裏開拓者ギルド〜狩りの時間
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/28 11:20



■オープニング本文

『よう、開拓者でもふな。この世の修羅場、開拓者ギルドにようこそでもふ。ここのギルドで依頼を受けるのは初めてもふ? ふふふ、大丈夫もふ。最初は苦行でも、それが快感に変わり、いつの間にか依頼なしではいられなくなるもふ‥‥そうなる頃には、一人前の開拓者の完成もふよ』
 そこでは、一頭のもふらさまが、含み笑いつきで出迎えてくれていた。そもそも顔の造りが笑っているようだとは、言ってはならない。

 場所はジョレゾの一角。入口には『うら・かいたくしゃぎるど』と頑張って飾り文字書きに挑戦したら形が崩れたような字で書かれた看板が掛けられた、どう見ても倉庫っぽい建物だ。
 確かに、位置は開拓者ギルドの正しく裏。
 覗いてみれば、中には一応カウンターらしきものがあり、そこには見慣れた受付の姿は‥‥なかった。
『いよう、開拓者がや。覗いとりゃせんで、ずずぅっと中にへえれや。ちょんど、依頼が入っただよ』
 いや、それっぽいものはいる。
 どこの訛りかも分からぬ謎言語を操る、土偶ゴーレムがカウンターの向こうには立っていた。
 依頼書らしきものを手にしているが、書かれているのは明らかに人語ではない。

 と、土偶ゴーレムの背後から、ゆらりと立ち上がった影がある。
 古びたクッションに横たわっていた、真っ黒艶やかな毛皮をまとったそれは、長い二本の尻尾を持っていて、どこからどう見ても立派な黒猫又だ。
『ギルドマスターのお成りもふ』
『やいやい、マスター直々のご説明だじぇ。よんぐ聞げ』
 裏開拓者ギルドのギルドマスター様は、真っ赤な口を開いて仰った。
『お前達、ネズミ捕りに行くよ』
 ネズミって、あのちゅーちゅー鳴くネズミ? なんで猫又にネズミ捕りに誘われなきゃならないの?
 それこそ、猫又さんが自分で行ったらいいのではと言おうとしたら。

「こらっ、おまえ達はまた勝手に抜け出して!」
 本物の開拓者ギルドで見たことがあるような人が、怒鳴り込んできたのだった。
 どうやらもふらさまと土偶ゴーレムは、ギルドの宿舎から抜け出して来ていたらしい。
『空き家を壊したら、周りの家にネズミが大発生したんで、討伐依頼が来たんだよ。さっ、ついておいで』
 裏の開拓者ギルドマスター様は、そう言い残して、窓から華麗な逃亡を遂げた。
 もふらさまと土偶ゴーレムは、入口で押し合いへし合いしているうちに捕まっている。


 そういえば、本物の開拓者ギルドの近くで、ネズミが出たとか捕まえろって叫んでいる人達がいたけど‥‥
 もしかして、あの人達のお手伝いですか?



■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
徒紫野 獅琅(ic0392
14歳・男・志
文殊四郎 幻朔(ic0455
26歳・女・泰


■リプレイ本文

 気がいいのか、うっかりさんなのか。
 猫又にネズミ退治を依頼したら、手伝いだと言って開拓者をたくさん連れて来たので、被害に苦しむ地域の人達は相当驚いたようだ。
『いいのよ、お金出さなくても。気になるなら、昼飯でも出してやれば』
「あら、お昼が付くの? いいわねぇ」
 困惑気味の住人達は、文殊四郎 幻朔(ic0455)が昼食付に喜んでいるのでもっと迷ったらしい。
「‥‥‥」
 しかし、強面が過ぎる上に、駿龍・黒兎を連れてきた皇・月瑠(ia0567)には尋ねるのも気が引けた様子。
 その横も鷲獅鳥・漣李を従えているのだが、人畜無害が服を着ているようなおっとりした外見の和奏(ia8807)だったので、どうしたものでしょうかと訊いてきた。
 しかし。
「えぇ、まずはネズミの被害が出ている区画の地図があれば見せてください。あと、ネズミ取りの道具もお借り出来ますか?」
 返答は、斜めの方向にずれている。
 そこに加えて、道具を借りると聞き付けて会話に入ってきたのは徒紫野 獅琅(ic0392)。
「ネズミって、瓶の内側に油を塗ったのに追い込むといいんだろ? そういうのに使ってもいいのを出してもらえると、早く進むけど」
 どう? と首を傾げられても、返す言葉がないとはこのこと。
 誰も謝礼の話をしないからと言って、そのままにしていいものかと善良な人達がすがったのが、ラヴィ(ia9738)だった。こちらは連れているのも忍犬のシリウスで、いかにも温和な顔立ちで話しかけやすい。
 あともう二人いるけれど、なんとなく近付きがたいと思われているのは、幻朔と獅琅のからくり、黒狼と儚絲だ。前者は反抗期を噂され、後者は獅琅ですら外見性別も把握していないややこしい性質では、まあ敬遠されもしよう。
「普通は、やっぱり結構かかるよね?」
「でも今回はギルドも通していませんし、困った時はお互い様ですもの。ラヴィの分は気になさらないでくださいませ」
 この素晴らしい申し出に、聞いた側は他の人はどうかと振り返ったが、既に和奏と幻朔と獅琅はネズミ取り大作戦の立案中。皇は相手の尋ねたいことに気付いたようで、首を横に振っている。
 これがまた、『自分もいらない』か『自分の意見は違う』が分からないのだが、尋ね返す剛の者はおらず。
 じゃあまずは食事を用意して、後は改めてと依頼人側の意見が流れたところで、元気な声が届いた。
「見てきたぜー。ありゃあ、狩りの時間だーひーはー、だ!」
『何がひーはーですか、まったくだからボンは坊やだと言うんですよ』
 器用に仙猫を肩車して走ってきたルオウ(ia2445)が、元気に自己紹介を行った。先に問題のゴミ御殿に出向いて、様子を見てきたのだが‥‥
『あんなになるまで放置するなんて、一体何をしていたんですか』
『何度もネズミ捕ってやるって言ったのに、あそこの爺は水掛けてきたんだよ!』
 ネズミの天下と化していて、近隣の猫も齧られるのが嫌で近付かない現状に、仙猫の雪が吹雪に辛辣な言葉を投げるが、吹雪とて営業活動はしたのだと負けていない。
 その間に。
「え、昼飯用意してくれるの? それは助かるなぁ。あ、雪にも魚くれる?」
 ルオウも昼食付きの条件に、にぱっと笑顔を見せている。

 ネズミ用の罠は、幾つか種類がある。
 簡単なところで、皇が大量に買い込んでくれたトリモチを板にくっつけて、ネズミを絡め取るもの。これをネズミが通りそうなところに片端から置いて、掛かるのを待つ。
 もう一つは、せっせと徒紫野が作っている、壺や瓶の内側に油を塗っておくもの。こちらは餌を入れておき、ネズミの通路に斜めに仕掛ける。落ちたら這い上がれないだろうが、何匹も落ちると仲間を踏み台にする奴が出るかもしれない。
 後は、住人達が使っていた金網型のネズミ取り器。一度入ると抜け出られない作りだが、ネズミはすっかりこれを覚えたようで、最近はほとんど引っかからない。
「そうですか。ネズミも案外賢いと言うか‥‥この場合は、小賢しいですね」
 道具を借りるついでに、いかにネズミに困らされているかの愚痴大会に引きずり込まれた和奏は、老若男女の苦労話に延々と付き合っている。相手方がどんどん入れ替わって、似たような話をずーっと聞かされているのだが、全然平気。というか、その度に心の底から同情している。
 おかげで、罠を用意し、仕掛ける人手は一人足りなくなっているのだが‥‥
「獅琅くんも、お話聞いてくる?」
「いや‥‥無理です、勘弁してください」
 ものすごい勢いで語る人々を横目に、幻朔にからかわれた徒紫野の腰は引け気味だ。あれに巻き込まれるよりは、黙々と仕事をしたいと言うところだろう。
 ついでに、知り合いの幻朔のちょっかいからも逃げたいようだが、こちらはまるで果たせていない。傍らではからくりの儚絲が無表情に、黒狼は呆れた顔で、二人の様子を見守っていた。どちらも手に罠と捕えたネズミを入れる籠を持たされているが、今のところやる気は窺えない。
『こんなちまちました道具を、どうするんだ?』
 獲物ならスパッと斬りたいと口にした黒狼に、罠に仕掛ける食べ物を配っていたラヴィが少しだけ渋い表情になった。ラヴィはネズミも出来れば殺したくない思考の持ち主なのだが、幻朔と黒狼は被害があるものは根本から断つべしで、方針が違うのだ。
 この点については、裏ギルドマスターの吹雪が生死問わず捨ててこいと叫んだので、早々に片が付いた。殺すのが嫌なら、せっせと捕まえなくてはいけない。
「罠は仕掛けたら、目印にこの棒を横に立ててくださいね。あと、こちらのハッカ水を噴霧して、罠に追い込めるようでしたら、ぜひそのように」
 よって、ラヴィは罠の仕掛け方と、ネズミの活動域を効果的に減らしていく方法とを、的確かつ丁寧に黒狼と儚絲に教えていた。ばっさりやられて血が飛ぶと、また他のものが集まるかもしれないので、とにかく罠で捕えるようにと口を酸っぱくしている。
 そんなラヴィ達の横では、からくり達とは別行動、どちらがより多くネズミを捕えるか勝負だと決めた幻朔が、徒紫野と一緒に箒とちり取りを振り回していた。ネズミを見付けたら、箒で叩いて投げ飛ばし、気絶したのをちり取りで受け止めて捕まえる計画のようだ。
「それ面白そうだから、俺も挑戦‥‥駄目かぁ」
『ボンは、準備の手を抜かない』
 賑やかな様子に心惹かれていたルオウは、ぷりぷりした雪に厳しいことを言われている。雪にしたら、ネズミを捕えるための戦力として近所の猫達に協力を願ってやっているのに、ルオウに遊ばれたのではたまらない。
 相棒に怒られたルオウは、ネズミ取り用の網の準備に戻った。彼はラヴィの方針に賛同した側で、ネズミは根こそぎ捕まえるべく手を動かしていた。今のところ、用意したのは大型の網と先端にトリモチが付いた棒を数本だ。
 大体の作戦は、幻朔、徒紫野達の発見したらその場で捕獲か処分を目指す班と、ラヴィとルオウのあちこちから追い込んで罠で捕える班に大別される。
 ちなみに黙々とトリモチ罠の作成をしている皇は、木酢液を持参しており、罠との併用で人家からネズミの生息箇所をなくすことを、最初の目的にしていた。この一帯のネズミを捕えた後に、また他所から入り込まれないように住みにくい状態を作るのだ。もちろん、その過程でネズミを住処から追い出すことになる。
 そのために、ゴミ御殿からも離れた道の隅で退屈そうに座り込んでいる黒兎がどう役に立つのかは余人にはまだ分からないが、大量のトリモチ罠が出来上がったところで、一同はネズミとの戦いに動き始めた。
「吹雪さんは、大変ネズミ捕りがお上手だそうですね。猫さんがネズミを捕るところは、まだ見たことがないのですよ」
 ようやくと言うべきか、大量の金網罠を借りて、器用に担いだ和奏も加わって、こちらは吹雪のネズミ捕り姿の見物を楽しみにしているようだ。
 彼の頭上で、漣李が威嚇としか思えない不機嫌な声を上げているのだが‥‥放置された相棒達の不満は、和奏にも皇にも伝わっていないようである。

 儚絲は、多少困っていたかもしれない。からくりの中でも表情の変化に乏しい上に、自分の意思表現をまるでしない性質なので、他人がその気分を察するのはたいそう難しいのだが‥‥
『よそ見してると、しくじるぞ。獅琅さんなら、多分平気だろ』
 からくり同士で頑張って来い。ついでに捕えた数を競争だ。と、幻朔の一方的な宣言により、一緒に組む羽目になった黒狼は、儚絲の視線をちゃんと読み取って話し掛けてくる。幻朔の前では気乗りしない様子でいたが、今は割と真面目に罠を仕掛け続けていた。彼らが巡っているのは、ゴミ御殿から少し離れた、飲食店が軒を並べる区画の路地だ。
 確かに幻朔に引っ張られながらだが、徒紫野もやる気を見せつつ歩いて行ったし、そもそも儚絲が主人のことを気にしているのか、当の徒紫野も良く掴めていない。仲が悪いわけではないが、なんとなくよそよそしい関係ながらも、信用はされているようだ。
 そして、儚絲の方も徒紫野の心配はそれほどしていないらしい。先程悲鳴のような声が上がったのに、ある意味儚絲も黒狼も薄情だが‥‥続いたのが、幻朔の笑い声。離れて歩いていようと、それなら『あ、またからかわれているに違いない』とあっさり納得する程度には、自分達の主人のことを理解しているのだった。
 この時、徒紫野はネズミを追って走る最中に障害物をよけきれず、幻朔の胸に後頭部から突っ込んだ後、怪我はないかと頭をぐりぐり撫でられて悲鳴を上げていたのだけれど、もちろんそんなことは誰にも言えない。
 この二組の間では、今のところは地道なからくり達の方が、幾らか捕まえたネズミの数が多いようである。

 一緒に働くのが、多分見習い中の忍犬シリウス。相棒と言うか、面倒を見てあげている気分ばかりが募るルオウは、『狩りだ狩りだー』と浮かれている。
 かたや、集まった猫達は今までの恨みを晴らすべき時が来たと目を爛々と輝かせ、吹雪は当の昔に狩りに出た。
『これで目論見通りに運ぶとは‥‥』
 ラヴィの手前、雪もはっきりとは言わないようにしたけれど、先行きには雲がかかっているとしか思えない。ルオウの身のこなしならネズミにまかれる心配はないが、何しろ相手は小さい。追いかけきれない隙間などをお任せしたい猫達は興奮しているから、今一つ頼りになりそうにないし、ネズミを捕えたら他のことは忘れてしまいそうだ。
 これで罠に追い込むのは難しいわよと、責任者でもないのに頭を悩ませていた雪は、予想外の光景にちょっと気分を持ち直した。
『ここ、ここ!』
 多分そんな風に言いたいのだろう、シリウスが前足でとんとんと地面を叩き、ラヴィに何かを示している。場所からして、ネズミの匂いを辿って、通り道を教えている様子だ。匂いが強いところに罠を仕掛けてもらえば、それだけ引っかかる確率も上がるというもの。
『ただねえ、隠れられると手が出しにくいのよ』
 これだけ人や自分達が走り回れば、ネズミも警戒して出てこない。雪はこの状況を打破する作戦を考えさせようと首を巡らせて、ルオウがシリウスの咆え声に飛び出したらしい仔ネズミをトリモチ棒で、家と家具の隙間からひょいとすくいあげたのを目撃した。
『ボンには向かないわ』
 適材適所だと、仙猫は溜息を吐いている。

 道端にうずくまり、あからさまに退屈している黒兎と漣李に、ご近所の皆さんは簡単に近づいてはいけないものを感じている様子だった。特に、羽毛を膨らませている漣李には、珍しいもの好きの子供達も寄ってこない。
『つまんない、旦那、何してんのかしら』
『なんでネズミなんか捕らねばならないのだっ』
 体格的な問題から、ネズミを直接追い回すには向かない漣李と黒兎は放置状態が一時間をとっくに突破して二時間まで後ちょっと。それはもう退屈するしかないが、皇と和奏は全く相棒のことを気にしていなかった。
 なにしろ、彼らは今忙しい。何にと言って、ネズミ被害が大きい家の補修作業にだ。
 ネズミを追い出すには、捕まえるのはもちろん、入ってくる隙間もなくすことだとばかりに、この二人は各家の中にある隙間を片端から調べ回っていた。更に和奏の心眼でネズミの反応を探し、近くに罠を仕掛けた上で燻りだす作戦に出ている。
 これには、ネズミも慌てて飛び出して、普段なら避けたかもしれないトリモチや金網かごに飛び込んでしまう。すると、二人はネズミが通った場所を手際よく補修してしまうのだ。どちらも職人かと思うほど、器用に漆喰塗りも木材接ぎもこなしている。
 おかげで放置され続ける黒兎と漣李は、グルグルと喉を鳴らして、その声で周囲の家のネズミが飛び出す原因を作っていたが‥‥住人達からは余計に遠巻きにされていた。

 そんなこんなで、初日は七十匹くらいのネズミが捕まった。誰に捕まったかで末路も分かれるが、相当の成果であろう。生き残りは、その日のうちに遠方に追放されている。
 しかし。
「残りは、多分あの中か‥‥ラヴィ達の手の届かないところに隠れてしまったようですの」
 箒でネズミをちり取りに叩き込むが転じて、直接袋に入るかどうかと楽しんでいた幻朔と付き合わされた徒紫野、もっと地道に罠を活用した黒狼と儚絲はもちろん、ネズミ道を探して走り回ったラヴィとシリウス、猫達を勢子に追い込みを図ったルオウと雪により、結構な数のネズミがトリモチに絡められるか、気絶して袋に押し込まれた。
 よって、依頼地域でのネズミの残りは半分以下、周辺のネズミもそこそこ捕まったと見える。
 ここまでは喜ばしいが、残ったネズミはそうした攻撃や追跡を振り切った連中で、心眼でだいたいの居場所は分かるが、手の届かない場所に隠れて動かない知恵の回る連中ばかり。しかもその大半が、解体途中で発生したネズミ騒ぎで放置されたゴミ御殿の残骸の下。おびき出すのも、追い出しを図るのも大変そうだと、皆が頭を悩ませていると。
「天災が起きれば、動物も正常な判断が出来なくなるものだ」
 突然、皇が口を開いた。振り返ったのは、やっと出番が来たようだとそわそわしている黒兎と、事情は飲み込んでいないが誘われたことは理解した漣李。
「あ、わかった。それなら俺も加勢するぜ」
 ルオウも力の使いどころがあると乗り気だ。
 要するに、駿龍と鷲獅鳥が隠れ家近くで足踏みでもすれば、振動に驚いたネズミはきっと飛び出してくる。その位の勢いで追い出しを掛けて、罠に追い込むなり、ほうきで叩くなり、かぷっといくなりすれば、一網打尽が狙えるだろうというわけだ。ルオウは、ゴミ御殿の残骸の山でなら一緒に暴れても大丈夫かなと考えたのだろう。
 流石に小さなネズミを一日追いかけまわした翌日で、派手に体が動かしたいのはルオウばかりではないのだが、そこまでのことをするとなれば問題が一つ。
「追い出したのを取りこぼしは出来ないわよね。罠の位置、変えてからじゃないと」
「幻朔さんの言う通りだ。俺、今から回ってきますよ」
 先にネズミの位置の特定や、罠の設置個所の検討をしてからとの幻朔の指摘に、徒紫野が儚絲と黒狼を連れて走り去った。その後を、ルオウがトリモチ罠を持って追いかける。
「あの、しばらく揺れますけれど、龍さん達のやることですから。ネズミさんが入らないように、戸口はしめておいてくださいね」
 この間にラヴィと幻朔が近所を回って、作戦変更と注意事項を知らせて回り、ゴミ御殿の周りの塀の穴を皇が塞いでいく。
 建物跡の周囲を囲むように、各種罠を設置し直して、それ以外のネズミの住処も同様に。そこまでしてから、ようやく出番と相成った漣李と黒兎は手加減などしなかった。
「漣李さんの狩りの腕も見せてくれていいんですよ」
 和奏に楽しみにしていると言われたからか、特に漣李が張り切って、途中からはルオウを押しのける勢いで残骸を掘り返し始めた。黒兎は鳴き声付き。
 そこから先の騒ぎは、しばらくして警邏の役人がすっ飛んできた程で。挙句に目撃したのが、足踏みする龍に爪でネズミをぷすっとやっている鷲獅鳥、狂騒している多数のネズミに追い掛け回す猫の群れと開拓者が複数で、さぞかし驚いたことだろう。間が悪いことに、邪魔者と思われてシリウスに唸られたし。
『邪魔するな!』
 ネズミ相手に猫又の技まで駆使している吹雪に怒鳴られ、しばらく固まってしまった役人には悪いが、開拓者達も予想以上の速度で四方八方に走り出したネズミを追いかけるのは並大抵の苦労ではない。大半が罠にかかっても、その仲間の上を走ってくる連中がいるのだ。
「おっとぉ、獅琅くん、怪我ない? 鼻血平気?」
「平気ですよっ、幻朔さんはもう!」
 雪とシリウスにからくりの二体はともかく、他の相棒や吹雪は迷わず『ぷすっ』か『がぶっ』とやらかすので、ラヴィが顔を真っ赤にしてトリモチ棒を数本握って走り回っている。多分彼女には珍しく、周囲の確認も怠りがちだった。慌てないと、ネズミは捕獲より処理の方が増えてしまうのだから。
 おかげで、その突進を避けた幻朔がたたらを踏んで、これまた本日はトリモチ棒でネズミを追いかけていた徒紫野にぶつかった。昨日とは逆の展開なのだが、どういうわけか幻朔の胸に徒紫野が突っ込む展開は変わらない。それをすかさずからかう幻朔は、ネズミを素手で捕えつつも、まだ余裕があるようだ。
「ぷすっとやるのは、お子さんの目があるところでは出来ませんね」
 一応武器も持ってはいるが、狩りの本能の持ち合わせがない和奏は網を振るって、ネズミを捕えては木箱に詰めている。皇は、ほうきで走るネズミをトリモチ罠の上に掃き出していた。
 散々ゴミ御殿の残骸を叩き回って後、かえって逃げるネズミが近くに居なくなってしまったルオウは、罠にかかったネズミを集めている。咆哮で逃げるネズミの足を止めようとも考えていたが、街中で大音声を上げるのはどうかと雪と吹雪に指摘されたので、地味な仕事に精を出している。
「ほらほら暴れんなよ〜。ここで捕まって、森に転居した方がお得だからな」
 せっせとネズミを集めながら言い聞かせているルオウから離れた大量の罠の外側では、ようやく見える範囲のネズミを捕え尽くした黒狼と儚絲が、興奮してトリモチ罠に突っ込んだ近隣猫達の救出に当たっていた。
 なだめるのは、雪の仕事だが‥‥見るからに大変そうだ。
「絶対あげませんからっ」
 そして、誰よりも多数のネズミをトリモチ棒に引っ付けたラヴィは、吹雪の物欲しげな目にそう断言している。
 トリモチ罠からネズミを取る間も、油断はしない方がよいだろう。

 一匹も余さず、とは言い切れないまでも、大量発生していたネズミがいなくなった後、開拓者一同は飲食店でご馳走攻めにあっていた。
 どこの家も、ネズミに齧られた壁や柱の補修がまだまだ残っているのだが、屋根裏を走り回る足音がしなくなり、食料貯蔵庫で姿を見なくなれば、ほっとする。そうした感謝の気持ちと言うわけで、依頼人の飲食店全部からの供応だ。
 後は吹雪からの謝礼だが、雪やシリウスで肉球に困らないルオウやラヴィはぷにぷにしたいと思わない。皇は何も言わないから、多分それほど興味がないのだろう。
 徒紫野は結構気になっていたようなのだが。
「さあ、約束通りにもふらせてもらうわ!」
 先んじて吹雪に掴みかかった幻朔の勢いに、近付けないでいる。邪魔したら、物理的な話し合いで譲れと要求されそうだ。
 幸いなことに、吹雪もやられっぱなしではない。猫パンチ乱打で応戦中。
「あ〜、猫さんは構われるのもお好きですよね」
 猫又さんも同じなんですねと、和奏だけはにこにことそんな一人と一匹を見守っている。
 他の者は、とても『にこにこ』にはなれないのだけれど。