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■オープニング本文 ジルベリア帝国の帝都ジェレゾの一角に、機械ギルドの工房が軒を連ねる区画がある。 機械ギルドと言っても、必ずアーマーやグライダーを作成しているわけではなく、中にはごく一般的な時計工房もあるのだが、アーマーとグライダーの整備をするならここが一番というのは揺るがない。 そんな機械ギルドのとある場所に、随分とくたびれたアーマー火竜が一体運び込まれてきたのは、冬のある日のことだった。 「よぅしっ、全部ばらそう、全部!」 「ねえ、一体だけ? そんなの足りなくない?」 「足りないけどさ、陛下や殿下達の親衛隊の皆様に、ただ俺達が整備したいからアーマー寄越してとか、言える? 無理でしょ?」 「じゃあ、他の騎士団とか‥‥」 「あてがあるなら、分捕って来い!!」 通常は軍用飛空船が建造される広い場所を使って、最近正式配備されたりされなかったり、以前からあるのもまとめて全部のアーマーを心ゆくまで整備しようぜと集まったアーマー技術者達は、整備してもいい機体に飢えていた。 そんな彼らにうっかり任せると、部品の全てをばらばらにし、きちんと磨いたり、修理してから元に戻してくれるのはいいが、気の済むまで弄り倒されていつ戻ってくるか分からない。弄りたい技術者達が順番に触り終えるまで組み立ててくれないから、無駄に時間が掛かるのだ。 もちろん彼らとて、自分達の欲求より優先させるべき仕事の時は、そんな馬鹿なことはしない。でもたまには、じっくりと機体と向き合い、自分達の腕を上げてもいきたいのだ。 それに、アーマーやグライダーは何の反応も示さないとか言う奴もいるが、手を掛ければ掛けただけ、ちゃんと動きで応えてくれる。 これを実感するという快楽の追及がしたい一団は、開拓者の相棒達に目を付けたのだった。 |
■参加者一覧 / 皇 りょう(ia1673) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 村雨 紫狼(ia9073) / フィン・ファルスト(ib0979) / シーラ・シャトールノー(ib5285) / 津田とも(ic0154) / 雨野 歯車(ic0374) |
■リプレイ本文 集まった開拓者が八人。ならば整備に出される相棒も八体、ではなかった。 「出来れば、各機の感想も聞きたいところだ。まずは好きに弄ってくれて構わない」 グライダーで乗りつけ、そう気前良く口にしたからす(ia6525)は、アーマー各種を取り揃えていた。 「余裕があれば、みんな面倒見てやりたいね」 一番はからくりの銃後を頼むとした津田とも(ic0154)は、グライダーとアーマー火竜も整備を希望。 「あぁ、楽園はここにあったのね」 涙を流しつつ、一部鼻から出ていたのは皆が見ない振りをしたが、アーマー大好きを公言して現われた雨野 歯車(ic0374)が倒れかけたくらいの機体が揃ったのだった。 「こんなに揃うと、手が足りなくならない?」 「うーん、荷物運びとかなら手伝えるけどね」 シーラ・シャトールノー(ib5285)とフィン・ファルスト(ib0979)とが、整備の人手が足りるのだろうかと首を傾げるのも不思議はない機体数に、自分が飛び抜けて手間が掛かることを頼もうと考えている竜哉(ia8037)は少しばかり渋い顔になったが、それは杞憂であったようだ。 「うおおぉぉぉぉっ、頼むっ、そこの職人女子、俺にアーマーの整備を伝授してくれッ」 「師匠っ、変な人が!」 わいわいと駆け付けた様子の技術者達の中に、飛び込もうとしたのは村雨 紫狼(ia9073)だった。先程から、そわそわと技術者達に近付きたい様子ではいたのだが、あちらが慌しく届いた機体の確認に走り回っていたので待っていて‥‥何を思ったのか、新たにやってきた中でも特に若いお嬢さんに突撃していったのだ。 「いえいえ、我々は人は選びませんので。どうぞ、よろしくご指導ください」 お嬢さんの親兄弟と思しき人々に村雨がぽこぽこ小突き回された後、なんか変なこと考えてないだろうねと睨まれた菊池 志郎(ia5584)は、たいそう人畜無害な雰囲気で丁寧に頭を下げた。 「教えを請うなら、普通は年配者だろうに」 もう妙な事はしてくれるなよと竜哉に念押しされた村雨も、別に疚しい気持ちはなかったと主張したかったかもしれないが、 「物事は、まとめ役に頼むのが基本というものだ」 実際はどうだか分からないが、見た目は一番年少のからすに言い切られては言葉もないようだ。 ちなみに、この時にはもう技術者達は。 「これがあたしのアーマーの、ヴァルクちゃんよ、美人でしょー?」 「まだまだ。もっと美人に仕立てないとな」 歯車と冗談を飛ばしあい、置かれた機体にさっそく手を掛けていた。 こんな機会でもなければ、本格的に手を掛けるのはいつになることか。 そう考えた竜哉が持ち込んだのは、アーマー・NachtSchwertだ。第三世代の遠雷型と言うだけでなく、他のアーマーに比べても塗装の剥げや凹みが目立つ機体だった。 「元々形見分けのような手に入れ方で、新品から使っていたわけじゃない。しかも手足に負担を掛ける扱いの自覚もあるしな」 徹底的にばらして、骨格から見てもらった方がいいかもしれない。そう申し出なくても、それが出来るだけの道具を取り揃えたと思しき技術者達は、迷うことなく作業に取り掛かると彼は考えていたが‥‥実際はまったく違っていた。 「あんた、利き手と軸足はどっちだ? 武器は‥‥この様子だと剣か刀だな」 今後も武装に大きな変更はないのか。盾は使うか。等々。 矢継ぎ早に質問が続き、しまいには彼の腕の筋肉まで触ってくる。利き手や軸足はともかく、不躾に体を撫でられる必要があるのかと僅かに顔をしかめた竜哉に、彼の機体に取り付いた技術者達の取りまとめは予想される損傷箇所と具合を装甲をはがしながら説明してくれた。 関節部分の骨格、特に利き手の肘、軸足の膝は部品の取替えが必要になるだろう。骨格は、歪むよりひびが入っている可能性が高い。など、見ないうちから見てきたように口にして、実際の部分を指しては竜哉の動きのくせの悪いと思ったところを指摘してくる。 「骨格を総入れ替えか‥‥手足の部分だけではないんだな」 「人だって、足を痛めれば背中まで悪くなることもあるだろ。若い奴らの経験稼ぎで、特別じっくりやってやる」 組む時は無理だが、解体する時は一緒に作業してもいい。でも騎士の中にはばらばらになった機体を見て、落ち込む者もたまにいるが。 愛機がばらばらになったら、確かに楽しい眺めではないが、竜哉はそこまで感傷的ではない。そして、挑戦的でもあった。無謀、と言われるかもしれない。 「完全にばらすのなら、そこから人狼型に組み直せないか? 形見だからね、長く使ってやりたいんだ」 突拍子もない竜哉の希望に、技術者達は装甲をはがした機体を見やり、顔を見合わせ、視線と表情だけでなにやら相談してから、 「再起不能にするかも」 ぞっとする断りを入れてから、それまでとは違うなんらかの法則に従って、機体を部品に解体し始めた。 彼としてはたいそう真面目だったのに、最初の発言が良くなかったのか、村雨のアーマー人狼を担当してくれるのは男性ばかりだった。彼としては残念だが、まあここで選り好みはしていられない。 「この間工房から卸された新品なんだよ。まだ名前も付いてねえ。でも土偶にからくりと、独自の改造とパーツ作成している俺としては、アーマーも自前で改造したくなってな〜」 以下、延々とその構想やら熱意の程が語られたが、技術者達が真剣に聞いていたのは半分くらい。技術的なところはともかく、、土偶やからくりで実践した村雨の拘りは、彼らの興味とはかけ離れたところにあったらしい。 「ともかく、一度乗ってくれませんか。手を掛けるより先に、ちゃんとどう動くのか確かめてもらわないと」 せっかく自分で操縦出来るのだし、関節稼動域を実感するとか、改造を語る前にやるべきことがあるだろうと促されて、渋々機体に乗り込んだ村雨は、 「そっかー、乗ってみると高さの実感が出ていいなぁ。しかし、この手は無骨でいかん」 自らの改造計画にあれこれ追加しながら、技術者達の希望に沿った動きをこなした。それを済ませて、今度は自分が動くところを見たいと考えて、他の開拓者に頼もうとしたけれど、もちろん暇な者はいない。だめもとで技術者にも尋ねてみると、動かせる者もいるそうだ。 「元騎士とか? なに、なんも修行しないで、技術者一直線? いいねえ、俺もそういうのに憧れちゃうなぁ」 その人々と話し合えば、もっと色々な案が浮かんでくるのではないかと、村雨は想像と妄想の羽を羽ばたかせているらしい。 ただし、技術者の場合は経験豊富な開拓者ほどの高給取りには程遠いのと使い道がないのとで、自前の機体を持っている者はほぼいない‥‥という説明は、まだ彼の耳には入りそびれている。 自分では丁寧かつ慎重に、グライダー・天狼を整備しているつもりだが、見落としている点があるのではないかと菊池は叱られる覚悟を決めていた。乱暴に使ったつもりはないが、やはり戦闘で乗るから塗装の剥げや細かい傷、へこみはたくさんある。 「乗っていて、違和感があったりするの?」 「いえ、それは。乗っている時は生き物にはない一体感が得られるので、どこかがすごく悪いとは思っていないんですが」 「あらまあ、貴方も滑空艇が自分の手足の一部になる人なのね」 グライダーもアーマーも、道具だが自分の体の延長やそのもののような一体感の中で操る操縦者と、あくまで道具として冷静に使う操縦者の二通りが目立つのだと、技術者達は頷きあっている。それは普通の武器でもよくある話なので、菊池も納得しやすい。 それよりは、この人達ならやたらと叱られることもなさそうだと、そちらの方で安心していたりするのだが。 「外装は専門の鍛冶師に任せるけど、注文はある? どうしてもって拘りがあるなら、今のうちに教えてもらわないと、後で調整するのは大変だからね」 塗装も同じく、紋でも入れるなら指定は絵があったほうが確実と続けられたが、菊池の拘りがあるとしたら色だけだ。後は今と変わりなく仕上げてくれれば文句はない。というか、お礼を言うべきところと心得ている。 「そもそも、部品の名前も分からない物があったりしますので‥‥」 贅沢は言いませんと告げようとした菊池は、なにやら話していた相手の気配が変わった事に気付いた。何故かこう、殺気に近いものを感じる。 そう、叱られるのではなく、責め苛まれるような鋭い気配だ。 「それは、困ったわねぇ? うちの工房では、部品の名前も分からない小童には、大事な機体は触らせない決まりがあるのよ」 小童呼ばわりされた。この人、実は厳しい人だったみたい。天狼は自分の機体なのに、返って来なさそうな予感がびしばしする。等々‥‥あまり表情は変えないままで、でも流石に驚いたので立ち尽くしていた菊池の顔面に、何枚もの図面が叩きつけられた。痛くはないが、更にびっくりだ。 「一時間経ったら、どのくらい覚えたか試験するから」 「‥‥試験ですか」 開拓者になるのだって、試験なんて言われなかったのに、機械ギルドは余程厳しいものらしい。なんて感想を漏らしている暇は、菊池にはなさそうだ。 図面はもちろんぎっちり色々描かれていて、しかも十枚を超えていた。 アーマーだけで三体持ち込んだからすの呼び名は、なぜだか『姫』だった。当人の身分、外見、態度その他諸々とは無関係に、アーマーをいっぱい持ってきてくれてありがとう気分から付いた呼び名らしい。呼ばれる側が見た目の年齢にそぐわず鷹揚としているもので、余計に面白がられている雰囲気もあった。 そして整備が始まって三時間ほど。からすは、その呼び名を更に確固たるものに仕上げていた。 「美味いねぇ。こんなお上品な菓子は、初めて食べたよ」 クッキー一つに大袈裟な技術者は、からすくらいの孫でもいそうな年齢だった。整備開始前の動作確認や普段の使用方法を尋ねてくる時はきつい目付きだったが、からすが休憩に合わせて茶菓を用意したら急に好々爺に。他の技術者達は食べるのに夢中だから、もっぱら話し相手はからすとなる。 「機体の様子はどうだろう?」 「まめに点検に出してる甲斐があるな。取り立てて悪いところはないよ。火竜の右膝に砂を噛んでたんで、そこはこれから調整するが」 覗いていくかとは、まさに子ども扱い。からすも普段の生活で慣れてはいるが、開拓者と承知した上での相手は珍しいから少し新鮮だ。 だが、それより興味を引いたのは、もっと調整が必要な箇所があるとの台詞。 「私も手伝える作業かな?」 「姫がいないと話にならん。グライダーと遠雷、座席を作ってからちょっと成長したんじゃないか?」 どちらの機体も、ほんの少しだがからすの足の位置が具合が悪いと主張している。まるで相手が話しかけてきたような言い方は、無機物でも手を掛けただけ何かしら応えるところがあると考えているからすの耳には馴染みやすい。目の前の技術者は、初めて会う機体の『声』が聞ける腕前ということだ。 しかし、そんなに体格が変わっただろうかと、自分のことながら首を傾げていたからすに、祖父ほどの歳の差がありそうな相手は、思いついた様にこう付け加えた。 「太ったとか?」 「これでか? 背が伸びたと言う事にしておこう」 細身のからすは、悪気はなさそうだが女性相手の気遣いも足りない相手に、苦笑交じりに応じている。 部品の交換、そろそろ全体の二割超。 「あの‥‥そんなにあちこち傷んでる?」 そりゃあ確かにヒュドラに突っ込んだり、色々と荒っぽいことをよくしている。でもそれは、元が丈夫な人狼を信用しての行動だった。しかし、こんなに調子が悪いなら、戦闘方法も検討し直しだとフィンがどきどきしながら、忙しく手を動かしている技術者に尋ねてみたらば。 「ん? 磨耗程度は普通だよ。あ、指の関節の部品は一つ潰れてたから、指ごと取替えね。右手の人差し指。いっそ手ごと取り替える?」 「うーん、どっちの方が力が出るかな。大きい武器を取り回すのに有利なように作ってもらったんだけど」 「うんうん、あちこち手が入ってるよね。関節は全部、基準部品じゃないし。いやぁ、今必死に模倣してっから」 どこの工房か知らないが、いい仕事してるぜ。なぞと言い出した技術者達に、フィンもそろそろおかしいと思い始めた。いや、前から変だと思っていたが、部品取替えも費用は全部機械ギルドで持ってくれると言うから、ちょっと遠慮して言わずにいたのだ。 なにしろ、アーマーは金食い虫だ。交換する部品を全部請求されたら‥‥きっと目玉が飛び出るが、でももしかして、今外されてる部品も、その前のも、全然傷んでなくない? いや、それどころか、今まで自分が手伝って運んだ部品のあれもこれも、傷んでいそうなのは一つもなかったんだけど? 「これってもしかして、交換する必要ないのも外してない?」 「うん。こんな強化は珍しいから、うちの工房でも同じ部品が作れるか挑戦中。うまく行かなかったら、最初のに戻すからさ」 「それってつまり、あたしのガラハッドで勝手に研究してるってことかなー?」 一言断れと、手元にあったガラハッドの手首の外装を持ち上げかけたフィンに、目の前どころか周囲の技術者まで数メートル逃げた。追いかけたのは、とりあえず声だけのようだ。 集まった開拓者の大半がアーマー持参の中、からくりをつれてきたのはとも一人だ。そういえばからくりも機会系統に分類だったかと残念に思っている者がいるかもしれないが、本日のからくりは銃後のみ。そんな訳で、機械ギルドの中でもからくり特化の技術者は、ここに集まっていた。 「指の動きが滑らかねぇ。腕と指は細いパーツを選んだの?」 「そんなことはないが、細いか? 銃を使わせるから、今ので問題はない、よな?」 『ありません。変更は、感覚が鈍る可能性が出ます』 まとめて人型と呼ばれるからくりだが、外見は色々だから、体の各部位にも長短、太さの差が存在する。日常的に接するのが銃後のみのともには分かりにくいが、工房側で見せてくれた一覧表には、様々な記載がされている。 「案外色々な大きさがあるんだな。じゃあ、どこか傷めたら同じ寸法に直してもらわないと、当人が苦労するかもしれないな」 「子供型に大人の手でも接がない限りは、すぐに慣れると思うけど。試しに、違う腕を接いでみる?」 緊急時にどのくらい動けるのか、試しておくのもいい経験かもとの申し出に、ともはあっさり頷いた。銃後の扱いが粗雑なのではない。万が一の時、慌てないための用心だ。 機械相棒は、依頼の出た先で何かあっても、ある程度なら自分が修理してやれるし、銃後は例外ながらも基本は自分が動かすものだ。用途が限られるとしても、生物より機械の方がこちらの要求に応える力は高いはず。そんな信念のともは、代わりに自分に対する要求も高い。 銃後もそこはすぐ飲み込んで、手足の接ぎ替えに同意したのだが。 「よし、練習のために指導してもらいながら、交換してみよう。さ、銃後、足を開いて‥‥うわっ!」 まったく心得もないのにやる気が先走ったともが、ごそごそ足元で動くのにどう合わせればいいか迷った銃後が、うっかりとともの顎を蹴り上げている。 「あぁ、この光景をそのまま写し取って保管出来る方法があればいいのに!」 「あー、はいはい。いいから手を動かせー」 その宝珠がないと、愛しのヴァルクちゃんが復帰出来ないよ。磨くって言ったんだから、頬擦りして汚すな。顔にまたしまりがなくなってみっともないわよ。他、数限りなく色々と‥‥ 雨野歯車って変わった名前と指摘され、自分でアーマーっぽい名前にしたのだと胸を張ったあたりから、技術者達にも『この開拓者は変わり者だ』と認知された歯車は、宝珠を磨いているところだった。手も一緒に口も忙しく動かし、ひたすらにアーマーへの愛を語る姿は、無関係な人が見たらとてつもない変人ぶり。技術者達は大なり小なり共通点があるから、相応に会話が成立して、歯車は満足だ。 ただし。 「ねえねえ、この工房でアーマーとの結婚式って出来るのかしら?」 「無理! 同じ言う奴が何人かいるから、その中の一人と結婚しな!」 「なんで? あたしはヴァルクちゃんと結婚式したいのよー」 この会話以降は、ちょっと可哀想な人を見る目付きが混じっている。当人は気付いていないから、気に病むこともないけれど。 とにもかくにも、ヴァルクちゃんがばらばらにされるのはちょっと物悲しいが、部品の名前や造り、他種のアーマーとの違いなぞ説明されつつ、磨いて、歪みの有無を確かめてもらい、組み上げるのを手伝うのはたいそう楽しい。 鼻歌交じりで働いていて、『自分の命が掛かるんだから、気を引き締めろ』と注意された時は、観賞用でも単なる道具でもない自分の一部だったと思い直したが‥‥すぐに、 「あたしと一つになって、戦場で大活躍するのよね。皆が期待してるからね」 なぞと、ヴァルクに語りかけて、含み笑っていた。 「うふふふふ〜、新生ヴァルクちゃん、かんせーい」 組み直した機体にしがみ付き、腰が抜けたようにへろへろと笑っている歯車を、誰が動作確認のために操縦席に押し込むか、技術者達が押し付けあっていた。 翼も胴体も、装備の一つ一つに到るまで、ひたすらに速度と機動性上昇を目指したグライダーのオランジュは、シーラが徹底して手を掛けてきた機体だ。本格的な整備は今回のように本職に委ねるとしても、普段の簡易整備はもちろん手を抜かずに、人より多くやって来ていたと自負している。今回はそういう開拓者ばかりが集まっているようだが。 しかし。 「あの、こことここの寸法ってどういう違いがあって測るの?」 「ん? うちで整備を請け負っとる騎士団のグライダーは、翼の形がこういう感じでのう。あんたのとは全然違うから、研究せにゃ」 持ち主のシーラでさえ目にしたことがないほど、細かく寸法を測って形を露わにされたオランジュの図面には、彼女がわからない単語も幾つか書き込まれている。工房独自なのか、技術者間で共有される整備用語か、そういう疑問も明らかにしたいのが、本日のシーラだった。 オランジュの乗り方は誰よりも知っているが、機体をもっと知れば更に上の技量に到達できるかもしれない。かもしれないではなく、しなくてはならない。これがシーラの気構えだ。 「騎士団のは二葉なの? 翼の負荷はオランジュと比べたら、どう違うのかしら」 「軽量型を、小回り利かせて飛ぶお人の機体が修理中じゃ、並べて見てみるかの?」 他の機体も見ておくと、戦場で壊れた時に他から部品をちょろまかせるようになるしと追加されて、シーラは頷いた。追加された部分は活かす場面に立ち会いたくないが、騎士団使用の機体の武装などは興味がある。 やはりそういうものは開拓者の機体とは違うのだろうなと思い描いているうちに、 「もしかして、開拓者の使っている機体って技術者から見ても珍しいの?」 「わしらはお城勤めの機体と付き合いが深いからの」 何事も勉強だよと、ひげまで真っ白な御仁ににかっと笑いかけられて、シーラも微笑み返した。 「じゃあ、他の人達にも手伝わせないと」 楽しげに、大きな笑い声を立てた二人に、周囲が何事だろうと視線を向けている。 素早い動きで銃後がテンペストに弾を装填して構え、上空目掛けて撃ちはなった。 その音を合図に、すでに旋回行動に入っていた天狼とオランジュが、喰火、ガラハット、ヴァルクの三機が待ち受ける地上に急降下する。 アーマーの武器が旋回やジグザク飛行を繰り返すグライダーの後方につけた的を捉えられるか、それともグライダーがアーマーのいずれかの背後を取るか。素人には簡潔すぎる条件で始められた模擬戦を、技術者達はそれぞれの専門や興味の対象が最も良く観察できる場所に散って、忙しく目と耳と手を動かしている。 「あれはまだ混ざれんなぁ」 地上では、開拓者だから迷わず追える速度のグライダーを見上げて、グライダー戦に混じるには危ないとされた村雨が自分の夢の機体に何を取り入れようかと観察を続けている。 「‥‥まだか」 もう一人、無茶な希望に応えてもらってはいるが、機体がまだ組みあがらない竜哉も観戦の身だ。 技術者達は、まだアーマーが二体あるから、次はアーマーのみで模擬戦してもらって、あれもこれも試さなくてはと、竜哉の鬱憤がこれ以上はたまらないことを相談している。彼のためではなく、自分達のために、だけれども。 |