神父と親分と逃げた愛人
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/08 02:27



■オープニング本文

 そこはアル=カマルの、小さな集落だった。

「いない? どこかに出掛けてるのか?」
「はあ、まあ、その‥‥」
「なんだ、はっきりしねえな。まあいい、おふくろさんに挨拶しとくか」
「いや、その‥‥母親も一緒で」
「女だけで出掛けるとは無用心な奴だ」
「単にお前に愛想が尽きて、雲隠れしてるんじゃねえの?」
「なんで、そういう話になるっ!」
「だって、愛人だとか言う割に、顔を見に来るのも一年近くご無沙汰じゃ、捨てられても文句は言えないぜ?」

 なぜだか小さくなっている遊牧民達を前に、遊牧民独立派の頭目ジャウアド・ハッジと、彼の客分扱いで口のきき方がぞんざいな天儀神教会神父の神楽シンが、やいのやいのと言い合っていた。知らない人が見るとけんか腰に聞こえる会話だが、この二人はいつもこんな調子だ。
 この集落は、小さな小さな部族の冬季居留地である。元々はそれなりに人数もいた部族なのだが、十年程前に疫病が流行し、家畜の大半と人の半数以上を失った。それで離散する寸前のところを、ジャウアドから支援を受けて持ちこたえた過去がある。それがなければ、今頃は先祖伝来の牧草地も水源も失っていただろう。
 ただし、ジャウアドとて何の益もない相手を、遊牧民のよしみだけで助けたわけではない。先代の族長の娘から、愛人になるから助けてくれとかき口説かれたのだ。相手がかなりの美人だったもので、うっかり鼻の下を伸ばして頷いたとか。
 相手は、常に十人はいるとジャウアドが豪語し、自分か部族に益があるとか、有力者相手の遊びとして心得た女性が大半の愛人達とはまったく違い、物静かで献身的、かつ自己主張をしない女性だった。何かねだることもないので、かえってジャウアドもまめに人をやって様子を確かめさせたり、季節ごとに贈り物をしたりと気にはかけていたらしい。
 ただし、やっぱり女性として魅力を覚える相手ではないらしく、閨を共にしたのは最初の一年かそこらで、後は後見としているだけ。それでも義理堅い娘と部族は、ジャウアドが来ると連絡があれば必ず歓待する準備をして待っていたのだが‥‥

「ここから出掛けるって、どこか行くところがあるのか?」
「水汲みなら片道一時間くらいだろう。でも、確かおふくろさんは足が悪かったんだが」
「二時間かけて水汲みって、どうして水場の近くにいないんだ?」
「別の部族と共有だし、あの辺は風避けになるところもないからな」
「ふうん。砂嵐なんか来たら、確かにこういう岩山の下が安心か」
「この辺はな、何年かに一回は雪が降るんだ。どうだ、驚いたか!」

 割とあちこちで雪が降る天儀出身のシンに、ジャウアドはさも珍しいことのように威張って言うが、反応が鈍い事にむっとしたようだ。感動が薄い奴だとかぶつくさ言いつつ、族長が勧めるままにその天幕へと案内されていく。
 後に残ったシンは、何故か緊張の面持ちで自分達を囲んでいる部族の人々を振り返り、

「で?」
「は?」
「さっき、子供達が噂しているのが耳に入ったがね。件の女性は妊娠していたそうじゃないか。相手はそのことを知っていて、一緒に逃げたのか? それとも年老いた母と身重の娘だけで飛び出したのか?」

 ジャウアドの愛人であっても、男女の仲ではなくなっていた女性が身篭っているとしたら、相手はジャウアド以外の誰かだ。
 その誰かが女性と一緒にいるならいいが、違うのなら問題だ。母と娘だけで部族を離れて安全に暮らせるとは思えないし、そもそも先のことを考えて飛び出したのかも怪しい。相手が一緒でも、一応ジャウアドが自分の愛人の一人に数えていて、生活の面倒を見ている女性が雲隠れしたままでは、部族が迷惑をこうむることにもなりかねない。
 とはいえ、迷惑という点では、部族の人々もある程度覚悟しているようで、シンの問い掛けにもしばらく迷っていたが、一人がようやく口を開いた。

「気が付いた時には、書き置きだけして飛び出していて‥‥身の回りのものが少し持ち出されていただけで。頂き物は全部置いて行ったんだと思います」
「貰っといていいと思うけどなぁ。行き先に心当たりは?」
「相手が、隣の部族の男なんですが‥‥そこに行ったかどうか。近くの町にはラクダでも三日は掛かりますし」
「よし。ジャウアドは俺がなんとかするから、急いで探して帰って来てもらえ。少なくとも妊婦に手を上げる奴じゃないから、そこは安心していい。あと」

 何とかってどうやってとは説明せず、シンはもう一つ、皆に指示を出した。
 近くの水場に、依頼を終えた開拓者達が立ち寄っていた。ジャウアドが先を急ぐので声を掛け合っただけだが、運が良ければ人探しに手を貸してくれるだろう。だから、事情を話して頼んで来い。

 一仕事終えて、小さな水場で一息ついていた開拓者の一団が、顔色を変えた遊牧民に頼み事をされるのは、もうしばらく後のことだ。


■参加者一覧
キョーコ・クルック(ia0194
20歳・女・志
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
トィミトイ(ib7096
18歳・男・砂
エリアス・スヴァルド(ib9891
48歳・男・騎
ビシュタ・ベリー(ic0289
19歳・女・ジ


■リプレイ本文

 そんなに貧しそうには見えない。
 諸般の事情で出奔した母娘の捜索を依頼され、まずはより詳しい話を聞いてからと部族の居留地にやってきた開拓者の一人、クロウ・カルガギラ(ib6817)はそう感じていた。もちろん裕福にも見えないが、離散寸前までいった過去までは窺わせない様子なのだ。
「今はそれほど困っていなさそうだな」
「これだけ家畜がいれば、金持ち」
 一応クロウは気を使って黙っていたのだが、相手方が話した事情から回復しているからだろう、トィミトイ(ib7096)とビシュタ・ベリー(ic0289)はあっさり思ったことを口にしていた。
 遊牧生活に詳しいとは言えないキョーコ・クルック(ia0194)やエリアス・スヴァルド(ib9891)には貧富の判断具合が今ひとつ不明だが、確かに家畜はそれなりに多いようだ。ただし、ビシュタもきちんと数を確認した様子はなかったが。
 部族の現状はさておき、差し迫った問題は出奔した二人を探し出すこと。なにしろ妊婦と足が悪い老人である。少しの無理で大変な事になりかねない。
「大人は、誰も出て行くところを見ていないんだな? いなくなった時間帯に子供は出歩いていたか?」
 大人の目は避けていても、子供は見逃した、または目撃したことを口止めして出て行ったかもしれない。すでに大体の事情は聞いた後で、クロウが気にしたのはそこだった。居留地には子供の姿もあるが、立て続いた来客と大人の緊張した様子に、遠巻きに開拓者を眺めているだけだ。
「なるほどねぇ。じゃあ、子供にはあたしが訊いてみるよ。地図とか、よろしくね」
 男よりは警戒されないかもと、キョーコが出迎えた部族の女性を伴って一行から離れていった。ビシュタも一緒に、今までと別人のような笑顔を作って歩いていく。
「地図があれば出してくれ。それと、悪いがラクダに余裕は?」
「地理に明るい奴を案内に欲しい。ジンがいるなら、そいつで」
 ジャウアド達を歓待するのにも忙しい部族の者に、エリアスは気さくな調子で、トィミトイはそもそも愛想のない顔で、要求と質問を重ねていく。クロウも加わって、簡素な地図を確かめながらの予想移動経路は南と西の方角。南が一番近い町で、西が娘の腹の子の父親がいる地域だ。ただし西の方角は、正確にどこに天幕を張っているとは分からない。一キロ二キロは、その時の天候などで違っても普通なのだ。
「それじゃあ、逢引するのもなかなか大変だろう」
「大体の場所は決まってるから、その辺りまで行ってから探せばいい。多分向こうから通っていたろうしね」
 そもそも相手の居留地がちゃんと分かっているものか。遊牧民出身の二人の懸念に、エリアスも顔をしかめて、遭難しやすい場所を部族の者に示してもらっている。説明によれば、出奔した二人はここから町や相手のいる方角に旅したことがない。挙げ句にここまでの移動で目印にする地形は、反対側から見ると似たものが幾つかあるのだ。
「なら、そこまでは通ったこともない道は行くまい。昔遭難した奴が出たところで、捜索範囲を広げるか」
 トィミトイの意見はもっともで、相談と捜索の準備は順調に進んでいた。ただしジャウアド達に気付かれないようにと、物陰で小声で行われているのだが。
 同じ頃合、ビシュタとキョーコは子供達を片端から捕まえて、話を聞きだしていた。部族の大人がついているから無用の警戒はされないが、数人の子供が落ち着かない。
「あのね、今日の朝のことなんだけど」
 誰かが遠くに行こうとするのを見なかったか。キョーコの問い掛けに、大藩の子供は首を横に振った。
 その中で、返事に迷っている十歳前後の女の子達に、ビシュタが小声で話しかけた。
「あのね、砂嵐が来るかもしれないんだよ。だからお迎えに行かなきゃいけないの」
「そう‥‥なの?」
 後でキョーコが砂嵐はいつ頃来るのかと尋ねたら、一言嘘だと返された言葉を、子供はすっかり信用したらしい。クロウの見立て通り、母娘に口止めされていたのだと前置きして、二人が向かった方向をあちらと指し示した。
 それは、南の方角。ちょうどそちらの空が少しばかり暗く見えたが、うまくいけば二人の乗っていたラクダの足跡などが見つけられるかも知れない。
 そんな期待をしつつ、手早く準備を整えた一行が案内役の青年と一緒にラクダで出掛けた時には、もちろん誰も吹雪が来るなどとは考えてもいなかった。

 砂漠の移動は、真夏なら日暮れ後や夜明け前の涼しい時間を使い、陽光厳しい昼間は休息に当てる。夜間は気温が低いなら焚き火で暖を取り、歩けるなら移動する。冬季は余程の高温にならなければ昼間に移動、夜間は風が避けられる場所で天幕を張るか、焚き火を絶やさず暖を取る。これを無視するような無茶が可能なのは、ジンくらいのものだ。
 いかに旅慣れていなくとも、遊牧民ならこの基本を守っているだろう。辿ったことがない方向からの移動で、用心しすぎて風が避けやすい地形の近くを通っている可能性はある。
「町に向かうってことは、相手の男にも迷惑が掛からないようにと考えたんだろうな。まさか頼り甲斐がない男と、見限ったわけじゃあるまい」
 クロウの指摘で母娘の向かった方角が南と判明したので、開拓者は揃って南の捜索に繰り出していた。西の方角には、念のために部族の者達が捜索と、娘の恋人への連絡に向かっている。
 その恋仲の相手を頼らないとは余程思い詰めたかと、表情を曇らせているエリアスの口調にも苦いものが滲んでいた。そんなことを口にしつつも、視線はラクダの鞍上から地面に注がれている。
 娘の妊娠を部族の者達が知ったのは、半月くらい前のことらしい。だがすでにおなかが目立ち始める頃というから、当人は随分前から気が付いていただろう。おそらく母親もだ。
「女が逃げるのに飾り物の一つも持たないなんて」
「うっかりしてるよな。町で生活するなら、何はなくとも金がいるのに」
「だから、よっぽど貰った物に手を付けるのが心苦しかったのよ」
 母娘の天幕には、一見して高価と分かる品物が多々存在していた。子供が生まれるから逃げるなら、持っていけそうな装身具も随分とあったのに、そうしたものは丁寧にしまいこんである。ビシュタが持ち逃げしないとはと呆れ、キョーコはその態度に苦笑しつつ、人が通った痕跡がないかと目を凝らしていた。
 居留地を出て二キロくらいのところで、ラクダの糞が見付かって、母娘がこちらの方角に来たのは間違いなかろうと確認されている。他に同じ方向をここ数日で通ったものがいないはずだからだが、そこから先は足跡は砂地なら風で消え、岩場には残らずで、はっきりした足取りが分からない。
 キョーコやビシュタはラクダが歩むに半ば任せて、ラクダが歩きやすい道を進んでいる。エリアスはその二人に付かず離れず、周辺の様子を確かめつつ移動する。三人交代で、部族の者達が連絡で使う印を通った岩場に書き付けてもいた。
 足場が悪くてもラクダの扱いに困らないクロウとトィミトイは、案内人と一緒に更に広い範囲を手分けして探していた。すでに捜索範囲は、経路の目印の地形が紛らわしく、過去に遭難者が出た迷い道の方に入っている。
 だが、こちらの二人の視線は、地面と共に空にも良く向けられている。
「これは‥‥崩れるな」
「砂嵐じゃない。‥‥この辺りは、雷雨が来ることは?」
 居留地で情報を集め、地図で方角や何かを確かめ、借りるものを借りて出発したのが午前の中程。昼に少しばかりの休憩を取り、後は捜索に当ててきたが、日は大分西に傾いてきた。流石にジャウアドも様子がおかしいと思っているか、そうでなければ事情を知って怒り狂っているところかもしれない。
 いわゆる愛人が別の男に走ったことについては、トィミトイがばっさり『自業自得』と言い放ち、他の者も大抵は『女性が一方的に責められることでもなかろう』と考えている。とは申せ、部族の側には恩があるから、さぞかし困っているに違いない。それもあって、早めに母娘を探し出して戻りたいと考えている者もいるが、どうやら更に急ぐべき事情が出てきたようだった。
「白い‥‥あれは、雪か?」
 砂迅騎の技能で遠目が効く二人が見たのは、横殴りに雪を落としながらものすごい勢いで迫ってくる暗雲だ。どうやら雷まで連れている。
「寒いのやだよー、こんな上着じゃ耐えられないっ」
 雪と聞いたビシュタが最初に捜索の休止を訴えたが、彼女はそもそも上着からして借り物だ。エリアスに毛布を借りて、とりあえず寒さは凌げそうだが‥‥どうも近付いているのは吹雪らしい。
 とりあえず、一旦風が避けられる場所で様子を見ながら、寒さ対策をしようと集まった一行は、
「ねえ、あれって何かしら?」
 やっぱり寒いと震えているビシュタに、予備のマフラーを巻いてやっていたキョーコが見付けた影に注目した。荷物を積んでいるから、キョーコにはとっさに分からなかったようだが、ラクダだと見たクロウが飛び出して手綱を握っている。
 続けて、トィミトイとエリアスが横殴りの吹雪をものともせずに、ラクダが来た方向に走って行き‥‥足の痛みで動けない老婦人と顔色が悪い妊婦をそれぞれに抱えて戻ってきた。
 三時間ほど続いた吹雪は、皆が持参した天幕を飛ばないように張り、時々男性陣が外で押さえてやり過ごした。その間、母娘共に帰っても迷惑が掛かると繰り返すのを、キョーコとビシュタが色々と説得して連れ帰ったが‥‥

 なんでこうなるのかなとは、トィミトイ以外の開拓者全員の共通意見だった。
「てめえにだけは、礼は言わねえぞっ!」
「そもそも礼を言うことを知っているのか?」
 日が暮れてから戻った居留地では、案の定ジャウアドが事情を聞いて激怒していた。それを見て、トィミトイが『こんな狭量な男に付き合わされた女の方が迷惑だったろう』と口にしたものだから、まずはジャウアドの手下ともめ、今はジャウアドと睨みあう事態になっている。
 おかげで母娘は顔色を失うどころではなく、どちらも卒倒寸前。部族の長達は、すでに宥める言葉が尽きたと見え、右往左往するばかりだ。
「あのぅ、こちらもお二人もですがね、あたしもすっかり凍えてしまったんですよ。着替えてきても?」
 ジャウアド達は女性に弱いという神父の入れ知恵で、キョーコが口を挟むと、ジャウアドは別人のように厳つい笑顔を振りまいてくれた。これににこにことビシュタが愛想を振りまいたので、急降下していた機嫌はちょっと上向いたようだ。
 この機に、母娘をジャウアドから上手く引き離しつつ、実際に着替えに行った女性陣を見送って、改めてエリアスとクロウが部族長やジャウアド達に挨拶をした。もちろんそれだけで終わらず、ついでにジャウアドが今回のことをどうするつもりかと探りも入れる。
「結構な器量よしだが、あんたにゃあんまり似合わない感じだったなぁ」
「んなこた、俺だって分かってる。やっぱ、女ってのはこう」
 他の男に気持ちを移した女性を、あまり未練がましく構いつけるものではないと話を持っていくつもりで、エリアスが割と正直な感想を交えて語りかけると、ジャウアドも乗ってきた。大分下世話な話も混じったので、クロウは脇で聞いているだけだが、ジャウアドが母娘に対して怒っているわけではないのは通じてくる。
 ならば、誰にあれほど激怒していたのかと思っていたら、相手の男に対してらしい。名目だけでも自分の愛人が欲しいなら、きちんと筋を通せとかなんとか。
「そういうのを、勝手と言うんだ。そもそも自分があちこち飛び回って、まともに連絡が付かないのが悪い」
 今回の訪問もいきなりで、向こうだって筋の通しようがないとは神父の弁。トィミトイも頷いて、また睨まれている。
 これにはクロウやエリアスも、身内でも夫でもないのにと思わなくはないのだが、一つの部族を離散の危機から救って、支援を続けてきたのである。そちらの立場で主張するのは、ありかもしれない。
 じっさい、本人はそういう心積もりのようで、この点を指摘したクロウに話が分かる奴だとご満悦だ。
「じゃあ、相手がちゃんと許しを求めてきたら、二人の仲を認めて、祝福出来る度量があるということだな。老齢の母御もそれをたいそう心配して、思い詰めた挙げ句に飛び出したらしい。それは杞憂で、ジャウアド殿は頼り甲斐の男だと思い出してもらわないと」
 トィミトイは輪に入らないが、捜索で疲れたろうと酒が振る舞われて、クロウは盃を受けつつジャウアドの矜持に訴え始めた。部族一つ支援したのは事実だし、ここで名が上がると言えば、ジャウアドの性格からして嫌とは言うまいとの読みは当たっていて、話は上手くまとまりそうだ。
 これにはエリアスの『他人のものになったら惜しくなった、なんて言わないだろう』と、これまた狭量ではないところを見せろとそそのかす発言も相当関係している。
 そして、なにより。
「お気持ちが移ろえば、足も遠退く、贈り物も滞るのが大半の中、変わらず生活の面倒を見ていらしたとは豪儀なお方。彼女、その贈り物はお返しすると話していましたけれど?」
「親分が持ってきた薬、ばあちゃんが遠慮するけど塗ってきたよ。泣いて喜んでたみたい」
 着替えついでにおめかしまでして、色香で煙に巻いてやろう態度のキョーコと、状況説明が大袈裟でものすごく危険な道中だった事にしているビシュタに挟まれて、ジャウアドは不機嫌を忘れている。
「ああいう奴だ」
「ま、今回はあれで助かるじゃないか」
「そうそう。もしまた難癖付けるなら、生まれた子供の名付け親にしてあげたら、納得するんじゃないか?」
 これは娘や相手の気持ちもあるが、そのくらいの役得はあっても良かろうとクロウやエリアスは考えている。トィミトイはジャウアドが名付け親では不幸だと愚痴っているが、親が納得すれば問題はなかろう。
 結局、この日はキョーコの手腕でジャウアドを酔わせて寝かしつけてしまい、その翌早朝。
「お、お嬢さんを、俺にくださいっ」
「誰が俺の娘だ、この阿呆っ!」
 ジャウアドの来訪や恋人出奔の話を聞いて、慌てて駆け付けた隣の部族の青年は、緊張のあまり妙なことを口走ってジャウアドに怒鳴られた。
「あら、保護者に変わりはありませんでしょ?」
「それはそうだが‥‥持参金は出してやらんぞ」
 代わりに今までの分も返せとは言わないとと、皆が望んでいたような気前のいいことを口にしたジャウアドだが、これに感動したのは青年と母娘くらいだった。
「お礼の話はキョーコに言って貰おう」
 ビシュタほどあからさまなことは言わないが、皆、ジャウアドがキョーコにすっかり興味を移しているのに気付いていたから、感動のしようがなかったのである。
 キョーコがなびいたかどうかは、誰も確かめていない。