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■オープニング本文 「おかげさまで、随分痩せましたのよ」 「うんうん。半分くらいになっちゃったかもね」 ジェレゾの開拓者ギルドで、この日の受付卓に座っていた係員は、目の前の夫婦を眺めてこう思っていた。 (絶対に百キロをかなり突破しているよなぁ) 夫婦は痩せた痩せたと繰り返すが、どこからどう見てもとてつもない肥満体だ。 これだけ太っていれば当然のごとく、どちらも膝が痛いのだろう。歩き方がよろよろしている。 だがどちらも身なりは良く、付き添いの使用人までいる。富裕な家庭の主人夫婦と思われた。 「だけどね、最近はあまり痩せませんの」 「そうなんだよね。エカテリーナにはまた怒られるし、あ、エカテリーナは妻の幼馴染みでお医者さんね」 「こーんなに眉を吊り上げて、運動しなさいって怒るのよ。でも足が痛いから、楽に痩せる方法を教えてくれる人がいないかと思って」 過去の依頼の受付表をめくれば、夫婦が昨年はじめに減量方法の指南を開拓者に依頼していたことが分かる。 そして、付き添いの使用人に聞けば、夫婦が開拓者指導の食事法でそれぞれ四十キロ余りの減量に成功していることも分かるだろう。 一年余で四十キロ。医者が監督しているからいいが、とてつもない体重減少である。 でもまだ体重は、どちらも百六十キロくらい。 まだまだ、どこからどう見ても肥満体。 「運動は嫌よね〜」 「エカテリーナは歩くだけでいいって言うけど、目的もなく歩けないよ」 目的は減量だろうが、会話からして運動嫌いが滲み出る夫婦は、それだけのために歩くことは選択肢に入らないらしい。 故に、開拓者に楽して痩せる方法を教授して欲しいと依頼を出していった。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ルース・エリコット(ic0005)
11歳・女・吟
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
パルファム(ic0532)
20歳・男・魔
御鏡 咲夜(ic0540)
25歳・女・武 |
■リプレイ本文 要するに、今回の依頼は俗に言う『だいえっと』とかいうものである。 「しかし、食べたい時に食べるのが一番では? 剣を振るっていれば、太ることなどまずありえません」 「そりゃそうだ。でも、それが出来る人なら依頼なんて出さなくね?」 「あ、あと‥‥開拓者では、ないですし」 食べたい時に好きなだけ食べて、でも体を動かすことも十二分にやっているのだろう。ついでに年齢相応かつ女性らしい体型なるものに縁の深い様子。 そんな多由羅(ic0271)の心底不思議そうな発言に、幸いにしてルオウ(ia2445)とルース・エリコット(ic0005)は『この世から消えてしまえ』とは言わなかった。これが世に多数存在する、美貌の維持に苦心惨憺している方々が相手なら、あらゆる呪詛の言葉を投げつけられても仕方のないところだが‥‥ 少なくとも、この三人は体型維持なんていう苦労とは無縁だろう。 否。 「体を動かす習慣がなくて、食べることが好きだと、おなかが空いて食べたくなったからではなくて、習慣だけで時間かまわず食べているかもしれませんよ」 「口寂しいから、ついつい夜食もとかネ。料理は見た目も香りも楽しむものなのに、残念な食べ方だヨ」 肥満対策には、なにはともあれ食餌療法だと、こんにゃく、豆腐、ゴボウに麩、寒天、玄米と大量に買い込んで、それらを苦もなく抱えてきた御鏡 咲夜(ic0540)が当人達に会う前から冷静な観察力を発揮している。持参した荷物の内容にふさわしく、当人の腰は気持ちよく括れていた。 これに深く頷いたパルファム(ic0532)は、何故か大型の拡大鏡を二つ持参していただが、生業は調香だとか。傍らの鞄には、拡大鏡の他にも、香り関係の荷物が多々入っていそうだ。 そんな二人も、これまた減量の苦労などとは無縁に見える。ついでに、彼らが先に事情の確認に訪ねた主治医のエカテリーナとアデライーダなど、体型と美貌と若さまで維持という三拍子が揃った美人姉妹だった。 ちなみに、開拓者達が主治医姉妹に尋ねたことは、幾つかある。 「食べること以外に、なんか趣味はないのかな? 別に外に出るようなのじゃなくてもいいけど」 「好奇心に溢れたご夫婦なら、どういうことがお好きかも分かっていれば、外に連れ出す方法も検討出来ますしね」 「温泉や天儀風の入浴施設があれば、外に出る切っ掛けに使えると思うのだけれど」 「あぁ、そうだ。香を使うつもりだけど、服用している薬に合わないものがないか、確認をしてもらえるかナ?」 姉妹の方も、開拓者達が訪ねてきたのを幸いとばかりに、依頼人夫婦が服用している薬の種類や量、効能に、普段の食生活の好みや療養での注意点など、丁寧かつ速やかに並べ立ててくれた。その様子を、一人だけちんまりと座ってほとんど口を開かないルースが憧れの眼差しで見上げている。 「外に出ないで済むことが、好きなのよ。来客をもてなして、珍しい話を聞いたりね。流行の芝居も粗筋を人に聞いて満足するのだから、出不精にも程があるわ」 「お姉様が水泳に誘っても、一度も見物にさえいらっしゃいませんものね」 親から引き継いだ別荘の目と鼻の先の川にも出てこない。それ以前に別荘そのものにも出掛けなくなって久しいという強敵の話に、一同揃って肩を落としたが‥‥とにかく夫婦には痩せてもらわねばならないのだ。 「じつに‥‥見事な体型だね」 「まあまあ〜、お二人揃って大きなお体ですこと」 「‥‥‥‥俺、サムライのルオウ。よろしくな」 「‥‥多由羅と申します。こちらは、ルース」 「‥‥‥‥‥‥よ、よろ‥‥しく」 他にも色々情報を仕入れたり、荷物と作戦を整えて、依頼人夫婦に面会した一同は、うっかり失言したパルファムと咲夜はじめ、威勢が良いはずのルオウと多由羅さえも言葉に詰まり、ルースに到っては他の四人の後ろに隠れてしまった程の巨体だったのだ。それが二人、ご機嫌な笑顔で歓迎の意を示していても、二人。 これは駄目だ、特に依頼でなくても何か許せん。 口には出さず、でも同じ事を考えているのは何故か通じ合いながら、五人は目の前の巨体を少しでも縮ませるために動き始めた。 今回の依頼では、依頼人夫婦に運動の習慣を付けて、減量を促進させるのが、まあ多分大成功なのだろう。そう、運動させるのが大切。 だが、しかし。 「お夜食、ですか?」 「そう。どれだけ体を動かしても、その分食べてしまったら何にもならないからネ。ま、それはないそうだけれど、おなかがすいて熟睡出来ないと減量にも身が入らないヨ」 もちろん食事の内容はじめ、生活全般で色々改善しないと、痩せない。 パルファムのみならず、開拓者は一人を除いてそう感じていた。今ひとつそのあたりの実感がないのは、ようやく人見知りが開拓者限定でほぐれてきたルースである。こちらは依頼人夫婦の巨体に驚いた衝撃から、そこまではまだ頭が回らないらしい。 只今は、咲夜が台所で料理人達から日頃の献立の確認を、ルオウと多由羅が近隣の飲食店の調査に出掛けた合間に、パルファムの安眠促進用香草調合をルースが手伝っているところだ。依頼人夫婦は来客中なので、裏方仕事の真っ最中とも言う。 と、そこに。 「お客様もお断り出来たら、更に効果がありそうですねぇ」 台所から、一同に提供された部屋に戻ってきた咲夜が溜息を零した。来客だと、お茶菓子を大量に用意して、もちろん自分達の方がたくさん食べてしまう夫婦の食欲に、どう対処しようか考えあぐねたようだ。 流石に用があって来る人を断るのは無茶だが、そんなところまで考えないと行けないのかと、居残りの三人はやれやれと肩を落としている。 悪い人ではないのだ。未成年のルースが訪れたのを見て、ぽっちゃりを通り越してどっしりした手で頭を撫でてくれたり、お菓子をくれたりしようとするなど、気のいい夫婦で依頼人ではある。一緒になって食べようとしなければ、そもそも依頼人にはならなかったのだろうけれど。 蛇足ながら、あまりの巨体にいまだ夫婦に馴染めぬルースだが、二人の事を『ふよふよしていて、抱き付くと気持ち良さそう』と口にしていた。他の四人からは、生真面目な顔で『あれはふよふよとは言わない』と返されたが、そこはまあ個人の見方の差。 こんな厳しい条件の中で、一つだけ助かったのはパルファムと多由羅が心配していた夜食のこと。二人とも腰痛があるので、一旦横になると誰かに手伝ってもらわないと起き上がれない。もちろん間食も出来ないから、結論は『速やかに熟睡させる』だ。そこに到る手段の色々を、三人はせっせと用意していた。 ちなみに、自力で起き上がれないと聞いた多由羅はルースとパルファムに、いっそ人体を強制的に操る術で走らせてしまおうと言い出していたが‥‥そんな方法は、もちろんない。 「うむ。あれは返す返すも残念だ」 「無茶は言うなよ。あの体で走ったら、絶対に足腰痛めるから」 近隣で、特に言うならあの夫婦が歩いていける距離で、何度でも通いたくなるような飲食店はないものか。そこには、栄養があっても太りにくい料理を出すとか、夫婦の好奇心を刺激する珍しい料理が取り揃っているとか、諸々の求めることもあるが‥‥まずはとにかく歩いていける距離が一番。 そういう店を探して歩いていた二人だが、ギルドやエカテリーナ達からも情報を仕入れたものの、距離が難問だった。往復することを考えると、片道十五分。一応お屋敷街に住んでいる夫婦の自宅からだと、ほとんど店がないのだ。 「片道が三十分なら、結構いい店がいっぱいあるのになぁ」 店がないなら、近場で料理人を呼ぶか、自分達が調理してもいいような場所に卓や椅子を運んでもと多由羅は考えているが、それに向いている場所も探しあぐねていた。 「目的意識を持たせて歩くのを促すとしても‥‥片道十五分、しかもあのお二人では行ける範囲が本当に狭くて」 困り果てたと、ルオウと多由羅はそれぞれに頭を掻き毟る寸前だ。いや、髪型を気にしないルオウは、がしがしと掻き毟っている。 「痩せれば、もっと遠くまで美味しいものが食べに行けるのに‥‥あ!」 ここで、多由羅は気が付いた。 夫婦を歩かせるには、何か目的が必要だ。一日に歩けるのは、今のところ三十分。 「おっと、それは盲点だったぜ!」 話を聞いたルオウも、これで行ける店が増えたと大喜びだ。 でもまあ、そこから夫婦を出掛ける気にさせるのが、また難しかった。 「ねえ、これだと食べにくいのだけど」 「そうだろうネ。でも、たくさん食べているような気になるだろう?」 「そうかなぁ。時間が掛かって大変だよ」 「ゆっくり噛んで食べると、味がよく分かりますよ」 ルオウと多由羅が、美味しいお店情報を世間話に混ぜれば『料理人に来てもらえないか』と言い出し、歩いていくことで空腹感を増すとより美味しいのだと咲夜が説得すれば後ろ向き態度を発症。ルースが気合を入れに入れて、なんとかかんとか外に誘う発言をしても、効果が今ひとつ。 結局、咲夜が持ち込んだ食材を使った満腹感は得やすいが、薄味で少なすぎる食事を、パルファム発案の拡大鏡で覗きながら食べることを続ける、一種の兵糧攻めに入った。美味しいものを食べたかったら、外出するしかない状態に追い込んだのだ。 開拓者の中にも、これでは満足できない者もいて、さっさと出掛けて美味しい店探しに勤しんでいる。帰って来たら、もちろんその話で盛り上がり‥‥ 「あの‥‥アル=カマルの、お料理が美味しいお店が、あったん、です。ぜひ、食べてみて、ほしいです」 自分の故郷の味を知って欲しいのだと、ルースが小首を傾げておねだりする作戦まで発動した。誰が考えたものだか、少なくとも言っている当人ではないだろう。 ここまでして、ようやく夫婦も重い腰を上げた。最初は馬車で行くと渋っていたが、 「空腹は最高の調味料だと、皆でご説明しましたでしょう? 馬車は帰りだけです」 多由羅にきっぱりと言い切られ、何年ぶりかで徒歩のお出掛けと相成った。 この夫婦が食事の後に歩くなんて、良く考えたら無茶ではないか。あんまりぐずぐす言いながら歩いていたら、流石に外聞とか色々差し障るから、その分も往路に回せば行けるところがたくさんある。 途中で疲れ果てて動けなくなることも考えて、一応馬車には後から着いて来て貰うのだが、これは悪くない考えだった。 「いやー、あの店の料理もお勧めがいっぱいで、どれがいいって説明するのも迷っちゃうな。料理人もアル=カマルの人でさ、珍しい料理がいっぱいなんだよ」 ぜいぜい、ふうふう、よろよろ。 簡単に見積もって、今いる開拓者五人より夫婦の方が合計体重は重いのだ。それはまあ息切れもするし、汗だくで、あまり見栄えはよろしくない。 だが、ルオウがせっせと夫婦の気を引く話題を振り続け、それでも音を上げたらルースがどちらかの手を引きつつ口笛で気分を盛り上げた。 「もっと楽に痩せられる方法ってないのかしら」 「水泳まで行かなくても、水やお湯の中で体を動かすのは効果がありますよ。エカテリーナさんと一緒に川遊びなどしてみては?」 「それは嫌だよ。だって彼女の水泳って、氷が張った川でするんだから」 想像しただけで凍えそうで怖くて見物にも行けないのだと主張され、一同は多分今回初めて、夫婦の言い分に素直に納得した。真冬のジルベリアで、凍りついた川面を割って泳ぐのを好んで見たいかと言われれば、それは人にもよろう。 「じゃあ、やはり風呂がいいですよ。汗をかいて、体の中からいらないものをどんどん押し出すのです。パルファム様、そういう時に効果がある香りは」 「もちろんあるヨ。戻ったら調合しよう。まずは手足の温浴を試してみようカ」 一度二度、立ち止まった夫婦の背中を交替で押したりもしたが、元からの付き添いである使用人達も含めて十人ほどで歩くと、夫婦も何とかおしゃべりで気を紛らわせて目的の店まで歩き通すことが出来た。でも、店に着いた途端にぐったりしてしまう。 「あらまあ、お疲れですね。先にちょっとだけ甘いものをいただきましょうか」 おっとりと咲夜が勧めた菓子は、アル=カマルの多くの人の好みに合わせてたいそう甘い。これを食べて、後の料理までの間が開くと、たくさん食べないうちに満腹感が出てくるのはもちろん計算済み。皆、分かっているけれど教えない。 そうは言っても、結局結構な量を食べる夫婦なのだが、全ての料理を食べつくすには到らず。 「毎日‥‥歩くと、いいのです」 依頼の期間中は、一緒にお散歩をかねて歩きましょうねとルースにお願いされて、まだ味わっていない料理も気になって、ちょっと夫婦がやる気を見せた。 すると。 ルオウがにこにこと、近辺のお勧め飲食店リストを、多由羅は有無を言わさぬ様子で、この後に服用する薬を取り出した。 咲夜は自宅で入浴するのに風呂桶を入れられる部屋がないかと使用人と相談を始め、パルファムは生活の色々な場面に合わせて使う香水やお香を用意しようと覚え書きを記している。 「歩いて痩せれば、もっと遠くの店にも簡単に行けるようになります」 「おなかをすかせて食べると、なにしろ美味しいですしね」 薬だって飲まなくていいし、医者にも怒られない。 様々な利点を並べられた夫婦は、明日も散歩を兼ねた外食に出掛けるのを承諾した。今までになく、前向きな態度である。 リストを全部回るとしたら、一月は掛かる。その先も歩いて出掛ける習慣が守れれば、また依頼を出して痩せたいということもないだろう。 でも、五人とも、またこの夫婦を開拓者ギルドで見るような気がしてならなかった。 出来るだけ先に、見違えるような姿で来て欲しいものである。 |