開拓者への挑戦状
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/02 22:56



■オープニング本文

 ジルベリアの冬は長い。
 そのために他の人里との行き来も出来ず、ひたすらに雪の閉じ込められる村や町も少なくない。そこまでの雪がなくても、わざわざ遠出をしようとは思わないのがこの季節だ。
 だから、余程の大きな街道近くでもなければ、どこの家でも冬越しのための日持ちがする食料を備蓄して冬を迎える。市場が立つ街では、今がこの冬最後の書き入れ時だ。
 そんな通商で賑わう街の一つ、フダホロウでは、市に合わせて年末の祭りも行なわれる。

「今年の最後の祭り興行は、どんなのになるかねぇ」
「どこも力を入れるからな。しかし、前の春待ちの祭りの劇団はほんとに華やかだったよなぁ」
「開拓者の劇団だろ? また来てくれりゃあいいのに」

 フダホロウでは、芝居や音楽を楽しむ劇場の他、同様の楽しみに飲食も出来る飲食店、更には女性も入れる高級宴会場の顔も持つ高級遊郭など、多種多様な芸事の担い手が活躍する場が多数存在する。これらは街を出入りする商人達や近隣の住人を楽しませ、よりいっそうお金を落とさせるために始まったものだ。
 今となっては、それらが街の名物の一つになり、またその道で生きている人々も多々存在して、街の重要な産業になっている。
 だから、役者や吟遊詩人、踊り手に諸々の興行関係者達は、自分達の仕事に相当の自負を持って臨んでいるのだが‥‥ここ二年近く、面白くない思いを抱えていた。
 正確には、去年の三月。この時期にはフダホロウで毎年行われる、春待ちの祭り。これは街の興行関係者が気合を入れて臨む、春からの興行宣伝も兼ねた舞台が設営される祭りである。身元確かな者なら、街の住人でなくとも参加出来るが、去年は開拓者達で構成された歌劇団がやって来ていた。
 どうして開拓者が、と言うのはさておき、これがなかなかに好評で、未だに祭りがあると人の口に上る始末。常日頃から、芸事を生業としている人々にとっては、面白くない話だった。

「勝ち負けを言うのは違う話でしょうけれどもねぇ?」
「南の方でも、開拓者の方が演目を決める劇場があるんですって。皇帝陛下までお出ましだったとか」
「そんな芸達者が揃っているのなら‥‥」

 ぜひもう一度、開拓者にも祭りに参加してもらいたい。
 口では祭りに勝ち負けなんかないと言いつつ、『負けてないわよ』とめらめら燃える何かを抱えたフダホロウ興行ギルドから、開拓者ギルドへの招待状が届いたのは今年も残り少ないある日のことだった。


■参加者一覧
/ 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / フェンリエッタ(ib0018) / 門・銀姫(ib0465) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 葉桜(ib3809) / 猪 雷梅(ib5411) / ウルシュテッド(ib5445) / 赤い花のダイリン(ib5471) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / マストゥーレフ(ib9746) / ルース・エリコット(ic0005) / 衝甲(ic0216


■リプレイ本文

●諸国漫遊、年中修行
 吟遊詩人たるもの、世界は巡って当然だ。
 東へ西へ、北へ南へ。
 もちろん、こんなことがするっと言えるのは、開拓者の吟遊詩人くらいである。
 しかし門・銀姫(ib0465)は間違いなく開拓者。
「話の種と謡う場所さえあれば〜、どこへなりと必要不可欠な機会に参上するんだね〜♪」
 只今の当人の意識は、吟遊詩人が大半を占めている。防寒具を羽織っているとはいえ、天儀の夏着物に平家琵琶を素手でかき鳴らすのは寒かろうが、まるきり平気な顔で歩きながら歌とも独り言ともつかないことを口にして、市場の近くを歩き回っていた。
 年の瀬を迎えて何かと慌しいフダホロウの町の住人達も、銀姫に目をやり、そろそろ舞台が始まる時間だと思い至ったようだ。余計に慌しくなるのは、今年も賑わう舞台を出来るだけいい場所から見たいから。
「さあさあ、諸国漫遊して拾い上げた数々の挿話を面白おかしく語ってみせて〜♪ って、うわぁっ!」
 通りすがりの誰かに、舞台に上がるのかと尋ねられた銀姫は力強く頷き、今度は朗々と宣伝文句を歌い上げたが‥‥
「失敗したね〜♪ これでは、自分が話の種だよ〜♪」
 今日の天気は良さそうだと、空を見上げつつ苦笑していた。

 たくさんの人に囲まれてしまい、ルース・エリコット(ic0005)は心臓が口から飛び出る寸前の気分だった。
「あ、あああ、あの、その」
「いやいや、お嬢ちゃんは心配しなくて大丈夫だよ」
 自分は開拓者で、今年最後の市が祭りも兼ねていると聞いたから、今後の勉強のために同業者の活動を見物しに来た吟遊詩人でもあるのです。
 と、極度の緊張症で伝えられず、もはやどうしたらいいのか分からない。
 そもそもは寒さを警戒していい防寒具を着けてきたら、人相が悪い輩に路地に引きずり込まれそうになったのだ。これは自分で蹴飛ばして事なきを得たが、
「助けた人を探して来い。あと家族も探してるだろうから」
 駆け付けた役人達が、見た目はいいところの子供のルースが開拓者とは思わず、家族や悪人捕縛の協力者を探し回っている。
 もうどうしたらいいのか、わかりません‥‥!!
 ルースの精神修養は、道半ばだ。

 デートである。
 服の色は白と蒼系統を中心に、冬の印象を取り入れつつも暖かいもの。肌着からきちんと考えて、派手になり過ぎないようにおめかしをする。普段の戦闘用の装いとは明らかに違うが、残念なのは。
「上着がなければ寒いけれど、着ればほとんど見えませんねぇ」
 鏡の前で残念そうに呟いたのは、アリシア・ヴェーラー(ib0809)だ。せっかく気合を入れて着飾ったところで、厚い上着が大半を隠してしまうのが、この季節の欠点だろう。流石にジルベリア生まれのアリシアでも、これを解決する方法は持っていない。
 今回のアリシアは、デートである。お相手は仕事仲間でもある海神 江流(ia0800)。
 ただし、海神の側は純粋に『お仲間に誘われた』としか思っておらず、実はアリシアもそれを知っている。
 だが、彼女の中では、本日はデートなのだ。気合を入れずして、どうするというのか。
「も、目標は‥‥腕なんか、組んでみたり?」
 乙女心はひっそりイチャイチャを目指して、ひそやかに修行中だ。


●市場の中
 市場は、ありとあらゆるもので溢れていた。
 時期として、クリスマスと新年のための品物や、少し贅沢な飲食物が目立つ。そうしたものの買い物する人々を当て込んでの軽食屋台も軒を連ね、多くの店も寒さの中で入口を開け放つようにして営業中だ。
 珍しいところでは、こんな時期に色彩豊かな生花と瑞々しい果物、野菜に香草までが並んでいた。
「ど、どうしよう‥‥手が二本じゃ足りません」
 すでに三往復ほど巡った市場のど真ん中で、礼野 真夢紀(ia1144)が両手を握り締めて、ぷるぷると震えていた。寒いからではない。興奮して、熱いくらいだ。
「チーズにベーコン、ソーセージ、バターにハーブにドライフルーツ、デーツ‥‥ヴォトカは諦めるとしても、他にも見た事がない食材とお料理がいっぱいすぎます」
 今日の真夢紀の目的は、正月に使う食材の買い出しだった。ジルベリア風の料理を作るため、よりいい材料を求めてやってきたのだが、予想以上。何を買って、どれを諦めるか。真夢紀にとっては、苦渋の決断が次々と襲い掛かってくるような状況でしかない。
 そのまま延々と悩んでいそうな真夢紀だったが、不意に顔を巡らせた。
「行かなきゃ!」
 彼女の鼻は、今まで嗅いだことがない、でも美味しそうな匂いを得て忙しく働き始めていた。

 人が行き交う市場の片隅に、大半の人は通り過ぎるところがある。辻占いなので店と言うのもちょっと躊躇われるが、風除けの囲いをした席にはちらりほらりと人が座ることもある。
「ちょっと良くない卦が出ても、心配する必要はないんだよ。用心しておけば、避けられる悪運は多々あるからね」
 辻占いでは、人生の大事を占ってくれなんて話は滅多にない。それよりは新年の運とか、失せもの探しとか、特に多いのは恋占いだ。
 特に最後のものはいい卦が出るといいのだが、必ずしもそうとはいかない。悪い卦はあるかもしれない未来だが、確定ではない。幾らでも本人の気の持ちようで変えられるはずだと、ウルシュテッド(ib5445)は言葉を選んで注意を促していた。
 けれども、こういうのはいささか困る。
「この後の舞台を成功させたいのだけれど」
「‥‥それは一人の努力で解決する問題、ではないのかな?」
 舞台興行がある祭りも兼ねているから、話を聞けばきっと来るだろうとは思っていたが、実際にフェンリエッタ(ib0018)の姿を見ると苦笑してしまう。
「一人だと舞台栄えしないから、一緒に演ってくれる人が欲しいのよ」
 すでに上着の下はサンタ服を着込んだ姪が、どういう興行をしたいのか聞いたウルシュテッドは、そういうことならと占いの看板を下げた。

 ピロシキとは、こういうそぞろ歩きに向いている。つまりはゆったり座って食べるより、他の見物も一緒に済ませてしまいたい欲張り兼無精者に、だ。
「片手で食べられるってのがいいねぇ。あ、後であれも食べてみたいな。ボルシチって名前なのか?」
「ええ。熱いから、歩きながら食べるのは無理ですけれど。温まりますよ」
 年の瀬に市場が買い物客で賑わうのは、どこの国の都市でも大差ないものかと、海神は物珍しげに辺りを見回している。商っているものの種類は天儀と大差なかろうが、食べ物でも日用品でも、文化や気候の違いで開拓者である彼にも目新しいものが多かった。
「誘ってくれてよかったよ。一人では、ここまで来ようと思わないからな」
 おかげで普段と違うものを食べたり見たり出来て楽しいと、海神が礼を交えて口にすると仲間のアリシアもにこりと微笑んだ。彼女はこの街の出身ではないが、帝国生まれで売っている品物に詳しい人物が一緒というのは何かとありがたい。
「しかし、すごい人だなぁ。迷子とか、多いんじゃないか」
「迷子が怖いようでしたら、手を引いてあげましょうか?」
 何の気なしに呟いた言葉に、アリシアからかからかい混じりの声を掛けられ、海神はしばし絶句してしまった。いい年をして、子供のように仲間に手を引かれて歩くのはどうかと思ったわけだが‥‥そこで、他の関係が出てこないのはいかがなものか。どうせなら、彼がどうぞと腕を貸してもいいはずだ。
 結局二人のそぞろ歩きは、並んだままでもうしばらく続く。


●舞台の始まり
 身元が確かなら、誰でも参加が可能な興行。これが祭りの基本だが、もちろんこの『誰でも』は種類は問わずとも興行を生業にしているか、相応の芸事の心得がある者が対象だ。少なくとも、今年までは主催する興行ギルドはそのつもりでいただろう。
「泰拳士? というと、開拓者です?」
「ええ。ここの舞台は評判がいいって市場の人達が口を揃えていましたが、それだと新人は入りにくいでしょう? もっと裾野が広がるように、最初の賑やかしで出してもらえればと思いまして」
 ジルベリアでは滅多に見ない修羅ながら、丁寧な物腰で持ちかけてくる衝甲(ic0216)の印象が悪いはずはなく。所定の手続きを済ませた衝甲は、希望通りの一番目になったのだが。
「へえ、楽しそうなことしてるなー。おーい、私らも混ぜてくれよー!」
 全然芸事は詳しくないです、でもこういうことは出来ますよと、衝甲が貰ってきた煉瓦をこつんと小突いたような仕草で粉々に砕いて見せていたら、観客の後方から声が掛かったのだ。手品師が観客を舞台に上げたりすることはあるが、自分から売り込んでくるのは珍しい。なんてことを衝甲が知るのは後のことながら、声を掛けてきた女性はもう一人、体格がかなりいい背の高い男性を押す様に人の合間を抜けてきた。
「ちょっと待て、こんなの俺は聞いてないぞ」
「そりゃそうだ。私も今知ったし」
「またか、また考えなしか!」
 衝甲も少々対処に迷っている間に、高さが二メートル近くある舞台に一動作で上がって来た二人は、珍しい事にざわざわしながら注視している観客を他所に、とんでもない会話を繰り広げている。だが衝甲は、二人の身のこなしから志体持ちだろうと推測を立てている。
「ええと‥‥こういうのを使いますか?」
 良く見れば銃らしい包みを背負っているし、これは自分と同じ力技だけでもなんとかなろうと、衝甲は煉瓦や丸太に近い棒を示した。と、猪 雷梅(ib5411)が満面の笑みで受け取って、
「ていっ」
 軽い気合と共に、連れの赤い花のダイリン(ib5471)に棒を振り下ろしたのだ。観客の半分くらいが息を呑んだが、まっすぐ脳天を目掛けた棒はダイリンに簡単に留められている。
「ちょっと待て、なんでいきなり殴られなきゃいかんのだ!」
「じゃあ、こいつがこれからなにかしまーす!」
 見ようによっては、すっかりと衝甲の舞台が乗っ取られた様子だが、慌てていたのは主催者達だけ。衝甲は考えていたのと違うがこれはこれで楽しいと思い、観客はそういう仕込だと思ったようだ。
「では、こちらの石が何枚割れるか、二人で競ってみましょう」
 瓦がなかなか見付からず、屋根を葺くために板状に加工された石を持ち込んでいた衝甲が力比べを提示すると、ダイリンより先に雷梅が乗り気になった。
「ちょっと待てー、俺は雑技団の力自慢でもねーぞー!」
 ダイリンが不満を雄叫びで示したが、観客は誰も信じていない。そこここから笑い声が上がり、ダイリンが芸人でもないと吠えている間に、衝甲と雷梅がささっと力比べの用意を整えてしまう。
 石板を三枚、背丈も体格も割と似通った二人が叩き割っても、観客はそれほど驚かない。
 この頃には、三人が開拓者かどうかはさておいてもテイワズだと察して、より以上を期待する雰囲気だ。
「よーし、この二人なら何しても壊れないぞっ」
 いつの間にやら、雷梅に衝甲もダイリンと一緒くたで語られて始めたが、絶対ではなくとも大抵のことでは壊れないのはどちらも同じ。特に衝甲は泰拳士だから、お互いに棒で打ち合うくらいは平然としている。実際は結構痛いが、まあ内緒。
 だがしかし。
「そーれー」
「って、今度は子供かよ。赤い花のダイリン様が、お子ちゃま相手に負けるなんてことはなぁ」
「いや、ここはお子ちゃま相手ですからね」
 雷梅にそそのか、いや誘われて、この強い二人に挑みに舞台に上がって来たお子様の集団には、追い回される事になった。一番小さい女の子にぺちんと叩かれた衝甲が悲鳴を上げ、年長の子供達に挟み撃ちにされたダイリンは雷梅に足を引っ掛けられて転倒。
「あんな転び方じゃあ、見栄えが今ひとつだよ」
 天儀で言うなら太鼓持ちの芸人に、真剣な顔で『こんな風に転ぶ』と実演されたが、やおら突然舞台に上げられただけのダイリンはそれはそれは不機嫌だった。反対に雷梅はご機嫌だ。
 順番待ちの先達からお茶を振る舞われた衝甲は、ほっと一息ついていた。

 一番手が予想外の事になったが、二番手三番手は場慣れしたフダホロウの芝居小屋の面々だった。興奮した子供達を巧みに舞台から戻して、派手な踊りに曲芸、歌と次々に繰り出した。
 見物する人々は、広場のあちこちに焚かれた照明兼用の篝火周りを中心に、たくさん着込んで立ち見をしている。たまに座っているのは、広場に面した店の設えた席が取れた人々か、自分の椅子を持ち込んできた豪の者くらい。大抵は街の住人だから、こんな季節の祭りの楽しみ方もちゃんと知っている。あんまり寒くなったら、その時は近くの店に一旦避難して、またお目当ての人や店、劇団が出る頃合を見計らって出直して来れば良い。
 そうは思っても、簡単にその場を離れることは出来ないのが人情だ。なにしろまた同じ場所に戻るのは困難で、いい場所ほどすぐに人に取られてしまう。
 挙げ句に今年はまた開拓者が来ているとかで、誰がそうとは言わないものの、確かに街では見慣れない顔が時折混じる。
 ジルベリアの染料とはちょっと趣きが違う色の旗を掲げたサンタが二人、旗を剣に見立てた剣劇風のやり取りをはじめ、そこからめまぐるしく旗を回し、高く投げては高い位置で受け止め、今度は互いに投げ渡す。
 最初は音楽も為しに繰り広げられていた旗の乱舞は、途中から舞台がはねた筈の楽人の太鼓や笛が加わって、賑やかな有様になった。突然の音楽にもうまく合わせた二人に見物人も感心仕切りだったが、
「南部の春花劇場にも客演しています。そちらにお越しの際は、ぜひお立ち寄りくださいね」
 名前は名乗らずとも、フェンリエッタがそう告げたことで、多くの者は納得していた。芸事が盛んなフダホロウでは、各地で名を売っている劇場の噂は自然と集まるものらしい。
 そうか思えば、まるきり天儀の扮装と楽器で、銀姫がにこやかにアル=カマルや最近発見された希儀の時勢と光景、文化に、そこに住まい、旅する人のささやかな生活から後まで語られそうな偉業までを語り続けた。
「そうして変わらず♪ 人は逞しく、生きているのだよね〜♪」
 でも、この雪は自分には辛いなぁと歌い終えた銀姫には、誰かがものすごく強そうな酒の瓶を押し付けて行ったが‥‥残りはわずかだったようだ。

 アル=カマルの歌が続いて悪かったかなぁと思いはしたが、ケイウス=アルカーム(ib7387)とマストゥーレフ(ib9746)の出番は銀姫の直後だった。あちらが弾き語りで魅せたのに対して、こちらの二人は二つの儀に古くから伝わる歌と音楽の予定だ。
「確かにこっちは寒くて大変だよ。俺の故郷では、雪なんて降る場所の方が珍しいし、そこだって何年かに一度しか見ないんだから。代わりに夏は、日向の水がお湯になるくらい暑いんだ。信じられるかな?」
 少々大袈裟だが、ケイウスの言う事にあからさまに嘘はない。水だって真夏の太陽に照らされれば、そのうちぬるま湯になるだろう。誰もそんな勿体無い事はしないだけだ。
 そんな土地の光景は思い浮かばないのか、見物人達の反応は今ひとつ。雪がない生活は、フダホロウにはありえない。雪で困ることも多々あるが、他の季節の有り難味はひとしおだ。また雪を利用しての商売や仕事をしている者も少なくない。
 だが、ケイウスのこの意見には、皆が素直に頷いた。
「いい加減冷えてきたろうから、ここで一つ踊ってみるのはどうだろう。なに、踊りなんてどこも大して変わりないよ」
「そうそう。少し体を動かして、この後にも備えないとね」
 まだまだ演目も続くが、その後に食事やお酒だって待っていると、元気な声をあげたマストゥーレフには同意の声が幾つも返ってきた。立って見ているだけでは寒くて、足踏みしている者が多いのだ。どうせなら、堂々と動けるようにすれば、ちょっとは暖まるだろう。
 ジルベリア生まれのマストゥーレフはともかく、アル=カマル出身のケイウスは本気で寒いので、おとなしく演奏だけなんて考えられない、というのもあった。
 演奏するのは、まずはアル=カマルでは地方毎に少しずつ変化しつつも、広く知られた祭りの曲。特に決まった踊りの型はなく、地域や部族ごとに好き好きに踊っているものだ。耳慣れていれば確実に、そうでなくてもそのうちに体が動く跳ねるような旋律に、まずは子供や若者が反応して、段々と踊る人数が増えていく。
 そうしてひとしきり動いて、暖まったところで、今度はマストゥーレフの歌になった。伴奏はケイウスの竪琴だ。

 冬が来て、心は故郷に帰る。
 でも家を思うのは冬の間だけ、春になったらまた旅に出る。
 ここにまた訪ねて来るかは分からないけれど、いつかまた会おう。

 今度はフダホロウの住人も、出入りする人々も良く知っている、旅の別離や再会と、故郷への思いを歌う声に、今度は場がしんみりとなった。後半はマストゥーレフもフルートと、楽器の演奏だけになって、切々とした情感の籠もった音色が響いていく。
 二人が舞台から降りる時には、音は大きくなかったが、長く拍手が続いていた。

 舞台の上に、大きな蕾を付けた多数の木の枝が運び込まれ、祭りに慣れた住人達はその贅沢さに名立たる芝居小屋や高級妓楼の芸妓達が出てくると見込んで腰を据え直した。
 けれども出てきたのは、フルートを携えた葉桜(ib3809)一人。誰かが、これこそ以前に登場し、いまだ噂になる歌劇団の一人だと気付いたかも知れないが、当人はそうしたことは一言も口にせずに、上品に頭を下げた。
「宵の口、月が見えるのに雪がちらつく奇妙な天気となりました。ここにもう一つ、彩りを添えさせていただきたいと思います」
 春を思わせる雰囲気の衣装で、フルートを構えた葉桜がこれもジルベリアでは知られた客を奏で始めた。最初は心地よく聞かせていた曲は、だが途中からざわめきを生み出していく。
 色々な種類の花木に付いた蕾が、曲が進むにつれて次々と綻び始めたのだ。吟遊詩人ならではの技能だが、そんなことは咲いていく花を見ている間はどうでもよい。
 ほんの一時間の精霊の加護ながら、舞台の上にはあらゆる季節の花が咲き乱れた。自分が作った季節の混じる景色を背に、葉桜は芸妓達に舞台を譲っている。
 その後の舞台を見た人々には、一時間後に散ってしまった花びらを大事に拾って持ち帰った者が多かったらしい。

●まだ終わらない祭り
 舞台の模様は、やってきたのが遅くてあまり見られなかった真夢紀だが、人が引けた後に別のものを見付けていた。
「む、誰かがお料理をしています」
 どうやら舞台の関係者達が、天幕の控え室でのんびりとしているらしい。近くに同年代くらいの人もいるし、自分が覗かせてもらっても平気だろうと真夢紀は近付いていき、同年代の少女も中を窺おうとしていると見て取った。
「あの、中は入れないのですか?」
「えっ、あの、私はえと」
 今までは、中から聞こえる演奏に合わせて鼻歌を歌っていたルースが、真っ赤になったので真夢紀も困ってしまったが、ちょうどその時に誰かが天幕から出てきた。
「あれ、どこの人達でしたっけ? 外は寒いでしょう」
 これから、追加で何か温かい物を買ってくるから、待っていたらいいよと二人に声を掛け、衝甲が他の何人かと一緒に出かけていった。大道芸人とすっかりと打ち解けた雰囲気で、遠慮ない物言いをしている。
 と、中からは葉桜が顔を出し、二人の顔を見ると『どうぞ』と勧めてくれた。
「今、お茶しか‥‥ありませんけれど」
「喉にはいいお茶だよ〜♪ この季節に最適だね〜♪」
 それを聞いてももじもじしていたルースだが、真夢紀と銀姫に連れ込まれている。

 そんな輪からは早々に抜け出していたダイリンと雷梅は、適当に選んだ店で楽しく飲んでいた。主に楽しいのは雷梅で、ダイリンは弾みでやらされた舞台の話を出されては憮然としている。
 と、彼が何事か思い出したような顔になって、懐に手をやった。取り出したのは、小さな包みだ。
「どうした、胃薬でも欲しくなったのか?」
「いや、思い出したから、渡し忘れる前にやる」
 中から転がり出たのは、雷梅も街中でちょっと目に留めたネックレス。
 突然静かになってしまった卓の様子に店員が一度振り返り、微笑んで離れていく。
 
「はい、先輩に一杯。私にも一杯」
「それ、量が違うよな?」
 温かいワインが美味しいと耳にしたから、ぜひ一緒に飲んでみよう。ケイウスはマストゥーレフを誘って、また市場に戻っていた。奢ってもらえると大喜びで付いてきたマストゥーレフは、楽しそうに延々と酒杯を数えている。
 しかし。
「そんなに呑むのか」
「だって、ただ酒だよ!」
 ケイウスが一口二口飲む間に、マストゥーレフは一杯空けてしまう。そしてケイウスの杯に追加を注ぎ、自分には新しい酒杯を持ってくるのだ。酒量はどんどん差が開く一方だが、温めてあるからあまり酔っ払わないらしい。
 それともマトゥが強すぎるだけだろうかと、楽しそうな連れを見ながら、ケイウスはのんびりと考えている。

 ちょっと無造作なところがあれだったが、突然の贈り物にアリシアは立ち尽くしていた。
「おかげで一日楽しかったよ。また来年もよろしくな」
 言葉もぞんざいな割に、海神は丁寧な一礼を寄越している。
 そういえばからくりに土産だと何か買っていたが、まさか自分にも用意してくれるとは予想外だとアリシアは珍しくも頬を染め‥‥出てきたアロマキャンドルがからくりと同じだろうかと一瞬横切った考えを振り払う。
「機会があれば、また‥‥こんなことをしましょう」
「はは、そうだな。デートだっけ」
 今はその言葉を使うだけでも有り難いと口にはせずに海神と別れてから、アリシアは世の中にはデートの帰りは家まで送ってもらうのもありだったと思い至った。

 街の中心から少し離れると、市場や店の灯火が瞬いて見えた。
「冬は残酷過ぎて綺麗ね。でもほっとするの」
 他の儀に比べても、灯火と笑顔が温かく輝いて見えるから。そう口にしたフェンリエッタに、ウルシュテッドは一抱えも買い込んだ様々な品物の中から器用に小さな箱を取り出した。
「その笑顔の種を蒔いた一人はお前だよ」
 だからこれを上げようと姪に差し出したのは、スノードロップを象った装飾品だ。
 花言葉の意味を口にするのは無粋だから、あとはもう何も言わない。
 灯火の下には、まだ人の笑顔や歌声があることだろう。