ぎゅーいんばしょく? なう
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/27 01:39



■オープニング本文

「さくらんぼ〜」
「梅も咲いたよ」
『桃もあったはず」
『水仙、木蓮、アーモンド、あんずあたりもあるんじゃねえの』

 ジェレゾの開拓者ギルドの真ん前で、女の子が二人、白と黒の猫又さん二匹と一緒に、お花の名前を数えています。
 天儀でなら、冬の終わりから春にかけて咲くお花ではないでしょうか。
 アーモンドも、同じ頃に咲いたかもしれません。

「りんごは?」
「うーん、もうちょっとかなぁ?」
『きっとまだだね』
『あれ、見た目、アーモンドと大差ねえよ』

 りんごのお花は、桜よりちょっと遅くに咲くはずです。
 しかし。

「おはなみだから、さいていいの!」
「お花が咲いても、実がなるのは秋だからね」
『そんな小難しいこと言っても仕方ないだろ』
『桜もアーモンドもりんごも、たいして変わりねーから。タンポポでもつんどけ』

 ジルベリアの春は、天儀のようにちょっとずつ花が咲いたりはしません。
 一気に咲きます。
 梅も桃も桜もそれ以外も、春に咲くお花は全部一緒!

 そんなわけで。

「おはなみ、いこー」

 お花見会の場所は、ジェレゾの街からちょっと離れたところ。
 かじゅえんというところの、横の原っぱです。
 今なら、たくさんお花が咲いていて、とっても綺麗なのです。

 だから、みんなで、お花見に行きましょう。

『弁当持っておいで、弁当』
『花見なんて、要するに牛飲馬食の大義名分だろ』

 猫又さん達が夢のないことを言ってますが‥‥
 食べるものと飲むものも、大事ではあります。



 さあ。
 おはなをみながら、ぎゅーいんばしょく?




■参加者一覧
/ 皇・綺羅(ia0270) / 羅喉丸(ia0347) / 奈々月纏(ia0456) / 皇・月瑠(ia0567) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / 十野間 月与(ib0343) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミーファ(ib0355) / リア・コーンウォール(ib2667) / シータル・ラートリー(ib4533) / ルース・エリコット(ic0005


■リプレイ本文

 歓声を上げて、花も盛りの果樹に走り寄っていた姿が、突然見えなくなった。
 うきゃーと歓声だけは続いているから、少し斜面になっていたところを転げ落ちているものらしい。
「やだ、大変」
「そう? 平気そうよ?」
「え、でも転げてるけど‥‥」
『怪我しなきゃいいよ、子供は走らせとけば』
 すごい勢いで駆けていった三人組が見えなくなったので、すでに少し慌てた風情のフェンリエッタ(ib0018)と、こちらは大慌てのルース・エリコット(ic0005)が追いかけている。
 これに続こうとしたティア・ユスティース(ib0353)とミーファ(ib0355)は、兄弟姉妹が多数いる十野間 月与(ib0343)と猫又・吹雪に『全然平気』と止められていた。
「あの程度、普通の子供でも大事ない」
 転げていった三人の中の一人、皇・綺羅(ia0270)の父親、皇・月瑠(ia0567)も平然としている。彼の娘と一緒なのは、ごく普通の子供であるカーチャとマーシャだが、声の調子で無事かどうかは簡単に聞き分けられるようだ。
『ちょっとくらい汚れた方が、健康的だよな』
「そういうもん? お母さんに怒られないなら、安心だけど」
「でも、あの調子だと食べる前に手は洗わないとね」
 ここまでの道中、猫好きのフラウ・ノート(ib0009)にちゃっかり抱いてもらっていた猫又・シンノスケは、子供は元気が一番という考えらしい。フラウはそれでいいなら安心だが、宴会の時はさすがに手洗いくらいさせようかと、友人のシータル・ラートリー(ib4533)と頷きあっていた。
 足元は柔らかな草地で、土が露出しているところも少ないが、
「ほらほら、みんなと一緒に行きましょうね」
「えー、もういっかいー」
「あー、あっちにお花―」
「行ってくるねー」
「はわ、わわわわわ〜」
 フェンリエッタとルースに手を引かれたり、背中を押されて斜面の向こうからひょっこり顔を出した三人は、綺羅の『お花』の一言でまた斜面を駆け下り始めたらしい。
 今度は、いきなり引きずられたルースが、三人の後から斜面を転がり落ちていく。
「あれと一緒に、走り回らないでくれよ?」
「はあ? 人をなんやと思っとるん」
 思わずといった様子で、リア・コーンウォール(ib2667)が友人の奈々月纏(ia0456)に向けて言い、少しばかりむっとした顔をされている。リアも纏が率先して走り回るとは思っていないが、子供に誘われたら相手をしてやる親切心があるのを知っている。釣られて走り回らないとは、限らないのだ。
「やれやれ、後から皆も来るそうだから、茣蓙は広げておこうか」
「お手伝いしない人には、美味しいものもなしですよー」
 開拓者ギルドの職員有志が後ほど駆けつけるので、その分までなにくれと担いできた羅喉丸(ia0347)が、周囲が安全だと確かめてから荷物を降ろし始めた。茣蓙を広げるのは、月瑠と二人で十分に手が足りる。
 その茣蓙から離れた場所に、的確な言葉で興奮状態の三人を呼び戻した礼野 真夢紀(ia1144)が携帯型の焜炉を置いていた。これがあれば、熱いお茶も飲めるし、料理の温めなおしも出来る。酒の燗と言われると真夢紀には加減が分からないが、その時は出来る人に任せればよい。
 他の者も大小の違いはあるが荷物を降ろして、まずばどこに腰を据えるかの検討を始めた。どういう姿勢で花を眺めるかで、いい場所は異なるものである。

 花見と言えば、天儀なら桜、泰国なら桃だ。
 ではジルベリアではどうなのかと、羅喉丸は疑問に思っていたのだが、とりあえず子供達は花なら何でも良いものらしい。これだけ一時に咲けば、どれか一つだけ選んで愛でるのも無粋な気がする。
「「「うきゃー」」」
 目の前では、すっかり三人組と化した綺羅達が地面をコロコロと転げている。先ほど羅喉丸も裸足で踏んでみたが、いい土でふわふわと柔らかい。転がりたい気持ちも分からなくはなかった。
『酒』
 コロコロしている綺羅達を眺めているのは、羅喉丸ばかりではない。
 二本のしっぽをゆらゆらさせながら、吹雪が綺麗な皿を前に座っている。一応子守をしながら、その実は花より酒を実践中。
 盃代わりの皿に、水割りのヴォトカを注いだのは月瑠だ。さっき羅喉丸からは酒「も王」を生のままで貰った吹雪は、水割りがいたくお気に召さない様子で月瑠を睨んだが、
「子守りが酔うては仕事にならん」
 こう言われては反論出来ず、水割りを舐め始めた。
『魚、塩ふってないところをおくれ』
 男二人の間を、弁当箱が行き来しているのを見ると、吹雪は遠慮なく要求してくる。それには文句も言わずに応じている月瑠は、いかつい見た目に反して、子供や動物の世話を厭わない性質のようだ。
 もちろん、二人共酒の方も十二分に楽しんでいる。

 誰が決めたか知らないが、飲酒は十四歳からである。要するに、成人したら飲んでもいい。
 開拓者の中には、何年経っても外見が大して変わらない年齢不詳が多々いるが、見た目がどうでも酒は十四歳から。よって十二歳のシタールは、もちろん飲んではいけない人になる。
 しかし、彼女とフラウが花の下を選んで敷いた茣蓙の上には、なかなか高価そうな酒器一式が取り揃っていた。フラウは飲酒しても問題ない年齢だが、道々酒には弱いと言っていたのに、なんともそぐわない光景だ。
「さあさあ、どうぞ〜。甘くて美味しいですわよ」
「んー、ほんと。これ美味しいわね〜」
 見ているだけなら、二人で甘味が強い葡萄酒でも酌み交わしているようだ。お互いに酌をする手つきがぎこちないのと、杯の中身が鮮やかな橙色なのがおかしいけれど、周りの者はその光景に微笑むばかりである。
『なんの酒を飲んでるんだ? 味見させてくれ』
「ん〜、猫又のお口に合うかなぁ」
「はい、オレンジジュースどうぞ」
 子守り仕事はそっちのけで、あちこち巡って酒と肴をせしめていたシンノスケが、猫好きフラウならいいものをくれると踏んだか、軽やかな足取りでやってきた。迷ったフラウの脇から、シタールが新しい器にオレンジジュースを注いでやったが‥‥
「猫って、柑橘系は好きじゃないのよね」
 自分達は、これで雰囲気を楽しみながら美味しい思いをしているのにと、フラウは逃げ去ったシンノスケの後姿を眺めつつ、大変残念そうだ。

 もうしばらくすると、開拓者ギルドの面々もやってくる。何人来るのか、仕事の具合でよく分からないが、二、三人ということはないだろう。開拓者を除いても、ギルドは結構な大所帯である。
 そうした人々にも行き渡るようにと、ギルドマスターの自宅台所を借りて料理の腕を振るってきた面々は、ただいまそれらを並べるのに忙しい。羅喉丸が大変気前よく材料費を出してくれたので、皆で手分けしないと運べないほどに料理も準備できている。
「農家の方がいらっしゃるようですから、お騒がせするお詫びを先にしてきましょうか」
 それらを並べている中の一人、ミーファが最初に果樹園で働く人達に気付いた。事前に許可は得ていると聞いてはいるが、何しろそう主張するのがシンノスケだ。彼の飼い主が所有者らしい。ちなみにこの件は、月与がカーチャとマーシャの母親、ヴェラにも確かめてあるが、相手が誰でも挨拶は必須だろう。
 実は、すでに『中に入っても大丈夫』と聞いたルースが、桜桃の木の下でご満悦にのんびり座っているのだが‥‥あいにくと、それには誰も気付いていなかった。当人も竪琴の弦の張りを確かめていて、周りのことはよく見ていない。
 ようやく竪琴の調整が済んで一安心した時には、果樹園の人々がすぐ近くにいた。人見知りのルースにとっては、挨拶したいけど何を言えばいいのか分からず、こちこちになってしまう状態だ。
 幸い、そこにミーファや月与がやってきて、果樹園の皆さんに挨拶してくれたのだが、
「いいわねぇ、お花見。私も混ぜてもらおうかしら」
「いけません」
「え、でも、シンノスケもいるし」
「絶対にいけません」
 シンノスケの飼い主は貴族のようで、お花見に興味津々である。けれども、お付きの面々に早く帰ろうとしきりに促されていた。
「じゃあ、お屋敷でお花見しましょう。お客様をたくさん呼ぶことにして」
 ね? と同意を求められたミーファと月与は、周りの反応を確かめてからにこやかに頷いた。いささか浮世離れした主に苦労していそうな面々に目顔で頼まれては、二人とも断れない。
 ルースは、そんな二人の後ろから顔を覗かせて、女性と目が合った時だけぴょこんと頭を下げた。
「どちらの貴族の方かしら。後でギルドの人に訊いてみましょうか」
 うっかり名乗るのも忘れていたと月与が気付いて、ギルドの面々が来てから事の次第を伝えたところ。
「皇帝陛下のご愛妾の一人ですよ。皇子様のお母上」
 あっさりと、そう説明された。それでいて、酔い潰れたシンノスケを二人掛で引っ張って遊んでいる。
「うわぁ‥‥その方なら、先日依頼でお会いしたわ」
 準備を手伝っていたフェンリエッタは面識があったようだが、ギルドの面々は『会わなくて正解』と苦笑している。流石に皇族が加わっては、呑気に花見とは行かない。顔を見せていたら、きっと今頃ここにいたら周りが苦労する人が座っていたに違いない。
「皇族のお花見‥‥すごいお料理が出そう」
「あ、そこは気になるわねぇ」
 いきさつを聞いた真夢紀は、豪勢そうなお花見を気にして、月与と二人で台所だけでも覗いてみたいと話を弾ませ、ルースから尊敬の眼差しを向けられていた。ミーファは、果樹の世話のコツを聞くのを忘れていたと、今更ながら後悔中。
 それもどうかと思う者もいるが、一応お花見は仲間内で続く模様。

 花見と言えば、宴会がつきもの。どうも今回は料理に本職はだしの者が何人もいるようだから、目立つような弁当は避けて軽食でも持ち込もうかとリアと纏はサンドイッチ風のものを持参していた。
 多分、参加者はいずれも『好きなものを持ってくれば良い』と遠慮は必要ないと言ったろうが、一生懸命作った弁当が他と比べたら今一つだったりすると気分的に盛り下がるとか、気心が取れた者同士でゆっくりしたいとか、彼女達には彼女達なりの理由があったのだろう。
 しかし、そういうことに頓着しない者もいる。
「お姉ちゃん、きらのおいなりさんとそれ、交換して?」
「パンちょーだい」
「違うでしょ、交換してくださいでしょ」
 自作の弁当、そうとしか思えない形の崩れたものが多々混じる弁当箱を手にして、綺羅達が期待に満ちた目でリアを見ている。
「これねぇ、父ちゃんと作ったの」
「へぇ、あのお父さんと」
「じゃあ、これは親父殿が作った方かな?」
 お稲荷さんというには、大分中身が偏って潰れているのが無骨そうな父親作かとリアが指したところ、綺羅は自分が作ったものだと胸を張った。
「父ちゃん、お料理じょうずよ」
「そうなんやねぇ。でもこれ、お野菜ばっかりやで? ええの?」
 自慢げな綺羅に、纏が自分達の弁当が野菜ばかりで子供の口に合うかと心配している。が、相手方は、それを違う風に聞いたようだ。
「お野菜が好きなのね。じゃあ、これあげる」
 とにかく交換してもらうのだと頑張っている三人に、先に折れたのが纏だった。
 リアは何とも言えない形のお稲荷さんはじめを前に、何とも微妙な表情だ。彼女はお稲荷さんが四角でも三角でも、綺麗な形ならいいが、丸とも角形ともつかないのは‥‥中身を詰め直したくなってくる。
 もちろん、そんなことをしたら綺羅達が悲しい気持ちになりそうなので、懸命に我慢。でも、交換が済んで満足した三人が次の相手のところに走ってから箸でちょいちょいと姿を整えていた。
「なんや、口に入れたら同じやのに、やっぱり気になるんやね」
「性分だ。好き嫌いはしないよ」
 交換でもせっかくもらった人様の料理、綺麗に並べ直して、目でも楽しんでから賞味したいのだ。リアのそういう性分を知っている纏はくすくす笑いながら、綺羅が寄越した惣菜を自前のサンドイッチに加えている。そうしたらきっと美味しいと散々繰り返されたので、試してあげているわけだ。
「あ、ほんとにいいお味やわ」
「こら、こぼれそうだぞ」
 気をつけなきゃダメだと言っているリアの皿には、桜の花びらが飾りのように落ちている。

 酔っ払った猫又が、果樹で爪とぎをしようとするのを、ティアは慌てて止めていた。
「傷が付いたら、美味しい果物がなりませんよ」
『このくらいでめげる樹なんか〜』
 人は上品と行かなくても、ここまで平和に宴会しているのに、猫又達がふらふら歩き回っている。
「そんなことで、お子さんに何かあった時に動けないでしょう。もうあげません!」
 爪とぎしようとするシンノスケをティアが抱えて茣蓙のところに戻ろうとしたら、吹雪はフェンリエッタにこれ以上の飲酒はまかりならぬと叱られていた。
『酔ってないよ、このくらい平気だってば』
 酔っ払いは、たいていそういうものである。まさか猫又まで言うとは、ティアもフェンリエッタも思わなかったが、ここでうっかりもう一杯飲ませたら、どちらも帰り道は泥酔で高いびきに決まっている。一応でも子守りの名目で来ているのだからと、二人がかりで言い聞かせていたら、吹雪もシンノスケもぐうすか寝始めた。
「もうっ。氷でも掛けてあげようかしら」
「ふふっ、せっかく春になったのに、冷たいのが降ってきたら驚くでしょうね」
 それとも猫舌には熱いお茶の方が効くだろうかと、ちょっとはお仕置きでもと相談していた二人は、周りの様子に実際に香草茶を淹れ始めた。まだまだ宴会は賑やかだが、中には飲食に一区切りという者もちらほらいる。そういう人には、熱いお茶が嬉しかろうと言うのと、飲酒していないと少しばかり風が肌寒い。
 ついでに、猫又達用に酔い覚ましに効果があるお茶も用意しておいてやる。熱いものは飲まないだろうから、今のうちに用意だけしておいた方がよいだろう。
「実家の方も、そろそろ花が咲いたかしら。なんだか去年のことは、記憶に薄いわ」
「あらあら、一年間忙しかったのかしら? でも私も実家にはずいぶん不義理しているかも」
 春の花はこうやって一時に咲くものだと思っている帝国生まれの二人だが、帝国内にいてもなかなか里帰りは容易ではない。この時期には春の訪れや今年の豊作を祝い願う祭りも多いが、もちろん地元のそれらともご無沙汰している。
 どちらからともなく、春の祭りによく聞かれる歌が口から滑り出て‥‥
 ルースやミーファ、それに大半は帝国出身のギルドの係員達が振り返り、
『歌は子守歌に限るよ』
『いや、もっと派手な歌がいい』
 酔っ払い猫又が起き上がって、近くに見えた楽器をいたずらしようとしたので‥‥こんどは四人がかりで怒ることになった。

 筍のおにぎりの最後の一つを、纏とリアが半分に分けあっていた。
「お!、これも美味しーわー。これを煮ているお出汁って、どんな割り合いなんやろ?」
 昨日煮つけた大根がいい味になったが、また新たな味も知っておきたい。そんな新婚らしい探求心に、リアは自分にもこういう可愛げがあればいいのだろうかと、悩ましい。実際は、人それぞれに味も可愛げもあるのだから、真似をしても仕方ないのは承知しているが。
「大根に筍か‥‥煮るのは大変そうだな」
 それほどでもないよと言えるのは、纏もそこそこ慣れているからだろう。その纏と料理談義が弾んでいる真夢紀は、ほとんど玄人である。
「煮汁の割合を覚えたら、色々応用が出来ますよ」
「今度、これで煮物したる。食べに来るとええよ」
 あんまり楽しそうに言われて、リアはうんと頷くしかないが‥‥楽しみに思っているのも確かだった。それより更に楽しそうなのは真夢紀で、纏から仕入れた料理法を、友人に伝えるべく走っている。
 そんな彼女が起こした風で、ふわふわと散り舞う桜の花びらを、リアと纏は同時に受けようと盃と皿とを差し出していた。

 誰かがやっていたのが面白そうだったので、ジュースの入った盃に、梅の花を一輪落としてみる。
「うーん、なかなか風情があるんじゃない?」
「お酒だったら、粋って言うのかしら」
 あくまでも入っているのはオレンジジュース。どうせなら他にも色々持ってくればよかったが、熱いもの、さっぱりしたものに食べ物が欲しければお茶を貰えば済む。フラウもシタールも、酒宴ごっこに十分満足していた。
 それに先ほどから、吟遊詩人はじめ腕に覚えがある面々が、歌と演奏を披露してくれていた。いきなりの合わせでたまに音が乱れるが、格式ばった宴でなし、それも楽しみのうちだ。
「今度は、夏にまたこういうのをしてみましょうか」
「納涼の宴か、いいね」
 別に夏まで待つもないが、屋外で酒もどきを楽しむような会となると、そう毎月のように何かがあるわけではない。
 納涼の時には、何を用意していこうかと二人の相談の声は弾んでいた。

 酔漢が騒ぐようなことはなかったが、つい果樹園の枝に手を伸ばし、月与に怒られた者は数名出た。
「桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿と言います。樹を傷めつけるのは感心しませんし、なにより人様のものですよ」
 持ち主の身分に関係なく、うっかりで折られては丹精している人達に失礼だ。というわけで、問題を起こしたギルド員達は甘味取り上げの刑に処された。月与が駄目というものを、主に料理担当だった真夢紀が許すはずもなく、心底反省させられる羽目になったが‥‥
「ひゃあ、手品‥‥です」
 一番の責苦は、纏が懐からありえない量の菓子を取り出して、子供達に与え始めた時だろう。演奏のご褒美として最初に受け取ったルースは、しばらく受け取るのを忘れて菓子を凝視していたくらいである。
 それからしばらくして、そのルースはじめ年少者は真夢紀以外がうつらうつらとしていた。ルースは演奏の緊張疲れ、綺羅達は単純に遊び疲れだ。
「忘れ物はないかな。子守り役は?」
「吹雪さんは私が連れていますけど」
「シンノスケさんは、この籠が気に入ったみたいですね」
 綺羅は周りを綺麗に片づけた月瑠が、自分の荷と一緒に抱えている。寡黙で強面でも、父親らしい態度は常に取っていた。
 カーチャとマーシャは、羅喉丸が両手に一人ずつ抱え上げ、彼が行きに持っていた荷物はギルドの係員達が分担している。テイワズ以外が大半だと、羅喉丸一人分の荷物を小分けしないと持てないようだ。酔いと満腹で力仕事に向いていないせいもあるかもしれない。
 挙句に、子守りのはずの吹雪はティアの肩で高いびき、シンノスケは籠に入り込んでミーファに揺らされてもぐうすか寝ている。しかも、生意気に寝言で子守歌と繰り返していた。吹雪が好きなのか、子守りに必須と思っているのかは、よく分からない。
「ええと、じゃあこれは籠に入れておいてくれる?」
 寝言でまだ歌っている様子のルースは、フェリンエッタが背負っていた。帰り際まで、皆で摘んでいた野の花は、両手がふさがるのでシンノスケの籠の中に。他の荷物は羅喉丸と同じく、係員達の分担だ。
「お主は、平気か?」
「お話ばかりしていたから、そんなに疲れてません」
 月瑠に尋ねられた真夢紀は平然としたものだが、彼女の荷物はあっさりと月瑠に取り上げられていた。ここから街まで、割と距離はあるのだ。
「あー、帰り道は気分が乗らない」
 誰が漏らしたものか、楽しいことの後はちょっとがっくりくると会話し始めた係員達に届いたのは、子供達が好きでかつ元気が出るような歌だった。要するに、元気を出して歩けということ。
「演奏、演奏しますっ」
 最初は数人、そのうちに歩いている半数以上が声を揃え始めた歌声にルースが顔を上げて、彼女には珍しく叫んだが‥‥まだ夢の世界に漂っているらしい。
「れんしゅう、しないと」
 また寝てしまったが、ルースの言う練習はもちろん楽器だろう。
 でもこの呟きに、楽しんだひと時から、明日に向けてやるべきことを色々と思い描いた者も少なくはない。
 その中には多く、家族や知己への手紙を届けようというものが含まれていた。