【震嵐】駐屯地の憂鬱
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 3人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/05 08:35



■オープニング本文

 神楽の都郊外に、魔の森への攻勢に助力するためとしてジルベリア帝国軍が駐屯してしばらく。

「どうした?」
「え、いや、なんでもないっす。でかい馬っすね」
「見物なら、陣の方に行くといい。間違って踏まれたら、お互いに大変だぞ」

 最初は、訓練場として使用している草地に、近所の農家の人々がちょくちょく入り込むことから始まった。

「この間の塩漬け大根、他に何か入れてるか?」
「いえ。塩だけで、うちの秘伝の方法で漬けてますけど」
「なんか‥‥妙な味がするんだが」
「んまっ、失礼な。一番いい漬かり具合の野菜を持って来てますよ」

 総数三百人前後の軍勢なので、糧食は一部を現地調達している。
 いつ移動が始まってもいいように、保存食加工されたものを仕入れているのだが、注文したものと違うものを持って来ているのではないかと、料理人達がぼやく。

「喧嘩? 何が原因だ?」
「酒場側の勘定の水増しが判明したのと、女性に絡む奴が多くて怒り心頭といったところで」
「地元の娘らには絡むなとあれほど言っておいたのに、破ったのは誰だっ」
「逆です。女客は珍しいって、うちの医療班の娘達が絡まれました」

 宿営地内でも飲酒は出来るが、届け出を出せば外出、外食も出来る。
 しかし出歩く者が増えてきたら、ちょくちょく揉め事を起こすようになってきた。
 多いのは、勘定を誤魔化されたり、よそものと絡まれて、最終的に喧嘩に発展するものだ。

 そうしたことで、帝国軍の指揮官達が頭を痛めているのと同様。

「うちは宿舎にって言われて部屋を空けてあるのに、ちっともよりついてくれない」
「俺んとこは、向こうにいたことがある料理人を頼んでるのに、あんな評判悪い店に行くなんて」
「あれだけ人数がいれば、陣の中で興行させてもらえれば儲かると思うんだけど、誰に掛け合ったらいいの?」
「あちらの殿方は、どういう綺麗どころがお好きかねぇ? うちの妓達と遊んでってくれりゃあいいのに」
「なんか手伝い仕事ないのかなぁ」

 旅館に食堂、旅芸人一座に遊郭、日銭稼ぎの子供達までが、いい仕事先になりそうだが接触の仕方が分からない帝国軍を横目に、悶々としていた。
 もしもここに、世話焼きの精霊なんてものが存在していれば、

『あらまぁ、連絡手違いで畑に馬が入ってるし、宿舎の一部が名簿から洩れてるのね。食文化の違いが不満になったり、食堂と酒場の区別がつかなくて嫌な思いしたり、中の人達は大忙しじゃない。お仕事したい人もいっぱいいるんだから、取り持ってあげるわよぅ』

 なんて、切り盛りしてくれたかもしれないが、そんな精霊は存在しない。だいたい居ながらにしてすべてを知れるような高位の精霊は、人が何をどうしていても気にもしないものだ。

 よって、帝国軍の管理を担当する人々も手が回らなくなってきて、神楽の都の役人に手伝いを求めたが、あちらも猫の手も借りたいところ。とても手助けに駆けつける余裕はない。
 ならば、各国文化に詳しい者の手を借りて、問題点の洗い出しと解決を目指そうと、開拓者ギルドに依頼が出された。




■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 菊池 志郎(ia5584) / リーディア(ia9818


■リプレイ本文

 ここまでの規模になるとは、正直予想していなかった。
「この料理が、どこの店だって?」
「ヴォトカが置いてある酒場は幾つある〜?」
「ええと、あーっもうっ、地図が一つじゃ見にくくてかなわないよっ」
 ジルベリア帝国軍の宿営地の端に、大きな案内図が立てられていた。近くの街路の図には、帝国軍や開拓者ギルドお墨付きの食堂や酒場が名前入りで色別に分けて書かれている。
 だがしかし、その案内図自体が一枚しかないので、訓練後の自由時間には人が押し合いへし合いしている。
「もう一枚、いや二枚、書いてもらうとしましょうか」
 近隣の飲食店を記した地図があれば、誰も迷わないだろうと菊池 志郎(ia5584)が帝国側の担当を捜そうと、人ごみに背を向けると、
「はい、皆さん。では天儀の茶店、こんな店構えのお店の利用の仕方をご説明します」
 一緒に依頼を受けた柚乃(ia0638)が、店構えで違う支払方法の講義を始めていた。半紙に描かれた店の絵は、天儀の旅芸人一座から絵が達者な人を見付けて、描いてもらったもののはずだ。
 茶店も店によって、後払いのところと品物と代金が引き換えのところがある。代金引換の方が簡単に飲食が出来て安価だが品数が限られるとか、案外細かいお役立ち情報が入っていた。
 そんなあちらとこちらの人だかりの合間を、リーディア(ia9818)が十代前半の子供達とその母親世代の女性を連れて歩いていた。手に手に洗濯桶を持っているところを見ると、仕事のあっせんの手伝いだろう。
「帝国の皆さんの着ているものは毛織物が多いので、野良着のようにざぶざぶ洗うと縮みますから。そこに特に注意してくださいね」
 汚れ具合によっては、泥はねをこすり落として洗わないあたりから始まって、菊池の家事知識にない事柄まで話している気がする。
「道幅から直した方が、いいかもしれませんね」
 宿営地の見取り図そのものが変わりそうだと、人の出入りが予想以上に増えた様を見て、菊池は人を掻き分け掻き分け、自分の仕事をしに向かった。
 宿営地の一番端、神楽の都に近い場所には、帝国軍から借りた天幕を半分も開けて、芸人一座の本日の演目の宣伝が始まっていた。


 帝国側で困っている事柄は、一応覚書が作られていた。特に問題視されていたのは、訓練場に人が入り込むことだ。射撃訓練やアーマーの組打ちに地元の住人が巻き込まれたなんて、帝国の威信や兵士の士気だの言う以前に、当然あってはならない。
 他に兵士が大量に駐屯すれば帝国内でも起きる酒場等での喧嘩や勘定問題と、料理人達が文句を言う保存食の仕入れがあるが、今回の依頼を受けたリーディアと菊池、柚乃の三人はこの人数でも十分に手分けして調査にあたれると考えた。
「帝国の方が行くと萎縮してしまったようなので、お二人のどちらかにこちらの集落をお願い出来ますか」
「俺が行きますよ。料理のことよりは、得意分野ですから」
「えぇと、そうしたら柚乃はお店を巡ってみますね」
 きっと他にも表に出ていない問題点はありそうだが、ともかく帝国側が把握している大きな問題は三つ。一つに一人が行けば、時間短縮で解決も早かろうという計画だったが‥‥
「いや、柚乃さんは集落に行ってくれませんか」
 女性が絡まれて難儀した店に柚乃を行かせては問題の再発生率高しと、慌てて菊池が入り替えを言い出し、柚乃はきょとんとしていたがリーディアの勧めもあって了解した。
「では、行ってきます〜」
 菊池の懸念に思い至らない様子の柚乃が、最初と反対方向に向かい、菊池とリーディアもそれぞれの調査を行う方向に歩き出した。リーディアが大した相談もなく食料担当になったのは、帝国人と天儀人の好みの違いに一番詳しいと思われるからだ。
「漬物一つ取っても、家庭の味があるものですしねぇ‥‥いっそ漬け込む材料を全部見せてもらえば、簡単に話が済むのじゃないかしら?」
 リーデイアは自分も食べ物に限らず色々と困惑した体験があるから、料理人達の不審も覚書にある情報だけでかなり察せられる。しかし、塩漬けを持ってくる神楽の人達が悪事を働いているとも思わなかった。
 単なる習慣や何かの違いから発生した誤解に違いない。だから双方の話を聞いて、ちゃんと突き合せれば解決する。この考えは、菊池や柚乃にも共通していた。
 やはり各地を移動することが多い開拓者は、誰でも何度かそういう体験をしてきて、すぐさまピンと来たのだろう。意見が一致するまで、話し始めて一分掛かったかどうか。
「すみませーん、ジルベリア帝国軍からご依頼があって参りました」
 帝国軍からと聞いた塩漬け野菜を納入している店では、何か苦情でも言いに来たかと警戒した顔付きでリーディアの倍ほどの年齢の女性が出てきたが、
「‥‥あんたは、あんまり帝国の人らしくない、よね?」
 天儀風に深々と頭を下げて挨拶するリーディアに、今まで会った帝国人とは違うものを感じたらしい。生まれは帝国だが神楽の都に暮らしていて、今は子供もいるのだと話した彼女にほっとした顔をした。

 その頃。
「え、おまえさん、神楽の娘っ子じゃないのかい? その着物、今の流行じゃないか」
 人を訪ねるのだからときちんと身なりも整え直して出掛けた柚乃は、リーディアはと反対のことを訊かれていた。見るからに天儀出身の顔立ちで、着ているものも確かに神楽の流行を取り入れているから、年齢が若いことは別にしても、帝国軍の使いには見えなかろう。
 開拓者ですと説明されても、訪ねた先の集落に並ぶ農家の人々は意外そうな面持ちを崩さなかったが、用件はこれこれと口にしたら、すぐに合点がいった表情になった。その割に、どうして訓練場に入り込むのかには口が重い。
「何か理由がおありですよね? 帝国の皆さんも、事情が分かれば事故にならないように手配するって、そう言ってくれているのですが」
 飼っている動物が入り込むようなら、仮柵を訓練を兼ねて作ってくれるそうですよと、先に話を聞いておいた帝国側の譲歩案件の一つを説明する。一部の騎士や兵士が、皆が入り込む場所は見るからに土地が豊かそうなので放牧地に使っているかもと、柚乃達が出発前に訊き歩いたら話してくれたのだ。
 もっと別の理由ですかと首を傾げている柚乃を前に、農家の人々は『ちょっと待ってて』とお茶を出して、なにやら相談に行ってしまった。

 女性二人をこちらに回さなくて、本当に良かった。と、菊池は問題の店の前で、あからさまに胸を撫で下ろした。帝国軍の女性達が絡まれるのも道理。天儀の店を見慣れた彼には、ここがあまり品の良い店ではないことが分かる。表通りに近いが、夜の仕事の女性も客の物色に入り込んできそうなところだ。
 そんなところにうっかり入ったので、酔っ払いに絡まれる羽目になったのだろう。ただ手っ取り早く色々欲求を満たしたい長旅の船員が集まるようで、店の扉に各国の酒がありますと大書してあった。多分、これで引き寄せられた帝国兵士達が、他の店との違いに気付かず出入りしているのだろう。
「ぼったくりは叱るとしても‥‥店を使う側も色々わきまえていないと妙な悪口を言われそうな店ですね」
 先にどんな騎士、兵士が入っても問題がなくて、皆の胃袋と飲み心を満たしてくれる店かを確かめて、目的別でちゃんと行先を選べるようすべきだと、菊池は貰って来た主に兵士出入りの店が描かれている地図を眺めやった。
「もともと外に出てくるってことは、天儀の雰囲気を味わいたいって人も多いんでしょうけど」
 まるきり天儀風の料理や酒だけだと、やはり口寂しいだろう。それに土産を買いたいなんて人達が詐欺にあったり、見当違いの店に入り込んで揉めたりしないように、何かしら配慮した方がよい。あれこれ思いつくことがありすぎて、さてどこから手を付けようかと菊池が道の端で頭を悩ましていると、両隣にちょいと厚化粧の女性二人がくっついてきた。
「ほら、この人やっぱり帝国の人よ。つれてきましょ」
 この地図を帝国軍の見回りが持っていたと片方が言えば、もう片方は菊池の腰にしがみつくようにして、ぐいぐいとこっちに来いと引っ張り出した。
 もしかして自分は女難の時期なのだろうかと、菊池は相手の目的を必死に尋ねながらも‥‥まさか力尽くで引っぺがすことも出来ずに、衆目を集めつつ別の店に引きずり込まれていく。


 三人が、帝国軍から指定された問題点の事情確認に出掛けた翌日。
「出張営業?」
 帝国側でまったく把握していなかった問題点も洗いだした話し合いが、開拓者と帝国側宿営地運営の担当者達との間で行われた。
 一番簡単に解決したのは、食品納入。塩漬け野菜に使われていた塩が、昆布の風味を含ませて作る高級品だと判明したからだ。ただの海水塩の塩漬けと思っていた料理人が、塩抜き方法や調理法を教えて貰うことで、相互理解が成立した。
 これはリーディアも加わっての説明があったので、特に簡単に済んでいる。そのまま料理人と食材店の人とで、他の食材を仕入れるかどうかの商談が続いているほどだ。
 次に訓練場への立ち入り。これは、柚乃が測量違いにより入った畑を心配していたと聞き出している。多分最初の指示違いだろうと、帝国側は訓練場所を離すように上司にはかっていた。戦時でもないのに農地を荒らして恨まれるのはとことん損だと、経験者は語る風情である。
 この際に雑用仕事を受けたがる人が結構いるから、なんとかならないものかと柚乃が頼られて、仕事があるのかどうかを確かめてほしいと報告書に記載していた。帝国側は、そうした仕事を頼むことで、兵士の訓練や休養に有効な時間が取れるかどうかを計算し始めている。
 昨日、旅芸人一座に帝国軍関係者と見られて、興行権を取らせてくれと接待攻勢を受けかけた菊池は、冷静に彼らに関係ギルドの許可を取ることと、身元を保障する人物なり書類なりを整えてくるよう言い渡し、先程それらがきちんと揃ったと知らされてほっとしていた。金一封など包まれても、彼の立場で受け取ったら後がややこしい。ちゃんとした手続きをしてくれれば、彼も仕事として口添えが出来るというものだ。
 その興行系ギルドから芸人達にちゃっかりついてきた遊郭の女将がいて、こちらは勝手に宣伝をして帰ったらしい。実はまだ、会議に参加している人々はそんなことを知らない。
 ここまで済んで、柚乃が言い出したのが『屋台村を作ろう』である。
「お仕事柄時間がなくて、人に食べにいけない人もいますし、なによりちゃんと交流したら、今回のような問題もきっと少なくなります。あと、ええと」
「店側には味の紹介として、皆さん方は試食してから好みの店にお出掛けする判断材料に、いかがでしょう? お店で思っていたのと全然違う味だと、がっかりして深酒、その勢いで喧嘩なんてこともあったかもしれませんから」
 料理は店ごとに種類を幾つと決めて、値段も一律にしてもらえば、会計でもめることもない。店員が足りなければ、それこそ誰か雇って店番をしてもらい、あちこちに利を配る。すれば帝国軍の評判を上げることも出来るのではないか。
 柚乃とリーディアが、せっせと事前に書いた紙を見ながら提案してくるのに、大きな卓を一緒に囲んでいた帝国側の面々はしばしぽかんとしていたが、よくそこまで色々考えたと笑い出した。予想外のことに楽しくなってしまったと、そんな朗らかな笑い方だ。
「で、女性陣はこう言うが、男としてはどうだね?」
「それでも出掛けたい人は出ていくでしょうが、目の届くところに人が多く残れば、外に回す人手も増えて、揉め事は減ると思いますよ。それにきちんと筋を通せば報いてくれるとなれば、神楽の人達も皆さんを粗末に扱おうなんて考えません」
 どうしたって外で羽を伸ばしたいと考える者はいるだろうが、駐屯地内の娯楽が増えれば幾らか数が減って、目が届きやすくなる。そうしてぼったくりを警戒すると同時に、帝国側の不始末も厳しく取り締まってくれれば、出掛けた先で良い扱いも受けることが出来るだろう。
 菊池もそういう意見だし、リーディアと柚乃はその場で屋台村の配置案を書いて『こんな感じでは』と差し出してきた。
「実際に店に商品を出す気があるかどうか、そこを確かめてから場所を区切らないといけないな。そこまで手伝いを頼めるか?」
 三人がもちろんと頷いた結果。
 違う儀で戦うことになる帝国軍全体の士気を、当初の倍以上にあげる原動力になった。