魔の森地下水路遺構G殲滅戦
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/08 09:15



■オープニング本文

 その日の空は、どこまでも青く、気持ちのいい晴れだった。
 ま、アル=カマルでは晴れていない日の方が少ないのだが。

「しんでもやだーっ、おやぶーん、たすけてー」
「出掛けてる人を呼ぶなよ。あんなの虫型のアヤカシだろ」
「お前はわかってない。あれを虫型の一言で片付けるな!!」

 アル=カマルの魔の森内部。
 大アヤカシが退治されて、人の手による伐採の効果で幾分面積を減らしているが、いまだ手つかずの部分も多い土地だ。
 この魔の森の伐採を担うのは、アル=カマルを構成する連合王国からの独立を狙う遊牧民独立派、または過激派、砂族とも呼ばれる一派と、王宮から派遣された王宮軍の二勢力だ。
 立場が著しく違うこの二つは、ほとんど協力などしないが、活動域を離すことで無駄な衝突も避けている。
 いかに角突き合わせる勢力同士でも、中には穏健派が混じっているもので、まるきり没交渉でもない。

 だから、独立派遊牧民達が神砂船を占拠し、王宮軍がはるか昔に魔の森の呑まれた都市遺跡の幾つかを発見していることは、双方ともに知っている。細かい状況は知らずとも、互いに危険がないように配慮するに必要な程度は、穏健派同士で情報交換してくるからだ。
 よって王宮軍も、独立派が魔の森の内部に巨大な地下貯水池跡とそこから延びる水路の遺構を発見したことは知っている。その調査がどのくらいまで進んでいるのかはよく分からないが、警戒すべき情報だと考えていた。
 なにしろ、都市遺跡の調査をしていたら、いきなり独立派の面々と出くわすなんて可能性もなくはないからだ。
 王宮軍の面々は、都市設備にとことん疎い独立派の遊牧民達が、貯水池と水路の基本的構造も分からずに探索がろくすっぼ進んでいないとは、予想もしていなかったのである。

 そして現在、その進まない調査を妨げる、新たなアヤカシが水路遺構に出没していたのだった。
 それも、大量に。

「おやぶんがかえってきたら、たいじしてもらおうよ。それまでいかなくていいよ」
「そうだ、親分なら平気かもしれない。よし、帰ってくるのを待とう」
「なんでそうなる? だいたい今より暑くなったら、地下なんて蒸し暑くて入れねえよ。ぱばっと退治して、調査して、地図作ろうぜ。たかがごき」
「その名前を口にするなーっっっ!!!!!」

 黒くて、たまに茶色もいて、てらてらして、かさかさと動き、時に飛ぶことまでする。
 そんな実在の虫に酷似したアヤカシがぞろぞろと貯水池跡を埋めているので、退治してください。
 条件、貯水池跡に傷付けない、崩さない、アヤカシの痕跡を残さない。
 あんまり攻撃力が高い魔術なんかは、崩れる元かもしれない。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 晴雨萌楽(ib1999) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / エラト(ib5623) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 神室 巳夜子(ib9980) / レオーネール・セクメト(ic0042) / 十朱 宗一朗(ic0166) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 蒼月ソロモン(ic0966


■リプレイ本文

●わさわさ、わさわさわさ
 なんとも気合が入らない、かつ気弱な悲鳴に、レオーネール・セクメト(ic0042)とリィムナ・ピサレット(ib5201)に七塚 はふり(ic0500)の少女三人が、あからさまに蔑むような目付きを、悲鳴を発した男性陣に向けた。
 三人とも、口には出さなくても言いたいことは『情けない』だと分かる。
 が、それだけで済ませてくれるほど親切でもなかった。
「良い大人がたかが虫ごときでギャーギャーと」
「なんでこんなのが怖いの?」
「見るからに退治しやすそうな、手頃な敵ではありませんか」
 視線の先では、十朱 宗一朗(ic0166)と八壁 伏路(ic0499)が蒼い顔でぷるぷると首を横に振っている。声は出ていないが、『あれを虫で片付けるな』と言いたげなのは遊牧民達の多くと大差ない。
 そして、残る八人の開拓者も、程度の差はあれ先の三人ほど平然とはしていなかった。
「に、苦手ではないけどさ‥‥」
「申し訳ありません、私も少々」
「この数は‥‥緊張します」
 あからさまに顔色が悪いのは、モユラ(ib1999)とエラト(ib5623)、蒼月ソロモン(ic0966)の三人だ。先の二人は敵の姿の気色悪さにやられている様子で、蒼月はどちらかと言えば初依頼の緊張が増してしまったと見える。
「ここの中、ずっと気になってはいたんだけどなぁ」
「こんな虫けら、さっさと潰してしまえばいいのです‥‥着物が汚れるのは、困りますが」
「それは平気じゃないかな。瘴気に戻るから、潰しても体液は出ないだろう」
「切ったり潰せば、その瞬間は汁とか飛ぶぞ。すぐ消えるけど、目や傷作ったところに入らないようには気を付けてくれよ」
 しぶといのと素早い以外には何の能力もないけど、ちまちま倒すのは大変でさ。などと、あっけらかんと言い放ったナヴィド(iz0264)に、同じ遊牧民でも感性は全然違うかもとクロウ・カルガギラ(ib6817)が溜息をつき、神室 巳夜子(ib9980)がきつい視線を向けた。
 十朱と八壁が、何か人外のモノを見る顔付きで、ナヴィドから距離を置こうとするが‥‥そこにもあちらにも呆れ半分といった感じの羅喉丸(ia0347)に、ひょいひょいと引き戻された。
「あぁ、見苦しいばかりか、死に際も汚らしいとはのう。早う滅してしまおうぞ」
 わざとらしく目をそむけた椿鬼 蜜鈴(ib6311)が、手にしていた扇とここに至るまで咥えていた煙管を布でしっかり包んでから懐にしまい込んだ。それに倣う者が多いのは、常に持ち歩く品物がアヤカシの体液なぞ被っては目も当てられないと思うからだろう。それと、応急手当の道具類は衛生的にもいささか心配だ。
「そうですね。作戦は打ち合わせ通りで大丈夫そうですか?」
 持ち場の変更などはしなくても大丈夫かと、ワイズ・ナルター(ib0991)が皆に確かめたが、流石に気色悪い程度のことでとやかく言う者はいない。言いたくても、同行した知人や店子のひと睨みで諦めた者もいそうだが‥‥とにもかくにも、一同は動き始めた。
 彼らの足元には、貯水池跡がある。
 深さが二十メートルくらいあると聞いていたが、十五メートルくらいのところで、黒い虫型のアヤカシGが大量に蠢いているのだった。

●すっきり、さっぱり
 しばらくの後。
「あ〜、ちょっと落ち着いてきたぁ。これで巳夜子ちゃんを守れるわ〜」
「この調子なら、すぐにアヤカシ退治は終わりそうだなぁ」
 十朱と八壁が元気を回復していた。あまりにあからさまな態度に、名前を出された巳夜子など鼻で冷笑を放つ荒業を繰り出しているが、Gの視覚的脅威から一時的にとはいえ解放された二人には通じない。
 しかし、流石にはふりやレオーネールの直接的行動は通じたようだ。後ろから蹴り飛ばされて、前に出ろと後から言われれば、嫌でも理解するしかない。
「これからが出番でありますよ、家主殿。れっつ、ぶっころです」
「ほらほら、撃ち漏らしを見付けに行くよー」
 やる気に満ち満ちている二人は、手分けして担いできた縄梯子をぶんぶん振り回していた。これを貯水池跡に垂らして、せっせと降りていくのだ。
 何をしに?
 もちろんまだ遺構内部に潜んでいるに違いないGを追い出しにかかるためだ。元からそういう作戦なので、羅喉丸やクロウ、ナルター、ナヴィドはさっさと降り始めている。
「もう次の術、始めちゃおうか? また出て来てるみたいだし」
「少し様子を見てからの方が、効果が高いと思いますよ」
 貯水池跡に満ちていたアヤカシGを一掃したのは、リィムナとエラトの呪歌だ。リィムナが『貯水池跡の縁から使っても、十分効果がある』と指摘したので、最初の一回は皆で周りを囲んでGを刺激せずに発動を見守って‥‥無事に、見える範囲から綺麗さっぱりGが消えたのを見て、安堵したり、より気合が入ったり。
 わざわざ下まで降りる必要がなくなったので、エラトとリィムナは割とゆっくり状況を見定める余裕が出ていた。もちろんそう出来るのは、護衛役の仲間がいてくれるからだ。
「あんなにすごい効果があるなら、護衛は必要ないのでは?」
 Gが個体としては強くないせいもあり、一瞬で消え失せたのを目撃した蒼月が、なにやら自信を無くした風情でそう口にした。彼は魔術師だが、今回は使える術がない状態で駆けつけたもので、自分の働きどころを悩んでいる。
「なんですか、後ろ向きな。術の発動に集中している間、後ろから襲われないように見張っている目は複数なくてはいけません」
 だが、巳夜子にぴしりと言われてしまった。蒼月が借り物の刃物で一突きすれば、大抵のGは瘴気に還るのだ。それが分かっているということは、つまり役に立たなかったわけではないということ。
「ふふ、まあいきなり魔の森に入れば、戸惑うのも仕方ないのう。じゃが、気弱になっては大怪我をする場所ぞ?」
 腹の底に力を入れろと、蜜鈴が手の甲で蒼月の腹部を軽く叩いた。当人は、貯水池跡の縁に腰かけて悠然としたものだ。Gが穴の底にごろごろしていた時は立っていたとはいえ、平然とその位置に居続けるのだから肝の座り様がよく分かる。
「最初はあの数は反則だと思ったけど、あんまり苦労せずに済みそうでよかったよね。下で追い回すのは大変そうだけど」
 モユラも『この後の捜索の方が大変かもよ』と苦笑しているが、その表情の原因には、
「ここにいて、支援がなるものですか。さあ、降りてください。さあさあ!」
「こちらは手が足りていますから、下にどうぞ?」
 はふりに引きずられて八壁が、巳夜子に視線でチクチクされて十朱が、既に他の男性陣が降りている縄梯子に追いやられている姿もあるだろう。蒼月の目には、なんて余裕があるのかと見え方が違うのだが。
「突き落とせば〜? ちゃんと着地すれば、怪我しないよ」
 もう待っていられないとばかりに、レオーネールは自分の言葉通りにえいやと飛び降りていった。流石にジンでも飛び降りるには躊躇う高さだが、よく見ればちゃんと片手に植物の蔓を握って、実際はするするとそれをつたっている。
 下から早くと急かす声がして、八壁と十朱、はふりも下に降りていく。彼らはこれから水路の中に入って、あらためて残るGを呪歌の効果範囲に追い込んでくることになる。
「水路の奥には、金色のGがいると思わない?」
「よさんか、金色でも見苦しいものに変わりはあるまいて」
 リィムナの無邪気な発言は、蜜鈴にあっさりと切り捨てられてしまった。誰も口をはさまないところを見ると、リィムナ以外は金色Gを期待する者はいないようだ。
 そんなのが居ても嬉しくないと、皆の生温い微笑みが物語っている。

●どばびしゅ、べしょ、ぐちゃ
 さて、貯水池跡の底では。
「あれが森の外に出て、オアシスや農地を襲ったらと蝗の害どころではないと心配していたんだが、うまい具合に退治できそうでよかったよ」
 羅喉丸が警戒はしつつも、Gの群れが一気に消し飛んだことに安堵を見せていた。
 本物の虫の方でも、大量発生して食糧庫でも襲ったらと考えるだけでも被害の大きさが予想される。それが巨大化したとしか見えないアヤカシの群れになったら‥‥
「それはまた、恐ろしい想像ですね。ぜひともここで食い止めませんと」
 ナルターも半ば意識的に身震いして見せた。これからそのGを相手に、水路からの追い出しを掛けるからには飛びつかれる可能性も高いが、その程度を厭うていたらそもそも仕事にならない。
 だからと言って、鼻歌交じりや他人まで引きずる勢いの少女達ほどの勢いはつけていない。足取りは、慎重だ。
 なにしろもともと足場が悪い。これは水路遺構の中に入ると幾らか良くなるが、先ほどの呪歌の範囲から外れたところはいつアヤカシが出てもおかしくはない場所なのだ。勢いで歩き回るには、当然向いていない。
「おい、足元に粘泥アヤカシがいるかもしれない、注意しろよ。あと、倒した後に水が出ても、飲まないこと!」
 砂漠ではないから、粘泥アヤカシも水は出さないだろうと思いつつも、クロウは念のために別行動の少女達に声を掛けておいた。物は試しとか、もったいないとか口走って、うっかり口に入れそうな節が言動の端々に見えるからだ。
「魔の森の中のモノ、口にするほど馬鹿じゃないだろ?」
「それはそうなんだが‥‥ここまで案外簡単に来ちゃったからな。警戒心が薄れているといけない」
「確かに、以前に比べたら段違いに内部に入りやすくなっているな。焼き払うのも、随分進んだのか?」
 以前にもこの魔の森に入ったことがあるクロウと羅喉丸は、その頃に比べて格段に整備された進入路や装備を話題にしながら、水路遺構でのアヤカシ探しを器用に両立させていた。ワルターは聞いているだけだが、興味深げなのは時折ちらと振り返ることで分かる。
 ちなみにここまでは、四人して見付けた端からGを潰して歩き、目的のはずの追い込みはまるで行っていない。わざわざ吟遊詩人達の練力を消費させずとも、自分達で退治出来るならやってしまおうというのと‥‥
「足元を走られると、やはり気分が悪いものですね‥‥切って、後まで汚れないだけいいのでしょうが」
「ジンがそんなこと気にしてたら、役に立たないって」
 大量にいるのではなければ、わざわざ追い立てるより潰した方が、まだ気分的に楽というのもある。ナヴィドは、そういうところがあまり気にならない性質のようだが。
 そんなわけで、四人が進む先では種別問わずアヤカシが見付かる度に、それぞれの得意な方法で瘴気に還していっていた。たまに羅喉丸が、泰拳士ゆえに拳がしばし汚れたりするのに顔をしかめているが、我慢出来ないほどではない。
 どちらかと言えば、こちらの四人が嫌だなと思うのは、拳でも杖でも刃物でも、潰した瞬間に生ずる音の方だった。時に悲鳴じみた妙な音がして、それは気持ちが悪い。
 やがて。
「これは‥‥上の方達にお任せしましょうか」
「んじゃ、向こうに合図してから下がろうか」
「下がりながら合図しようぜ、あいつら、普通の食糧より人によって来るから」
「‥‥そういうことが分かっているなら、先に言ってくれ。全く蝗どころではないな」
 クロウが口笛を吹いて、別行動の仲間に合図しつつ、四人でちょいちょいとGを刺激して、貯水池跡目掛けて走り出す。途中、二体ばかりの飛行Gに追い越された。
 もちろんこれは危ないかもとクロウとナヴィドが合図を送り、ナルターと羅喉丸は走る速度を上げたが、行く先から景気のいい声がしたので誰かが倒してくれたようだと分かった。
「これってさ、アヤカシだから食べられないのがもったいなくない?」
「ふむ、これだけの大きさがあれば、食用としても十分役に立ちましたな」
 貯水池跡で合流した四人のうち、二人がGを素手やナイフで半ば力任せにぐっちょんぐっちょんぶっ潰しながら、虫食談義に勤しんでいるのを目撃するのは心臓に良くない光景だが。
 そこから少し離れて、虚ろな表情でGをごんごん殴りつけているもう二人には、掛ける言葉もない。

●またすっきり、さっぱり
 どこからどう見ても大技だが、吟遊詩人二人の資質か、その構成になにかあるのか、魂よ原初に還れの呪歌は案外と回数をこなしても平気なものらしい。特にリィムナが全然平気とあっけらかんと言うので、Gの釣りだしは六本の水路ごとに繰り返された。
 又は、水路ごとに繰り返さなければならなかった。とも言える。
「俺、なんでこんな目に遭ってるんやろ‥‥」
 目に青あざをこしらえながら、呟いたのは十朱だった。うっかりレオーネールに抱き付いて、Gの残骸の上に一瞬だが叩き込まれた彼は、何か色々と吹っ切ったらしい。これまでとは別人の動きで、武器を振るっている。
 しかしながら、彼の頑張りは守護対象であるらしい巳夜子には伝わっていない。
「地上の虫は放置してくれて、いいのですけれどもね」
 吟遊詩人の二人が呪歌に集中している間だけ、Gを飛ばさないでくれればいいのにと、巳夜子の方も舞うような動きで刀を振っていた。こちらは最初から冷静かつ平然とした態度を崩さないままだ。
 否。ちらりと笑みを浮かべた瞬間もある。切り裂いたGの体液が、着物の袖にかかった瞬間だけ、冷笑を。
「あぁ、洗濯も入浴もしたいが‥‥なにより腕の良い研ぎ師はおるかのう」
 こんなものを斬ったら、ぜひとも武器は研ぎに出したいものだとぼやいた蜜鈴に、手裏剣を予備で使っているはずのモユラが一番に同意した。
「いっそ焼いちゃっていいなら、今からやるんだけどね‥‥」
 一度それをやって、火が付いたGに突っ込まれかけたので、砕魂符に切り替えて地味に一体ずつ潰している。蜜鈴のホーリーアローも同様に、一体ずつだ。飛行してきたものだけと限っても、効率は悪い。動きが良いから四方八方を警戒するのも、なかなか骨が折れる。
 しかしGも人の気配が動くのに触発されたか、水路から出てくると次々と飛ぼうとする。エラトかリィムナの呪歌が交互に唱えられているのだが、そこに飛び付かれては怪我をする。その一番近くでは、蒼月が今にも倒れそうな顔で、見習いの杖を構えている。
「‥‥おっまたせー」
「え? うわ?」
 ほんの僅かの間、エラトに先んじたリィムナに背後から抱き付かれた蒼月が、首を絞められる形になって咳き込んだ。リィムナもすぐ飛び離れたが、まだGがいたらどちらもいい獲物になりそうな状態だった。
 すぐ傍では、縄梯子をあがってきた八壁が、味方からの攻撃で悶絶しているが、あいにくと誰にも気付いてもらえていない。
「ちゃんと神楽舞使いまくったのに、なんでわしだけこんな扱いになる? おかしいだろ、おい」
 下の皆より先に上がってきたのだって、こちらで戦っている仲間にも支援をと考えてのことだ。Gから逃げたわけではないのに、はふりが『敵前逃亡は銃殺』と叫んで、石を投げてきたのである。
 当のはふりはGが消えたので、レオーネールと二人で殴る相手が居なくて物足りないとかなんとか。
「水路探索でまた何か出るかもしれませんから、そちらで頑張ってください」
 こちらはようやくGの影が見えなくなった様子に、肩の力を抜いたナルターが二人に声を掛けるも、またアヤカシだと食べられないと返されて、上に戻ろうと手真似で示した。
「おっと、そろそろ時間いっぱいか。探索は明日に繰り越しだな」
「宿営地に戻って、ヤースさんに明日から活躍してくれって説得しないと」
 魔の森での長時間活動は、開拓者でも瘴気感染の可能性が出ると知っている羅喉丸とクロウが、それぞれまだアヤカシ相手に暴れたそうな少女を一人ずつ引っ張って、縄梯子を登らせていく。
「明日は変な植物も見られるかな〜?」
「技を使ってもあんなの相手では、いささか動き足りません。明日はもっと実のある戦いがしたいものであります」
 二人の後に縄梯子に取りつこうとしたナヴィドが、趣味が悪いと呟いて、上からの落石攻撃に遭っていたのは自業自得だろう。巻き込まれて小石が当たったナルターは、いい迷惑だ。
 だがなにより。
「個人的には、そんなものと出会いたくもないので、明日は最初に精霊の聖歌を試させていただけますか」
「あれな、森の中だと一日効果が持つかどうかから、本当は焼き払った跡地に頼むのが筋なんだけど‥‥うん、今回は水路の中の安全確保優先でお願いする」
 エラトがやたらと固い決意をもって申し出た精霊の聖歌使用は、Gが全然怖くない少女三人が結成した『黄金のGも探索する会』の活動妨害も睨んでのことだろう。もちろんエラトは、魔の森の中でもアヤカシが探索中の開拓者や遊牧民達を襲撃しにくいようにとか、水路探索の安全性を高めるなどの崇高な目的が主なのだが、ちょっとは『もうGに遭いたくない』が混じっている。
 せっかく、すっきりと見違えるような状態になったのだ。それに反対する者など、一人もいはしなかった。
 何はともあれ、一旦戻って、明日の出直しだ。ありがたいことに、遊牧民にも研ぎ師がいて、武器の手入れ道具にも事欠かないという。
「ごーはーんー」
「肉とかー、甘いものとかー」
 それも、とても大事である。

●地図と予定図
 水路探索はその後の三日間、エラトとレオーネール以外の開拓者に、G殲滅で元気を取り戻した遊牧民が手分けして行われた。先の二人が参加していないのは、エラトは聖歌を使った後の休息を優先したから。レオーネールは、その護衛をしつつ、貯水池周辺部の探索隊に加わって、植物アヤカシを退治したり、瘴気感染で異形化した植物を眺めて回っていたからだ。
 前日は散々Gに苦しめられた八壁と十朱も、もう無問題とばかりに世間話をしつつ、遊牧民達と水路に潜っている。十朱は天狗駆で悪路を先行できるので先頭近く、後方支援型の八壁は明かり持ちが主な仕事である。
 明かり提供は、ランタンを掲げた蒼月や蜜鈴のマシャエライト、モユラの夜光虫と色々な種類で行われた。ヤースはじめ地図を描く人にも見やすい明りがあるから、それに合わせての組み合わせで、探索行はそれなりに進んでいく。
 それなりなのは、ところどころが崩れて道が埋まっていたりするからだ。こういうのは羅喉丸やナルターも加わって、主に男性陣が岩や何かをどかして道を開く。
 もう一つの遅れの原因は、都市構造にとことん疎い遊牧民の知識の偏りも原因だと、気付く者もいたことだろう。
「黄金の、いないね」
「この先にもアヤカシの反応はありませんからね」
 道々リィムナがそれは残念そうに呟いて、同じ水路に入って心眼で警戒を続ける巳夜子に聖歌の効果を知らされていたが、
「いたら、かえるー!!」
 クロウの説得に応じて、渋々出てきて、まだ疑心暗鬼のヤースがこの会話の度にクロウの背中に隠れながら騒ぎ散らしている。いっそ別行動すればいいのだが、同年代女子がいてほしいとはヤースのわがままだ。
 そんな活動を続けていた依頼期間の最終日。
「ここは開拓し尽くしたら再利用するでありますか?」
「するよ。土地が広くなれば、それだけで収まる争い事もあるしさ。つっても、土地から瘴気が消えるのに何年掛かるか‥‥あれ?」
 はふりに尋ねられたナヴィドが、収まる争いの具体例を挙げようとして‥‥エラトとリィムナの顔を交互に見た。吟遊詩人を頼れば、瘴気を払うのも早いと気付いたのだなと、大半の開拓者は思い、それから。
「金、作らないとな」
 何かあくどいことに手を染めるんじゃないぞと、半数くらいの開拓者が真剣な顔で呟いたナヴィドに言い聞かせることになった。
 彼ではなく、不在の親分に言うべきなのだが‥‥いないので、仕方ない。ジャウアドがろくでもないことをしないように、よく気を付けろとも叩き込んでおいた。