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■オープニング本文 「金なら一枚、銀なら五枚。よろしいですわね」 高らかに宣言した彼女の名前は、アデライーダ。 見た目と実際の年齢差が十歳くらいあるらしい、なかなかの美人である。 「緑の新芽には、意味などありませんわよ」 しかし、そんなことはどうでもいい。 重要なのは、彼女が医者で、今日は薬の材料を採取に来ているということだ。 「開拓者の皆様なら、こんな斜面などなんともないと思います。でももしも怪我をなさったら、こちらの新薬の実験台になってくださいましね」 ついでに、新薬の実験台も求めているらしい。 彼女は知る人ぞ知る、毒薬の専門家だったりもするが。 「金なら一枚、銀なら五枚で、助かる方が数十倍増ですわよ〜」 とりあえず、今日のところは。 彼女の背後の斜面にぽつぽつと生えている潅木の新芽、薬効成分があるそれを求めている。 緑の新芽の中に、稀に混じる金色、または銀色の新芽が目的だ。 合言葉は、金なら一枚、銀なら五枚。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
ルース・エリコット(ic0005)
11歳・女・吟
神室 時人(ic0256)
28歳・男・巫
遊空 エミナ(ic0610)
12歳・女・シ |
■リプレイ本文 この依頼人は危険だ。 目的地に着く頃には、開拓者の大半はそう思っていた。 「毒から精製した薬は、効果が高いと思いますのよ」 「ええ、本当に。私も毒の道に通じるものとして、少しでも役に立てれば幸いです」 加えて、仲間にも危険人物が含まれていた。 まったく、アデライーダとフィーナ・ウェンカー(ib0389)と会話と来たら、毒、どく、ドク‥‥毒薬一直線である。ちなみにフィーナが鉱物毒、アデライーダは植物毒に一家言持つらしい。 「毒は薬、薬は毒と言うが‥‥ま、仲良きことは美しき哉」 「その境地に達するのは、大変そうだ」 妙齢女性二人が嬉々として語るのが毒薬では、医者の神室 時人(ic0256)であっても、会話には加わりにくく、なかなか鴉乃宮 千理(ib9782)の境地には至れない。 同じく医者で、アデライーダとは以前に面識もある御鏡 雫(ib3793)は、基本事項の伝達を代わりに担っているような有様だ。 「これがその金銀の葉を乾燥させた奴だね。煮出して飲むと、よく効く痛み止めになるんだよ」 「あぁ、本当に金色だねぇ」 「毛がもこもこしていて、ちょっと可愛いのです」 「ふわわぁ‥‥」 見本の新芽は乾燥したものだが、色は綺麗に残っている。色は正確には葉そのものではなく、それを覆う毛のようなものの色だが、金銀に見える。これなら探す時に迷うことはなかろうと、陽光に掲げて見たレビィ・JS(ib2821)は納得し、水月(ia2566)は手触りを楽しんでいる。 その横を歩くルース・エリコット(ic0005)は、なぜか足元が怪しい。顔つきは楽しそうなので、何か面白いことでも思い出しているのかもしれない。そんな彼女の手から、薬草を取り去った戸隠 菫(ib9794)は、 「初めて見るけど、使い方は難しいのかな? 覚えておくと便利そうだけど」 首を傾げていた。たいそう効果があるようだから、自分でも使えるといいと思うのは開拓者としてはよくある思考だろう。 そんな薬草採取、まあ斜面を行ったり来たりだとは聞いているが、少し激しいお使いみたいなもの。アヤカシ退治なんかより、よほど楽で遣り甲斐が得られやすいに違いないなんて思っていたのは、きっと遊空 エミナ(ic0610)だけではない。ないだろうが‥‥ 「お話は、ちゃんと聞いていましたが、なんともまあ」 「よーし、いっぱいとっちゃ‥‥えるかなぁ」 一緒になって斜面を見上げたエルレーン(ib7455)の元気も、なんとなく尻すぼみだ。 「金なら一枚、銀なら五枚ですわよ〜」 にこにこと宣言した依頼人は、何の邪気もなく。 ところにより崖、その割合が聞いた話より高い斜面を指して、さあ行けと皆を促してくれた。 皆が命綱をしっかりと握り締めたのは、もしもの時にはこれと依頼人が出した塗り薬が、びっくりするような紫色だったからだ。 最初に案内されたのは、斜面の下側だった。だが上り下りを繰り返すなら、上から降りる方が安心ではなかろうか。少なくとも、命綱をしっかり結ぶ場所が選べるはず。こう考えたのは、一人二人ではない。 そして有難いことに、小一時間ほどかけて回り道をすれば、斜面の上には出られたのだった。 「なるほど、下に案内されるわけだね」 「普通の方には、少々難儀な道かと思われます」 上に出るには、道なき場所に道を刻んで、結構な坂道をよじ登る必要があったが、件の急斜面に比べればよほどまし。よって、レビィもフィーナも途中で少し息が上がった程度だった。 下を見れば、この一時間ほどの間、せっせと斜面の下の方で薬草集めをしていた仲間達の姿が見える。アデライーダも一緒だ。 「下の様子はどう? 悪い病気は出ていないかしら?」 雫も上がってきて、下を覗きこむ。アデライーダが毒蛇でも見付けて、大喜びで走り出していないか、以前に色々見た彼女は心配なのだ。幸いにして、今のところは無事のようだ。 この無事には、上に登ってきた六人も怪しい動物にもアヤカシにも出会わずに済んでいるという無事が含まれている。気分的なものだが、 「こんな茂り具合だと、大型動物は警戒せずとも良さそうじゃな。いや、熊はそろそろ出てくるころか?」 千理が道々そんなことを言うから、警戒心はいやでも募るのだ。アデライーダも、このあたりにはたまに出ると言うし。 その割に、揃いも揃って皆武装よりも皮手袋や網、それに薬草を入れるのとは別の袋などの装備が充実していた。 「熊より毒蛇が出ますーって、笑顔で言う人には見えないんだけどね〜」 言われたのは、もちろん菫だけではない。そして解毒剤も用意されていた。 しかし、紫色の痛み止めを出すような人の薬を率先して使いたいか、ついでに毒蛇に噛まれたいかと言えば、誰一人としてそんな趣味の持ち主はいないわけで。 彼女達は会話の間も、せっせと命綱を結ぶのに良さそうな太さがあって、根のよく張った樹を探していた。なければ杭でも打つつもりだったが、手ごろな樹が三本ほど見付かったので、それぞれに縄を括り‥‥ 「我が先に中程まで降りようかの」 「私もこれがあるし、適当なところまで探って行くから」 千理と雫が、見るからに崩れやすそうなところもある斜面の中程の様子を確かめに、 「では、じっくり降りていくとしましょう」 「もしも落ちそうになったら、アイヴィーバインドで捕まえて差し上げますよ」 「それは嫌だねぇ。よし、私はこっちの方に降りるから」 菫とフィーナ、レヴィはじっくりと目的の金銀新芽を探すため、大体の範囲を相談してから。 「えと‥‥腰に縄を結んで、それから‥‥」 完璧に斜面に怖気づいているルースの命綱の様子を皆できっちり確かめた。急斜面が怖いなら、下の方から少し上るだけにすればいいと思うし、何人かにはそう勧められたのだが、ルースは降りる方がまだ怖くないらしい。 「も、だいじょぶです‥‥頑張り、ます」 必死に気合を入れたルースの目が、まだ泳いでいるのがいささか不安ながら、それぞれに命綱を頼って斜面に挑み始めた。 そんな斜面の下では、残った五人が活動していた。 「え〜い」 可愛らしい掛け声とともに、水月の体が突然何メートルか離れたところに飛び上った。予備動作などない、いきなりの動きだが開拓者にはたまに使う者がいる技能だ。 移動したのは、斜面の中では幾らか傾斜が緩くて姿勢が保ちやすい位置。そこから見える範囲の灌木に、目指す金銀がないかと目を凝らし‥‥ 「それ以上そったら、落ちるわよ〜」 少し離れた場所を器用に滑り落ちていく最中のエミナに、注意を促された。 けっこう身軽に下まで到着したエミナは、腰に提げた小さな籠から銀の新芽を取り出した。運よくたくさん見付かったので、足休めを兼ねて枚数を数えるのだ。五枚ずつ重ねて糸で括っておけば、アデライーダも喜ぶかもしれないし。 なんて、作業していたら。 「よけて〜っ」 上から声がした。咄嗟に飛び退いたのは、上出来だったろう。 「おいおい、無事か?」 「えへへ、すべるの、まねしよーとしたら」 うっかり足を踏み外して、転げ落ちたと笑ったのはエルレーンだった。転げ落ちたとは言うが、半ば飛び降りたようなもので、着地の際には転げつつ受け身をとっている。 「潰されるのは嫌よ?」 「振り向いたら、落ちてくるから驚いたよ。怪我がなくて良かったけど」 エルレーンの悲鳴に駆けつけてきた神室は、医者らしくあちこち怪我がないかを確かめてから、ほっと一息ついた。 それから、上から掛けられた声に気づいて、さして離れていないところの水月と、更に上にいる六人に、問題なしと大声と身振りで知らせている。 「怪我はありませんのね?」 アデライーダが残念そうだったのは‥‥居合わせた三人は揃って見なかったことにした。 事の起こりは、いまひとつ不明瞭だ。 まず、水月はナディエの技能で、できるだけ危なくないところに手早く上がって、周辺の枝を探し回っていた。元の身長が高くないので、あまり効率的には探せないが、熱心に動いていたのは間違いない。 しかし、何かと足元が怪しい斜面のこと。彼女は自分が転げ落ちても他の人を巻き込まないように、自分より下には人がいない場所を選んでいた。それでも横合いをエミナが滑り降りて行くなど、うっかり上を見るのは忘れていた。 分かっているのは、突然に斜面の上の方で妙な音がしたことだった。続いて、ごろごろとすぐ横を石がたくさん転げていったこと。 「う‥‥落ちない」 咄嗟に水月は近くの木にしがみつき、つられて落下するのは避けた。 この時、真上ではルースが空を見上げていた。 「え‥‥あ、足が、足元がっ」 さっきまでは目の前の斜面に生える木の枝だけ見ていたのに、これはどういうわけかとルースは必死に考えていたが、足が宙ぶらりんなことに気付いて、頭の中が真っ白になった。 「あれだけ確かめたのに、なんで切れるかの」 宙ぶらりんは一人だが、命綱が切れたのかどうしたのか、レヴィと千理、フィーナは斜面にしがみつく羽目になっていた。三人同時ということは、命綱を結んでいた樹の内二本がどうかしたのだと、すぐに三人とも冷静さを取り戻したが‥‥ 「ルースさん、暴れてはいけませんよ」 「ちょっと待ってな。すぐに引き上げるから」 今度はぷらんとぶら下がって身動きもしないルースへの心配が出てくる。 命綱が役立っている菫と雫は、すでにものも言わずに上へと登り出していた。下でも異常に気付いて騒ぎ出したが、助けるなら引き上げるのが絶対に早い。 実はこの時、上の異常に気付いた水月やエルレーンが足を踏み外して、土まみれで斜面を転がり落ちたとか、それを助けようとした神室が結局二人の下敷きになったとかもあったのだが、三人ともすぐに起き上れる程度。 「こういう時は、下でも受け止められるようにするのよ」 エミナが敷物を引っ張り出し、それを四人で広げて万が一に備えていた。 下が準備万端整える頃には、雫と菫は斜面を登り切って、どうして命綱が切れたのかを理解していた。 「噂をしたのが良くなかったかしら?」 「多分熊だよねぇ。こんな樹を傾けるのと、かち合わなくて良かったけど」 不運や世の理不尽に怒っても仕方ないとばかりに、二人は背後の気配にも注意を払いつつ、ルースが宙吊りになっている縄を引き出した。見れば、レヴィと千理は上がるより先に、ルースの縄に手が届くところに移動して、小さい体が地面に設置するように出来ないかと苦心していた。フィーナの魔術で、転げ落ちるのは防ごうとしているのだろう。 色々されている間に、ルースもようやく我に返ったようで、上から引っ張られ始めた頃には自分でも登りだしていた。それでも引っ張りあげられる方が、だいぶん早かったが。 そして。 「おーい、フィーナ殿。もう少し右から回った方が楽だぞ」 ルースにくっついてくるように上がってきたレヴィと、遅れがちのフィーナを気遣っていた千理とが、ようやく斜面の上に手を掛けて、半身を引っ張り上げた時のこと。 「え、熊? 誰かの弁当の匂いでも嗅ぎつけて寄ってきたって、うわっ、蛇!!」 熊が出ていたらしいよと説明されたレヴィが、自分の手元にひょいと躍り寄ったものにぎょっとして、手をひっこめた。途端に、ずり落ちていく。 「きゃあぁぁっ」 下の方から二人分の悲鳴と、少し経ってから男性のものと思しき呻き声がした。 上に残っていたのは、蛇のようにうねった縄の一部だ。 開拓者は、一般の多くの人より身のこなしが軽い。 だから体力仕事が苦手なフィーナも、巻き込まれても半ば滑り落ちる形で、速度を落としながら下まで行った。レヴィは何度か転げていたが、途中で岩場にしがみついている。 下にいた者も、その流れで落ちてきた石から身を避けたりしていたが、フィーナを助けに行った神室だけは運悪く踏みつけにされていた。まあ、当人は今回唯一の男性として、医師としてなすべきことをしたと、ちょっとの怪我なのでそこそこ満足だ。 これさえ、なければ。 「すまん。‥‥もう蛇が嫌いになりそうだ」 「あ、怪しい色‥‥あ、なんでもない、うん、なんでも」 「ねえ、何をどうするとこの色になるの?」 あちこち擦り傷に打撲の神室が座っている横に、ちょこんとアデライーダが居て、容赦なく上半身から来ているものを剥いでいた。レヴィはすまなそうに、菫は用意された薬にしかめ面で、ルースと水月は蒼い顔で様子を見守っているが、一緒になって服を剥いでいる雫は、薬の配合方法に興味津々だ。 実は神室も気になるのだが、女性陣にいたわられ過ぎるのも落ち着かない。 「ほれ、消毒薬。何だ痛いのか、大抵の痛みは飴でも舐めりゃ我慢できるぞ」 「あ、おべんとう、用意してきたの。あとでみんなでたべよう?」 「私も持ってきたわ。いったん休憩にしましょ」 痛みや疲れには甘味だと、千理が飴を出してきた。実は甘党の神室はじめ、治療中の医者以外はもらって舐め、エルレーンとエミナが昼休憩だと準備を始めた。 「フィーナさんは、お怪我しませんでした?」 「ええ、おかげさまで」 傷口を洗うための水を用意していたフィーナが、アデライーダの問いかけに平然と答えていたが、実は掌が擦り剥けていることを大半の開拓者は気付いていた。 ここは神室の手当てを優先したとみるか、それとも実験台を嫌ったとみるか。まあ、大抵は後者だろう。 そしてもちろん。 「だああぁぁぁっ! ‥‥し、しみる」 フィーナのその判断は、大変正しかった。 「痛みはすぐ消えますのよ。すごーくしみるだけで」 大の男が悲鳴を上げ、作った医者が真剣な顔で『更なる改良を』を呟く薬など、縁がなければそれに越したことはない。菫や千理の治癒術もあることだし。 水月とルース、エルレーンまでが一塊になって、アデライーダを緊張の面持ちで眺めているが、彼女も一緒になって討論を始めた雫も気づいていない。途中から、大変な思いをしたはずの神室まで加わって、他からは呆れた視線も向けられていた。 「まあよい。研究熱心はそこに置いて、飯にしようではないか。この弁当は、まっとうなのだろうな」 「仕出しのお弁当でしたから、安心だと思いますわ。エルレーンさんの分も、並べてよろしいかしら?」 「あ、じゃあ、私のもどうぞ」 「よし、気を取り直して敷物を広げるか」 ばたばたと食事の支度をして、携帯用焜炉でお茶も沸かし、身づくろいを整えた神室も入って、一同は色々並んだ料理に手を伸ばした。午前中はあれこれあってあまり作業がはかどらなかったから、午後からの活力を得なくてはなるまい。 そのはずが。 「塩の塊が‥‥」 「からーい」 「か‥‥固い、です」 幾つか料理が、劇的に美味しくなかった。同じ料理を食べても美味しいのと美味しくないのが混じる、謎のお弁当状態。 でも、出てきた胃薬を飲んでいいのかも、また迷うのである。 |