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■オープニング本文 あぁ、火をかけて全焼させたい‥‥ どうせなら油も撒いちゃって、威勢良く行こう、威勢良く。 って、やっていいなら、とっくの昔に焼き滅ぼしてるよ!! 最近は強力なアヤカシの姿も滅多に見ないので、王都でも人の口には上る事が少なくなったアル=カマルの魔の森は、しかし相変わらずその異様を大きく変えることなく存在していた。 周囲には王宮軍と遊牧民の独立派が陣を構え、懲りることなく睨みあってもいる。 「遊牧民どもが神砂船に入りそうだって? 中から何が出てくるかだけでも、調べる方法はないものかな」 「軍の奴ら、中で何か見付けたのに黙っていやがるらしいな」 普段の活動は、どちらも大差はない。 魔の森の内部を探索し、いまだ存在するアヤカシを退治し、木々は端の方からせっせと切り倒して、焼き捨てる。 目立って違うのは、遊牧民側が魔の森内部で発見された第二の神砂船をがっちりと押さえていること。船体の大半を木々の根や枝に締め付けられ、内部にも侵食していた植物を除けるのに時間が掛かっていたが、それらの作業も一段落したらしい。現在、内部調査の準備を進めているという。 つまり王宮軍は発見したモノでは、一方的に差が付けられていたのだが、最近になって魔の森の奥に放棄された建物跡らしいモノを見出した。石造りの大きな建物も、木々の侵食で大方崩壊しているが、こちらも詳しい探索計画を立てている。 協力し合えば何事も早かろうが、両勢力の指揮官が互いを嫌いあっているために、話し合いの席すら設けられたことがない。それで競い合って探索等が早く進むならよかったが、ジンしか活動出来ない場所ゆえに、何事も時間が掛かるのが難点だった。 「この調子では、いつまで経っても魔の森を消せませんよ」 「どっかに、うまく仲立ちしてくれる人材はいないもんかねぇ」 どちらにも協力の道を模索する穏健派はいるのだが、直接連絡を取ろうとすると仲間達から突き上げを食らう。残念ながらジンがいない穏健派の発言力は弱いので、彼らは双方の仲立ちをしてくれる人材を外部に求める事にした。 一度の説得で上層部が納得するとは、どちらも考えていない。まずは手伝いと称して人を呼び、実績を積みつつ、双方の仲立ちの地位を確保してもらおうと‥‥ 「そんな気の長いことで大丈夫なのか?」 「なんて思ってるだろうが、そもそも何十年単位の確執が一度で解決するわけないって」 陣の合間にあるエルズィジャン・オアシスの住人を介した手紙のやり取りで策を決めた穏健派達は、自陣の首脳部を説得して、それぞれに開拓者ギルドへの協力者を募る依頼を出させたのだった。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / エルディン・バウアー(ib0066) / ジークリンデ(ib0258) / 明王院 玄牙(ib0357) / 晴雨萌楽(ib1999) / シータル・ラートリー(ib4533) / エラト(ib5623) / フルト・ブランド(ib6122) / アルバルク(ib6635) / レムリア・ミリア(ib6884) / トィミトイ(ib7096) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 沙羅・ジョーンズ(ic0041) / 草薙 早矢(ic0072) |
■リプレイ本文 ●王都にて 開拓者ギルドに、魔の森の探索や焼き払いの人手を求める依頼が王宮軍と遊牧民独立派の両方から、『別々に』出されたことは、アル=カマルのほとんどの者には不自然でも何でもなかった。 「‥‥くだらんメンツにこだわって、身動きが取れないのは何処も同じ‥‥か」 「せっかく戦にひと段落付いたってぇのに、ねぇ」 ラグナ・グラウシード(ib8459)やモユラ(ib1999)のような感想を抱く者は、すぐに他所の儀の者だと知れた。長年、住み方の違う人と人、風習を異にする部族と部族がいがみ合うのは、そこに存在するのが単純に面子の一言で済ませられない利害の対立だからだ。 中には長年の対立が高じて、もう利害の対立ゆえにいがみ合うのか、双方に積み重なった恨みつらみが面子の問題に転じて引っ込みが付かないのか、当事者にも良く分からなくなっているものもあるだろう。反対に、水源や農地と牧草地の取り合いといった生存に関わる争いを、何十年も互いに犠牲者を出しながら続けている地域も存在する。 だから魔の森から大アヤカシが消滅し、魔の森そのものをアル=カマルから消し去れる大事業であっても、なかなか手を取り合うとはいかない状況を端的に示す依頼を見て、アルバルク(ib6635)などは苦笑してしまうのだ。 「目的が同じだって言うなら、協力してくれねえと面倒くせえが‥‥まずは、支払いが大事だよな」 同じ傭兵隊に所属する仲間を振り返り、依頼人達とは仲良くと口にしたのは、特に一人が独立派遊牧民相手に揉め事を起こす主のような者だからだったが。 「隊が仕事を請けるなら、仕方ない」 「あれれ、自分で請けに行く勢いじゃなかった?」 隊長の注意に対して、ジャウアド・ハッジの部族で生まれながらも袂を分かったトィミトイ(ib7096)が、同輩のケイウス=アルカーム(ib7387)の指摘に、殺気の混じった視線を投げかけていた。仕事に行く前から、仲間内で揉めていてはどうにもならないが、いつものことなのでアルバルクはあまり気にしない。 切実にこの状況を憂えたのは、ジークリンデ(ib0258)だ。 「一つにまとまらねば未来はないと言うのに‥‥神の巫女の元でしか、まとまれないとは」 まったくもって嘆かわしいと、表情にも口調にも滲ませた彼女は、大アヤカシとの戦いの際に縁があった人物を探していた。神の巫女の使者を務めていた相手から、巫女の神殿に紹介を得たいと考えてのことだが‥‥あいにくと、その人物は多忙を極めて各部族を回っているのか、今現在は王都にいないと分かった。 そうなると、彼女一人の名前で神の巫女に面会を求めたり、ましてや王宮軍と遊牧民独立派を調停の席に着かせる為の書面等は得られない。元々、神の巫女は国家元首といっても政治に関わらず、調停を推進させる権力は持っていないので、目的を果たすにはまた策が必要だったが。 だが、ジークリンデの他にも現状を憂いて、この依頼を機になんらかの働き掛けを行おうと思考した者は少なくなかった。 そしてなにより、より効果的に魔の森を減じることを目的に、目的は同じ二つの依頼を受けた開拓者は総勢十六名いたのである。 ●王宮軍の陣 たまたま縁があった王宮軍に参加している穏健派の遊牧民から請われた形で出向いてきた沙羅・ジョーンズ(ic0041)は、他の開拓者と共に陣に到着した際、多忙を極めるはずの指揮官がすぐに顔を出したのに少しばかり感心した。一時雇いの傭兵を軽く扱う指揮官は珍しくないが、今回は信用出来る相手のようだ。そうでなければ、王宮軍の指揮官は務まらないとも言えそうだが。 おかげかどうか、明王院 玄牙(ib0357)とフルト・ブランド(ib6122)、ジークリンデがそれぞれの知識と経験から提案した大都市での消火方法や焼畑の応用策は、すぐに検討が始められた。 「まず、すでに探索が済み、焼き払っていい区画を決めます。その区画の周辺部分の木や下草を刈り、地面を露出させて、それ以外の場所への延焼を防ぐ。これが基本になります」 「大きい炎をあげる焼き方はしません。風の強さと風向きも、よく確かめてから火を点けないといけません。根気が要る作業だと、事前に徹底させるのは大事なことです」 アル=カマルは儀の気象特性から、木造家屋が密集しているところなど、大都市であってもまず見られない。また焼畑農法も存在しないので、指揮官始めとする幹部達もいささか心配そうだった。 「天儀や泰国なら、珍しい方法じゃないよ。心配だったら、最初は小さい範囲を燃やして、コツを掴んでみれば?」 それでアヤカシが出て来たら、バンバン撃ち放っちゃうから安心してねと、沙羅は屈託なく笑っている。他の者が生真面目に計画を立てている中では異色だが、勝手を知っている開拓者達がいる間にコツを掴み、王宮軍のジン達だけでも魔の森を焼いていけるようになれば、魔の森の消滅も早かろう。 「もしもの時は、私が魔術で消火に回ります。なにより火の付け方が大切になりますから、そうですわね、何人かその技術修得に集中していただくのがよろしいかと」 出来れば遊牧民の独立派とも協力して欲しいものだとは表情にも出さずに、ジークリンデも控えめに申し出ていた。実はこの作業で誰よりも実績を上げて、自らの発言に重みを持たせようと考えているとは、まず見えない態度だ。 似たようなことは明王院も思い描いていたが、経験の差か、彼女の方がかなり具体的だ。今回の思惑は大事なところで躓いたが、その程度で落胆している場合ではないと言うところだろう。 対称的な態度は、ラグナだ。 「遺跡の探査だぞ。それなりの能力がある者を出さねば、意味がないだろうが」 森の焼き払いとは別に依頼された建物跡の探索行に志願した彼は、同行者に体力自慢の若者が多いのに単刀直入な文句を言っている。言い方を考えれば苦言で済むが、そういう腹芸は出来ない性格らしい。嘘も付けなさそうだからいいと見るか、単純に反発するかは人に拠ろうが、言い分に間違いはない。 それでどれだけ編成を考えてくれたかはよく分からないが、こちらに同行したほうが良さそうだと判断した沙羅は、目的の建物跡のある場所まで龍で行けると聞いて大分安心した。往復路の時間が短いのは、調査にも護衛にもありがたい話である。 「前の王都が放棄されたのが千年以上前だと? えい、それでは紙の類は壊滅だな」 ラグナは、アル=カマルでは常識過ぎて、依頼を受ける時にも補足されなかった情報に、憤懣やるかたないという顔で不平を述べていたが‥‥ 「紙が駄目でも、何か見付けだして過去を知る手掛かりを得られれば、それで拓かれる道もあるかもしれませんよ?」 そういう開拓も悪くないのではないかとフルトに宥められ、それは悪くないと考え直したようだ。 ●独立派の陣 遊牧民独立派と言えば聞こえがいいが、砂賊とも称される者達の陣は、大アヤカシ討伐の時と大差ない雑然とした雰囲気だった。 「シン神父、変わりはありませんか〜?」 「十メートル」 そこに慣れた様子で立ち入ったエルディン・バウアー(ib0066)は、同じ天儀神教会の神父で旧知の神楽シンを見付けると、にこやかに声を掛けた。それに返ってきた言葉の意味を図りかねていると、こちらも知人である羅喉丸(ia0347)が、魔の森がある方角を観察してからこう尋ねた。 「魔の森を十メートル後退させたと言っているのか?」 「応。神砂船までの道は確保しているが、後はなかなか進まねえよ」 アヤカシ退治は結構順調だが、焼くのはちっともと簡潔すぎる説明に、篠崎早矢(ic0072)が首を傾げた。 「何か、作業をするのに問題が?」 そんなものがあるなら、そちらを解決するのも大事ではないかと言い出した早矢に、シンは多分すぐに解決すると笑った。 確かに進まない原因はある。王宮軍とも共通で、遊牧民独立派も広範囲の木々を焼く技術や知識を持っていないのだ。シンは知識があっても実践経験がなく、またジンではないから現地での指導も出来ない。伝聞の付け焼刃知識で危険なことをされる前に、開拓者を呼ぶように尽力したとか。 ちなみに焼き払いに参加するのはアルバルクが率いる傭兵隊の面々と早矢、レムリア・ミリア(ib6884)で、総勢五名。うち三人、ケイウス、トィミトイ、レムリアはアル=カマル生まれだが、焼き払う知識や実戦経験は多少の差はあれ、アルバルクと早矢が持っている。この二人も、焼畑のような農業技術より消火活動の方が身に付いていそうだが、効率的に焼ければいいのである。 それと同時に、独立派は神砂船内部の探索にも開拓者の力を当てにしていた。こちらには、六人が参加を志願中。ただし、このうちの一人、エラト(ib5623)は参加の仕方が少々変わっている。 「調査となれば、時間が掛かりますから、また瘴気感染の防止に力を入れるつもりでいるのですが」 吟遊詩人の彼女は、精霊の聖歌を使うことが出来る。まさに魔の森といった瘴気が濃い場所で効果を発揮するこの呪歌の難点は、三時間も行動不能になることだ。開拓者仲間からは頼りにされていても、一緒に出向く遊牧民達の同意もないと使用が躊躇われるものである。 この心配は杞憂で、出来るだけ長時間の調査を望んでいた遊牧民達にも歓迎された。エラトを運ぶのはからくりが担当するが、護衛は開拓者と遊牧民の双方で分担もすることになった。 「遊牧民の皆さんは、何人くらい行かれるのでしょう? それに私達も合わせて、分担したほうが調査も早く進みますよね」 「前の神砂船みたいに、からくりはいませんかねぇ」 神砂船同様の大きさなら、内部も相当広い。ならば開拓者だけで六人、連れてきた龍は外に待機させるとしても、からくりや人妖、忍犬も戦力に数えれば、二手に分かれての調査も可能だ。さらに人数が増えるなら、その適性に合わせて割り振りも考えた方がいいかもと、シータル・ラートリー(ib4533)が思案しながら提案すると、すぐ横にいた柚乃(ia0638)は神砂船から多数のからくりが発見された事実を思い返して、色々と期待している。 「ま、休憩がてらに色々相談してくれよ。必要な道具なんかも揃えないといけないだろ」 燃料は用意してあるよと言われて、アルバルクが少々妙な顔付きになった。彼は焼き払い用にヴォトカをかなり持ち込んでいたのだが、この調子なら使わなくても済むかもしれない。とはいえ、用意された燃料が使えるかどうかはまた別の問題だし、酒はきっと飲んでしまうのだが。 「炎を使うのだから、飲料も必要よね。そういうのも頼んで平気かしら?」 レムリアの質問には、冷たいものはないけれどと返されたが、その点は当人がなんとでもするつもりだ。 ●魔の森の減少 大アヤカシ退治の時には、地から沸いてくるように姿を見せたアヤカシ達が、今では珍しいものになっていた。力がないアヤカシは、人の気配が多数の時には逃げ隠れするようになったらしい。 それなら作業がどんどん進んでいきそうだが、油断大敵だ。 「叶、足元によく注意してください」 『全部まとめて斬ります』 逃げ隠れする知能がない泥濘系のアヤカシが、あちらこちらに潜んでいる。そうした存在への注意を促されたからくり・叶は、フルトにさらりと応じてから、ずんずんと奥に向かっていく。手にしているギロチンシザーズで、木々の伐採を進める心積もりだ。もちろんフルトも魔槍砲「死十字」を使って、警戒と伐採の両方をこなしている。 普通の斧を手に、明王院も率先して木を倒していた。王宮軍のジンと言っても、大きな斧の使い方には精通していない者も少なくない。いい加減な使い方では時間が掛かるばかりなので、目の前でこつを教えているのだ。 「片側から八割、反対側から二割くらい斧を入れて、倒す前には周りに声を掛けてください。焔、それはまだ倒したら駄目だってば!」 自分が狙った方角に木を倒す方法などを教えていたら、木々の合間に無理やり体を捻じ込んだ炎龍・焔が、途中まで切った木に体重を掛けて倒そうとし始めた。勝手にやられては事故の元だから、止めるのも必死である。 焔は地上で広い場所を作ろうとしているが、上空には炎龍を駆るジークリンデの姿があった。森の焼き払いを万全に行うためにはどのくらいの延焼防止帯が必要かは、三人がかりで説明したが、大火を見たのは大アヤカシ退治の時だけというジン達には、浸透具合がやや怪しい。アヤカシ退治が優先されたあの時はともかく、安全に作業が出来るならそれが優先されると三人の意見が一致したので、彼女が上から作業の進行状況を確かめているのだ。 「やはり、下草の刈り取りが不十分ですわね」 ジークリンデが気付いたことは、地上でもフルトと明王院の目に留まっていて、 「根こそぎ刈るつもりで、もう少しお願いしますよ」 「この茂みも刈るので、手斧を貸してください」 自らもせっせと働きながら、刈り取りを続けていた。 流石にここに集まるジン達にとっては、知能も低いアヤカシは脅威にはなりえない。 同じ頃、遊牧民独立派も魔の森の焼き払いを開始していた。こちらは指導するのが主にアルバルクなので、何かと軍隊式である。それがここの遊牧民達の気質にも合うようだ。 早矢も指導が出来ないわけではないが、経験不足から来る押しの弱さがまだあるので、この場では作業員の一人だった。アルバルクの指示で動く人の合間を巡って、細かいところに目配りをしている。 「いいか、これだけの広さが必要だと言ったら、それより少ないのは認められん。アヤカシが来ようが、気合入れて切りまくれ!」 霊騎・アラベスクの上からがんがん命じる声に、応と元気な声が返る。作業そのものは下草の刈り取りまであるから地味なものだが、参加した者達が競うように進めていた。たまに、我勝ちに作業しようとして、口喧嘩になりつつも、作業は迅速だ。 「相変わらず、品がないな」 同じ作業を、遊牧民達とは少し距離を保って、しかも間に駿龍・青き風を置いて続けながら、トィミトイがぶつぶつとやる気が出ないと呟いている。その割に良く動く手に、走龍・ルトラに潅木を引き倒す手伝いをさせているケイウスが、やる気満々なのにと口にして‥‥トィミトイからものすごい目付きで睨まれた。 「‥‥素直じゃないねぇ。定住民も信用ならないとか、頑固だし」 人は自覚したくない事実を指摘されると立腹するのだと、ケイウスは今まさに実感していた。 だが、それはそれとして。 「おい、トィ、ケイ、出番だぞ。お前らは、気張って作業してろ」 流石にこれだけの盛大な宴の準備となれば、招かれざる客もやってくる。その気配を察知したアルバルクは、部下の二人に声を掛け、他の者達には準備を進めるように重ねて命じている。トィミトイと遊牧民が関わると何かともめるからだ。さっきも、走龍がどうとかで言い争っていたし。 「自分達ばっかり、ずりぃよなぁ」 「さあ、そんなことを言う暇があったら、切った木を少し奥に運びましょう」 「はいよー、綺麗どころが残っただけいいよな」 遊牧民達はどうせ暴れるなら自分もと思っているが、早矢に安全のために切った木を移動させるようにと促されて動き出した。その際に、早矢の肩に触ろうとした男は、霊騎・よぞらに噛み付かれている。それを見ていなかった早矢から声を掛けられると、何事もなかった様に指示通り木材を引き出したよぞらの態度は、騎獣を大事にする遊牧民には好意的に見られていた。 そうした作業が進んでいる中、レムリアは魔の森の外縁部からも少し離れた砂漠にいた。陽射し避けの天幕を張った下で、魔の森からのアヤカシ流出の警戒と共に休憩所を設置していたのだ。すぐ横には、漆黒の甲龍・ブラック・ベルベットが護衛よろしく、すらりといい姿勢で座っている。 「ジャウアド・ハッジを見ないのは、開拓者が警戒されているのかしら?」 「いや、単なる行き違い。昨日はアヤカシ退治に入って、怪我人が出たから後始末で忙しかったんだよ。‥‥過激派ったって、仲間には篤いところがあるからね」 この距離なら一般人でもかろうじて影響が出ないとかで、オアシスから譲ってもらった果物を届けに来たシンは、レムリアの問い掛けにあっさりと色々応えてくれた。ちょうどいいので、彼女も仲間が聞きたがっていたことまで尋ねている。 例えば、到着してから丸一日姿を見ないジャウアドの動静とか、その側近達の性格など。王宮軍と協力態勢を作るには、まず説得しなければならない人々の性質が、揃って聞く耳持たないでは先が思いやられるが、そこまでひどくはないらしい。ただし、王宮軍の指揮官とジャウアドには因縁があるようで、この二人を面会させるのはかなり難しいということだったが。 「王宮と独立派というより、定住民と遊牧民が和解、協調出来ないと、この儀の行く末は暗いものねぇ」 「暮らせる土地と人の数が合わないからなあ。オアシスも近いし、これだけ木が生えるなら、地下に太い水脈がないかね?」 「ありそうだけど‥‥使えるまでに何年かかるかしら」 遊牧民には、魔の森を焼き払ったら、すぐに自分達の国が作れると勢い込んでいる者もいるが、ジャウアドはそこまで楽観視してはいない。水源がなければ住めないし、家畜も連れてこられない。流石にジャウアド一人でそこまで考えているわけではないが、先の見通しを相談出来る側近がいるのなら、いずれは穏便な方策を認めてくれるかもしれない。 そうレムリアが、信頼を得るための地道な仕事を続ける意義があるようだと胸を撫で下ろしていたら、上空から影が降った。見上げると、見慣れない龍の姿がある。 「こちらは救護所とお見受けしますが?」 「ええ。でも、いまのところは休憩所の様相よ」 叶うなら情報交換をと、わざわざ降りてきたジークリンデの姿に、シンが『両手に華だね』と笑ったが‥‥それはそれ、だ。 ●探索行 第二の神砂船は、羅喉丸が見たところ、一隻目より少し小型のようだった。それにしたところで、通常の飛空船よりはよほど大きい。 加えて、絡んでいた植物が取り除かれたと言っても、出入り口付近だけのことで、奥に入り込んだものは残っているようだし、内部の造りも損傷度合いもさっぱりわからない。 「一般的な船の造りから考えても、操舵室があるならこの方向だが」 『頼もー』 『天澪の主は、そんなことを教えるのか』 「違いますよ‥‥どこで覚えてきたんだろう」 真剣に探索手順を悩んでいる羅喉丸の背後では、妙に暢気なやり取りが交わされていた。天澪は柚乃のからくりで、手厳しいのは羅喉丸の人妖・蓮華だ。 「ねえ、どこまで入ったことあるの?」 同行したジャウアドの甥のナヴィドに、モユラが尋ねると彼は壁に指で大体こんな感じと図を描いた。入口を入ってすぐは部屋のようになっているが、そこから出る扉は三つ。一つは開いたが、伸びた廊下の先で何かで入り込んだ土石に埋もれて、それを取り除いている最中。残り二つの扉は歪んで開かず、今回は打ち破る道具持参だ。 「この扉は、多分階段に繋がってると思う。さっき覗いた船倉の階段と位置が合うんだ」 モユラも指で宙に図を描いてみて、横っ腹の穴から覗いた、何か積まれていた船倉部分の部屋に繋がっていそうだと納得した。ある程度目星がついたら、強気に夜光虫と人魂を繰り出して、内部の様子を調べるつもりだが、そこに待ったを掛ける人物がいる。 「出来るだけ長時間の探索をするには、エラト殿から離れないように心掛ける必要があります。そこも考慮して、行く先を検討しましょう」 エルディンの傍らには、エラトを背負った庚がいて、背後を忍犬・ペテロに守られている。彼女から離れても、開拓者がすぐに瘴気感染を起こすことはないが、影響が少なければ少ないほど、長時間、また連続した日数の調査が可能になるのだ。 それならばと、柚乃が懐中時計を取り出した。ド・マリニー。瘴気の流れを計れるこれで、少しでも瘴気が少なそうな場所から調べればと思い付いたのだが。 「針が大回転‥‥これは、渦巻いているんでしょうか」 「そうかもね。じゃあ、エラトさんは広い通路にしたら、どうでしょう? 狭いと、分断されるかもしれないから」 後は、エラトがいる区画の上下などを優先して調べるようにすれば、精霊の聖歌の影響から外れる時間は少なくて済むのでは。シタールの案が受け入れられて、まず行われたのは入ってすぐの開かない扉破りだ。散々こじ開けようとして叶わなかった後だから、遊牧民達も躊躇いなく叩き割った。 「階段に、人魂を入れてみようか。確か、船倉はちょっとは光が入ってたしね」 「じゃあ、こっちは蓮華、頼まれてくれ」 夜光虫で照らした下り階段に怪しいものは見えないが、いきなり踏み込むのは避けて、モユラが人魂を送り込む。もう一方は奥に続いているので、羅喉丸が蓮華に人魂を頼んだ。 その間に、通路の方にはシタールの忍犬・忠司さんが少し入って、怪しい臭いはないと態度で知らせている。よほど埃くさかったのか、くしゃみ付きだ。 「アヤカシは感知できません。あ、でも、下の部屋のもっと下は範囲外だから」 柚乃の瘴索結界にも反応はなく、土石で塞がっている通路は後回しで、新たに開いた扉の向こうの通路と下り階段の先から調べる事にした。モユラと蓮華の人魂効果で、船倉にはなんらかの荷が、通路の先にはまた扉があることが分かっている。 どちらも歩く幅なら大差ないが、階段より平面の方がエラトの移動が容易いので、そちらにエルディンと羅喉丸も入れて三人と二体と一頭。下り階段にはモユラと柚乃、シータルの三人と一体と一頭に、さらに下層の船倉を目指すナヴィド達遊牧民が入る事になった。 そうして、しばらく後。 「何か音がするんだと、思います」 「その反応は、いい音じゃないよな」 「‥‥あんた達って、一人ずつだと話の分かる連中よね。っとと」 下の階層に向かうだろう扉を、これまた景気良く打ち壊そうとしていたナヴィド達より先に、忠司さんが扉の向こう側に唸り始めた。だから慌てて彼らを制止したシータルに、素直に頷く遊牧民の様子を目にしたモユラが、思わず要らぬ感想を口にしてしまったが‥‥追求されなかったのは、間違いなく扉の向こう側から妙な音がしたからだ。 「アヤカシでは、ありません」 皆の視線が集中した柚乃は、蒼い顔で首を横に振った。その様は、神砂船を見てすぐ、時の蜃気楼は魔の森の中では使えなかったと、すっかり使うつもりだった気分を削がれて残念がっていたとは別人のようだ。 「こら、ヨタロー、外で騒いだら駄目だよ!」 神砂船の外で待機している甲龍・ヨタローが、中から聞こえたモユラの声に反応して鳴き声をあげた。それに応じるように扉の向こうの音も激しくなったが、ヨタローを含めた全員が黙ると反応が消える。気配はあるが、動き回らなくなるらしい。 そっと調べて回ったこの船倉には、部分を金属補強された箱に大半が壊れていたが酒や水を運搬するための容器が納められていた。下に積もる埃は、詰め物に使われた植物か何かの残骸らしい。 「他所の儀の船‥‥とか?」 思わず呟いた柚乃の声に、正しい答えを返せる者はまだいない。 同じ頃、通路をまっすぐ進んだ羅喉丸とエルディンは、船倉に比べると大分小さな部屋に辿り着いていた。ここも下に続く階段が、また部屋の奥に配されていたが、覗いてみると湿気でやられたのか崩れ落ちている。部屋も全体的にじめっとした空気がひどく淀んでいて、来た方向の安全を良く確かめてから、蓮華とペテロを護衛にエラトを背負って庚は廊下に出したほどだ。 よって、精霊の聖歌の旋律が少し遠く、余計に荘厳に聞こえるが‥‥ 「この雰囲気で見たいものではないな」 「いやぁ、ちょっと気持ち悪いですね」 こちらはかなり腐食した箱から、ごろごろとからくりの手足と胴体のパーツが転げ出てるところを目撃する羽目になった。腐食して蕩けた木箱の粘液染みた液体まみれのパーツは、彼らであっても見て気持ちがいいものではない。 双方が合流して、一つの結論を出すのは一時間ほど後のことだ。 探索を開始して三日目。 焼き払いの方が今日も順調に煙を上げているのを遠目に、ラグナは苛立ちを隠さなかった。 「いーじゃないの、アヤカシが出ないのはさ。その分調査が進むってもんだよ?」 「崩れた石材を掘り返すだけは、そろそろ止めにしたいものだな」 二日間、活動可能な時間は延々と崩れた建物跡を掘り返していたラグナ達だが、今のところはめぼしい発見がない。その作業より、周辺警戒が多い沙羅はそれほど苛立ちもないが、ひたすら掘っても結果が出ない面々はラグナに限らず余裕がなくなっている。 こういう時は、作業も捗らないよなと沙羅も内心弱り果てているが、さりとていい案があるわけではなく。 「生活道具でも出てくれば、いつまで使われていたのかは詳しい者に調べてもらえるのだがなぁ!」 土地の者ではないラグナには、ここの崩れた建物と王都の石造り建物の差は良く分からない。王宮軍のジン達も、一見では特別な建物があったようには思わないと話していた。 つまりは人家があって、街か何かが形成されていた‥‥と言うのが当初の予測だったが、それにしてはいささか建物の数が少ないことだけは判明している。よって、村だったのかもと、皆の意見が変更中。 「ここに村ってことは、水はあのオアシスから引いてたのかな?」 「いや、あのオアシスは魔の森が形成された後に出来たらしい。宝珠が採れるからな」 「宝珠が採れなきゃ、水が出たってあそこには住まないさ。危なくて仕方なかったんだから」 警備にも相当の人手が割かれていたのだと、二人の会話を聞いていたジンが口を挟んだ。それは納得だと頷いていた二人だが、オアシスの貯水池が整備されたのはこの集落が放棄されたより後だと思い当たった。 「じゃあ、前はここで水が出たんじゃないのか?」 「オアシスが近いんだから、同じ水脈がこっちに来てるんじゃない?」 水脈も度々流れを変えるが、集落は水源が近いか灌漑が出来た場所に存在する。それを念頭に調査を再開したラグナは、しばらくして他の者達と一緒に井戸小屋の後を発見した。 しかし、その間にやってきたアヤカシをどかどか撃って退治した沙羅は、皆から『自分だけ暴れてずるい』と何故か責められて、理不尽だとむくれている。 王宮軍と遊牧民独立派と、それぞれに雇われた開拓者達が、細かいところまで情報を交換出来たのは王都に帰ってからのことだが、なんだかんだと理由をつけて、一緒に王都までやってきた双方の関係者は存在する。 彼らが持ち帰った情報をもとに、今後の行動をどう考えるかは、また出したら頼むと言い渡された次の依頼の時に分かるだろう。 |