ちんぼつ なう
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/16 00:12



■オープニング本文

 船は、今にも沈もうとしているのでした。
 けれども。

「どーしてくれんだよっ、まだ周りはアヤカシだらけじゃないか!」
「小舟くらい、積んでないのかよ」
「そんなものは、さっきアヤカシに壊された!!」

 船の周りは、アヤカシに埋め尽くされているのです。



 こんな危機一髪の始まりは、ごく普通の依頼でした。
 高価なお荷物を載せるので、船に護衛で乗ってほしいというものです。
 途中でアヤカシが出た時もよろしくというのも、これまた珍しい話ではありません。

 しかし、そのアヤカシが魚姿のくせに角が付いていて、しかも群れだったのにはびっくりでした。
 いやぁ、これは考えてなかったなぁと言った人もいるかもしれません。
 更に、そいつらの周りには、ちびっちゃい魚アヤカシがわらわらと!

 いえいえ、手ごわいアヤカシは全部退治しましたよ?
 だけどその間に、お船には穴がぼこぼこ空けられてしまったのです。
 だから。




 船は、今にも沈もうとしているのでした。




■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
ヴィクトリア(ia9070
42歳・女・サ
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
暁 久遠(ic0484
22歳・男・武
島原 左近(ic0671
25歳・男・サ


■リプレイ本文

 船は、今にも沈もうとしているのでした。

 もう半分くらい沈んでしまった船の上には、押し合いへしあいしている人達がいます。
「イヤー! こんなところで、ムサい野郎共に囲まれて死ぬのなんてゴメンYoー!」
「お、押すなよ!? 絶対押すなよ?」
「あたいは泳げないさよーー!!」
 喪越(ia1670)さんが、涙ながらに訴えています。
 誰に? 誰にでしょう?
 とりあえず、お隣にいるルオウ(ia2445)さんではないみたい。
 だって、喪越さんはルオウさんをぐいぐい押しているからです。海に落ちる方向に。
 でも、ヴィクトリア(ia9070)さんが抱きついてくるのは嫌ではないようです。
 泳げない人に抱きつかれていたら、一緒に溺れてしまう。なんてことは、思い付かないのでしょうか?
 と、そこにごそごそ船の積荷を漁っていた雨傘 伝質郎(ib7543)さんが、何か取り出して嬉しそうにし始めましたよ。
「旦那方ァ〜 こんなところに柄杓がありやしたぜ〜」
 これで船に入った水を汲み出したら、少しは沈むのが遅くなるかも?
 しかも柄杓はいっぱいあるではありませんか。
 開拓者さんの力でどんどん水を汲み出せば、きっと船の傾きだってちょっとはましになるはず!
 そうと決まれば、頑張らねばなりません!!!
「ところでな、みんな、今のうちに言っておきたいことがあるのだが‥‥楽観的かつ英雄的に考えて、男は女の犠牲になってもいいやとだな」
 せっせと手を動かしながら、篠崎早矢(ic0072)さんがごにょごにょとなにやら言っています。
 開拓者さんの場合、男の人や女の人って分け方は、それ以外の人と比べてもあんまり意味がなさそうですが?
 そもそも、誰も聞いちゃいませんし。
 やがて。
「ぜんぜん水が減らないぞ。そんなに浸水が早いってことか?」
「あたい、ちゃんとやってるよーっ」
「私だって、一生懸命にだな!」
 ルオウさんとヴィクトリアさんと早矢さんが、おかしいなぁと首を傾げています。
 船はもう、三分の二くらい沈んでしまっていますよ? あれれ?
「ありゃりゃ この柄杓は底が抜けてらァ〜」
 雨傘さ〜ん!
「嫌だYoー、こんなのと一緒に死ぬ前に、水着美女でいっぱいの海岸に飛び込みたいぶぎゃっ!!」
 喪越さーん?

 どぼん、じゃぼんっ

 いやいや、皆さん?
 いくら腹が立ったからって、殴り落としたらいけません。
 だいたい、どうして誰も底がないのに気付かなかったのですか。この柄杓、船幽霊除けの道具ですよ。
 あ、誰かがロープを投げてあげましたね。親切さんです。
「皆さん、落ち着いてください。材料が揃いましたから、筏を作りましょう」
 斜めになっちゃった船の上で、爽やかな笑顔を振りまいたのは暁 久遠(ic0484)さんです。
 爽やか過ぎる好青年っぷりに、ルオウさんが何か反省している様子。
「さあさ、おっさんと一緒に頑張ろうぜ。久遠青年の言うとおりにしてたら、なんとかなりそうさ」
 なんとか『なりそう』であって、『なる』ではありません。
 でも船に詳しそうにも見えない島原 左近(ic0671)のおっさんが、にこやかに断言したら、もっとアヤシイ感じです。
 って、早矢さんとヴィクトリアさんは、全然島原のおっさんのことは見ちゃいませんでしたが。
「筏か、これなら板切れや袴で浮くより、よほど安全そうだな」
「でも全員乗れなかったら大変なのだわさ。なんとか大きいのにしないと」

 めきょっ

 誰ですか、勢い余って大事な板をへし折ったのは?
 慌ててはいけません。助かるものも助からなくなってしまいます。
「あー‥‥アヤカシはほとんど退治されたとはいえ、まだ残党がいます。そちらの警戒をしてくれませんか」
 暁さん、力が入りすぎた人達に、雑魚アヤカシ退治をお願いしています。
 もうほとんど残っていないので、多分本当に言いたいのは別のことでしょう。
「ほいほい、じゃあ、男衆で力仕事しようかね」
 島原のおっさんにニコニコと言われても、ようやっと船にあがって来た雨傘さんと喪越さんは楽しそうではありません。
 でもまあ、頑張るしかないのです。
「よっしゃ、力仕事なら任せてくれよなっ」
 元気なルオウさんに、力仕事は任せちゃえっ。
 ところで、開拓者さんが二人も足りませんね。どこに行ってしまったのでしょう?

 船がどんどんとぶくぶくしている時より、ちょっと前のことでした。
 沈没しそうとわかった途端に、慌てふためく皆さんを見て、鈴木 透子(ia5664)さんは思ったのです。
「あたしがなんとかしないと‥‥陰陽師たるもの、ここで一緒に錯乱するわけにはいきません」
 ぱっと見た感じ、透子さんが一番年下だけれども、頼り甲斐はいっぱいありそうです。
 お顔がちょっと怖いけど、なんだか『ふふふふふっ』ってへんな笑い方をし始めちゃいましたけど、ここは透子さんの『なんとか』を待つのがいいような?
 すると。
「よし、手伝おう」
 ふるふるしている透子さんの肩を、ぽんと叩いた人がいます。皇・月瑠(ia0567)さんです。
 はっきり言って、皇さんは普通にしていてもお顔が怖いので、いきなり話しかけられるとびっくりしてしまいます。
 だけど、落ち着いて手伝うと言ってくれる人は、今は貴重ではないでしょうか。
 他の皆さん、アヤカシと戦ってはいますけど、ピーキャー慌てまくってますし。
「この小魚を何とかしないと、なにより船員さん達が危険です」
 透子さんは、計画を語り始めました。
 開拓者さんが数えられていないのは、アヤカシまみれの海に放り込んでも、多分なんとかなるからです。多分、きっと、皆平気よね?
 でも船員さん達は、そうは行きません。アヤカシをなんとかしなくては。
「悲恋姫なら、なんとかなると思いますが‥‥皆さんも巻き込まないように、三十メートルは離れる必要があるのです」
 もちろん、泳いでいくしかありません。透子さんも、そのくらいなら泳げる気がします。
 海面はアヤカシまみれだけど、まあ頑張れば出来ると思う。思わないと、やっていけません。
 それで、出来るだけ安全に泳げそうなところとか、悲恋姫後にうまく合流する方法とか、皇さんと相談したかった透子さんは、こんなことを言われました。
「ならば‥‥俺が背負って泳ぐ。疲れて術が使えなくなったら困るからな」
 その昔、天儀の鰐と呼ばれたのだとか皇さんは語ってますが、本当だか嘘だか‥‥透子さんの感想は、『めちゃくちゃ怪しい』でした。
 だって、お顔が仁王様みたいだし、鰐って海だったっけ?
 でも、一人で行ったら、確かに危なさそうです。アヤカシ、びちびちしていますよ。
 だから、二人で行くことにしました。少しでも危なくない方がいいに決まっています。
 船の方は‥‥筏作りをしている人もいるようなので、お任せしていきましょう。
「荷物はすぐに持ち出せるようにまとめておけ。あの辺の連中に担がせていい」
 皇さん、船員さんに大事な荷物は帆布で包んで、開拓者さん達に背負わせればいいと言い置いて、透子さんをひょいと担ぎました。
 いやいや待って、透子さん、これから水辺服まで脱ぎ脱ぎするところでしたよ。
 皇さん、自分は脱ぎ終わったからってさっさと飛び込みましたね。
「きーーーーーやーーーーーーーーー」
 どこからともなく取り出した紐で、赤ちゃんのように透子さんを背中に括りつけた皇さんは、ざんぶと海に飛び込むとわっしわっしと泳ぎ始めました。
 透子さんが叫んでいるのは、きっと嬉しい‥‥声には、まるで聞こえません。悲鳴です、どう聞いても悲鳴。
 皇さんは、雑魚を蹴散らして? わっしわっしと泳いでいきます。アヤカシなんて、当たる端から吹き飛ばしまくり。
 しばらくして、海面からはアヤカシの大半が消え失せたのでした。
 まあ、なんておめでたい。

 さて、また船の上です。
 なにやら喪越さんが念じています。この人も、実は陰陽師だったようですよ。
「結界呪符が水に浮かべば、筏代わりになるんだぜ。波乗り板にして、一気に岸を目指すのサ!」
 波乗り板は、波に乗って滑るように移動していくものですが、見えもしない岸を目指すのは大変そう。気合で進むとか、ありえませんから。
 こんな時には、錫杖に板切れを結び付けて櫂を作っている暁さんの好青年振りが際立ちます。もてそうです。
 それなのに、暁さんは女の人の隣に座るのは気が進まないみたい? 嬉しくないのでしょうか。島原のおっさんの隣がいいらしいです。
 まさか‥‥まあ、個人の嗜好ですよ、何かどうでも個人の嗜好。
 さて、結界呪符は浮くのでしょうか?
「これが浮いたら、そっちは筏に乗ったらいいかんな。乗り心地は、筏が上だと思うし」
 ルオウさんは、ヴィクトリアさんと早矢さん、船員さん達に乗り心地がよさそうな筏を譲ってくれる気持ちです。
 なぜって、喪越さんの結界は黒なので、乗ったら暑そうだから。ルオウさんも、なんだかもてそうですよ。
 でも、だけど。
「ありがとう! そして、さようなら!」
 せっかく呼び出した結界の壁は、ぶくぶくと勢いよく沈んでいったのでした。
「ここは一つ、あっしも見送りの一曲を‥‥元に沈み行くもののために」
「そんな縁起でもないもの、聞きたくないのだわさ!!」
「そうか、雨傘殿は沈んでもよいと言ってくれるのか。ありがとう、その崇高な心根は忘れまい!」
 喪越さん、妙に爽やかな笑顔でヴィクトリアさんにまた船から叩き落され、雨傘さんは琵琶をバイオリンみたいに構えて何か弾こうとして、早矢さんのおかしな主張にあれれと首を傾げています。
「おっさんも、あれに混ざっちゃいたいなぁ」
「いいから、手を動かしてくれ」
 島原のおっさんは、周りの慌てっぷりににへらにへらするしかないって感じになってます。
 暁さんは、真面目に働く人が好きなだけのようでした。
 早く筏を作らないと、本格的に沈んできましたしね。
「だーっ、そっちに偏ると早く沈むだろ!、二人こっち!」
 ルオウさんが、船の傾きを調整してくれている間に、早く筏を作り終えないと‥‥
 皆さん揃って、本格的に沈むだけですよ!

 でも、結局。
「すまんな、なんだか結局我々だけ」
「気にしなくていいから、早く手伝ってやって」
「このままでは、沈みそうだYo!」
 全員が乗れる筏作りが間に合わないうちに、船はぶくぶくと波の下へ。
 一つだけ出来た筏には、船員さん達と筏作りをしている暁さんと島原のおっさん、あと早矢さんとヴィクトリアさんが乗っています。大事な積荷も乗っけて、もうぎっちぎちです。
 ルオウさんと雨傘さん、喪越さんは、波間にどんぶらこ。筏から離れないように、命綱を握っています。
 アヤカシは退治されているので、どんぶらこしていられます。これで筏作りを手伝うのは、かーなーり難しいですけれども。
「よし、すぐに筏を‥‥って、これはどうしたものさよ?」
「いいっ、いいから! それはおっさんに任せてくれ、な?」
 大事な帆柱の残骸を、ヴィクトリアさんが今にもへし折りそうなので、島原のおっさんが慌てています。
「姐さん達は、色々しない方がよさそうですぜ」
「「なんでっ!!」」
 雨傘さん、世の中には言っていいことと言わなくていいことがあるのです。
 だけど、暁さんが手伝ってって言わないのにも、きっと理由があるのでしょう。
 そんなこんなしていたら、アヤカシ退治してくれた透子さんが、行きと同じく泳ぐ皇さんに担がれて戻ってきました。
 なんとなく、透子さんが白目を剥いている気がします。気のせいではないかもしれません。
「おぉ、二人ともお疲れだろう。よし、私が代わるから、上で休んでくれ」
 早矢さんが返事も聞かずにざんぶと飛び込んで、さあさあと皇さんに勧めます。
 でも皇さんは、透子さんが優先だと言う様に、よいしょと背中に手を回しました。立ち泳ぎで、器用です。

 ぎくっ

 今、なにか変な音がしました?
 皆さんが何の音だろうとあちこち見回していると、皇さんがぶくぶく沈んでいくではありませんか!
「あ、ぎっくり腰の音?」
 それが分かったのが誰でもいいのです。そんなことは、後回し。
 だって、透子さんも一緒に沈んでます。白目のままで、ぷくぷく口元から泡を出して‥‥!
 二人分で重いから、それはどんどん沈みます。あぁ、もう海面からは見えなくなりました。
 いや、下の方に漂っている影は見えますけどね。だんだん小さくなっていきますよ。
「今行くぞー!」
「透子チャーン」
「ぎゃっ、旦那、旦那ぁ、命綱が絡んでますよぅ」
「うおっ、俺は泳げん!」
「だ、誰だ、人の袴を引き摺り下ろしたのは! し、尻を撫でたな!」
 すでに水に入っていた開拓者さん達が、助けに行こうとします。
 命綱が絡んだり、なんだか破廉恥な事故が起きたり、筏の上からカナヅチさんが間違って落ちたり、色々し始めました。
 ま、暁さんと船乗りさん達が助けてくれて、大事には至らなかったのですけれどね。

 そうして。
「よそのお嬢さんを巻き込むとは何事かと、妻に鉄拳制裁された‥‥」
「はあ、そうですか」
 最初に助けてもらった透子さんは、彼岸の向こう側にいるらしい皇さんの奥さんにちょびっと感謝しています。
 出来れば、無茶しない旦那に躾けてほしかったなとか、思っているかもしれません。
「俺も、死んだ弟と久遠青年の兄貴らしいのに追い返された」
 島原のおっさんも、息も絶え絶えでそんなことをのたまっています。
 開拓者さんの家族って、おちおち死んでもいられないようですね。
 話題の暁さんは、なぜかプルプルしています。
 いえね、筏の材料を船から引っぺがすのに掌傷だらけ。それなのに、海に飛び込んで皆を助けていたら、それはもう傷に海水が染みて痛いのなんのって。
 それだけなら耐えられます。暁さん、強い子です。
 でも、その手を島原さんがしっかり握って離してくれない‥‥あぁ、痛い。
 そんな暁さんの様子には気付かないで。
「そういや、最近面倒ごとによく巻き込まれるよなー」
「それは‥‥ルオウ殿が災難に好かれているのではあるまいな?」
「じゃ、置いていこうゼ!」
「はははははっ、姐さん、旦那、どこに置いていくって言うんです?」
 ルオウさんと早矢さん、喪越さんに雨傘さんが、空元気をぶいぶい吹かしています。
 空元気も元気! 笑う門には福来たる!!
 そうでも思わないと、やっていられませんよ。
「これで生きて帰れたら、あたいは武僧になって、仏に感謝するさよ‥‥」
 筏の柱にしがみついて、泳げないヴィクトリアさんが呟いていました。

 お空は青いです。
 海も青いです。
 岸は、どこにも見えません。