洞窟探検行(初心者歓迎
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/01 21:02



■オープニング本文

 志体持ちという存在がある。
 これは姿かたちは常人と変わらないが、生まれ持った能力を高めることで常人には叶わない様々な技能を身につけることが出来る者達だ。
 この志体持ちの中で、更に開拓者と呼ばれるのは、天儀王朝の命で開かれた開拓者ギルドに所属する者達のこと。多くは開拓者ギルドに持ち込まれる依頼を受け、それをこなすことで報酬を手にして生計を立てている。
 開拓者ギルドに持ち込まれる依頼は、世俗のささいな揉め事からその地域の支配階級の秘め事まで様々だが、最も多いのがアヤカシ退治だろう。アヤカシと一括りで呼べば簡単だが、多種多様な人ならぬ化け物相手の戦いは開拓者でなければ容易ではない事も多い。
 この開拓者ギルドは、天儀各国と泰国、ジルベリア帝国の首都や主要都市に置かれていて、それぞれの地域で人々からの依頼を受け付けていた。

 天儀に比べれば寒冷な地勢で、ようやく春の足音が聞こえてきたかと感じるようになったジルベリア帝国の首都ジェレゾにて。
 世界に現在十二名のみの開拓者ギルドマスターと呼ばれる地位にある、ジノヴィ・ヤシンは一件の依頼を前に考え込んでいた。彼の前に広げられているのは、使者が持参した依頼のための書状が一枚、それに付随する地図や諸々の資料が十数枚と、何か複雑な事情を感じさせる代物だ。
 そもそも持ち込まれる依頼は、受付にて専任の職員達が依頼人から事情を聞き、報酬額を決め、依頼料の授受などを行なった後に、開拓者達に依頼書掲示の形で提示されることがほとんどだ。たまに口頭だったり、依頼人が受付の奥にある個室に通されたりすることはあるが、それも珍しい。
 ましてやギルドマスターが直々に依頼を受けて吟味するなど、あまりあることではないのだが‥‥今回はそういう珍しい事情のもの、おそらくは高位貴族からの依頼のようだ。

 しばらく後に、ギルドマスターの指示通りに依頼書を作成した受付の職員は、内容を尋ねてきた開拓者にこう言った。
「洞窟探検。もしかしたら遺跡かも知れないって洞窟が出てきたんで、中をしっかり調べてくれって依頼だよ。アヤカシが確認されている場所もあるし、奥の方は未探索だし、手前には遺跡かもって場所はあるしで、人手が必要なんだ」
 洞窟探検兼アヤカシ退治兼地図作りと盛り沢山な依頼のようだ。



●依頼内容
 ジルベリア某所で、雪崩の後に発見された洞窟内部の探索と、内部のアヤカシ退治、地図作成など。
 現在は雪解けしており、雪崩の危険はない。

●現地の様子
 洞窟の入口が発見されたのは、山裾の荒地。
 山の地下に入り込むように洞窟が続いており、入って五十メートルほどで五つに分岐している。
 途中までは依頼人の部下が探索したが、場所によりアヤカシ出没が確認されている。
 分岐した通路の先は以下の通り。

1.アヤカシが出る通路
 粘体系のアヤカシが多数出没する通路。高さ二メートル、幅三メートルほど。奥行き不明、おそらく分岐がある。
 周囲の土壁に擬態したアヤカシが続々出没する。一部は酸の液体を吐き出すので注意が必要。

2.罠が仕掛けられている通路
 高さ一・七メートル、幅一・五メートルほど。奥行き不明。
 人工的に掘り進められた跡があり、落とし穴が二つ確認されている。先にも何かあるように見えるが、未確認。

3.未探索通路
 高さ一.二メートル、幅一メートル程。奥行き不明。
 自然物の洞窟と見えるが、この狭さゆえ未探索。入口からの確認では、十五メートルはこの狭さで続いている。

4.洞窟内住居?
 高さ三メートル、幅四〜八メートル程。奥行き八十メートル。
 人が居住していたと思しき間取りに洞窟を加工して掘られた場所。幾つかの部屋のようになっている。これといった品物はないが、内部の地図作成を依頼されている。

5.広間
 高さ十五メートル、直径三十メートルの円形広場。
 天井部がドーム状になっており、幾つか明り取りの穴が開いている。何に使われていたものか不明なので、その手掛かりを捜索。
 また休憩所としても使用可能。


■参加者一覧
/ 守月・柳(ia0223) / 羅喉丸(ia0347) / 葛城 深墨(ia0422) / 懺龍(ia2621) / 倉城 紬(ia5229) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / セシル・ディフィール(ia9368) / ルンルン・パムポップン(ib0234) / キオルティス(ib0457) / ブロント(ib0525) / 不知火 虎鉄(ib0935) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 羅衝雲(ib1301) / 俊姫(ib1319) / 涼魅月夜(ib1325) / ミヤト(ib1326) / 瀬戸(ib1356) / 伏見 笙善(ib1365) / 流郷 瑠璃(ib1456) / ロルリ・ルーナ(ib1472) / 美玲(ib1493) / やさぐれ(ib1494) / イデル(ib1512) / 総真(ib1519) / 灰原哲(ib1608) / 闘蛇(ib1614) / お空(ib1655) / シラ(ib1658) / 恋歌(ib1722) / 咲夜‐sakuya‐(ib1723) / 霧谷 樹(ib1749) / 梦兎(ib1760) / 羊飼い(ib1762) / 焔雪(ib1766) / 悠歩(ib1769) / juzu(ib1812) / アスディー(ib1815) / 呂杏(ib1829) / 天枷美秋(ib1838) / うち(ib1850) / 月野 魅琴(ib1851) / 将人(ib1855) / くらんきー(ib1867) / 錆白兵(ib1877) / 黎二(ib1879) / ゆゆじ(ib1892


■リプレイ本文

●事の始まり
 問題の洞窟遺跡に向かった開拓者は総勢三十五人。こんな人数で依頼に赴くことなど滅多にないが、行き先が洞窟だというのも珍しい。
 もう一つ珍しいのは、初依頼の開拓者が多いことだ。すでに一度探索がなされ、ある程度状況が判明しているのと、アヤカシも極端に強い個体は確認されていないことなどから、開拓者ギルドで経験が少ない者にこの依頼を斡旋していた節はある。
 だから初めての体験に緊張を隠せない者も多かったし、同時に期待感が膨らんでいる様子もあった。全体としては期待感が強いようで、表情は少し強張っていても、興奮で顔が赤い者がほとんどだ。
 実際はかなりの経験者も混じっているが、彼や彼女達が場を全て取り仕切るようなこともない。多くの依頼では参加した開拓者の知恵と能力をより合わせて事に当たるから、やりたいことをどう実行出来るか、自分で考えながら、他の人とも相談する姿勢はここでも実行されている。
 だが、たまに、
「何か面白いことでもあるのかなぁと思って」
 と、いつの間にか一番後ろに混じっていた羊飼い(ib1762)のような者もいる。色々持たされた物品があるから、一応開拓者ギルドで依頼に参加登録はされているらしい。出来るだけこっそり付いて来たかったと言うが、人里離れた場所に行く今回、割と早々に見付かっていた。それでも、やはり一番後ろを歩いている。
 その反対に不知火 虎鉄(ib0935)は常に先頭を歩いていて、勢い込みすぎて他の者にゆっくりと諭されたりもしている。気が急くのは彼一人ではないが、これだけの人数だと移動速度を合わせないと、何人かはぐれることにもなりかねないから要注意だ。
 中程では、洞窟内に未探索通路だ、住居跡だと聞いて、今まで見た事のない書籍や碑文、せめて壁画、とにかく文字か絵か、何か古い歴史でも知らせる大発見があるのではないかと期待に満ち満ちた会話を繰り広げている一団もあるくらいなのだ。
 ただし彼や彼女達にとっては残念なことに、今回の探索で見付け、人力で運び出させる物品は全て依頼人に提出しなければならないと条件が付けられていた。写しを取るのは自由だし、宝珠でも出てくれば追加報酬の可能性もあるが、書籍好きには切ない話であろう。まだ見付かるかどうかも分からないのに、溜息をつく者までいる。
 そんなこんなしつつも無事に洞窟に到着した一行は、それぞれが目指す行き先ごとに分かれて、より奥を目指すための準備に取り掛かった。

●広場の中
 これといった調査が必要ないここには、六人の開拓者が荷物を置いた。他にも別の通路探索に行った者が担いできた食料、燃料なども預かっておく。広い場所だが、一度は全員が入った時にはやはり少し窮屈な感じがするし、なにより土埃がひどい。
「怪我人は‥‥ないに越したことはありませんが、食事の準備もあるし、掃除しますね」
 依頼によって、野営となれば埃も気にしていられないことは多々あるが、こんな閉塞空間ではちょっとしたことも不満や緊張の原因になる。そうでなくても綺麗なほうがよい倉城 紬(ia5229)が、道中集めておいた細い葉のついた枝を束ねたものを出した。箒の代わりに、まずはこれで掃こうというのだ。
「アーニー、私が掃きます。借りてきた敷物を後で敷きましょう」
 ジルベリアのどこの氏族か、かなり方言交じりで話すことが多いモハメド・アルハムディ(ib1210)が箒もどきを借りて、さっそく動き出した。今の『アーニー』は『私』と同義らしい。方言と普通の言葉を重ねるので慣れないと面食らうが、分かっていればどうということはない。
 床を掃くなら少し枝を濡らしたほうがいいと恋歌(ib1722)が指摘し、ワイズ・ナルター(ib0991)とミヤト(ib1326)は山を為す荷物を一方に寄せている。
「灯り、もう、全部点けてもいいですよね〜?」
 一人、ロルリ・ルーナ(ib1472)は掃除以外に働いているが、一人で黙々と仕事をするほうが好きらしい。暗いと掃除もはかどらないので、そちらも進めてもらう。
 掃除をして、山になった埃というより土を片脇に寄せ、荷物は食料と燃料で大雑把に分けて壁際に積む。敷物は限られるから、寝床にするよう近くに毛布も積んだ。ロルリはその辺りに治療道具も運んでいる。
「もう、料理しても‥‥平気ですか?」
 ハーブの使い方はよく分からないがと、ミヤトが持参の鍋を取り出した。元料理人だったとかで、自前の道具は使いこまれている。石で竈を組むのも上手で、そちらではもうお湯を沸かしていた。
「手伝いますよ。何を用意しておくといいでしょうね」
 ナルターがさして種類があるわけでもない携帯保存食を広げだし、紬とモハメドが入ってなにやら作り始めた。下ごしらえをして、後は味付けだけのものや、簡単に温めなおせるものが基本になる。ただし、モハメドは地元の習慣で酒や豚には手を触れない。
 その頃には、恋歌は広場への入口で外から仲間以外が来ないかと警戒に努め、ロルリは壁の上のほうに松明をかざして、何か見えないかとやりだしていた。

●罠の道
 こちらはあいにくと三人のみ。だが大人数で向かって、身動きが取れないのでは捜索にならないし、綿密な調査は人数がいればいいというものでもない。
 そんな訳で、セシル・ディフィール(ia9368)が図面作成用の筆記用具と机代わりの板を持ち、伏見 笙善(ib1365)が灯りを、不知火がアヤカシ退治の人達の知恵を倣って行く先を探る棒を握って、不知火を先頭に進むことになったのだが‥‥伏見がすぐに先頭を交代した。灯りと棒は交換である。
「まさかと思うけど、罠に掛かるのが好きなのかしら?」
 セシルがとんでもないことを尋ねたが、そう訊きたくなる位に不知火が罠に飛び込んでいくのだ。それもすでに在り処が分かって、被害がたいした事のないものに、どう見ても自ら。おかげで伏見には腰縄を付けられ、反対端を握られている。
 どうも興味が勝って、そちらに集中しすぎると自分の安全がおろそかになるようで、伏見が先頭に立つと罠には掛からなくなった。なにより、そこからは罠がありそうだが未確認という危険な区域になる。下手に嵌った挙げ句に重傷だの、毒を喰らったなんてなれば、全体に関わる大事だ。ここは伏見の慎重さを見習ってもらわねばならない。
 ちなみに、以前はどこかの軍に所属していたと、往路でぽろりと零した伏見の調査は綿密、かつ時間が掛かるもので、不知火とセシルは結構暇を持て余していた。二人並んで調べるには、少しばかり通路が狭いのだ。
 だが、しばらくして。
「傾向から見ると、殺傷力は全体に低め。足止め目的かな。素人が数だけ仕掛けた感じ」
 流石に火は付けないが、落ち着くのか煙管を取り出して咥えると、伏見はそんな見解を示した。相当古いので、うまく作動するかも分からないが、新たに見付けた罠も落とし穴。壁や天井には、今のところ仕掛けは見付かっていない。
「じゃあ、力技で突っ切っても」
 もっと広くて、誰も目配りしなかったら、一人でどこかに突っ込んで行きそうな不知火が勢い込んだら、他の二人は目顔で『行ってもいいよ』と返した。多分その場のノリだろうが、これで本当に突っ込むとは思わなかったのだろう。不知火も引っ込みが付かなかったのかもしれない。
 流石に新しい落とし穴一つ目に片足突っ込んだ不知火を助け上げ、今度は一番後ろに追いやって、三人の調査で判明したのはおおよそ四十メートルで前方を塞ぐ壁だった。
 ただし、三人がかりの力押しではびくともしなかったが、そこには何か隠していると思しき大きな石があった。

●住居跡
 ここに来る者は、書籍や壁画、骨董品など、ともかくも人が暮らしていた痕跡から歴史を感じさせるものに興味があるという人間が多かった。出掛けに葛城 深墨(ia0422)は開拓者ギルドで、この周辺に目立った歴史的な出来事や伝承でもないのかと尋ねてみたが、依頼人からそうした話を受けてもいなければ、知っている職員もいなかった。雪崩と一緒に崩れた土砂の下から、あまりにも唐突にこんな洞窟が出てきたので調査を依頼したようだ。
「でも人の痕跡があるんなら、間違いなくいたって証拠を見つけたいなぁ」
 多くは大体琉宇(ib1119)と似た考え。もっと細かく、こういうものがあればと願っている者もいるだろうが、まずは入ってみなければどうにもならない。
 灯りを何人かが持ち、他はアヤカシの襲撃を警戒しつつ中に入ってみると、確かにわざわざ部屋になるように彫ったような場所だった。元からの洞窟に相当手を入れたのだろう。
「人がいたなら、灯台がありそうなもんだが‥‥上にない?」
 葛城が灯り持ちをしている錆白兵(ib1877)にも確認を頼んだところ、少し高いところに見付かった。だがそれだけではまだ暗いので、篝火の台も持ち込むこととしたが‥‥
「本もないのか」
 懺龍(ia2621)は心底残念そうだ。まだ確定ではないものの、本や書類などの置き場らしいものはなかったから、少々やる気が減じてきたらしい。反対に、シラ(ib1658)は積もった土埃の中から食器だろう器を見つけ出して、せっせと磨いていた。
「墓地はないのだな」
 人がいたのならそういう場所もあるかと思ったがと、闘蛇(ib1614)はさらりと口にして、流石にこれは同意したくない者も多かったようだ。やや反応が鈍い。でも確かに、あっても不思議はないものである。なにしろ、外にあるならすでに見付かっているはずなのだから。いつから放置されていたものか、足元は埃というより土が溜まっていて、床が見えない場所が大半だ。
 それでもシラなど、棒で土を掻き分け、埋もれていたものをほじくり出しては、壁面をくりぬいた机か寝台と思しきところに並べている。当人はそろそろ顔まで真っ黒だが、気にならないのだろう。
「この器に飯を盛ったら、いつもの三倍美味しくいただけるなぁ!」
 突然こんなことを言い出したりしているが、他の者が見たらそれは硝子製の器だった。そこらの飯盛り茶碗と一緒にしては困る。
 葛城が器の出てきた場所を、まだおおまかにしか書いていないが地図面に記し、錆白兵はシラに倣って足元の埃を掻き分けている。琉宇と闘蛇は壁面に何か書かれていないか、まだ未確認の場所はないかと捜していたが、見付けだしたのは壁掛けが剥がれて落ちたのだろう小さな山である。ジルベリアでは防寒に敷物や壁掛けを多用すると来る時に誰かが言っていたから、床の埃と見えるのも敷物の成れの果てかもしれなかった。
 壁掛けの模様が分かれば、何か住人に関する手掛かりがと、他の者も呼び集めて、そうっと広げてみようとしたが、湿気でやられていたのか崩れて果てた。残念と思ったのもつかの間。
「元の住人の方でしょうかな」
 錆白兵の肝の据わった発言、後刻驚きすぎて声が平坦になっていたと判明する一言で表されたのは、抱き合う姿勢でうずもれていた二人分の骨だった。

●未探索通路の先
 ここに集まったのは、やはり小柄な者が多い‥‥とは限らなかった。やはり先に何があるのか分からない場所に憧れたり、自分の適性を考慮して来たりと色々だ。
 その中で自分の体格と柔軟さを活かせると俊姫(ib1319)は、今にも通路に入り込もうとしてアルネイス(ia6104)に止められている。陰陽師の彼女が式を先行させてはどうかというのも、他で罠があることやアヤカシが出ることを考えればもっともだが、今度はルンルン・パムポップン(ib0234)が残念顔だ。シノビ、自称はニンジャとやらのルンルンにしたら、ここは自分の活躍どころと思うのだろう。
「奥の様子がある程度分かっていたほうが、より安心でしょう」
 灰原哲(ib1608)の一声で、まずは式が行くことになったが、彼は要するに中で地図面を書ける広さがあるのかが気になるらしい。これは瀬戸(ib1356)も同様で、二人とも筆記用具は予備までばっちりと抱えていた。代わりに、灯りは誰かに持ってもらいたいようだ。
「誰か、もう一人棒を持ってもらえるかな」
 奥では道に迷わぬようにと印をつけて歩くつもりのからす(ia6525)は、そのための塗料と安全確認用の棒を持参していたが、弓まで持つとなると手が足りない。俊姫とルンルンが一つずつ受け取って、結局はまずアルネイスの式に先行させることにした。灯りを咥えさせて行けば、控える人々にも何か見えるかもしれない。
 ちなみに、アルネイスの式は一頭身と頭でっかちな『カエルさん』だ。その見た目が愛らしく見えるか、違うかは、人それぞれ。
「この奥、どこからか広くなってますね。音の反響が違いますよ」
 ルンルンが耳を済ませて、皆の会話が洞窟の奥から返ってくる時の音を拾っている。俊姫も頷くと共に、
「かなり広いでしょう」
 ぼそりと、そう告げた。反響具合で、二人にはある程度のことが分かるようだ。
 だが、入った先の床が落ち込んでいる可能性もあるから、アルネイスの『カエルさん』に慎重に進んでもらい‥‥二十メートル弱で広いところに出るのを確認した。足場も平らで、アヤカシの姿もない。
 となれば、誰が最初に入るかでひとしきり騒ぎがあったが、地図面書きの道具を抱えた瀬戸と灰原は手が塞がるので後方。最終的にルンルンが先頭、次が俊姫で、最後尾がからすになった。瀬戸の意気揚々とした口笛で、暗くて狭くても、元気に進む。
 その狭いところから出て、腰を伸ばし、おもむろに明かりを周囲に向けたら。
「何か珍しい物でも落ちてないですかね〜?」
 アルネイスが声高らかに言って、周りを見渡して、誰もが同様にし‥‥
「これ、動き出したりしませんか? 大丈夫のようですね」
 洞窟内にくぼみを掘り付け、そこに延々と並んでいる粗布包みをぺたぺたと触りつつ、瀬戸がしげしげと中身を確認している。
 悲鳴が上がらないのは、さすが開拓者だが‥‥白骨化した遺体を平然と探る神経の持ち合わせが全員にあったかどうかは別問題だ。

●アヤカシの巣
 ここだけはアヤカシが出ると明言されているので、最初の分岐までの道のりはやはりある程度アヤカシ退治の経験があるものが先に立った。けれども大半が今回初めての依頼では、いつまでもそうは言っていられない。
 それで、最初の分岐ではまず二手に分かれた。十四人ほどいるので、半分ずつ。
 右側は羅喉丸(ia0347)、朱麓(ia8390)、ブロント(ib0525)、梦兎(ib1760)、将人(ib1855)、黎二(ib1879)と相変わらず最後に羊飼い。
 左側はキオルティス(ib0457)、月野 魅琴(ib1851)、守月・柳(ia0223)、涼魅月夜(ib1325)、焔雪(ib1766)、やさぐれ(ib1494)、ゆゆじ(ib1892)。
 どちらもまずは分岐をひたすら右だけ、左だけ選んで進み、遭難を防ぐことにした。アヤカシがいないなら、どこかで更に少人数になってもよかろうが、まずはある程度の人数で一番奥を確認だ。単独行動が好きな様子の将人は不満そうだが、今のところはどうやっても単独行動する場所がないので、諦めてもらうしかない。アヤカシ退治と探索が進んでも、大抵の開拓者はこういう場所での単独行動を仲間には許さないのだが。

 分岐を分かれて、左側。最初にそれに気付いたのは、月野だった。皆の合間をすり抜けて、そちらに寄って行こうとするので、まあ待てと何人かが止めている。
「ここまで比べて、随分湿っぽいし、光る苔かきのこでもあるのではないか?」
 なんとなく尊大というか、嫌味っぽい口調だが、これで会話をすると普通に応じるのが月野の不思議なところだ。開拓者には色々なのがいるから、常に目上と遇される身分だったのかも知れず、依頼に慣れた者ほど気にしない。
 実際、洞窟の壁や天井に点々とぼうと光るものがあるのは事実で、松明を掲げたキオルティスがその光点を照らしてみると、白っぽいものが見えた。壁全面にあれば、それなりに明るいかもしれないが、今回は役に立つほどではない。
 だが。
「こんなところに開拓者とアヤカシ以外、居る訳ねぇだろし?」
 その光点が突然消えれば、そこにアヤカシが被さったと見て間違いはないようだ。キオルティスの言う通りに、他の生き物がいたら不自然すぎる場所である。
「これは‥‥アヤカシが、いっぱい倒せそう」
 ゆゆじが緊張も露わに呟いたが、確かに奥からずるずると這いずって来るモノがいた。一つ、二つではなく、五つ、六つといった感じだ。この辺りは幅が四メートルほどあるが、三人並んで得物を振るうのは無理がある。二人ずつ、適当に交代しながら倒して進むしかないだろう。
「十八‥‥だな」
 守月が心眼の効果範囲にいるアヤカシの数を知らせると同時に、キオルティスの声と演奏が洞窟内に響いた。吟遊詩人の呪歌とはいえ、場所が洞窟では変な反響が入るが、効果に変わりはないようだ。その声量に、焔雪が驚いて符を取り落としそうになっていたが、アヤカシからまだ遠いので大事ない。
 と、その間にも涼魅の弓弦が鳴った。身長の三分の二に匹敵する泰弓を引き絞って、次々と矢を射ていく。当たっているのかどうか、非常に姿も確認し難いのが粘体のアヤカシだが、矢が刺さればいい目印になった。
 焔雪が気を取り直して、砕魂符を放つ。矢と砕魂符が当たって、守月が長脇差の一撃を与えたところで、一体が瘴気に戻った。黒っぽい瘴気が地面に吸い込まれるように消えていくのを見て、アヤカシ退治とはこういうものかと思った者もいるだろう。ケモノと違い、血糊で足を滑らすことも、殺した後の死骸が邪魔になることもなく、ある意味戦いやすい。
 とはいえ、数はまだまだ残っているから、休んでいる暇はない。うっかりすると、守月の攻撃を擦り抜けたアヤカシが、皆のど真ん中に落ちてきたりするのだ。
 キオルティスが呪歌を変えて、アヤカシの動きを鈍らせる。月野が嫌そうに顔を顰めつつ、疾風脚の一撃を入れ、身を引くと、今度はゆゆじが十分狙いをつけてから刀を振り下ろした。やさぐれも同様に斬りつけて、その次には蹴飛ばしに行くので、不用意に前に出るなと言われているが、
「だって、剣術わかんねーしっ」
 サムライらしからぬ一言を返していた。まだ修練を始めたばかりでは、そんなこともあるのかもしれないが、酸を使うかもしれない敵に不用意に近付くのは禁物だ。
 ともかくもアヤカシを近付かせないことを念頭に、しばらく戦い続けた七人だが、ようやく最初に見つけた十八体を退治したところで、一度撤退を決めた。どんどん先に進んでもいいわけだが、初戦が多いこともあって二時間近く掛かっている。酸を使うアヤカシは一体だけだったが、全員がぽつぽつと火傷もしているし、一旦下がって休息し、また出直すことにしたのだ。
 それでも一応ちょっとは先を確かめて、そこにもう一つ分岐があるのと、その近辺にアヤカシの気配がないことは確かめておいた。

 右側に進んだ一行は、最初に酸の洗礼を浴びた。
 天井にくっついていたアヤカシが、先頭を進んでいた羅喉丸とランタンを掲げていた梦兎に酸を吹き付けたのだ。羅喉丸は能面をつけていたものの首筋辺り、梦兎はマントの帽子部分をだめにして、更に点々とあちこちに痛みが走る。
 こういう時は自分が活躍するのだといわんばかりの態度で、ブロントが二人を押し退けて前に出た。続けて将人と黎二もアヤカシに近付こうとしたが、同士討ちになりかねないと朱麓が腕を広げて止めている。
「一匹とは限らないよ、ブロント、周りも見てっ」
 朱麓が注意を促してはいるが、ブロントも流石に周囲全ての気配を探るまではいかない。それでも背後から攻撃はされたくないのだろう、壁際の安全を確かめると、そこに背を向ける形で目に付いたアヤカシを大型剣のグリュムソウを振り回している。
 となると、反対側の壁を伝わって近付いてくるアヤカシが出てくるのだが‥‥そちらは羅喉丸が手にしていた棒で殴り付けた。ほとんど効果も威力もないが、居場所が分かれば、今度こそ止められなかった将人が斬り付けた。先を越された黎二が舌打ちしたようだが、先に出ることばかりに価値があるわけではない。
 誰も数を数える余裕はなかったが、ざっと見たところで蠢いているモノは十はいる。態勢を立て直した梦兎がランタンを足元において、その呪歌を響かせ始めた。洞窟内に響き渡るほどの音量ではないが、オカリナの音色が皆の攻撃に切れを与えている。
 不意に、悲鳴じみた掛け声と共に火の点いた松明が洞窟の奥目掛けて投げ入れられた。こちらの洞窟は湿っぽいから、長時間燃えているかは怪しいが、羊飼いが灯りが足りないと気を利かせたらしい。もしかすると、前に出るのが嫌なだけかもしれないけれど。
 火は嫌うのか、松明より手前のアヤカシの動きが少しだけ早くなった。すると視認もしやすくなり、ようやく黎二も一太刀浴びせている。
 そこから先は、妙に騒々しいことになった。オカリナの音色や気合の声は当然として、たまに悲鳴が混じる。時に松明や符が飛ぶ。どうにも恐怖で混乱気味の羊飼いに、
「すぐ終わらせるから、静かにしろ!」
 将人が思わず命令したくらいだ。他もなんとなく共感したのか、頷いていたりする。
 朱麓が使いどころを押さえた炎魂縛武を纏わせた剣で、酸を飛ばすアヤカシを中心に切り伏せている。こうした的確さを学ぼうと考えている者もいようが、まずは目の前のアヤカシに対処するのに精一杯。
 前のめりにアヤカシの群れの中に突っ込んでしまった感もあり、酸を浴びたり、アヤカシにべったりとしがみ付かれたりした者もいたが、自力で歩けないほどの怪我人は幸いにして出なかった。他人に助けられて嬉しくなかった者がいたとしても、いずれは自分が誰かを助けられる力量を手に入れればよいだけのこと。
「やれやれ、これだけ働いて、記念になるようなものもなしか」
 二時間と少し、ようやくアヤカシの群れを退治してのけ、羅喉丸が溜息と共にぼやいた。そのまま先に進んだ彼らはさほど行かないうちに行き止まりに突き当たった。特に何かが隠されている様子もなく、より強いアヤカシの気配もない。
「初めての依頼でわくわくするなんて思ってたけど‥‥ほっとしたぁ」
「早くに終わったな」
 梦兎と黎二の反応は正反対だが、どちらも少しばかり疲れた様子だ。もう一度細かく調べるのは後のことにして、彼らも空腹を訴え始めた体を宥めるために休息に向かうことにした。

●休息とその後
 広場の片隅では、不知火が疲れ果てて眠っていた。
 大抵の者は、紬やナルター、ミヤトが給仕してくれる、器用に干し肉を鉄串にまとめて巻き、炙ったものを切り分けて乗せたパンや温めたスープ、効能色々のハーブティーに甘くした紅茶、少しだが甘い焼き菓子などを好き好きに口にしていた。酒も味さえとやかく言わなければ、十分にある。涼魅のように、色々前に並べて楽しむのも自由だが、やさぐれ所望の牛乳は残念ながらない。チーズなら幾種類か、だ。
 ついでにモハメドが呪歌とは別に、耳に心地よい音楽を場に添えてくれていた。暖と灯りはロルリが見ていてくれるから安心。
「経験があっても、怪我はするものなのですね。あまり無理はしないでください」
 怪我は恋歌はじめ、治癒の能力や手当ての心得がある者が対応して、跡が残るようなこともない。だからといって、確かにそれを当てにして無茶をされては困る。それで反省したのかどうか、戦い方を皆で振り返ってみたりもしている。
 そうかと思えば、シラは捜索先で見付けたものを並べて悦に入ってあれこれ語り、羅喉丸が聞いてやっている。アルネイスと瀬戸は色々磨くのを手伝って楽しげだ。闘蛇も見付けた勾玉を掌で転がしていた。
 他所では、それぞれの通路を描いた地図を広げて、守月とセシル、葛城に灰原の四人が一枚の全体図を描こうとしていた。距離については、からすが補足している。錆白兵はそれを眺めつつ、皆の手際にしきりと感心していた。
 アヤカシの通路はまだ全体像が不明ながら、罠の通路には奥に何かが隠されている気配が濃厚。入口が狭かった通路は、住居跡に住んでいた人々が墓地にしていたのだろう事が判明している。この二つでは光る苔が見付かっていて、採取してきたルンルンや月野が観察に余念なく、俊姫や羊飼いがその様子を後ろから覗いている。
 広場はおそらくもとの住人もこうして使っていたのだろう賑やかさに満ちていたが、腹が満ちて、休息が足りてくると気になるものがある。罠の奥のまた奥。
 そこまで厳重に隠してあるものならきっと貴重なものだろうと、熱心に開けるのを主張する一派がいたので、体力に余裕がある力自慢が向かって、押し開けることになった。単純に力の問題だったようで、今回はようやくながらも開けられた。
「あったーっ!」
 さて、叫んだのは誰だったか。
 洞窟の奥には石板が何十枚か。文字が書かれたものもあれば、絵が刻まれたものもある。懺龍が数枚抱え込んだがとても持ち上がらず、皆で運び出して、まずは広場で写しを取ろうとなった。
 だが‥‥石板の文章は、書いてある内容が読めるが、まるで意味不明。暗号だろうというのが、書籍や文章に詳しい者の見立てだ。
 それでも琉宇などが写しを取り、それが大体終わった頃、今度はアヤカシのいた通路の奥を目指そうと最初より多くの者が向かって‥‥
「退治したはずだろう」
 二時間前後の戦闘を繰り広げた朱麓や梦兎ががっくりとし、ブロントや焔雪、将人と黎二がいきり立ったことに、その通路はまたアヤカシによって埋め尽くされていたのだった。まるで洞窟の奥から湧いてきたように。不幸中の幸いは、一定の場所から出口の方向には進んでこないこと。
 だがそれもアヤカシとしては不自然なことだと、更なる退治は見送られた。普通でない異変ならば、先に開拓者ギルドに報告したほうがよい。依頼の達成はもちろん大切ながら、前例がない出来事、情報は速やかにしかるべきところに届け出るのも大事なことである。機会があれば、また依頼として訪れることもあるだろう。
 もちろん素直に帰りたがらない者も多かったのだが、先達に促されて外に出てみれば、空の下で肩の力も抜けてくる。
 特に、揃って煙管や葉巻を取り出して一服始めようとした伏見やキオルティス、ゆゆじは、一人が提げていたランタンの火を回したりして、特に仲良くなっていた。

 次があれば、今度は‥‥
 どうしたいと望むのかは、人それぞれだったろう。