相棒が鉄くず寸前
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/12 23:53



■オープニング本文

 ジルベリア帝国の帝都ジェレゾのある朝。
 帝国の根幹をなす柱の一つ、機械ギルドの工房が立ち並ぶ一角は、いつもと変わらぬ光景でいた。

「あー、二日酔いで調子悪い」
「帰れっ、二度と来んなっ!」
「そうだそうだ、あのアーマーの改造は俺がやってやらぁ」
「お前らに任せられるもんかーっ!」

 機械馬鹿達が、賑やかに集うのがいつもの光景。
 今日も今日とて、そうやって変わり映えのしない一日が始まるはずだった。
 けれど。

「飛空船、だな」
「軍船? うーん、軍の輸送船の方ね」
「あぁ、開拓者まで募ってアヤカシ退治に行った船だな。戻ってきたんだ」
「‥‥こりゃあ、やばいや」

 一隻の飛空船が、機械ギルド所有の港に影を落とした時から、様相が一変した。
 船が着陸した時には、周辺の者が皆集まったかと思うような人が、港の際を取り巻いている。
 彼らはアーマーやグライダーを運び出すための荷台に、人を運ぶための担架も用意して、船が降りると同時に勝手に昇降段を引っ掛けて甲板に上がってきた。
 そこにいたのは、彼らが予想した通りの、

「こりゃまた‥‥派手に壊れてるな。よしよし、修理は任せとけ」
「ひゃー、医者も呼んであるから、早く診てもらいなさいよ」
「駄目だ」
「は? 修理が駄目って、金の心配か? そんなの、後で相談に乗ってやるから。こんな壊れた機体見たら、俺達も黙ってらんねえよ」
「違う、自分だけ先に手当てなんて受けられない」
「そうよ、修理するなら、自分でもやらせてちょうだい」

 半壊どころか、鉄くず寸前のアーマーやグライダー。
 そして、医者に行くのが先のはずだが、大事な相棒の修理をただ他人に委ねてはいけないとごねる怪我人達。
 となれば、アーマー技術者達の返事は決まっている。

「じゃ、必死に働け。こいつらが直るまで」



■参加者一覧
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 時折、耳にすることがある。
 飛行可能な騎獣が傷付いて墜ちる時、どういうわけか乗り手だけは戻ってくるという。
 騎獣が墜ちるのだから、乗り手だって大抵は満身創痍。けして無事ではないが、騎獣が儀と儀の間に無情に広がる空に消えても、乗り手だけは救っていくと噂になる。
 もちろん、実際は諸共に消えた者の方が多かろう。そういつでも、乗り手だけを置いていける船や浮島があるわけはない。
 加えて、命助かった乗り手が元に戻るかと言えば、それは大抵が身体だけのことらしい。我が身を投げ打って自分を助けてくれた存在があれば、心にはなにがしかの跡が残って不思議はない。
 そんなことが突然記憶に蘇ったのは、どういうわけだろうかと津田とも(ic0154)は首を傾げようとして‥‥
「痛たたたっ、よしよし、首は無事だな」
 右肩から背中にかけて走る激痛に骨折を疑いつつ、とりあえず命はあると空元気を絞り出した。
 どうやら自分は地面に転がっているようだ。左腕を抱えた銃を目の前に持ち上げてみれば、銃身が中程で真っ二つに折れていた。これだって安くはないのだけれどと、受け取る依頼料と装備の値段を思い返し、赤字確定と溜息を吐く。
 焦げ臭い臭いに気付いたのは、ようやくその時だ。
「そうだ、は号は?」
 自分は九七式滑空機[は号]で飛行中だったはず、と、痛みも忘れて跳ね起きたともの視線の先で、銃の弾丸や火薬の予備を括ってあった[は号]の機体を火が舐めている。その機体とて、幾つもに分断されて転がっている状態だ。
 更にその向こう側には、他の仲間とその機体が自分達と似たような姿で点々と倒れ伏しているのだが、ともの視界に入ったのは相棒の姿だけ。
「水筒‥‥で足りるもんかっ」
 すでに水筒などどこかに落としていたが、そんなことは理解の外だ。誰かが何か声を掛けてきた気もするが、それとても後のことと切り捨てた。
 グライダーを知らない者が見たら、どこがどう繋がるのかまず分からないだろう。羽根も胴体もバラバラで、機関部も真っ二つ。宝珠も幾つか割れていそうな鉄くずの山とも見える相棒でも、燃えることなど我慢出来ない。
「‥‥‥‥っ!!!」
 火薬が服の中に入らないようにと着けていた革製の前掛けが、じゅうじゅうと音を立てて燃え焦げていく。冷静でいれば、ともも自ら覆い被さって火を消そうなど考えなかったろうが、燃えていく相棒の姿は理性など簡単に吹き飛ばすものらしい。
 それでも。
「部品は総取っ替えかもしれないが、これが無事なら立派な四代目を組んでやるから」
 炎の向こう側に、割れずに落ちていた宝珠を見付けて掴み取ったともは、そこから先の記憶がどうもはっきりしない。

 誰が用意してくれたものだか、大きな氷が浮いた水桶の中からずり落ちかけたともの手を、握って離さない宝珠ごと桶の中に戻したからす(ia6525)は、貰った包帯で腕を桶に結び付け始めた。
 その間も、口の方は滑らかに動いている。当人の両足が添え木で固定され、移動もままならないのとは対照的だ。
「もちろん私も止めたかった。だがこの足では、駆けつける訳にもいかなくてな。まあ、次があれば、今度は抱き付いて止めるから、皆は整備に集中してくれてよいよ」
「怪我人は休んでろ」
「うん、だから無理はしないしさせないよ。ああまでなってしまうと、もう技師の領分だ」
 いっそ一から新しい部品で組み上げる方が、よほど簡単に作業が進むだろう壊れ方のアーマー鳥籠に、見た目の年齢にそぐわない落ち着きと深みがある視線を向けて、からすはよろしく頼むと技師達に頭を下げた。
 鳥籠の壊れ具合から見て、技師達も今回の戦いが激戦だったのは問わずとも承知している。その分、からすの怪我がほとんど足だけで済んでいるのが意外でならなかった。愛機にしがみついて離れず、そのままに工房まで担ぎ込まれて、今は薬で眠っているともと同様か、それ以上の負傷でいてもおかしくはないのだ。
「駆鎧はものは言わぬが騎士だ。前の主人も騎士で、少なくない戦果を挙げたがそこで死んだと聞いている。守りたいものが守れず、自分をも憎んでの戦いの果てだったようだ」
 からすが指した『そこ』は搭乗席だ。大破した機体の中で、今回は唯一原形を留めている部分。それでも下部がひしゃげていて、からすの両足はその衝撃でやられてしまった。
「私は死にたいと思わないから、急所は避けたよ」
「当たり前だ。そのためのアーマーじゃねえか。こっちは元通り直せばいいんだからな」
 否、それ以上に丈夫にしてやる。技師達は色々な表情で、しかしその言葉だけは真剣な顔付きで言い置き、頷いてから、まずはごく少ししかない無事な部品の選り分けを始めた。
 からすも汚れた部品を洗うくらいはしたかったが、それより先に、
「ははっ、これはこれは。顔まで濡れ羽色でなくてもよかったな」
 みっともないと指摘された顔を濡らした手拭いでこすってみて、思わず苦笑した。

 大事にしていたアーマーが半壊と全壊の中間。それは自分一人のことではなく、仲間達も大差ない。
 しかし。
「あんなことしなきゃよかった‥‥」
 最初の作戦通り、最も体格が良い巨大なアヤカシの足止めを続け、目的を達成したはずのアーシャ・エルダー(ib0054)は、暗く深く猛省中だった。
 彼女の反省も、故なきことではない。相手が人型で、何故だか妙に筋肉を自慢したそうな仕草をするからといって、アーマーで似た行動を取って張り合う必要性などなかったのだ。普通に戦っていれば、アーマーの関節の限界を超えた姿勢が原因でゴリアテの装甲が外れて、アヤカシの攻撃を機体中枢に喰らうことなどなかったはずなのだから。
「あんなバカなことするんじゃなかった〜、こんなの恥ずかしくて、誰にも言えないよぅ」
 猛省中のアーシャは気付いていないが、彼女の思考は独り言の形でだだ漏れていた。ところどころ声が小さくなるが、要はアヤカシと無駄な意地の張り合いを繰り広げて、ゴリアテが四肢ばらばらの憂き目にあったのだ。
 もちろんアーシャ当人も、あちこちに応急処置で巻かれた包帯に血が滲み、左肩がガクンと不自然に落ちている。当然左腕は上半身にぎゅうと結ばれて、脱臼を治せる誰かが来るまで安静第一のはずだ。他の開拓者同様、工房側は近くの診療所に放り込みたいのだが、抵抗して暴れそうな第二位ゆえに、工房の片隅に放置されていた。
 下手に突くと、
「私も何か、手伝えること‥‥」
「怪我人はおとなしくしてるのが手伝いだってば! また傷が開きそうじゃないのっ」
 よろよろ立ち上がって、力仕事をしようとするので油断出来ない。いっそとものように気絶していてくれるといいのだが、脱臼以外は切り傷がほとんどのアーシャは、目ばかりがきらきらしている。
「じゃあじゃあ、今度は装甲をブッ飛ばさずに済む方法を考えれば」
 それ以前にうっかりアヤカシと張り合う真似を慎めば、自分もアーマーも安全ではなかろうかと技師達は思うのだが、彼女が最も手ごわい敵相手に、作戦の目的を達成したことを他の開拓者達はよく知っている。
 だからと言って、彼女の考えに賛同するかはまた別物だが。

 絶対動くなと言われても、その通りになんて出来ない。
「子供じゃあるまいし、言われただけで理解しろ!」
「おとなしく待ってられっかーっ!」
「今回はお前も修理が必要なんだから、おとなしくしてろ」
 初めて見付けた時と同様、もしかするとそれ以上の破損具合で床に広げられているのは、ルオウ(ia2445)の空の相棒たるグライダー・シュバルツドンナーだった。出会いも戦場で、壊れて墜ちた機体をかき集め、担いで持ち込んだのもここの工房だ。あの時も無茶を言うと文句たらたら、でもルオウにも手伝わせて機体を修理してくれた技師達だが、今回は怪我人である彼の参加はお断りと明言された。
 言われたくらいで諦めきれず、なんとか難しい技術が要らないところで役に立ちたいと力仕事をしようとしたら、とうとう工房の柱の一つに括りつけられた。技師達にしたら、頭を打ってこぶになったとはいえ、足元がふらついているルオウに力仕事などさせられない。いっそ毛布と縄でぐるぐる巻きにして、医者が来るまで転がしておきたいところだ。ただし、彼をぐるぐる巻きに出来る強者などおらず、腰に紐を付けて柱に結ぶのがようやっと。
「その手の腫れが引いたら、なんか手伝わしてやる」
 こちらも氷入りの水桶が回ってきて、ルオウがしみじみと両手を眺めてみると、普段の三割増しに腫れ上がっていた。墜落した時に挟んだか、ぶつけたかしたのだろう。痛くはないが、この手で部品が掴めるかと言われれば、確かに怪しい。自分の手の動きが悪くて、修理に余計な時間が掛かるのも嫌だと観念して、ルオウは渋々胡坐をかいてしっかりと座り直した。
「あ、塗装は俺がやるから。絶対やるから、残しておいてくれよ!」
「だったら小奇麗になっておけ」
「あとそれと」
「だー、うるさい!」
「終わったら宴会しようぜ、俺、奢るからさ!」
 きっと今回も相棒を元通り以上にしてくれると、そんな期待を込めてのルオウの言葉に、そういう時はご馳走させてくださいと言えと技師達は自信たっぷりに返してきた。


 びりびり来る痺れが、愛機を駆る時の風を感じているのか、戦いの緊迫感か、違う何かか。どうにもはっきりしない頭で悩んでいたともは、それが消えて初めて、あちこちが痛んでいたのだと思い至った。
 思い返せば、いくら手を掛けた九七式滑空機[は号]とはいえ、旋回性能や稼働能力には限界がある。今回は儀の端での仕事で、陸地に墜ちただけでも幸運だった。運がなければ、そのまま空のずっと下まで落ちていったことだろう。
「待て、は号はどこだ!?」
 ようやく自分がどこだか分からない場所に寝かされていたと気付いて、ともが跳ね起きる。あちこちみしみし言ったが、特別痛いところはない。
 顔を巡らすと、横の椅子でからすが両足の添え木を外しているところだった。
「きみのグライダーなら、あちらで修理中だ。手が動くなら、これを洗っておけと言われている」
 足の調子を確かめるように立ち上がって足踏みしたからすは、煤と油に塗れた工具類を指し示した。
「これ、何に使うとこうなるの?」
「我々が攻撃に色々使ったのが、こびりついていたようだ。さて、どれから手を付けるかな」
 それなら煤は大半が自分だろうかと、既にそうした汚れが落とされた修理中の九七式滑空機[は号]を見やって、ともは工具の一つを取り上げた。愛機を直してもらうなら、道具も万全が良いに決まっている。普段の簡易修復程度でどうこうなる状態ではないから、呼ばれない限りは愛機と言えど修理に加わるのは無理だろう。
 そこまで考えて、いささか残念な気持ちで用意の海綿で工具をこすり出してから、ふと気付いた。
「他の人達は、入院でもしてるのか?」
 尋ねられたからすは、あちらと工房の入り口を指した。ちょっと呆れ顔だった理由は、すぐに分かる。
「なあなぁ、水はこのくらいでしばらく足りるか? 時間見たら昼時だし、俺、買い出しに行ってくるよ。塗料も貰って来いって言われたしさ」
「私も怪我を治してもらいましたし、ゴリアテに作ってあげる衣装の布も一緒に買いに行ってきますから」
 技師達にも美味しいものを食べてもらって、修理により一層力を入れてもらおうと意見はまっとうだが、勢いが付き過ぎたルオウとアーシャが、それぞれ水桶を四つずつ下げて戻ってきていた。
 そして、返事もよく聞かないうちに、すごい勢いで飛び出していく。しばらくして戻ってきた時には、また二人とも大荷物を担いでいた。
「ゴリアテのポージングが華麗に決まるように、白のタキシードを着せたいのです。ちょっと大きいから大変そうですが‥‥え、お裁縫? 今回が初めてですよ?」
 これを機に、技師達もいったん休憩となったのだが、アーシャの夢見る瞳と無謀な計画を目と耳にして、からすが淹れた疲労回復の香草茶の効果が消し飛んだらしい。
「服は引っかかると大変だから、色塗れば?」
 ルオウの勧めも、今一つずれている。
 そして。
「ああ、四代目だから塗装も考えるべきかな?」
「駄目、タキシード。絶対白のね」
「俺は必ず艶がある黒って決めてあるんだ。塗料もいいやつが買えたぜい」
 熱心に語り合う開拓者の姿に、技師達は処置なしといった表情でいたが‥‥
「まずは手伝いだ。我々は本職ほどの技量などないのだからね」
 しっかり目を覚まして、手伝いに勤しむとするよと、からすが特別に淹れたお茶の香りににやりと笑った。
 休憩後、口の中が苦さでいがいがすると嘆きつつ、それぞれの愛機の修理手伝いに奔走する三人と、それをやらかした一人の姿があって‥‥
「ゴリアテ〜、元通りだね〜」
「四代目、かな?」
「‥‥流石」
「皆、ありがとなっ」
 再生した愛機の動き具合を確かめた開拓者達が、歓声と感謝の声を上げた。
 そうして後は。
「よっしゃ、宴会しよーっ!」