛けた側も、返答など求めてはいなかったらしい。今度はなにやら呟きつつ、倒れた人々の間を歩き回り、 「殺してなんかあげないわよ。頑張って耐えた分だけ報われるのでしょ? 素晴らしいことだわ」 手にした刀で、ざくりざくりと人の身を少しずつ削り取っていく。 いっそ殺せと叫ばれて、彼女フェンリエッタ(ib0018)が浮かべたのは、それまでで最も楽し気で幸せそうな、慈愛に満ちた微笑みだった。 殺すなんて、とんでもないことだ。自分はあれだけ苦しんだのに、楽にさせてやるなんて。自分より楽になるなんて、とても許せない。 その自分がどんな目に遭ったのだか、フェンリエッタは憶えてすらいないけれど。 帝国議会の門の前。 ここには警備の警察官も軍人も多数いたはずなのに、既に動く影は一つだけになっていた。人馬一体、手にしているのは氷としか見えぬ刃の女が、上品な肢体の馬を乗りこなしている。 「あ‥‥氷が寒いわね。ごめんなさい。でももう少し、一緒に来てほしいのよ」 馬に向けられた声は労りに満ちていて、互いの信頼を示すように馬もその手綱さばきに従順だ。どちらもやつれた様子が見えるのに、その間に流れる空気だけは穏やかで暖かい。 そんな一人と一頭が、人ならぬ技で帝国議会を壊滅させたとは、その目で見ていたとしても信じられないほどに。 「さあ、この歪んだ世界を壊しに行きましょう。きっと、私はその為に残ったのですものそして、まっさらにして‥‥」 親の受けた裏切りに、その後の辛酸、更に一家心中から生き残ってしまった哀しみは、どれだけ血を流したとて癒されることはない。ただひたすらに人を斬ってみたが、世界を恨んだ心が癒されるとは思い難い。 何をどうしたところで、失ったものは戻らないのだ。 「でも、あれ以来、私を呼んでくれた声は他にないのですから」 導かれるままに刃を振るった。後は、ただ駆け付けてみよう。 そのリディエール(ib0241)の願いを受けて、馬は死出の道を駆け始めた。 だが‥‥未だ燃え落ちぬ赤煉瓦の塔に向かう自分は、本当に自分なのか? ●血飛沫の塔 「ああやっと名乗れたよ。なにしろ誰も俺に敵わないだろう? せっかくいい名を思い付いたのに、誰にも聞かせられなくてくさくさしていたんだ」 ケイウス=アルカーム(ib7387)を自称する青年は、つい今こと切れたばかりの警官を床に蹴り落として、にこやかに展望室の窓際に佇む影に声を掛けた。 「君の名前は確か」 「今は、ケイウスだよ。滋野教授。ご家族共々行方不明のはずが、勢揃いで物見遊山かい?」 警官や軍人達を燃える凌雲閣の中にまで誘き寄せ、展望室まで続く階段を上り切ると同時に殺しつくしてしまったケイウスは、相手が言われたくない言葉を選んで口にしていた。 帝大随一の欧州通、将来は学長間違いなしだった教授が妻子を殺し逃亡中とは、何年前の醜聞だったろう。だが発見された死体は、妻との不義の仲を噂された学生だけで、他に残っていたのは夥しい血の池ばかり。 そこからどう変遷して、こんな面白い世界を作るに至ったのか。素直に話してくれれば殺すのは最後にしてもいいと、ケイウスは一人勝手に決めていた。自分も血脂に塗れた手を拭う時間は必要だ。その間の暇潰しにはなるだろうから。 「地獄を滅ぼすには、優秀な駒が必要だからね」 どちらかと言えば、地獄を作っているくせに。それがケイウスの最初の思いで、駒扱いはどうでもいい。従えと言われればまた考えるが、今のところは好きなだけ殺せているのだし。 ただ。 「まさか自分で殺した家族を取り戻したいから、西洋魔術に頼りましたとか、そんなのじゃないよな?」 三文芝居みたいな望みのためにこき使われるのは、どうにも気に入らない。愛だの家族だのは、すでに彼には懐紙一枚程の価値もないのだ。 「最初はそのつもりだったが‥‥彼女が極楽にいるなら、そこを穢してやりたい」 やはり少し気に入らないが、家族を取り戻す片棒を担がされたのではない。何をどうやってこんな風にしたのかは、説明が長そうだから訊かないことにした。 ちょうどいい具合に、下の方に誰か来たようだ。鋭敏になった聴覚が、馬の足音を聞き分けている。二輪か四輪も近付いている。 「じゃ、俺は東京中殺しまくっていいんだな」 「日本はもっと広いよ」 東京を出るなら足がいる。自分で歩いてもいいが、出来るだけ素早く移動した方が楽しみは大きくなるだろう。 展望室の窓を破り、炎を裂いて飛び降りる教え子だった者の姿を、男が無感動に見送った。 ●点から面に 行き掛けの駄賃に、あれほど憧れていた女学校に馬を寄せて、残っていた苦労知らず共を皆殺しにしてから、小苺は品川の駅舎に辿り着いた。貧乏暮らしの頃は都電にも乗れなかったが、自分の馬を手にした今は風のように奔ることが出来る。 そのいい気持ちを邪魔してくれたのが、多分『お遣い』の相手だろう。 「いい馬だね。譲ってもらうよ」 雪華の右手が大型拳銃を軽々と撃ち放つ。けれども小苺は馬上に伏せて、その弾をやり過ごした。互いに人の域を超えているのは承知。 けれども、流石に雪華も土中から馬が現れるとは思わなかったらしい。その隙に、小苺が馬上から彼女を蹴り殺してやろうと跳んでいた。 「これを避けられたら、その馬を連れてっていいってさ!」 観那は目の前の有様を、きょとんと眺めていた。 「みぃんな赤いのにね〜」 獅子の鬣のごとく髪をふり乱した男が、同じ年頃の青年に手斧で切りかかる。それを受けているのは、先程出会った軍人のようだ。仮面を被り、妙なマントを羽織ってはいるが。 どちらも真っ赤なのにと首を傾げた観那の背後から、激しい蹄の音が轟いたのはこの時。続いて、背後で冷気が弾けた。 「邪魔をするの? 死のみが平等なのに、どうして分け合えないの?」 「簡単です。私が殺したいから」 どうやら観那は獲物と間違われているらしい。それに後から来た綺麗な女性達は、真っ赤というには物足りない。これなら、いがみ合っている隙をついて殺してあげてもいいかも‥‥ 相手が馬上なことなど意に介さず、観那が小太刀を握り直したと同時に、塔の上から炎が落ちてきた。 「いいねえ、殺し甲斐がありそうな連中ばかり。だがね、獲物はまだ尽きちゃいない」 先程自分で屠ったはずの馬が立ち上がるのに驚くことなく、炎を纏い付けたケイウスは同胞と言えなくもない連中に言い捨てて、屍馬を駆けさせ出した。殺しても、別にいい。けれども、その間に世の有象無象共が少しでも遠くに逃げていくのは詰まらない。 どんな噂より、乗り物より、電信よりも素早く、絶望を世に届けたいのだ。 「そっかー。幸せから逃げて行った人達を追いかけなくちゃ」 観那が誰より最初に意を汲んで、走り出そうとした。執拗にそれを狙う二人と、まだ戦いの手が止まらぬ二人が、それでも僅かの間、彼女の言葉を吟味している内に、 「あははははー、赤は幸せの色だよぉ!」 とうとう崩れてきた凌雲閣の、その崩落に紛れて観那の声が遠ざかる。その場の四人がどうなったか、見届ける者はもとよりいない。 もう言葉は死に絶えた。 この世を地獄と変えよう。 奪われた以上を奪うのだ。 身を飾るは血潮の花吹雪。 心躍らせるは多数のアカ。 目に舌に手に悦楽をもたらすは赤い流れ。 最後の宴をするには、屠るべき獲物がまだ尽きていない。 「あぁ、本当に‥‥楽しかったなぁ」 最後の獲物は‥‥ |