|
■オープニング本文 ●哄笑の余韻 がつん、と。 また一人その口腔の内に消えた。残された下半身が間抜けに転び、既にあった誰かの水溜りに沈む。 男はかすかな身じろぎもせずに、しかし首だけは見逃すまいと、心を冷たく凍えさせながらしっとりと濡れそぼった闇夜に紛れていた。 「お、うー‥‥‥。うお、おー」 歯の隙間からずるりと落ちる肉片と呻き声。その禍々しさにも負けず、瞬きの間すら惜しいと凝視を続ける男。あれが遠く遠くに行くまで、自分に安堵は許されないと知っているからだ。わずかでも油断すれば、自らもああしてきゅうりでも齧るように食らわれてしまうに違いない‥‥‥想像を絶する恐怖が男を動かしていた。 首が、不意に空を見上げた。 地の惨状に比して、あまりにいつもと変わらぬ天を、男は恨めしくすら思った。 ああ。さっきまではあの星空のことなどを話していたのに――。 しかし、そうして一瞬間、天に目をやった男の目玉が元の位置に戻ったときには、首はいなかった。そしてまた、男が息を飲む前、体を硬直させる前。 「ばればれだよ」 亡羊とした感覚で振り返れば、首があった。 身の丈ほどの、巨大な人の首。つるりと禿げあがった頭に赤黒い飛沫を鼻先や頬に散らした首。眼窩には黒洞が広がって、口は満面の笑み。 爆発したような哄笑が響く。 男は鉄臭い呼気に撫ぜられながら。 「く、首神様‥‥‥」 天に落ちていく首を見て、恐怖から昏倒した。 ●生贄か、戦うか とある村。村の裏手の木立に、人の影があった。 これで八つとなった墓を見てから、男は馬にまたがった。 「これは、一大事だ。首神様が荒ぶっておられるのだ」 「こうなっては、開拓者に頼んでお鎮まり願うしか‥‥‥」 「馬鹿者! 首神様に反抗するというのか!」 「黙って見てろってのか!」 紛糾する会議。それでも、大勢は二つにまとまる。すなわち、 「お供えを捧げるか、お鎮まり願うか」 である。 前者は数年ごとに“お供え”として、若い娘を差し出してきたこの村の因習に従ったもの。後者は開拓者に依頼して追い払ってもらうか、だ。 前者に関して、お供えは去年に済ませたばかりだ。欠かしたことはないし、これまでも事実問題は無かった。 また後者に関しては長く村に鎮護の守り神として在り続けた“首神”に対しての後ろめたさと、それに逆らう不安と恐怖とが混ざる。悲しい因習も、病に先の長くないものを差し出すというものであった。愛着とともに、申し訳なさが過ぎるのである。 「だからって百合が生贄にされるなんて、冗談じゃない‥‥‥!」 男、洋二は「生贄派」の人間に急遽選ばれた、娘のことを思い拳を固める。洋二は先日出た被害者の生き残り、耕作の恐慌とともに語られた言葉を反芻して、今回の事件の仕手が首神様ではないと考えていた。首神様の姿を模ったアヤカシに違いないと思っていた。 のんびりはしていられない。たとえ開拓者たちを連れてこられても、次の新月には生贄を差し出すことは決まっているのだ。焦燥を隠しもせず、洋二は馬を都へ向かわせるべく手綱を強く握った。 |
■参加者一覧
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
箱屋敷 雲海(ia3215)
28歳・女・泰
鬼限(ia3382)
70歳・男・泰
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
小鳥遊 郭之丞(ia5560)
20歳・女・志
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
テト(ia8128)
40歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●集会場にて 集会場に集まったこの村の顔役と呼べる面々は、開拓者たちの顔から目を離さず形だけの挨拶を終えると待ちきれないとばかりに切り出した。 「今回の依頼、一つだけ注意していただきたい」 「決して、首神様の逆鱗に触れることだけはしないように」 真摯なまでの願いを突きつけられて、相馬 玄蕃助(ia0925)はしかし、厳しい表情を作る彼らの眼に宿る恐怖と罪悪感を見た。やはり、今回の依頼は難しそうな毛色だとこめかみを掻く。 小鳥遊 郭之丞(ia5560)が一つ踏み出して、思い切り良く道中練ってきた策を披露する。視線に意思をこめて、一同を見回す。 「率直に言わせていただきます。今回の事件の首魁、これは首神様ではなく名を騙ったアヤカシのものと我々は見ています」 「今回のような故もない殺戮が、おぬしらの知る首神様とやらと同じであるとするならそちらのほうが問題じゃ」 鬼限(ia3382)も追随する。顔役たちはやはり思い至ることでもあったのか眉をひそめ、口々にうなり声を発する。 「‥‥‥もし、違った場合は祟りが」 「もし、違った場合。それは端から首神様なんてのはいなくて、アヤカシだったってことさ」 橘 楓子(ia4243)が言う。 「もしくは、首神様が最近の情勢のせいでアヤカシ化した、ということも考えられるだろ? もっと色んな面から考えてみなさいな」 妖艶に微笑む楓子を見ながら、村長が静かに口を開く。 「それでは、開拓者様。あなた様方、どんなことをするつもりなのだ? 事前の説明があったと思うが、万一にも神様という可能性がある以上あまりに礼を失することは、こちらとしても承服しかねる」 村長は落ち着いている。どうやら村長は今回の仕手がアヤカシではという思いに至っていたのかもしれない。立場上、口に出せることではないが。 村長の問いに、開拓者一行の中でももっとも年若い白蛇(ia5337)が進み出て言ったことに対して、いくつかの意味で集会場内は紛糾した。 曰く、偽の生贄を立てそれをもって首神をおびき出す、というのだ。 これには強い反応があった。顔役の一人が口角を飛ばして激する。 「首神様を試そうというのか! そんな不敬が許されるわけがなかろう」 喧々諤々と意見が飛ぶ。生贄派と退治派がここにきて激しい対立の構図を見せた。 そんな中、白蛇が「でも」と言い放った。 「もし正式な贄を出して‥‥‥それをアヤカシに奪われたとしたら‥‥‥今度は本物の首神様が怒るかも‥‥‥?」 水を打ったように静まりかえる面々を見て、箱屋敷 雲海(ia3215)がやわらかい笑顔を見せながら言う。 「村の皆様に罪は無い。首神様に歯向かい天罰を受けるとすれば我々である」 「正式な作法に則った贄を出した時に現われるなら首神様‥‥‥。けど、正式じゃない贄で現われるなら‥‥‥それは首神様じゃないと思う‥‥‥」 得意ではない長弁を披露して、じっとその場の人間に眼を向ける。雲海も安心させる笑みを絶やさず、視線を外さない。 だいたいがな、という鬼眼の苦笑が、決め手を打つ。 「神がわしら如きに討てる筈が無かろう。殺せるなら、其れは、ただの生き物じゃ」 ●夜陰より 綾羽(ia6653)が緊張に体をこわばらせているのを見つけ、テト(ia8128)が自前の円筒形の帽子から花を一輪取り出してみせ、プレゼントする。伊達っぽい笑顔を浮かべるテトに、綾羽が礼を言う。 「ありがとうございます。ちょっと、怖いのって苦手で」 「はっはっは。それは、こういったものが苦手な女性というのも珍しくはないですから。お気になさらず」 偽の生贄を立てるにあたって、事前に決めておいた班分けが役立った。偽の贄となる白蛇を挟むように陣取ることにしたのだ。前後左右方向の警戒に、分担は有効である。 事前に聞いたが、贅の正式な作法というものはなく、新月の夜に首神の祠の前にいればいいそうだ。目印に白装束というのが通例だそうだが、それはなくとも構わないらしい。 テトたちと同じく二班の玄蕃助が声を潜めて二人を呼ぶ。 「白蛇殿が祠についた。警戒を強めるでござる」 発見と同時に全員に知らせられるようギルドから借りた呼子笛を構えながら、ぎらりと眼を光らせる。 緊張を張り詰めさせたまま、白蛇の持参してきた松明の炎が燃えるのをただ見つめ待つ。風が凪ぎ葉鳴りが止んで、新月の空を更に雲が覆う。一寸先も見えない暗闇に、炎だけが踊る。 郭之丞は、風もないのに葉が鳴るのを聞いた。テトは空を舞う影を見た。楓子はそこここに気配を感じ、鬼眼は首筋に生暖かい息遣いを感じた。振り向けば眼が二つ覗いているような気がしてたまらない。 全員が時僅かにして憔悴の気を見せ始めたとき、白蛇の近くの松明が一斉に消えた。 「えっ?」 そんな呟きとともに、暗視を能力を発動させた白蛇は体を思い切り横に飛ばせた。 振り見れば、もはやそこには何もいない。しかし、白蛇は叫ぶ。 「皆さん! 来ています!」 すぐさま飛び出してくる雲海の顔は青い。これは彼女のアヤカシ恐怖症からなるものだが、出てこられるだけ大した精神力である。背をあわせる二人にまた数人が駆け寄ってくる。綾羽が怪我はないかと問い、テトが興奮気味に口を笑みに歪ませる。 「生意気じゃのう。贅の分際で逃げるかえ」 「首神を騙る‥‥‥アヤカシ」 姿を見せない敵に向けて、玄蕃助の誰何がかかる。 声はどこからともなく響く。 「あんなものと一緒にするなよ」 開拓者たちは警戒を高める。会話が成立するということはあの生首は、それなりの高位であると考えられるからだ。 奇怪な笑いが、上から降り注ぐ。振り仰いだその先に、首がいた。 総髪を振り乱して、爛々と赤い目を光らせる生首。耳まで裂けたその口を大きく開きながら、醜悪に笑っている。 「くらえっ‥‥‥!」 遠距離戦を得意とする面子が気を練る、それより瞬間早く、全員の頭上に呪いが降り注いだ。途端、数名は脳の一部が麻痺したように、能力の発動ができなくなってしまった。 「なんっという! 私のマジックが」 「これじゃ回復させてあげられないよ! みんな怪我に気をつけて!」 口惜しそうに地団太を踏むテトと綾羽を背に、楓子が攻勢をかける。 「ひとまずは、アンタ‥‥‥降りてきなさいなっ」 「ぬぅっ」 斬撃符に眼を集中させておいて降らせた岩首。見事目論見どおり鈍い音を立てて生首は落下してきた。 すわ逃さぬと一気に飛びついた郭之丞が中距離からの巻き打ちを放つ。ぐんと伸びた薙刀が首を切り裂いた。顔に一筋入れながら、生首は笑う。その不気味さたるや、我慢に我慢を重ねた雲海が 「ひいい」 と悲鳴を上げるほどだ。続けていた読経も一瞬途絶えた。 続いて飛び込んだ玄蕃助だが、これを生首が迎え撃った。 「カッ!」 生首の喝と同時、見えない何かが飛んでくるのを感知して、玄蕃助は体を大きく捻る。受身もそぞろに木陰に一旦身を隠す。避け損ねたか、肩から血が滲む。長槍も届かない位置から遠隔攻撃ができる輩らしい。 それも連発はできぬと見て、鬼眼と雲海、外套を取った白蛇も飛び掛る。 「不敬な輩よの」 可笑しそうににやつく生首は、能力の使えない状態の雲海に狙いを定めた。 「憤!」 大口を開けて襲い掛かる首に、鬼眼の蛇拳が迫る。無骨に老練に鍛え上げた変幻自在の軌道を持つ蛇拳を正面から飛び掛る首が回避できることもなく。強かにいくつも打ちつけられる拳を、しかし首はまったく意に介すことはない。開けた大口を雲海にまで届かせて、 「いただきます」 ぞぶり、と肉に食い込む音。それは咄嗟に雲海を突き飛ばし、攻撃をその身に受けた白蛇の身から響いた。 「白蛇殿!」 「白蛇さん!」 数人の悲鳴を耳にしながら、白蛇はその身の内で力を練った。 どうにか直撃を避けたとはいえ、右半身は口の中だ。出血も夥しい。猶予はないのだ。 水っぽい音に、硬いものを削るのが混じってきたところで、白蛇は持てる力を振り絞って青い炎を呼び出した。 「ああああっ!」 一発、二発、三発と、重ねられていく苛烈な零距離攻撃。更に一瞬でも動きを止めた首に、白蛇を助けんとする開拓者たちから痛撃が加えられる。 これは堪らないと白蛇の右半身を食いちぎる前に離脱する首に、玄蕃助の長槍が追いすがる。 「逃がさぬ!」 どうやら逃げるも容易ならざる事と理解した首は、再び、今度は不規則な軌道から突進をかけてきた。木々もなぎ倒しながら迫るそれを、テトは掠りつつ避ける。が、その先には一向に回避する気配のない郭之丞が立ちふさがる。 虚を突かれた首が驚く間も僅か、郭之丞が再び巻き打ちで生首の突進をせき止める。が、ぎりぎりで技の軌道を読まれたか、薙刀を歯で押さえられていた。 「ぐく‥‥‥」 押し込む郭之丞だが、その時奇妙な現象を見た。 開拓者たちは驚愕した。生首が、その体積を増している。人の身の丈ほどだった首が、それを悠に越える大きさになったのだ。 「馬鹿な!」 郭之丞が叫ぶと同時、愛用の薙刀は噛み砕かれ、衝撃とともに郭之丞は吹き飛ばされてしまう。樹木に背を強かに打ちつける郭之丞。鬼眼と玄蕃助、雲海が果敢に技をぶつけていくが、手応えこそあるものの倒すには及ばない。 「ちい! やはり、神だったとでも言うのか!」 「かははは」 ようやく痺れが取れ、能力を使えるようになった綾羽が白蛇に治療を施していると、とん、と肩を突かれた。振り返り見れば、祠の縁の下から何かが覗く。それをじいと見れば、見るほど間違いない。あれは‥‥‥。 「人の骨ですわ‥‥‥!?」 それも何かにかじられたものではない死んだ姿勢のまま埋められた、骨である。そしてそれは今、不気味にカタカタと揺れているのだ。笑うように。 「テトさん!」 事情を話すと、テトはすぐに事情を察したか、芝居じみた動作ですぐ符を取り出す。 「今宵お初の的が人骨とは不気味だが、百発百中のトランプ捌き! ごらんあれ!」 テトの手から放たれた式は吸い込まれるように人骨を目指し、それを断ち割った。 途端、生首が、元の大きさより一回り小さなところまで縮んだではないか。 「今だ!」 鬼眼の声に呼応するかのように雲海の手刀が奔る。額に受けた首は、ぴたりと一瞬の停滞を見せて、縦に割れた。 雲海は読経を終え、合掌を首に向ける。 「ちくしょう‥‥‥」 怨嗟の悲鳴を醜く上げながら、首は瘴気を上げて掻き消えた。 ここに、生首事件は決着したのである。 ●朝焼けから 「そうでしたか」 あれから首神の祠を調べたところ、祠の天井に新月の夜だけ浮かび上がる特殊な術で書かれた文字が見つかった。 『首神の慈悲やあらん』 縁の下にあった骨はそれ一体だけで、勿論誰のかなどわかるはずもない。 開拓者たちは顔役たちのもとへ行き、報告をしたが、 「首神様が本当にアヤカシだったなんて‥‥‥」 瘴気とともに消えたということを受けて、消沈する面々。 そこへ玄蕃助が雲海に耳打ちする。 「この様な時こそ、御坊の出番ではござらぬか?」 「‥‥‥さすがに、それは」 確かに、と彼女の尻に眼をやりつつ言う。 「このことを広めるか、今までどおりにやっていくかはあなたたちの問題だ。私たちの仕事はこれで完了した」 しかし、と郭之丞は続ける。 「人は苦しい時、神にお縋りするのではなく、共に手を取り合い己の力で生きていかねばならないのではなかろうか? そう思うが故に」 私は此度の求めに応じ参ったのだ。 彼女の真摯で真っ直ぐな言葉を受け、幾人かは顔を上げた。 鬼眼は物言わず背を向け退室し、また他の人間も続く。綾羽だけが一回立ち止まり、 「今回の敵が、首神だったという保証はありません。私は何か見えない力に助けられたような気がしますし、そうじゃなかったかもしれません。 でも私、首神様の正体が神様でも、人の命を捧げるなんて、間違ってると思います。もう少し、大切なものだと考え直してほしいものです」 ぺこりと一礼して出て行く。 今回の首神、というものが事実人を食らう神だったのか、口減らしの因習の別名だったのかは誰もわからない。しかし、あの骨の持ち主はきっと人を呪っていたのだと考えると、腹の内が重たくなる。 そんな鬼眼の思考を、雲海が遮った。 「鬼眼さ〜ん。早く行きましょう」 「おお、すまんすまん」 それも、後はあの村の人間が決めることか。鬼眼はそう結論付けて、歩みを速めた。 朝焼けの空を飛ぶ影には、誰も気づかないまま。 「かか」 |