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■オープニング本文 ジェレゾの開拓者ギルドの受付係員は、疲れ果てていた。 「すごく尊敬できる方なんです。優秀なお医者様なのに、家事も万能。更にお美しいし、上品でお優しい。才色兼備とは、ああいう方を言うのでしょうね」 「‥‥あの、そのくだりは先程もお聞きしましたので」 「いえ! もっと聞いていただかないと!」 依頼に訪れたはずの青年は、健康そうな二十前後。顔立ちも愛嬌があって、第一印象で悪く思われることはなさそうな、人好きのする笑顔の持ち主だ。 だが、しかし。 「そのお医者様との関係を発展させるために依頼にいらしたのは承知していますから、どうぞご依頼の内容を!」 「ええっ、どうして分かったんですか?!」 先月末に、青年は怪我をしたそうだ。突然横転した馬車から転げ落ちた荷物が肩に当たり、ひどい打撲を負ったのだ。 幸い、怪我をしたところからすぐの場所に診療所があって、そこの女性医師の的確な手当てのおかげで、今はもう痛みはない青痣が残るだけになっている。 怪我が治れば、当然診療所に通う理由はなくなるのだが、大変分かりやすい事に青年はその医師にすっかり惚れこみ、なんとか仲を深めたいと考えている。いや、本人はまだそこまで言っていないが、いかに相手が素晴らしいかと延々、制止しても制止しても、しつこく一時間も語られれば、分からない方がどうかしている。 そんなことで驚く青年は、ちょっと人の心の機微には疎そうだと係員は考え、その見立てはまったく間違ってはいなかった。 何を思ったものか、青年はこんな依頼を出すと主張したのである。 いやもう、心底断りたかったけど、二時間も食い下がられて根負けした。 「僕は病気になりたい! それも手が掛かるけど、命に危険がなくて、あんまり苦しくもなくて、でも見た目はすごく辛そうな、僕をそんな病気にしてください!!」 |
■参加者一覧
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
オリヴィエ・フェイユ(ib9978)
14歳・男・魔
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 これは、ちょっと理解するのは難しいかもしれない‥‥というか、正直難しい。 「あの、聞いてます?」 「ええ‥‥まあ。ところで」 「それでですね!」 医者と私的にお近付きになるために病気になりたいなぞとお抜かしあそばした依頼人は、その希望に合わせて事情を聞き出すために話し相手になっていたオリヴィエ・フェイユ(ib9978)に、ものの三十分でそう思わせていた。正確には、十五分くらいで察していたが、まあ倍の時間を掛けて確信に到った次第。 なにしろ、人の話をあまりちゃんと聞かない。多分に自分の欲求が先に立ち、それを訴えるのに忙しいのだ。動きもせかせかとして、落ち着きがない。 こんな調子では、大抵の女性は振り向いてなどくれまい。もう少し余裕がほしいものだと考えるオリヴィエは、外見こそ少年だが依頼人と同じ二十歳。世の女性が、こういう性質の青年は敬遠気味だと言うことくらい、良く承知していた。それを今指摘したところで、相手の耳に入らないので様子を見ているが。 なお、向かい合わせで腰掛けている卓の下、相手から見えない位置で組み合わせた両手の指が忙しなく動いているが、これは彼の普段の行動とは違う。あんまりにあんまりすぎて、流石に落ち着かないのだ。色々頭を捻ったが、一人では妙案も出てこない。 ちなみに話を始めてそろそろ四十分、未だに依頼人が姉妹のどちらを好ましく思っているのか、どれだけ尋ねてもちゃんとした返答がなかった。 「困ったものですね‥‥」 依頼人は、オリヴィエの嘆息にも気付かずに、誰に向けたか不明な恋心を語っている。 そんな青年の依頼を受けた開拓者は、全部で四人。 まずは同性同士で意中の相手を確かめてみるというオリヴィエに依頼人を任せて、他の三人は相手になる姉妹の様子を確かめに行っていた。姉妹と面識があるティア・ユスティース(ib0353)と同業者の御鏡 雫(ib3793)は直接診療所を訪ね、松戸 暗(ic0068)はシノビらしく周囲の評判など集めに出掛けている。 事前にティアから皆が聞かされたのは、どちらも相当志が高い医者で、依頼人のような短絡思考は確実に愛想尽かしされるだろうこと。これはまあ、普通に考えても当然のことだし、相手の職業柄、激怒させる可能性の方が高いのは依頼人以外なら予想が付く。 加えて、妹のアデライーダは薬学、特に毒に関心が高く、その話になるとうきうきした態度を隠さないところがちょっと変わっている。姉のエカテリーナにそういうところはなく、診療所を取り仕切っているのはこちら。どちらも、患者からの評判は悪くなさそう。 ただし、暗が実際に街を歩いて、怪しまれない程度に聞いて歩いた話には、芳しくないものも含まれていた。やはりアデライーダの毒に熱中する様は、縁がない人からは不審な目で見られているし、エカテリーナは高齢の患者と三階も結婚したのを悪し様に言う者がいる。特に後者は悪く言い様が幾らでもあるのだろうが、 「一度でも診察を受けていれば、悪く言う方はいないようです。腕は確かということでしょう。それと、少々面白い話がありまして」 診察代を取らないような善意ばかりの医者ではないが、庶民が掛かれる費用でちゃんと診察してくれる。往診も断らないので、近所では随分頼りにされているようだ。ついでに、最近になって、どういうわけか旅行者や年や儀をまたいで仕事をする商人の急患が掛かることも増えている。 などと調べてきた暗は、一旦依頼人と別れたオリヴィエ相手に情報の交換をしていたが、彼女が一番気になったのはこの点。 「妹さんには婚約者がいらしたそうです。でも、ご結婚直前に仕事先で亡くなられたらしく、以降ずっと独身を貫かれているとか」 姉が度々結婚しては死別し、その度に親族と相続でもめるので目立たないが、アデライーダが独身なのにはこれが関係するかもしれない。もしも依頼人の目当てがこちらなら、ちょっと分が悪いが‥‥ だがこの時点で、二人の意見は『それがなくても、分が悪いのに変わりはない』でまとまっていた。ついでに言うなら、そういう前歴がなくてもアデライーダは出入りしている男性方にそこそこ人気があるようで、依頼人の恋路が順調になるとは考えにくかったりする。 さて、その頃。 ティアと雫は正面切って診療所を訪ねていた。依頼人のことはさておいても、以前世話になった礼や、新たな儀の話、また同業者として色々昨今の治療態勢について訊く等、幾らでも理由はある。 ただ、予想外だったのは訪問した途端に雪かきの手伝いを駆りだされた事だ。 「患者さんにはご高齢の方も多いので、凍っている道は危ないですものね」 「それはそうだけど‥‥こういうのを手伝ってくれる人はいないの?」 診療の合間だというアデライーダの力仕事を、見兼ねて手伝いを買って出た形の雫が、この時は本気で尋ねていた。口にしてから、それこそ依頼人がこういう手伝いをすればいいのではないかと思い至ったが、まあ手伝いは日によっていたりするらしい。専業で雇ってはいないので、患者の家族とか近所の人などが時間を見付けて来てくれるのに、日当を払う形式でやっているようだ。たまたま今日は誰もいないので、アデライーダが頑張っていたところ。 どうしてあの依頼人は、こういういい機会を見逃しているのだろう。とは、雫も、これまたてきぱき手伝っているティアも頭をよぎったが、なにしろあんな依頼をしてくる人物だ。いろいろ気が回らないのは、致し方ないのかもしれない。 なにはともあれ、開拓者が二人いれば、それが女性でも民家の雪かきはすぐに終わる。それから雫はアデライーダ自慢の薬草栽培区画を覗かせてもらい、ティアは先にエカテリーナに挨拶に向かう事にした。 「あらまあ、お元気そうでなによりね」 「ご無沙汰しております。ご多忙でしょうから、覚えていていただけるか正直不安でしたけれど」 「開拓者の方はそう会わないから、忘れなくてよ」 こちらは世俗の噂にも詳しいのか、新たな儀のことでまた何か必要かと問い掛けてくる。流石に依頼だと単刀直入に打ち明けるのも躊躇われて、その辺りの話を聞いてもらいに来たと方便使わせてもらったが、希儀の毒蛇の話などはアデライーダにはいい土産話だろう。実際、雫はその話をして、質問攻めにあっている。 エカテリーナは、人がいればまた薬などで新しい知恵が知れたかもと、そういう方向に興味を示していた。アル=カマルからは、人伝に医療の本を探してもらい、先だってようやく入手したところだという。開拓者のように簡単に行き来できない立場の人には、本一冊を探すのも儀をまたげば大変な手間が掛かるものだが、それでも実行する気概にはティアもほとほと感心するばかり。 あれこれしばらく話し込んで、診療所を辞した後に雫が、 「ちょっと覗いただけだけれど、記録も細かく取ってあったよね。あれなら、私でもあそこの患者さんの診察がすぐ出来るかも」 感心しきりの様子でティアに話し、もちろんこう続いた。 「あの依頼人の考え違いは、きっちり修正しないと」 ティアだって、もちろんそれは重々分かっている。 なお、二人が散々探りを入れた結果、依頼人の主治医はどちらとも付かないことが判明した。普通なら怪我はアデライーダが診るが、急患ゆえに最初は居合わせたエカテリーナが治療し、その後は通ってくるたびに手が空いていた方が診る形だったようだ。 依頼人には、どちらとより親しくなりたいのか、直接確かめるしかないだろう。 そして。 四人は、この依頼人が一筋縄では行かない、なんとも言えない相手であることを思い知っていた。 それぞれが入手した情報を擦り合わせ、やはり『病気になる考えは捨てて、手伝いなりなんなり別の方向でお近付きになる』方策を勧めるのが、まあ当たり前に正しい方向性だと四人は認識の一致を見た。だがオリヴィエの体験を鑑みるに、普通に忠告したところで頭にすんなり入るとは思い難い相手である。 よって、まずは雫が依頼人が望む病気をあげてやる。ただし、実際に罹患したら治療のためでも人前に出るのは躊躇うような姿になるとか。そんな姿で嬉々として診療所に通えるものではないから、少なくとも困惑くらいはするだろう。 そうしたら、ティアが姉妹の医師としての信念を語って聞かせ、その手伝いをすることで側にいる方法を提案。オリヴィエが聞いたところ、家業の手伝いをしているが跡取りではないらしいから、本気でぶつかるつもりなら診療所の看護人だって目指せなくはあるまい。 なにより、やっぱり診療所は男手がないので大変な部分があるようだった。単純労働でも、本気で手伝うと考えていれば、受け入れてくれる余地はあるだろう。もし、いきなり医者は難しくても、少しでも知識を付けてということなら、オリヴィエが初期の手解きは請け負ってもいいと親身なところを見せていた。 ここまですれば、大抵は自分の考えを改める。そう思われたが、依頼人の思考は妙な方向にねじれていた。 「そんな簡単に移る病気では、診察を受けている最中に移してしまうかも。そんな事になったら、僕はどうしたらいいのかっ。あぁ、世の中はなんて不条理なんだ」 四人がかりで、いい方向に行くようにちょっと脅かして、後に懇切丁寧に手法を解説してあげようと依頼人を呼び出して、話を始めたらもう大変。最初の『出歩けなくなるほど肌が爛れる皮膚病』のところで、依頼人の思考はぐるぐる回り始めたのである。その先のことは、耳に入っていない。 これには、普段は温厚な者でも『不条理は誰の頭の中だ』と怒りを覚えて不思議はないが‥‥だが、しかし。 「そんなにお好きなら、いっそ正直に告白したらいかがでしょう?」 暗が、どう支援しても空回りするならと思ったか、それとも遠回りはかえって混乱の元だと考えたか。依頼人がまったく選択肢にいれていなかった行動を突きつけた。途端に、思考と行動が停止した風の依頼人だったが、心配したオリヴィエに肩を叩かれて、ぷるぷる震えながらこんなことを言った。 「こ、告白って、そんな‥‥私もですって言われたら、どうしよう」 「‥‥その頭には、どういうものが入ってるのよ? まあ、そんなに自信があるなら言って来たらいいわ」 「いえ、流石にこのままで行かせては、絶対に向こうのご迷惑になります。確実にエカテリーナさんの雷が落ちますわ」 「それに紳士的に振る舞うのは、どんな時でも大事ですよ。そもそも、ご姉妹のどちらを想っていらっしゃるのです?」 自分の都合がいいことしか考えない頭の出来に、匙を投げかけた雫のいい加減な励ましに依頼人が飛び出しそうになったので、ティアが言葉で、オリヴィエと暗が両腕を一本ずつ掴んで制止した。ついでに、この依頼で何度目になるか分からない、基本的質問をオリヴィエがぶつけてみたところ。 「エカテリーナさんですよ、いやだなぁ、何度も言いましたよね?」 「「「「聞いてない」」」」 しれっと答えた依頼人に、四人の声が、見事に調和した。ついでに、声に含まれた怒りの度合いも同じくらいだったようだ。 「残念ながら、同性として今のままで告白は絶対にお勧めしません」 「そうですね。私も言いだしっぺながら、修正の必要を感じます」 「エカテリーナさんは、お仕事に大変高い志をお持ちなのです。病気になって一緒にいたいなんて、嘆かれるだけで、親しくはなれませんよ」 「そわそわしないで、そこに座りなさい!」 今までにない強い調子で四人がかりで畳み掛けられ、依頼人は不思議そうだ。これには親の顔が見てみたいと誰かが口走ったようだが、それはそれ。今はとりあえず、四人で告白の心構えと言うものを叩き込む必要がある。そういう依頼ではなかったが、少なくとも真面目に働いているお医者さんの邪魔だけはさせるべきではないのだ。 そんなわけで、一日がかりでエカテリーナに対する禁句や、告白の作法なんてものがあるかどうか別にして、思いつく限りのことを叩き込み‥‥実際に叩かないだけ偉かったという具合に叩き込み、ふらふらしながら依頼人が診療所に向かうのを見送っ‥‥たりはしなかった。 「何か仕出かしそうで、いや」 心配、依頼人より診療所の方が心配で、堂々と付いていったのだ。 「他所の儀の本まで取り寄せるなら、色々お持ちかもしれませんし」 「獣医もしているし」 「あぁ、心配で胸が痛い」 理由はそれぞれである。 そうして、診療所では依頼人が患者達注目の中で、『好きです、お付き合いの前提にこちらで働かせてください』と、数十回練習させた言葉を無事に言い終えた。 エカテリーナの返答はこうだ。 「まぁ、私は貴方のお母様と同い年なのに?」 その後、四人はエカテリーナが何歳だろうかと気にはなったが、詮索することはしなかった。 世の中には、知らなくていい事実もある。依頼人のその時の顔も、その一つだろう。 背中は、『真っ白に燃え尽きていた』とはこういう時に使う比喩かと思わせる具合だったけれども。 |