貧弱ボウヤ脱出作戦
マスター名:蛸壺帝
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/11 00:09



■オープニング本文


「僕を強い男にしてください!」

 開拓者ギルドの受付に駆け込んできた男は、細い腕をカウンターにたたきつけ、叫んだ。
 長身痩躯、そして色白。もやしっこという形容がよく似合う男は、受付係に嗜められ落ち着きをとりもどしたようで、訥々と事情を語りはじめた。


 男の話をまとめるとこうである。

 彼は数年前から一人の女性に好意をもっていたのだが、つい一昨日、意を決して告白をした。
その結果、かえってきた言葉が‥‥。

「ぐすっ、彼女、笑いながらこう言ったんです。『アタシさぁ、強い人が好きなんだよねぇ〜。ってか、アンタの細さとか、マジありえなくない?』って」

 眼鏡を上げ、目頭にハンカチをあてる。

「だから僕は、強い男になって、彼女を‥‥僕を馬鹿にした彼女を見返してやりたいんです!」

 ハンカチを置き、ギルドの受付を見つめる瞳。

「強い開拓者の方々に教えを請えば、僕も強くなれると思うんです。だから‥‥どうか、お願いします!」

 その瞳には、迷いも、曇りもなかった。






 その瞳に見つめられながら、ギルド受付は思う。
『これ、依頼としてだしちゃっていいのかなぁ』と。

 結局、男の熱意としつこさに負けたギルド受付によって、依頼は正式なものとなったのであった。


■参加者一覧
四条 司(ia0673
23歳・男・志
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
賀 雨鈴(ia9967
18歳・女・弓
ベート・フロスト(ib0032
20歳・男・騎
御形 なずな(ib0371
16歳・女・吟
壬護 蒼樹(ib0423
29歳・男・志
櫻吏(ib0655
25歳・男・シ
四方山 揺徳(ib0906
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●作戦開始
「相手を見返そうって一念発起する事はいい事だと思うわ。でもね‥‥」
 依頼主・細田の目をしっかりと見ながら賀 雨鈴(ia9967)が語りかける。
「本来こういう事は人の手を借りずに自分で考え成す事だわ」
「す‥‥すみません」
 俯きながら謝る細田に向かい、厳しい指摘を続ける雨鈴。その隣でベート・フロスト(ib0032)は仲裁するタイミングをつかめずにいた。

 現在、部屋にいるのはこの三人だけ。本来は2、3の鍛錬に集中しようと思っていた細田だったが、開拓者達の提案がどれも魅力的に感じ、絞る事をせず、それぞれに教えを請う事にしたのだった。

「私に謝っても意味がないでしょう? それに‥‥」
「賀‥‥その、なんだ‥‥そのくらいに、な?」
 雨鈴の説教に縮こまってしまった細田を見かね、ベートがへらりと笑いながら声をかける。
「私は自分がどうあるべきか知って欲しい、そう思って言ってるのよ。‥‥ベートさんも、言うべき事は言うべきじゃないかしら」
「‥‥そう、だな」
 雨鈴にばっさりと切られ、ベートの助け舟は細田に届くことなく沈んでいった。再び、雨鈴が細田に向き直る。
「それから細田さん。話す時には、ちゃんと相手の目を見ないと駄目よ」
「はい‥‥あっ、はい」
 俯いて答えた細田が、慌てて顔を上げて答えなおす。その様子をみて、雨鈴が微笑む。
「その調子よ。目は口ほどにものを言う、って言うもの」
 目を逸らしては、伝わるものも伝わらない。そう付け加えると、雨鈴は吟遊詩人の強みを生かした『話す技術』について教え始める。細田も真剣な表情で、しっかりと雨鈴の目を見て話を聞きはじめた。


 数刻後、雨鈴の講義が一段落し、一息ついていた細田にベートが近づいた。
「ちょっと寸法測らせてもらうな」
「あ、はい、どうぞ‥‥」
 細田の体に巻尺をあてがいながら、ベートは細田に語りかける。
「‥‥実は俺も初恋の相手に『ダサイ』の一言で振られた事があってな。なんつーか、物凄い他人事に思えねえんだ」
「えっ? 僕には、とてもそうは思えませんが‥‥」
 苦笑交じりに話すベートに、細田が驚く。現に、ベートの服装はかなり洒落ているし、細かい部分にまで気をつかっているように見える。
「見返すつもりで服を気にしてるうちに、今ではどっぷりハマって抜け出せなくなったんだ。‥‥まあ、どんな状況でも楽しめれば勝ちだ」
「楽しめれば勝ち、ですか‥‥」
 ベートは笑顔で頷くと、道具を片付け始めた。
「よし、採寸は終わりだ。これでピッタリな服を作ってこれる。どんなに肉体鍛えても、合う服がなきゃ意味がないからな」
「えっ、わざわざ作って頂けるなんて‥‥」
「『訓練後の鍛えた体』に似合う服、だからな。‥‥そうするには、とにかく楽しんで訓練にあたれ! これに限るぜ♪」
「あ‥‥ありがとうございます!」
 作業の為に戻るベートの背に、細田は深々と頭を下げた。


●もやし卒業へ向けて
「人の下に置かれないレベルのマナーは身につけてもらわんとな。‥‥少なくとも、『アンタ』呼ばわりされない程度に、や」
 琴月・志乃(ia3253)は細田に逞しく見える振る舞いを指導していた。先ほど志乃が行った歩き方指導の所為か、細田の背筋はピンと伸びている。
「まず大事んは、相手にへつらわず、せやけど自己主張は控えめにすることやな」
「なるほど‥‥。しかし、なかなか加減が難しそうですね」
「いきなり完全に変えるのは無理や。常に意識して少しづつ自分を変えてけばええ」
「は、はい!」
 志乃のノリは軽いが、その言葉はしっかりとしたものであり、細田とのやりとりは教師と生徒のようにも見える。
「後は、会話のコツや。実地はするけど‥‥口ごもらない、いらん長話はしないで、オチをつける、と」
「む、色々考えなくてはいけませんね」
「あとな、追加で心構え言っとくと、相手への感謝は具体的な形でしめすんや」
「具体的な形、ですか?」
「そうや。例えば、今回の依頼の報酬とか」
「え? いやその」
「‥‥今みたいに、話にオチつけるんや」
「な、なるほど‥‥」
 口達者には程遠そうな細田だったが、必死についていこうとしている。
「一遍にやんのは難しいやろうけど、折角の折角の機会やさかい、しっかりええ男んなってな」
「はい、頑張ります!」
「じゃあ、実地練習にいこか。色んな人と会話せんとな」
「はい!」
 志乃は『ええ男になったら、ちゃんとした女に拾われて欲しいもんやな』という思いは言葉にしないまま、細田を連れて、街に繰り出していった。


「いっちに、いっちに」
 声を出しながら走りこみを行う細田に壬護 蒼樹(ib0423)が付き添っている。
『好きになった人のために頑張る‥‥いやぁ、青春ですね』
 蒼樹は細田の訓練を行いながら、かつて妻の為にと努力したことを思い出し、懐かしんでいた。

「これから暫く僕と一緒に寝起きして、生活を変えていきましょう。一緒に暮らしていくと似てくるといいますしね」
 ごん太男子と称せそうな立派な体躯をもつ蒼樹の言葉は、細田をその気にさせた。

 まずは目方をつけてから理想体型を目指そう、と考えた蒼樹は、細田に力士と同じ生活をさせようとしていた。
 はりきりすぎた細田は前日に食べたちゃんこで若干胃もたれしたらしいが、それでも走りこみには影響はでていないようだ。今はまだ基本的な体力づくりの段階だが、この気概があれば結構良いところまでいくかもしれない。そんな予感があった。
「そういえば、そろそろ昼食の時間ですね」
 食に対しての意識が人一倍強い蒼樹がそう呟いた時、昼食の用意をしていた四方山 揺徳(ib0906)から二人に声がかかった。
「マッチョにな‥‥筋肉をつける為の昼食、用意したでござる! あ、いや、用意しました!」
 揺徳は鍛え上げられた筋肉への思いいれが強すぎるせいか、このところ常に取り乱しがちのようだ。しかし、蒼樹は特に追求することもせず、細田に昼食だと声をかけた。

「細田さんの場合やせ型なので‥‥食事によって得る活力が‥‥肉類は腹持ちがよく‥‥」
 自称ジルベリア仕込みのうんちくを披露しながら揺徳が食事を運んできた。細田はこんな所も真面目に聞いているようだ。
「そんなあれやこれやを色々考えながら作った料理‥‥できました!」
 揺徳がだした料理は、なんとも食欲をそそらない見た目をしており、一口齧った蒼樹もそれで箸を置いてしまった。
「やっぱ手間を惜しんじゃダメですよね‥‥」
「それはそうですよ‥‥」
「せめて、食べられるものをお願いします」
 今回の言葉には、流石に二人ともつっこんだ。

●貧弱卒業にむけて
「普段、何気なく見ている景色が時に違って見える事があります。」
 揺徳が料理の材料を使いきっていた為、細田は四条 司(ia0673)と共に息抜きを兼ねた買い物にでていた。

 ここに至るまでの道で、司は細田に二つの事を語っていた。
「一つは、己を知る事。己に何が出来て、何が出来ないのか。如何したから其れが出来、如何すれば其れが出来るのか。それを弁え、知ろうとしなければ鍛えた所で伸びはしないかと。二つに、強かである事。己の為したい事があるならば、その為に腹を括る事が出来る。それが強さと言うものは無いかと思います」
 細田は、この言葉を神妙な面持で聞いていた。
「とは言え、やはり為すべきを為す為には時に狡賢さに似た強かさも必要でしょうし、これは休息を兼ねた訓練です」

「ああ、これも美味しそうですね。こちらもなかなか‥‥」
「あ、こっちも良さそうです」
 食料品店の店先で食材の品定めをする二人。司も普段は不機嫌そうな表情が若干和らいでいるようだ。
「見方を変えれば、何気ない光景でもそこに他者の生活の知恵であったり逞しさであったりが見て取れますよ。それをこうして、直に感じて下さい」
「‥‥はい」
 細田は自分の視界が広がったかのように、今までとは違う新鮮な気持ちで買い物を続けた。


 司と買って来た材料で、揺徳がやっとまともな料理を作り、蒼樹と一緒にめいいっぱい食事をたいらげた後、細田は次の訓練に移った。
「細田殿は強さといった言葉に曖昧に惑わされておられるようで」
「どういうことでしょう?」
 櫻吏(ib0655)の言葉に、細田が問い返す。櫻吏は喉元でクツクツと笑いながら答えた。
「力だけが強さとは限りませぬ。人によりましては、知的さを強さとも申しましょうて」
「‥‥」
「細田殿も、己を変えたいという意思を持つのも良い事ではござりましょうが、今までの己を構築致した部分等を否定されませぬよう」
「‥‥はい、ありがとうございます」
 他とは違う切り口のアドバイスに、細田は何かを考え込んでいるようだった。それに気づいたのか、櫻吏は話題を訓練内容へと変えた。
「‥‥少々主旨は異なりましょうが、女性の目を惹く所作を幾つかお教え致しまする」
「あ、はい。よろしくおねがいします」
「では、目の流し方、手指の配り方に滲み出るものを感じ取って頂きやしょうか」
 す、と櫻吏が流麗に手を動かし、表情を変える。たったそれだけで、櫻吏の纏う雰囲気が変り、そこから男の色気を醸し出していた。細田は、その所作に目を奪われていた。
 ふと櫻吏は先ほど迄と同じ表情に戻ると、細田に声をかけた。
「では、少しずつ練習と参りましょう」


 夜。様々な訓練を終えた細田は、強い疲労もあったが、今までに感じたことのない充実感を得ていた。今日一日だけでも、未来への希望を見出せた。
 そして、細田が明日の訓練に思いをはせ、今日の疲れを癒そうと床についた時だった。
「タイトル、細田の武勇伝」
「え、えっ?」
「お前は強いぞー♪ 筋肉すごいぞー♪」
 突然、寝所に御形 なずな(ib0371)の歌声が響き渡った。
「その上腕二等筋で悪漢どもを捻じ伏せるー♪」
「いや、その」
「お前は強いぞー♪ 心も強いぞー♪」
「う、うう‥‥」
 なずなは吟遊詩人らしく、イメージトレーニングで細田を強く逞しいと思いこませようとしていた。
 歌うは、微妙な曲調の偶像の歌。音色に乗せて紡がれた言葉は、心持ち細田の気分を良くしていた。
 が、しかし。
「あの、とても、心強い歌を歌っていただいてるところ申し訳ないんですが‥‥」
「何?」
 なずなは演奏する手を止める。
「僕の寝床に、どこから入ってきたんですか?」
「細かいことはええやないの。一ヵ月後、細田は太田として生まれ変わるや。その為に私にできること、ってことやね」
「え、えー!?」
「うら若い乙女が毎日寝所で自分を誉めてくれる子守唄を歌ってくれるなんてなかなか無いで。間違っても私に惚れちゃうんやないで〜」
「毎日なんですかー!?」
 若干的はずれなつっこみを入れる細田。この宣言通りに、なずなの歌は毎朝晩、枕元で歌われたのであった。


●卒業宣言
「今まで、ありがとうございました。この一ヶ月の事は、絶対に、一生忘れません」

 あれから一月。開拓者達の前に立つ細田は、未だ細身ではあるが、訓練前と比べれば格段に筋肉がつき、健康的な身体へと変貌していた。ベートの作った紺色のパオも、若干布が余るものの良く似合っており、銀糸で刺繍された龍もよく映えている。
「壬護さんのつきっきりのトレーニング。四方山さんの食事管理。御形さんの応援。これらが、僕に力を与えてくれました」
 細田の成長を最も近くで見守っていた蒼樹は、穏やかな表情で頷いている。
「マッチョの為でござ‥‥ですから!」
 慌ててござる口調を改めた揺徳は、細田の今後の食生活に助言もしておいたようだ。
 毎日朝晩うたっていたなずなは、細田を讃える歌を作ってきたらしく、いそいそと楽器の準備をしている。

 初め頃の頼りない印象だった細田が嘘のように、堂々と、皆の前に立っている。
「賀さんの話す技術、琴月さんの立ち振る舞い、フロストさんの服。これらが、僕に自信を与えてくれました」
「本当に、細田さんはよく頑張ったわ」
 キツイ事も言ってしまったけれど‥‥、と言って雨鈴がくすりと笑う。
 志乃は、教えた事をしっかり実行し堂々を振舞う細田に満足げな表情を見せている。
 ベートも、お手製の服を着こなせるようになっている細田の努力を讃えている。

 そして細田が、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「そして、四条さん、櫻吏さん、二人の言葉があったから、今の僕があるんだと思います」
 司はいつも通りの不機嫌そうな表情だったが、その目には喜びの色が混じっている。
「お役にたてましたのなら是幸い。‥‥この後は、御相手の女性の所に行くおつもりで?」
 櫻吏が微笑を浮かべながら、細田に問う。
 細田は、開拓者達の視線を受け、答える。
「‥‥はい。彼女に会いに行こうと思います。見返す為でなく‥‥僕が成長するきっかけをくれたことの、お礼を言いに、です」
 ゆっくりと言いきると、細田は、開拓者達に深々と頭を下げた。
「皆さん、本当に‥‥本当に、ありがとうございました!」
 細田は、もう貧弱なボウヤではない。肉体的にも精神的にも、人間的にも成長した、一人前の男になったのだった。