おひなさまって、どんなの?
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/29 03:26



■オープニング本文

 それは、冬と言っても他の儀よりずっと暖かいアル=カマルの開拓者ギルド前。

「おひなさまって、どんなの?」
「強い?」
「カッコいい?」
「きれいって聞いたの」
「男の子のお人形なんでしょ?」
「お姫様だよね?」
「すごい力があるんだろ?」

 ギルドに出入りする開拓者達に、次々と時期外れの質問を浴びせる子供達がいた。
 話題になっているのは、おひなさま。桃の節句に飾られるもののことだろう。
 天儀の習慣だから、アル=カマルの子供達が良く知らないのは無理もない。しかし、なんだか雑多に色々と混じっているようだ。

「ひな飾りというのはね」
「飾ると、元気な赤ちゃんが生まれるってほんと?」
「は?」
「どこで買えるの? おねえちゃんにも効く?」

 気の良さそうな開拓者が、説明してあげようと足を止めると、質問に切羽詰ったものが加わった。
 良く見ると、この子供達は顔立ちが良く似ている。兄弟姉妹か、いとこといった関係だろう。

「お姉ちゃんに、赤ちゃんが生まれるの?」
「うん。男の子!」
「違うよ、きっと女の子なんだから」
「どっちか分からないけど、月末には生まれるよ」
「でもお姉ちゃん、おなかが重くて苦しいって元気がないから、おひなさまが効くかなって」
「お姉ちゃん、お外のお店で働くのが好きなのに、おうちから出られないから元気も出ないのよ」

 ひな飾りは、安産祈願のお守りではない。
 でも出産前の姉かいとこを、ちょっとでも元気付けてあげたいという気持ちで手に入れたい、飾ってあげたいという気持ちが間違っているわけでもない。
 問題は、よし何か力を貸してあげようと思ったとして‥‥

「誰か、ひな飾り持ってる?」

 やっぱり現物がないと、話が始まらない。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 明王院 千覚(ib0351) / ミーファ(ib0355) / レムリア・ミリア(ib6884) / 氷雨月 五月(ib9844) / 草薙 早矢(ic0072


■リプレイ本文

 女の子は、おひなさまを持っていると結婚できるのだ。
 と、小型ながらなかなか細工が良い親王飾りを持参した篠崎早矢(ic0072)が口にしたのを聞いて、礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 千覚(ib0351)はちょっと首を傾げた。
 おひなさまって、そうだったっけ?
「そういう謂われもあるんだね。女の子が健やかに過ごせるお守りだと聞いていたけど」
「地域によって色々な風習がありましたから、良縁に恵まれるお守りの役目もあるのでしょうね」
 レムリア・ミリア(ib6884)とミーファ(ib0355)は、あっさりと『色々あるね』と納得していた。依頼人たる子供達と件のお姉ちゃんこと妊婦のフーリは、それを見ているから感心しきりだ。
 確か、厄払いの流し雛から発展して、今の形になったのだから、縁談は地域性のあるものかなぁと千覚と真夢紀は余計な口を挟まないが、なんとなく落ち着かない。でも、子供達はもちろん、久し振りのお客のもてなしで楽しげなフーリに、細かいことを言うのも無粋だと、それぞれ持参したものを広げている。
「いやぁ、女の子が持ってくるものは華やかだねえ」
 懐紙じゃ地味すぎると苦笑しているのは、氷雨月 五月(ib9844)。開拓者ギルドの前で、最初に声を掛けられたのは彼だ。服装と面立ちが見るからに異邦人だから、という他に、どこかのんびりした様子が話し掛けやすかったのだろう。氷雨月も子供達の心根が健気だと、すぐさま引き受けている。
 そこに他の五人も加わって、速やかに準備を整えての訪問と相成った。只今彼らがもてなされているのは、二階の広間である。
 ちなみに、この家は一階から二階の階段はちゃんとしたものだが、それ以上の階は梯子段だった。しかも、角度がとても急。幼児の頃から慣れている子供達は走って上り下りするが、フーリは結婚当初から度々転げ落ちていたという。慣れないうちにおめでたで、おなかが大きくなってからは、足元が余計に危ないので一人では四階から降りられずにいたわけだ。
 そうした問題は、レムリアと氷雨月がいれば解決で、御得意の珈琲を淹れてのもてなしに到る。
「こういう本格的な道具は、やっぱりお高くなりますか?」
「大きさや材料で違うわよ。家庭用なら装飾が少なくて安かったりするし。欲しいなら職人さんを紹介してあげましょうか」
「‥‥お姉ちゃん、おしゃべりなの」
「少しでも気が紛れれば、私達も嬉しいわ。退屈していたから、色々お話したいのよね」
「ううん。うちに来た時からすっごーくおしゃべり」
 真夢紀が珈琲道具に興味を示して、あれこれと尋ね始めると、フーリの解説は止まらない。立て板に水とはこのことだと思いつつ、千覚が余程暇を持て余していたのだろうとちょっと申し訳なさそうな義妹に微笑みかけると、従弟の一人が両手を広げて『すっごーく』を強調して話してくれる。
 しかし、その彼らの思い詰めていた表情が和んで、楽しそうな様子を見れば、訪れた側も甲斐があるというものだろう。

 早矢が持参したのは親王飾りだったが、ミーファは一つずつはたいそう小さいものの三段飾りを持ってきていた。
「えぇと、親王様とおひな様は、どちらが右でしたかしら?」
 その全部が子供達の手に渡り、見本に自分達で飾り付けるのだと騒いでいるのを、後ろの方から手伝ってやっていたミーファだが、親王とおひな様の位置でちょっと悩んでいる。
 だが、そんなことを考えている暇など、実はない。
「あらあら、このお人形が花嫁さんで、こちらはお付きの人なんですよ」
 ちょっと目を離した隙、というか合間に、子供達が自由気ままに人形を並べて楽しんでいるのだ。千覚が慌ててそれぞれの関係を教えたが、早矢の親王とミーファの三人官女の一人がちょこんと並べられている。
「うわぁ、夫婦関係が大変な事に」
「そこで手を叩いて喜ぶから、子供達が覚えないんだよ?」
 この様子にフーリはけたけたと笑って手を叩き、レムリアにたしなめられている。だが最初、来客に気付かずに梯子段の上から顔を覗かせた時には、本当に鬱々とした顔付きだったので、気晴らしが出来てちょっと興奮しているのだろう。子供達まで一緒に騒いでいるとはいえ、あまり強く止めるのも可哀想ではある。
 なにより、興奮した男の子達が走り回っても階下から苦情が来るわけでもないし、度が過ぎれば氷雨月が小脇に抱えあげて、ひとしきり振り回して遊んでくれる。
 そうかと思えば、早矢は年長の女の子と、馬とラクダ談議で妙な盛り上がりを見せていた。どちらも騎乗レースと聞くと、燃え上がる性格らしい。この周辺では、一時的におひなさまは忘れ去られていたが、
「珈琲とお茶を淹れてみましたよ。雛あられと合うといいけれど」
 真剣な面持ちで、習ったとおりにアル=カマル式の珈琲とお茶を淹れた真夢紀が、雛あられも一緒に供してくれた。あられの入れ物の横には、桜の枝を生けた器も一緒である。もちろんそちらは女の子達が二人、三人で一緒に、おひなさまの横に飾ろうと持っていく。ミーファと千覚が、こう飾るのだと手本を示しているが、多分すぐにまた気ままな配置になるだろう。
「遊ぶのが済んだら、皆で姉ちゃんの分を作ってやらんとな」
「‥‥私のでいいなら、あげても痛たたたたっ」
 ミーファと早矢のおひなさまをひねくり回している子供達の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、氷雨月が工作と裁縫だと声をかけ、まあまあいい返事があった。早矢だけは、持参のおひなさまを贈ってもと言いかけて、子供達のやる気をまずは尊重しなさいとばかりに、レムリアに太腿をつねられている。
「それでは、おひなさまのお飾りとお料理を作ります。はい、お料理が作りたい人」
「はーい」
 お料理は、ひな祭りに付きものの天儀のお料理なのだと胸を張った真夢紀の呼びかけに、最初にいい返事で手を上げたのはフーリだった。
 そんな訳で、台所にフーリ用に椅子を置いて、レムリアも付き添ってのお料理教室と、子供達のおひなさま作り教室に分かれる事になった。

 真夢紀が用意したのは、雛あらればかりではない。菱餅に甘酒、それにお吸い物用の蛤やちらし寿司用に魚介類まで、氷霊結を使って手早く整えてきたのだ。
「生もの?! え、魚に火を入れないで食べるの?」
「天儀では、そういう料理も結構あるんだよ。新鮮じゃないと食べられないから、海や川がないところでは贅沢品だけどね」
 縁起物である潮汁は、もちろん蛤も煮るのだが、ちらし寿司には刺身を盛ってもいいのだと説明されて、フーリは相当ぎょっとしたらしい。レムリアが色々説明を補足して、ご馳走なのだと納得はしたが、生ものは口にする気持ちになれないようだ。
「火を通してから盛り付ける方法もあるので、今回はそちらにしましょうね。縁起物なので、盛り付けに凝ったりするのです」
 臨月の妊婦に慣れない物を食べさせるつもりもないので、真夢紀はお借りした台所で次々取り出した材料を綺麗に飾りきりにし始めた。フーリはその様子を観察するのに忙しいから、食器などはリムレアが棚から取り出している。
「色が綺麗ね。さっきのお菓子も可愛い色だったし」
 雛あられは、あっという間に食べ尽くされて、フーリも一口二口しか食べられていない。お姉ちゃん思いの子供達も、食欲の前では気遣いがうっかり消し飛んだようだ。
 もうちょっと時間があれば、それも真夢紀が新しく作ってあげたいところだが、不在の家族の分も含めて三十人程度の料理を作ろうと思うと、なかなか難しい。
 その分も美味しいものをと張り切る真夢紀と、この機に珍しい料理や盛り付けを覚えようと前向き気分のフーリの手伝いをしつつ、レムリアは自分の荷物をこっそりと棚に隠している。
 荷物の中には、大量の雛あられと甘酒が。しかし、それを今出してしまったら、度々様子を覗きに入れ替わり立ち代り覗いてくる子供達に食い尽くされてしまうからだ。彼らへのご褒美ではあるが、ご馳走と一緒にきちんと盛り付けたものを出してあげた方が、より美味しく楽しめるだろう。

 おひなさまは、いっそ手作りで。
「そうそう、練習してから、こっちの千代紙で作ろうな」
「うむ。まずは練習だな」
 千覚が、紙製の流し雛に、千代紙で折った飾り雛、それから布製のうさぎ風の飾りお手玉を子供達に示してくれたので、それぞれの年齢や興味にあったおひなさまを作る事になっている。中にはどうしてもお手玉が欲しくて、兄姉に無理だと言われている幼児もいるが、少しの手伝いでも気持ちを込めて作ればよいおひなさまになるだろう。
 いざとなれば、粘土を捏ねて形取り、色を塗る方法もある。だが、子供達は異国の柄の紙や布に夢中だから、そちらは後回し。
 そして、一番簡単な氷雨月のおひなさまの作り方、丸い紙に切れ込みをいれ、くるりと巻いて頭になる丸いものを乗せる。これを、まずは始めた。紙は、氷雨月が用意した懐紙で練習だ。
「早矢さん、それでは頭の位置が逆になりますよ」
 年長の子供達は、すぐにこつを飲み込んだ。だが、眉間にしわを寄せた早矢が、なぜだがうまくいかない。隣の幼児と一緒に、顔の真ん前に紙を持ってきて、うんうん唸りながら妙な角度に折り畳もうとしたりしている。ミーファのお手本を三回見て、ようやくちゃんとした形になった。
 それから千代紙で折る飾り雛に挑戦し始めたが、これは子供達も早矢も大苦戦。
「途中で開くのはどうしてだ?」
「折り目をきっちりつけてから次に移らないと、開いたりずれてしまいますよ。あ、でもここを折るときの折り目は真ん中まで、端まで折ってはいけませんからね」
 何故か教える人が千覚とミーファ、習う人が子供達と早矢になっている。時々床を這うような声で『馬と弓に邁進しすぎたばかりに』とか『自国の風習なのに』と呻く言葉が聞こえるが、これは聞き流しておくべきだろう。
 なんとかかんとか、皆で結構な数のおひなさま達を折り終え、細かい細工を追加し始めたのは年少者と男の子達。年長の女の子は、千覚のお裁縫教室に移行している。
「中にはお豆を詰めたりするから、針目は細かくするのよ。ゆっくりでいいから、ちょっとずつね」
 フーリの裁縫道具を借りて、ちくちくと縫い物を始めた女の子達は静かだが、他の子供達はわいわいがやがや。
「刀は、木の串を切るだろ。握るところは糸を巻いて、他のところは紙で鞘を作るといいんだ」
「弓なら任せろ。そうだなぁ、この枝をちょっと削ってみよう」
 氷雨月と早矢が、親王飾りや五人囃子の持つお道具を、
「おひなさまは扇子を持つんですよ。気にいった紙を、こういう形に切ってくださいね」
 おひなさまと三人官女のお道具は、ミーファが説明しながら、どちらもそれらしいものを作っている。多少形が不恰好でも、色が変でも、人形と大きさが合わなくても、そこはご愛嬌だ。
 器用に作る子供には、お手玉の方に添えるお道具もこしらえてもらう。それから、主に女の子達のスカーフで、色がおひなさまに合うものを貸してもらって、飾り付け方法の指南である。
「あらまぁ、女雛が男雛の倍」
 折り紙雛は大量に出来上がり、おひなさまと三人官女の大量生産がされていた。数がつりあわない分は、まあ大人で作り足しておく。
 なにしろ今の調子では、一人一組ずつは占有し、フーリには三段飾りの折り紙、紙細工、布製と三組が贈られ、更に作る合間に説明された流し雛がこれまた人数分実行されそうだ。その時に喧嘩にならないように、数は揃えておくべきだろう。
 それとは別に、氷雨月はお道具の武器類を作ってくれとせがまれっぱなしだ。皆、友達にも配るつもりでいるようだ。
「進み具合はどう? 区切りがいいようなら、フーリが外でお弁当にしようかって」
 流し雛をするなら、川まで出かけないといけないし、ついでにフーリは勤め先に顔を見せに寄ったり、他の家族に様子を知らせに行きたい。だったら、皆に勤め先の美味しいものをご馳走するから、ちらし寿司は店の人達にも見せられるようにぜひ弁当で。
 子供達にしたら、安産祈願に加え、天儀と近所のご馳走を一度に食べられる絶好の機会。知らせに来たレムリアに飛びつく勢いで荷物持ち志願が多数出て、すぐさま出かける準備が整った。
 主に片付けをしたのは大人だが、子供達も手伝ったし、荷物はちゃんと持ったので、厳しいことは言わない。フーリが階段を下りるときは、また皆で支えて降ろし、彼女も久し振りの街歩きにご機嫌だ。
「これは大根に塩を振って水気を絞ってから、食紅で色をつけたもので」
「雛あられは、三方という器に入れるのです。折り紙ではなくて、本当は立派な作りなんですよ」
「そういえば甘酒って、子供に飲ませても大丈夫だったかしら?」
「俺は昔から飲んでたぜ? 今は飲むなら普通の酒だけど」
 なにやら見物人を引き連れる形で流し雛をして、フーリの安産祈願に替え、勤め先の一角を占拠してのひな祭りご馳走賞味会は、ミーファのひな祭り由来解説や呪歌の心の旋律などで、まったく無関係の人達も加わる賑やかな会になった。フーリの連れ合いも駆けつけて、弟妹や従兄弟達の無理難題に付き合ってもらってと、皆に礼を言って回っていたが。
「‥‥馬語が分かっても、彼氏は出来ないなぁ」
 早矢の呟きには、どうしていいか分からなかったらしい。フーリは我慢しきれずに、大笑いしている。おなかの中の双子が驚いていそうだ。
「馬の言葉が分かれば、新たな歌や技術が生み出せるかもしれませんよ」
 ミーファのとりなしが効果を奏したかは、他の皆にもしかとは分からなかった。