|
■オープニング本文 それは先月、十二月初旬のことだった。 とある街で、縁遠かった親族から突然舞い込んだ遺産に慌てさせられた夫婦がいた。遺産にはたいそうな金銭的価値があったが、ほとんどが書籍、後はお屋敷と呼べるが旧い家屋が一軒では、扱いに困る。 特に大量の、お屋敷の中を埋め尽くしていた書籍の扱いに苦慮した夫婦は、まったく欲をかかずに家ごとほぼ全部を領主に献上したのだ。 手元に残したのは、総菜屋を営む自分達に役立ちそうな料理の本を一冊。実際に役立ち、店には新たな惣菜が幾つか並んでいる。 そして現在、残りの書籍は領主の指導の下、整理と修繕が進められていた。 家を埋め尽くす本に音を上げた夫婦が、簡単な整理と目録作りを開拓者に依頼していたが、そこから更に細かい分類をしたり、長年の収蔵で傷んだ部分を直したりは、結構大変な手間が掛かるものである。 だが、総数千を越える書籍を労せずして手に入れた領主は、図書館の新設を計画している。その費用と維持費のために、写本を作って売ることも検討中ながら、まずは寄付された屋敷も修繕して、庶民が楽しめる書籍はそちらに置くつもりだ。 対して、専門書はまた別の建物に収蔵したいと思っているが‥‥こちらの具体的な計画は、整理と修繕が終わってから。 なにしろ、 「うわー、ぱらぱらになったー!!」 「この箱の中は全滅だなぁ」 専門書の中の一部の書籍は古いのに加え、前の持ち主の晩年にきちんと管理されなかったせいで、綴じ糸が緩んでばらけたリ、虫食いやしみがあって修繕に手間と時間が掛かったりと、人が閲覧する状態にないからだ。 今日も今日とて、この仕事に従事する人々が、綴じ糸の切れた本のページがばらばらにならないようにそっと箱から取り出そうとしていた。これがばらばらになったら、それはもう号泣したくなる‥‥ 「だーれーかー」 「た〜す〜け〜て〜」 そして、号泣した。 箱の底が鼠に齧られていた箱が割れて、冊数おそらく十五冊の本のページが、それは勢い良く飛び散ったのだ。もう泣くしかない。 しかも、その内容が内容で、自分達だけでは集めて並べなおすのは大変だと感じた一同は、開拓者ギルドに人の派遣を依頼していた。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
十野間 空(ib0346)
30歳・男・陰
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
オリヴィエ・フェイユ(ib9978)
14歳・男・魔 |
■リプレイ本文 『大人気の冒険活劇、待望の続編』 『英雄譚、予想外の終幕へ』 『待望の第三章刊行』 『勇者の活躍、怒涛の最終節』 『奇跡の復活、英雄の新たな旅の始まり』 『英雄、最後の冒険へ』 『伝説の英雄、感動の第五章開始』 『落涙必至、英雄の最後』 『英雄の冒険活劇、珠玉の掌編集』 『精霊の慈悲、英雄ここに再来』 図書館開設準備中の建物は、 「陰陽寮の書庫だって、こんなにひどくないわよ」 と、胡蝶(ia1199)に酷評されても仕方ない程度に、色々とっ散らかっていたのだが‥‥今回の依頼に到った『綴じ糸が外れてばらばらになった本の残骸』が放置された部屋は、特にひどかった。 室内が他より散らかっているというのではない。だが箱を落として、中身が零れたにしては、本の頁がばらばらすぎるのだ。単に箱が壊れて中身が落ちただけでなく、鼠に中を荒らされたとしか思えない。不幸中の幸いは、表紙のともかく中の頁は割と無事なこと。 そして。 「これも本の中身かな?」 そんなばらばらの紙や表紙の残骸と思しき革や板の中で、目立って大きい紙をエルレーン(ib7455)が拾い上げて首を傾げていた。大部分はなかなか男前の騎士らしい男性の絵が占め、上下にあれこれ書き込まれている。 問題は、書いてあるうち本の題名らしいものはいい参考資料として、煽り文句の方だ。 「これ、途中で描いてる人は変わってるけど、同じ殿方よね」 「なかなかの男前ですねぇ。これだけでも人気が出そうじゃありませんか」 戸隠 菫(ib9794)とエルディン・バウアー(ib0066)の、貸し本屋の店頭用張り紙らしいものを眺めての感想は確かにその通り。どう見ても同一主人公の大人気冒険小説が、 「この何回も終わっては始まる調子の煽りはなんだろーなー?」 素直に次の章に続けばいいのにと、村雨 紫狼(ia9073)も首を傾げている横で、穴が開くかと思うほどに張り紙を見比べていた本好きの十野間 空(ib0346)とオリヴィエ・フェイユ(ib9978)とは、同じ結論に到っていた。 「多分、作者がこれで終わりと書いた話が人気で、続編を版元が書かせたのではないかと」 「ここに名前がある女性の方、前の話にも出てきているみたいですよ」 つまり。 「全部主人公が同じで、登場人物も繰り返し出てくるのね。でもまあ、冒険小説なんて、私達の普段の依頼みたいなものでしょ」 ここの職員達は読みふけってしまって大変だと言っていたが、自分達は違うはずだと言い切った胡蝶に、この時は皆も賛同したのだ。アヤカシとの戦いも、天候の急変化での危機的状況も、有力者との丁々発止も、開拓者を長くやっているそこそこ体験するか、間近に目撃するものだ。 ただし、冒険活劇に付きものの恋愛話だけは、人によって体験に大差が付いているだろう。 まずはばらばらの本の残骸から、表紙に当たる部分を取り分ける。これは菫の案だ。これを先に復元すれば、正確な冊数と張り紙がない本の題名も確認が出来るだろう。 更に彼女とエルレーンが、床に残る頁をある程度の塊ごとに分割して、作業台に移動させようと提案した。いかに元から痛んでいて、ばらばらになったとはいえ、一番上と下に入っていた本の頁が混ざり合うことはあるまい。多少なりと、塊の頁には連続性があると期待出来る。 「作者は同じだから文体で区別は無理でも、本毎に書体が違うとかあるんじゃないかなぁ」 「ざっと見て、場面の内容を書き出して添えておく?」 うっかり読みふける者続出ですよと言われているので、二人共に確認で読み込むのは避けたい態度ながら、頁を揃えるには読むしかない。 そう思っていたら、エルディンやオリヴィエは別のところに目を付けていた。 「虫食いの穴や綴じ糸の跡が一致するものは、同じ本だと思いますよ」 「それと印刷時期が違えば、紙の質も異なるでしょうから、それでも分けられるかも」 写本だったら文字の癖も手掛かりになったが、一応は印刷の本だ。挿絵も版画で刷られたものらしい。 「色は人の手で塗ってあるのかしら。手間が掛かっている本ね」 「これ、登場人物の顔が分かれば、それも手掛かりじゃね?」 印刷字体での区別は難しそうだと鼻の頭にちょっとだけ皺を寄せた胡蝶の肩越しに挿絵を覗き、村雨が『こいつは主人公』と指し示した。すると、胡蝶も別の山に入っていた挿絵と見比べて、年若く見えるほうが発行は古いはずと指摘する。 では、まずは挿絵の主人公の外見である程度区分けが出来るのではないかと、皆がせっせと手を動かし始めた中、十野間はなぜだか違うことをしていた。 「綴じ糸の穴の位置が綺麗に揃う頁は、同じ本の可能性が高くなります。だから、この串で穴の位置を揃えてみて、合わないものはより分けていったらどうかと思って」 人数分の竹串を用意しておいたので、試しにやってみませんかと、綴じ穴の大きさに合わせた微調整も済んだ串が出てきた。 よって、最初は表紙の復元に勤しむ者と、挿絵である程度の発行順番を推測して作業台に並べる者、続いて頁の上下を合わせて揃えてみる者と手分けして、作業は始まった。 それ以前に、ばらばらの頁をまとめて、オリヴィエとエルディンがフィフロスで本の精霊に頁順などのお伺いを立ててみたのだが‥‥本の体裁を為していない状態では、本の精霊も居場所を失ってどこかに避難しているのか、応えてくれなかったそうだ。 冊数は、十五冊。判明した題名は、広告と照らし合わせて、それがないものは推測で発行順に大書したものが壁に張り出された。後半の三冊には地名が入っているので、それが出てくる頁は後の方の本だと思われる。 そして。 「冒険小説って、家を離れられない人間が空想の世界を楽しむ娯楽‥‥よね?」 「そう‥‥だね。でもこれ、私が見ても楽しいよ?」 集中出来る時間は限界があるので、一時間半に一度は全員で休憩との菫の主張に従った何度目かの休憩時。今回は自分が淹れた紅茶で喉を湿しながら、胡蝶が地を這うような呟きを発していた。たまたま横に座ったエルレーンが、その迫力に腰を引き気味である。 「そうなのよ。このアヤカシ描写、妙に詳しくてびっくりよ。一番の驚きは、主人公のあの、ええと、あれなことだけどっ」 「いやー、流し読みでも素晴らしいもてっぷりだよなー。羨ましいや」 作業台転じて、お茶会卓になっている長机をごんと叩いた胡蝶だが、言い出した口調が途中から弱々しくなった。それを引き取ったのは村雨だ。冒険小説には付き物なのか、どの話でも主人公がこれでもかというほどもてること。いやもう、それは一気に読むと恥ずかしくなる勢いだ。 一気に読めば、なのだが。 「確認のための流し読みを徹底よね。うん」 自分に言い聞かせている菫も、色々思い当たるところがあるらしい。作業が進んで、ある程度一冊のまとまりが出来てくると、話も分かりやすくなる分、ついつい引き込まれる者が続出だ。気を付けるにも、読まなければ進まないのが悩ましい。 加えて、長時間集中するのはやはり大変で、先程は菫の作って来てくれたチョコレートを纏わせた焼き菓子が大好評。今も紅茶に蜂蜜たっぷり派が大半である。 「ふふっ、読みふける人の顔にはいたずら書きですよ。女性の美しさが曇っては、私のやる気に関わるので除外しますけれど」 文章が分かりやすくて、そのくせ描写が秀逸で、登場人物が魅力的、展開も飽きさせない。だからもちろん面白い話に、うっかり引き込まれた男性陣にはエルディンが顔にいたずら書きをしていた。一番の被害者は村雨で、そろそろ書くところがなくなりそう。十野間とオリヴィエはそれほどでもないが、零ではない。女性陣は、菫がハリセンで叩いちゃおうと冗談交じりに口にしていたが、当人もうっかり派に入るので、これまでのところいい音は響いていなかった。 ちなみにエルディンは、『全部揃ってからのお楽しみ』と明言しただけあって、確認作業は一番はかどっている。でも鼻の下に、村雨に描かれたちょび髭がある。 「通読するなら、全部揃ってからが楽しいでしょうね。個人的に、時々出てくる妹さんの恋心がどうなるのかが気になっているんですよ」 「ああ、初恋相手と許婚との微妙な三角関係が気になりますね」 そこそこ作業速度が速い十野間とオリヴィエだが、内容をまったく見ていないわけではない。十野間は主人公よりその妹の恋愛模様を気に掛けていて、オリヴィエも自分に年齢がより近い妹やその相手達の方が感情移入をしやすいらしい。 しかし、この展開は後半に入ってからのものなので。 「え‥‥そんな話があるの? 気になるなぁ」 「妹って二人いたわよね、どちらの話かしら」 「二人もいたっけ? 一人じゃない?」 前半を確認中の女性陣が、一斉に食いついた。いずれも主人公の濃い恋愛模様には、そろそろ食傷気味らしい。 「妹‥‥成人したてだっけ? かーっ、気になる展開だなぁ。でも男としては、主人公の立場も捨て難い」 「だから、そういうのは揃ってからですよ」 「ご領主には、こちらの本は複数写本を用意するべきだとお伝えしたほうがいいでしょうね」 「きっと図書館でも人気の連作になりますよ」 休憩の後半は、少し体を動かして凝りをほぐしたり、他の部屋を覗いて蔵書を見せてもらったりとそれぞれに過ごすのだが、この時は女性陣はいまだ断片化している展開のすり合わせと予想で忙しくなった。 男性陣は主に他の蔵書を見るのを楽しみにしていたが、これまた人により楽しむ対象が色々違う。他にはやたらと色っぽいものから禁書の類まで、色々あるので退屈しないからだ。 いずれにしても、暢気に話しこむ時間も、のんびり他の本を繰る時間も、ありはしないのだが。 「やってもやっても、終わらなーい」 夕方になって、そう叫んだのは誰だったろうか。 作業開始から三日目の午後二度目の休憩には、十野間からお汁粉、エルディンから桜の花湯が提供されていた。けれども、目の前にあるそれを手にしようとする者はいない。 「ねぇ、ちゃんと合ってるかって、どう確かめるの?」 椅子に座りつつも斜めに傾く姿勢で、エルレーンが目を擦りながら誰にともなく問い掛けた。すぐに返事はないが、しばらくしてオリヴィエがちょっと楽しそうにこう返してくる。 「それはやっぱり、分担して中身に間違いがないかを読むしかないのでは?」 そう。先程、十五冊全部の頁揃えがおそらく完了したのだ。主人公か、その妹か、興味の差はあれ、活躍やら恋愛模様が気になって、必死に作業した成果である。後は全部に問題がないかを確かめて、大丈夫なら仮綴をする。表紙の作り直しに日数が掛かるので、きちんとした修繕は後日になるためだ。 ところが。 「誰がどの巻を担当するか、どうやって決めるの?」 菫がこう問題提起したことで、約半数に緊張が走った。 オリヴィエはちょっと残念そうだが、男性陣は主に女性優先でどうぞという態度だ。女性陣も率先して自分が一巻を見たいのだとは言わない‥‥が、どうせ読むなら一巻からと思っているのは気配で伝わってくる。 しかし、落ち着いて考えれば。 「くじ引きにしましょ。どうせ確認は発行順に出来るわけじゃないのだし」 胡蝶が至極もっともな事に気付いて、最初より丁寧な、でも流し読みで頁順の確認を始める事になった。中身がごっそり他の巻と入れ替わらないように、題名との整合性もちゃんと意識しないと駄目よねと、胡蝶と菫は気合を入れ直している。 そうやって、最終確認が始まり‥‥ 「なんだか‥‥一枚足りないみたい」 いいところでと、一巻が当たったエルレーンが最終盤の山場であたふたし、 「おや? なんだか全然合わない挿絵が挟まっていましたね」 エルディンは場面に合わない挿絵を手に、困惑している。 「うおっと、主人公が真っ二つかってところで、頁も破けたよ!」 村雨は、劣化していた頁が裂けたと大慌てで、 「止めて、先のことは言ったら駄目だよっ」 菫には先の展開に触れないでくれと怒られた。 「妹って双子? それとも誤植かしら?」 素晴らしい速度で流し読みしている胡蝶は、どうしても妹のことが気になる様子で、 「それは誤植のようですよ。十巻からは、片方しか表記がないので」 すぐ次の巻を確認中のオリヴィエから情報提供されて、納得したらしい。 「‥‥いやぁ、素晴らしい才能の作者です。この方の本が他にあるなら、ぜひ入手したいですね。続きがないのが残念で仕方ありません」 最終巻確認を終えた十野間の満足気な呟きに、皆がほんの一瞬『うらやましすぎる』と言いたげな視線を向けて、自分の前にある巻に戻っていった。 アヤカシが怖すぎる。 悪役が憎らしいけど、何故か目が離せない。 ジルベリアにない気候を、体験したかのように書いてある。 主人公、もてすぎ、羨ましい。 妹の相手は初恋の君がいい、いや許婚も捨てがたい。 あれやこれやと、確認しながらも感想が飛び交い、途中で様子を見に来た職員が『早く読みたい』とねだって視線だけで追い返された出来事を経て、ようやく最終確認も完了した。 「さぁって、俺はちょっと違う本を見てくるから、かわい子ちゃんたちは気になる話をどうぞー」 「私も座り詰めで疲れたので、他の所を覗いて回って来ますよ」 「じゃあ、私がこちらのまとめを責任者の方に届けてきますので」 「ボク、修繕の職人さんに訊きたいことがあるんです」 村雨が紳士的に申し出をしつつ、実は艶っぽい指南本を眺めに行ったとか、エルディンは見付けた禁書が封印される前に見ようと画策しているとかは、知らない方がいい。 十野間とオリヴィエは生真面目な理由と、やはり座り詰めだったので動きたいと部屋から出て行き、 「妹って、何巻から出て来てた?」 「えと‥‥七巻目?」 「名前は婚約者が出てきた四巻にあったけど、本人は六巻かしらね」 残った女性陣は、どの巻から手に取ろうかと悩んでいる。 実はこの冒険小説、真の最終巻十六巻目が存在するが、それは未整理の膨大な箱の中のいずれかに入っているらしいと判明したのは、開拓者一行が帰る寸前のことだった。 響いた悲鳴が幾つだったかは、良く分からない。 |