軟弱絵師とお餅つき
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/10 00:26



■オープニング本文

 荷物は、その狭くはない通りに山積みになっていた。

「クラーラ、このウスとキネってのは、どう使うんだ?」
「さ〜?」

 荷車で五台。
 いずれも荷物満載のそれらは、この通りの一角に住む絵師クラーラ宛の荷物だった。
 彼女の両親と兄姉達が、他の儀から大量に送り付けてきた荷物が、年末のこの時期に一度に届いてしまった結果だった。

「こっちは米だよな。煮て食べればいいのか?」
「なんか、モチ米ってここに書いてあるぞ。モチって、あの焼いて食べる白くて丸い奴だろ?」
「ねえ、この黄色っぽい粉はなんだと思う?」
「クラーラ、何か手紙とか付いてこなかったのか?」
「さ〜?」
「えぇいっ、お前の荷物が片付かなきゃ、俺達も安心して新年が迎えられないんだよ!」

 印刷機で刷られた本の頁の挿絵に、彩色をする仕事に没頭しているクラーラは、何を聞かれても同じ反応しか返さない。
 だがしかし、大家の青年がつい声を荒げたように、荷物がそのままでは近所の人々は落ち着いて家にも帰れないのである。

 クラーラ宛に届いた荷物は、半分が家族の仕事に関係する商売品。それらは梱包から判別して、近所の人々が倉庫にしまえば済む。
 残りの幾らかは、毎日クラーラが世話になっている絵画工房や近所の人々宛のお土産で、これも宛名が付いているから該当者が持ち帰る。
 それでも残るのは、主に食べ物だ。どうも今年はクリスマスや新年に帰省出来なかった家族達が、一人きりのクラーラを不憫がって、大量に贈りつけて来たと思われる。

 問題は、クラーラの家族達は全員がジルベリア以外の儀に出掛けている商人で、それぞれの現在地の新年の食べ物や珍味、酒を始めとする飲料などをどっさりと送ってきたことだった。
 中には、クラーラは当然、近所で食堂や菓子店、酒場などを営む人達すらも調理方法が分からない食べ物や、多分調理道具と思しきものが含まれていること。
 しばらく悩んでいた近所の人々は、やがてこう決心した。

「誰か、開拓者を呼んでおいでよ。あの人達なら、これが何か分かるだろ」
「そうだな。これだけあるから、宴会しようぜ」

 彼らはもち米と臼と杵を送り付けられても、どうしたらいいのか分からないのだ。
 そして、その使い方や餅のつき方を説明した手紙は、開封もされずにクラーラの手荷物に紛れている。


■参加者一覧
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
ティア・ユスティース(ib0353
18歳・女・吟
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
マレシート(ib6124
27歳・女・砲
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
神室 巳夜子(ib9980
16歳・女・志


■リプレイ本文

 山を為す荷物の中には、まず臼と杵が二組あった。
 他にも色々紛れていそうだが、はてさて何が発掘されるものか。
 なにはともあれ、呼ばれた開拓者達はこの中の食べ物をなんとかすることが求められているのだけれど、
「餅つきは、前日に餅米を水に浸しておくことから始まります。臼や杵も長く傷めずに使うためには、事前の準備が大切ですから、今日は片付けと明日の準備に集中しましょう」
 特に大量の餅米を前に、マレシート(ib6124)が細かい手順を記した紙を示しつつ、関係者一同へ餅つきの説明を行っていた。当人を含む絵画工房の人々は、只今大至急の仕事の追い込みで工房に戻っている。
「ご本人が不在でも、問題はありませんので?」
 クラーラとろくに顔合わせも出来なかった神室 巳夜子(ib9980)が、至極まっとうな疑問を口にしたが、他の開拓者も関係者一同も口を揃えて『大丈夫』と言い切った。
「さっきの様子から、彼女は相変わらずのようだし」
「年頃のはずだが‥‥こればかりは他人が言ってもどうにもならんだろうな」
「お仕事はきちんとこなされているようですから、それだけが救いでしょうか‥‥」
 続けてのウルシュテッド(ib5445)、明王院 浄炎(ib0347)、ティア・ユスティース(ib0353)の会話には、巳夜子もマレシートもいったいどういう人物の荷物を扱うのかと気になって仕方がない。けれども、視線を向けられた緋乃宮 白月(ib9855)と平野 譲治(ia5226)は、これまた対照的な表情だ。
「えぇと、すごくお仕事熱心な方で」
「だから、皆に愛されているなりよ!」
 なんと説明していいか迷っている緋乃宮と、あっけらかんと言い切った平野。
 後者に対しては、ご近所さんが一斉に溜息をついたのが印象的だった。

 なにはともあれ、荷物の整理である。ご近所への届け物はだいたい該当者が持ち帰りつつあるが、クラーラ宛の荷物と家族の商売物はいまだ未整理。クラーラ宛には絵画工房の人々にも役立つものがあるので、それと個人用を仕分けるのも大切だ。
「では、まずはクラーラさんのお部屋を掃除してきます」
「あ、普段着以外は隣の部屋に入れるようにしたんで」
 また魔窟になっていたら、その時は支援をよろしくと、気合を入れて二階に上がっていくティアに、大家のルスランが声を掛けた。クラーラの家族の荷物は屋根裏部屋に、本人の荷物は二階の一室にあったはずだが、整理出来ないくせに散らかすのは得意なクラーラに手を焼いたご近所さん達は、普段使わないものを隣の空き部屋に移したらしい。
 それも致し方ないが、家族はどうしてこんなにあれこれ送ってくるのだろうかと頭を悩ませつつ、クラーラの部屋に突撃したティアは。
「いつものことながら‥‥」
 仕事道具が散らかって足の踏み場もない惨状に、『あぁ、やっぱり』と肩を落としたのだった。それでも衣類が散らかっていないのは、まだましかもしれない。
 一階とその外の通りでは、男性陣が荷物から食べ物とそれ以外をまず仕分けていた。
「新年用の食べ物とそれ以外も分けて、あと新年の飾り物もあれば別にしておかないと‥‥って、これはまた」
 箱に大きく新年飾りとあったので、速やかに開けてみた緋乃宮は目を丸くしていた。
 中から大きな鏡餅が出てきたのは、まあいい。でも小さいとはいえ、門松が出てくるのはいかがなものか。他にも注連飾りやら羽子板、破魔弓と、天儀の正月飾りが次々と。
 これは飾る場所も作らねばと、一階の食堂を見やった緋乃宮だが、そこももちろん荷物で埋め尽くされている。今のところは目立つところに保管して、他の荷物に紛れないように注意するしかなかろう。
「あれ、そっちにも羽子板なりか? でも飾り羽子板なら、こっちと重ならないなりね!」
 はてさてどこに置くと一番いいかと迷っていた緋乃宮の抱えた正月用品を見て、平野がこちらも羽子板を両手に持ってご満悦だ。平野が見付けた羽子板は、当人が言うように庶民が羽根突きに使うものだ。それでもかなりいい品だが、ちゃんと羽も付いている。
 これで明日はクラーラに羽根突きを教えてやろうと、平野も羽子板と羽を包みなおして目立つ場所に置き変えた。同じ箱には、他に絵草子が大量に詰められていたので、これは別の小さい箱に移して、絵画工房行きだ。
 こんな風に送る時に種別ごとにまとめてあればいいが、儀をまたぐ輸送は費用も高い。一箱にあれこれ詰め込まれていて、中身を一通り確認しないと駄目なこともあった。
「これはアル=カマルのお酒なりね。こっちの綺麗な箱は‥‥うわっ、高そうなものが出てきたなりよ!!」
「この反物は、お仕事用でいいのでしょうか?」
 確認していたら、今度は見るからに高価な宝飾品や反物、生地が無造作に転がり出てきたりして、驚かされることも多い。そういう物は、流石に屋根裏部屋ではなくて、大家が別にして預ける先に持っていく。
 この間に、ご近所宛が明確な荷物は、明王院とウルシュテッドが手分けして各戸に運んでいた。少しでも箱を減らせば、それだけ荷物の整理もしやすくなるというものである。だがそこまでしても、まだ荷車三台くらいの箱があるのはどういうことだか。
「蒸篭も、天儀と泰国とから届くとは。こちらで使うあてがあればいいが」
 残る箱を、食堂に隙間が出来る度に運び込んでは開けていく中で、明王院が調理道具を次々と見付けだした。クラーラはまったく家事能力がないのに、家族がこんなに調理道具を手に入れるのは、余程の料理好きでもいるのか。と自らの妻子を思い起こしながら考えるも、別にそういうわけではないらしい。正確には、母親以外は最低限の家事能力しか持ち合わせがない家族だとは、食堂の小母さんの弁。
「じゃあ、この蕎麦うち道具と蕎麦粉は、どうするつもりでいたのかな。年越し蕎麦を食べてくれと言うなら、作れる人がいないと駄目だろうに」
 こちらも新しい箱の中身を検めていたウルシュテッドの手には、これまた立派な蕎麦うち道具一式がある。今回はウルシュテッドが作ればいいが、その後はどうなることか。
 挙げ句、同じ箱から出てきた塗りの小箱に入っていたのは歌留多。
「もしや、この箱が入れ物なのか? 随分と豪勢な歌留多だな」
「金箔も使われているし、これはすごい値打ち物だろうなぁ」
 クラーラや工房の人々に見せたら熱狂しそうだと、明王院とウルシュテッドの意見は一致したが、どちらもこの場にはいない。いなくて良かったというのも、二人共通の意見。なにしろ荷物でいっぱいのところで、苦労しながら仕分け作業中だ。絵師達がいたら、邪魔になるだけ。
 いや、ウルシュテッドもうっかりすると歌留多をめくる手が止まってしまい‥‥それ以前に見なければいいのだが、時間を取られて仕方がない素晴らしい出来映えである。
 とにもかくにも、箱を開けては飲食物を取り出し、箱や籠に詰め直し、食べ頃が分かり易いように日付を入れて置き場所を決める。今回の宴会で使う分は、そのまま食堂の厨房行きだ。
 その厨房では、マレシートと巳夜子が小母さんと一緒に忙しく立ち働いていた。
「さて、水汲みは済みましたから、もち米を研ぐとしましょう。こちらの器をお借りしますね」
「ここの棚は好きなのを使っていいよ。この豆はいつから煮始めるんだい?」
「それは明日の朝からです。この数の子は後で水を取り替えますから、ここに置かせてください」
 餅つきまで一日の余裕が出来たので、マレシートは明日の準備と今日の皆の食事準備に使う水汲みや薪割などを率先して引き受けている。巳夜子は送られてきた食材で天儀の正月料理に色々挑戦しているから、その準備の手伝いにも人手が必要だ。
 この食堂にも天儀や泰国風の料理は幾つかあるのだが、今日は普段は使っていない本格的な調味料や道具が加わり、食材も豪勢だった。その中でも野菜類を洗うのはマレシートが担当し、保存食の塩抜きに巳夜子が神経を使っている。小母さんは、明王院の差し入れでは足りない皆の食事を作るのに忙しかった。
 幸い、きな粉や海苔、なぜだか納豆といった餅に合わせると美味しい食材は大体揃っている。小豆は煮ないといけないが、量は十分。雑煮にするにも、出汁をとる食材も複数あるから、天儀風の味を出すのに困ることはない。
「ジルベリアの方のお口に合うといいのですが」
「美味しいですよ。でも私以外の、それこそクラーラさんに味見してもらえるともっと安心でしょうね」
 せっかくこれだけの食材を家族が送って来たのだから、ぜひクラーラが美味しいと思う料理をと巳夜子とマレシートが気を使っていたのに。
「あーい」
 ようやく戻ってきたクラーラは、どの味付けを問い掛けても、疲れて気の抜けた返事しかせず、小母さんに怒られていた。

 そして、翌日。餅つき実行日。
 昨日は夜遅くまで掛かったが、なんとか荷物の仕分けも終わり、埃塗れになった食堂内も掃除して、本日を迎えている。
「鏡餅はお供え物ですから、入口から離れたところに置きます。羽子板と破魔弓は、皆さんの目に入りやすいところがいいと思いますが‥‥」
「泰国やアル=カマルの品もあるので、壁ごとに各儀の飾りを揃えてみたらいかがでしょう? お料理もその前に並べたら、どこのものか分かりやすくないかしら」
 ご近所の子供達を従えるようにして、食堂内を飾り付けているのは緋乃宮とティアの二人だ。手元に大量の各儀の新年の飾り物を並べ、知る限りの各国しきたりに従った飾り付けに苦心している。実際に飾るのは面白がって手伝う子供達だから、壁の上の方だと転げ落ちないように気も配らないといけないのだ。
「うーん、これは出しておいてもいいなりか? ちっとも仕事にならない気がするのだっ」
 その近くでは、平野が作業中に摘めるお菓子の用意された卓の横に、別の卓を出して絵草子や歌留多、羽子板など、各儀の素敵な技術が盛り込まれた実用品を並べていたが‥‥クラーラはじめ、絵師達が作業そっちのけで観察に没頭するのでどうしようかと困っていた。
 クラーラ宛の金平糖に、自分も持ってきていたのにと落ち込んでいたのも忘れて、平野は色鮮やかな金平糖でクラーラだけでも釣り出そうとしているが、なかなか効果は出にくいようだ。
 まあ絵師達が何をしていても、門松は明王院が立派に据えてくれるなど、人手に困ることはない。
「本当に、相変わらずだねぇ」
 絵草子に没頭しているクラーラに、ウルシュテッドは良くも悪くも変わらないと苦笑していた。歌留多にも興味を示していたから、ジルベリア版を作ったらと勧めてはみたが、さて耳に入ったものか。
 少なくとも、、ウルシュテッドが蕎麦うちを始めても気がつかない様子なので、余程絵草子が興味深いに違いない。と思っていたら、座り込んでうたた寝していたが。
「あらまあ、こんなところで寝ては風邪を引きますよ。万病の元ですから、気をつけませんと」
 絵師の一人が持ち去ってしまった漆塗りの重箱を取り返しにきた巳夜子が見付けて、その場で毛布をかけている。昨日はクラーラの生活無能ぶりに驚いたのか口数が一時的に減っていた彼女も、段々慣れてきたようだ。
「もち米を蒸すのは時間差で。搗くのも時間勝負ですが、お手本は‥‥」
「手本とはこそばゆいが、力仕事だから最初は引き受けようか」
 食堂の軒先では、落雪の危険がない場所に蓆を敷いて、臼がでんと据えられた。物珍しさに、ご近所の人達もほとんどが出てきているようだ。
 そうした見物人から見やすい場所に、何度も同じことを尋ねられたマレシートが大きな紙に書いた餅の搗き方や加工法、食べ方の解説文が張り出されている。餅の搗き方も一応書いたが、これは実際に見た方が分かりやすいと、杵を明王院に渡して準備万端。
 蒸篭で蒸されたもち米が、包んでいたさらしを外されて臼の中に入れられる。それを杵で潰すようにして、見物人達がこれで餅になるのかと思っていたら。
 どしんっ。
 杵を振り上げた明王院が、それを臼の中に振り下ろしたのだ。返しはマレシートが担当。
 開拓者達が『あぁ始まった』と思う音が響き始めて、それほど掛からずに一臼めの餅は搗きあがる。そこからはご近所の男性陣がコツを掴むまでにちょっと時間が掛かったが、緋乃宮や平野も難なくこなしているのだからと皆さん頑張っていた。開拓者の彼らは、小柄でも力はあるのだと失念していたらしいが、覚えるには繰り返し作業するのが一番だ。
 合間に、ウルシュテッドの蕎麦うちに興味を示した者もいたし、女性陣は巳夜子の盛り付ける天儀の正月料理の観察にも余念がなかったが。
「クラーラさん、飾り物は後ですよ。さ、着替えますからね」
 山とある晴れ着の一枚も活用すべしと、ティアがクラーラを引き摺っていった後に置きっぱなしにされた飾り物の品定めにも忙しかった。明王院からの貸し出しもあって、誰もが真剣そのものだ。
 もち米も、見物人も多かったので、半日あまりかかって搗かれた餅は、搗いた順に人の口に入ってしまった。
「こちらはお雑煮、そちらはぜんざいと言います。この料理は‥‥」
「蕎麦は切れやすいから厄を断ち切るとか、細くて長いから健康長寿の縁起担ぎとも言うね」
「昨日の寿司か。あれは妻子の手作りでな。地の魚を調理するので、今日は出せなんだ」
「お餅は喉に詰まりやすいですから、ゆっくりと食べましょうね」
 他の料理も同様で。料理の謂れや食べ方を説明するのに、巳夜子は自分が食べている暇などない。ウルシュテッドも天ぷらを揚げていて、これも同じだ。明王院は着物姿で異国情緒も提供しているが、何故か酒の番人を仰せつかっていた。緋乃宮は子供達が勢い込んで食べないように声掛けをしていて、自分の椀は冷めていく。
「片付けも済んだけれど、あの臼と杵がまた活用される機会があるかしら」
 餅の搗き方指導で多忙を極めたマレシートは、使い終えた臼と杵を洗い終えて、やっと一息ついていた。
「クラーラ! ちょっとは動かないと、美味しく食べられないなりよ!」
 美味しいものを食べるには、体を動かすのが一番。
 クラーラにその真理を実践させるために、羽根突きに誘った平野だが、
「先にお餅を食べて元気を出したら?」
 見ていたマレシートにこう心配されるほどにクラーラが動かず、せっかく用意してきたさいころ占いをいつ出来るものかとうな垂れてしまった。
「おんぶ」
 それでも慣れない天儀の晴れ着に下駄で、羽根突きどころではないクラーラの無茶な要求に素直に応じてやろうとして、晴れ着の袖が地面に触ると飛び出してきた皆に驚いている。
 しばらくして、大きくなるのだと一心不乱に並ぶ料理をどんどん食べている平野と、釣られた緋乃宮と、伊達巻に執着しているクラーラを、他の開拓者達はちょっと苦笑混じりの、でも温かい目で眺めやっていた。