【神乱】争乱の始末
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/29 01:53



■オープニング本文

 ジルベリア帝国がベアリエース大陸にその版図を広げ、その後も内部で小競り合いや小規模反乱が起きる度に、その地域の治安は悪化して来た。ましてや今回のような大規模な反乱ともなれば、治安の回復にも時間が掛かる。
 そして、そういう時期に横行する犯罪の一つに、誘拐や人の売買があった。

 この日。
 内乱の影響も薄いある場所で、野良着姿の貴族とそのもふらさまが語り合っていた。
「どれーもふか」
「土地も人もすべからく皇帝陛下のものだから、人の売買など認められないがね。給金前渡の奉公の斡旋だと言われると、なかなか対処が難しいものだよ。でも今回は、誘拐のようだ」
 争乱で住んでいた地域を追われた人々が困窮するのは珍しい話ではない。その場合に家族を養うために誰かが出稼ぎに出ることもあれば、もっと切羽詰って家族の誰かを人買いに売り渡すこともある。中には家族と死別、離別した子供が誘拐されたり、もう少し年長の少年少女が騙されて連れ去られることもなくはない。
 ジルベリア南方より大分離れた丘陵地域ミエイの領主アリョーシャ・クッシュの耳に、今回もそんな話が入ってきたのは、彼の主である有力貴族からの連絡による。
 どうも南方の戦乱を逃れて避難していた人々の中から、子供を十数名誘拐した輩がクッシュ家の領地近くを通るので、捕縛の上、子供達を保護せよという命令付きだ。
「開拓者ギルドに頼んでしまおうか。うちはそろそろ畑仕事が始まって人手が足りないし」
「そーするもふ。みんながけがしたらやーもふ」
 もふらさまを相談相手に、あっさりと丸投げを決め込んだアリョーシャは、さっそく風信術で開拓者ギルドに連絡をしたのだった。


■参加者一覧
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
一心(ia8409
20歳・男・弓
和奏(ia8807
17歳・男・志
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
アーネスティン=W=F(ib0754
23歳・女・魔


■リプレイ本文

 人攫いが使っているという道は、見事に森の中を突っ切る分岐の少ない裏街道だった。ミエイに近い方向からは何本か入る道があるが、出るのはジェレゾに繋がる街道への一箇所のみ。途中で商売をする必要がないか、仕事の都合で急ぐ隊商や旅芸人一座などが使う道だ。
 道幅はおおむね大型馬車が一両分、後は下生えや木の根が露出していて足場が悪い。ただし、途中に何箇所かすれ違いや休憩、野営用に道幅を広げて広場にしたところもある。
「地図で見るとちょっと自信がないけど、この辺りがそうよね」
 人攫い捕縛と子供の保護に名乗りを上げた開拓者十名に、問題の道の説明をしてくれたのは旅芸人一座の女性だった。臨月間近のおなかを抱えて、一座と離れてミエイに逗留中というが、なにしろ問題の道を何度も使用している人の証言は助かる。彼女達が通る時に、辺りを警戒するならどことか、そんな詳細な話まで聞けた。
「道沿いの木は倒しちゃっても大丈夫かしら?」
「あたしらも燃料の枝拾いはするけど、木はアリョーシャ様に断ったほうがいいわよ。あ、あんたらじゃないから」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)が尋ねると、女性は流石に領主に訊いてくれと口にしたが、後半はアーニャの駿龍とミエイのもふらさまのアリョーシャに対してだ。どちらも自分の名前に反応しているのだが、同じ名前では人間か駿龍かもふらさまかの区別は難しかろう。二体とも、なんだ違うのかって態度でまた休憩し始めた。
 似たような光景は弓術師の一心(ia8409)と時任 一真(ia1316)の駿龍・一心が傍にいる場合にも繰り広げられることがあるが、こちらは駿龍・一心がのんびり屋で、今のところは時任が呼ばないと反応しないからあまり面倒なことにはなっていない。
 何はともあれ、現地の状況も判明したので、開拓者一行はすぐさま人攫いの捕縛と子供の保護に動き出した。基本方針はミエイに到着するまでに大体まとめてあったが、ある程度暴れやすく、隠れることも出来る場所を選んでの待ち伏せと相成った。人間のアリョーシャの許可も貰えたので、二、三本、木を倒して道を塞ぎ、盗賊よろしく襲撃を掛ける計画だ。
 実際、羅轟(ia1687)は全身天儀の鎧で見るからに怪しいのに、そこに落ち武者風の偽装もしようという用意だし、黎乃壬弥(ia3249)は普段は使わない装備で身を固めてみた。これまた見るからに無頼の輩に仕上がっている。二人に比べると、一緒に盗賊役の神鷹 弦一郎(ia5349)や一心は身なりがよいし、手拭いで顔を隠してみた乃木亜(ia1245)など、野良作業中の農家の娘のようだ。
 そもそも乃木亜とアーニャ、和奏(ia8807)、アレーナ・オレアリス(ib0405)、アーネスティン=W=F(ib0754)は後方から馬車に乗せられているだろう子供の確保を中心に動く予定なので、色々偽装しなくてもよい。
 それでも流石に、時任、一心、神鷹は少しばかり顔でも汚してみようかという事になり、後方組は目立たない色のマントを借りた。龍で上空にいるところを見られたらそこらの盗賊でないことなどすぐばれようが、見付からないように動いて、出来るだけ相手の度肝を抜きたいものだ。それで浮き足立って、子供を人質にしたりしないようにというのが全員に共通した考えである。
 後はミヅチ・藍玉を連れてきた乃木亜は、アーネスティンの炎龍・ブリジットになんとか乗せてもらって、速やかに皆で移動を始めた。

 地図で選んだ待ち伏せ場所から、ちょっとずれたところが実際の待ち伏せ箇所になった。切り倒しやすい木がその辺りにあったのと、道が蛇行していて他より身を隠しやすいからだ。
 奉公の名目で子供の売買が行われるのは、大抵は大きな都市やその周辺。商家や工房が多数あるところだから、今回の捕縛対象の目的地はジェレゾだろう。その予測に従って、上空を通りかかったような振りをしたアレーナと和奏が道を逆に辿ってみたところ、途中で確かにこちらに向かっている馬車二両を発見した。逃げる様子はなかったが、そんなことをしたら怪しいと敢えて素知らぬ振りをしているのかもしれなかった。なんにしても、さほど掛からぬうちに待ち伏せ箇所にやってくるのは、ほぼ間違いがない。
 上空から見た限り、馬車二両に騎乗している者が二人、馬車にはそれぞれ一人と二人が乗っているのが見えたが、これは御者席にいたり、後部から頭や体が覗いていた人数である。荷台は幌が掛けてあったから、賊の最低人数は五人。情報では六人か七人と言われていたので、馬車の中で子供達を見張っている者がいると考えてよいだろう。
 そういう情報が届くまで、黎乃と神鷹、時任、羅轟は細かく条件を付けられた木を選んで、伐採、運んでいた。隣の木との距離、種類、日当たり具合に新芽の出具合まで指定されての伐採だから、植物学も齧っているらしいアーネスティンと森に詳しい様子の一心が木を選んだが、こちらの二人は力仕事には参加していない。
 一心は倒木を転がした辺りを中心に、逃亡妨害用に荒縄を目立たないように張り巡らせている真っ最中。アーネスティンと乃木亜、アーニャの三人は、しゃがんでせっせと周辺の枯れ草を結んでいる。輪に結んでおけば、もしかすると足が掛かって転ぶかも知れないし、一人でもそれに掛かれば警戒して速度が鈍るだろう。本来は自分達が引っかからないような目印か、法則が必要だが、時期的に仕掛けられる場所が限られていたので、こちらは地面が見えているところを走ればよい。
「草は観察するものだよ。今回の依頼人、薬草学の本とか、しこたま持っていそうだよねぇ」
 確実な成果の為の下準備とはいえ、開拓者の仕事としては相当地味な作業に、アーネスティンは愚痴りっぱなしだ。匂いや煙で警戒されないようにと、大好きな葉巻が吸えないことで相当鬱屈しているらしい。この気持ち、黎乃が非常に共感しているが‥‥彼は煙管は持っていても、くゆらせている姿は見せたことがない。
「禁煙は、三日目くらいが辛いんだぜ」
 実感が籠もった言葉ではあるが、吸わない人間にはさっぱり共感できない言葉だった。苦笑が漏れるが、緊張を適度に解すにはよかったらしい。
 なにしろ、やはり反乱の沈静化に一役買ったのは開拓者であるし、その結果がこうしたことに結びつくのはやりきれないと思ってしまう者は多い。それが子供を絶対に無傷で、出来るだけ安全、速やかに取り返すのだと気負うことに繋がりかねないこともあり、黙々と作業しながら肩に力が入っていた者もいたからだ。黎乃がそこまで考えていたかは不明だが‥‥ともかく禁煙は辛いらしい。
 やがて偵察の二人が帰って来て、事の次第を報告し、念のために神鷹、アーニャ、一心の弓術師三人が馬車が来ている筈の方向に、今度は地上から偵察に向かう。途中でそれる道も、休むに適した場所もないからここに来るはずだが、いつ来るのかも出来るだけ正確に分かっていたほうがよい。
 後は、ミヅチ・藍玉以外の龍達を更に道を進んだ先に伏せさせ、騒がないように言い含めたのだが‥‥羅轟の太白はなにやら不満そうだった。どうも同族がいると構いたくなる質らしいが、この場でそれをやられるのは大迷惑だ。一応それは理解しているようだが、うずうずしているところに神鷹の八尋が構いつけ、尻尾で互いを叩いていた。だが誰かが注意する前に、和奏の颯が両方を前足で踏んで止めさせている。
 他は事態が分かっているのかどうか、人間達の準備の具合で自分達の出番はないと思ったのか、おとなしく伏していた。狭いところに固まっているので、ちょっときつそうだが、そこは我慢してもらうしかないだろう。
 それから、順次敵の進行具合を確かめて戻ってきた三人と合流して、それぞれ所定の場所に陣取り、待つことしばし。

 馬車の中には、猛獣でも運ぶような檻が据えられていて、その中に適当に子供達が入れられていた。奉公の斡旋をする者なら多少心掛けが悪くても、子供の扱いには気を付ける。病気や顔色が悪い痩せこけた子供など、どこの商家や工房でも雇い入れたがらないからだ。親元に支払った分に自分の儲けを足した金額で引き取ってもらうためには、やはり健康で、出来れば素直で駄々をこねない子供がよい。性格はすぐにどうにもならないとしても、見た目とそこそこの健康には気を使う。
 この人攫いにそういう心構えがない事からも、とりあえず金になることに目を付けた考えなしの行動だと開拓者には分かるが、子供達は疲れ果てた顔で固まっているしかなかった。泣く元気もない者が大半だ。
 周りの大人と話をするのは、怒鳴られたり、悪くすると殴られると悟っている子供達は、突然馬車が止まっても何も言わなかった。片方の馬車では、荷台の後方に寝転がっていた男が剣を持って、大きな声で何か叫んだが、『反転』の意味がわかった子供はいない。
「根元を見ろ! 誰か邪魔してるんだっ」
 人攫いどもは進路を塞ぐ倒木が自然のものではないとすぐに判断して、馬車をもと来た道に返そうとし始めていた。無茶の命令の馬は難渋し、馬車が揺れて、流石に子供達も悲鳴を上げる。
「顔が知れすぎて天儀じゃやりにくくなってね。そういうわけで、君らのあがりからもらおうかな? ひとまずはシマと身包みでもいいけどさ」
「殺しは‥‥せぬ。身ぐるみ‥‥食料‥‥荷物‥‥全て‥‥置いて‥‥いけ」
 人攫い達の前に現れたのは、装飾過剰ではないかと思うような多分盗賊だ。多分とつけたのは、もとは傭兵の彼らは相手の技量がまともなものではないと、薄々察することが出来たから。余計なことは言わず、今度は立ち塞がった連中を轢き殺そうかという勢いで馬車を進めてきた。そのまま行けば横転するのは間違いないが、一両目からは御者以外の二人がすでに飛び降りている。
 取り残された子供達は、もう悲鳴も上げられずに、狭い中であちらこちらに転がっている。
 だが、それは突然がたんという振動で止まった。女が何か罵る声がしたが、それは子供達が知っている人攫いの女のものではなかった。もちろん、その声の主達が御者の腕を射たり、馬車と馬を繋ぐ馬具を切り捨てたりしたことなど分からない。
 飛び降りた連中が、別の男達に一方的にやられている姿も見えないが、
「助けに来ましたよ。悪い奴は捕まえましたからね」
「もう少し頑張って」
 助けが来たと分かりやすいようにと、見た目に非常に心配りしたアレーナと、手拭いを取った乃木亜が馬車のそれぞれに顔を出して、すぐに出してあげると繰り返したのは、流石に理解した。後から飛び込んできたアーニャや、出番がほとんどなくて様子を覗いたアーネスティンも、四人共に檻に入れられている子供の様子に眉をひそめたのだが、そんなことまで気付いた子供はいない。
 それを知った他の開拓者達も、一人だけなんとか逃げようとして龍達がいるところに出てしまい、それなりに自分の仕事を理解している彼らが一斉に齧ったり、掴んだりして止めようと襲ってくる恐怖で呆けてしまった奴にさえも、同情は出来なかった。

 和奏と神鷹が加わって、人攫いが身につけていた鍵の幾つかを試して檻の錠前を開けたのは、それから少ししてからだ。状況の急激な変化についていけずに、ぐったりした子供達を担ぎ出して一度外に出し、檻は片方の馬車にまとめて、捕らえた七人を放り込む。志体持ちがいなかったので、たいした時間も掛からず、力押しでほぼ片が付いたが、それで開拓者の気が収まったかといえばそんなことはない。
 アレーナは念のためにと、他に誘拐した子供がいないか追求し、それに嬉々とした様子でアーネスティンが加わり、羅轟が脇で睨みを利かせる。黎乃と時任はまだ演技続行中か、もう少し殴ってもいいとのたまい、実際にやりかねない雰囲気だ。
 子供達にそれを見せるのはよろしくないと、アーニャと乃木亜、神鷹で打ち身や痣を手当てしてやり、手持ちの食料を少しずつ与えて、親身に世話をしていた。一心と和奏は、壊した馬具を応急処置して、ミエイまで戻れるように準備中だ。
 不幸中の幸いで、途中で売り払ったり、他所の仲間や同業者に渡した子供はおらず、保護した子供達だけを連れて行けばよかった。捕まえた連中の扱いがぞんざいなのは、致し方ない。龍については、数人が引率で上空を移動してもらう。
 一度だけ、上空で定國と珂珀が何か叫んでいたが‥‥龍同士の諍いではなく、何か大きなものを見付けたからだったらしい。事前情報からすると熊でもがいたのかもしれないが、熊にしても流石に龍の群れに牙を剥くことはなかったろう。子供達は大半が疲れから寝てしまっていて、この鳴き声で驚かれることはなかった。その後、数人は物珍しい龍に感動したりするのだが‥‥まだまだそこまでの元気に足りない子供の方が多かった。
 だから、どうしても開拓者とて子供達の今後が気になるのだが、その前に。
『綺麗に洗うもふ。汚れてると、病気になるもふ』
 何故もふらさまに指示されなきゃならないのか不明ながら、畑仕事が本格化してきたミエイの人々の手が足りない分まで世話を任され、蒸し風呂に入れたり、食事させたり、着替えさせたり、寝かしつけたり。捕らえた連中は龍が見張りを任されたくらいだから、余程手が足りなかったのだろう。
 そうして子供の世話をし、どうしても鎧が外せない羅轟が専任、後は交代で龍達の世話もして、合間に人攫いから事情聴取も、子供達からも出来るだけ出身や住んでいた場所、家族の話を聞いて、まとめたところで依頼人のアリョーシャに記録を渡しておく。
「何人か、家族がないようですが‥‥その場合の預け先にお心当たりはおありですか?」
 捕らえた連中を引き取る兵士が来るまで、アリョーシャは領内を飛び回ってろくに顔も見せなかったので、開拓者としても後が心配になった。和奏が遠慮がちに問いかけ、数名が様子を見守っている。聞いてみると、どう考えても戦乱で家族と死別している子供が数名、離別だが生死が危うい者も何人かいた。他は大体帰るあてがありそうだが、ない子供のことは関わった者として、やはり気に掛かる。
 子供達は、アーニャと一緒になってもふらさまのアリョーシャに突撃中か、それを眺めているところ。
「出身が分かれば、そこの領主に引き受けてもらえるか尋ねて、可能なら送り届けるが‥‥無理だと、うちからどこかに奉公に出すようかな。もちろん真っ当な相手に預けるよ」
 その前に栄養が足りないのを改善して、どこから見ても健康体になってもらわないとミエイの名折れだと、医者で薬草栽培と薬・化粧品販売の領地経営をするアリョーシャは決心している。安心していいのかどうか、これはこれで迷うところ。
 いずれにしても、ミエイの領民はどう見ても衣食住がちゃんと足りた生活をしているから、しばらくここで過ごしても悪いことはないだろう。
 開拓者は皆がそう思ったが。
『こんなのがいたら、アリョーシャは死ぬもふっ』
「何を大袈裟な。まだ二人だけだ」
「乗るのが珂珀でよければ、楽をさせてあげたけどな」
 もふらさまのアリョーシャは、段々元気になってきた子供達に乗せてとせがまれ、振り切ろうにも神鷹と一心が両脇を固めていて、子供の相手で疲れ果てていた。
 龍達とミヅチは、一働きした後の身をのんびりと休めている。