いらない人にはごみの山
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/05 01:54



■オープニング本文

「こ、こんな家、あたし達には必要ないと思うの」
「でも、だからって放置しておくのは‥‥」
「いらないわよ! だって、こんなのどうにもならないじゃない!!」

 彼らは、夫婦で惣菜店を営む、ごく普通の庶民だった。
 裕福ではないが、自分達の店を持って二年、生活に困らない程度に常連客も付いている。
 店も家も借りているものだが、立地と家賃の釣り合いがよく、不満はない。

「そうだ。これ、建物ごとご領主様に献上だっけ? 差し上げてしまおう」
「こんなの、受け取ってくれるかしら」
「もしかしたら価値がある物も混じっているかもしれないし、駄目なら売り飛ばそう」
「そうね。とにかく、あたし達にはいらないものね」

 そんな彼らがいるのは、古くはあるが二階建ての一軒家だ。しかもかなり大きい。
 街の端にあるこの建物、なかなか大きくて丈夫な石と煉瓦造りで、お屋敷と呼んでも良さそうだ。
 しかし、家の中は異様に狭かった。否、狭くなっていた。

「待てよ、もしかしたら、中には料理の本があるかもしれない」
「‥‥探すのは、嫌よ」
「こういうのが好きな人なら、整理してくれないかな?」

 なぜ、歩くにも困るほどに狭いのか。
 それは、内部が本でみっしりと埋まっているからだ。
 夫婦のものすごく遠縁の老人は、高価なものが多い書籍収集の趣味が高じて家の中を本で埋め尽くし、その目録も作成しないままに、先日老衰で身罷った。
 当人は本に囲まれた中で眠るように儚くなって、きっと満足だったろう。
 けれども、ほとんど交流もなかった親戚から、いきなり『本はきちんと使うこと』なんて遺言された夫婦にとっては、ろくでもない遺産である。
 こんなものいらない。でも捨てるに捨てられない。

 とりあえず寄付する事に決めた二人は、方々に本の整理を請け負ってくれる人を尋ねた結果、開拓者ギルドに依頼を出したのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
十野間 空(ib0346
30歳・男・陰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645
41歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
雪邑 レイ(ib9856
18歳・男・陰
春日 三月(ib9936
18歳・女・陰
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●ただいま、開拓中!
 雪の多いジルベリアでは、雪崩は山間部では珍しいものではない。
 だが、家の中で雪崩に襲われる経験をした者は、あまりいないだろう。
「真夢紀さん、ご無事ですかっ!?」
 年少ゆえの小さな体を活かして、獣道のような本の中を巡る道を歩いていたはずの礼野 真夢紀(ia1144)の姿が、崩れた本の向こう側に消えてしまった事に、十野間 空(ib0346)が慌てて駆け寄ろうとして叶わずにいる。貴重な本を踏んでいいものかと迷ったのではなく、踏んだらそこからまた崩れだす危険があったからだ。
「ちょっと埃を被ったけど、怪我はありません〜。でも、どうやって戻りましょう?」
 少しして、崩れた本の向こう側から真夢紀の返事があった。彼女が途惑うのも道理、崩れた本のすぐ傍らには、まだなんとか踏み止まる本の山。下手に手を出したら、そこからまた崩れていきそうだ。
「亡くなった持ち主は、整理する気力の著しく欠けた方だったのだろうか?」
 とにかく収集欲が優先されて、届いた順に積んでいたのだろうかとバロネーシュ・ロンコワ(ib6645)も首を捻るが、実際は本の多数に何度も読んだらしく手ずれの跡が見える。今でこそ乱雑に積み重なって、部屋から廊下から埋めているが、痛み具合からしても最初からそんな扱いをしていたようには見えない。
 よる年波には勝てず、段々整理できなくなったにしては、本の発行年が入り混じっているようなとか疑問はいっぱいだが‥‥
 今はなによりも、真夢紀が安全に戻ってくるにはどこから整理するのが適切か、これが悩みどころだ。

 本屋敷の中で、悲鳴とも怒号とも付かない声が響いた。
「なんてことっ、皆さんはご無事ですか〜?」
 続けて、こんこんと咳を交えながら春日 三月(ib9936)が他の者を気遣っている。
「あ、あんまり無事じゃないかも‥‥目に入ったぁ」
「それは大変だ。あまりひどいようなら、抱えていくから無理はしないようにな」
 こちらもひとしきり咳き込んでいた戸隠 菫(ib9794)が、ぜいぜいしながら嘆いていた。聞いた篠崎早矢(ic0072)が労わっているが、こちらも声が妙な感じである。
 三人共に、姿は目の回り以外は手拭いで覆った掃除仕様。なんとか到達した二階の奥の部屋で、積もった埃との戦いを開始する前に、人が歩く振動だけで天井近くから落ちてきた埃の山に襲われたところだ。せっかくの掃除仕様も、頭の上にどさっと不意打ちで積もった埃には、完全防備とはいかなかったらしい。
「「「窓」」」
 宙を白く染めつつ舞っている埃に、冷たい外気は本の敵と窓を開けるのは避けていた三人も、方針転換で意見の一致を見た。
 そして。
「ジルベリアって、ほんとに寒い。家が石造りになるわけよね」
「これから雪が降ると、もっと寒くなるそうですよ?」
「だからそりを牽く馬は、あんなに大型なのだろうなぁ」
 身を切る様な寒風が吹き込む室内で、本を風の直撃が受けない場所へと忙しく立ち働く事になった。
 埃がましになる頃には、寒さでくしゃみが出るかもしれない。

 仕事開始から四日目のこと。
 本屋敷の中に、今までにない壮絶な音が響いた。
「えっ、あれ? あれれ? 雪邑さん、どこですか?」
 一緒に床の羽目板が緩んでいた箇所の修繕をと、道具を抱えて随分歩きやすくなっていた本屋敷の階段を昇っていた緋乃宮 白月(ib9855)は、後ろから聞こえた破砕音に振り返り、板を担いでいたはずの雪邑 レイ(ib9856)の姿がない事に慌てて左右を見回した。
「大事ない。下にいる」
 やたらと落ち着き払った声は、確かに足元からした。しかし、ここは階段の踊り場なのにと、恐々下に転じた緋乃宮の視線の先で、まず床が抜けている。その抜けた穴を塞ぐようにあるのは、雪邑が担いでいたはずの板数枚だ。
 恐々とそれを避けて、穴の中を覗くと‥‥
「夜光虫を準備してきて正解だったな。また仕事が増えたが」
 こんなところに納戸があったのかと思わせた階段下の隙間、そこにも詰め込まれていた本の中に埋もれている雪邑がいた。ちょっとあちこちぶつけていそうだが、幸いにも怪我はないらしい。それどころか、声は楽しげだ。
「‥‥そんなところ、どこから入れるんでしょう?」
 多分入口を隠しているのだろう、階段横の未整理の混沌とした本の山を眺めて、緋乃宮は雪邑ほど楽しい気持ちにはなれないでいる。

 もはやこれは本の整理ではない。本屋敷の再開拓だ。
 誰が言ったか、もう判然としないが、それはまさに事実である。
 少なくとも、開拓者でなければとっくの昔に体力が尽きているはずだ。

●本屋敷の局地的知名度
 依頼人夫婦の案内で到着した屋敷は、派手さはないがなかなか立派なものだった。しかし、窓という窓に鎧戸が閉められているのは、もともとの所有者が亡くなったからとはいえ重苦しい感じがする。
「この中が本でいっぱい? あちらが使える倉庫ですか。まずはそちらの床材が本の重みに耐えられるか、確かめておきましょう」
 かなりの高確率で目をきらきらとさせ、中にある本に期待をしている面々と異なり、バロネーシュは淡々と整理の段取りを始めた。
 まずは倉庫が本の運び込みに適しているかを見て、それから掃除と本を整理するに適した卓や椅子の配置。後はある程度の分担を決めて、運び出しと本の分別、それから目録作成を行えばよい。これらは流れ作業が基本だ。
 ある程度、蔵書の内容が把握出来てから、十野間が領主の下に依頼人の意向を伝えると同時に本の保管場所の提供を願い出に行く。ここまでの道々で相談はそんな具合にまとまっていたが、
「ジルベリアの家って頑丈なんだぁ」
「俺もこんな家に住んでみたいものだ」
「すぅご〜い!!」
「良くこんなに集めましたよね」
 菫と雪邑、真夢紀、緋乃宮が続けて感嘆の声を上げ、十野間が『隣の倉庫だけでは無理』と表情だけで語り、
「これだけあれば、アヤカシの資料もきっとあるわよね」
「馬は確実だな」
 三月と早矢の気合も入った。
 けれども。
「そうか、あのご老人が亡くなられたか。半年前に、また何か注文するために、倉庫にしていた家を売り払ったとは耳にしていたのだが」
「ご自宅の中に本が山積みの状態でして‥‥相続人のご希望は街への寄付なのですが、整理も覚束ない状態です」
 近所の人々に興味津々で覗かれるのはともかく、やおら殺到した複数の商人からの買い取り希望を断りまくり、何冊か美術的価値がある本を発掘したところで十野間が尋ねた領主の屋敷では、面会の申し込みだけのはずが『そのご老人なら、元々は父親の友人だから』とすぐさま領主に会うことが出来た。依頼人夫婦は『本の虫の遠い親戚』くらいの認識だったが、件の老人は知る人は知っている人物だったらしい。
 ちなみに領主にとっては、亡父の幼馴染みにあたるそうだ。ただし晩年に仲違いしたとかで、ここ十数年は噂しか耳にしていなかった。仲違いの理由も、本だったとか。
「二十年前に会った時には、確か五百冊くらい蔵書があると豪語していたが、実際はどうだね?」
「それは見栄でもなんでもなく‥‥立派な図書館が整備出来ましょう」
 見るからに武人の領主だが、文化をないがしろにする人物ではないと見込んだ十野間は、ぜひともあの本屋敷の蔵書が広く公開されるようにとの願望も含んだ会話を繰り広げていた。口にはしないが、ここの屋敷の規模からして、蔵書を書斎に独り占めは無理なことでもあるし。
 図書館は検討課題として、まずは当座の本の置き場所の提供を受けられた十野間は、これで一安心と思った。

●事はそんな簡単ではなかった
 領主のはからいで、本屋敷から通り二本の近い場所にもう一つ倉庫を提供された一同は、速やかに作業が運べるはずだった。本雪崩に見舞われ、埃の襲撃に遭い、足元が崩れる奇襲攻撃に晒されつつ、まずは廊下部分を埋める本の山を少しずつ運び出していく。
 それからどこか一部屋を空けて、そこで初期の分別作業をして、価値が高そうなものは領主提供の、それほどではないものは隣の倉庫に仕分けたいと思ったけれども。
「この先の部屋は、奥からびっしり箱を積んだようだ。運び込む方も置き場に困ったと見える」
 雪邑が人魂で確かめたのは、細い通路が寝室周りにしか通じていなかったこと。一階のほとんどの部屋は、ものの見事に本か本の入った箱で埋め尽くされていたのである。足の踏み場もないとは、まさにこのことだ。十野間の人魂でも、二階の大半の部屋も同様だと確認された。
「台所も本の山って、どういう生活していたのかしら」
 菫の疑問はもっともだが、老人の晩年は長い付き合いの商人の家族が食事を届けたり、身の回りの世話をしていたとは、物見高く覗きに来た近所の住人達の話。必然、一同の作業期間の食事も外食に頼らざる得ないところだったが、依頼人が弁当を作ってくれたのと菫が近所の台所を借りて作ったけんちん汁とで食生活はなかなか豪華になった。
 その代わりのように、毎日埃塗れで、こんな悩ましい気持ちにもなる。
「これはちょっと気になるけれど‥‥この手で触ったら、汚れてしまいますね」
 部屋により積もり方が著しく違う埃との格闘で、本日は分が悪かった三月が、散々汚れてしまった後に見付けたアヤカシの外見を記した絵を綴じたらしい草子を見ながら、心中じたばたしてみたり、
「り、料理って、書いてあるのにぃ‥‥」
 真夢紀がジルベリアの一地方の郷土料理本の背表紙が見えるのに、手を出せずに悔しがっている。こちらは、在り処まで手が届かないというおまけ付きだ。
 まあ、中には気にしない者もいるのだが。
「あっ、すまん、つい読みふけっていた! えと、薬学の本もあったぞ」
 一体どういう修行なのだか、抱えた木箱の上に器用にジルベリアの弓術の指南書を広げ、最初は危なっかしく歩いていたのがいつからか立ち止まった早矢は、慌てて箱の中を示している。そんな早矢の隣を通り過ぎることで正気付かせたバロネーシュは、とにかく運び出しを急がせて回る。
 そう、本に興味があるからこの依頼を受けて、うっかりと没頭する者が出る事は、バロネーシュの予想通り。書類書きに慣れている前歴から、目録作りを主に請け負っている彼女だが、運び出しと整理が滞らないようにも目を配っていた。
 そうしていても、
「うーん、この箱も違う。なんで二巻だけないのかな?」
 一応はちゃんと運んで、整理もしているのだが、先程見てしまった野生の龍を捕らえる生業の一族の記録という、多分続きもの小説を全巻揃えるのに気を取られている緋乃宮もいる。新しい木箱を開けると、まずそれの有無を探してから、次の作業に移るのだ。ちょっとだけ、時間が余計に掛かる。
 なお、著者が一緒なのか、どこかの流行だったのか。似たような装丁で『戦闘馬調教師の一生』小説もある。どちらも表紙の絵と、出だしの騎獣描写が絶品。
 他にもあれこれあるのだが、それらが皆の趣味も加味した仕分けがされていくうちに、廊下と二階の床が大分見えるようになってきた。同時に、作り付けの立派な本棚も。
「ふむ。この分類なら、本棚の分くらいは目録がありそうだが‥‥それを探すだけでも一苦労だな」
 家の中を一巡りして、あちらこちらに点在する本棚を見て回ったバロネーシュは、山積みとは別世界の丁寧な本の保管に、目録があると踏んだが‥‥それが発見されるのは、ここから更に一日後のこと。
 それまでに仕上げた目録は記録として数十枚、冊数は四百くらいに届いたが、まだ終わらない。続きものが揃わないと嘆く声あり、料理本が多くて喜ぶ人複数あり、油断するとそこらで読みふけっている者あり。
 依頼の最終日になって、十野間が寝室だった部屋の本棚奥から探し出したのは、ジルベリア風に言うならテュール、テイワズ、天儀風で志体持ちの技能や身体能力に関する研究本らしい旧い書籍で、その分厚い中身に皆の関心が注がれた。大分古いので、内容は既知のものかも知れないが、開拓者には気になるところだ。
 こういう本だけでも、開拓者ギルドに寄付してくれたらいいのにとは三月でなくても思うのだが、依頼人夫婦はこれまた多数あった料理本から各地の家庭料理について記した一冊を引き取って、他は領主に献上するつもりだ。後はそちらで、どの程度の人に閲覧可能な保管としてくれるか。
 依頼期間なら中を見られるのを機に、雪邑や十野間は休憩になると目に付いた本を開いて時に読みふけり、緋乃宮はようやく全巻揃った小説の、細かい動物描写や知識にうっとりしている。似たようなことは、早矢も馬具の図録を眺めてやっていた。
「写本でも作ったら、領地財政が助かるかもしれないねぇ」
 そんな仲間達の様子に、バロネーシュがなかなか鋭い呟きを漏らしていると、依頼人の妻と一緒に郷土料理に挑戦していた真夢紀と菫が、美味しそうな料理を持って戻ってきた。
 これを食べたら、最後にもう一働きだ。
 それでも、全部を調べつくすには到らなかったのが、いささか残念ながら‥‥帰る前に、一度くらいはじっくりと興味がある本を読みたいのも人情である。全部読み切るのは、まず無理だけれども。