花菖蒲を届けに
マスター名:蛸壺帝
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/02 22:18



■オープニング本文


「すいません、依頼をしたいのですが」
 開拓者ギルドに幼い声が響く。
 奥で仕事をしていた受付係が表へ出ると、そこにいたのはあどけない少女だった。
「かあさまに、花菖蒲をみせてあげたいのです」


 開拓者達に、ギルドの受付係が伝える。
 少女の母親が病気であること。
 毎年この時期は、家族全員で母親の故郷へ花菖蒲をみにいっていたこと。
 その時の母親は、いつも以上に楽しそうにわらっていたこと。
「あの子はね、母親に元気になって、笑ってほしいんだって。うう、だから、自分のお小遣いをありったけもってきて、ね、ぐすっ。いい子だよね、本当にいい子だよ‥‥!」
 少女の行動に涙ぐみながら、いささか感動屋の中年ギルド員が開拓者達に訴える。
「でも、それくらいじゃ開拓者は雇えないからね。おばちゃん、かわいそうになってね。ちょうど同じような場所から来てた依頼にくっつけちゃったわ」
 そう言って、ギルドの受付がもう一枚の依頼書を出す。
 賊を退治してください、という見出しがみえる依頼書に、ギルド受付が少女の依頼をかきくわえた。
「ほら、これで一個の依頼で何人もの人が幸せになれるんだから、いいじゃないの。頑張っていってらっしゃいな」
 先ほどまでの涙もどこへやら、満面の笑みを浮かべたギルド受付係に言われるがままに、どこか釈然としない気持ちを抱きながらも別のギルド員が開拓者募集の準備を始めるのだった。


■参加者一覧
桐(ia1102
14歳・男・巫
セシル・ディフィール(ia9368
20歳・女・陰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
キオルティス(ib0457
26歳・男・吟
ノルティア(ib0983
10歳・女・騎
ミヤト(ib1326
29歳・男・騎
観那(ib3188
15歳・女・泰


■リプレイ本文

「‥‥いえ、別に報酬無くても受けるのはやぶさかではないのですが、なんというか‥‥抱き合わせに納得いきかねるのですが‥‥」
 遠くから、桐(ia1102)のぶつぶつ呟く声がする。
「ま、賊みたいなもん、蹴散らしてやるゼ。それよか花だ、花」
  煙管片手にそう息巻くのはキオルティス(ib0457)。隣でルンルン・パムポップン(ib0234)は杖を振ってみせた。
「悪い賊なんて、ルンルン忍法でやっつけちゃいます!」
「山賊は綺麗に片付けて、花菖蒲を届けましょうか」
「ん。絶対。届けて‥‥あげないと、だね」
 セシル・ディフィール(ia9368)とノルティア(ib0983)も決意するように頷いた。

「それにしてもさぁ、あの子いい子だよねぇ‥‥うう‥‥」
 少女の母親の故郷へ向かう途次、隊列の先頭でミヤト(ib1326)は瞳を潤ませた。隣で観那(ib3188)が大きな鼠の耳を肯定でぱたぱたさせた。
「お母さんを想っての依頼ですもんね。お嬢さんの気持ち、必ずお母さんに届けましょう!」
「こっちで合ってるんですよね? 道は」
 隊列の真ん中を歩きながら桐が呟く。その後ろで琥龍 蒼羅(ib0214)が頷いた。
「合っているはずだ。――ほら、あれがそうだろう?」
 彼が指したのは、道のずっと先に見える小さな点。
「あれがお母様の故郷かぁ‥‥花菖蒲、きっと綺麗なんだろうな」
 うっとりした表情でルンルンが言った。

 二日後。一行は無事、少女の母の故郷へ辿り着いた。
「着いた‥‥ね」
 安堵の表情を見せるノルティア。反面、セシルは複雑な表情を見せた。
「‥‥結局、賊は現れなかったですね」
「帰り道に襲ってくるっつーことだろーな」
 キオルティスが煙管を咥えたまま眉を寄せた。その刹那、いい香りが一行を包んだ。
「この匂い‥‥!」
 くんくんと鼻を動かし、観那は笑顔になった。小さな体をめいっぱい動かして、匂いのする方向へ走り出す。
「きっと花菖蒲です‥‥!」
 行き着いた先には、一面の花菖蒲。白、薄紅、紫、青、黄――様々な色の花が、そよ風に揺れている。
「綺麗ですね‥‥!」
 桐が思わず感嘆の声を上げた。他のメンバーも銘々に目を見張っている。
「さて、いくつか摘むとするか」
 蒼羅が花の根元に手を差し込むと、他の七人もそれに倣った。それぞれが手に持っている手桶などが、色とりどりの蕾で埋め尽くされていく。
「こんな感じでいいかなぁ?」
 砂糖を少し混ぜた水に花を浸しつつ、ミヤトは小さく首をかしげる。花の運び方には、それぞれ工夫が見られた――桐とセシル、ノルティアは手桶に土を入れ、そこに根ごと花を植え替える方法をとっているし、ミヤトと同じように砂糖水を使う蒼羅、保水用に綿を使うルンルンと観那、キオルティスは綿の代わりにサラシを濡らしていた。
「さ、そろそろ出発しましょ♪ しっかりお花を届けて、あの子のお母さんにも元気になって貰わなくちゃ!」
 みんなの準備が終わった頃、ルンルンは笑顔でそう言った。

 母親の故郷を出発した一行は、花に衝撃を与えないよう、往路よりもゆっくりと慎重に歩いていた。
「そろそろお水をあげなきゃだめですかね〜」
 観那が自分の手桶を覗き込む。
「この辺、水源はなさそうだが‥‥」
「大丈夫‥‥ちゃんと、持ってきてる‥‥」
 顔をしかめた蒼羅に、ノルティアが微笑みかけた。懐から岩清水を取り出し、八つの桶にふりかける。
「うん、まだ大丈夫そうですね」
 桐がまだ蕾の花菖蒲を見て呟いた。まだ満開になりそうもなければ、着く前に枯れる気配もなかった。その様子を見て、キオルティスもほっとしたように笑う。
「ま、あとは賊だなァ」
「賊かぁ‥‥邪魔しないでくれるといいんだけどね」
 隊列の先頭を進むミヤトが口を引き結んだ。セシルが頷く。
「そうですね‥‥さ、そろそろ休みます? 日も暮れてきましたし」
 空は既に茜色に染まり始めていた。八人は適当な草むらを見つけると、そこに野宿することにした。

「それにしても‥‥けなげだよねぇ」
 元料理人としての腕を生かし、みんなのために夜食を作りながら、ミヤトは独り言のように呟いた。
「あんな少女のためなら、どんなに苦労してでも届けてあげたい‥‥うぅっ」
 涙ぐむ彼のもとに、観那が駆け寄った。
「ミヤトさん、これ、よかったら使ってください! おいしい野草、探すの得意なんです。それから、薪もありますよ」
 彼女が小さな手を広げると、そこには抱えきれないほどの野草と薪。ミヤトは笑顔で礼を言うと、野草を刻み始めた。
 できあがった料理の味は、即席で作ったとは思えないほど美味しく、一行は腹を満たし幸せな気分になった。
「ミヤトさん、すごく美味しかったです。ありがとうございます」
 桐が微笑むと、ミヤトは照れたように笑って頷いた。
「喜んでもらえてよかった。迷惑じゃないかと思って」
「迷惑? んなわけねェだろ?」
 飄々とした口調の隅に感謝を忍ばせると、キオルティスは静かに竪琴を奏でた。
 夜の静寂に、竪琴の音色が静かに響いていた。

 八人は、夜は二人ずつ見張りを立てて、交代で眠った。最後の見張りを受け持ったのはセシルと蒼羅だった。
「‥‥夜中は、何も起こりませんでしたね」
「だな。まぁ、いいことじゃないか」
 だんだんと明るくなり出した空を見つめ、セシルがため息をつく。
「依頼主の少女のような、純粋な心の持ち主もいるというのに‥‥どうして、賊なんていう人たちが出てしまうんでしょうね」
 その声は、澄んだ朝の空気に吸い込まれていく。
「そうだな‥‥どうしてだろうな」
 二人はそのまま、しばらく山越しの美しい朝焼けを眺めていた。彼らがしばらくして他の六人を起こした時、太陽はもう既に山の上まで上がっていた。

「さて‥‥そろそろ、来る頃でしょうか」
 桐がきゅっと口を結んだ。ルンルンが若干先行気味に進みつつ、呪文を唱えた。
「ルンルン忍法ジゴクイヤー! ‥‥どっから来ても、お見通しなんだからっ」
 超越聴覚を使い、周りを警戒する。幾度か繰り返した時、彼女は何者かの気配に気づいた。
「何かが前方、後方から近づいてきています‥‥!」
「前後からの挟み撃ち‥‥賊の特徴そのまま、ですね」
 セシルが身構えた。全員が手桶を中央に集め、それを囲むように陣取る。
 彼らがゆっくりと周りを見回した頃、十人程の賊が下卑た笑いを浮かべて八人を取り囲んだ。
「手ェ出されたくなけりゃあ、有り金全部出しな」
 正面に立っている、親分らしき男が詰め寄る。一行は怯むことなく、武器を構えた。
「私達にも普通に襲い掛かってきますか、ほんとに見境無しなのですね」
 ため息とともに、桐はこんな言葉を吐く。
「大人しく降伏するなら良し、だが‥‥」
 蒼羅はゆっくりと刀を抜いた。
「抵抗するのなら、腕の一本程度は覚悟して貰おうか」
 と同時に、キオルティスの歌声がその場に響き渡る。奴隷戦士の葛藤――続いて、武勇の曲。
 彼の歌声は敵を弱らせ、味方を勇気づける。
「剣を‥‥振るう。相手が。人‥‥なの、は。あまり‥‥気、進まない。けど」
 大剣フランベルジュを鞘から振り抜き、ノルティアはただ垂直に構える。
「抜いた。からには‥‥問答は無用‥‥行くよ」
 その声を合図に、一行は賊に飛びかかっていった。
 ノルティアは剣を盾にしつつ、相手の懐にうまく飛び込むと、体当たりで敵を無力化させる。
「ルンルン忍法此花隠れ! ‥‥もうこれ以上悪さはさせないんだから!」
 木の葉の替わりに無数の花弁で隠れ、ルンルンは敵を惑わせた。その反対側では、セシルが大龍符で賊を驚かせている。驚いている隙に、武器を持った手に狙いを定め、斬撃符を撃つ。
「悪いですけれど邪魔ですので、此処で倒されて下さいね!」
 笑顔で言い放ったその言葉は、恐ろしい響きとして賊の耳から一生消えなかったとか――。
「みんなを困らせる悪い人は許しませんよ!」
 ちょこまかと動き回り、低姿勢で足下から空気撃を打ち込んでいるのは観那。敵の攻撃も見事に回避し、敵味方の間を駆け回る。
 と、その時、一人の賊が手桶のひとつを蹴飛ばした。土がこぼれ、花が折れる。賊は全く気にもとめない様子だったが、それに食いついたのはミヤトだった。
「今すぐ‥‥今すぐあやまって!!」
 怒り狂った彼は刀を収めると、オーラを身に纏う。何やら超人技を披露し、敵を威嚇した。盗賊が一瞬怯んだその隙に、ミヤトは峰打ちで倒してしまった。きっ、と眉を吊り上げて言い放つ。
「罪のないものを傷つける人は、僕が許さないんだから!」
「‥‥あ、逃げるのは許しませんっ!」
 回復を施しながら周りを広く見ていた桐は、視界の隅で逃亡しようとする賊を見つけた。彼女の放った精霊砲が賊をなぎ倒す。
 襲ってしまってから気づいた相手の強さに、賊達は絶望した。

 辺りは再び夕日の紅色に染まり、一行に一日の終わりを示していた。
「これで全員か?」
 最後の一人を引きずってきて盗賊の山に加え、キオルティスが言った。観那が全員まとめて手早く荒縄をかける。
「‥‥血が。流れない‥‥なら。それ‥‥が、一番。です」
 きゅっと荒縄を結んで、ノルティアが呟いた。


 開拓者達が持ってきたたくさんの花菖蒲を見て、依頼主の少女はぱっと顔を輝かせた。
「早くお母さんがよくなるといいですね」
 少女の頭を優しくなでながら、桐は言う。隣でセシルも頷いている。
「病気‥‥きっと、よくなりますよ」
「だって、花菖蒲の花言葉は、うれしい知らせって言うんですものね♪」
 ルンルンが少女ににっこり笑いかけた。少女も輝く笑顔をみせた。
「かあさま、今日は具合がいいんです。このまま、病気がとんでいったらいいなって」
「きっと大丈夫、絶対治りますよ」
 観那が微笑んだ。蒼羅が思案を巡らすように首を傾げる。
「確か花菖蒲の花言葉には優しさ、と言うのもあったな」
「‥‥‥うん。優しい、は。良いこと‥‥です。」
 そう呟いたノルティアは、どこか恥ずかしげに目線が行ったり来たり。どうやら君優しいね、と言いたかったようである。思いは少女に伝わり、また笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます‥‥!」

 家の中に、キオルティスの竪琴と歌声が響く。それは、花菖蒲を題材にした曲。
「かあさま、かあさま。開拓者さんたちが、花菖蒲をもってきてくれたのよ」
 少女が指さした花を見て、母親は微笑んだ。それを見た少女は嬉しそうに笑う。
「ね、きれいでしょ?」
 母親は頷いて、少女を抱きしめた。

 ミヤトは台所を借りて作った料理を並べていた。その目からは大粒の涙が零れている。
「うう、よかった、よかったよぅ‥‥」
「ほんとですね。お母さん、とても喜んでくれたみたいです」
 観那がミヤトを手伝いながら笑顔で呟いた。
「さぁ、いただきましょ♪ すごくおいしそうです」
 ルンルンがそう言ったとおり、ミヤトが作ったちらし寿司は、質素な家に一気に彩りを添えていた。それを見て、少女と母親は驚き、喜んだ。
「本当に、ありがとうございます!」
 言った少女と母親の笑顔を見て、開拓者一行はきっと同じことを考えていたに違いない。
 ――例え危険を犯しても、この笑顔を守るためなら‥‥と。

(代筆 : 香月えい)