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■オープニング本文 ことの始まりは、土地の境界線争いだった。 「この石が境界線の印だったろうが!」 「違う!! こっちの三つ並んだ石の方だ!」 広大な畑を間に挟んで、西と東に存在する二つの村は、元から何かにつけて張り合う傾向が強かった。 この争いもその延長で、双方が主張するどちらの線を採用したところで、村の境界線は五メートル動くかどうかだ。 はっきり言って、だだっ広い平野の畑のこと。生活に何の影響があるわけでもない。 しかし。 「お前は前から気に入らなかったんだっ」 「貴様こそ、ご領主様に色目使いやがって!」 この時、両村の先頭に立って言い争っていた二人は、先年代替わりしたばかりの土地の領主、これまた若くて有能で、しかも美女に惚れ込むこと村一番で有名な恋敵同士。 気に入らない相手をなんとかへこませてやろうと、力技に訴えようとした。 簡単に言うと、仲間を引き連れての殴り合いである。 「なにやってやがる、この馬鹿野郎ども! 決着つけたきゃ、雪合戦でもしやがれってんだっ」 だが、殴り合いは口が悪くてがさつな性格が難点の美人領主様の提案で、両村挙げての雪合戦に変えられた。 結局、両村の若者すべてが足腰立たなくなるまで雪玉を投げあい、勝敗はうやむやに。 以来、四十年。 真冬の村対抗雪合戦は、最初の切っ掛けなど忘れたように、お祭りと化して両村で楽しまれている。 だが、長く続くと、変わり映えのしないものになってくるもので。 「もっと迫力のあるのが見たいから、街からスゴイのつれて来るか」 村人の試合とは別に、開拓者を呼んで雪合戦をしてもらおうではないかという事になったようだ。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 玄間 北斗(ib0342) / 望月 みのり(ib9555) / 海堂 凪(ic0423) |
■リプレイ本文 開拓者になって初の依頼なのに、こんなに手強いとは思わなかった。 依頼内容は、ほぼ祭りの盛り上げ役。具体的には観客が盛り上がる雪合戦。 そのはずなのに、雪を固めて作った障害物の陰に隠れた望月 みのり(ib9555)と海堂 凪(ic0423)は、お互いの顔を見合わせて、同じことを考えているのを知った。 「凪さん、みのりさん、次はどの辺りを狙おうか?」 「向こうの人、結構当たってると思うのに、全然平気そうねぇ」 彼女達の周りでは、本来はいないはずだった西の村人達が、ぜいぜいと息を荒くしながらも楽しげに尋ねてきている。 開拓者になって、結構色々な依頼で危険な思いもしてきた。 しかし、雪合戦をするという依頼で、よもやこんなに苦労させられるとは。 昨日のうちに作り貯めた雪玉では足りなくなって、礼野 真夢紀(ia1144)と玄間 北斗(ib0342)は忙しく手を動かしていた。 「たぬちゃ〜ん、つぎはどこなげる?」 「この盾に、雪玉を載せて運べばよくね?」 彼女と彼の周りでは、東の村の、興奮して顔が真っ赤な幼児から少年少女達までが、ものすごくやる気で雪玉を掻き集めているのだ。 雪合戦依頼に参加した開拓者は四人。 ちょっと少なめの人数に、依頼人のご領主様はたいそう残念そうだった。御歳六十三歳の皺を刻みつつも、上品かつお美しい顔立ちを曇らせた女性の姿に、四人は自分達の責任ではないのに申し訳ない気持ちになったものだが。 『しゃーねーなー、たいしたもてなしも出来ねえちっけえ村じゃ、遊びに来る物好きも少ねーか』 あれ、我々は物好きだって言われた? それ以前に、今の言葉、この人が言った? 今回が初めての仕事であるみのりと凪は相当驚いたのか、視線が泳ぎ始めた。二人と違い、かなりの依頼をこなし、貴族階級とも度々対面している玄間や真夢紀は、そうとは見せずとも相手を観察する風情だ。 どう見たところで、目の前の老齢美女は単純に口が悪いだけの、しっかりとした領主様だった。四人がうまい具合に二人ずつ、凪とみのりが西の村、真夢紀と玄間が東の村で参戦希望と確かめると、呼んであった双方の村の村長に引き合わせ、食事や宿泊、事前準備の手伝いまでを手配してくれる。 後はそれぞれの村で、使用する道具の説明や陣地になる雪原への案内をしてもらう。 「む、力一杯押し込んだら、道具が壊れるかも」 雪玉作りの道具を試してみた真夢紀は、ぎゅうぎゅうやりすぎると駄目だと力加減を色々試している。 「手伝ってもらって、怒られないか心配なのだぁ〜」 「いいんだよ、明日は俺達も使うし」 玄間は陣地のあちらこちらにかまくらを作ろうと計画して、手伝いを買って出た村の若者達と一緒に作業を始めた。 この日、東の村では陣地内に十五のかまくらに大小さまざまな雪だるまをこしらえて、かまくらの中には雪玉のほか、暖が取れるように七輪や飲食物を蓄えていた。最初は真夢紀がちょこちょこやっていたから目立たなかったが、途中からはぞろぞろ子供達が手伝いに加わり‥‥やっていることの大半は、西の村の人々にも丸分かりである。 というわけで、西の村勢力は。 「道具は貸し出しされるものだけを使います。勝負は正々堂々と行ってこそですから」 こちらは二人とも初仕事だと心配した村人が、東の情報を色々仕入れて来てくれたのに対して、みのりが例年と同じ条件で全力を尽くすのだと宣言していた。 「ここは経験者の意見もお聞きしつつ、雪玉の準備は負けないようにしましょう」 凪もかまくらまで作ることはないと考えて、村人の手伝いも借りながらの壁作りを始めていた。二人とも、最初は雪玉と壁とを作るのを交互にやっていたが、雪玉は子供でもなかなか上手に硬く作れるので、途中からは壁作りに専念だ。 なにしろ、開拓者ゆえに村の若者に負けない力はあるし、明日のために足元の様子を確かめておくのも大切だ。なんたって相手は年下とたぬきとはいえ、明らかに実力は向こうが上なのだから、陣の状況把握は完璧を目指しておくべきだろう。 とはいえ、実は慣例的に雪合戦最中でも参加者が飲食するのに制限はない。流石に煮炊きしたり、暖を取ったりした前例はないそうだが、食べ物を持って出ていいのならと、みのりが作業の合間に出されたお菓子を取っておこうとして、 「そのくらい、また明日も用意してあげるよ」 だから頑張れと、村のおばさん達に激励されていた。 そして、雪合戦当日。 開拓者の試合が午後に組まれたので、午前中に行われた村人同士の対戦は、彼らの言動から察するにまったく未消化の状態で時間切れ。いつもは半日以上掛けているそうだから、確かに物足りないだろう。 だが、しかし。 「ちょ、ちょっと! 勝手に入ってきたらいけません!」 「危ないから、後ろにいてくださーい!」 開始から僅か半時間。四人の開拓者が一般村民には不可能な速さで陣地内を走り回り、作り置いたせいで凍った雪玉を凄まじい速度で投げ合っていたところ、向こう見ずな若者が数名、走りこんできてしまったのだ。どちらの村が先だか、すぐに我も我もと元気な老若男女が続いたので、もうなんだかよく分からない。 正々堂々と競うのだと気合が入っていたみのりと、すぐ横を走り抜けられた真夢紀が声を張り上げたが、村人達の耳には入らない。東の村人は玄間が持ち手を色々工夫してくれた盾を掲げて、西の村人は凪とみのりがたくさん作った壁を利用して、わあきゃあと叫びつつ、雪玉を投げ始めた。 「え、依頼内容と違いますよ‥‥ね」 「いやまあ、たまには依頼人が無茶するのはあることなのだ。でもなぁ」 別に自分達の行動が悪くて怒っているわけではないよねと、凪は心臓をばくばくさせつつ辺りを見回し、玄間は雪合戦で危険はないから止めなくてもいいかなと、冷静に怪我人が出ないか様子を確かめている。 そうして、四人がたまたま揃ってご領主様のほうを見てみたら、大喜びで手を叩いているご老人の一団がいたのだった。依頼人の皆さんが楽しんでいるなら、今回の場合は問題ないとは思われる。だが。 「どうするの、これ?」 乱戦状態の雪原の中で、すっかりと引き離された四人はしばし呆然として‥‥とりあえず、仲間同士で善後策を相談すべく走り出した。 そんな彼らに、村人達が次々と指示を仰ぎにくるのは十五分後のこと。 「凪さん、みのりさん、次はどこ狙おうか?」 依頼内容が激変した上に、依頼人達はこちらの言うことが聞こえていない。悪気なく、楽しいことがしたいという欲求が露わに、雪合戦指揮を取れと強請ってくる。 初依頼でいきなりこんな状況下に置かれた凪とみのりは、返答のしようがなくて困惑していた。自分達が指示を出すのは、まあみのりがやって出来ないことはない。村人が興奮のままに雪玉を投げるよりは、効果的な行動に導けるだろう。 けれども、彼女達が雪玉を投げるとなれば話は別だ。 「お子さんに当たったら、危険すぎますよね?」 凪が心配するとおり、開拓者が硬く握った雪玉が子供に当たったら、重傷になりかねない。相手が大人でも、当たりどころが悪ければ同じこと。でも加減して投げるのは、受けた初仕事を全力でこなそうと決心している二人には手抜きに思えて仕方がない。 「何かいい方法‥‥あ、まとまっていかないっ、狙い撃ちされますよ!」 崩れた壁は補強するとか、悩む間にもとりあえずの指示は出しつつ、みのりは頭を回転させた。凪と二人で、壊れた壁を手早く修繕しながらだ。 そして、不意に閃いた。 「私は依頼で来ましたから、開拓者のお二人だけを狙います!! やはり勝負は正々堂々と行きますからっ!」 せっかく直した壁の上にひらりと飛び乗っての大音声。興奮して走り回っていた子供達も、思わず足を止めている。 この頃の、東の村開拓者勢は。 「たぬちゃ〜ん」 雪玉作成に勤しみつつ、玄間と真夢紀は今後の方策を相談していた。祭りの盛り上げ役としては、一応役割は果たしているといえる。しかし、二人がひたすら雪玉を供給していれば依頼がまっとうできるかと言えば、そんなわけはもちろんない。 何かこう派手なことをして、皆を楽しませるのが今回の仕事なのだ。でも西の村の二人と同じく、 「当たらないように投げていたら、確実に後で怒られちゃいますしね」 自分達が村人に当てたら怪我人が出る。でも投げないとさぼっているようにしか見えない。子供達は一緒に行くのだとせっついてくるし、と、真夢紀が額に深〜く皺を寄せつつ悩んでしまっていた。 そこに、みのりの大音声の宣言が聞こえてきたのだ。 なるほど、他の人は狙わなければいいのかと真夢紀が手を打とうするより先に。 「その勝負、受けて立つのだ!! 全力で投げて来るといいのだぁっ、ぎゃぁっ」 仁王立ちした玄間が、負けじと大声で返す。その姿勢だと、大柄な彼はたいそういい標的なので、周囲の子供達から集中的に雪玉を投げつけられた。一部、勢いで投げてきた東の子供もいたかもしれない。 しかし、村の子供達が投げてきた雪玉なら、玄間が倒れるには至らない。大人が相手でも、まあなんとか踏み止まれる。 そう、一般の村人が相手なら、ちょっと痛いくらいで済むのだ。 でも。 げしっ 駆け出しだろうが開拓者のみのりが、力一杯握った雪玉を眉間に喰らうと目から火花でも出そうな気分に襲われた。 「ゆ、油断したのだ‥‥名乗りを上げている間に攻撃してはいけない決まりはなかったのだ」 シノビの世界は弱肉強食と、玄間は首を巡らせて西側開拓者の二人を探したが、弱っている彼を村人も見逃してはいない。集中砲火とはこういうことだと、後に玄間が笑い話にした勢いで西の村人の雪玉が彼に集中した。 しかも、そこに倒れた雪だるまの頭を拾ったみのりが、力一杯とどめの一撃を投げ込んでくる。 どさっ 鈍くて思い音がして、玄間が今度は復活まで時間が掛かりそうな倒れ方をした。 びしばし、びしばし、びしばしばしばしっ けれども、その間にみのりは真夢紀率いる東の村人達からの集中砲火と、勢い余った若者の盾を掲げた突撃まで受けて、雪原をごろごろ転がっている。それを、頭が投げられた雪だるまの胴体の方が、真夢紀の可愛い掛け声と共に追いかけてきた。 げしょっ ひゅんっ 雪の中に埋もれたみのりが、胴体が埋もれてじたばたしているのに万歳した真夢紀と東の村人達が、すぐ近くから鋭い風きり音がしたのに気付いた時には、 すぱこーん ずぼっ 昨日のうちにこしらえて、すっかりかちかちの氷になった雪玉を、匍匐前進でもしてこっそり近付いてきたのか雪まみれの凪が、真夢紀の背中に見事にぶち当てている。後背を打たれる形になった真夢紀は咳き込んで、すぐの戦線復帰は難しそうだ。 とはいえ、雪原の端で踏み固められていない雪にはまってしまった凪も、すっかりいい標的である。 彼女に限らず、開拓者は村人は狙わずとも、その逆は制限されないから、動きが止まった時点で誰も彼もが雪玉の餌食。 「「「「助けてー」」」」 最後は、開拓者四人全員が降参したので、今年の雪合戦は村人大満足で終了した。いつの間にか村人対開拓者になっていたが、 「勝ち負けは‥‥気にならないのでしょうか?」 「冬場の憂さ晴らしだろうから、楽しんでもらえればいいのだぁ」 「せ、せっかく勝負だから、きっちりと思ったのに」 「なにはともあれ、お汁粉でも食べましょう?」 ぜいぜいと荒い息を整えながら、ちょうどおやつ時だと言い合っていた四人に対して、宴会を始めようとの楽しいお誘いが掛かっている。 これを断るなんて、そんな失礼なことは、もちろん四人ともしない。 |