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■オープニング本文 こんなはずではなかった。 どうして、こうなったのだろう。 ああ、昨日はあんなに充実していて、楽しかったというのに。 アル=カマルのとある街からの依頼、それは果たしたのだ。 通商路に現れるアヤカシと、アヤカシからの護衛を口実に隊商から金を脅し取っていたごろつきの集団の、そのどちらもきれいさっぱりと排除した。 アヤカシは、後顧の憂いがないように最後の一体まで追いつめて退治。 ごろつき達は街の外でブイブイ言っていた連中をまとめて捕まえて、街の警邏に引き渡し済み。 後は、街を出て、帰ればいいだけだ。 そのはずだったのに。 「まって〜」 「きゃー、いたわよぅ」 「こらー、まだ帰るな!」 「てめえら、ぶっ殺すっ」 「結婚してくれ〜」 なぜか、追われている。 街の人々、ほとんど全員に追われている。 中には、街に潜んでいたごろつきの仲間がいるようだが‥‥ こんなはずではなかった。 いつまで逃げればいいのだろうか? |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 皇・月瑠(ia0567) / 柚乃(ia0638) / 和奏(ia8807) / ラシュディア(ib0112) / ルース・エリコット(ic0005) / ジャミール・ライル(ic0451) / シンディア・エリコット(ic1045) |
■リプレイ本文 依頼完了の翌日。 一般的な開拓者なら、すこぶる気持ちの良い目覚めで迎えられるはずの朝のこと。 「あれ〜? なんでこうなったのかなぁ?」 全く知らない部屋で目覚めた青年が、自分の現状に首を捻っていた。 開拓者と言うよりは流しの踊り子、踊り子と言うよりは女たらしが正しい人物描写であるところのジャミール・ライル(ic0451)は、うすらぼんやりとした頭で、昨日のことを思い出そうと試みている。 戦闘嫌いのジャミールがアヤカシ退治やら盗賊討伐やらに参加したのは、単なるうっかりである。挙句に弾みで囮になったり、アヤカシに追い回されたりと、随分頑張って働いた。理由はもちろん、必死にならないと死にそうだったから。 何はともあれ、仕事の大半は他の皆がさっくりと片付けてくれて、夕方から始まった宴会では本来のお仕事に戻り、その後は同業者の綺麗どころ達と飲めや歌えで楽しいひと時を過ごしていた‥‥ところまでは、記憶が蘇った。 「まっ、いっか〜」 このくらいならいつものことだと、開き直った彼は、着ていた服を探し始めた。周りには、似たような姿の女性陣が酔い潰れていて、とてもお子様の教育に悪そうな寝姿をさらしているが、ジャミールにとってはよくあること。 ただ、記憶にないのが残念だなぁと思いながら、多分自分のだったと思う服を見付けて着込んでいたら、 「あっ、おはよ‥‥うございます」 「これはどういうことだーっ!!」 これまたご同業、ただし強面の男性陣が血走った目付きで睨んでくるのとかち合ってしまったのだ。 「俺、何にも悪いことしてないよぅっ」 「ふざけんなーっ!!!!!」 当人的には全然悪いことをしたつもりはないのだが、相手方はそう思っていないらしい。そればっかりではない興奮状態にも見えたが、もちろんジャミールは細かいことなど気にしない。 こんな時は、逃げるに限る! この日、街の中はどこか騒然としていた。 アヤカシやごろつきの脅威から解き放たれたのだ。多少浮かれているのは当たり前だろう。 けれども、時々どこかで悲鳴が上がったり、大量の人が走り回ったりするのは、どこかおかしいはずだ。なのに誰も、それを不思議に思っている様子はない。 「あ、メリトさんのところに行くつもりだったのに‥‥」 なんだか妙な雰囲気の街の中、それもものすごい物陰の隙間にはまり込んだ柚乃(ia0638)が、苦悩の声を漏らしている。 今回の依頼の後は、久し振りのアル=カマルでもあるし、知己のメリト・ネイトを訪ねて最近の様子でも聞かせてもらおうと考えていた柚乃だが、朝になったら色々とおかしくなっていたのだ。 目が覚めて、泊まっていた宿の食堂に行ったら、ご主人がにこにこと二十歳前後の男性を連れてきた。誰かしらと思っていると、 『どう? この先の商家の跡取りなんだけど』 ペラペラペラペラ〜と始まったのは、相手の家業と人柄の説明だ。あまりの勢いに頷きながら聞いてしまったが、五分ほどして気が付いた。 もしかして、自分はお見合いをさせられている? 最初はやんわり、でも全然通じないので最後はきっぱり結婚する気はないと言ってみたが、相手方は全然耳に入れていない。そのままでは、どこかの神殿に連れて行かれそうだったので、最後の手段で柚乃は逃げ出したのだが‥‥ 「これから、どうしましょう?」 彼女が嵌っている隙間の真ん前を、宿の皆さんとご近所さんが『柚乃ちゃーん』と名前を連呼しながら次々と通っている。 何人がかりで探されているのか‥‥考えるのも恐ろしい。 大丈夫大丈夫大丈夫‥‥ まったく大丈夫に見えない顔で、ルース・エリコット(ic0005)は街の中をとぼとぼと歩いていた。アル=カマル生まれの彼女だが、あいにくとここの街には不案内だ。しかも街の造りが独特で、どこをどう歩いてきたのかすら、もはやわからない。 つまり、平気そうなふりをして歩き回ってはいるが、これ以上ないくらいに迷子。そう見えないのは、たまたま上着をひっつかんで宿から飛び出したルースの身なりが、ごく平均的なアル=カマル女性のそれと大差なかっただけに過ぎない。 「お姉ちゃ〜ん」 ルースはいつの間にかはぐれてしまった姉や養父の姿を探しているが、緊張のあまり下しか向いていない状態で見付けるのは、やはり難しいものだろう。 ちなみにその頃探されている一人のシンディア・エリコット(ic1045)はというと。 「あら?」 通算十七回目に行き当たった行き止まりに、もう笑うしかないと微笑んでいた。妹のルース同様、アル=カマル出身で人生の大半をその土地で暮らしてきたシンディアでも、この街の造りは何かと予想外。 正確なところを言えば、今いるのも、今まで突き当たったのも、大抵は完全な行き止まりではない。ほとんどは誰かの家の扉があるにはあるのだ。流石にいきなり開けたらいけないなと、そう思うわけで。 「こんなに入り組んでいては、住んでいる皆様も不便ではないかしら?」 抜け道があるようでもないし、買い物などはどうしているのだろうと首を傾げつつ、シンディアはもと来た道を戻って、別の道を模索しようとしている。 もちろん、彼女自身も『うちの息子の嫁にふさわしい!』とかなんとか、血色がいいおじさまに追いかけられているので、角を曲がる時は左右をよく確かめてから歩き出す。 それでも、こちらも見るからにアル=カマルの一般的な若い女性の服装に、堂々とした歩きぶりから、行き交う人々も彼女が開拓者だとはまるで気付いていない。 街の中は、このあたりに限定するならごくごく普通の朝の光景である。 まったく普通でないのは、シンディアとルースの養父にあたるラシュディア(ib0112)だった。 「待って〜」 追いかけてくるのは、黄色い声。種族も色々、年齢は十二、三から三十歳くらいまで、現在の面子は全員女性の一団に追い掛け回されている。朝の街の大通りは、両側の建物の窓から人が顔を出すほどの時ならぬ大騒ぎに支配されていた。 「何故だ、何故だ、何故だ‥‥」 繰り返してみたところで答えなど出てこないし、誰かに訊こうなんて無茶な状況だ。明確なのは、ラシュディアが女性陣に追い回されているということだけ。 いや、彼女達が追いかけてくる理由も、一応わかっている。 「逃げないでよ〜」 「そうよぅ、うちでご飯食べてってぇ」 ラシュディアを自宅での朝食に誘っているのだ。街を助けた開拓者さんに対する、お礼の気持ちの表現だ。それにしたって、勢いが尋常でないが。 しかも、彼女達は全てのおうちでご馳走になるのは無理との判断で丁寧に辞退したラシュディアに、あっさり『順番に来ればいいわよ』と無茶ぶりをしてくれた。ゆえに、何かおかしいとラシュディアは逃げ回っている。 大通りを曲がったところで、三角跳を使って女性陣の頭の上を戻り、逃げようとする彼の姿に騒動をやたら楽しそうに眺めていた人々は大喝采。 挙句に。 「「「「兄貴〜っ!!!!」」」」 何をとち狂ったか、ラシュディアを追い回すもう一つの集団が、彼の姿を見付けて走ってきている。 井戸端会議に興じる主婦の皆様を横目に、てくてくと知らない道を歩いている和奏(ia8807)は、街の人々のおかしな興奮状態の原因はなんだろうかと考えを巡らせていた。 「あら、お兄さんはお仕事?」 「あ、おはようございます」 「「「「「まああああぁぁぁぁ! あなた」」」」」 どこを歩いていても、和奏が開拓者だと気付いていない時は、皆さん普通に生活している。けれども彼だと気付いた途端に、揃いも揃って押し寄せてくるのだ。今回の主婦の皆様は『ちょっと、うちに寄って行きなさいよ』と始まった。 面白いのは、ここで皆様の間で順番を争ったりしないこと。和奏一人をどう連れまわすつもりか、とにかく皆様一緒にやってくる。勢いが変過ぎて、開拓者の警戒心をばりばりと引っ掻いてくれた。 よって、和奏は皆様の足を『にっこり』と極上の笑みで鈍らせた後、何のためらいもなく手近の扉を開けて中に走りこんだ。 「おじゃまいたします。どうも、失礼しました」 律儀に中にいた子供達に挨拶をして居間らしい部屋を横切り、小さな窓からひらりと飛び出した和奏の背後で、今度は子供達の大歓声が上がっている。 なんで、こうなったのやら。 開拓者の誰もが思っている疑問を、羅喉丸(ia0347)ももちろん抱えていた。早朝から宿に子供達が乱入してきたのには驚いたが、まあこの時は相手をしてやる余裕があったのだ。 しかし、段々と年齢層が上がってきて、『うちの用心棒に』とか『ここに住んでくれるなら、仕事も嫁さんも世話するから』とか、もみくちゃにされたのには驚いた。開拓者として働き始めてそれなりの年月になり、修羅場は色々くぐってきたが、今回のこれはまた珍しい部類だろう。 なにしろ退治して終わりではない。理を説いても効果がない。 「こんな難敵に出会うのは、久し振りだな」 とる物もとりあえず、群がる人々に怪我がないように配慮しながら振り払って宿を出てきたが、この狂乱の事態は街のどこででも起きるらしい。善良な一般市民を蹴散らして走るわけにもいかず、かといって宿の周囲は子供達が張り込んでいるので荷物を取りにも戻れない。 いやもう、一度こっそり戻ろうとしたら、二階の窓から紐をつたって子供が降ってきたのだ。頭上から襲われて、咄嗟に壁に叩きつける寸前で動きを止めた自分を褒めてやりたい。 「もういっそ、屋根の上でも移動するか」 他の者達を探して合流し、善後策を立てるべきだと判断した羅喉丸は、志体持ちの能力を活かして、漆喰塗りの壁をよじ登り始めた。この街の建物は、神殿以外の建物の屋根が平らだから、迷路化している道を歩くよりはきっと楽に違いない。 この時は、そう思ったのだ。 皇・月瑠(ia0567)の前には、倒れ伏す若者達の姿があった。 「あ、兄貴じゃなくて‥‥師匠と呼ばせてください!」 「‥‥‥‥‥‥」 的確かつ手加減十分な一撃を腹に貰い、道端にくずおれている街の青年が、蒼い顔で皇を見上げつつも、うっとりとそう口にした。周りで倒れてぷるぷるしている連中も、目付きは同様に潤んでいる。 これが例えば妙齢の女性だったりすれば、無口で強面、無表情の外見相応に色恋沙汰とは縁遠い彼とて、少しくらいは表情が和んだかもしれない。が、相手はむくつけき男ども、しかも舎弟希望。 こんなガタイのいい連中に慕われても嬉しくないとか皇が考えたかは不明だが、とにもかくにも『兄貴ぃ』と叫んで抱き付いてくる連中を叩きのめすのに、皇も遠慮はしなかった。弟分も弟子も、どっちもいらないし。 だが。 「おぉ、天女様のお使いじゃ!」 「背中の巫女様を拝ませてくだされえぇ」 余計な騒ぎを起こさないように、人が通らない屋根の上でこの騒ぎが収まるのを待とうと考えた皇は、建物と建物の隙間で手をつっぱって壁をつたい、器用に上まで登って行って‥‥ 「‥‥こんなところに」 ぎっしり並んだ建物の屋上を利用して、地上よりよほど見通しが良くて、分かりやすい道が広がっているのに初めて気付いたのだった。 そして、そんな彼をどこかの家の屋上に椅子を並べて、世間話に興じていた老人達が発見した。杖を振り回して、あの世への土産に背中の入れ墨の天女を拝ませてくれと押し寄せてくるご老人達は、とてもとてもお元気である。 ひょいひょーーーいっ。 屋根の上に道があるとは露知らず、かえって人通りが多いところに行き当たってしまった和奏は、追ってくる妙齢女性陣を振り切るために建物から建物に飛び移る方法を取っていた。気分は谷川でも飛び越える感覚で、相互の間には橋にあたる直接繋がる道がないから、 「きゃー、かっこいいー」 「わーかーなーさーまー」 置き去りにされた女性陣は、黄色い声援を送りつけてくるしかない。多分自分が視界から消えたら、少しすると落ち着くはず。 「食中毒より、集団ヒステリーっぽいかも? でも、何か原因があるのでしょうね」 三階建ての建物から落下しても打ち身で済むや、と飛んだ和奏は、割と呑気にこの騒ぎの原因を追究すべく思考を巡らせている。しかし、これだけの人が影響を受けるとなると、飲食物を介したと考えるのが普通だろう。 分からないなぁと困惑仕切りの彼だが、今心配するべきはこの状況からどう逃げるのかのはずだ。 「てーめーえー、金返せー!」 「違うよ、あれは借りたんじゃなくて、あんたがくれた金だってば。俺、悪いことなんかしてないよー」 「あたしが貸してあげようかぁ?」 「うん、それについては、後で二人きりでゆっくり話そうね」 「こーろーすー!!!」 目の前を、更に切羽詰った事態と見える七、八人の集団が右から左に走り去っていく。うち一人は開拓者仲間だと和奏の目は見てとったが、彼がこの事態の原因究明の適した知識を持っているような記憶がないので見送る。なにより、ジンの走りについていく人達もジンに違いないので、巻き込まれたら大変だ。 さて、他の誰かを見付けられないかと呑気に周りを見回した和奏は、実はすぐ近くに一人いたのに気付いていなかった。何故と言って、相手が隠れているからだ。 この時、屋上街路から見えない外壁に張り付いていたのは、ラシュディアだった。彼も仲間が一人追い掛けられているのは分かっているが、それより誰より義理の娘二人のことが心配でたまらない。 「やれやれ、やっと行ったか。ええと、あの青年も似たようなのだと困るし、騒がしい一同はあっちに行ったから、この方向にするか」 見送った青年も実は仲間だったのに、ラシュディアは別方向に。今の彼は、男性陣がとても怖いのだが‥‥その理由については、絶対に触れたくないのである。 まずは可愛い義理の娘達を救出して、どこかに隠れさせ、自分は荷物を回収して、出来れば他の開拓者も一緒に街を脱出する。計画は簡潔、かつ完璧。 家族以外が『出来れば一緒』なのは、えこひいきではなくて、彼らなら自力でなんとか出来ると信用しているからだ。‥‥そういうことに、しておこう。 でも、柚乃は置き去りにしたら可哀想かもしれないと思いつつ、その一人も見付けられないラシュディアは、しかし別の一人と行きあった。 「すまん」 簡潔な謝罪は皇で、ここより高いところの道からラシュディアをかすめて飛び降りてきた彼も、誰かに追われているものらしい。その割に、あまり若い声ではないなぁと追っ手の姿が見えないことに油断したラシュディアは、皇が飛び降りてきた方を見やって、すぐさま後悔した。 「おぉ、そちらも開拓者の!」 「うちの孫をそちらに案内に行かせますから、ぜひ」 何が『ぜひ』だか知らないが、当然皇とラシュディアは後ろも見ずに走り出している。が、はた迷惑に興奮した人生の先達の声に、すでにわらわらと人が寄ってくる気配。 「待ってくれー」 その中に、若いが野太い声が混じった途端に、二人の足は速度を増している。 すごい足音が扉の向こう側を通って行ったので、慌てて顔を覗かせたものの、柚乃の視界には誰もいなくなっていた。追いかけてくる人もいないのはありがたいが、こんな調子ではいつまでたっても事態が改善しない。 流石にちゃんと挨拶もせずに逃げようとは思わない柚乃だが、なんとか街の人々に落ち着いてもらうなり、落ち着いている人を探したいと、協力出来る仲間の姿を探していた。人気がないところを歩きつつだから、なかなか目的が果たせないのだが、 「皆さん、上に登っていたみたいですね。頑張って上がってみて良かったです」 頭上で騒ぎが繰り返されるから、意を決して上がってきた甲斐がある。全員かどうかは分からないが、大半の開拓者はこの屋上街路にいるようだ。 ちなみに彼女がどうやってここまで上がってきたかは、追及してはいけない。人様の家を抜けてきたとか、柚乃の感性的には色々と問題があるのだ。 でも、ナディエを覚えておいてよかったなとは、心底思っているのだけれど。あと、他所のおうちで何か壊したりしなくて一安心だ。 いずれにしても、このままではまた誰に見付かってしまうと、柚乃はとことこ歩き出した。散々追いかけられて、先ほどようやく悟ったのだ。 「大丈夫、堂々としていれば、案外分からないものです」 特に土地の女性のように頭から布を被って、いかにもどこかに買い物に行くところですみたいな様子で歩いていれば、街の皆さんに開拓者だとは気付かれない。 ただし、柚乃は今の自分がいる場所が街のどこなのか、全然わかっていなかった。 自分の居場所が街のどこだか不明、しかも妹とも合流できず。義父も心配だが、自分より要領が良い人だから、そのうちどこからかひょっこり現われるような気がしていた。 「でも‥‥ルースちゃんを見付けていてくれる気はしないんですよね。どうしてかしら」 シンディアがほっと溜息を吐いた頃、その義父は追いかけっこの真っ最中で、相手は子供ではなくなっていたのだが‥‥彼女もそこまでは分からない。 耳を澄ますと、色々悲鳴や歓声やなんだか分からない声が聞こえてくるのだが、もうそれが当たり前になってきたので注意をひかないのだ。 「うーん、大きな声で探せたら、一番楽なんだけど」 あっちからは『兄貴ー』、こっちからは『素敵〜』と聞こえてくる中、シンディアもとことこと歩き始めた。とりあえず誰かと合流したら、きっといい知恵も出るに違いない。 実際に合流出来た時には、そんな考えはきれいさっぱりと忘れていたのだが、それはまたその時のことだ。 でも流石に、この声にはびっくりした。 「ぶっ殺してやるーっ!」 叫ばれているのは羅喉丸だった。数人いる相手は街の住人としか見えないが、服の特徴が昨日とっ捕まえたごろつき達と同じだ。そこまでを瞬時に判断した彼は、思わずニヤリと悪党っぽい笑いを漏らしてしまった。 「もしや、昨日の残党か?」 「残党じゃねえ、今は俺らが一味を背負ってるんだぜ!」 当人達の認識がどうでも、ごろつきの仲間だと分かれば羅喉丸には十分だ。 追いかけられて、追いかけられて、でも攻撃してはいけないどころか怪我も厳禁の状況を何時間も続けていたところに、ごろつき。こいつらなら、のしても誰にも文句は言われない。 ようやく、天が自分に微笑んだ。そんな気分だ。 と言うわけで、あっさりとやってしまったごろつきを適当な布や紐で縛り上げていたら。 「いやーーーーーーーーっ!!!!」 絹を裂くなんてものではなく、喉が裂けんばかりの悲鳴が届いたのだった。声の主は、若い女性らしい。 悲鳴となれば、心ある開拓者はその主が誰であっても駆けつける。もちろん羅喉丸も例外ではない。ごろつきが逃げたらいけないので、かっちり意識を飛ばしてから走り出した。 この頃、追いすがる舎弟志願をおねんねさせた皇は、意味不明の言を口走って目の色を変えて走り出したラシュディアをせっせと追いかけていた。悲鳴がした方向を目指しているは分かるが、街の人のように錯乱している理由が分からない。 もしもこの時のラシュディアが焦る理由が分かっていたら、皇も全速力で走ったろう。外見からは全くそう見えなくとも、彼も一女の父親である。 挙句に続いて、 「いけませーん!」 「きゃー、たいへーんっ」 こちらは開拓者のよく知る、というか一緒に依頼を受けた仲間または義理の娘の切羽詰まった声までして、悲鳴の場所に駆けつけた開拓者達は、 「え、あれ、俺、悪いことした?」 「うふふ〜、ちょっとお嬢さん達には刺激が強かったわよねぇ」 あちこちで追いかけられて、あわあわしながら逃げ回り、重力の爆音を使おうとしてやっぱり怪我させたら大変と我慢して、必死に走り回っていたルースが、顔を真っ赤にしてひっくり返りそうになっていた。先に駆けつけたらしいシンディアが慌てて支えているが、彼女も視線が泳ぎまくっている。 その近くでは、駆けつけたのに転んでしまったのか、柚乃が床に抱き付いていた。顔をあげないで『いけません』と繰り返しているが、羅喉丸や皇が駆け付けたのに気付いて、視線をあっちに向けてよろよろ立ち上がった。 「貴様っ、うちの娘達になんてことをっ!」 「違う、いくら俺でも子供には手は出さないって、やめてくれよっ」 ラシュディアにげしげし足蹴にされているのは、服がたいそうだらしなくはだけたジャミールだった。人気がないとはいえ、昼間の公共だろう屋上街路の一角、連れの女性も悪びれず似たような姿で、そこに踏み込んだルースが思わず日頃出さない大音量の悲鳴を上げてしまったのだ。シンディアは、まあ妹よりは幾らか落ち着いているが、目のやり場に困っているらしい。、 同様に困り果てていた柚乃は羅喉丸の背後に隠れ、ルースとシンディアもそれに倣っている。何故ラシュディアに行かないかと言えば、それはもう。 「目の毒だーっ!」 ジャミールのお仕置きに忙しいからだ。 ちなみに連れの女性は、皇にしなだれかかって、あっさりとたしなめられている。 と。 「見付けたーっ!」 さて、その声は誰に対してだったか。 その場の一同が、ジャミールの連れの女性も含めて一目散に逃げ出したのは、言うまでもない。 ちなみに、唯一合流しなかった和奏は、 「何事でしょうねぇ。まあ、楽しそうな声だから、危ないことではないですよ」 よく考えたら、逃げないでお話しても問題ないのではと思い至り、子供達数人にしがみつかれ、女性陣に秋波を送られ、男性陣からせっせと見合いを勧められながらも‥‥ 「あ、このお茶は美味しいです」 全てさらりと受け流して、お茶の時間を楽しんでいた。 時々悲鳴と歓声が上がる事態は、この日の夕方まで続いていたらしい。 |